PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<Common Raven>待宵のこゝろ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 明日なんて知らない――

 少女は、こゝろと呼ばれていた。ボスからは『ハートロスト』と揶揄われることもある。
 本来の名前は可愛らしい太陽を思わせる花の名であったが、彼女は忘れてしまった。
 盗賊団に所属する両親は、オアシスで盗みを働き傭兵達によって討伐された。
 随分と手を焼いていた商人達は盗賊の殺害を依頼したそうだ。
 何てこと無い日常の風景も、視点が変われば血濡れた出来事へと変貌する。

 こゝろにとって、それは酷く恐ろしい出来事であった。口も聞けなくなり怖れて泣いた。
 偶然にも魔術の素養があった娘に対して大鴉盗賊団のボスは――コルボは「着いてこい」と行ったのだ。
 たった一人。生きては行けぬ少女にとってボスはひかりだった。

 かれが、求めているらしい。輝く明日への手がかりを。
 かれが、与えてくれるらしい。こころを取り戻す切っ掛けを。
 かれが、赦してくれるらしい。目的の為ならば、なにをしてもいいと。

 感情(こころ)がないこゝろは――人を殺したって良かった。

 父も、母も、誰かの為に殺されたのなら。
 わたしも、彼のために誰かを殺したっていいはずだ。

 彼女のひかりの為に、誰かを殺してでも色宝を手に入れようと、そう願ったからだ。


 大鴉盗賊団。そう呼ばれる盗賊達が色宝を狙い強襲してくる。
 そう、調査を行う学者達から連絡があったのは半刻前だ。思わず身震いをする冴えた夜に、傭兵達が遺跡より発掘した色宝が現在、ファルベライズには一つ残された儘になっていることを学者達は慌てたように告げたのだ。
 月の色をしたレイピアを模す色宝。些細な願いを叶えるだけの其れは、無数を重ねればより強大な願いを叶えるだろうと言われている。
 故に、叶えたい願いがあると首領コルボが引き連れる大鴉盗賊団は大々的に色宝の奪取を行っているらしい。
「近頃はキャラバンへの襲撃や、ファルベライズと縁あるパサジール・ルメスへの襲撃……それに、ファルベライズの内部の探索にも大鴉盗賊団は乗り気です。どうしても色宝を手に入れたいようでして――」
 慌てたようにずり下がった眼鏡の位置を正した学者へと『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)は「成程」と頷いた。
 色宝がひとつ、ネフェルストまで運ばれずにファルベライズに残されているとなれば大鴉盗賊団は必ず襲撃してくる。傭兵を雇っている暇が無い彼等は取り急ぎとパサジール・ルメスを通じて近隣のイレギュラーズに声を掛けたのだろう。
「今、此処で見過せば貴方方の命も危ない。かといって、運び出す時間はありませんね」
 沙月へと学者は大きく頷いた。此処で、色宝を防衛しなくてはならないだろう。
 情報が入りました、と走り寄ってきたのはパサジール・ルメスの少女であった。
「大鴉盗賊団の『ハートロスト』――魔術士が部下を引き連れてこちらへ向かっているようです」
「ハートロスト……?」
 沙月の問いに、答える。

 少女は、こゝろは『感情』を喪った。ショックな出来事が彼女をそうしたのだろう。
 色宝は願いを叶える。大鴉盗賊団は必要分をボスが使用し、残りは部下にも分け与えると決めているそうだ。
 大方、彼女は感情を取り戻すために色宝を狙っているのだろう――と。

「……同情がないわけではありませんが。
 彼女は『感情(こころ)』が動かなければ容易く人を殺すのでしょう?」
 頷く。故に、護って欲しいと懇願の聲が上がった。
「一先ず、防衛戦を行いましょう。見過せば無数の命が失われる。……それは、許せぬことですから」

GMコメント

 日下部あやめです。どうぞ、宜しくお願い致します。

●成功条件
『こゝろ』に色宝を奪われない。

●ロケーション
 ラサはファルベライズ遺跡群。その一角にて、大鴉盗賊団による襲撃が行われます。
 時刻は夜。冴えた月の美しい寒々しい夜。思わず身も竦む日です。

●遺跡内部
 灯りはなく、昏く天井が低い空間です。広さはそれなりですが、入り口は一つだけです。
 色宝は事前に傭兵達が確保した者が存在しており、襲撃より先に急行し、迎撃を行って下さい。
 足場には罠が仕掛けられているようです。大鴉盗賊団にとっても皆さんにとっても厄介なのは罠かも知れません。

●大鴉盗賊団 『こゝろ』
 又の名前はコードネームで『ハートロスト』
 大鴉盗賊団に所属する少女。盗賊であった両親は傭兵に殺され、その結果、感情(こころ)が動かなくなりました。
 無表情、動じません。色宝を多数集め、ボス『コルボ』に献上した後、分け前で自身に『感情(こころ)』を取り戻したいと考えています。
 両親を殺した傭兵や其れを依頼した商人を殺しても良いと考えています。それに対する悲しみも、苦しみもこゝろは知らないからです。
 後衛魔術士タイプ。魔術があったからこそボスに目を掛けて貰えたと彼女は知っています。

●大鴉盗賊団 部下*8
 こゝろが連れる部下達です。有象無象。前衛です。
 誰もがボスに色宝を献上し、その分け前で何かを叶える気です。

●色宝
 しゅほう。カタカナで呼ぶならファルグメント。
 淡い黄色をしたレイピアです。願いを叶えると言われていますが、個々が持つ力は微々たるものです(かすり傷が治る程度)。

●学者*2
 複数名の学者は退避しましたが残り2名がこの遺跡内部に残ったままです。
 彼等は身を隠しているようですが、こゝろに見つかれば殺されてしまうでしょう。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

 どうぞ、宜しくお願い致します。

  • <Common Raven>待宵のこゝろ完了
  • GM名日下部あやめ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年11月27日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

キドー・ルンペルシュティルツ(p3p000244)
社長!
リースリット・エウリア・F=フィッツバルディ(p3p001984)
紅炎の勇者
シラス(p3p004421)
超える者
緋道 佐那(p3p005064)
緋道を歩む者
雪村 沙月(p3p007273)
月下美人
エルス・ティーネ(p3p007325)
祝福(グリュック)
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

リプレイ


 窮屈なその場所は、その少女にとっては宝箱であったのかもしれない。
『大鴉盗賊団のこゝろ』――ハートロストのコードネームを持ったその娘は空虚なる胸の内を手に入れるためにその場所へとやってくるのだろう。
「感情を失ってしまった少女、か…言われていた通り、同情が無い訳ではない――が」
 その理由が『不幸な事故』であったとしても。『黒狼領主』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は見過す理由にはならないのだと遺跡の入り口で息を潜める。昏き闇を見通す眸は暗澹とした遺跡の内部を蒼穹の如く容易に見遣る。
「ハートロスト……感情を取り戻したいですか。
 どのような理由があろうとも略奪や殺生を許す訳にはまいりません。
 ……それに感情を取り戻した後、後悔するのは彼女だと思いますからね」
 感情とは人間にとって必要なものである。痛むことの無い胸の内に宛がう者が得られた暁に、彼女は恐ろしい事をしてしまったと頭を抱えるだろうと。『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)は静謐揺蕩う色彩違えの双眸を細めて呟いた。
「盗賊だから因果応報……なんて短絡的な事を言うつもりは無いけれど。
 感情を喪ったって、憎しみすら欠片も無いのかしら。不思議なものね?」
 盗賊だった。故に、殺された。そのことについては『緋道を歩む者』緋道 佐那(p3p005064)は否定はしない。何か事を起こせば自身に返るのが世の常で、世界はそうした『ありきたり』であふれかえっているのだから。
「些か都合良く聞こえるけれど……まぁ、どちらでも構わないか。楽しませてくれるなら、それでね」
「ああ。盗賊だった。だから、その仕事の中で殺された。良く或る話だよ」
 それは孤児であった自分だって。人を殺さねば生き残れない。奪い合うだけの世界に生きてきたシラス(p3p004421)にナイフを研ぐ『ザ・ゴブリン』キドー(p3p000244)はころころと笑う。
「へっへ、盗賊のガキとしちゃあ平凡な境遇だな。
 けれど、魔術の素養は非凡……連中のボスに目をかけられる程だからな」
 それがハートロストの『幸運』だったのだろう。平凡なる生い立ちと運命に非凡なる才能が少女を舞台の上へと引き立てた。
「いや全く、厄介な組み合わせだな。その上、心の器に穴が空いているときた。燃え上がる復讐心も厄介だが……なあ?」
 言葉を、それ以上投げかけることは出来なかった。色宝でこゝろは『こころ』を欲しているのだという。その事情を聞けば何と美しく悲しい物語なのだろうと『砂食む想い』エルス・ティーネ(p3p007325)は感じずには居られない。不幸の中から立ち上がった娘が器を満たすまでの物語――彼女が世界にとっての悪役で。自身が彼女にとっての悪役ならば。
「事情がどうであれ色宝を奪おうとするなら……こちらも譲る事は出来ないもの」
「そうね。そうだわ。奪わせも出来ないし、プレゼントもしてやれない。
 けど、在り来たりね。『あっち』も荒くれ者の拾われっ子なのねぇ? ふふ、何だか親近感湧いちゃうわ」 
 夜の縄張りを生きる宵の翼をその身に貼りつけて『never miss you』ゼファー(p3p007625)は小さく笑みを零した。狭い苦しい入り口に身を縮めて息を潜めて。まるで幼子のかくれんぼ。
 その状況で『敵』を待ちながら、『春告げの』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)は学者達が示した『色宝』――月色のレイピアをちらりと見遣った。
「月の色をしたレイピア……実用品の形状のものも有るんですね。
 本当にレイピアとして使えるように作られているのなら面白いものですけど」
 月の色、蜜蝋の甘い彩に染まった其れは実用品の武器と言うよりも、美術品のようにも感じられて。
「……というより、色宝というもの自体が形状用途性能を問わずその効果……術式か何かを込めたものの総称に過ぎない、という事かもしれない」
 それがどうして『誰かの願いを叶えるのか』――問うても詮無き事であろうかと目を伏せて。かつり、と石を蹴った足音に耳を澄ませた。


 此れから起るであろう攻撃に備え、それでも学術的にと探索を進んでいた者が息を潜めて存在して居る。助けて欲しいと怯え岩陰に身を隠した学者のことをキドーは認識していた。それが感知できる範囲に存在するならば、最低限でも冷静に対処できるだろうとククリを握り身を屈める。
「さて、来たか」
 喉奥で小さな笑い。何方が悪役かも定かでないように笑みを漏らしたキドーに頷いたのはゼファー。可能な限りの罠の位置を確認し、戦闘で誤って踏み抜かぬようにと注意を配る。
「なんかこの辺ヤバそうな予感がするわ!」
「石ころを放り投げたらそのまま返ってきそうね……」
 呟くエルスに頷いて天井や壁、床に不自然がないかを確かめるゼファーは直感的に罠を解除し続ける。味方に周知し、『作戦』に使用できるものは一先ず放置である。
「……近いぞ。有象無象だ」
 ベネディクトの囁きにリースリットは頷いた。蒼穹の眸が陽の恩恵受ける入り口を辿るように向けられる。かつり、かつりと音立てる。その足音が近づいてくることに沙月は「相手も罠に警戒しているようですね」と囁いた。
「学者のヤツは何かあるのかと隠れてるようだな。アイツらも安全地帯を自分なりに見つけたようだが……さて」
「見つかったら学者の方々が殺されるなら……ええ、ここで抑えるしかないわね!」
 キドーにエルスは頷いた。緊張した様に宵の眸は恐る恐ると床を確認する。踏み締める地面が砂上の楼閣が如く脆くは無いかを確かめる靴裏に慎重の色が滲んだ。
「話し声も聞こえるわ。盗賊も接近している。さて、皆さん。招かれざる客の来訪よ。……まあ、私にとっては半分間違いですけれど」
『楽しませて』呉れるのであれば心躍らぬ訳がない。佐那の浮かべた美しい笑みには戦闘狂たる緋道(ゆきさき)が滲んでいる。
「中の学者は死なせない、色宝はもちろん守り抜く」
 淡々とシラスはそう言った。見えた、その姿に先手を打てるのが『迎撃』を行う自分たちの得である。此処を抜かすわけにはいかないと決死の構えを取るシラスは地を蹴った。
「さて、一方で敵の大鴉盗賊団は決死というわけでもなさそうだがどう来るか」
 ――自己暗示。此処を抜かすという事は負けである。不名誉を厭うが如く刹那の間に青年が纏った極限の集中状態が真空を作り出す。砂埃僅か、ひとつ。塵さえ纏わぬかの様に、そろりそろりと降りてくる盗賊向けて。魔力の槍が降注ぐ。
「――なッ」
「成程。OK、やってやろうぜ。色宝にも学者にも指一本触れさせねえ。完璧に仕事をこなして、報酬で一杯やろうぜ。なあ?」
 盃を掲げるような仕草を一つ。くい、と指先動かしてからキドーは慌てふためく盗賊達へと熱砂の嵐を放つ。塵積った細い通路の天蓋にまでもぶつかるように。荒れ狂った執拗なる砂は盗賊の行く手を塞ぐ。
「ハートロスト! 奴等、構えてやがる!」
 後方へ向けて男が叫んだその言葉に、幼い少女の声一つ、緩やかに落ちる。

「――だから?」

 その酷く冷たい響きが、感情(こころ)なくした者のものなのだと沙月が気付くのに一寸も掛らない。
「ハートロスト」と宙を躍るリースリットは小さく呟いた。稲妻降注がせる指先は器用に魔力を手繰り、男達のランタンをかしゃりと地へと落とす。その痛烈なる光に照らされた男の顔を見遣りながらリースリットは後衛に位置する幼い少女をその双眸に映した。
(あまりに――小さい……あれがこゝろ……)
 盗賊と言うにはあまりに小綺麗で。少女と言うにはあまりに小さく。痩せ細った体に纏わり付いた魔力だけが彼女のレゾンデートルで在るかのように渦巻いた。
「貴女が『ハートロスト』――こゝろね。
 前衛の有象無象なんかを相手にするよりも、私は貴女と戦いたい。だから、『ご友人』にはイキ貸せてくれるかしら? お楽しみに水を差すような行動は慎んで欲しいものだから」
 佐那の高揚とは対照的に、眉一つ動かさぬ小さな少女は「ですって」と部下達へと声掛ける。
「ハートロストと戦っても高揚も何も得れねぇぞ! 得れるのは只の――そう、只の空虚だ!
 なんたって、コイツは『こころ』ってのがねぇからな。絶望しきって動かねぇって親分が言ってたぜ!」
 げらげらと。下品な笑い声をあげるその男を見遣りベネディクトは眉を寄せる。仲間であろうに、それでさえも笑い揶揄う様子は敵同士の間であれども見ていて気持ちよくはない。
「色宝が無くとも時間をかけて一つ一つ理解していけば、きっと取り戻せるはずです。必要なら手を貸しましょうか?」
「色宝があれば直ぐに戻るんでしょう」
 ボスが言っていた、と囁く声と共に。盗賊達はそれを「GOサイン」と見なしたように飛び込んでくる。ナイフがベネディクトの槍へとぶつかり音立てる。ごつりと鈍い音を立てたのは足下の石を投げられたからか。
 エルスは仲間達の様子を確認しながら魔術と格闘を織り交ぜた独自のその攻撃においての奇襲を仕掛けた。華奢な少女の指先に踊る封蝋の指環から美しき氷鎌が生み出される。ぐん、と音を立て凍て付く気配を放った鎌が男達の横面を殴りつけた。
「くそ――ッ!?」
 がこん、と。音を立てたのはイレギュラーズが踏み入れぬ床。ゼファーの形良い唇が釣り上がる。
 地面が沈み、頭上より仕掛けられた罠が落ちてくる。天蓋が地へと叩き付けるように。砂埃立てて飛び込んだ其れに男が驚愕に目を見開けば淑女はにんまりと笑み零した。
「ウェルカムマットってヤツよ。どうぞ、土足を確り拭って下さいな。序でに稼業から足も洗ったら如何?」


 歩みの記憶は、学び得た緋道となる。緋き剣の全てをぶつけるように。猛る娘は砂塵の中を踊った。
 佐那の剣の纏う焔は惑わせ舞うように鮮やかなる花弁を咲かせる。火の粉払いのけることなく、大鴉盗賊団の盗賊達は怯むことなく襲い掛かった。
「やっちまえ」と無数に掛る声を留めるようにベネディクトは己が後ろへと抜かせぬようにと騎士の盾となる。
 緋のいろを纏い、佐那が攻撃を放ち続け――エルスは真っ直ぐにハートロストへ向けて攻撃を重ねた。
 リースリットと沙月の攻撃が敵を入り口より奥へと進ませぬように気を配る中、『罠』の発動が盗賊達を翻弄するそれを好機と見なしたようにエルスは声張り上げた。
「こゝろさん、と言ったかしらね。
 貴方は元の世界の私に似てるわ、心がなくて。喧嘩を売ってるわけではないの、ただ……同情してるだけよ」
「いらない」
 ぴしゃり、と言い捨てる。その響きに沙月は『同情をどういうものかを理解できない』のだろうとハートロストを見遣った。『こゝろ』がなければ、それを取り扱う方法がない。慈しみも、愛おしさも、全て存在しない彼女に絶対的に存在するのは誰かの指示だけか。
「まるで、奴隷のようですね。……それが、存在の意義なのでしょうか」
 リースリットの呟きに「そういうガキは無数居て、アイツは『その境遇で非凡だった』からここに居る。其れだけだろうよ」とキドーがふん、と鼻を鳴らした。
 刃の鈍い煌めきに、行く手遮る魔術が重なり続ける。キドーのナイフが切り裂く男の腹から溢れても顔色一つ変えない少女は異質そのものだった。ぽっかりと空いた胸の内に『其れが恐ろしい』と言うことさえ感じられないのは――幸か不幸か、その答えを持つ者はいない。
「ねえ!」
 エルスは声を張った。震える声音は確かな意志の音色に変化する。
 宵の色、柔らかな帳の眸に湛えた信念は――彼女をネフェルストへと連れ帰り『罪』を認め、償うまでの道を描いていた。
「本当に殺したいと思うの?それがあなたが望む事?
 それともあなたの大切な人が望む事なのかしら……でもね、私は、あなたを止めたいわ」
「……勝手だと言うの」
 低く、幼い少女の声はたどたどしくも言葉を辿る。その響きは感情も乗らぬ空虚な其れ。ベネディクトはあれくらいの少女であれば自身の行いを咎められたと声を荒げても良いだろうにとその様子を眺める。
「あなたは誰かに望まれれば人を殺す事は赦すと言っているの?」
「いいえ。……いいえ。けれど、誰かを殺したところで自分の虚しさは消える事がないのよ。
 そりゃ知った顔よ、だって私は自分の国の民を皆殺したのだから、ね? だから――」
「けれど、そうするしか自身の存在意義を得れないとするならば」
 ハートロストは地を蹴った。彼女を捕縛し、更生をと願うエルスの右腕を裂いた鋭き魔術。ハートロストの立っていた位置に落つるベネディクトの槍はがり、と地を削る。
「わたしはころす。望みなんかじゃない。これは、命令と自分自身を確固たるものにするものだ」
「へえ……そこに心はないのね。ええ、そうでしょうとも」
 ゼファーはハートロストの周囲に転がる盗賊達をまじまじと見遣った。彼女は仲間が斃されようとも気にする素振りはなかった。命の終を眺め、そんなものだと見詰めるだけだ。
「ねえ、止しておきなさいな、あんな怪しい石っころ」
 ゼファーは静かに言葉を紡いだ。ハートロストが撤退の命令を出さないならば、残る盗賊達は襲い来る。ぎん、とベネディクトの槍が男達のナイフを受け止める。受け流し、其の儘の流れて放たれた攻撃に重なったのはリースリットの魔術。
「色宝で感情を取り戻す、だったか――果たして、それは君にとって正解だろうか?」
「どういういみ?」
 少女は、単純に興味があるのだろうとリースリットは感じた。今もベネディクトの問答を『聞こう』としている。然うして重ねる内に彼女の求めるこころが得られるのではないかとさえ、沙月は感じる――けれど、ハートロストには『そうだ』と教え、彼女が納得するだけの存在がいないのだ。
 キドーは「ありふれてるが、悔しいもんだな」と呟いた。略奪者を押し返す。只の其れだけの事に、『良く或るスラムの子供達』が重なって心が急いた。
「悲しみも、苦しみも感じないからこそ君は罪悪感も何も感じずに居られるのだろう。
 だが、もしも感情を取り戻して――その感情の濁流に君が耐えられなかったとしたら、君は、君のボスはどの様な行動に出る?」
 詮無きことか、とベネディクトが呟く言葉に、ハートロストは眸を丸くして「殺すと思う」と返した。
「なッ――」
 何を言っているの、とエルスが驚愕を滲ませるが佐那はそうでしょうね、と呟いた。闘いの中で使い物になれなくなった者は死が待ち受けるのみだ。彼女が『ボスの手駒』だというならば、使い物にならず自身に反旗を翻す存在を生かしておく訳がない。
「……よく分かっているのね」
「けれど、ボスは色宝が欲しいと言った。だから、其れが欲しい。それで、ボスの望むわたしのこころも手に入るなら」
 それでいい、と。盲信であるか、盲目であるか、少女は『そう在るように躾けられて』いるように言葉を重ねる。
「……仮に願いを叶える力が本物だとして。
 其れが貴女の願う通りだとも、何の代償も無いとも限らないわよ」
「わたしが代償を受ければ良い」
「……言うと思ったけれど。其れに。心って奴はグラデーションだもの。
 どっかから持ってきたモノを型に嵌め込んで、はい終わり。……なんて簡単なものじゃあ無いわ?」
 それでも――と、少女が重ねる言葉を隠すように。ばちり、と音を立てて雷撃が纏わり付いた。
「色宝を集めて感情を取り戻すなんてくだらないね。不足にもがいている今の方が良い。
 それに、誰かに外から与えられる心なんて作り物だ。それはもう人間じゃない」
 風を切るように少年は走った。シラスの拳が電撃を纏わせてハートロストの眼前へと迫る。
 感情のいろさえ見せぬ虚の眸はその目映さを映してから、瞬かれる。シラスに惑いはない。
「――でも安心しろよ、そんなことさせやしない。テメーは俺がこの場で殺してやるぜ」
「そうした時、わたしは心を知れると思う?」
 鮮やかなる光と共にぶつかり合った、衝撃の音。ばちり、ばちり。立った響きの向こう側でシラスの拳を受け止めぶらり、と腕を揺らした少女が首傾ぐ。
「……知るかよ」
「……ふうん」
 興味もなさそうに衝撃に骨に走る痛みを確かめたハートロストは「諦めてあげる」とゼファーをつい、と眺めた。
「今日は」
「……今日は、というのは?」
 沙月の言葉に「また逢いに来るとおもう。ボスがそういえば」とだけ少女は返した。虚の娘は洞となった胸へと感情という濁流の如き川が存在することを望んでいた。
「厄介な連中だよ。嫌になるな、大鴉盗賊団ってのは――あんなガキ、たんまり居るだろうに」
 キドーの言葉は砂嵐に飲まれる。気付けば姿を消した少女を追うことはなくリースリットは後方で震える儘に色宝を抱き締めていた学者に「もう大丈夫ですよ」と囁いた。
 立ち去った彼女の告げた『また』という言葉を咥内で噛み砕いてから、沙月は胸にそう、と手を当てる。そこで、音立て響いた鼓動は誰の物でもない自分のものだと感じ取るように。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

この度はご参加有難う御座いました。

ハートロストは此れからも大鴉盗賊団で戦い、皆さんとご縁を頂けることだろうと、そう考えております。
また、ご縁がありましたら。

PAGETOPPAGEBOTTOM