PandoraPartyProject

シナリオ詳細

Addiction

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 早くう―――――!

 それは女の叫声であった。人間と判別するのも恐ろしい程の金切り声だ。

 早くう――! ねえ、ねえ―――!

 脚を投げ出した腕をじたばたと揺れ動かした。
 その様子を、その全てをシラス(p3p004421)は憶えている。


「ご機嫌よう」
 幻想は裏通り。絢爛豪華なる暮らしぶりとは程遠く、見上げる空の英雄の島『空中庭園』を望むだけの掃き溜めの一角で質の良いコートに身を包んだ女はそう言った。
 その場所を女は『サロン』と呼んだ。イレギュラーズを案内してきた沁入 礼拝(p3p005251)は「マダム、ご機嫌よう」とぼうっとしたかんばせに笑顔を設えて見せた。
「それで、私の『お願い』を聞くのは彼らって事でいいのかい?」
「ええ。ええ」
 頷いた礼拝は「こちらへどうぞ」と椅子を勧めてきた。
 マダム――マダムフォクシーは本来の名をヴォルピアと云う。その美貌で社交界の仇華たる高級娼婦として様々な重鎮の寵愛を受けてきた経歴がある。
 今や、誰ぞの後妻や妾にならず無数の娼館を経営する敏腕ぶりを発揮している。『華』であった時代のパイプを余すことなく駆使し金銭に関して守銭奴として噂され、数々の逸話や口さがない噂が耐えぬ女ではあるが礼拝を見るに信頼しても良い相手なのだろう。

「村を焼いて欲しいのさ」

 開口一番、マダムフォクシーは煙管より紫煙を吐き出しながらそう言った。
「私のシマにね、『狂った村』があるのさ。心痛むなら帰りな。
 此処から話す内容は他言無用だよ。下手に憲兵にしょっ引かれりゃ困るのはお前達だからね」
 マダムフォクシーはそう言った。
 彼女の『シマ』――縄張りとも呼ぶべき一帯で妙な噂があると客たち口々に告げていた。
 それはある幻想貴族が収める小さな村に奇妙な薬が流行しているという事だ。
 麻薬狂い(ジャンキー)だけが住んだその村は麻薬の元となる草を育てているらしい。
 無論、裏切りを防ぐ為に村人たちは全員薬物中毒状態だ。
 麻薬狂いが共犯者を作り出し、それが村全体までに広がっているという。
「どうせ、暫く経ちゃ村人は『苦しんで死ぬ』のさ。
 苦しみ藻掻いて死んだなら次の麻薬狂いを作って村においておけばいい。
 まあ、そういう『裏の薬』は高値で売れるからね。けど、私のシマってのが気に入らないのさ」
 それに、と口を開きかけたマダムフォクシーは首を振る。
 それ以上は自身の個人的な事情なのだろう。まさか、マダムが執念深く恨みを募らせているなどとんだゴシップになる。
「麻薬なんてものが広まっても困るしね、そんなもので荒稼ぎされるのも気に食わないのさ。
 いいかい? 貴族の用意した私兵だか憲兵だから居ようとも決して手を出しちゃいけないよ。
 お前たちは隠密に行動して栽培技術を持つ村人を殺害して薬物を焼却するだけでいい」
「それは、お貴族様にばれたら怒られてしまうのかしら?」
「当り前さ。誰だって所有物に手を出されちゃお冠だろうよ」
 マダムに成程、と礼拝は頷いた。煙管の煙を追いかけていたシラスは「それで」とマダムをまじまじと見遣る。
「『残された麻薬狂いの村人』は?」
「救いの手はないね」
「放置すれば、苦しんで死ぬんだろ?」
「ああ、そうさ。そう言う薬だからね、これは。
 あんまり騒ぐんじゃないよ。貴族にバレりゃ困るのはお前達なんだから」
 栽培技術を持って居る村人の資料と村への入り方を丁寧にも『どこからか調べていた』マダムは「ほら、行っておいで」とイレギュラーズを早々に追い出そうとする。
「マダム、マダム」
「何だい?」
「……これは貴族の持ち物に手を出す悪い事だけど、良いことがありますね。
 麻薬に狂った誰かを作り出さないようにする。慈善事業のようだわ」
 礼拝の言葉にぴくりと反応したのはシラスだった。
 ――彼の母もまた、そうして道を踏み外したのだから。

 誰だって道を踏み外す。ずぶずぶに溺れて、そして溶けていくのだ。
 そうならない様に。村を燃やし、村人を殺そう。
 そうならない様に。今、『助からない』人を見捨ててでも。

GMコメント

夏あかねです。リクエストありがとうございます。

●成功条件
 ・麻薬栽培技術を持つ村人の暗殺
 ・村への焼き討ち
 その他の村人の生死に関しては成功条件に含みません。

●とある村
 マダムフォクシーのシマと言われる縄張りの中に存在するある貴族領地です。
 貴族は麻薬狂い(ジャンキー)であり、安価なその麻薬を製造し多売しているようです。
 そして裏切りが出ないように村人全員が麻薬中毒状態です。
 マダムフォクシーとは因縁のある麻薬のようですが彼女は個人的事情故に話そうとはしません。

 村はそれほど広くはありません。麻薬の畑は三か所。衛兵は村の入り口を護っています。
 マダム曰く、山手から降りれば衛兵は存在しないそうです。
 時刻は夜。村はしんと静まり返っています。
 あまり大仰に動くと衛兵や村人が起きるので隠密行動を心掛けてください。

●衛兵?
 村の入り口や周囲を護っています。彼らにバレると更なる援軍が来る可能性があります。
 出来るだけばれないようにしてください。また、攻撃を行うなども禁止です。

●麻薬栽培のできる村人家族
 父、息子二人の家族です。全員が麻薬中毒状態ですが彼らは栽培担当であるためにそれなりに自我はまともに持っているようです。
 生かしていればさらに麻薬を作る可能性があります。殺しましょう。

●その他村人
 村には多数の村人が住んでます。夜ですので、村全体に火を放てば焼死する可能性が高くなります。
 また、放置しておいても麻薬が亡くなれば中毒症状で死に至るだろうとマダムは判断しているようです。

●備考
 マダムと『麻薬』の因縁につきましてはSS『again』の流れを汲んでいますがご存じなくとも問題はありません。村を燃やすだけです。
 SS → https://rev1.reversion.jp/scenario/ssdetail/849

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

  • Addiction完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年12月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
※参加確定済み※
シラス(p3p004421)
超える者
※参加確定済み※
ジェック・アーロン(p3p004755)
冠位狙撃者
※参加確定済み※
沁入 礼拝(p3p005251)
足女
※参加確定済み※
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
プラック・クラケーン(p3p006804)
昔日の青年
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
ユリウス=フォン=モルゲンレーテ(p3p009228)
貴族の儀礼

リプレイ


 誰も彼もが、焦がれるように。そんな様子が『母』と重なったのは――
 シラス(p3p004421)は考える。あんな風になったのは何がいけなくて、どうすればよかったのか。
 ずっと、ずっと考える。考え続けて、答えなどない澱に深く沈んでいく感覚が酷く、恐ろしい。

「はあ」と息を吐き出した『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は「寒さが身にしみるでござるな」と呟いた。後ろ暗い案件と彼女が称したのはマダムフォクシーによる『依頼』のことであった。曰く、彼女が毛嫌いする麻薬が存在する。それを彼女の領域(シマ)で栽培する輩がいるというのだ。それも、ずぶずぶと溺れ腐った様子で。
「……この様な案件などさっさと終わらせて囲炉裏で身体を温めることに致そうか」
 食用油を入れた瓶と火打ち石、藁を準備した咲耶の傍らで、怒りに打ち震えるのはユリウス=フォン=モルゲンレーテ(p3p009228)であった。
「汚れ仕事だろうと構わない。これは、私にとってもやらねばならぬことだ……」
 武において名門であったモルゲンレーテの遺児。ユリウスは『貴族』であった少年だ。しかし、先代の強いた悪政が――此れにも似通った状況であったかは定かではないが――生家を没落の途へと進ませた。幻想王国とは腐敗した果実と称される。故に、現実から目を背け誇りを語る様な真似を為たくはないと彼は呟いた。ノブレス・オブリージュは『目を背ける』事を赦すはずがないのだ。
「……確と目に焼き付けて、そして糺さねばならない。今は力及ばずとも、いつか」
 故に、領民を薬に漬けて使い捨てにする領主達を罰するのだと、語るその言葉を聞きながら『救海の灯火』プラック・クラケーン(p3p006804)は「昔の俺なら絶対にやらねー依頼だったかもな」と呟いた。
「現実を嘆く気は全くねぇが……思う所はあるんもんだ。それに……俺以上に思う所がある奴らも居そうだからな」
 思い出したのは苛立ったマダムの表情に、微笑んだ『足女』沁入 礼拝(p3p005251)を見て、何処か暗い表情を見せたシラスだ。誰もが何かを抱いている可能性がある。その中でも特にこの三人は、というのは青年の勘なのだろう。
「なんにしろ、嫌な事だがやる事はやるさ」
「悪い薬は撲滅……つまり、ファイヤーじゃな? 燃やせる依頼は久しぶりじゃし、張り切っていくとするかのう。燃やすと言えば妾、今回は名付けてこそこそファイヤー作戦じゃ!」
 プラックとは対照的に、『燃やす』と言うことに意欲を漲らせた『焔雀護』アカツキ・アマギ(p3p008034)。焼き討ちならばお任せあれとその焔の色の瞳をらんらんと輝かせたアカツキの傍らで「麻薬ってダメってこと?」と『鎮魂銃歌』ジェック・アーロン(p3p004755)は首を傾いだ。
「うむ。ダメなものなのじゃ」
「そっか……判断が鈍るからアタシは好かないけど、そうか、ここではいけないものなんだ。それならまぁ……消しておかないとね」
 悩ましげに呟くジェック。戦士達の士気を挙げ、恐怖心を拭うために麻薬を使用する者が居るというのはよく聞いた話だ。故に、彼女が「ダメなもの?」と問い掛けたのだろう。
『ダメ』なものはダメ。特に、この村で栽培されているものは安価でありながら容易に酩酊と幸福感を味わえるという。そして、蝕む速度が速く――……
「うーん、わかりやすく腐っておりますねえ」
 まさに幻想の悪政見たり。国とは幾つもの顔を持つと言うがここまであからさまであれば『分かりやすい』と称したくなるものだ。『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)はううんと頭を悩ますように首を捻った。
「無理やり薬漬けにされた住民の方を救えないのは痛恨の極みですが……
 とは言え、手遅れの者をどうにかするのは神ならぬ我が身には不可能。
 割り切ってせめても楽にしてあげるのが拙者に出来る唯一の行いでしょうか」
 此の儘、薬がなくなれば苦しみ、何をするかも分からない。そして、その薬が命を蝕み最後は人間的な死とも言えぬ悍ましい姿になり命を散らすのだという。
 割り切って、殺すしかない。その言葉を口にしてプラックは畜生と小さく呻いた。遠くに見えた村の灯りが静かに消える。
「行こうカ」
 ガスマスクで顔を隠したジェックに、小さく頷いたユリウスは「此れが救いとなる事を祈っている」と目を伏せた。


 その姿を隠すように。礼拝とシラスは『標的』である麻薬栽培を担う親子の殺害を担っていた。
 二人が親子の殺害へ向かう最中に、仲間達は村へと火を放つ準備を整える算段だ。自身らの行動が遅れれば作戦にも支障が出る。迷っている場合ではないのだと、礼拝の手を引きながらシラスは進んだ。
「道具は人のための物、つまり私は人の為になるように働いておりますのよ」
「ああ、そうだね」
「ええ、ええ、ですから、この村を焼くのは人の為でございます。私は人を愛しておりますから……」
 うっとりと微笑んだ礼拝は麻薬栽培の才があるものは殺しましょうねとシラスへと言った。それがマダムの望みであるのだ。それ以上もそれ以下もない。村の周囲を『わざとらしく』見て回る衛兵達の意識の外である山側から入り込んだ礼拝は「こちら?」と問い掛けた。
「ああ、ここだよ。……鍵が掛ってる、寝ているかは分からないね」
 麻薬中毒者は昼夜の区別も時間の感覚も『狂っている』場合がある。夜だからと言って眠っている訳ではないのだと注意深く言ったシラスへと礼拝は「まあ」と微笑んだ。
「寝ていれば僥倖でございますね。鍵はお任せ下さい。
 ……簡単な鍵ならば私でも開けられます。ふふふ……秘密にしてくださいましね。
『何も出来ない女』と思われていなければ捗らない商売なのです。庇護欲とは厄介でしょう?」
 ぎい、と音を立てて開いた扉。するりと闇に潜むように部屋の中へと滑り込んだシラスと礼拝の前では一人の男が眠っている。年の頃を見ればまだ若い、げっそりと痩けた頬が痛々しい程だ。
「寝てる……」
「ですが、お父様がいらっしゃいませんわ」
 先ずは、と礼拝はそっと男の首へと手を掛けた。それは口付けをするかの様な恭しい仕草である。まるで罪とも思わぬように息子の顔面にクッションを押しつけて喉を圧迫し、声を外に漏らさぬようにと潰していく。命が奪われる刹那を見ていてもシラスは何の感慨を抱くことはなく、寧ろ眠らずに何処ぞへか行っている父親を警戒しているかのようだった。
「……礼拝」
「ええ」
 先ずは一人。そして――礼拝の頭を目掛けて瓶が投げ込まれる。それを蹴り飛ばしたシラスは其の儘、男の下へと飛び込んだ。集中した意識、そして命の駆け引きになど慣れてしまっているとでも謂うように。
「この村で何をしているか分かってる、観念して目を閉じろ」
 同じように頬の掛けた男が「ああ」と喉奥から漏らした声にシラスは母を思い出しながら唇を噛んだ。痛みを感じないか、其れとも、其れさえも遠く酩酊の中にあるか。身を崩した男の首の骨を容易く折ったシラスは「礼拝、確認を」と囁いた。
「ふふふ、畏まりました」
 礼拝の笑みは崩れない。一瞬、おやと彼女が首を傾いだのはその手際の良さを思ってのことなのだろう。彼はまだ年若く、大人に庇護されても良い年齢の筈なのだ。
(少しだけ――そう、少しだけ口惜しく思います、子供が殺し、殺さねばならないなんて……)
 勿論、それを口になどしないまま礼拝は微笑んだ。外へ出ましょうと微笑む礼拝の手を引いてから、シラスは夜目の良く利いたその視界で捉えた家屋を見てから「畜生」と呟いた。
 見なくて良いものもあった。不自由なく暮らす子供の家。暖かな――麻薬に漬かれど家族が居る――団らん。それらを飲み込むように少年は息を潜めて。


 夜目は利くから行動には支障は無いのだと、ジェックは家屋の前へと『下準備』を行っていた。
 周囲の気配には気を配る。村人が逃げ出さないようにと家屋の前に置いた木箱。その上には麻薬をいくつか放り込む。
「……これに気をトラれて逃げオクれてくれるんじゃナイかな。
 別にシんでほしい訳じゃないケド……このまま生きてるヨリ、多分ラクだ」
 ジェックの言葉に小さく頷いた咲耶は戸口を塞ぎ村と共にこの一生を終わらせてやることが良いだろうと呟いた。
「畑に藁を巻いて置いたで御座る。それから、油も。……彼等の生きるよすがであろうに。
 一瞬で喪われるのもなんとも呆気ない……。実行犯が口にすることではないでござろうが」
 彼女の言葉にジェックは「まァね」とフランクに答えた。闇夜で活動する忍びである咲耶も、狙撃手として引き金に指添える日常を送るジェックも其れこそが救いであることを知っている。
「正気を失い薬を求めるその姿、正に生ける屍の如し。これはもう生きているとは言えぬ」
「バレちゃおしまいだし、何処かで身をカクそうか。
 ……恨みもナイし、気をつけてヤってきたケド……不思議なモンだね」
 呟いた。二人とも、呆気ない仕事だと感じてしまうのだ。外でぼんやりと周囲を見回している衛兵は『此方に何て気付いちゃいない』。村人とて、薬の酩酊と高揚感で心を躍らせ続けている。
 そんな中で、取り残されたように現実を歩く二人は、夜の中で何とも奇妙な気持ちに陥った。
 今から死ぬ人。知らずに護る場所を喪う人。その何方もを知った、実行犯。
「コワい?」
「いや……しかし、火を付ければ彼等は死ぬのだなと思っただけでござるよ」
 ――死ぬなんて、考えずに幸せそうに笑っている彼等を見て咲耶は「苦しみが薄ければ良いが」と呟いた。

 山手より一番近いその場所は、一見すれば普通の田畑であった。それが麻薬であることを知っているからこそ、プラックはその眉をひそめる。
「衛兵の顔や所作を確認しておきたいが……寄るのも危険だろうか」
「さて、衛兵というならばその鎧にも家紋が描かれているだろう。
 貴族が所有する兵士だというならばそれで確認も出来る。だが、『麻薬の村』を容認している兵であることには違いないだろうな」
 忌々しいと謂わんばかりのユリウスにプラックは溜息を漏らした。付近の地図や地形が分かる資料をマダムより『借り受けて』置いたユリウスは戦略眼を用いて、山手からマダムの元へと最短距離で逃げる方法を想定していた。
「成程。……まあ、そうか。衛兵なんて言っても『この状況』を肯定してるんだもんな……」
 プラックは領主が此れを是認した状況であることを改めて感じるようにクソと小さく呟いた。
 ユリウスが行うのは家から家までの間に油を引くことであった。藁で火の勢いを強めるように気を配れば『逃げようとする』村人達は逃げ場を喪うことだろう。
「……死んじまうな」
「ああ」
 頷く。これが、貴族の行いだとユリウスは歯噛みし、プラックは「ムカつくぜ」と呟いた。
 麻薬と因縁なんてない。寧ろ、それは苛立つ程度には何も知らない者だった。だが、この日を覚えておいて、麻薬について調べられるようにと一つ掴み取っておこうとプラックはポケットへとそれを抓み入れた。
「元凶ってのは何だろうな。クソ貴族か、これを流通させた売人か……。
 火が回って逃げるときは、俺も周辺警戒をする。……まぁ、これは『使い方が違ぇけど』」
 考えないようにしようと口を噤んだ。人助けセンサーで助けを呼ぶ声を聞き、其れ等を捨て置くように逃げなくてはならないとは、なんて。ヒーローにとっての皮肉だろうか。


「では行くとするか、きっちりお膳立てをして派手な炎を打ち上げるとしよう」
 ルル家からローブを借り受けてアカツキは忍び足で迫っていく。「店長と依頼で一緒は久しぶりな気がするのう」と朗らかに笑う彼女にルル家は「拙者、しばらくは囚われのプリンセスでしたから」と微笑む。
「そうじゃの。うむ、なら囚われておって鈍った身体を動かすのは?」
「大歓迎ですよ。では参りましょうアカツキ殿! こっそりひっそり炎上はド派手に!」
 炎と言えばアカツキだと笑みを零したルル家。油や可燃物、藁を民家や畑を中心に撒き続ける。
 ルル家が持ち込んだローブや、自身が持ち込んだ縄をアカツキは油を染み込ませ「これも着火剤にするのじゃ」と悪戯っ子の様に笑みを零した。
 炎が辿る道筋を作り、それが民家へ向かうようにと。藁を積み、ドアの前には物を置き塞ぐ。行く手を遮るように、そして炎がスムーズに回るようにと気を配った二人は緻密な準備が出来たと顔を見合わせた。
「ルルちゃん、そろそろ時間かのう?」
「ええ。シラス殿や礼拝殿も『無事に済んだ』ようですし、そろそろですね」
 ルル家に頷いたアカツキは目を伏せる。高台のルル家を見遣ったアカツキは『何時ものように』炎を生み出した。
(さぁ、皆様! 一気に燃やし尽くしましょう!)
 燃え広がる。それは一瞬のことだった。ユリウスが示したルートを辿り、皆が駆け出す。
 火の天才と称されたアカツキは「疾く撤収じゃ、麻薬の燃えた煙は怖いからのう」と囁いた。
 皆が。駆ける。一気に燃え広がっていく炎に気付き、叫ぶ声が聞こえた。同時に助けを求める声を聞いてプラックはそれから逃れるように走る。
「全部燃えた?」
 礼拝の手を握りしめて走ったシラスの問いかけへとルル家は頷いた。高台から見遣れば扉の前に置かれた麻薬に夢中になって逃げることさえ頭から喪った村人の姿まである。
 ジェックは「最後までこうなんだね」とガスマスクを外してから憐憫を含んだ瞳でそう言った。
「麻薬中毒なんて、こんなもんだよね」
 シラスの呟きにプラックは「……これ」とポケットの中の麻薬を取り出した。「ヤロウの尻尾を掴めるんじゃねぇかって」
「……どうかしら」
 首を傾いだ礼拝は夢見る心地で首を傾いだ。マダムフォクシーは大凡この麻薬について知っているのだろう。そも、この麻薬を嫌っていたのが彼女だからだ。
「……今後は同じようなことがなければいいでござるね」
「ああ。貴族の腐敗は止らないだろうが――民が苦しむのは、見ては居られない」
 震える声でそう言ったユリウスに咲耶は頷いた。燃え広がる炎は眩しい。山手にまで広がることはないだろうが、村人達は全員逃げ遅れることだろう。
 殺された栽培技術を持つ者が『殺されたという証拠』すらこの炎が包み込む。
「慣れぬものですね……人が焼ける匂いには……」
 まるで油が溶け、包み込むような気色の悪さ。ルル家は吐き出すようにそう呟いてから青ざめた顔を隣で炎をぼんやりと眺めるアカツキへと向けた。
「炎は再誕の概念を持つ。
 ……今世を救ってやることは叶わなんだが、せめて良い来世を祈ろうかのう。
 この使い方に朱雀殿が何と言うかは分からぬが……これが妾の炎じゃな。清めるし燃やす、趣味と実益を兼ねるというやつじゃ!」
 朱雀の加護を帯びた炎。それが、願わくば豊穣の神が与え給うかの如く。
 浄化されることを願わずには居られなかった。


 ――後日、マダムフォクシーから礼拝を通じて本件についての『結果』が連絡された。
 村人達は全滅。家屋と畑は全焼したらしい。無論、此の地を護っていた兵達は全員が斬首の刑に処され、麻薬中毒者(ジャンキー)であった領主は酷い中毒症状で日々を藻掻き続けている。
 彼女曰く「自業自得」ではある。一家全員が燃やされ、その骨の受取手もなく貴族が『腐敗している』状況。仕事を頼んだ立場であるマダムは『其れ等を全て弔った』と言っていた。

 誰だって道を踏み外す。ずぶずぶに溺れて、そして溶けていくのだ。
 骨が、倫理が、常識が、全てが。
 それでも、喪いたくないものを護る為に、人は、何かを壊していく。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 ご参加有難う御座いました。
 隠密行動中心でしたが、予想以上に沢山燃えていただいて……。

 とても素晴らしい燃えっぷりだったと思います。
 それでは、また。幻想の昏い途でもお会い致しましょう。

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