シナリオ詳細
青海に煌めく時
オープニング
●
ネオンブルーの水面が菱波を瞬かせ船が進んでいく。
見上げた空は澄み渡り、青に青を重ねた色合いを視界いっぱいに降り注いだ。
潮風が鼻孔を擽り、纏わり付く海飛沫と爛々と輝く太陽に肌が火照る。
視線を進行方向から側面へと向ければ、自船と併走するように一隻の船が見えた。
『赤髭王』バルバロッサが乗るアルセリア号だ。
海賊船ではあるが、何も戦闘をしようというのではない。
今回はイレギュラーズと共に、狂王種討伐の任務に就く頼もしい仲間だ。
アーリア・スピリッツ (p3p004400)は自分の乗った船に視線を戻した。
イレギュラーズが乗る船はスレイプニル号。この年代物のジーベック船は数々の死線を越えてきた。
アーリアの友人でこのスレイプニル号の船長であるヨナ・ウェンズデーの宿敵ヴァナルガンドを倒した時も半壊しながら共に駆け抜けた強い船だ。
「ヨナちゃん、もう足は良いの?」
アーリアの言葉にヨナは頷く。
先の絶海大戦の最中、ヨナの義足は折れていた。
「人手が足りなくて修理に時間が掛かっちまったが、この通りもう大丈夫だよ!」
ヨナは義足を軸にくるりと回ってみせる。元気そうでなによりだ。
イレギュラーズが新天地カムイグラの動乱に巻き込まれている間に、復興は多少なりとも進んで居たのだろう。いつも通りのヨナの笑顔にアーリアは安堵する。
「それにしても、着いてきて貰って悪いね」
「何言ってるのよ。私とヨナちゃんの仲じゃない。それに、私の仲間はそんな事で文句を言うような性格じゃないわぁ」
アーリアは碧眼を甲板へと向けた。
青いマントをはためかせ、誠実なる眼をした青年リゲル=アークライト (p3p000442)が摸造刀を構えているのが見える。彼に対峙するはベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)だった。
こちらも模造槍を突き出していた。どうやら戦術訓練を行っているらしい。
胴横に穿たれた槍の軌道を交すには。なんて事を言っているのだろう。
その後方。二人を見守るようにポテト=アークライト (p3p000294)とウィリアム・M・アステリズム (p3p001243)が欄干に寄りかかっていた。
命のやり取りの無い訓練とはいえ、激しい打ち合いはかすり傷や打撲ぐらいは付きもの。
いつ回復を飛ばすのが効率的か、いつ助ける為の魔法を飛ばすのが良いのかを考えているのだろう。
「あら」
そこへ乱入するのはバルバロッサだ。アルセリア号からいつの間にか移動してきたらしい。
右腕であるローレンスに模造刀を寄越せと手を上げる。
「ふふふ。元気ねえ」
アーリアは顔を綻ばせマストを見上げた。
其処には赤い髪を靡かせたマリア・レイシス (p3p006685)と笹木 花丸 (p3p008689)が座っている。
傍らにはスレイプニル号の守り猫モリアンがしっぽアタックを仕掛けていた。何と言う誘惑か!
しかし、今飛びつけばモリアンは何処かへ行ってしまうだろう。
此処は我慢してしっぽの感触を楽しむのだ。
ヨナは海を見つめる夢見 ルル家 (p3p000016)の背後からわしわしと頭を撫でつける。
「ルル家あんた。新天地(カムイグラ)で散々やんちゃしたって聞いたよ。
やるじゃないか。好きな男の為に命張れるてのは中々出来る事じゃ無いからね。
己が弱い事、守られることに甘んじる事は容易だけど、それをはね除けて守るって選択をして。
……そして守り通せたっていうのは誇って良いと、アタシは思うね」
「いえ、拙者が此処に居られるのも、友人が居てくれたお陰なのです。お師匠、ヴィオちゃん、無量殿、タイム殿。他にも沢山の人達が拙者を助けようと戦ってくれました」
「そうか。ならアタシと一緒だ。アタシも部下の命の上に立ってる。だからね、この命はアタシのものでもあると同時に、散って行った部下の魂の寄辺でもあるんだ」
重たくは無いのかとルル家は視線で問うた。
「そりゃあ、重たいさ。最初の頃は夜も眠れぬ程、後悔した。けれど、部下が命を賭して救ってくれた命だったからね。易々と死ぬ事も出来ない……そうだね。ちょいと昔話に付合っておくれよ」
「なあに? ヨナちゃんの昔話が始まるの?」
くすくすと笑みを浮かべ、アーリアがヨナの肩に寄りかかる。
「ああ、そうさ。まだ戦域までには時間がある。アーリアにも話した事無かったかもしれないね」
――ある女の、在り来たりな物語さ。
●
吹きすさぶ雨粒。分厚い暗雲から雷鳴が轟いた。
荒ぶる波にスレイプニル号は大きく横に揺れる。剣がマストに突き刺さり、靴底がその上に乗った。
『青鰭帝』オーディンはサックス・ブルーの瞳を暗闇に向ける。
其処には白い毛並みを逆立てた『海狼』がオーディンを睨み付けていた。
「くそ……」
激痛がオーディンの左目を襲う。手で触れずとも左の眼球が喪失している事が分かった。
横殴りの雨がオーディンの血を洗い流していく。
甲板に流れた赤い血は、オーディンのものだけではない。
海狼の群れに襲われ、半数以上が命を落としていた。
「く……」
数刻前まで笑って居た。ジョーイもユスカもブラムも、今晩の夕食は何だって楽しみにしていたのに。
「戦況はどうなってる!」
「もうこれ以上は無理だ! 船が持たねえよ!」
「何言ってんだ! 及び腰じゃあ、勝てるもんも勝てねえんだよ!」
飛び交う怒号。激昂した副船長のオスバルドの向こう側。オーディンの視界に海狼の牙が見える。
誰よりも早く動き部下のオスバルドを海狼の牙から遠ざけた。
されど、それは己の右脚を犠牲にするものだ。
オスバルドは驚愕に目を見開き叫び声を上げる。
「お頭ァ!? 足が、足が!!!」
「煩いよ。……くそっ、厄介だね」
オーディンは一瞬だけ躊躇した。今、逃げに走れば半数は助かるだろう。
されど、勝つために犠牲になっていった仲間達はどうなる。
ギリっと奥歯を噛みしめるオーディン。
「お頭、逃げましょう」
「だが……!」
「おい! セシリオ! お頭を担げ!」
「アイアイサー!」
セシリオがオーディンの片足をきつく縛り止血する。
己のマントでセシリオは自分自身にオーディンを括り付けた。
「ちょっと、待て。オイ! 何で、お前はそっちへ行くんだオスバルド! ふざけんじゃねえぞ!」
「セシリオ、お頭を頼むぞ!」
「分かりましたよ。オスバルド副船長!」
船員数名を引き連れて小舟に乗り込んだオズバルドは海狼の群れへと進んでいく。
その隙を見てスレイプニル号は群れとは逆方向へ舵を切った。
オーディンの瞳は小舟から飛び出すオスバルド達を追う。
撃ち合い斬り合って、最後には海狼の顎に飲み込まれた。
「オスバルドオオオオオ!!!!」
オーディンの絶叫が海嵐に木霊した。
――――
――
「まあ、というわけで、仲間の命と引き換えにアタシは生き延びた。その後の話はまた今度してやるさね。
……さてと、おいでなすったみたいだ」
ヨナの視線の先には暗雲が立籠めていた。雨粒が甲板に次々と落ちてくる。
雷鳴が鳴り響き、白い毛並みの狼の群れが現れた。
「これって……」
「ああ、そうさ。オーディンが堕ちた場所」
後のヴァナルガンドがヨナの左瞳と右脚を奪った海狼の巣と呼ばれる海域。
オーディンの為に命を賭したオスバルド達が眠る海だ。
ヴァナルガンドが倒されてからは成りを潜めていた海狼たちの中から狂王種になるものが現れた。
近海の船を襲い被害も出ているらしい。
ヴァナルガンドよりは小粒なれど此の儘放置すれば強力な個体が出現する可能性だってある。
其処で海狼との交戦経験があるアーリア達が呼ばれたというわけだ。
「やってくれるかい、皆」
ヨナはサックス・ブルーのコートを羽織る。
「もちろんよ!」
「その為に此処まで来たんだから」
「ヨナさんの仲間の為にも」
「全力で戦うまでだ」
口々にイレギュラーズは声を張り上げる。激励を飛ばす。
「じゃあ、行こう。海狼の巣討滅戦だ!」
- 青海に煌めく時完了
- GM名もみじ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年12月27日 22時01分
- 参加人数8/8人
- 相談10日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
雷鳴が分厚い鈍色の雲に紫電を走らせる。轟く音は鼓膜を揺らし、横殴りの雨が甲板を打った。
不安げに耳を伏せるモリアンを『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)は抱え上げる。
「大丈夫。船内に隠れておいで」
ここからは戦いになるのだ。愛らしい猫を傍に置いておくわけには行かない。
「ヨナの家族の敵討ち。ヨナのためにも、ヨナの家族の為にもしっかり頑張らないとな。
バルバロッサとローレンスもよろしく頼む」
ポテトは『赤髭王』バルバロッサ(p3n000137)とその右腕ローレンスへと視線を向けた。
「ああ、俺達にとってもヨナは家族みてえなものだからな、任せろよ」
「ははっ。まあ、もう長い付き合いだからね。……家族みたいなもんか」
サックス・ブルーの瞳を僅かに伏せて『黄昏の青鰭』ヨナ・ウェンズデーは近づいて来る海狼の巣へ視線を流した。
「人に歴史あり。わかっていたつもりではありましたが、ヨナ殿にも痛みを伴う過去があるのですね」
ヨナの傍らに居た『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)が彼女の腕を掴む。
「その痛みが少しでも和らぐ手伝いが出来るのであれば拙者も来た甲斐があるというものです!
皆が拙者を助けてくれたように、今度は拙者がヨナ殿の力となりましょう!」
緑瞳に強い意思を宿し、ルル家はヨナに視線を上げた。
以前よりも、一段と強くなったルル家の成長を感じ、ヨナは少女の頭を撫でる。
「ああ、ありがとう。ルル家あんたイイ女になったじゃないか。……強くなった」
「へへ。何だか気恥ずかしいです」
にっかりと笑ったヨナはルル家の視線に頷いた。
「海洋に来るのも久し振りだなあ。バルバロッサのおっさんも元気そうで何よりだ」
一緒に戦えるのが頼もしいと『神威の星』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)はバルバロッサの手にハイタッチを重ねる。
「ああ、ウィリアムも元気そうだな。相変わらず気難しそうな顔して。ちゃんと食ってるか?」
「食ってるよ。あんたらみたいに大きな胃はしてないけどな」
「おうおう。ちゃんと食えよ」
まるで子供の様な扱いにウィリアムは「相変わらずだ」と呆れながら微笑んだ。
「――例え暴雨が降ろうと、暗雲に閉ざされようと。空に星は瞬いている
勝利の星は我らに在り、だ」
手にした星の杖が曇天の空に彩りのパーティクルを散らす。
「ああ。ウィリアムの言う通りだ。絶対に勝つぞ!」
バルバロッサはウィリアムの背をバシバシ叩きながら激励を飛ばした。
「ふふ! 3人とも久しいね! 元気だったかい?」
強気な眼差しで笑みを浮かべる『白虎護』マリア・レイシス(p3p006685)はローレンスやバルバロッサに赤い瞳を向ける。
「お久しぶりです。マリアさん。お陰様でもうすっかり元気ですよ。マリアさんは一段と美しく輝いて見えますね。以前お会いした時より、幸せそうな表情を浮かべていますよ」
「そ、そうかな」
ローレンスの言葉に視線を逸らし、赤く染まる頬を掻くマリア。
「……ヴァリューシャのお陰かな」
陽だまりの中で屈託のない笑顔を見せる彼女の姿が脳裏を過る。何よりも大切で守りたい人。
自分の命を賭してでも守りたいと思える存在。それはヨナを命を張って助けたオズバルドも同じだったのではないか。そうなのだとしたら、絶対に負けられない。必ず勝つ。
「マリアさん?」
「ううん。何でも無いよ! 今回もよろしく頼むよ!」
赤き闘志を宿したマリアはローレンスに力強く頷いた。
「ふんふんっ!」
拳を振り上げた『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)はヨナに向き直る。
「元々その心算だったけど、お話を聞いて俄然やる気が出て来たってモンだよねっ!」
命を賭けてヨナを救ったオズバルドと仲間達。その心情を思うと胸が痛む。
「ありがとう。花丸」
「だって、それだけ大切な仲間だったんだよね。花丸ちゃんにも大切な友達が居るから分かるよ。
ヨナさんとそのお仲間さん達の為にも、今の花丸ちゃんに出せる全部で戦っちゃうんだからっ!」
花丸はヨナに拳を突き出した。その手に応えるようにヨナも拳を合わせる。
「頼もしいな」
「さて、ヨナちゃん復帰戦! 動かないと身体も鈍ったでしょう?」
ヨナの肩に手を置いて『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は問いかけた。
「ああ。久々の戦闘だからね。気合い入れていかないとな」
「水も滴るイイ男にイイ女、私が最高に信頼できる面々だもの、やってやりましょ!」
アーリアの声にヨナは剣を引き抜く。
海狼の巣は目前。それは則ち。
「……海に散った者達が眠る場所、か」
小さく呟かれた『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の言葉が海風に浚われていく。
「確かに、その様な場所に狂王種が出たとあっては心中穏やかでは無いだろう」
まだ子供だからと放置すれば強力な個体として人間の領域に踏み込んで来るかもしれない。
そうすれば、戦場と関係の無い人間を巻き込んでしまう事も容易に想像が付く。
既に近海の船を襲い被害も出ているのだから答えは明白。
「俺は何時でも。皆が他を相手取る間は、ガンドルフは俺に任せておけ」
蒼銀月に轟く紫電が走った。ベネディクトの青き眼が見据える先はガンドルフ。
「ヴァナルガンドの子孫たちとの――宿命の対決か」
絶望の青で神話の狼の名を冠した強敵と戦った。吹きすさぶ血と怒号の激戦を思い返す『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は剣柄をしっかりと握りしめる。
巨大な体躯を物ともせず海の上を自在に走り回ったヴァナルガンド。
その後継たる二体の狂王種の凶暴かつ獰猛な牙から人々を守る為に。リゲルは剣を取る。
「悪いが、お前達に人を喰わせるわけには行かない。ここで狩らせてもらう!」
雷鳴の中、リゲルの剣が光を帯びた。強襲の合図。仲間が一斉に飛び上がる。
大きく息を吸い込み。
「――――行くぞ!!!!」
●
曇天の空に黒き星が輝いた。
閃いた刃は海を走り、ヴァナリアスを捉える。
「お前達も、既に血肉の味を覚えてしまったのか? 来い! お前が俺に勝てるならば、手でも足でもくれてやる!」
海上を突抜けた閃光にヴァナリアスは一瞬怯み、怒りを露わにした。
耳を劈く雄叫びが空を割り、リゲルの鼓膜を震わせる。
先陣を切ったリゲルへと怒りの侭に駆けてくるヴァナリアス。超遠距離広範囲を凍り付かせるミュラッカを使わせないという作戦は的確で正しい判断だっただろう。
一気に距離を詰める事に成功したイレギュラーズは、初手から攻勢に出たのだ。
「お前の相手はこの俺だ、不足だと思うならば強引にでも推し通ってみるが良い」
ガンドルフの前に蒼銀の腕を構えるのはベネディクトだ。
言葉を交す事が出来ずとも、相手が挑発してきている事は分かるだろう。
槍をわざと目の前に突き出してみたり、足下を浚ってみたり。決定打ではない攻撃と言葉、表情。
ベネディクトの表初にガンドルフの怒りは蓄積していく。
ガンドルフを海に逃がしてしまえば面倒な事になるだろう。ベネディクトはガンドルフを海へと逃がさない様にわざと隙を作ってみせる。
『こいつは直ぐに倒せそうだ』と思わせる事で注意を自分に引きつけるのだ。
攻撃を皮一枚で躱したように見せ、伝う血を大げさに拭ってみせる。
興奮してきたガンドルフはベネディクトを追い詰めるように、単調で大ぶりな攻撃を繰り返した。
「ふふ。二人の騎士は頼もしいわねぇ。彼等が抑えてくれてる間に海狼減らしましょ。
ヨナちゃん達も、作戦通りお願いねぇ」
アーリアはリゲルとベネディクトの援護をするためヨナ達に指示を投げる。
「任せな! アーリア!」
靴と義足の音を響かせ、飛び上がるヨナ。海狼へと食らいつき刃を翻した。
続けざまに迫る敵の爪を後ろに飛んで躱す。
「ローレンスさんは攻撃もだけど……彼の背中を護れるのは貴方だけでしょ? 任せたわぁ」
「分かりました」
「おらおら! どけよ!」
「ってバルバロッサさん、爆弾私達に当てないでよぉ!?」
剣で敵の爪を弾いたバルバロッサは腰に吊した銃を打ち鳴らした。
「ははっ! 当てるわけねえだろよ! 俺を誰だと思ってんだ!
泣く子も黙る海の男『赤髭王』バルバロッサ様だぞ! 伊達じゃねえ!」
豪語するバルバロッサの声が戦場に響き渡る。
その背に迫る海狼の凶刃を、剣で受け止めるのはローレンスだ。
「言ってる傍からっ! 危ないですよ」
「お前が弾いた方が早えだろ?」
ローレンスが必ず敵の攻撃を弾いてくれるという信頼があってこそ。
花丸はその身に海狼の牙を受けていた。
ベネディクトとリゲルが狂王種を相手取る事ができるように。
足止めすることが花丸の役目。
だからこそ、海狼の群れに飛び込んだのだ。
「安心して戦う為に海狼の数も確り減らしておかないとねっ! ほーら! こっちだよ!」
海狼を揶揄うように大げさに飛び跳ねたり、べぇと舌を出したりしてみせる花丸。
「よしよし。上手く行ってるみたいだね……っと!」
砂浜に足を取られ重心が崩れる。飛びかかってくる敵の爪を一歩踏み込んで躱せば砂埃が上がった。
重なる敵の攻撃に回避出来る場所が狭くなっていく。
真横に蘇芳の赤が散り、花丸の白い肌に血が伝った。それでも花丸は動きを止めたりはしない。
「こんな事で諦める花丸ちゃんじゃありません! だって、花丸ちゃんにはすごーく頼れる仲間がいるんだからね! ポテトさんお願い!」
「ああ、任せろ。リゲルや花丸達が頑張ってるんだ。なら私は皆が全力で戦えるように背中を守ろう!」
ポテトの周りに陽光が溢れ、足下から草木が生えてくる。
彼女を包むように満ちあふれた真素の流れは地中を伝い、花丸の足下に花を咲かせた。
美しく輝く花弁が舞い上がり、花丸の肌に刻まれていた傷を元通りに治していく。
聖域に生まれ育った樹精たるポテトの癒しは、草花からの優しい香りとして顕現するのだ。
「今度は誰も欠けさせない。ヴァナリアスとガンドルフを倒して、みんなで帰るんだ!」
「そうだね! 花丸ちゃんも頑張るよ!」
「宇宙警察忍者、夢見ルル家! お呼びとあらば即参上ですよ!」
花丸が引きつけた敵目がけてルル家は右目が赤いガーネットの色を帯びる。
「行きますよ!」
「ほいきた!」
幾度も戦場を渡り歩いてきた猛者達だ。何処に敵を誘導し、最大数を捉えられるかが感覚として分かるのかも知れない。特に怒り狂った直情的な獣の場合だと御しやすい。
「さぁ、『我を恐れよ獣共』!」
烏天狗の右目から虚が這い出してくる。それはルル家自身をも蝕む諸刃の剣。
それを何度だって、絶対命中させてみせる。
「いいね! ルル家! その調子でどんどん行こう!」
「花丸殿も巻き込まれないで下さいよ!」
「……凄まじいですね」
以前よりも、遙かに強くなったルル家にローレンスが感嘆の声を上げた。
「さぁ、今回も頼りにしてますよローレンス殿! 死兆仲間として!」
「はい! 行きましょう」
マリアの背後に迫る敵を察知したのはウィリアムだ。
彼の戦略眼は戦場を見据え、敵の兆候を一早く察知する。
「おい! マリア、後ろに気を付けろ!」
「ありがとう! ウィリアム君! 助かるよ! 皆も気を付けて!」
ウィリアムの声で後ろから迫る敵の攻撃を何なりと躱すマリア。
「君達も生きる為に必死なだけだよね……。けれどこちらも必死なんだ!
さぁ! 生存競争といこうか!!」
マリアの意思の籠もった声が戦場に響いた。
――――
――
戦場はイレギュラーズの優位に進んだ。
海狼はウィリアムやアーリアの術に倒れ、マリアの死角からの攻撃を受け続けたのだ。
「ごめんね、貴方達の住処を荒らしたい訳じゃないんだけど……ここにね、忘れ物を取りに来たの」
アーリアはヴァナリアスへと言葉を繰る。
疲弊している敵はもう虫の息といった所だろう。
それを成し得たのもリゲルやベネディクトが狂王種を押さえ込んだからだ。
「ヨナさん達とまた一緒に戦えてよかった。あの死線を乗り越えたからこそだと胸が熱くなる」
ポテトの癒やしを受けながら、リゲルはヨナに笑いかけた。
ベネディクトも花丸もよくここまで耐えてくれたとリゲルは仲間の心強さを噛みしめる。
「守るつもりだった人に守られ、一人だけ生き残ったのは辛かったと思う。
だけどヨナ、生き残ったなら守ってくれた彼らの分まで幸せになるんだ
きっと彼らもそう願っているから。その為にも、彼らの仇を取って笑顔で彼らを見送ってくれ!」
ポテトはリゲルを支えながらヨナに叫んだ。
ウィリアムは星の閃光を戦場に走らせる。
「この程度で俺達を退けられると思ってるなら、甘く見過ぎだ。
俺と、ポテトと。ローレットが誇る術師が居るんだからな」
瞬く星の眩しさにヴァナリアスは目を瞬いた。目眩ましの一瞬の隙を突いてマリアが飛び上がる。
「白虎の加護を得た雷撃! 食らいたまえ!」
ヴァナリアスに突き刺さるマリアの蒼雷。うなり声を上げて血を地面に吐く敵にたたみかけるのはルル家と花丸の奇襲。そこへ、リゲルの閃剣が銀の光を走らせる。
「さぁ、隙を作りました! 良いところ見せてくださいよバルバロッサ殿!」
「任せろ! 行くぞローレンス!」
「はい!」
二人の連撃がヴァナリアスを割いた。
「仲間が引き付け、耐え、削ってくれた。傷付いても立ち向かえるよう、背中を預けられる仲間もいる。
なら、私は彼らの動きを封じてみせる。ヨナちゃん、私の仲間は強くて素敵でしょう?
勿論、貴女も私の仲間だから――青鰭帝の一撃、見せてちょうだい!」
「ああ!」
アーリアの魔力とヨナの剣が重なる。
此処で散って行った、仲間の思いが重なる――!
「これで終わりだッ――――――!!!!!」
ヴァナリアスの断末魔が戦場に響き、僅かな振動と共に崩れ落ちた。
「……どうやら、我慢比べは俺の勝ちだった様だ。覚悟しろ」
ガンドルフを前に口の端をあげたベネディクトは、勝利を確信したのだ。
●
「皆お疲れ様だよ! 怪我はないかい?」
明るい声でマリアが和やかに微笑んだ。狂王種と対峙していたベネディクトとリゲル、それに海狼を一手に引き受けていた花丸は多少の傷があるものの、皆命に関わる様な怪我は見当たらなかった。
マリアの声にベネディクトはほっと一息吐く。
深呼吸をして息を吸い込めば湿気を含んだ海の匂いがした。
「流石にあの個体をずっと抑え込むのは骨が折れた」
「おう、よく頑張ったな。流石は黒狼隊のリーダーってとこだな」
バルバロッサは労うようにベネディクトの肩を力強く叩く。
「ああ、後は……」
「海狼たちが埋めたであろう、遺品の回収をしてあげたいね」
ベネディクトの元へやってきた花丸はリゲル達と海に潜る準備をしていた。
「陸地と海両方から巣穴を探してみよう」
リゲルの提案に花丸も頷く。何も見つからないかもしれない。
でも、探さない選択は出来ないと花丸達は海へと入っていく。
「よしよし。皆無事だね」
仲間の無事を確認したマリアはおまじないをかけて陸地を探索する。
ヨナの為に散って行った人達の遺品が見つかってほしいと願いを込めて。
「何かを埋めた痕跡なんかは残ってないかな? 見つけたら大事に仕舞って遺族に持ち帰ってあげよう」
マリアが森の中を進むと、埋められた痕跡を発見する。
「ウィリアム君、ここ見ておくれよ。きっと何かを埋めたあとだよ」
マリアとウィリアムは盛り上がって他の地面と色が変わっている所を掘り返す。
其処には数個の指輪やペンダント。内側に名前の彫られた小さなプレートが出てきた。
何個もの遺品を大事に抱え、マリアとウィリアムは砂浜に戻ってくる。
ルル家とアーリアは水中に潜っていた。
海底に煌めく金のバックル。金輪のピアスを手に海から上がってくる。
「あとは、狂王種のお腹も調べますか」
「ええ、そうね」
ルル家の提案にアーリアは頷いた。少ない可能性でも余さず捜索したいのだと強い意思で。
「絶対に欠片一つ見落とさず、お仲間のもとへ返して差し上げたいですからね」
返り血を浴びながら、ルル家は狂王種の腹を探り。金貨のペンダントを掴み取った。
「おかえりみんな。暖かい飲み物があるぞ」
ポテトは船から持ってきたココアを皆に配っていく。
染み渡る甘いココアは戦いの終わりを告げた。
「彼らもこの世界に生きる一つの命だということは忘れたくないね。
たまたま私達が勝っただけ。願わくば天で安らかに……」
ヴァナリアス達を弔って祈りを捧げるマリア。
「死した命は夜空の星となり生者を見守る――星々は船乗りの道標、だろ?
仲間はいつまでも共に在るものさ。きっとな」
ウィリアムの言葉に空を見上げれば、遠くの空に一番星が見えた。
ポテトは花を。アーリアは酒を海に放ち。
この場所で散って行った魂が安らかに眠れるように祈ったのだ。
「ジョーイ、ユスカ、ブラム、……オズバルド」
ヨナは部下達の名前を一人ずつ呼ぶ。二十は軽く超える者達の名前も声も笑顔も思い出せた。
イレギュラーズが集めてくれた部下達の遺品を抱きしめながら。
溢れる涙を止めもせずヨナは泣き続けた。
そして、夕陽が沈む頃。立ち上がったヨナは振り替えり、いつもの笑顔を見せたのだ。
「……さ、雨も止んだわね。陸に戻って酒盛りよぉ!」
アーリアの明るい声にヨナや他の仲間も笑い出す。
「酒盛りか。俺も成人したし、飲んでみようかな。……程々に」
「そうだな。楽しい酒盛りになりそうだ」
ウィリアムの呟きにポテトが応えて。イレギュラーズは船に戻っていった。
――まだそっちに行くには時間が掛かりそうだけど。気長に待っててくれるかい?
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
無事にこの場で散って行った者達の弔いをすることができました。
MVPは心優しいあなたへ。
リクエストありがとうございました。
GMコメント
もみじです。お待たせしました。海洋リクシナです。
●目的
狂王種の討伐
敵の撃退
●ロケーション
海狼の巣と呼ばれる海に浮かぶ島での戦いです。
暗雲が立籠め、横殴りの雨が降っています。
船を沖に停泊させ、島に上陸した所からスタートです。
また、海狼は捕ってきた獲物を食べた後、巣穴の近くに埋める習性があります。
縄張りを主張する意味合いが強いようです。遺品などがあるかもしれません。
●敵
○狂王種『ヴァナリアス』
ヴァナルガンドの子供。俊敏さを兼ね備えています。
大きさは3mほど。
・アイシクルクロウ(A):物近列、凍結、流血
・ミュラッカ(A):神超遠域、氷結
・レイヴナス(P):通常攻撃HA吸収
・ヨークルフロイプ(P):四つ足は波すら凍らせ駆け抜ける。
○狂王種『ガンドルフ』
ヴァナルガンドの子供。耐久力と攻撃力を兼ね備えています。
大きさは3mほど。
・アイシクルクロウ(A):物近列、凍結、流血
・ヴォーテクスクライ(A):神中扇、麻痺
・デバウアー(A):物至範、HA吸収、ブレイク、必殺
・レイヴナス(P):通常攻撃HA吸収
・ヨークルフロイプ(P):四つ足は波すら凍らせ駆け抜ける。
『海狼』×10
至近距離での爪や牙、中距離単体の神秘攻撃を行ってきます。
ヴァナリアスとガンドルフを討伐すれば、同時に撤退します。
●味方NPC
『黄昏の青鰭』ヨナ・ウェンズデー
毎日週末亭の看板娘。
ウィーク海賊団の元船長で、かつては『青鰭帝』オーディンと呼ばれていました。
密かに鍛錬を積み重ねていた為、強いです。
自船を使ったアクロバティックな戦術と剣技は、全盛期に劣るものの苛烈に敵を襲撃します。
アーリア・スピリッツ (p3p004400)さんの関係者です。
『赤髭王』バルバロッサ(p3n000137)
精悍な顔立ちに赤い髭。傷だらけの身体は筋肉隆々です。
強い者に戦いを挑み続けています。
性格は豪快豪傑。気さくでお茶目ですが、戦いとあらば容赦はしません。
仲間は大切にします。特にローレンスは血を分けた家族同等の扱いです。
遠近範囲を兼ね備えたトータルファイターです。
剣の達人ですが、ピストルを携行しており、爆弾を投げるなどトリッキーな動きをします。
『赤髭王の右腕』ローレンス
バルバロッサの副官。美しい顔立ちの青年。
海難事故でバルバロッサに拾われ、忠義を尽くしています。
バルバロッサに命の危険が及んだ際は身を挺して庇います。
遠近範囲を兼ね備えたトータルファイターです。
バルバロッサ譲りの戦闘スタイルですが、能力値は劣ります。多少の回復魔法が使えます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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