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シナリオ詳細

<Common Raven>砂底にいるおかあさんへ

完了

参加者 : 8 人

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オープニング

●おかあさんへ
 掻き分けて、掻き分けて。そうしていつかは辿り着くのだと信じていた。
「おかあさん」
 おりおり思い起こして催す涙も、黄金色に輝く砂が吸い取ってしまう。
 照り付ける陽は鋭く少女の背中を焼くも、砂をどける手は止まらない。だが砂は無慈悲だ。せっかく彼女がつくった窪みへあっという間に流れ込み、埋めていく。
「あたし、おてがみ書いたの。おてがみでなら、会ってくれる?」
 懐に差してある手紙を取り出すと、砂を掻くのに夢中でくしゃくしゃになっていた。
「どうしたら、おてがみ……渡せるの……ねえ、おかあさん」
 さめざめと泣き、腫れた目許もひりつく首の後ろと同じ朱に染まっていく。
 けれど応える母は、そこにいない。応えては、くれなかった。

●依頼
「おしごと」
 ファルベライズ遺跡群で潜って欲しい遺跡がある。そう情報屋のイシコ=ロボウ(p3n000130)は切り出した。話し出すと同時に彼女がテーブルへ置いたのは、一通の封筒だ。だいぶ縒れているのは、手紙の贈り主が力加減もわからず握ってしまったため、らしい。
 そう話したのは、イシコの傍らに立つ妖艶さを湛えた女性だ。アメナ=サレハと名乗った彼女は、ゆるやかに紡ぐ。
「セーシェルという女の子からのお願いよ。そのお手紙を母親へ届けてちょうだい」
 届け先は――砂底。
 煌めく丘を乗り越えた先、欠けた石柱や頼りない壁の残骸に囲われた一帯に、村人たちの間で『砂底』と呼ばれる遺跡がある。名の通り遥か地の底まで続く遺跡だが、発見されるまでは『ただのおとぎ話』とされていた。砂に埋没していた出入口が最近になって発見され、ただの伝承ではなかったのかもしれない、と村人たちも浮き立っている――そこまでは良かったのだが。
「砂底の伝承。死者たちが宴を開き、歌って、踊って、楽しく過ごすとこ」
 村に伝わるのは、死後にまつわる内容だ。だから大人たちは子どもにこう言い聞かせる。いなくなったあの人は『砂底』で今日も楽しく笑っているのだから、自分たちも泣いてばかりいられないのだと。
 分別がつく年頃にもなれば、ただの言い伝えだと察するだろう。しかし幼子にとってはその話がすべてだ。
「セーシェルさん、ずっと信じてる。砂底にいなくなった母がいる、って」
「そこについては私から話すわね」
 イシコの言葉を引き継いで、アメナがイレギュラーズと向き合う。
「あの子が生まれて間もなく、母親は亡くなったの。元々身体も丈夫じゃなかったのに、それでも産みたいって……」
 少しばかり睫毛を伏せ、一拍置いたのちアメナは再び唇を震わす。
「あの子の父親や親戚は、死を理解できない幼子へ『砂底のおとぎ話』をしてきたの。あとはご想像できるかしら?」
 六歳になったばかりの少女は、これまでも度々母に会いたがった。会いたいと泣きじゃくるたび、周りの大人たちは『砂底』の話をする。そんなに泣いていたらおかあさんも悲しむと。大きくなったら会いに行けるから、我慢しなさいと。
 そこまで話したアメナは、短く息を吐いて顔を逸らした。黙した彼女に代わり、イシコが確かめるように話す。
「……皆、わかってる、とは思うけど。そこには死者も、彼女の母もいない。でも彼女にとっては、いる」
 母親は村の墓所に埋葬してあるため、砂底には形見のひとつも有りはしない。しかし想いは無下にできるものでもない。少女の想いを掬い、きちんと手紙を届けてほしいとイシコは言う。
「セーシェルさん、アメナさんと、遺跡の出入口で待機するって」
「遺跡の外で?」
 イレギュラーズが顔を見合せる。人里から離れた遺跡群というだけあって盗掘目的にやってくるならず者も少なくない。危険だ、と続けようとした彼らの表情から意図を察したのか、アメナは艶めく吐息を含んで、大丈夫よ、と笑った。
「かくれんぼは得意なの。私もセーシェルも」

●砂底にて
「ったく、金目のモノなんて殆ど無いじゃないか」
 ひとりの女が、靴裏で杭を蹴倒す。盛土に突き刺さっていた杭は長き時間を経て脆くなり、どれも少し力を入れただけで呆気なく横たわってしまう。憂さ晴らしをするように杭を蹴っていくのは彼女だけではない。彼女と共に『砂底』を訪れていた仲間たちも、宝探しの名目で杭を倒し、土を掘り返していく。
「ラーニヤのアネキ、何も埋まってないですぜ。墓かと期待して損しやした」
「こっちも骨すら見つからねえ!」
 地面に置かれたカンテラの近くから、男たちが次々報告を飛ばす。ラーニヤと呼ばれた一味でただひとりの女は、萩色の髪を揺らして溜め息をつく。金銀財宝の山とまでいかなくとも、死者たちが宴を開いて楽しむ場所なら、手向けた宝石や腕輪ぐらいあっただろうと伝承から推測していた。見事に外れたが、しかしラーニヤに落ち込む気配はない。
 彼女は小振りの瓶を、おもむろに目より少し高く掲げた。闇が占める天井を背に覗き見ると、瓶に入っていたすみれ色の砂は仄かな光を発する。ファルグメント、とラーニヤがぽつりと呟く。
「ま、これさえ手に入りゃ大鴉盗賊団の仕事としちゃ上等さ」
「あ、姐御!」
 美しいすみれ色に心奪われていたというのに、忙しく駆け寄ってきた男に阻まれる。なんだい、と怪訝そうにラーニヤが睨むと同時、男はカンテラの鈍い灯りでも分かるほど血相を変えてこう告げた。
「誰か来る気配がしやす! もしかしたらイレギュラーズかもしれねえ!」
 動揺した男をよそに、ラーニヤは不敵に笑って。
「噂のイレギュラーズか、イイ宝を持ってるかもしれないよ、準備しな!」

GMコメント

●目標
・砂底へ『母への手紙』を届ける
・色宝≪ファルグメント≫を奪取する

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

●状況
 舞台は『砂底』と呼ばれる地下遺跡深部。大鴉盗賊団が荒らしていたところへ到着。
 大鴉盗賊団が気づいたのと同時に、イレギュラーズも賊の存在に気付きました。
 砂底一帯は開けた空間になっていて、そこかしこに盛られた土や杭があります。
 既に賊の手で荒らされていますが、古い時代の墓所か何かだったようです。
 また、砂底へと続く出入口は一カ所しかありません。

●敵
・ラーニヤ
 大鴉盗賊団のひとり。仲間からアネキとか姐御とか呼ばれています。
 風を操って、鋼糸やナイフを自在に舞わせるのが得意。
 色宝である『砂が入った小瓶』は、彼女が首からさげている袋に入っています。

・盗賊×8体
 大鴉盗賊団。曲刀持ちが4体、短弓使いが4体。
 ラーニヤ同様、風を起こして味方につけながら戦うのが得意。

●NPC
セーシェル
 6歳になったばかりの少女で、手紙を書いた本人。
 本当は『砂底』へ行きたいのですが、遺跡の外で待っています。

アメナ=サレハ
 セーシェルのお願いを情報屋へ寄越した女性。セーシェルと一緒に待機。
 前にもイレギュラーズの世話になり、以来イレギュラーズを信頼している。

 それでは、幼き子の心を連れて――砂底へいってらっしゃいませ。

  • <Common Raven>砂底にいるおかあさんへ完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年12月02日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クィニー・ザルファー(p3p001779)
QZ
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
黒・白(p3p005407)
フランドール=ジェーン=ドゥ(p3p006597)
パッチワーカー
アレクサンドラ・スターレット(p3p008233)
デザート・ワン・ステップ
節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花
白鷺 奏(p3p008740)
声なき傭兵
松瀬 柚子(p3p009218)
超絶美少女女子高生(自称)

リプレイ


「ん~? 新しい足跡だね~? 奥から声もするし~」
 松明は思いのほか明るく、掲げた主である『パッチワーカー』フランドール=ジェーン=ドゥ(p3p006597)の姿を、砂底の広間にはっきりと浮かび上がらせる。地の底に閉ざされた砂煉瓦を黄金色に照らすのは、松明ばかりではない。
「って、ここにも盗賊がいるなんて!」
 ぎょっとして『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)が声をあげる。火の明るさを帯びた彼女の周りも、充分な視界を得ていた。
「懸念した通り、先客がいらっしゃるようで……」
 商売の予感と同じくらい『デザート・ワン・ステップ』アレクサンドラ・スターレット(p3p008233)の感じていたものは確かだった。何者にも阻まれず文を届けられるほど、地下遺跡は安全――などとは微塵も思っていなかったが、いるのが盗掘者なら割り切るのも早い。
「仕方ありませんね、お片付けしましょう」
 整理整頓と在庫管理は運び屋にとって欠かせぬもの。賊と違って動じずに、アレクサンドラは赤き尾を引き疾駆した。
 後ろでは、『超絶美少女女子高生(自称)』松瀬 柚子(p3p009218)が自らの頬を両手で挟むように叩いていて。
「よーしっ、精一杯頑張るとしますよ!」
 初めての『ちゃんとした依頼』は少々の緊張と震えが入り混じるはずだがしかし、柚子の胸に湧くのは希望で、右目に燈る輝きは夢に満ちている。すちゃ、とゴーグルをかければ雰囲気も醸し出されていよいよやる気は溢れかえるのみ。
「この場に似合わない盗賊団とやらを蹴散らすのも、お仕事ですから!」
 ふふんと得意げに口端をあげて宣言すると、彼女の前向きさに賊が苦々しい表情を浮かべた。
「先客さんごきげんよう~」
 挨拶の主フランドールが織り成す不規則な四肢の挙動は、彼らへ違和感を刻みこむ。当人は猿のお面があれば完璧だったと証言していたが、これで面までつけていたら賊にとって得体の知れぬ存在となっていただろう。ワニの被りものも同様に。
 男たちの一驚に目もくれずラーニヤが鋼糸を引き延ばすも、フランドールがずずいと前進したため、彼女も思わず退いた。
「やっぱりイレギュラーズか、こんなトコまで来るなんて物好きじゃないか」
 吐息で笑ったラーニヤに、フランドールはこてんと頭を傾ける。
「こっちは大事な用があるんだよね~」
「こっちは、か。おもしろいね。アタシらの用は大事じゃないってか」
「アタシからするとね~? 価値観なんてひとによって違うから~」
 彼女の間延びした口上に痺れを切らしたのか、苛立った盗賊たちが先に仕掛ける。チィ、とあからさまな舌打ちをした男が風を起こす。すると巻き上げられた無垢なる砂礫が、煙幕となって前線を掻き乱した。
 足元にあまりにも不注意な男たちを目の当たりにして、『声なき傭兵』白鷺 奏(p3p008740)はかぶりを振る。
 だめ、だめだ。そんなのは良くない。この遺跡が傷つく。想いの紡がれてきた地が、傷ついてしまう。そんなことはさせない――地下へ進む際に冷えた唇が語らずとも、彼女の想いは結界となって遺跡に満ちる。拡がる結界は、仲間たちが存分に戦える状況を築いた。
 そこでゴーグルの位置を調整した『QZ』クィニー・ザルファー(p3p001779)が、気高さを宿す色の瞳を細める。
(風を操る、なるほどそういうこと)
 ならばとQZも動く。
「風を操れるのはお前たちだけではないぞ」
 己が身の強大さを植え付け、滴る獲物のにおいで震え上がらせた。これほど巨大な獣を前にして逃してなるまいと、男の本能を駆り立てる。オオオォォ、と遠吠えの如く声がこだました。地下で眠り続けた遺跡が驚きに揺れる。声の主たる盗賊が、ひらり風纏うQZへと見境なしに飛びかかっていく。
「な、なんだい、どうしたんだアンタたち!」
「出入口は任せて!」
 仲間の奇行に瞠目するラーニヤをよそに、言うが早いか焔は広間の出入口にででんと立ちはだかった。
 セーシェルと約束したのだ。温かくて大事な想いが籠った手紙を、ちゃんと届けてきてあげると。いい子で待ってて、と告げたら大きく頷いてくれた少女を想起して、焔は胸いっぱいに砂底の気を吸い込む。
 一方、何色を映しているのかもわからぬまなこで、黒・白(p3p005407)が敵を見つめていた。ゴーグル越しでも伝わる、あらゆる情念を飲み込んだがゆえの茫漠たる眼差し。他愛ない賊でもそう感じるほど底知れぬ色は、相手を一瞬怯ませた。そして蒼白に染まった指先で投げたシールは、封印の力を以って賊に苦痛をもたらす。
 そして盛土を避けて飛ぶ『薄桃花の想い』節樹 トウカ(p3p008730)が、盗賊たちを率いる女へ意識を傾けた。ふと首からさがる袋に気付き、それが何かを確かめようと目を凝らす。思考を巡らせてからトウカは花弁を踊らせた。舞い散る花は儚くも美しい。ゆえに砂底においても美で魅せた。もちろん施した先はラーニヤだ。
「ふん、花がなんだっていうんだい!」
 しかしラーニヤに咲き誇るものの麗しさは簡単に伝わらず、トウカは心なしか寂しげに目を伏せる。
 その頃、巻き上がる砂塵の中をアレクサンドラは突っ走っていた。ゴーグルのおかげで、砂に目鼻をやられることもない。駿足は刃となって彼女の元より放たれる。風塵を味方につけるラーニヤであろうと、風より速く、音が届くより早く攻め立てたアレクサンドラの猛攻に、揺らがぬはずもない。
 ラーニヤの鋼糸が煌めくも、風を裂いたアレクサンドラにより鋼糸が撓る。
「くっ、なんて速さだよ……面倒な女だね!」
「それはお互い様としておきましょうか」
 客人を相手にするときと変わらぬ態度でアレクサンドラが微笑めば、ラーニヤの表情は嫌悪に歪む。


 襲いくる賊に揉まれながらも、遺跡へQZが染み渡らせた存在感は始まりを知らぬ風と共にある。
 ――少女の笑顔の為に。
 気になったから動いただけ。彼女に沸いていた衝動は、軽やかな鼓動となって淀みなく真っ直ぐにラーニヤを射抜く。
「っ、ア、あぁアぁ!? 来るなァ!」
「ラーニヤのアネキ!」
「しっかりしてくだせえ!」
 突如としてラーニヤが暴風を撒き散らし、なり振り構わず鋼糸でアレクサンドラを切り裂いた。そこへ。
「どいてどいて!」
 焔の闘気が猛る烈火となって、ラーニヤに近づこうとした賊を焦がす。
 荒ぶる曲刀を前に松明を放り投げたフランドールの手には、いつからか不滅を促す指揮杖が握られている。
「邪魔をするなら容赦しないよ~?」
 煽る調子は賊の意欲を掻き立てる。むしゃくしゃする感情が湧いた賊の一振りが、一矢が彼女を狙った。けれど
 ――ちょろっといってくるね~。
 片手を翳し緩く告げたフランドールのことも、セーシェルは手を振って見送ってくれた。あの姿をフランドールは忘れられずにいる。だから彼女はその場を動かず、かれらの憤りに付き合う。
 敵が仲間につられている隙に、柚子が地を蹴った。爛々と輝く彼女の意思は、ラーニヤに狙いを定めている。踏み込んだ勢いも乗せて肉薄し、剣を振り下ろす。ラーニヤが纏う風ごと両断し、切っ先が砂を掻く前にもう一度武器を持ち上げた。
「まだまだ終わりませんよ!」
 身軽な彼女は、跳び回りながらラーニヤから離れない。
 砂の底を見渡した奏は、唇にざらつく感触を覚え指の腹で拭い取る。風も立たず雨にも降られず、ひんやりした地の底に横たわる遺跡は人の来訪こそ久しくなかったものの。
(御伽話として伝えられてきた場所には、確かに人の心が生きていた)
 人の気配などこれっぽっちも遺っていないけれど。骨なき盛土や杭の意味は想像することしかできないけれど。
(きっとセーシェルちゃんだけじゃないくて……多くの人の悲しみを埋めて、預けて来たんだ)
 顔を伏せれば、なびいた紺の向こうに『そこ』が見えた。このときの感懐を奏は戦意へ換える。高揚は熱を含み、無窮の闘志を戦場に伝えた。ぴりぴりと痺れるような不快感に苛まれた敵は、彼女を無視できなくなる。
 狭間から眼光鋭く標的を睨めば、相手がぐっと怯むのがわかった。穴があくだけでは済まない眼差しに射抜かれた男は、奏に掴みかかる。この色を朽ちさせねば、あの眸を潰さねばと危機感に駆られて。
 仲間たちの背を一頻り眺め、彼らへ行き渡るよう歩み出た白は、砂底へ福音を招く。歌うための詞(ことば)は知らなくても、言葉がもたらす癒しは知っている。
 チッ、と賊が舌打ちする。
「回復使う奴からやれ! 姐御を守るぞ!」
 白の紡ぐ天使の歌が皆を後押ししていくのを眺め、トウカがふうむと顎を撫でた。
(人として最悪だが……止むを得ない)
 唸るトウカの面差しは常と変わらぬままだが、平静を取り戻したラーニヤへ呼びかける。
「思ったよりまな板なんだな」
「……はあ?」
 突飛した発言はラーニヤの気をある意味で引いた。はらりと舞う紫の花びらにも気付かず、ラーニヤは眉根を寄せる。
「いやなに、色々と見えたり見えなかったりすることがあるんだが」
 ちらと彼の一瞥が注ぐのは、袋がぶら下がるラーニヤの胸元で。
「アネキや姐御と呼ばせるなら、もっとパッドを大きくした方がいいぞ嬢ちゃん」
「「!?」」
 本人よりも盗賊たちの方が驚いた。
 聞き捨てならない単語に、ふるふると拳を握りしめてラーニヤがトウカをねめつける。
「デリカシーがない奴は嫌いだよッ!!」
 苛立ちと心悔しさを連ねた一陣の風が、トウカを襲う――トウカは察していた。風の操作が敵の常道なら、人が振るう動作とは掛け離れたものも可能なはず、と。彼の考えは的を射た。風に乗せた刃は自在に宙を舞い、得物というより鳥に似た挙動を示す。
 滑空する鳥の如く飛び込んできたナイフはしかし、トウカへ深々と刺さるに至らない。咄嗟に背負った木刀で弾けば、ナイフは為すすべなく風に呑まれ彼の元を去った。
 直後、気が立っているラーニヤへアレクサンドラが仕掛ける。
(穏便に済めば、それに越したことはないのですけど……)
 どれだけの赤を連れようと、この場に赤を滲ませるのは避けたい。そう考えたアレクサンドラは舞う糸の間を駆け抜け、再びラーニヤへ刃をひとつ贈る。揮う赤が弧を描き、ラーニヤを砕く。風も合わせて切断した眩む程の赤は、女盗賊から新たな色彩を溢れさせる。
 鈍い悲鳴を漏らして女が膝を折る頃にはもう、アレクサンドラの姿は風声に紛れ、消えていた。


「アネキィィ!」
「イレギュラーズ、よくも姐御を!」
 悲鳴とも雄叫びとも区別のつかぬ声が轟く中、付き纏われたアレクサンドラをかばったフランドールは、にへらと笑って。
「んも~、しつこいね~。大事な用があるっていったでしょ~」
 そう言いながら男たちを押し返す。フランドールへ礼を告げたアレクサンドラは、すぐさま出入口へ駆け、出入口を守っていた焔とハイタッチを交わす。そして今度は焔が前へ出て、炎で編んだ札を男の周りへ旋回させる。戦く男に構わず札から溢れた赤が絡みつき、巻きつき、自由を奪う。
「くるくるっとして、はい、完成だよ!」
 満面の笑みで焔が皆へ披露したのは、火で簀巻き状態にされた男の姿。
 怯えてこそいるが息絶える気配はなく、その塩梅に他の賊が震え上がる。
「どんどんしまっちゃおうね!」
「ひぃっ……!?」
 無邪気とも取れる焔の笑顔は、この状況下、男たちを鈍らせるのに充分で。
 そこで敵を数えたQZが勧告する。
「今すぐ投降しろ!」
 意図を明瞭にした端的な一声を、最初に放って。
「此処はお墓だ。人々の尊い想いの注がれる、静謐を湛えるべき場だ! このまま戦闘を続行するのは本意ではない!」
 毅然としたQZの言葉運びは、相手を蔑ろにするものでも、自分たちが遜るものでもなく、あくまで場に言及した。すると。
「おっと、へたに動いちゃダメですよ? 痛い目に遭うので」
 逃げようとした男へ、柚子が剣の先を突きつけてにっこり笑う。
 柚子に大切なものは無いけれど、今を生きる命の大切さはわかる。だから護ろうと刃を振るうけれど、交渉を願う仲間を記憶していた彼女は、とどめを差さないよう殺さずのすべでとりあえず男を転がした。
 その間もQZは続ける。
「ここは、この地は……欲望のまま荒らして良い所ではない!」
 砂の底だろうと威厳を示す彼女に、鈍る動きもあればそうでない者もあった。
「まあヤっちまたもんは仕方ないけど」
 転がる杭を見下ろした白が、懲りない賊へ双眸を向ける。
「同じ盗賊だ、死ぬ覚悟くらい決まってるだろ?」
 黒に染めた感情で白が紡ぐ。
「覚悟がなきゃ、盗掘なんざ働かないもんな」
「なっ……」
 白の一声に男らの瞳が揺れたのを見て、柚子が肩を竦める。
「遺跡に盗掘は付き物ですけれど、憑き物まで付いても知りませんよ~?」
 何が眠り、誰が眠っているのかもわからない地だ。ましてや墓所を連想させる景色の中。
 冗談とも言い切れぬ柚子の一言は、賊を追撃した。
 すぐ傍で、奏がガンブレードを構えた。未だに砂底を踏みにじる敵へ、集いし想いを乱す不届き者へ、目映い雷を突きつける。貫いた雷光が男たちを呑み込み、遺跡内の空気を、悪意を清めていく。だが逃れた男がひとり、無謀にもそんな奏に抗った。
 ――不知火が、揺れた。乾いた砂に映る青白い炎は、ぐったりしたラーニヤを連れ出そうとした賊を留まらせる。
「逃してやるわけにはいかなくてな」
 不知火を彼へ刻み付けたトウカは、その一言ですべてを征した。
 するとこれまで簀巻きにした男たちに腰掛けて静思していた焔が、やがてぽんっと手を叩く。
「砂に埋めておいて、後で回収にくる? 首だけ出しておけば大丈夫だし」
「いい案かも~」
 フランドールも乗っかったおかげで、賊一味の顔から血の気が引いていった。


 QZは転がる杭をひとつずつ拾い、元あったところへ戻していく。荒事の痕跡を消し去るのは、ここが墓所の名残を色濃く残すから――だけではなく。
(砂底にお母さんが『いる』こと。それが、セーシェルちゃんの心の支えなんだね)
 まだ残り香を感じる紅も、QZは砂で覆い隠していった。
「こっちは終わりました」
 QZへアレクサンドラが報せる。手分けしていたのもあり、片付けは想定より早めに済んだ。
「これで宴の会場に、お客が入るといいですね」
「入りますよぅ。それに宴もきっと楽しいものになりますね!」
 手を合わせた柚子が、アレクサンドラへそう返す。
 柚子は己に生じた心を知っていた。いつか誰かが訪れたとき、この場が荒らされたままでは悲しい。けれど今の状態まで復元できたなら、ここに眠っていたであろうかれらも大丈夫だろうと。
 一方、フランドールが覗き込んだのは、袋を回収していたトウカの手元で。
「それが色宝っていうんだね~?」
 幻想的な砂の小瓶は、色宝だと知らなければ雑貨か土産と勘違いしてもおかしくない。
「盗賊団の手に渡らなくて良かった」
 ほっと息をついたトウカの近くでは、焔が揺蕩う霊魂へ呼びかけていた。
「うん、うん……そっかあ」
 薄れに薄れた魂は多くを語らない。ただ焔の問い掛けに短く応じ、消えてしまった。
「どうだった?」
 QZに尋ねられた焔は、そっとかぶりを振る。
「かつてはあったけど、今はここに無いみたい」
「? どういうことなんでしょうねえ?」
 霊魂の語り口が比喩を連ねたもののように感じて、聞いていた柚子が首を傾ぐ。
 そのとき、セーシェルの手紙を埋め終えた奏が徐に立ち上がる。誰にも持っていかれないように。悪戯めいた砂に、別のところへ運ばれないように。しかと届けた。これなら一安心だ。
 振り向けば、灯りを撤収した砂底は、静寂な闇を取り戻している最中にあった。砂底に当たり前の光景が蘇りつつある。ひと気が去れば、きっと――願わずにいられなくて奏は唇を少しばかり噛んだ。
 ここにはたくさんの想いが集っている。喪った人を慰めるため語り継がれてきた想いが。だから。
(……信じるよ。お母さんに届くって)
 奏だけではなかった。
 セーシェルの想いを掬いあげるようにトウカも歩き出す。
(目を泣き腫らすほどに思えるのは、きっと)
 幸せと呼べるものかもしれない、などと温く浮かんだ情へ心を沈めて。
 だが泣いてばかりの娘に、『お母さん』は草葉の陰で泣いていたのかもしれない。
(手紙を届けたことで、泣き止むといいな)
 母も、娘も。
 仲間に続くフランドールは、ただ瞼をそうっと伏せて願っていた。
(どうか、このお手紙が、セーシャルちゃんのお母さんに届きますように)
 イレギュラーズそれぞれが希うたび、かれらの周囲を照らす灯りの傍で、砂たちが黄金色に煌めく。
「……母ちゃん、か」
 皆の背から感じとった情に引っ張られて、白が呟く。弟分たちが泣きながら母を求める姿も、そのときの声も知っている。母知らずのかれにも、母を知る子の気持ちは、なんとなく。年下の孤児の面倒を見る、盗みによって生きる誰か――白が本日宿していた魂は、それだから。
 やがて待ち疲れているであろうセーシェルの姿が浮かんだ。そわそわと待つのは、泣き疲れるよりずっと良い。
(腹空かせてると余計なこと考えるしな)
 帰り道にでも何か胃へ収めればあの子も落ち着くだろうと、白は持ってきたパンの硬さを気にしつつ生者たちの待つ地上へつま先を向けた。

成否

成功

MVP

節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。皆様からの報告に、セーシェルもほっとしていることでしょう。
 皆様のおかげで、砂底と呼ばれる不思議な場所を通じて、きっと少女の想いも届いたはず。

 ご参加いただき、誠にありがとうございました。
 またご縁がつながりましたら、よろしくお願いいたします。

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