シナリオ詳細
<神逐>人はいさ 心も知らず ふるさとは
オープニング
●
くすくす
くすくすくすくす。
「楽しそうですね」
「え? ええ、うふふ。だって可愛い子が一緒に世界を壊してくれるのですもの」
皆、みんな可愛い子たちだけれど。理不尽な世界は壊れて仕舞えば良い。
うっとりと告げる焔宮 芙蓉にそうですか、と場違いに穏やかな声が返る。その声の主である男──橘・康之は武器を手に立ち上がった。
「またしても不届き者のようだ。御所の警備はどうなっているのでしょうね」
「仕方ない、なんていったらあなたも──『あの人』も渋い顔をするのでしょうけれど、仕方ないと思うわねぇ。だってイレギュラーズですもの」
芙蓉の呟きに、やはり康之は渋い顔をした。仕方ないで片付けられて良い案件ではないからである。例え可能性を秘めたる者たちであっても御所は御所、おいそれと入れてはならないはずだ。
「私などまだ良いでしょう。長胤殿は本当に良いお顔をされませんよ」
やれやれと言いたげな康之は武器を手に立ち上がった。その様子に芙蓉は小さく首を傾げる。
「どこかへ行くのかしらぁ?」
「ええ、貴女とともに不届き者を迎え撃とうかと。そう物見遊山に来られても困るのです」
長胤殿も憂いてしまうでしょうと言う康之。彼は式部省──文官人事・教育等に携わる部署だ──の長であるが、武にも心得があるらしい。そうなの、とほんの少しの笑みを滲ませた芙蓉はそっと彼へ耳打ちした。
「──そんなに人の心配ばかりして。振り回されて。ねえ、振り回す側になってしまえばもっと楽になれるのよぉ?」
人の枷など外してしまえばいいのにと告げる芙蓉に、けれど康之は変わらぬ微笑を浮かべて見せる。
「私は『長胤殿』のつくるカムイグラが見たいのです。そのために振り回されることなど承知の上ですよ」
「……もう。あなたはわたしの言葉に乗せられてくれないのねぇ」
いいわと芙蓉が肩を竦める。そんな彼女にほんの少しばかりの苦笑を混ぜた康之は行きましょうと促した。
「グルルル……」
──その上空からアルペストゥス(p3p000029)が見下ろしていることには、気づかないまま。
●
「これが今回の依頼。大規模になるよ」
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)が情報の記された和紙をイレギュラーズへ渡す。複写はないので回し読みするか、皆で覗き込む必要がありそうだ。
高天京では──否、カムイグラでは呪詛が蔓延し続けていた。中でも強大な呪詛を食い止めんとイレギュラーズたちが動いたが、それでも被害は大きかった。
しかしその結果もあって目覚めた霞帝を味方陣営に引き入れたイレギュラーズたちはつい先日、四神と呼ばれる者の力を借り受けたのである。
歪んだ形で発動した『大呪とけがれ』がカムイグラの守護神を暴走させようと苦しめている。このままではかの神の叫びがカムイグラを滅ぼしかねないが故に、高天御所へ封じ込めんとしたのだ。
「封じ込めた『だけ』だけどね」
楽観視はできないとシャルルは呟く。四神の守護が永遠に持つわけもないだろう。ならば今のうちにかの守護神『黄泉津瑞神』をどうにかせねばなるまい。
「グゥ……」
カムイグラの上空を飛んだアルペストゥスもその姿を見たらしい。高天御所の屋根にいる大きな犬の姿は嫌でも目に入るだろう。
「どうにか……というか、神さまだから鎮めないといけないんだけど。どう考えても邪魔をしてくる人はいるよね」
自分たちはそちらの対処に回るのだ、とシャルルは告げた。呪詛もこれ以上蔓延させるわけにはいかず、魔種たちも野放しにはできない。シャルルたちだけではなく、各所でもイレギュラーズが動き始めているはずだ。
「アルペストゥスが先に調べてきてくれてるんだ。これを元に進もう」
シャルルが皆へ見せたのは高天御所の見取り図らしきもの。空から見た図のようだから、もしかしたら誰かがアルペストゥスに乗るなりして書いたのかもしれない。そのうちの一角をシャルルが指差した。
「ここだよね?」
「グルル」
示されたアルペストゥスが頷く。ここから『良くないモノ』の気配を感じ取ったのだという。一概に言ってしまうなら御所はどこもかしこも良くないモノだらけだろうが、彼が示したということはそれが特異なモノ──以前感じた覚えがあるとか──なのだろう。例えば、以前戦った魔種だとか。
「魔種……焔宮 芙蓉」
焔宮の一族にして魔種化した焔宮 鳴の母。以前交戦し、取り逃がした相手だ。
「……そういえば、前回タイミングよく現れた式部省のトップも良くない噂があってね」
式部省の長『橘・康之』。彼は穏やかな気性で『霞帝派』であったという。けれども近頃は『長胤派』なのではないかと密かに噂が出回っているそうだ。穏やかな気性は変わらずであるが、その政策は徐々に偏っているのだと。そして彼の元で働く者たちも康之に賛同しているらしい。
前回の現れたタイミングからしても、おそらく味方ではないだろう。
「何か仕掛けてくるかもしれない。気をつけていこう」
皆の視線は禍々しき妖怪城──高天御所へと向けられた。
- <神逐>人はいさ 心も知らず ふるさとはLv:15以上完了
- GM名愁
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年11月18日 22時20分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(10人)
リプレイ
●
今や魔種や肉腫、そして凶暴化した妖たちが跋扈する高天御所――その暗い廊下をイレギュラーズたちは走っていた。方角が良ければ月の光も差し、天守閣の上に座す黄泉津瑞神を垣間見ることもできたのだろうが、今ばかりはそれも叶わない。
(このままカムイグラを滅ぼさせるわけにはいかない)
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は皆に歩調を合わせながらも毅然と前を向く。あとどれだけ時間が残っているのかなどと考える暇があるのなら足を動かし手を動かし、少しでも未来の可能性を繋ぐのだ。
(『おかあさん』の言葉だったから、応えてしまったのかしら)
『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)はその後に続きながらもこの場に居ない、もう戻ってこないだろう少女に想いを馳せる。
人の心は移ろいやすい。そう言われるし、知っているつもりではあった。それでもこうした事態に直面すれば何とも言えぬ物悲しさはある。
それでも、まだ――立ち止まれない。為すべきことは残されているのだ。
胡桃の視界は皆より見える方で、故に正面から向かってくる人影も誰より先に見通した。
「皆、前から誰かくるの」
「足音も複数あるみたい。皆、気を付けて」
胡桃と『緋色の翼と共に』リトル・リリー(p3p000955)の言葉に一同は警戒を強める。元より隠れるつもりは毛頭ない。戦って突破するか、無害な一般人であれば見逃すか。けれどもその姿が近づくと、『煌雷竜』アルペストゥス(p3p000029)は低く唸りを上げた。
「――貴殿らは誰の許しを得てここまで侵入した?」
そこにいるのは帯刀した1人の男――名を、橘・康之。
「……グラァウ……!」
アルペストゥスが牙をむき出し、深く深く息を吐き零す。ああ、ゆがみのけはい。『あのひと』ほどではないけれど、このひともゆがんでいる。
彼と、そして他の幾人かを見た康之は瞳を眇めた。それは以前この高天御所に乗り込んできた者たちで、ほんの少しは互いに顔を見たはずだ。最もあの時は焔宮の血縁が捕縛されている間に逃げてしまったのだが。
「ぬけぬけと戻ってくるとは、罪深いことです。貴殿らには流刑など生ぬるいのでしょうね」
「ええ、本当に――悪い子たちねぇ?」
はっとイレギュラーズが振り向けば、ぽうと狐火が揺らめく。そこにはかつてイレギュラーズが交戦したことのある魔種、焔宮 芙蓉が佇んでいた。その前には役人だろう、10名ほどの警邏が刀や槍などの武器を持って構えている。どういった関係であるか正確には測りかねるが――共謀していることは間違いない。
「――以前、会ったね」
『黄龍の朋友候補』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は芙蓉の姿を認めて大剣を握る。アクアマリンの瞳が細められた。芙蓉は彼女の姿を見て殊更嬉しそうに微笑む。
「お母さんに会いに来てくれたの? 嬉しいわぁ」
その言葉に幻が「なんて都合の良い」とこぼし、顔を歪める。けれどシキは頷いて剣を構えた。
「そう、会いに来たんだ。今度こそ首を貰ってゆくよ」
死刑執行人――処刑人として、2度もその首を逃すわけにはいかない。これ以上の被害も出させないのだ。
「芙蓉と康之のおでましだねっ。警邏が多いけど……全部倒せば変わらないよね」
「ええ。無粋なお客様にはステージから降りて頂きましょう。そう――どんな強いお客様でもね」
リリーに頷いた幻の奇術が広がる。いや、広がったと思ったのはそれに包まれた芙蓉だけだったかもしれない。目を見開いた芙蓉の瞳が数度、現と夢に入り混じる。
「あ……っ、わたしの子供はどこ? どこにやってしまったの?」
「いませんよ、芙蓉様。僕、貴女のような方が大嫌いなんです」
彼女が見たものは『愛する子供』であったらしい。ステッキを手に幻は冷たく言い放つ。
全てを分かったような気になって、上からの物言いで。その唇から滑り出す甘言で人々を惑わし、誘い、堕としていく。彼女によって幻の仲間でもあったイレギュラーズ――そして彼女の『娘』であった少女――焔宮 鳴もまた、堕とされた。
「ああ、わたしの可愛い子。そこにいるじゃない」
芙蓉が幻の事を見て心底安堵したように微笑みを浮かべる。本当に『心の底から』思っているのだ。
「バカですね。ただの悪酔いを自分の信念だと信じるなんて」
「まあ……お母さんに向かってそんな口のきき方をしては駄目よ?」
小さく眉を寄せた芙蓉から蔦が一直線に突いてくる。けれどもそれより早く幻ははるか後方へ。空想を現実へ呼び出そうとしたが――。
「待てぇっ!」
「逃すな!!」
警邏たちが全力で追い上げ、更にと手を伸ばす。それは追い上げてきたすべてではなかったが、払いのけるには数が多い。
(具現化する暇もありませんか)
幻は顔を顰めながらもしっかりとステッキを握った。その頬を熱風が不意に撫でる。
味方を巻き込まないようにと胡桃は炎の旋風で警邏を包んだ。炎は建物を舐めるように伝ったが、未だ燻る程度で火の移りは悪いらしい。けれどそれとて、幾度も試せば変わってくる。木材は火に炙られてより乾燥し、少しずつではあるが燃えだすのだ。
「マッチョの群れって嫌いなんだけどなあ」
『言の葉に乗せて』朔・ニーティア(p3p008867)は結界術で敵を捕らえんとしながらその射程外へと逃れる。されど相手も足のある相手、逃げられれば追うもの。一部の警邏が朔を逃がさまいと槍を振り上げ、さらに康之が肉薄してくる。その攻撃を真っ向から受けながら朔は口を開いた。
「康之さんはどうして『長胤派』に乗り換えたんだい?」
――本当は聞くつもりもなかったのだが。聞けるほどに近くまで来られてしまったのならば、折角だからと問うてみたのだ。明らかに味方ではないが、律儀に康之は問いへ返す。
「乗り換えたなどと、人聞きの悪い。長胤殿の考えが素晴らしいと思いなおしたからに決まっているでしょう」
その考えがどうして素晴らしいと思ったのか、などと度重ねて聞く暇はなく。朔は不可思議な力に押され、大きく跳躍してかの攻撃を逃れた。
「やれやれ。私の生まれ育った場所じゃあよくあるもんなのに」
角も尻尾も大したものではない。そういったものに固執して差別するこのカムイグラは何処か異様なものに見えた。そこに見え隠れしているであろう『人の心』は朔にとって理解し難いものかもしれない。けれど少なくとも、目の前の者たちが人の道から踏み外そうとして――あるいは既に踏み外して――いるというのは心が分からずとも理解できる。
「すまない、遅れた」
不意に大柄な背が朔の前へ現れた。『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)だ。敵の手はリリーへ向かうかと予想していたがゆえに対応が遅れたが、こうして一度庇った以上はもう傷つけさせない。
エイヴァンは鍛えられた肉体で堅実に受け止め、反撃し、そして自前の回復力で持ちこたえる。すぐさま倒れるほど海洋軍人はヤワではない。けれど向かってくる康之も只者ではない。話に聞く限りは文官の立場だと思われるが、武官と言われても頷くような的確さでエイヴァンを攻め立てる。さらに加勢してくる警邏が邪魔であったが、それを引き剝がさんと『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は警邏たちの懐に入った。
「皆さんのお相手は私が致しましょう」
視線が自らの元へ集まったなら次は幻を追いかける警邏たちへと。けれどもそこへ康之の言葉が響く。
「その程度に惑わされてはなりませんよ」
決して大きくないはずだが通る声は、警邏の幾人かを正気へ戻す。それを見て無量は瞳をすがめた。
(文武両道、周囲への指示も的確ですか)
おおよそ他の者とは一線を画した存在だ。いいや、それとも『複製肉腫』だからだろうか?
ともあれすべきことは変わらない。無量が先に狙うは芙蓉でも康之でもなく周囲で邪魔してくる警邏たちである。
「グラァアアウッ!!」
無量へ引き付けられた警邏へ向けて、邪魔をするなと言わんばかりに聖なる光が瞬く。アルペストゥスの放ったそれに警邏が目元を押さえる中、『Blue Rose』シャルル(p3n000032)は畳みかけるように攻撃を浴びせる。今回彼女はアルペストゥスとともに警邏の数減らしからである。最も、2人とも狙えるのならば芙蓉や康之を狙うのだが。
(あちらは任せて良さそうだ)
エイヴァンと康之から視線を外した『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)は芙蓉へと接敵すべく駆けた。前方で邪魔するように2名の警邏が立ちはだかるが、その程度でジョージは止められない。
熱を四肢に溜め、息を吸い。思考をよりクリアにさせたジョージの猛攻に仲間たちが続いていく。
「豊穣をこんな事にした報いは、受けてもらうよっ。どっちも殺しちゃうからね」
リリーは非常に冷静に――ともすればカイトが違和感を抱くかもしれないほどに――冷静さを持ち、殺す準備を粛々と整える。魔力の代わりに魔法を込めて、それを銃弾として放つ。紫の光を帯びたそれは動きを鈍らせんと芙蓉の元まで真っすぐ飛んでいった。
まずは邪魔な警邏を、と『風読禽』カイト・シャルラハ(p3p000684)の放った火炎旋風が敵を焦がし、傷つける。巻き込むようにして建物の中まで貫いていった旋風は、そこへ雑多に摘まれていた書物や資料などを巻き込んだ。ちりり、と小さく燻る音が聞こえ始める。
イレギュラーズの中でも兎角斬り進んでいるのはシキだった。例え警邏の攻撃を受けたとしても、芙蓉の炎で火傷をしたとしても止まることは無い――否、止まれない。
「止まる訳には、いかない!!」
突き出された刃の切っ先が芙蓉の視線を惑わす。変幻邪剣なその攻撃は的確に首を狙い、芙蓉の薄皮を裂いた。浅くはあるが、シキは止まることなく魔性の一撃を叩き込む。力の配分も自らの身も後回しにした全力の攻撃は、さしもの魔種をも圧倒した。
「っ……お母さん、痛いのは嫌よぉ?」
後退しながら芙蓉が傷口へ植物を這わせていく。しかしシキの後ろからは彼女に続かんと、警邏を退けていくイレギュラーズたちの姿があった。
「その程度で、倒れん!」
警邏たちの放つ攻撃を叩き下ろし、軌道をずらし、また急所に当たらぬよう避けるジョージ。その乱撃が警邏たちを打ち、やがてはその後方から植物を操る芙蓉へと届く。
見えた芙蓉までの道――突破口にカイトは大きく翼を広げ、勢いよく飛び上がる。機動の慣性を刃の如く尖らせ、芙蓉の元へ降り立つと「まあ」と彼女は声を上げた。傷ついた肌を覆うように、彼女の身体を植物が這う。
「可愛い子、来てくれたのねぇ」
「俺はあんたの子じゃねぇぞ。親父もお袋も立派な翼持ちだ」
カイトは見せつけるかの如く紅蓮の翼を広げるが、芙蓉は気に留めてすらいない。いや、それがカイトの翼であると認識できているかも危ういのかもしれない。
「いってらっしゃい。あ、でももう狂ってるだろうから意味ないかな?」
植物の攻撃に巻き込まれぬよう距離をとったリリーの魔術書から、ぶわりと黒い靄が飛び出して形を変える。否、靄から何かが出て来る。狼のような獣へ自らの魔法を纏わせ、リリーは芙蓉の元まで走らせた。すかさずリリーは次の召喚術を行使し、大きな九尾の白狐を向かわせる。これといって普段と変わり映えのない戦い方ではあるが、返せばリリーに合った戦法でもあるということ。ただ――どこか、冴え冴えとしているけれど。
「ボクはずっとこっちで良いんだよね」
「グルゥ」
シャルルの言葉にアルペストゥスは頷く。魔種らを野放しにするわけにはいかず、さりとて警邏も放っておけば邪魔をしてくるだろう。故に、シャルルは無量たちとともに警邏を倒しきるまで戦うこととなる。
「……無理しすぎたら――」
引き付けに回る無量に合わせて敵も動く。そちらへ駆け出しながらシャルルが告げたそれは、途中から風に紛れてしまう様だったけれど。それでもかすかに聞こえ、アルペストゥスは小さく唸りながら標的を芙蓉へ変えた。
自分に何かあったら、あの黄色い毛玉が悲しむらしい。けれども此度は傷を厭っている場合でもなかった。
魔種(ゆがみ)を倒す為ならば、攻撃の手と意志は揺るがない。躊躇いなくアルペストゥスは魔弾を芙蓉めがけて放つ。
現れては消えて。消えては現れて。繰り返される奇術に、されど芙蓉はただただ『子供』たちへと手を伸ばす。
「もう、かくれんぼかしら? 皆、ちょっと待って頂戴。悪い子を叱ってからねぇ」
「芙蓉様――貴女が見ているその夢に、娘さんはいらっしゃいますか?」
幻の言葉に芙蓉はきょとんと目を瞬かせ、不思議そうに首を傾げる。
「夢?」
「ええ。いないのなら、本当に可哀想に」
芙蓉はよく分からないと言うようにしきりに目を瞬かせる。否、本当にわからないのだろう。だって、
「夢なんて見ていないわよぉ。ちゃんとここに皆、いるでしょう?」
「だからてめぇの子ではないが??」
カイトがもはや数度目の訂正を入れているが、今回もきっと聞く耳はないのだろう。彼女は彼女だけの世界に浸っているのだから。
「全く、世知辛いねえ」
ぼやきながら朔は敵を捕らえる結界を張る。やるしかないことは承知している。だからこそ、と言うべきか。自らの意思には関係なく、せねばならないという絶対の言葉で行動を決める。それを世知辛いと言わずしてなんと言おうか。この場所がどこか生まれた土地に似ているのも何かの因果かもしれない。
(……と、もうちょっと下がろうか)
あまりにも近づきすぎれば芙蓉の餌食になりかねない。朔はエイヴァンと示し合わせながら距離を取っていく。
その最中、艦艇用発煙筒を廊下へ転がしたエイヴァン。見渡す限り水はないが、何かの拍子に光って良い光源となるかもしれないと一縷の望みをかけたのだ。
「受けてばかりだと思うなよ……!」
康之へ向き直ったエイヴァンの闘志が、拭えぬ忠誠心が燃える。それに一瞬怯むも、康之とて引くつもりはないだろう。
「こちらとしてはすぐ倒れて頂いても結構ですが」
「ぬかせ!」
康之の刀を鎧で受ける。先ほどよりも至近距離でエイヴァンと康之は睨みあった。
「煙草を吸う暇もないな」
「あら、いいじゃないの。煙草は体に悪いのよぉ? お母さん、貴方が煙草をやめてくれるのなら嬉しいわぁ」
ジョージの言葉に植物を操る芙蓉はにこりと笑う。対してのジョージは顔を歪めた。彼女は誰しもにそのような反応をしているのだろう。自分たちにも、ともすれば康之らにも――魔種と化したあの少女にも。
「次はそなたの番よ」
警邏を倒しきり、胡桃も炎を芙蓉へと向ける。それを見て顔を歪めた芙蓉は同じように焔を作り出した。植物では燃えてしまうと思ったのだろう。
「わたしは燃やすことしかできないけれど、それでもすべきことはあったの。
――そなたの炎を、燃やすわ」
加減をしなければ何もかもを燃やしてしまう胡桃の炎。故に常は燃やさないようにと心掛けなければならないが、返して言えば『焔だって燃やすことができる』のだ。
風が炎を纏い、流し、包み込む。膨れ上がった炎はまた建物へと引火し、一同を照らした。明るすぎる程に明るいソレはぱちぱちと爆ぜ、灯りと同時に熱を持つ。
「燃費の遠慮はしないのよ」
間髪入れず胡桃は火を操り、その性質を変換する。多量のリソースを消費して転換させるは――雷。あたりを雷がほとばしり、芙蓉と康之へ向かっていく。
「花の匂いどころか血の匂いばかり。悲しいねえ」
すん、と鼻をきかせた朔は肩を竦める。自身の血か、仲間の血か、敵の血か――あるいは、その全てか。さらにそこへ火の燃える焦げ臭さが広がっていく。少しずつ広がっていた火は今や煌々と燃え、暗視なくとも相手がはっきり見えるほどの光源となっていた。
胡桃と同タイミングで芙蓉の元へ駆け出した無量は、魔種の前へ立ちはだかってその動きを阻害する。芙蓉は近づいた無量へ手を伸ばした。
「ねえ、あなたもこちら側へいらっしゃいな」
「お断りします」
頬へ触れそうになる芙蓉の手をはたき落とし、無量は毅然と言い放つ。彼女とてわかっているのだろう。こんなもの『呼び声』に遠く及ばない。
彼女が魔種と成り果てた際、想いも信念も記憶すらも落としてしまったのならば。自身の選択で闇に包まれてしまったのならば。そんな彼女に呑まれてやる訳にはいかないのだ。
「我が忌名は『朱呑童子』。その闇、私が呑み干して差し上げる」
それは人の血を啜る悪鬼の名。それを斬り伏せたと伝わる大太刀で無量は鋭くつきあげた。その、後方で。
「グルゥァアア!!」
アルペストゥスの声と共に雷撃がのたうち走る。それは建物の下からも突き出した植物を巻き込み、康之をも巻き込み、されど味方は巻き込まずに一直線へ伸びていく。向かっていく先は『母』だと言う芙蓉の元。
(ぼくにおかあさんはいない)
そう、いるわけもないのだ。もしも、万が一いるとしたって体の大きさを、体のつくりを見比べて欲しい。彼女のように華奢な人間態で、小さくあるはずがないのだから!
「神使とは不思議なものですね」
刀を構えなおした康之は、奇跡の力で立ち上がるエイヴァンに瞳を眇める。
奇跡を起こす可能性を蓄積させ、時としてその欠片を発揮させる――これが『選ばれた者』か、と。最も、だからと言って引く気は毛頭なさそうだが。
「そろそろ倒れてもらうぞ。ここの利己的な政治にももうくれてやる時間はねぇ」
他人を振り回して苦しめて、だというのにそれを見てもいないような政治だとエイヴァンは思っていた。そしてそれは利己的だ、とも。一体そんな政に何の価値があるだろうか。
「では教えて頂きましょうか。一体何をどうすれば利己的でない政治ができると言うのです?」
冴え冴えとした視線がエイヴァンを射る。まるで氷のような、肌に刺さるような――。
(――殺気)
エイヴァンは背後をしっかり守らんと構える。大して康之は構えを変えぬまま、再び口を開いた。
「誰かが幸せを得れば、誰かが不幸を得る。世界とはそういうものなのです。あなたのそれは理想論だ」
たん、と小さく音が鳴る。次の瞬間、エイヴァンは本能で咄嗟に康之の攻撃を受け止める。より研ぎ澄まされた攻撃に鎧が小さくひび割れた。
「もっと遊ぼうぜ。狂気の果て、どこまでもな!」
「ふふ、遊んでくれるのぉ?」
仲間との連鎖行動でカイトはその指先を伸ばし、芙蓉に触れてその精神を歪めんとする。リリーの攻撃もあって今の芙蓉はいくらかその辺りが扱いやすい。気付けば自らを攻撃して不思議そうにしている。それでも芙蓉は花綻ぶような笑顔を見せていたが、それはすぐさま収められることとなった。
「焔宮。あの子と血縁の貴様が、何故ここにいる。何故あの子の傍にいてやらない!!」
ジョージの掌底が芙蓉の体へ響く。よろめいた芙蓉は心底わからないという顔をした。
「どうしてそんなことを言うの? 貴方たちだって、お母さんの大切な子よ?」
「……なるほど。血縁であることすら、分からないか」
誰が本当の子供なのか。誰が本来の子供でないのか。芙蓉にはその区別がつかない。誰も彼もが等しく子供なのだ。そこには相手の想いを汲む気持ちも感じられない。
「ならば出来ることは、貴様を終わらせることだけだ」
捨て子であった己に『母』という生き物の心など理解しようもない。そして子の、娘の生きる道を考えることができない心など理解する必要もない。
鋭い3度の突きが芙蓉を襲う。畳み掛けるようにシキは武器を振り下ろし、さらに胡桃のこやんぱんちが芙蓉へ当たる。さしたる打撃ではないと思うなかれ、芙蓉へと溜め込まれたものがぱんちに触れた途端膨れ上がり、彼女を苛む。
「……っ」
一瞬顔を歪めた芙蓉は、しかしすぐさま反撃に出る。床を突き抜けた植物がイレギュラーズたちを傷つけ、うねうねと伸び上がった。しかしそれをはたき落さん勢いでリリーの召喚獣が向かっていく。
「報いを受ける覚悟はあるよね? これだけのことをしているんだもん」
リリーの瞳に殺意が揺らぐ。だと言うのに激情へ流されるわけでもないから、普段の彼女を知る者にとっては違和感がぬぐえないのだろう。『リリーらしくない』と。その理由は――。
(仲間が魔種になったこと……か? いや、当てずっぽうだが)
カイトは彼女の様子に目を細め、しかし今はそれどころでないと武器を向ける。
「お前みたいなやつは野放しにできないんだ。枯れ木らしく、次の命の糧になれ!」
カイトの攻勢に仲間が続き、少しずつでも確実にダメージを与えていく。アルペストゥスは唸りを上げ、ぶわりと翼を広げると芙蓉めがけて飛び込んだ。
自分より小さな、本当に彼女が母であった少女はもうアルペストゥスたちの元にはいない。あの子のような存在も、芙蓉のような存在も2度と現れてはいけないのだ。これ以上の連鎖を止めるために――若き古代竜はその牙を剥いた。
「――!!!」
芙蓉の悲鳴が上がる。ぼたぼたと落ちる多量の鮮血は、色の悪い肌を更に悪くさせる様だ。そしてびちゃり、とひときわ大きな音を立ててナニカが転がった。
「痛い……痛いわぁ……こんな、どうして」
「自分が滅茶苦茶にされるとは思ってなかった? まぁ、そんなこと言わせないけど」
腕を押さえる芙蓉へリリーが冷酷に告げる。無量は続けて静かに問うた。
「分かりませんか。我々は貴女とひとつにならなくとも十分な力を持っている」
大太刀を軽々と操る無量に、しかし芙蓉はゆるりと首を振る。彼女から延びていく植物はともすればイレギュラーズを捕らえてしまいそうで、無量たちはそれを力技で薙ぎ払った。
「どうしてわかってくれないの? お母さんと一緒に居ないと怖くて苦しいのよ。この世界は壊れてしまうのだから」
「そうならないために、俺達がいる」
ジョージの言葉にやはり芙蓉は首を振る。まるで駄々をこねる子供のようだ。
「いいえ、壊れるの。壊してしまうのよぉ」
「壊してしまう……? 何故?」
攻撃と共に言葉でも畳みかける無量。誰もを『子供』だと、そう愛しておきながらその子供らが生きる世界は壊すというのか。
「お母さんねぇ――怒ってるの。皆のことは愛してるわぁ。でも、この世界は嫌いなのよぉ」
「君の怒りは一緒に連れて行くよ。私が絶対、覚えてる」
忘れる訳もないとシキは告げる。
あの時、目の前で仲間を連れて行かれた瞬間。何もできない自身に、思うようにならない現実に、身の内から沸き上がった熱に呑まれそうになった。
シキは初めて『怒り』を感じて――知ったのだ。
だからそれを教えてくれた芙蓉の怒りと共に、ずっと覚えていよう。だからこれ以上世界を壊そうとする必要はないのだとシキは大剣を向けた。
「可愛い子、ありがとうねぇ。……でも、ダメよ」
芙蓉はシキの攻撃を受け止め、小さく囁いた。『怒りは自分だけのものなのよ』と。
不意にドン、と衝撃が走る。誰もに響いたそれの震源地は立っている場所より下――。
「皆様、こちらへ!」
はるか後方へ退いていた幻が叫ぶ。前線のイレギュラーズたちが後退すると同時、大きく火柱が上がった。
「芙蓉さん!」
「康之もあちらか」
無量とエイヴァンが火柱の向こうを見る。すぐさまやんだ火柱は、しかし建物自体に大きく影響を与えた。元よりイレギュラーズたちによって燃やされていたこともあってか火は容易に移る。そしてまるで陣を真っ二つに分けるかのように煌々と燃え盛り、これ以上の経戦は双方にとって危ないことは誰から見ても明白。加えて、火事の気配で人が集まってきそうだ。
康之も着物の袂で口元を覆いながら芙蓉を振り返った。――が。
「芙蓉殿?」
彼から見ても、イレギュラーズから見ても芙蓉の様子はおかしかった。魅入られるように燃える建物を眺め続け、そこから1歩たりとも動こうとしない。
「今なら――」
「待って」
武器を握ったシキをリリーが呼び止める。同時、微かに軋んでいた柱がとうとう燃え落ちてイレギュラーズのすぐ前に倒れてきた。このままでは建物の下敷きになりかねない。
「私は退散させて頂きますよ」
康之が踵を返し、炎の壁を挟んでイレギュラーズと反対側へ駆けていく。イレギュラーズは燃え広がる炎に追いかけることもままならず、そしてこれ以上居続けても取り残されかねない危険を上げるだけだった。
「芙蓉さんは……」
「行きましょう。あの方がここを死に場所としたいなら、好きにさせれば良い」
シキを幻が促す。その間も建物の真ん中で芙蓉はただ佇んでいた。
ああ、あの首を刈り取ってやるつもりだったのに。そう凝視していたシキはふと彼女の唇が動いていることに気付く。
(何か、言ってる……?)
しかし気づいたところで聞こえる訳もなく。イレギュラーズたちは芙蓉が動かぬ様を見ながら撤退して――1棟が全焼する様まで見届ける。
最後まで、芙蓉が出て来る様子はなかった。
●
ぱちぱちと、燃えていた。
魅入った芙蓉が今立っているのは式部省の建物なのか、それとも『あの時』の屋敷なのか。燃え盛る建物は子供の記憶を曖昧にして尚、芙蓉の脳裏にこびりつく記憶のひとつ。
「子供たちを」
芙蓉は呟いた。だって、見えているものは全て『子供』なのだ。そこに倒れている警邏たちだって芙蓉にとっては子供。
子供は愛するもの。
子供は守るもの。
「守らなくちゃ」
芙蓉の声に呼応して、彼女の体から植物が伸び始める。それは警邏たちを芙蓉のもとまで引き寄せ、包み込むように枝葉を広げた。
「もう、大丈夫。お母さんが守ってあげる」
だから、ひとつになりましょうね。
警邏たちを吸収し、芙蓉は自らの身を抱きしめた。ああ、これで大丈夫。『あの時』と同じにはならない。
燃えかけたものがバラバラと落ち、なお燃え盛る室内で――芙蓉は笑っていた。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
芙蓉は炎に呑まれたようです。その生死は定かでありませんが……一先ずは、お疲れ様でした。
MVPは怒りを知った貴女へ。
またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件
焔宮 芙蓉の撃退、あるいは撃破
橘・康之の撃退、あるいは撃破
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気をつけてください。
●前提
芙蓉と康之と遭遇する少し前からリプレイは開始します。前準備などはできません。
●焔宮 芙蓉
焔宮家前当主であり、焔宮 鳴さんの母であり、魔種です。蒼白の肌とくすんだ髪や耳尻尾、そして服の裾から見える木々の枝が特徴的です。
随分と若い姿は反転の影響によるものでしょう。誰も彼もを『我が子』として見ており、若干話が通じないように感じるかもしれません。
炎を操る他、植物を操る魔術にも長けています。神秘型としてかなり強力です。特に植物操作は自らから伸ばすだけでなく、中距離レンジ程度までの接触していない場所へも行使できるようです。
●橘・康之
たちばな・やすゆき。式部省の長です。
元は霞帝の持ち物から生まれたヤオヨロズだそうで、穏やかな気性で物腰も柔らかい人物でした。
現在は表面上の変化はなくも、政策が徐々に『長胤派』の思想へ傾いており、教育的な側面でゼノポルタは差別される傾向にあるようです。
彼の下にいる多くの者も同じ思想を抱いています。
もはや今更とでも言うように芙蓉とともに行動しています。魔種らしき気配ではありませんが、敵です。
役人ながらも武の心得があり、刀でイレギュラーズに向かってきます。命中回避に長けている反面、基本的な攻撃力としてはそこまででもありません。
HPの低い者から狙います。
●警邏たち×10
式部省で働く者たち。橘の部下です。橘と同じような状態にあると思って良いでしょう。
彼らは橘ほどの強さもありませんが、数の利で押してきます。防御技術の低いPCから狙います。
近〜中距離レンジです。
●フィールド
高天御所。式部省の敷地内のようです。足元に障害はありませんが、廊下は横幅があまりありません。部屋に入るとそこそこな広さですが、それなりに色んなものがごちゃごちゃしています。
いずれにしても光源が必要な暗さです。
●NPC
『Blue Rose』シャルル(p3n000032)
旅人の少女。中〜遠距離の神秘型アタッカーです。回復はできません。防御技術は低くもなく高くもなく、という程度。
皆様の指示に従い、特になければ式部省の役人を相手します。
●ご挨拶
愁です。橘の担当です。
為すべきことを為すために、邪魔をしてくるモノは退けてしまいましょう。
それでは、ご縁がございましたらよろしくお願い致します。
●Denger!!
このシナリオでは『原罪の呼び声』の影響を受ける可能性があります。
承知の上ご参加ください。
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