シナリオ詳細
<神逐>闇に召しませ、浅き夢
オープニング
●人の世、終の花
忌々しい。ひとが没義道な戯れでひとを苦痛へ追いやる様もまた、実に忌々しい。
三つ子の魂百までと言うが、八百万にせよ獄人にせよ、ひとというのは心を持つがゆえ時間の流れにより変わるもの。煮え返るはらわたがあるのもまた、忌々しい。ふつふつとした情を抱きながら、女は御所へ逃れようとしたときのことを想起していた。
高天御苑にある、この門だ。彼女の心を掻き乱し、そして苛める光景は確かにここにあった。
昔日に引いていた幼い手も、今はない。しかと握りしめていた温もりも、今は。
――すべては、あの子が獄人であるというだけで。
幼子を拾い育てた女の胸に芽生えた愛は、底もなければ天井もなかった。罵られ、追い払われ、場所によっては無視を貫かれるのも日常茶飯事だった。それでも女は、子を手放そうとしなかったというのに。
「……この門の下、別れたあの子はどうなっているでしょう」
獄人を憎み、恨む者の多い御苑において、まともに生きているとは考え辛い。「忌まわしき子は捨ててしまわねば」と言いきる八百万たちに連れられた息子が、どのように命奪われたのかは、わからない。
だが女は思い込んでいた。育てた息子はきっと死後の世界にいて、ひとり寂しがっているのだと。
思い起こしていくうち、忌々しいという情はいつしかなくなっていた。すっと腹の底が冷える感覚は、いったい何からくるのか。彼女にもわかりはしないが、ただひとつ言えるのは――魔を喚ぶ鬼の眼が冴えているのは、きっとこの感覚が理由なのだろう。
だから女は今宵、狂気の香りで場を乱してあらゆる獄人を送り届ける。
「大丈夫、寂しくないわ。たくさん連れていって差し上げますからね」
あの子がいるであろう、死後の世界へ。
●声東撃西・東
京の防衛に繁劇な兵部省の面々は、京の各所に散開し、事に当たっていた。
民の眼にもわかる、遠き天守閣に座す『黄泉津瑞神』と呼ばれし神威神楽の守り神。けれど神聖な輝きに溢れる様相は呈しておらず、犬の姿で顕現したかの神から滲むのは、夥しい量の穢れだ。
大呪の影響も受けて暴走しかけたかの神を放置すれば、京は崩落し、無辜の民が犠牲となる。そう大精霊『黄龍』は語っていた。まさに世も末と呼べる状況。それは兵部卿たる神宮寺 塚都守 雑賀にとっても、喫緊の問題であった。
「……悪い夢を見ているようだ」
雑賀は静かに呟き、集まった神使たちへ目線を呉れる。
神使たちは頷き、そして見上げた。穢れ色に染まる天守閣と『黄泉津瑞神』の姿が、遥かな高みにあって。
「帝がお目覚めになった、と喜んでばかりもいられないのは残念だが」
今は『黄泉津瑞神』を鎮めるため、各所で神使が動いている。
だからこそ雑賀は、神使と共にある門へ訪れたのだが、想定よりも出迎えの数が多い。それを幸と取るか不幸と取るかは、ひとによるのだろう。少なくとも雑賀にとっては幸だ。
――多くの敵を引き付けて数を減らし、他の神使が動きやすいように尽力したい。
それが、兵部卿の雑賀から神使へ告げられた依頼だ。彼と共に門へと続く一本道へやってきた神使たちもまた、八百万で構成された七扇直轄部隊『冥』、そして禍々しい気配を放つ八百万の女と相対していた。
神使のひとりが、『冥』とは明らかに装いの異なる女を眼差しで示す。
「あれは……?」
その問いに、ふむ、と唸った雑賀は小声で応じる。
「御苑に住まう八百万だ。乱花、という名だった筈だが……どうも様子がおかしいな」
「彼女、肉腫に感染しています」
別の神使が言う。肉腫に感染した者を見てきたため、気配で察したのだと付け足して。
「……肉腫か。セツにも感染していたという、奇妙な病だな」
兵部省の獄人が感染し、神使に救われたこともあった。ゆえに雑賀も、肉腫については把握している。
「兵部卿。屋敷に篭り、守りに徹していらっしゃるかと思いましたが」
そこへ不意に、『冥』のひとりが遠くから声をかけてきた。
天香・長胤に絶大な忠誠を誓う彼ら『冥』にとって、帝に尽くす兵部卿――神宮寺 塚都守 雑賀の存在も厄介な存在だろう。そうと判っているからこそ、雑賀も堂々とこの場を訪れたのだ。
ふ、と微かに笑って雑賀は応じる。
「私が大人しくしているなど、貴殿らも考えてはいないだろう」
「……左様」
冥に属する男が恭しく項垂れる。最も恭しいのは態度だけで、声や気配に殺意をちらつかせていた。
「絶たせて頂きます。神の使いなどと称する愚かなその者らと、貴方の身命を」
不穏を口にする『冥』を前に、兵部省の人々も神使たちも構える。
「愚かなのは貴殿らの方だ。長胤に与せし者よ」
毅然とした態度で雑賀は制した。
「人心を乱し、利用し、禍を撒いた事実はこの国にとって治らぬ傷となる」
一代や二代の話ではない。連綿と続く歴史において、深く刻まれる傷は、雑賀にとって逸らせぬもの。
「理解はできよう。だが、糾すためのやり方を見誤ったそなたらに手向ける慈悲はない」
静かな怒りが、雑賀の双眸を揺らす。
するとそこで、『冥』のひとりが八百万の女へ呼びかける。
「わかったでしょう禍乱花殿。あれぞ多くの獄人を抱えし、敵の姿ですぞ」
肉腫に蝕まれた女――禍乱花は頷きも首ふりもせず、ただただ微笑むばかり。
「ええ、ええ、送ってさしあげます。あの子のいる死後の世界へ。獄人は全て。全てね」
- <神逐>闇に召しませ、浅き夢完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年11月17日 22時15分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●
昏い門前に、越えねばならぬ一山が生まれた。
弾ける無数の鬼花火が静穏を乱し、『冥』の各員が天香家に刃向かう者へ牙を剥く。そして抗争から縁の遠そうな禍乱花――肉腫に感染した女は異色さを零していた。
『黄昏夢廸』ランドウェラ=ロード=ロウス(p3p000788)が顎を撫でつつ見やったのは、その禍乱花だ。
(あれもベインか。助けたい、との考えも過ぎってしまうが……)
仕方がないと、冷えきった響きを腹の底で並べる。沈思するのは僅かな時間だけ。やがて彼は戦場を走った。動きに視線を吸われた冥が虫を模した闇で追う一方、翅の煌めきが『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)を支える。
鬼花火へ重圧を伴う砂嵐を贈った。火の粉さえ掻き消す暴風が、戦の始まりを告げる。
「砂嵐よ、派手に暴れちゃって!」
嵐に見舞われ、身動きが侭ならない鬼花火も出始めた。
「我らローレット! いざ尋常に、お相手仕る!」
言い終えるや『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)は火影をかい潜り、禍乱花を圧す。命喰らう黒星での挨拶に、女は静かに嗤った。
「ローレット、神使。その名が示す威光ごと、この禍乱花が冥府へ送って差し上げましょう」
「望むところだ」
女の邪気で痛みがちらつき、更に火影に苛まれようとリゲルは顔色を変えない。身を蝕む毒素を弾くディープ・グリーン――彼の眼差しに似た光輝さが、禍乱花の双眸を射抜く。忌まわしい、と女はまた一つ失せていた筈の文句を吐き、簪を飛ばす。
簪の風声から離れたところで、『蛇霊暴乱』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は酒の香を広げ鬼花火を焼いた。酔いを知らぬ妖が未知の感覚に焦がれる間、アーマデルは前線を遠く望む。
突出を避けた彼がいる一方。
「まだ私あの世に行きたくないんですけど!?」
悲痛な『鏖ヶ塚流槍術』鏖ヶ塚 孤屠(p3p008743)の叫びがこだました。数々の事件へ赴いてきた彼女も、この局面に立って手招く死を痛感する。否、死は常に隣り合わせだった。いつ足を取られ、転げ落ちてもおかしくない程に。
「何のために血反吐を吐き続けて二十一年生きてきたと思うんですか!」
御歳二十一を迎え、大病にも怪我にも死せず在れたのは重要な意味を持つ。だからこそ彼女はぷりぷりしていた。
「まったく、雑賀さんや兵部省の皆さんも巻き込んで良い迷惑です!」
「其れこそこちらの台詞と言えよう」
冥も懲りずに反論する。盤石の礎を築こうとして阻まれたのは敵も同じ。だが孤屠は耳を貸さない。貸すつもりもなかった。腰を低く構え、吐いた血を風に浮かせる。赤い粉が散ったかのような光景で一帯を染め上げ、衆目を引き付ける。
――良夜にはやはり紅が映える。うっとりと孤屠は睫毛を揺らし、槍を握り直した。
「……では参ります」
宣言だけは厳かに。その姿は気炎万丈のごとく。
不意に、氷蒼が操り手である彼女に似た美妙な輝きで縁取られていく。優雅な翅を四辺へ魅せつつ、『瑠璃の片翼』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)は蝶の行く末を捉えた。
――我等ローレット来たれり。仇なす者は総て討つ。
怒気を篭める蝶からの伝言は、敵陣を騒然とさせた。
「おのれ神使共め……!」
冥に同調したのか、鬼の火影が次々と皆を焼く。
暖かくもない火の揺らめきに、物言わぬ瞳は隠したまま『雨夜の映し身』カイト(p3p007128)がひと気の薄い箇所へ氷雨を注がせる。鬼の火を鎮火させる雨だ。ったく、と苦々しく言の葉を噛みながら、彼は雨音へ身を委ねて。
「お役人さん達の政治的対立の根深さってのは、どの世界でも変わらねぇなぁ……」
何事か想起してひとりごちる、靴裏で地を摺らずにいられない。
ざり、と靴音が転がるのに合わせて『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)が裾を遊ばせる。喚んだ精霊たちに輝いてもらい、ふむ、とひとつ唸る。急く必要はないと、瑞鬼自身がいつも通りの様相を兵部省の皆にも示す。
双眸を瞼で覆って微笑み、敵勢力へ目礼する。そして歪んだ呪光を放つ冥へ向けた。冥にとっては押し頂くものでもない浄土落しを。呪縛に呑まれ、凍てついた命は哀れなもの。ゆえに瑞鬼はくつくつと笑う。
「小手先の技は、わしらに効かぬぞ」
龕灯が呪いの光線を飛ばそうと、瑞鬼の両足を折るのも侭ならない。それでも呪いにまみれた光は、戦場へ暗澹たる影を落とす。
そうして暗闇に浸る悪意の音を聞いた『邪妖精斬り』月錆 牧(p3p008765)のまなこは、固く閉ざしてあった。ひとたび見開けばそこは、敵意とも殺意とも捉え辛い情が渦巻く戦場。冥にも禍乱花にも『目当てのもの』があるのだとひしひしと感じながら、牧は鯉口を切る。
(我ら、獄人に道を与えてくださったのは……今の帝)
揺らがぬ事実を刀身へ刷いて、斬神空波で忌まわしき妖――鬼を冠した花火を断った。
「……獄人であれば、帝に何かしらの感謝を持っています。故に我らは武器を手にしたのです」
牧は鬼花火を群れさせていた冥へ、静かに紡ぐ。惜しむように連ねるも、冥は嘲るばかり。
「ふざけたことを。獄人が語って良い地なぞ、何処にもない」
真っ向から拒まれても牧は動じない。言うべきものも、動かすべきものも知っているからだ。
「ならば、この気持ちを花火と変えて戦いましょう」
華やかに大空を彩る大輪のごとく。それが彼女の覚悟でもあった。
その頃、溌剌とした面差しで『彩極夢想』神宮寺 塚都守 紗那(p3p008623)が笑みを傾けた先に、孤屠がいる。
「うふふ、今回も孤屠君には存分に頼らせて頂きますの!」
「お任せあれですよ!」
孤屠がどんと胸を叩くと血が垂れた。にも拘わらず紗那はさらりと陣を敷く。威儀を正して挑む彼女の、陰陽を操る力に淀みはない。黒衣纏いし冥へ、艶やかな業炎の羽を贈った。
「我が名は神宮寺塚都守紗那。幽世の守護者」
名を示した彼女に、冥からの眼差しが一変する。兵部省を率いる雑賀が瞠目して何事か言いかけるも、紗那の言葉の方が早い。
「わたくし、とても悲しく思っていますの。豊穣に生きる子らと敵対するだなんて」
濡れた睫毛をぱしりと震わせて、 紗那は冥と妖たちを見据える。
けれど涕泣は笑みへと換えた。それが彼女の包容力であり、強さでもある。
「神宮寺……塚都守」
冥が囁き合う。そういうことか、と互いに認識を改めたかのように。
●
「増援だ!」
逸早くアーマデルが叫び、聞くが早いかランドウェラは星夜の瞬きを起こした。破裂した爆弾から閃光と烈しい音が鏤められる。耳鳴りも何のその、ランドウェラは片目で敵陣と門を見晴るかす。
駆け回る彼とは別方向から、アーマデルが犇めく鬼花火へ不協和音を捧げた。そっと目線を上げてみると、神たる姿が天守に鎮座し続けているのがアーマデルにも拝めた。
(恨みや妬みを織り上げ、ヒトの為にあらんとする神をも……穢す)
そんな策がまかり通る現実の招いた結果が、あれならば。
縺れた糸を解き、よれを正すのは尋常ならざる努力が要るだろう。アーマデルがそう感じるのには理由があった。経緯は異なれど、彼のよく知る神もまた、守ろうとした地に害を齎す存在になってしまった存在で。
(……だから気になるのだろうな、その周囲で蠢くもの、彷徨うものが)
動かずにいられない。確かめずにいられない。
そんなアーマデルの残響で弱った鬼花火の軍勢へ、牧が突っ込む。彼女はすかさず得物を旋回させ、烈しい暴風を起こした。戦鬼の妙技に魅入られた火の花を散らすも、瞥見した方面からは、騒ぎに気付いた冥たちが続々と訪れていて。
(まだ増え続けるのですね……)
総身に戦慄が走る。振り向かずとも後背には友軍。禍乱花の動きも不安定で、いつ目をつけられるか分かりはしない。見定めねばならないのは立ち位置だと牧が思った途端、汗が玉のごとく落ちる。
そうしている間にも女の簪が幾度となく人を、影を縫う。
夜気を切り裂く簪の精巧な作りは、よくよく確かめずともリゲルには見えた。
「実に雅な得物だ。ですが……」
煌めく銀閃で打ち払い、体勢を微塵も崩さずリゲルは肉腫の病を追う。星をも凍てつかせる剣舞で、禍乱花の細腕を朱に染め上げた。怒れたまなこが彼をねめつける。
「この程度の腕前ならば、造作もありません」
リゲルが不敵さを目許へ乗せた途端――禍乱花の眉がひくつく。
「貴女に、俺が殺れますか?」
「盛り上げ上手ね、坊や」
ふふ、と笑ったのは女が先だった。両名が対峙するその近くでは。
「人目を引き付けるなんて、妖精冥利に尽きるじゃない?」
オデットの光が天を翔け続け、投げたのは数多の色彩を持った林檎だ。爆ぜ散る閃光、飛び出す目映さ。いずれも事情知らぬ冥をほんの一瞬、惑わす。何が破裂したのかとざわめくかれらを余所に、張本人であるオデットは悠々と笑う。
「いやー、案外役に立つものなのね。ゲーミングカラーって」
指先で林檎を回転させながら。
林檎からの光と音が戦場に轟くと同時、アイラは銀雪を帯びた瑠璃で今を導き、明日への一途を拓く。
「かかってきなさい」
アイラの喚んだ慈悲深き蝶たちが鬼花火を乱せば、兵部省の仲間が続いた。火を分かち合う敵の回復が間に合わぬよう、一撃に一撃を連ねる。数という暴力こそあれど、アイラが体力を削ったことで消火し易くなっていて。
そのとき、衝撃と轟音が四散する。火力に心血を注いだ孤屠の一打は、敵の想定よりも遥かに重かった。駆逐するための穂先を振り回して敵の懐へ突撃し、微かな狼狽も逃さず捩込む。風を切る音すら冥が聞き終えぬ内に、孤屠の槍は心の臓を貫き、末期さえ悟らせず狩る。
「ご退散願いましょうか!」
彼女の通った道に、暗紅色の花が咲き乱れた。
直後、敵個体の強弱を感知したカイトの矢が飛翔し、弱っていた冥へ死を与える。ふと見渡せば敵味方共に数は多く、布陣を意識したまま戦いに専念するのも困難に思えて。
(こんだけ動き回ってると、下手に広範囲を狙えねぇか)
小さく唸ったカイトは、しがみつく鬼花火を蹴散らす。
「尚更、討ち漏らせねぇな」
短く笑い、カイトが星夜ボンバーを投擲する。戦場へ再び光と音を寄せるために。
(いつ祭りの会場になったんだろうな、此処)
少し顔を逸らすと、目映さと大音量に一驚した冥や鬼花火の姿が映る。投手たるカイトを振り向いたかれらへ、戦という名の大祭の真っ只中、口の端を上げてこう告げた。
「ま、お客様におもてなしするのも流儀なモンで」
すると冥が龕灯を傾けた刹那、呪われし光線が戦場を疾駆した。避け切れずに浴びる者もいる中、外套で鮮やかに躱したランドウェラは、ふふんと鼻を鳴らす。
「僕はまだまだ戦えるが、そっちは戦えないのかな?」
彼から滲む威徳も相まって、冥は見極めた。アレは無理に狙わずとも良い、と。
残存する冥が意志を共有する間、月をも隠す灰色を被って瑞鬼が舞う。くるりと鉄扇を回して調和の力を届け、オデットの傷を治す。優美に振るまう瑞鬼の恩徳を目の当たりにし、省の人員からも感嘆の息がもれた。そう、そうじゃ、と瑞鬼はほくそ笑んだ。
(わしらがいれば勝てる。拉がれる事態が起きようと、結果は変わらぬ)
これこそが、士気を高めるための瑞鬼の在り方。
「雑魚共に負ける神使ではない。お前たちはそんな奴らと共に刃を持っているのだ。安心するがよい」
流水の如く、言の葉が瑞鬼から溢れ出た。
「秋の夜長を愉しもうではないか」
瑞鬼の言う夜長において、物語の結末が如何様に落ち着くのか、紗那は興味を寄せていた。民が床に就くための夜で物理的に戦い、寂漠を賑やかに彩るのは慣れない。それでも――抱くようにかき集めた治癒の力を、仲間たちへ確実に届ける。
治癒に重きを置く彼女の姿は、冥にとってこの上なく眩しい存在だ。だから光をひとつ消そうと、鬼花火の隙間を縫って呪われし虫獣たちが走る。だが消し飛ぶのは光輝な羽でも命でもない。
「雑賀!」
紗那が叫ぶ。斬り捨てた虫の闇を幾らか受けつつ、雑賀が彼女の前に立っていた。刀極無双との呼び声高い彼も今だけは難しげに、弟の顔を露わにしている。
「っ、姉上が目立つのは……あまりにも……」
苦言を呈しかけた弟へ、大丈夫、と姉はいつもの笑顔で応じる。
「神宮寺家の者が揃いも揃って、あの忌まわしき異人に肩入れするとは」
帝を罵る冥のことも、紗那は決して睨まない。愛おしむように眦を和らげて。
「此処が正念場。わたくしも共に、神宮寺の御役目……しかと果たしてみせますの」
●
鬼花火が、あたかも雷に打たれたかのように一斉に飛び立つ。火の影が幾重にも編まれ、神使へと羽虫の鬱陶しさで覆いかぶさる。
似通った流れが続くも、冥を観察していたランドウェラは、ある瞬間を見逃さない。二体の距離が狭まった一瞬を狙い、迸る雷光を疾駆させる。
「おっとぉ? まさかまさか? 立ち位置も把握できない集まりなのか『冥』は!」
馬鹿にされたと判れば、敵とて不快を覚えずにいられないだろう。
「七扇直轄部隊もこの程度か! 無様だな!」
「貴様!」
「よせ、容易く煽られる身でもなかろう」
かれらも日頃より暗躍する身の上。すぐに平静さを取り戻したものだから、ふーん、とランドウェラは唸った。
「有象無象にも矜持もどきがあるのかな?」
さして興味なさそうに肩を竦めながら。
二粒の金色に光を滲ませて、アーマデルが星を打ち上げる。妖や冥の頭上で、爆弾は盛大に弾けた。轟音と閃光が刹那という時間を占領する。最中にアーマデルが披露し、世に降誕させたのはルージュ・エ・ノワール。英霊残響から繋いだ手法は、彼の態勢を堅牢なものにさせていた。しかし受ける反動にも気を巡らせた彼は、抜かりなく治癒も施す。
(抜かりはない。あとは……耐えきれるかどうかだな)
同じ頃、冥に追いやられたオデットは痛みが骨の髄まで染みるのを感じていた。けれど突風で敵を突き飛ばす。冷えきった地面にいつしか生じた泥濘へ押し込まれ、冥は足を取られる。酷い有様を目にしてオデットは舞う。端なく思い出した友の後背へ、そっと手を押し当てるように。ありがとう、と吐息のみで紡いでも届くかはわからない。
「妖精の力を舐めないで頂戴ね!」
だから夜空の向こうまで突き抜けて欲しい一心で、声を張り上げた。
「孤屠君いけいけゴーゴーですのよ!」
シュシュシュと紗那が宙空へ拳を打ち付ける素振りをしつつ、彼女の苦痛を拭う。
軽くなった身で孤屠がすかさず駆けた。
(増援は侮れませんからね!)
鮮血を伴う真白が弱った冥を挫き、数をまたひとつ減らす。
混戦の中央で、母の想いを盾で受け止め耐え凌いできたリゲルが、正心を標榜する一太刀で見定めたのは、運命だ。
増援の冥一派は禍乱花に目もくれない。だが鬼花火は違った。かれらはリゲルへ付き纏う。だから悲しみを置き捨てるかのように、リゲルは流星剣にて魔を散らし、友軍の様子に気付いて喉を嗄す。
「敵は既に弱っている! 各個撃破を!」
行き渡る大音声で士気を上げれば、禍の香気が彼を満たす。
「心を配らねばならぬものが多いのですね、坊やには」
残念そうな呟きが耳朶を打つ。
子を念う親。はたから見ればそれだけの存在だったはず。やるせなさでリゲルの指先が冷える。狂っている。心なしか、会ったときよりも狂気が増しているように感じた。
「私には、他に何もないというのに」
羨望とも妬みとも取れる一言を最後に、リゲルは膝をつく。
「リゲル!」
真っ先に叫んだオデットを呪虫獣の群れが包む。境界を揺蕩う者は、死へ誘う闇から辛うじて逃れるが。
(っ、追い縋って……!?)
彼女という光を欲するように、しがみつく闇に引きずり込まれてオデットは地へ強か肩を打つ。
戦線に異常を来たし、敵からすれば好機だというのに。
――獄人。
鬼花火や冥に囲われたリゲルたちには見向きもせず、禍乱花は口角をうっそりと上げる。
「貴女もそうなの。うちの子と一緒、一緒ね」
嬉々として牧や孤屠、瑞鬼へ呼びかけてくる禍乱花は母の様相を呈していた。
あまりの異様さに、火影に衣を焼かれていた瑞鬼が眉をひそめる。
(なんじゃ? 獄人であれば何者でも良いと申すのか)
そうして瑞鬼が命の糸を結わえ仲間を癒しているうちに、かの女は。
「あの子も元気に育っていたら、あなた方ぐらいになっていたでしょう。ええ、きっと」
言うが早いか女は地を蹴る。
――すべてはあらゆる獄人を、あの子の下へ送り届けるため。
「大丈夫、あなたも、あなたも寂しくないわ」
標的を絞った禍乱花が浮き立つ。咄嗟にカイトがスケフィントンの娘で女を包んだ。女は苦悶に喘ぐも治まらないらしく――走る。自陣へ近付かれれば当然、兵部省に属する獄人たちも捕捉されてしまうだろう。
前へ出ていたアイラが、友軍へ指示を飛ばす。
「位置を確かめてください!」
アイラは火影が纏わり付こうとも、背に生み出した光翼で味方から苦痛の種を払いのけた。罪なき者の命は、決して奪わせない。況や民のため、平定のため戦う者なら尚更。そんな彼女を、じいっと見つめるひとりの冥がいるとは気付かずに。
同じ頃、凄まじい一手で鬼花火を砕いた牧が、禍乱花の挙動に違和感を覚えて下がる。ふと振り返ると、長期戦に兵部省の人々が疲労の色を、垂れた汗に混ぜていて。
「皆さん、身体は大丈夫ですか?」
牧が尋ねると獄人たちから首肯が返る。だから牧も余分な心配を傾けない。そうですか、と淡々と告げて。
「なら問題ありません。存外、身体は丈夫に出来ているものですから」
言いながら前方に向き直った。敵は未だ健在。退く意味は、ない。
「良い月ですね、さあ続けましょう」
督戦の構えを示せば、友軍からも「応」との大音声が重なった。
●
(長く感じるな)
伏し目がちにアーマデルが吐息を落とす。彼が果実酒の鮮烈な色と香気を火の花たちへ供えた途端、酒に溺れて鬼花火が溶ける。
一方のランドウェラに、胸を弾ます状況はまだ訪れていない。平時には知れる色彩を損なっただけで、こうも夜の景色が一変するのかとランドウェラは微かに眉間へ谷を刻む。
「ついでに違う色で塗ってよ。殺りやすくなるからさ」
番えた矢と共に、彼はそれを届ける。崩れゆく冥は、最期まで黒のままだった。
吹きすさぶ夜嵐に抗い、枝にしがみつく葉の如し――ひとひらの思い出は、アイラの足裏へ熱を齎す。
(どのくらい経ったんでしょう……)
時間の経過が異様に遅く感じた。それでも戦花を咲かせてアイラは跳ぶ。鬼花火を告死蝶で散らせた直後、冥が呪龕灯を向けたのは、友軍にも心を配り続けたアイラと、彼女の傍で戦う八百万や獄人たち。
一条の光が、戦局に絶望の欠片を差し込む。
だが龕灯を傾けて間もない冥の存在は、紋章を宿したオデットが土塊の拳で死の国へ誘った。
「こうやって翻弄してあざ笑って帰ればいいんでしょ、簡単ね!」
戦いの気が色濃くとも、オデットは明るさを失わない。
火影の合間からカイトが呪符を放つ。やがて、見る影もなく墜ちゆく凶星のように冥へ張り付くのを見届けて、声を絞りだす。
「政争どころの騒ぎじゃなくなってる、ってのは正直勘弁願いたいんだがなァ!!」
語気の強さをも乗せた呪符が、冥を斃す。
(……昔の俺が聞いたら、腹抱えて転げ回りそうな案件だ)
次なる敵を狙い弓を構えながら、カイトは今しがた己が発した言葉に喉で笑う。尤も、取り消すつもりも無かったが。
やや前方にいた孤屠と切り合う、禍乱花なる女の奔放さを見兼ねて冥の一人が声を荒げた。
「禍乱花殿! 獄人ばかりに気を取られず、折るべきは兵部卿で……ッ」
煩い、と応える代わりに彼女は禍香を撒く。指摘した冥も相対した孤屠も巻き込んだ香が、周囲を狂わす。
すぐに牧が、禍乱花めがけて轟々雷々を投げつけた。派手な爆音を聞き、牧が次に綴るのは。
「目標には達しています、機を逸さないよう!」
声東撃西の東。軍勢の気を長く引き付ける務めは果たした。
爆音の直後に、孤屠も再び血の幕をたなびかせて、瞼を閉じてもわかるぐらいの赤で後ろを飾る。
紗那が口笛ひとつ吹けば、退路へ飛ばしていた梟が戻る。
「すたこらさっさですのよ! ほら雑賀……」
肩を貸そうとしたものの、雑賀は姉の手を無言で押し返した。陣頭指揮を取る立場の彼が、弱々しい姿で帰路につくわけにもいかないのだろう。痛みに堪えているのが姉には解っても、それを表沙汰になどできやしない。
だから紗那は、前だけを見つめることにした。
「奮闘したのう、しっかりせんか」
自力で走れぬリゲルを瑞鬼が支える。
「援護は任せて!」
「こっちも続く。振り向かず行くんだ」
オデットとカイトも皆へ呼びかけ、迫る敵を押し返す。
やがて華やかなステップで敵を刺したアーマデルが、もんどり打つ冥を捨て置き、こう告げる。
「うまくいったんじゃないかな」
終わりを報せる彼の一言が、仲間たちの背にひとしお沁みた。
浅き夢を無へと帰すのは、今日ではない。
神使を女は追わなかった。代わりにあえかな声で、ごめんなさいね、と我が子へ呟く。
すべてはひとひらの夢。一夜にして葬られた、果てのない情が見せた闇だ。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした!
友軍も含め、細かい点まで考えて頂きありがとうございました。
それと数々の光と音があがり、鬼花火もびっくりの華やかさでした。
ご参加いただき、誠にありがとうございました。
またご縁がございましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
お世話になっております。棟方ろかです。
●目標
・派手に暴れ回り、多くの敵をこの場に引き付けて倒す
・最低15ターンは戦い続ける
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
●状況
門まで続く広い一本道。両脇に高い塀があるぐらいで、障害物はありません。
鬼火は散開していて、門を守るように『冥』4体が布陣。
それよりも前方(イレギュラーズ側)に、もう2体の『冥』と禍乱花がいます。
●敵
・禍乱花(カランカ)×1体
八百万。複製肉腫で、今のところは感染前の意識を保っていますが、狂っています。
防御技術が特に優れており、常に纏っていて消えない邪気は【反】効果あり。
攻撃技は二つ。
一つ、花影縫い。いくつもの簪で、人や影を縫うように刺す。【崩れ】【致命】
二つ、禍香の子。自分の周りへ撒き散らした禍の香気で、心身を侵す。【必殺】
・七扇直轄部隊『冥』×6体(※増援あり!)
禍乱花よりは弱いですが、充分面倒です。
全員片手に龕灯を持ち、もう片方には苦無や寸鉄、微塵などの武器を所持。
攻撃技は二つ。どちらも【識別】ありです。
一つ、呪龕灯。呪われた光を直線状に放つ。【呪い】【ブレイク】
二つ、呪虫獣の術。虫や獣型の闇で単体を襲う。【万能】【崩れ】【ショック】
・鬼花火×20体(※増援あり!)
大呪の影響で凶暴化した妖。そこまで苦労せず倒せますが、数が厄介です。
使用する術は二つ。
一つ、火の影を単体に纏わり付かせる攻撃。【出血】【猛毒】【ブレイク】
一つ、火を分け与えた味方単体(禍乱花、冥も含む)を回復する術。
●NPC(友軍)
特に提案がなければ、『鬼花火』中心に敵を引き受けます。
先日行った鍛練の成果もあって、すぐにやられることもありません。
とはいえイレギュラーズと比べると、どうしても耐久力に欠けます。
・神宮寺 塚都守 雑賀
兵部卿。武芸に優れており、武器は刀。
帝のため、そしてこの国の安寧のために尽くす八百万。
・兵部省所属の八百万や獄人
町の守りに人手を割いているため、ここにいるのは10数名。
刀や槍といった近接武器を使う人もいれば、射手や術士もいます。
それでは、ご武運を。
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