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シナリオ詳細

凍りついた胸に、復讐の熱い石炭を

完了

参加者 : 8 人

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オープニング


 ――逃げろ逃げろ。活きのいい者でなければ狩りはつまらぬわ――

 眠る度に思い返す言葉があった。
 いつも後ろから聞こえてくる声。どれだけ走っても耳元で囁かれている様な感覚。
 その後に生じる銃声の音。転び、足の激痛が走ると共に――目が覚める。
 ……夢だと分かる度に安堵し、直後に胸の内には謎の……嫌悪感が渦巻いて。
 だがそれも今日で終わりだ。

 ずっとずっと待っていた。
 息を切らして逃げたあの日から、ずっと、ずっとだ。
 雪の降る日。街道の一角にて白き衣に身を包み、道端に伏せれば雪景色の一つにしか見えぬ者がいた――口の中に雪を詰めて、白き吐息すら零さぬ。潜める息も気配も極限の集中と共にその者の中にしかない。
 寒さなど一切脳裏に過らなかった。
 ただただ待っていた。恋焦がれる様に――極寒の中で熱を滾らせて。
「……?」
 と、その時だ。
 視界の隅に人影が映った。だが『待っていた者』ではなさそうだ。
 ……そうだそもそも己が待っている人物は馬車で通る予定の筈。
 あのように歩いている――しかも複数人で――な訳がない。
 偶々通りかかっただけの者かと思考して……しかしどうにも動きが妙な気がする。まるで彼らは何かを探すかのように視線をあちらこちらへと巡らせながら歩いているのだ。しっかりと、何も見落とさないかのように。

 ……ああ『そういう』事か……

 近付いてくる。そのまま、こちらに。
 十歩、九、八、七……四歩の所で――
 衝突。雪の中に潜んでいた者が一転、跳躍し跳び出したのだ。刃携え近付く者を抉らんとして――しかし聞こえてきたのは肉を裂く音ではなく。
 金属音。
 剣だ。サクラ (p3p005004)の神速の抜刀が殺意の刃を押し止める。
 さすれば短い舌打ちをサクラは『視』た。
 鍔迫る形となった剣を互いに押しのけ影は彼方に飛び退き、着地。
「……やはりいた、な。リヒター卿を狙う者だな?」
 そんな者へと声を掛けるのはベネディクト=レベンディス=マナガルム (p3p008160)だ。すぐさま整えた戦闘の構えから『こうなる』事をまるで予測していたかのように。
 いや予測などではないか。彼らは元より依頼をうけて此処に来たのだから。
 幻想西部に貴族であるリヒターという人物がいる。
 彼に対し暗殺を試みようとしている輩がいる故――と、ローレットのイレギュラーズが依頼で動き出したのだ。リヒター卿は外せぬ用事があって王都に出向く日がある。その際に暗殺者などが潜んでいないか先んじて確認してほしい、と。
 そして実際に居た。雪景色の中に潜む暗殺者が。
「……暗殺者?」
 が、その言葉を聞くなり白き衣の人物は笑う。笑う。笑う――
 暗殺者? そうかそうか俺は殺しに行くと思われているのか。何かの賊だと。
 間違いではないが、それは正確ではない。
「俺は復讐するだけだ――そこをどけ」
「復讐? どうしてかな、リヒター卿は善政を行っていて、一般市民の人達からも評判が高い人って聞いてるんだけど?」
 暗殺者――声からして、恐らく若い少年か――?
 彼の声を聞き、笹木 花丸 (p3p008689)は思考しながら疑問を紡ぐ。
 目の前の人物からは尋常ではない殺意を感じる。
 同時に、殺意とはまた異なる『気持ちの悪い』不穏な気配も……
 なんだ? 何かがおかしい。先程から殺意に似合わぬ、妙な笑い声も零れていて。
「あの子は、まだ十にもなってなかった。それをあの野郎の身勝手な趣味で……
 いやどうでもいい事だ――テメェらがクソからの使いだってんなら」
 殺して押し通る。
 構えるは刃。いや、もう片方の手にも短い剣を逆手に持っている。
 ナイフよりは長く、剣よりは短い様な刃を……二刀流と言う事か。どうやら防御よりも攻勢を重視しているらしい。それは闘志の高さ故もあるのか。己が命よりも相手の命の方が重要――と。
「……サクラちゃん、あの子おかしい。もしかすると」
「うん――多分、薬物かなにかかもしれない」
 瞬間、武器以外の事に気付いたのはスティア・エイル・ヴァークライト (p3p001034)だ。
 フードを被っているが――微かに見える目元。
 瞬きが異常に少ない。
 よく見据えてみれば目も、見える範囲での肌も異様に白く……
「……戦場に出る者は時折そういうモノを使う者もいると聞く。
 あえて聞くが――それは恐怖を退ける為のモノか? それとも」
 覚悟の上の顛落か?
 言って、しかしベネディクトは瞬時に察した。
 彼は。瞳の奥に携えた意志に――確固たるものがある、と。揺らぎなきその意思からは、恐怖が理由などではない。まずもって『何を使ってでもやり遂げる』という不退転が故の理由。

「そこをどけ……どけよ。じゃなきゃ、死ねッ!!」

 少年の脳裏には最早殺意の感情しか残っていない。
 必ず殺す。善人面をしながら裏で――をしているあの野郎を。
 あの子の仇だ。
 俺を逃がす為に犠牲になったあの子の仇を今日討つんだ。
 後ろから聞こえてきた何発もの銃声と――鳴り響く度に起こるあの子の悲鳴――
 あの銃弾は本来俺が受けるものだったのに。
 もう俺は逃げない。あの日の悲鳴は今日ここで終わらせるのだと。

 地を駆けイレギュラーズ達へと――跳躍した。

GMコメント

 リクエスト、ありがとうございます。

●依頼達成条件
 復讐者の殺害or撃退(捕縛などでも可)
 いずれでも構いません。

●フィールド
 幻想国のとある街道です。
 時刻は夜ですが、月明かりがうっすらとあるので視界には困りません。
 周囲は静かな場所です。微かな林と、後は雪原が広がっています。足元には雪が敷き積もっていますが、大きな影響はないと思われます。少年にとっても。

●復讐者
 名前は不明です。およそ10代後半程度の少年だと思われます。
 彼は邪魔をする者に対する強烈な殺意を抱いています。逃げる事は無いと思われますが……戦場を突破するつもりはあるかもしれません。彼にとって本当に殺したい相手は此処にいないので。

 長い剣を一つと、短い剣を一つ持っています。二刀流で攻撃的な様子です。
 誰から習ったのかは不明ですが粗削りながら確かな剣技を用います。
 更に何らかの薬物を使用しているようで、命を削りながら目的を成し遂げようとしています。なお薬物を使用していますが概ね正気であり、狂っている訳ではありません。この復讐は確かに純然たる彼の意思なのです。
 他、特徴としては以下詳細となります。

・薬物を使用しているようで『HP』と『防技』の値が毎ターン減少します。
・代わりに他の能力値が全般的に上昇しています。
・戦闘中一度だけ副行動を消費し薬物を追加投与します。この行動を行うとHPと防技の値が50%減した上で、更に次ターンからの減少率が超加速する代わりに――物攻・命中・回避・EXAが大きく上昇します。
・心斬剣(物至単、威力高、出血、流血、必殺、連)
・撫で切り(物近範、威力中、呪い、致命)
・炎天(物至単、恍惚)

●リヒター卿
 少年の言う、復讐相手の貴族です。
 リヒター卿は老齢な人物で、穏やかかつ人当たりが良く民にも慕われています――が、果たして裏の顔は――? 今回のシナリオの範囲においてリヒター卿が登場する事はありません。また、彼が悪事を行っているのかに関しても今回の依頼で判明する事はないでしょう。
 今は復讐者を止める事だけが優先なのです。
 例え復讐を行うにたる理由があるのだとしても。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 凍りついた胸に、復讐の熱い石炭を完了
  • GM名茶零四
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年11月30日 22時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
※参加確定済み※
サクラ(p3p005004)
聖奠聖騎士
※参加確定済み※
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
リンディス=クァドラータ(p3p007979)
ただの人のように
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
※参加確定済み※
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華
※参加確定済み※
ニコル・スネグロッカ(p3p009311)
しあわせ紡ぎて

リプレイ


 覚悟を決めた者は強い。歪であったとしても。
 己を使い捨ててでも目的を達成すると決めた揺ぎ無いモノ――
 戦場で幾度となく見た目だ。
「だからこそ退けんな、死ぬ事も出来はしない。俺も――背負っている物がある」
 『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は受けよう。
 止めろとは言わない。そのような意志ではないと既に感じているから。
 ――力によってのみ決着を付けよう。
「話を聞いてみたいけど……素直にって訳にはいかなさそうだね!」
「ええ。真意はどうあれ、決意は固いようですね。
 復讐譚……ふふっそういうお話は大抵良い結末は待っていないものですが……」
 跳び出してきた少年――再度止めるは『聖奠聖騎士』サクラ(p3p005004)であり、激しい金属音が鳴り響く。一方で『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)は距離を取りつつ前衛を担う者達の支援を。
 復讐譚――ああ中々実際には見る機会がない物語だ。
 故に四音は心の中で愉悦する。どのような結末を辿るというのか……
「ッ――薬を使ってまで復讐を……そんな事になるまで追い詰められているの……?」
「あらあらあら! 何かしらワケアリのよう! お薬を使うなんて狂気としか思えないのだけれども……でもそういう感じじゃない気もする、不思議な感じね! 少なくとも――この少年が『幸せ』でなさそうなのが一番気にかかる所ね!」
 少年の動きは速い。サクラを打ち合い、そして再び跳躍すれば今度は『リインカーネーション』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)へも斬撃を浴びせる程だ。その剣筋には力が籠っており、とても生半可な様子ではない。
 だからこそ『しあわせ紡ぎて』ニコル・スネグロッカ(p3p009311)は止めねばならないと感じるのだ。
 リヒターがどうだの、真実がどうだの――この場では分からない。
「でもきっと行かせてしまえば取り返しのつかない事になるわ!」
 だから少年を妨げよう。決してこの戦場を突破させることが無いようにと立ち回る。
 そしてそれは。
「死ね、だと? どくのも死ぬのも――断る」
 『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)がまずは主に、だ。
 ニコルと『人為遂行』笹木 花丸(p3p008689)はエッダが万が一突破されそうになった時の詰めとして位置している。少年の動きが素早くても所詮は一人……数をもって組めば、即座に突破される事など決してなく。
「そもそも"私"にそんな殺気をぶつけておいてただで通れるつもりか?」
「あぁ……!? なんだよ、誰だよ! 俺は、俺はお前なんて知らねぇ……ッ!!」
「こっちもお前の事など知らんぞ――小僧」
 構える防の形。完全なる守護の姿勢はエッダを鉄壁と成し、少年に対する壁となる。
 怒れ――判断を誤れ――お前の相手は私だ――
 この少年は私が抑えると。
「……リヒター卿は善政を行っていて、一般市民の人達からも評判が高い人、か。
 うん、花丸ちゃんや多くの大衆にはそう映るんだろうね。
 でも――少なくとも彼にとっては違うのか、な」
 同時。彼の側面より拳を一閃するは花丸だ。
 エッダに掛かっている『圧』の度合いを見ながら、花丸は援護する様に少年へとも攻撃を。
 ――リヒター卿。このような少年に恨まれる程の何かがあったというのか?
 少年の勘違いか、それとも……いや……
「どきません」
 どうであってもやる事は変わらないと『夜咲紡ぎ』リンディス=クァドラータ(p3p007979)は『鏡』の加護を自らとスティアへと――齎す。
 それほどの殺意を溜めこんだ物語とはなんだ?
 何故、貴方の物語はそれほどまで。戻れぬまでに進んでしまったのだ?
 ……いやそうだとしてもまだ間に合う。これが『結』であろうはずがない。
「貴方を止めて、聞かせてもらいますから」
 これはまだ『転』の段階だ。
 起承転結。貴方の物語が終わる前の、まだどうとでも転ぶ枝分かれの段階――
 まだ間に合う。だからどかない。
「ど、けェ、よッ!!」
「いいえ――決して! 貴方の口から物語を聞くまでは!」
 決して退かぬと、リンディスは一喝するかのように言の葉を放った。


 少年の身は崩壊へと向かいながら、しかし鋭かった。
 押し留めるはエッダ。感情のままに乗せられる斬撃の数々を、しかし防ぎ続けて。

 ……惜しい。

 同時に彼女は思考する。
 精妙ではないが、筋の良い剣捌き。このまま真っ当に修練を積めばきっとひとかどの人物に成れたかもしれないのに、それが――薬物と言う在り得べからざるブーストによって自壊に向かっている。
 戦いながらにして死んでいく姿。見るに惜しく残念で。
「それでもまだ間に合う筈。必ず止めてみせるよ、キミを!」
 しからばと往くはサクラだ。
 狙うは無力化である。今すぐ無力化すればきっと命だけは助かる道がある筈だ。
 抜刀。神速の一閃。
 それは狂い咲く花のような居合術。見る者が見れば惚れ惚れするかのような死の直視。
 ただし、心奪われれば露と消える椿落とし。
「キミ、名前は何ていうのかな? 出来れば乱暴はせずに話をしたいんだけど!
 せめて名前ぐらい――教えてくれてもいいんじゃないかな!」
「チッ――くそ! 邪魔なんだよ!」
 エッダを相手取りながら反撃する様にサクラにも一撃を。
 再び鳴り響く金属音。一、二の三に死が舞って。
「まーったく話を聞く気がないのかしら? そんなに生き急いで、いえ死に急いでどこへ往くつもりなの? 薬物を使って体を壊して――まあ、そうやって死ぬのが『幸せ』だというのなら止めはしないけれど!」
 次いでニコルもまた往く。少年に畳みかけ、彼の反応処理を混乱させるように。
 そうして穿つ。剣の一閃が少年を切り裂き、その戦闘能力を奪わんと。

「少年――ああ。返答はしなくて良い、勝手に喋る」

 同時。少年へと語るのはベネディクトだ。
 彼が……少年が掛けられる言葉に心を乱す事は――きっと無いだろう。
 分かっている。それでもベネディクトは。
「俺達は飽く迄も依頼を受けただけだ。
 君の話を聞く用意はある――少なくとも殺す意思は無い」
「――――」
 復讐だと彼は言った、あの子はまだ十にもなって居なかったと。
 つまり、彼の言葉を信じるならリヒター卿は後ろ暗い何かを隠している事は間違いない。
 そして、俺達に向けられる感情こそが、嘘では無いと証明しているのではないか。
 ……物証は何一つない。
 しかし、今、目の前で命を削り慟哭しながら剣を振るう少年に嘘はないのだと。
 ――魂が叫んでいる。
「うるせぇ……うるせぇうるせぇうるせぇ! 大人なんて誰も助けちゃくれなかった!」
 それでも少年は止まらない。
「ガキの言う事なんざ戯言になるんだよ! だから! ガキは、力を持つしかねぇんだ!!」
「――否だ。君が持つ必要はない。君が刃を振るう必要はないんだ」
 少年は――きっと誰にも信用されなかったのだろう。
 でも。君が刃を振るうのは……それは余りに――
 少年も、彼の代わりに犠牲になった者も、報われぬでは無いか。
「ふむ。これが復讐者の刃と、背負いし重荷ですか……ふふふ、成程成程。雁字搦めの見えない糸で自分を縛って逃げれなくて、もう刃を振るって事を成すしかないと――ええ、ええ。とても素晴らしい堕ち具合です」
 少年の刃が更に鋭さを増す。その一閃はエッダやサクラの身を切り裂き、傷付けてゆく――
 だが四音が物語の終わりなど許さない。治癒の術が皆を包むのだ。
 ああ、ああご安心を。私がいる限り、皆さんを倒れさせたりはしません。
「適切に癒して御覧にいれますので。安心してくださいね?」
 もっともっと。まだまだこんなモノでは終わらせないから。ふふふふ。
「だめだ――お薬の影響なのか分からないけれど、彼は昂ってる。
 私達を信じるには……意志が、いや、理性が足りないのかな」
 そして四音の治癒があればスティアが転じるのは攻勢だ。
 彼女もまた少年を生かしたまま――つまり捕縛を狙いながら魔力を収束。
 意志を力に。刃を具現とし、少年を狙うのだ。
 彼は素早く動き回っている――しかし幾度も攻撃を重ねられればその動きにも陰りが見え始めるもの。そこを狙い穿ち、彼の動きを止める一手とする。
「とはいえここは通さないよ。どんな事情があるにせよ……私達だって依頼を受けたんだ」
「くっそ――畜生がッ!」
 元々敵意を全開にしていた少年だったが、度重なる連撃に苛つき始めたのか言動もより粗雑に。
 邪魔だ――邪魔だ――邪魔なんだよぉ、死ねよぉッ!
「どうして、そんな体になってまでリヒター卿を狙うのですか?」
 誰かからの指示で? それとも何か――人質を取られて?
 リンディスは言葉を紡ぐ。少年の剣撃を抑えている者達へ、治癒の物語を顕現させながら。
「聞かせてください。私たちは何も知りません、知らないことはわかれません。
 ですから……貴方の抱えている物語を教えてください!」
「うる、せぇ! 知らないのに……知らないのに入り込んでくるんじゃねぇ!!」
 瞬間、跳躍。
 大きく飛び跳ねた少年が狙うのは――リンディスだ。
 あああ本当に煩いぞ、煩いぞ! 教える、なんでだ!? そんなに笑いものにしたいのか! お前も、お前も! アイツみたいに笑うつもりなんだろう! 笑って俺を殺すつもりなんだろ! あああああッ!!
 薬物により狂い始めている思考は狂暴さだけを尖らせる。
 リンディスの想いも何もかも理解する事が出来ず――彼女を一閃して。
「さ、せるかぁ――!」
 更なる致死の一撃を放とうして――割り込んだのが花丸だ。
 この位置ならば仲間を巻き込む恐れもないと、少年の懐近くまで飛び込んで拳を一つ。
 鳩尾を抉る。
 捻りを加え、より深く潜るように拳を射出。それは『壊す』為の時代だった折の残滓。
 だが。
「どかないし、死なないよっ!
 今此処で誰も死なせたりなんかしないからっ!
 君だって――絶対にっ!」
 殺意の意思は灯っていない。ただ彼を引きはがす為の一撃は、故に少年を大きく後ろに跳躍させた。さすれば再びエッダが詰めて。
「少年、待て――待つであります。落ち着くであります!
 復讐は良い。それが命を賭けるだけの理由であればそれも良い。
 私はそれを否定する者ではない。
 だが"その道"の先は本当に何もないでありますよ。一先ず踏み止まって、詳しく事情を――
 じじょ――聞けや小僧ォッ!!」
 少年が止まらなかったので、とりあえず一発ぶち込んでおいた。


 エッダの打撃が浸透し、内部から衝撃を与えられる――それでも少年は止まらない。
 いやもはや止まる道など知らないのだ。
 だから押し通る。押し通る、必ず必ず押し通る!
「いいや――必ずだ! 必ず俺達は、お前を止めてやる!」
 そこへ立ち塞がったのがベネディクトであった。彼は、決して言を止めない。
 彼は『止めてくれ』などと望んでいないかもしれない。俺はアンタじぁないと。
 だけど――きっと意味があるんだ。
 今日ここに、俺がいたのは。
 今日ここに、彼の前に俺が立ったのには。

 ……先生。

 ベネディクトが想起するはかつての――恩師。
 自らが暴走した時に、戦争という狂気の流れに飲み込まれ狂った俺を正気に戻してくれた人がいた。
 だから無理なんてないんだと彼は奥歯を噛み締める。
「邪魔なんだよおおおおどいつもこいつもおおおお!!」
 二刀の攻勢がベネディクトを襲う。
 返しの刃を打ち込むが――それでも尚に薬物に身を留める少年の勢いは優勢か。
「アアアアアッ!!」
「まずい――追加の薬物でありますか!」
 割り込むエッダ。見たのは少年が懐より取り出した――注射器。
 落ちるところまで落ちるつもりなのだろうか、が!
「そんなものを使って『幸せ』になれると思っているのかしらあなたは」
 瞬時。察したニコルが飛びつき阻止せんと身を呈す。
 ずっと待っていた――もしかしたらそういう者を持ってもいるのではないかと。
「そんな副作用のあるものを何度も使ってただじゃあ済まないでしょう? それに、今ここで使えばこの先の本命にまでは――とても保たないわよ!」
「は・な・せぇ――!!」
 凄まじい膂力でニコルを振り払わんとする少年。これが薬物の力だとでもいうのか? なんとか抑えるか弾き飛ばそうとするニコルだが、遂に抗いきれず彼に注射を許す――
 されど、ニコルの稼いだ数瞬は少年にとって致命的であった。
「殺意にばかりかまけて――観察を怠ったね、花丸ちゃんの!」
 少年の右頬から撃ち込まれる右ストレート――花丸だ。
 彼の身が吹き飛ばされる。薬物は撃ち込めたが……効果が出る前に詰め寄られた。
 エッダと位置を代わり、彼女が少年を押さえつけんとする。これ以上は、暴れさせない!
「さ、佳境ですよ。貴方の復讐譚の――成したければ頑張ってくださいね」
 そして四音が傷付いた者の治癒を引き続ける。
 後方に居ながら少年の様子をじっと見ているのだ。復讐に燃える者の物語が――ああ。
 ここで終わるか、続くかの瀬戸際なのだから。
「例え理由が……君が命を賭けるに足る理由があったとしても、自分から命を捨てる行為を見ているだけなんてできないよ。生きたくても生きられなかった人も――いっぱいいるんだから!」
「――!!」
 瞬間、スティアの気が周囲に満ちて――多くの者らの活力となる。
 同時。少年が彼女の言葉に何かを感じたのは、狂気の中でもほんの微かに残った記憶が故か?
 ――生きたくても生きられなかった人もいた――
「ぁ、お、俺はァ……!!」
 その時、立ち上がろうとした少年に背後から迫ったのはサクラだ。
 その一撃は剣――ではない。
 組技だ。
 少年の腕を抑え、背後から喉を締める。
 完璧に決まった締めはとても破れる様なモノではなく。
「あ、が、ぐッ――!」
「――聞いて。私達だって、リヒター卿が実は悪人なんだったらその悪事を止めたいからね」
 そのままサクラは言葉を紡ぐ。戦闘の力を奪いながら。
「そういえば、貴方に剣を教えた人、それに薬を渡した人って誰なのかな?
 剣はともかく薬を渡すなんて……随分、趣味が悪い人だとは思わないかな?」
「な、なにを……!」
「さぁ――もう一度言います、話してください」
 そしてリンディスもまた言う。何度でも何度でも。
 彼が話してくれるまで。
 君の物語を。

「そこまでして、そんなにボロボロになって迄遂げたい理由は――何なのですか?」

 例え終わる物語だとしても。
 聞いて継ぐことで『世界に居た証』は残せますから。
 いやもしかすれば、誰かに話す事によって新たに紡がれる話もあるかもしれない。
「死んでくれるなよ、聞きたい事がある……
 助けにならせてくれ、君と、君の大切だったその子の為に」
 サクラに締め続けられ――意識を失う寸前。
 ベネディクトの声が、再度聞こえた。
 どうして構うのだ。依頼ならば殺せばいいだろうに……
「……ぁ……ぅ……」
 信じてもいいのだろうか。この人達ならば。
 そう思いながら少年の思考は――一時の闇へと沈んだ。


 依頼は終わった。『危険は排除された』のだ。
 それでいい――オーダーは達成し、リヒター卿にこれで危険は及ぶまい。
 だから。
「ねぇ。貴方は何の為に復讐しようとしているの?」
 スティアは尋ねるのだ。ニコルが所有する、秘密の隠れ家にて。
 ここならば一目には付くまい――幾らでも話が出来る。
 念のため少年からあらゆる武装は取り外した上でスティアは柔らかい口調で言葉を紡ぐ。自らの祝福――天真爛漫のギフトが彼に作用する様に願いながら。
「……あ、あいつは俺の妹を……俺の友達たちを、殺したんだ……
 あいつは、自分の所有する森の中で、時々人を狩るゲームを……!」
「――成程。貴族の娯楽、と言う訳ですか。ふふふ実に典型的な悪趣味ですねぇ」
 酷い話だと口の中に笑みを含みながら四音は紡ぐ。
 表向きは善政家な振りをして裏では……成程。
「……そっか。でも、計画が漏れてるなら暗殺なんて成功しないよ。
 私達がいた理由は分かったでしょう――? 今は、諦めなさい」
 だからサクラは言う。君でリヒターを討つのは無理だと。
 貴族の暗殺なんて情報が洩れてない事が前提だ。大なり小なり護衛は数多くいるのだから。
「とにかく君は一度傷の治療に専念すべきだね。薬物の影響もあってか、ボロボロだよ」
「提案でありますが――この少年、ローレットで保護しては如何でありますか?」
「ふむ……ローレットで保護していいか否か。やるにしてもこっそりと、だな」
 花丸とエッダ、そしてベネディクトが少年に対する今後にて会話を。
 暗殺者が生きていると知れば始末する者が来るかもしれない。だから内密に、だ。
 誰もが少年を案じ、思っている。不思議な感覚に――ベッドの上にいる少年は包まれて。
「とにかく、休んでください……簡単ですが治療はしましたので。
 ――また今度。ゆっくりと話しましょう」
 最後に、リンディスが笑顔を紡ぎながら少年へと語る。
 ああ……なんだか、暖かい。
 ずっと復讐の事だけを考えていた。ずっとずっと冷たい心の中にあった。

 誰も信じられなかった少年は――確かに今、温もりを感じていたのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

リンディス=クァドラータ(p3p007979)[重傷]
ただの人のように
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)[重傷]
戦輝刃

あとがき

 ありがとうございました。

 少年は止められ、彼の命は辛うじて――陽炎が如くですが、踏み止まったのです。

 元凶たるリヒター卿の姿とは。いつかの機会が、またありましたら。
 ありがとうございました。

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