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シナリオ詳細

さるむこ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●どこにでもありそうな事情
 困るのだ。狐憑きがいなければ。
 村の行事のたびにタダ働きをさせることも、肥溜めに落として頭を踏んでかわいがることも、欲を持て余した若い衆の生贄にすることも、できなくなるではないか。
 その点、おみやはいい女だ。あれには何をしてもいいと子どもでも知っている。何せ狐が憑いていると普段からよくわからせてやっているから、村に棲ませてもらっているだけでもありがたいと思っている。
 あれの母親はいまひとつだった。狐憑きの家系というだけですべて諦めて唯々諾々と従わねばならないのに、事あるごとに反抗して狂を発した。腹におみやができた時には村を出ていこうとすらした。恩知らずの身の程知らず。これだから狐憑きは。

●おみやという女
 先日、父のわからぬ子を産んだ。死産だったといえばそうなる。
 重い腹をひきずって男衆に交じって村の苦役を勤めていたら産気づいた。小屋にも入れてもらえず、物影で産み落とした子どもはその場で若い衆から毬がわりにぼてくりまわされた。
 血まみれの半身が見苦しいと女衆に後ろ指をさされ、激痛をこらえながらなんとか一日分の仕事を終え、なけなしの賃金を受け取りあばら家へ戻った。
 とにかく腹が減って死にそうだったから、薄い芋粥へ火を入れて口にした。温かいそれが喉を通って腹に染み渡ったとたん、涙がどおっとあふれ出てきた。
 無表情のまま涙だけ流して芋粥をすすり、夜半になってやっと汚れた着物と体を川へ清めに行った。それからかぼそい月明かりを頼りに我が子を探しに行った。ボロ雑巾になった我が子を拾い上げて、ああもう一度着物を洗わないとと思った。狐憑きの家に生まれた人間は、村の墓地には入れない。だから河原を掘って石を積んで済ませた。おみやの父も母もその前もその前も、このあたりに眠っているはずだ。
 おみやがあばらやへ戻ると、不思議なことに血にまみれていたはずの部屋の中はきれいに掃除されており、土間にはアケビやイチイ、オニグルミ、そして傷に効く薬草がどっさりと置かれていた。いつものことなので、特に感慨は起きなかった。自分に狐が憑いているというのなら、その狐が宿主を活かすためにやっているのだろうとも。幼い頃はこんなことしてくれなくていいから去ってほしいと真剣に神へ願ったものだが、現実が見えてくると受け入れるしかなかった。おみやはよく熟れて赤紫になったアケビを手に取り、一口食べた。甘味は疲れきった彼女を労わるように舌の上に広がっていく。いつしかおみやは土間に倒れ伏していた。

●それはゆめのような
 気絶するように眠り込んでいたおみやは、頬をぺしぺしと叩かれて目を開けた。そこには陣羽織を着こんだ三匹の小猿がかしこまっていた。
「ひめさま、長らくお待たせいたしました」
「われらの殿が大願かなって仙力をえました」
「これもすべてはひめをお迎えするため」
 小猿は交互にしゃべりたてた。
「一週間後、婚礼の宴が整いました日に殿自らひめさまをお迎えにあがります」
「新居もできておりますぞ」
「これまでのように見守るだけでなくなるのです」
 おみやはわけがわからずぼんやりと聞いていた。夢としか思えず自分で自分の頬をつねる。小猿たちはきゃっきゃと笑った。
「さてはゆめまぼろしと思っておりますな」
「これはれっきとした現実でございます」
「嘘だと思うならばこの扇子をご覧くだされ」
 おみやは手書きの絵の入った豪華な扇子を小猿から受け取った。人の身よりも二回りは大きな猿が八百万の娘に求婚している絵だ。すらすらと流麗な字で書かれているのはなんだろう。
「ははあ、さてはひめさま、字が読めませぬな」
「娘の命が可愛可愛と、書かれておりまする」
「殿はひめさまとの婚礼を一日千秋の思いで待っておりました」
「それだけではありませぬぞ」
「この山の幸も薬草も」
「ひめさまが飢えてしまわれるのがしのびないと」
「殿が届けさせていたものなのです」
 おみやは頭を棒で殴られたような衝撃を受けた。狐の仕業と思っていたが、まさか正体は猿だったとは。そして小猿たちが言う「殿」とはまさか……。
「『コロ』のことなの?」
 まだ母が健在で、おみやが物心ついて間もないころ、けがをした小猿を拾ったことがある。
 頭から背中にかけて銀色の毛が生えている不思議な小猿だった。おみやは母の許しを得て、けがの手当てをし、同じ茶碗から飯を食べさせてやった。一月ほども一緒に暮らしていただろうか。すっかりなついてしまったけれど、猿には猿の国があるからと母に諭され、山へ返した。小猿は何度も何度も振り返りながら藪へ分け入っていたのを覚えている。その小猿の名前が「コロ」だった。
 そういえばその頃から、土間に置き土産が届くようになった気がする。
「コロ、おまえだったのね……」
 ささくれていたお宮の心に、ろうそくのような安らぎが灯った。安堵と疲労からまたまぶたが重くなっていく。小猿たちは上機嫌で踊りながら歌う。
「白羽の矢を立てまする」
「ひめさまをお迎えする証に」
「ゆめお忘れなきよう」

●ローレット支部にて
「……さるむこが出た?」
『無口な雄弁』リリコ(p3n000096)は首をかしげた。なんのことかわからなかったからだ。
「案内人のくせに猿婿も知らんのか!」
 突然怒鳴りつけられ、リリコはびくりと体を震わせた。
 こみあげてきた恐怖を押し殺し、リリコは依頼人をしげしげと見つめた。依頼人は二人。村長と若い娘。村長はよそ行きの羽織姿だが、流行遅れの型と模様を見ればふんぞりかえっているよりは野良仕事に精を出すほうが多いのだと知れる。口より先に手が出るタイプのようだ。
 娘は暗い顔をした無口な女で、おみやという名だそうだ。常に村長の顔色を窺っており、寸法の合ってない晴着からは、てくびやくるぶしが丸見えだった。日に焼けた肌は浅黒く、細すぎる手足をさらに細く見せてみる。その手でまるで村長から守るように、白羽の矢を握りこんでいる。
「リリコ、このお話は僕が聞いてもいいかな」
『孤児院最年長』ベネラー (p3n000140)が柔らかい声音でそう申し出た。
 妹分から資料を受け取ると、ベネラーは奥の部屋へ依頼人ふたりを連れて行き、人払いをした。
 依頼人へ茶を進めると、村長はがぶがぶと飲み干し、おみやは手も付けない。
「猿婿。猿でありながらニンゲン、この場合はおみやさんという菜の花のヤオヨロズを娶ろうとする蛮族の一種ですね」
 ベネラーがそう言うと村長は重々しくうなずいた。
「うむ、さっきのガキよりは話がわかるようだな。高貴な八百万が畜生と通じるなどあってはならん、村の恥だ」
「それで、御用件は?」
「神使殿にはこの猿こと、コロを討ってもらいたい」
「わかりました」
 おみやの肩が弾かれたように震えた。
「あの、あのお願いします。コロの命だけはとらないで……」
「おみや! まだそんなことを言っとるのか! おまえが猿婿の嫁に選ばれたんだぞ、もっと恥を知れ! 妙な夢は見るな! おまえの行先はあの村以外どこにもない!」
「依頼人さん、ここ、壁が薄いので」
 軽くけん制を投げかけたが、村長は怒鳴り散らすのに夢中で気づいていなかった。
「おまえはな、狐憑きなんだぞ! もう村に残ってるのはおまえしかおらんのだ! 出ていかれては困る!」
 そこまで叫んだところで、しまったと言いたげに村長は口元をぬぐった。
「小僧、狐憑きのことを」
「存じません」
「そうか、ならいい」
 ――狐憑き。使い魔の一種である。狐憑きの家系は富を得る代わりに周囲から忌まれる。だが時に厄介ごとを押し付け正当化するために狐憑きの汚名をかぶせる時もある。おみやの場合は、後者だろう。
 そこまで判断したうえで、ベネラーは首を横に振った。今必要なのはこの難しい依頼人から少しでも多く情報を得ることだ。あえて話を元に戻す。
「猿婿は娶ると決めた娘の家に白羽の矢を立てると聞きました。もしかして、お嬢さんがお持ちなのはその矢でしょうか」
「そのとおり。なのにこいつときたら肌身離さず持ち歩いて、ただでさえ村の穀潰しだというのに。態度も反抗的になりおって、母親に似てきたわい」
「コロについて何かご存じでしょうか」
「いいや、わからん。当の本人であるおみやでさえ見ちゃおらんからな。まあ所詮は畜生、たいした敵ではあるまいよ」
「……」
 おみやは唇を噛んで黙り込んでいる。難しいのはこちらのほうかもしれないとベネラーは彼女へ水を向けた。
「猿婿の命だけは取らないでほしいということでしたね。理由をお聞きしてもいいでしょうか」
「……」
 沈黙を貫くおみや。
「化生は執念深いものです。命を助ければ再びあなたをさらう機会を狙うでしょう。猿の妻になりたいのですか?」
「……なりたく、ないです。私は、狐憑き、そのうえ畜生の嫁になるなんて……いや、です」
 おみやの声は平べったく台本を読み上げているようで、言わされている、そんな気がした。
「とにかく!」
 村長が机を叩いた。
「ただでさえ猿婿が出て顔から火が出る思いをしている。そのうえこの娘は村にはなくてはならん存在だ。二度とこんなことが起きんよう、コロを討ってさらし首にしてやらにゃいかん。以上だ! 金は払う! 村の事情には首を突っ込むな、いいな!」
 ベネラーはノートにペンを走らせながら、わかりましたとだけつぶやいた。

 依頼人たちが出て行った後、ベネラーは隣の部屋へ入っていった。そこでソファに腰かけて足を組んでいたあなたへ問いかける。
「いかがでしょうか。あなたはこの依頼を受けてもいいし、受けなくてもいい」
 壁が薄いのは嘘ではなかった。依頼人とベネラーの詳細なやり取りをあなたは聞いていた。
 あなたは腕を組み、そして……。

GMコメント

みどりです。猿婿の話を初めて聞いた時はあまりの理不尽さに宇宙猫になったのを覚えています。

このシナリオの動線は2本あります。どちらにするかは話し合いで決めるのがおすすめですが強制はしません。
ひとつめ)村長の指示に従いコロを討つ→豊穣名声が上がります
ふたつめ)村人の邪魔を廃し、コロがおみやをさらうのを見逃す→豊穣悪名が上がります

●エネミー?
コロ
身の丈3mはある大猿です。全身銀の毛並みに覆われており、いずれは山の主になるでしょう。
しゃべることはできませんが知能が高く言葉は理解しており、交渉の余地があります。ただ最初の3Tはあなたたちを含むニンゲンすべてを敵視していますので交戦しなくてはなりません。
防技と抵抗そしてHPが高いタンク型ですが、至近物理攻撃力も非常に高く侮れません。BSは使いません。

小猿×3
コロの家来でその意思に従います。語学は堪能なようです。
反応が高く連鎖行動をとる場合があります。神秘攻撃力が高く、命中回避に優れます。
R2貫攻撃の持ち主であり、封印、氷結系、ショック系など多彩なBSを使用してきます。

●特記事項
村長×1 村人×20
 ひとつめの場合はイレギュラーズがコロを討ち取るまで見守っています。あなたたちを信用していないのです。R4のスキルを使用すると巻き込む可能性大。正直言って邪魔ですが仕方ありません。
 ふたつめの場合はイレギュラーズの敵として立ちはだかります。鋤や鍬などR1武器で武装しており、ひとりひとりはそう強くはありませんが数に任せて押してきます。出血系のBSを使用してきます。

おみや
 狐憑きの家系と言うだけで惨い扱いを村人から受けてきました。最初は村人に交じって戦いを見守っていますが、流れによっては何をするか見当がつきません。あんまりいいことでないのは確かです。

●戦場
おみやの家近辺
 深夜 視界および命中・回避ペナルティあり
 足元ペナルティ特になし

●注意事項
 この依頼は『悪属性依頼』です。
 シナリオの結果によっては、『豊穣』における名声がマイナスされます。
 又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • さるむこ完了
  • GM名赤白みどり
  • 種別通常(悪)
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年10月25日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
優しき咆哮
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
橋場・ステラ(p3p008617)
夜を裂く星
陰陽 秘巫(p3p008761)
神使
17(p3p008904)
首狩り奴隷令嬢
シセラ・デュセス(p3p009105)
宵闇の調べ

リプレイ


『豪華客船の警備隊』バルガル・ミフィスト(p3p007978)の持ち込んだ物に、村人は警戒もあらわに問いかけた。それはなんだと。
「ああ、これはですね。おみやさんでしたっけ。あのお嬢さんがあなた方を害することもあるかもしれないとですね、そういう万が一に備えての足ですよ」
 バルガルは艶光るバイクを近くの家の壁際へ駐車し、むしろをかぶせた。あの女にそんな度胸があるものかと、村人はせせら笑う。
「神使だってのに臆病だな」
 向けられた侮辱をバルガルは涼しい顔で受け流した。元の世界で受けた色々に比べれば蚊に刺されたほどですらない。そのまま彼が仲間の所へ赴こうとした時だった。巨大な破壊音が耳を打ったのは。
「猿婿が出たぞ!」
 村人が叫びをあげてこちらへ逃げてくる。『赤と黒の狭間で』恋屍・愛無(p3p007296)は女子どもから背中に固まられて身動きがとれなくなるところだった。
「あんた神使なんだろ? あたしらを守っておくれよ!」
「……なるほど、とっさに強そうな存在をかぎわけるその嗅覚、とでも呼ぶべきか。僕は比較的弱そうに擬態しているのだがわかる人にはわかるという事だろうか。興味深い」
「ごちゃごちゃ言ってないで早く!」
 愛無は女子どもを下がらせ、自由の身になった。目の前のおみやの家だったあばら家からもうもうと土煙が立ち上っている。その中から姿を現したのは……。
「『コロ』」
 白銀の毛皮に覆われた大猿だった。陣羽織を着た小猿を三匹肩に乗せている。『宵闇の調べ』シセラ・デュセス(p3p009105)は両手を広げた。敵意はないのだと伝えたかった。
「おこったのね、コロ。そこに、おみやさんは、いません。おみやさんは、むこうです」
 指差した先、村長に背後から抱きすくめられるようにして、おみやは立っていた。大きな瞳からは涙がこぼれていた。
「コロ、本当に、来てくれたのね……」
「ええい黙れおみや! 神使ども、やってしまえい!」
「『ども』ですか。助けを欲したのはそちらでしょう。普段から人間を人間扱いしていないと、そうなってしまうのかもしれませね」
『ジョーンシトロンの一閃』橋場・ステラ(p3p008617)は鋭い視線を村長へ投げかけた。途端に萎縮する村長に胸のつかえが少々下りた気がした。
(弱い犬ほど良く吠えるとは、よく言ったものです)
 ステラはさて、と己の獲物に手をかけた。コロが村中に響くような声で遠吠えをした。そのまままっすぐにおみやめがけて四つ足で走ってくる。悲鳴をあげる村人たち。だが『神使』陰陽 秘巫(p3p008761)がその前に立った。
「堪忍な、ちと冷静になってもらわんとあかんのよ。ヒトの体は鬼と違ってやわこいからなあ。今の汝(あなた)じゃ抱きつぶしてしまうわ」
 まるで倒れこむようにコロへ向かっていく秘巫。その体をコロの一撃が襲った。胸元をえぐる強烈な爪痕。しかしすぐにぷくぷくと肉が盛り上がっていく。村人がざわざわ騒ぎ出した。目の前で起きた秘巫の異能に怖れをなしたのだろう。
 次の瞬間、処刑刀が青い炎をあげてコロへ反撃した。『黄龍の朋友候補』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)だった。コロが吠えたくり、シキへ向かう。秘巫にかばわれながら、シキは思いのほか優しく笑った。
「コロ、待っていたよ。だからまずは落ち着いて欲しい」
 まだ雨音は聞こえない。これは処刑ではない、ただの戯れだからだ。
『蛇霊暴乱』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)も呟く。
「まずはぱあっと戦って。村人から妙な疑いを持たれないようにしておくか」
 ちらりと気にするのは背。後ろから無数の視線がアーマデルの一挙一動を監視している。
「……やりにくいな」
「あらあらウフフ、この程度の悪意にひるむなんて、それこそ神の使いたる私たちには似合いませんことよ」
 遅れてやってきた『首狩り奴隷令嬢』17(p3p008904)。彼女は嬉々としてコロたちへ突っ込んでいく。
「さあ血の帳を開けましょう!」


「殿の邪魔はさせませぬぞ!」
 コロから飛び降りた小猿たちが一斉に魔術砲撃する。
「くっ!」
 ステラはあえてそれを受けた。全身に痛みが走る。
「何やってんだ!」
「ぼさっとするな!」
 村人から罵声が浴びせられる。
(高見の見物をしていられるのも今のうちですよ!)
 深く呼吸し、己に戦いを課す。不調を振り払うと得物のZ.A.Pを握りしめ、小猿へ接近し銃把で殴りつけた。……ように見せかける。怪訝な顔をした小猿たちに小声で話しかけた。
(じつはお話が……拙たちはおみやさんをコロさんへ渡すつもりなのです)
(なんと!)
(しっ、そのまま戦いを続けて! ひとまず村人の気をそらす必要があります)
(承知)
(話が早うて助かるわあ、お猿はん。ついでにコロはんの説得にも協力してくれんやろか)
 割り込んでいた秘巫がそう囁きかける。小猿の一匹がうなずき、コロの肩へしがみつく。
 すうと息を吸い込んで見せた愛無が全身から光を発した。煌々と地上の月のように輝き、皆の視界を照らし出す。村人が何事が起きたのかと詰め寄ってくる。それを邪魔に思いながらも愛無はコロへ体を向けた。
(コロ君、聞こえているか。聞こえているならひとまず攻撃をやめたまえ)
(そうそう。これ以上はお互いに対して無益です。自分たちはコロさんとおみやさんの結婚を祝福しているのですよ、内心では)
 バルガルが飛んできた氷結の塊を長柄で弾いた。戦っている風を装うため、小猿たちはでたらめに魔法を乱射している。イレギュラーズとの交戦は村人からはさぞ派手に映るだろう。
(私は君におみやさんを連れてって欲しいと思ってる。あの子は苦しい人生を生きてきた子だと思うけど……君が彼女を幸せにできるというのなら)
 シキはその宝石眼でコロの目を覗きこみ続きを紡いだ。
(私は攫うのを見送るよ)
「グルルル……」
 コロの攻撃の手が弱まる。シセラはコロがいぶかしんでいるのを見て取り、手を差し伸べて微笑んだ。
(あんしん、して、わたしたちは、みかた。どうか、しんじて、こぶしをおさめて、ほしい)
 アーマデルも首肯し、17が強い言葉を投げる。
(あの畜生どもからおみや様を奪還するためなら、なんでもしてさしあげますわ。なんなら今から証拠をお見せしましょうか?)
「……」
 イレギュラーズたちの言葉に、コロは一呼吸おいて一歩下がった。森の賢者のような静かなたたずまい。それが本来のコロの姿なのだろう。
「なに……」
「猿婿が引いた?」
 村人が騒ぎ立てはじめる。
「コロ! 待って、私を置いていくくらいなら殺して!」
 おみやが叫び飛び出そうとした。しかし村長に無理矢理抱き寄せられる。
「コロ! お願いよ、コロ!」
 暴れ続けるおみやを最初に振り向いたのはアーマデルだった。彼は突き刺さる村人の視線を無視してまっすぐにおみやのもとへ向かった。
「聞いてくれ、おみや殿」
 金色の瞳がおみやをとらえる。おみやはほとほとと涙をこぼしながらもアーマデルの言葉に耳を傾けだした。
「選択の時だ。といっても答えはもう出てるみたいだけどな」
 村長が真っ青になる。
「おまえら、いったいどうするつもりだ。まさか、まさか……」
「おみやさんを見逃して、コロにさらってもらおうかと。君たちはとりあえず殺さない程度に転がすつもりだけど……ふふ、手が滑って殺しちゃうかもね?」
 シキが不吉な笑いを浮かべた。ああ、雨音が近づいてくる。村長は真っ青なまま怒鳴りまくった。
「この女は狐憑きだぞ! 味方をする必要はない!」
「狐憑き、ね……。いえ、閉鎖的な場所等ではそういった事もあるのでしょう。拙の元居た世界でも大なり小なり、イジメとして日常茶飯事だったかと思います。ですが、目の前で堂々とされると流石に、見過ごす訳にも……」
 歯切れ悪いステラだったが、その両手はZ・A・Pの銃口を村人へ向けたままだ。アーマデルが村長を射すくめるように見つめる。
「当事者が畜生の嫁――村人の嫁――は嫌だと言ってるしな。俺の故郷では神や精霊、その力を強く継ぐ者の多くは異形、我が神は巨樹で、眷属は夜告鳥と蛇だ。動物型妖の何が悪いのかさっぱりわからん」
 ざわりと敵意がアーマデルへ向けられる。彼は視線をおみやへ移した。
「かつて俺は一振りの武器で、『そうではなかった』事に気付いた時の戸惑いは今も覚えている。もはやそれには戻れないが、『長い目で見、より多くを生かす為、障害となるものを排除する』その価値観は捨てられなかった。おみや殿、自分の為に、ヒトとして生きる為に、何を捨て、受け取るのか、選んで欲しい」
「……それは」
「耳を貸すなおみや!」
「そうだ、今まで育ててもらった村への恩を忘れたか!」
「それ、は……」
 だんだん小さくなっていくおみやの声。
「あっはははははは!」
 高笑いが響いた。何事かと顔を向ければそこには秘巫がいた。
「かんにんえ。狐憑きやなんて……なんとまあ趣深い風習やこと。因習に悪習、ふふ、妾(わたし)はそういうん、嫌いやあらへんよ。でも今回は、こっちの味方させてもろた方が面白そうやったんやもん――ふふ、ごめんなあ?」
「そうですわね。ウフフ……おみや様には親近感を覚えますわ。それに依頼主は悪辣外道の畜生共。対するは愛しき者を救う為に迎いに来た獣。どちらに味方するかは言わずもがな」
 口元を隠して笑い声を立てる17。その肉体に刻まれた縄目が愛無の冷たい光を受けて艶めかしく輝く。
「ときにさざめき、ときにかなでる。かぜとは、ながれとは、うつろいやすいもの。みをまかせましょう。ぎゃくふうもまた、いっきょうですとも」
 シセラは淡々と声に出した。既に体を半身にしいつでも戦闘に入れるようにして。愛無は人間くさく、くしゃくしゃと髪をかきまわす。
「閉鎖社会の風習など。本来ではあれば捨ておく案件だが。人間は人外と添い遂げる事ができるのか。少し興味はある。『邪魔者』を排除しようかと思う程度には」
 ここに至りようやく現実を把握した村長は怒号を上げた。
「おまえら、最初から裏切るつもりだったな!?」
「正しく祀らねば神や呪いは祟りを招く。マレビトが益だけをもたらすとは限らない。『外』に安易に助けを求めるべきではなかったね」
「なにが神使だ! 役立たずの穀潰しどもめ! 大枚ふんだくってあげくしらばっくれようってのか! そうはさせんからな!」
 激昂する村長、殺意を高めていく村人たち。バルガルはその前で肩をすくめてみせた。
「なるほどなるほど、貴殿方の訴えは良く解りました。あぁただ一つ個人的に。……気に入らねぇな」
 言うなりバルガルが動いた。バイクにかぶせていたむしろを投げ捨て飛び乗る。アクセルターンを決めて村人を跳ね飛ばしながら村長へ迫っていく。
「やめろ! 殺さんでくれ!」
 村長がおみやをバルガルへ向かって突き飛ばした。それはおみやの中で何かがぷつりと切れた瞬間だった。バルガルはバイクを寝かせて片腕でおみやを抱きとめる。軽すぎる体を肩へ担ぎ上げ、コロのもとへバイクを走らせた。
「少々荒っぽいですが、構いませんねお嬢さん」
「……ええ」
 もはやおみやの瞳は涙に濡れていなかった。代わりに決然とした光がある。
「私をコロのもとへ連れて行って」
 村人たちが武器を振り上げた。
「化け物どもが裏切ったぞ!」
「もう我慢ならん、やっちまえ!」
「化け物、化け物ね。それは……」
 愛無が擬態を解く。どろりとした粘液が全身から垂れ落ち、地にあふれる。四つ足で歩いてみせながら、愛無は裂けた口をにんまりと広げた。
「……こんな姿かな?」
「ヒイ!」
 先頭で息まいていた若者たちが体を固まらせる。村人たちの注意が愛無へと注がれた。そこへシセラが片腕を高々と上げた。地面が盛り上がりスケルトンが次々と姿を現す。
「化け物だ、本物の化け物だあ!」
「よこしまなせっしょくを、くりかえす、あくにんには、てっついを。うけるそしりよりも、かちあるものを、わたしたちは、しっています」
 スケルトンたちがシセラを守るように陣形を組む。その陣形のままシセラは村人へ近づき、紫電のごとき居合を放った。
「ぎゃあああ!」
 あがる悲鳴、飛び散る血しぶき。
「なんだってんだよう。おまえらは俺達の側のニンゲンだろうが!」
「さるものこそ、むこのたみ。おうもの、ひとりとて、ようしゃなく、けしますね?」
 刃に映ったシセラの目は本気だった。返り血を振り払い、鞘に戻し、再び一撃をいれる。そのたびに村人たちの奥へ奥へと切り込みながら。
「ねえ、おみやさん。もし、今度辛くて苦しくて、助けてって思ったら、殺してなんて願わずに、ちゃんと誰かに手を伸ばしてね」
 シキはおみやの肩をやさしく撫で、村人へ処刑人の顔を向けた。
 無数の村人の懐へ入り、処刑剣で対象を変えながら高速突きをくりかえす。首を落とすことに特化した処刑剣の先端は四角くなっており、村人へ手痛いダメージを与えても直接害することはない。シキなりの峰打ちだった。
「自分が踏み躙られる覚悟があってやってたんだろう?」
 アーマデルが偽りの聖女の悲鳴を引き延ばすように蛇鞭剣と蛇銃剣を振るう。聖女こそ踏み躙られた者の証。石をもって追われた者。その石がおみやへ届かないよう、アーマデルは不殺でもって村人を転がす。
「赤子さえ殺めなければ一人いなくのうても代わりがおったのに、ねぇ……。うふふ、あの赤子を殺めたんは誰やろなあ?」
 たおやかに笑い続ける秘巫。けれど瞳は魔を宿し、村人の心を惑わせる。
「おまえが、おまえのせいで、こんなことに……!」
「……うるせえ! 言い出したのはおまえだろう!」
 同士打ちを始めだす村人の姿に秘巫はただただこらえきれず笑みを漏らす。
「おまえら! 何をやっとるか! あの化け物どもを先に……!」
「すみません。言い方は悪いですが、見せしめになってもらいます」
 滑り込んだ影はステラだった。魔力を宿したZ.A.Pで、至近距離からの発砲。村長の胸に大穴が開く。愕然と見開かれた瞳には、最後に秘巫が。
「ほんまにねえ。妾(わたし)にたあっぷり傷付けてくれて……これでおあいこ」
 外三光、瞬殺の間合いにて、村長の首がぽんと胴から離れる。それを見た村人が息を飲んだ。殺される。殺される。いやだ死にたくない。打算の天秤が大きく揺らいだところへ17が楽し気に胸を張った。
「そろそろ気づいていただけません? 私が何をしてきたか」
 村人は答えない。脂汗を流して黙り込んでいる。
「周りの村々に触れまわっておきましたわ『この村は狐憑きの巣窟だ』とね! よかったですわね! 明日から地域一帯から村八分、いいえ、略奪の対象になるかも! ええ、因果応報、自業自得! それでもこの村へしがみつくことしかできない哀れな人々!」
 村人たちが絶望のうめきをこぼした。ひとり、またひとりと大地へ膝をついていく。


「ひとつ、ふたつ、みっつでみなしんで♪ みっつ、ふたつ、ひとつで、またひとり♪」
 17が村長の首でお手玉している。彼女の目隠しへ魅惑的な肉体へ、血が雨のように降り注いでいた。村は静まり返っている。みな狐憑き扱いを恐れて家へ閉じこもっているのだ。それを眺めた秘巫は山へ顔を向けた。コロは小猿の口を借りて深い謝辞を述べ、おみやを抱いて山へ消えていた。去り際の一礼は洗練された貴族を思わせた。
「……こうして花嫁はしあわせにくらしましためでたしめでたし、に、なるんやろか、くふふ」
「そうであることを切に願います」
 ステラは唇を噛む。対して、シキは首を振った。
「そんなの知らないよ。……でもさあ。今を変えたいと手を伸ばすこと。行動すること。大事なのってきっとそれだけで。それが出来るようになれば、勝手に自分で幸せになるでしょ」
 突き放したような言い方。だがシキの瞳は深淵を覗きこむように暗かった。独り言のようにうそぶく。
「……ま、私自身はそれをする勇気も、もうなくなっちゃったけどさ」
「そうか。ま、情愛と言っても種類もある。それも含めて、今後の事は本人たちに任せればいい」
 冷静に返した愛無もまた山を見上げた。
(この様子なら村人は復讐など考えまいが……『人間』は浅ましく執念深い。気をつけたまえ)
 バルガルが大きく伸びをした。こきこきと首を鳴らして盛大にため息をつく。
「やれやれ。多少は気が晴れましたかね。ガソリン代って経費で落とせませんかね。ああ、この村がどうなるかまでは、自分の仕事じゃないんでねえ……」
「しったことでは、ない、という、やつですね」
 バルガルの広い背中をシセラがとんとんと叩いてやる。
「代々の『狐憑き』の霊は迷わず逝けたか。まだここにいるのだろうか」
 ならばせめて俺が供養してやろう。腰を下ろしていたアーマデルが立ち上がった。
「いきましょう。かなしみを、よりおおきなかなしみで、ぬりつぶすまえに。できることを、しに」
 ぽつり。シセラの頬に冷たいものが触れた。空を見上げると、暗雲が月を蝕んでいた。じわじわと雲に飲まれていく月、それはこの村の将来を思わせた。

成否

成功

MVP

17(p3p008904)
首狩り奴隷令嬢

状態異常

なし

あとがき

おつかれさまでしたー!
お見事でした。これからひとりと一匹が幸せになるのか。それは誰にもわかりません。ただわかるのは、もはや村に未来はないという事でしょう。インガオホーですね。

MVPは村ごと村八分にしてのけたじつにわるいこなあなたへ。

またのご利用をお待ちしております。

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