シナリオ詳細
正しきものは
オープニング
●正しさの向かう先
歌が聞こえた。
――正しきかな、正しきかな、正しきかな。
――主よ、我らが新しき神よ。慈悲深くあなたのその正しさで道を示し、私達をお導き下さい。
清らかな旋律と澄んだソプラノは、礼拝堂に射し込む光のように透明で美しい。
聞き慣れぬ歌声に目をやれば、そこにあったのは美しさとは反対の、軍靴を鳴らし歩く兵士の列であった。
子ども達が武器を片手に行進している。
戦闘は槍に戦旗を括り付けて高々と掲げる、少し年嵩の少年。
それに続いて腰に剣を佩き、或いは茫洋と瞳を曇らせた杖を掲げ持つ少年少女達。
共連れは二対四枚の翼を持つ彫像めいた天使。
清らかな賛美歌を口ずさみながら、人気のない街道を進む姿は巡礼者のようであり、そして異様であった。
「まあ、可愛らしい子ども達。そんな武器(もの)を持ってどこへ行くの?」
豊かな鋼色の髪を揺らして、一人の少女が問いかけた。
年の頃は行進する子ども達よりいくらか年上に見える。だが、ヴェールに覆われた表情からは、不思議と目に見える姿よりも随分年月を重ねたように聞こえる。そんな不思議な声だった。
「魔女を狩りに」
「あら、怖いこと」
まるで他人事のようにころころと笑う。おもむろに向けられた槍の切っ先すら、手に持ったお気に入りのおもちゃを差し出された母のような眼差しで受け止める。
「魔女ワルプルギス! 父と母、そして我らの信ずる神が示したこの世の悪」
――我らが新しき神が許に、致命者を送り届けん!
――我らが父と母の教育に感謝を!
「けれど、愛し子を傷つける可能性を見過ごせるほど大らかではないの」
同朋と愛し子を傷つけるものを、おいそれと見過ごせるほど『魔女』は甘くない。
「いらっしゃい。私は逃げも憶しもせず、あなたたちを待っているわ」
バサリ、と音を立てて夜色の衣を翻すと、姿を消すワルプルギス。
「さあ、魔女はこの先だ。臆せず進むのだ!」
彼らは魔女のねぐらへと続く道へ、行進を再開した。
●HexenNaght
「初めまして、目つきの悪い坊や。私の言付けを受けてくれたのは貴方かしら?」
幻想、ローレットにて。鋼色の波打つ髪を揺らして『魔女』が穏やかに微笑みかけた。
対してそれを受け止めるバシル・ハーフィズは、いつもの仏頂面のまま目の前の少女を試すようにじろじろと観察したが、魔女は気にも留めず表情を崩さない。
「あァ、あんたがワルプルギス——本人で間違いねぇか」
「ええ、正しくは使いの分け身だけれど」
そう言ってワルプルギスは辺りを見回して、イレギュラーズ達を見つけるとぱあっと表情を輝かせた。
「あら、あら。とっても素敵な方々ね! 私はワルプルギスというの、『夜』——ナハトという魔女たちの集会をとりまとめる長でもあるわ。よろしくね」
そう言うとワルプルギスは、少女と言うには大人びた、穏やかな笑みをイレギュラーズに向けたのだった。
「ちょうど良かったわ。今から皆さんには一つ依頼をお願いしたいの」
そういってバシルの方をチラリと見たワルプルギスは、目線で彼に説明を促した。
「バシルさん、お呼びですか?」
ちょうどその時、ラヴィネイル・アルビーアルビーが酒場へとやってきて声を掛けた。
魔女、そして魔女の烙印を押され処刑されそうになったラヴィネイル。
この二人が持つ符号を合わせれば、自然と浮かび上がる場所があった。
「——アドラステイア、という街についてすでに名前くらいは知っていることだと思う。今回、そこから差し向けられる刺客を追い払って欲しい」
アドラステイア。
聖教国ネメシスの首都フォン・ルーベルグより離れた海沿いに存在する、新しい街の名だ。
外界と遮断するように円形に取り囲む塀は、堅牢な都市国家を思わせる。
そこは冠位魔種ベアトリーチェ・ラ・レーテによる『大いなる災い』を経て、新たな神『ファルマコン』を信ずる者達が現れ、信ずる神を違えた者達の拠り所となり独立都市として形を変えた。
だが復興や新たな統治体制など諸問題を抱えるフォン・ルーベルグにそれらに対応する余裕などなく、今は無法地帯と化している。
「私独自に『魔女集会』伝いに色々と情報を集めていたのよ。何せ『魔女裁判』で魔女の疑いをかけられた子どもが『擬雲の渓』へと落とされると聞いたから」
「……ん。あの街では、今日も誰かが渓へと落ちている。きっと明日も、明後日も」
「痛々しい。いえ、あの街の人々へ向ける感情は、一言では表せられないわ」
ラヴィネイルの言葉に沈痛な面差しで窓の方を見るワルプルギス。
「だけど、どうやらそのアドラステイアから私のところへお客様が来るみたい」
彼女はまるでお友達がお茶にくるの、という気軽さでそう告げた。
白い天使を引き連れて、お菓子の代わりに武器を携え、神への信仰を歌い上げながら。
「お茶会なら大歓迎よ。だけどあの子達が持ってくるのはお菓子でも、かわいいお人形でも、ヒーローの絵本でもない。
——人を殺すための武器と魔物を引き連れて、神への信仰を謳いながら魔女を狩りにやってくるの」
「彼らは、それが正しい信仰だと、信じている。だから」
「ええ、そうね。絵本の中の物語が、現実の出来事の様に信じている。……いいえ、違うわね。彼らにとって『ファルマコン』を信仰すると言うこと、魔女が悪だと言うことが何より正しく、疑わざる真実なのよ」
「……ん」
ワルプルギスの言葉に、ラヴィネイルは苦しそうに眉根を寄せてうなずくしか出来ない。
魔女の刻印を持つ少女は肌身に焼き付くほど知っている。それがどれだけ純粋で、恐ろしく、盲目的なことか。
「自分が狙われているか、なんてどうやって調べたのかと聞いても『魔女の秘密』だとかいってのらりくらり躱されて、実のところワルプルギスが齎した情報の裏付けは取れていない」
「それに関しては大丈夫。『直接聞いて』きたから」
「……依頼人が身の危険を冒すことは、俺は好きじゃねぇ」
「坊やは心配性ね」
しかめっ面をしたバシルに何のことだと尋ねると、更に眉間の皺を深くして剣呑な目つきになる。
「奴さん、いま目の前に居る『分け身』を子ども達の前に送って、わざわざ、丁寧に、招待してくださったんだとよ」
情報の真偽を確かめるべく調査を行ったところ、実際にアドラステイアから子ども達が魔物を引き連れて出発したことは事実であり、今も魔女が流した居所目指して進んでいる。
その道中にワルプルギスが姿を現し、家に『招待』したことも本人の口からローレットへと伝わっていた。
「このために深緑から外に出て、あの家に出入りしていた甲斐があったわ。本当はケーキを焼いて、お茶を煎れて待っていたいのだけど……」
「物騒な客人が多いこった」
やれやれ、と肩を竦めてバシルはコートの内ポケットから手帳を取り出した。ラヴィネイルも印を付けた地図を広げて見せる。
「場所はここ、ワルプルギスが最近よく顔を出す、一軒のお家。フォン・ルーベルグから離れた森の、魔女の家」
「家を目指す子どもは9人。リーダー格の戦旗槍を持った奴、剣を持った奴。ここまでは『聖銃士』と呼ばれる子ども達だな。
「聖銃士は、沢山の子供を断罪して、沢山のキシェフをもらった子供達のこと。ファザー達から『称号』と『鎧』を授かって、騎士になる。それが、アドラステイアの騎士で、『聖銃士』とも呼ばれている」
「『鎧』と言われてるが、形は様々だ。今回は剣の形をしているようだ。他2人の杖を持った奴は回復魔法の使い手だ、『鎧』を持ってねぇが洗脳兵だ。両者ともカミサマを信じてやまない事には変わりねぇ」
「……ん、そう。命すら捧げる程、信じている」
沈み込んだラヴィネイルの声に、ちらりと視線を遣るバシルとワルプルギス。しかしラヴィネイルは毅然と前を向くばかりで、揺らぎない。
「魔物は4体、人間の頭部に二対の翼を持つ天使めいた白い姿をしている。大きさは幼い子どもくらいで、石膏像の頭に翼が生えた、とでも言えば良いのか」
「見た目は、天使。でも、違う」
「だな」
あれは魔に属するもの。神を信じぬ敵を滅ぼす、義憤の表れだと彼らは信じているのだろうか。
「剣に槍に魔法の杖、それに異形頭の魔物を引き連れて遠足だなんて言い訳は通じねぇな。
ちょうど町同士を繋ぐ街道から外れて、魔女の家に向かうようだ。そこだと見晴らしも良い」
「森に入ると、ワルプルギスの家が近い。魔物も素早く飛び回るから、気をつけないといけないかも」
「何が最善かはみんなにお任せするわ。きっと上手くやってくれるもの」
「そりゃそうさ」
「坊やは捻くれているわね。ま、事情はさっき二人が説明した通りよ。魔女の護衛として、その栄誉に預かる機会をここに与えるわ……なんてね」
賢知なる魔女かと思えば幼い少女のような表情を見せるワルプルギスが衣を翻して扉を潜ると、そこにはもう誰も居なかった。
こうして、ローレットに魔女からの依頼が舞い込み、イレギュラーズ達が預かることとなったのだった。
- 正しきものは完了
- GM名水平彼方
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月24日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●
空はいよいよ高く、そして澄み渡っていた。
フォン・ルーベルグより辺境へと向かって敷かれた街道は、人影もなく時折聞こえる鳥のさえずりが長閑さを物語っていた。
「アドラステイアの件、いつかは彼女が動くかと思っていたが……。ヒヒ……直接討ち取ろうとするとは。知らぬことは恐ろしいものだ」
触らぬ神に祟りなし。依頼を持ち掛けた『魔女』――ワルプルギスを識る『闇之雲』武器商人(p3p001107)は、怖い怖いと言いながら寒くもないのに両腕をさすった。
「ふふ、魔女集会の長からの依頼だなんて!
私もこう見えて魔女というものには縁深いし、ゆっくりワルプルギスさんとお茶をしたい所だけれど……それは魔女狩りを阻止してからね」
残念そうな口ぶりながら、『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)が普段通りの笑顔を浮かべた。しかしグラスの縁を弾くように、緑の瞳にきらり光るのは明らかな敵意。
指先から飛ばした鳥は空へと飛び上がり、戦場を俯瞰しながら悠々と飛んでいく。
それを見上げながら『バトラー』彼者誰(p3p004449)が森の方角から戻ってきた。
「連絡係をお願いいたします、リリン殿」
そっとファミリアーであるリス――リリンを放ち、万が一への対策を施す彼者誰。
「子供に武力を向けるのは、流石に気がひけるんですがね? とはいえ、仕事は仕事なので」
「アドラステイアの子どもを手に掛けることは初めてじゃないもの、だから――やってみせるわぁ」
いつ如何なる時でも万全を尽くすのが執事の勤め。アーリアの言葉にも躊躇いはない。
「子供達が魔女の命を狙っている、でごぜーますか。
いえ、別にそれはそれでわっちは別によいのでごぜーます。
本当にそれを当の本人達が望んているというのならば、それは間違っているとか、そんなどうでもよい事を申すつもりはありいせんで」
何を主張し正しさを求めるか。それらに関して『Enigma』ウィートラント・エマ(p3p005065)は興味を持たなかった。
「ただ……ひとつ気に入らないのが、洗脳されているという事。
それはいただけない。面白くない。
……あの子達の輝きはどこにあるのでありんしょうねえ?」
命なら兎も角、意志の輝きを奪う傲慢なその行為に、ウィートラントはため息を吐いた。
子供達が信仰の旗を掲げて戦場に出る。
この現状をよく思わない者も多くいる。
「……やれやれ、子どもまでもこのよう使ってみせるとは。随分といい宗教なのですねえ、ファルマコンとやらは?
感銘を受けすぎて、鳥肌が立つほどですよ……ええ」
アドラステイアのやり方に激しい怒りを向けたのは『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)だ。
「かーっ、多様性を認められねえ奴らの考えることはいっつも過激だわ、あーやだやだ。
折角の招待なんだ、持ってくるのはうまい茶菓子にしておけよな」
『空気読め太郎』タツミ・ロック・ストレージ(p3p007185)が頭をかきむしりながら叫ぶ。
それを『白獅子剛剣』リゲル=アークライト(p3p000442)が隣で宥めた。
「アドラステイア……また子供を……」
「アラン兄上」
「……あぁ、分かってる分かってるさ」
『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)が眦を釣り上げて見えない敵を、視線で殺せそうなほどの想いを込めて睨み付ける。
「これ以上放ってはおけない。今は殺さず撤退させ、いずれはアドラステイアから救い出そう」
「分かってる。また、力を借りるぞ。『セリア』……!」
各々が思い巡らせるその光景を見て、武器商人はにやりと笑う。
「さて、愛しき魔女の御心のままに。幼子たちの首が刎ねられてしまう前に丁寧に料理するとしよう」
●
美しいソプラノボイスを響かせて、その隊列はやってきた。
「何者だ!」
先頭に立つ少年が声高に問うと、武器商人は肩をふるわせ笑いながら答えた。
「何、名乗るほどの者でもないがね。魔女の古い知り合いだ、といえば十分かな」
「ええ。あの魔女が助力を請う先は知れています」
――我らが神、ファルマコンよ。唯一無二の正しさを示す天の御方。
子供達が神の名を湛え唱和する。
力強い羽音を響かせ舞い降りた異形の天使が、その威光を示すように仰々しく降り立った。
「我らに正義を、そして力を!」
叫び飛び出した少年少女の剣を受け止め、血を流しながらも武器商人は笑う。
「その程度で神の御業とは、ずいぶんと卑小なものよな。ヒヒヒヒヒ!」
張り巡らされたルーンシールドが押し寄せる子供達の攻撃を受け止め、砕けていく。
「申し訳ありませんが、仕事なのでご了承くださいね」
彼者誰の放つプラチナムインベルタが、集まった子供達へ容赦なく降り注ぐ。
「それに、ワルプルギス様は俺の友人たるモノクローム殿の友人なんですよ。
ここで彼女を傷付けたら、俺は友人を失うことになるでしょう?」
「魔女を慕うなら、尚更断罪せねばならない」
戦旗槍の切っ先を向けるリーダー。それにしたがって後続の子供達が斬りかかる。
リゲルは白銀の剣の切っ先を向けた方角へと、火球を嵐のように降らせた。
狙うは天使、ソレらの意識を自身に向けさせる為でもあった。
その傍らでリゲルは、子供達へと向けて声を張り上げた。
「アドラステイアの神も、天使も認めない! 君達が行っていることは、悪魔崇拝の類のものだ!」
「――何だと?」
顔色が変わった。それでもリゲルは憶せずに言葉を続ける。今は難しくともいつか、彼らの心にこの言葉が届くと信じて。
「魔女裁判は不正義だ。人が人を、武力で断罪するのは間違っている!」
「貴様ァ――!」
形相を変えてリゲルへと向かうリーダー。それをタツミが割って入り妨害する。
「誰かを排除し続けた先に待つのはあんたら自身の破滅だ、体罰は主義じゃねえが、育ちの悪いガキんちょに、ちょいとお灸すえてやんぜ!」
タツミが棺抱のヴァーミリオンを翻し、リーダーの槍を受け止め、飛び出そうとするのを拒む。
「退け!」
彼の声に呼応するように天使達がざわめき四方に散開すると、絡繰りじみた動作で口を開き集めた光を直線上に放つ。
穿たれた地面が小爆発を起こし、あちこちで爆音と砂塵が舞った。
「……せめて子どもだけは無事に帰しましょう。かの宗教は、いい加減辟易してきましたからね」
貌なき影の渇望をリーダーに。現在はギフトと化しているヴァイオレットの"本来の姿"を一時的に再現するスキル。 彼女から伸びた影がまるで生き物のように対象に喰らいつき、飲み込み、影に捕らえられた対象の心身をありとあらゆる苦痛で苛む。
「おや、皆様方どうしたでありんすか? 怖いでごぜーますよ? もしもの時は殺すつもりではなかったか?」
「その通りよ、どのみち魔女も殺すのだから。お前達もそのつもりだろう」
「さあ? くっふっふー」
ウィートラントの悪意が霧となり、子供達を襲う。
「アドラステイアに帰ってくれるならそれでもいいけど」
アーリアが指差す方へパラリジ・ブランの雨を放つ。幻想の下町ではお馴染みのブランデーよりずっと凶悪な刺激が、肉を伝って神経を焼くようだ。
「まだその気じゃ無さそうねぇ」
まだ始まったばかりなのに、
アランは背負った鞘から星界剣《アルファード》を右手で抜く。左手には太陽の聖剣《ヘリオス》と対になる月輪の聖剣《セレネ》の残影を。今この時、ほんの一時だけ再現する。
「行くぞ、セレネ。今度は殺さない。殺させねェ!」
あの日幼い身体を斬った感触は、感情は、アランの裡に生々しく焼き付いたままだ。それらを振り切るようにして月を天へ戻し天へ放ち、閃光として降らせる 。
「――『月よ、分かたれ降り注げ』!」
傷は与えても命を奪うことはない、それは彼の思いの程を物語るようだった。
●
傷付き地に膝を着こうとも、信仰の旗は容易く折れなかった。
数ある剣を受け止め続けるアランと武器商人の体には、幾つもの傷が刻まれていた。
「チッ! うじゃうじゃとしつこい」
「我としては、それ位でないと敵として不甲斐ないがね」
「ですが、随分と疲弊している様子です」
リゲルの分析の通り、回復の手が届かぬ子供達は深手を負った者が多い。
「正しきを……我らが信じる、神の名を……」
虚ろな目をした杖持ちの少女がそう唱えると、仲間の傷を癒やそうとする。
だがヴァイオレットとアーリアが振りまいた致命の毒が、治癒を拒んでしまう。
攻勢に出て子供達を制圧するという作戦は、互いに疲弊しつつもイレギュラーズ達の方に流れが傾き始めていた。
剣戟の音は止まない。
「ファルマコン様!」
叫んだ少年の剣を、彼者誰は風神の加護を凝縮させて受け止める。だが剣を握る力も弱った一撃はもろい。
そのまま返し様に胸元へ叩き込むと、小さな体は後方へと吹き飛んだ。
「かふっ!」
がら空きの腹を狙って、ウィートラントがマーナガルムを放つ。獰猛な牙が食い破ろうとしたが、別の聖銃士が阻む。
既に数名の聖銃士が倒れ、アドラステイア側の旗色は明らかに悪い。
タツミもまた、相手の気迫に押されながらも耐え続けた。
「ファルマコン様が――マザーが、ファーザーが僕たちを導いて下さった。
苦境にある中、僕達に何が正しいのかを示して下さったんだ」
鋭い槍の一撃が繰り出される。
ぎゃん! と甲高い音を立てて受け止めるが、体勢を崩してしまう。
「唯のエゴで否定し、それを悪魔と言うお前等の方が――『余所者』が上辺で語るな!」
「こんな所で、クソみたいな神と大人共のために死ぬ必要はねェ! 生きろ!! それがお前たちの子供の役目だ!!」
「退くならば深追いはしない! 命を粗末にするな!」
「退かない! 僕達を救わない正義なら、そんなもの――」
アランとリゲルが声を張り上げるが、彼はそれを拒絶する。
「ファルマコン様に変わり、討ち滅ぼすまで!」
のけぞった体勢を引き戻し、反動を利用して溜めた力を拳に一点集中させ一気に撃ち出す。
槍で受け止めるが、タツミの一撃の前に粉々に砕け散った。
一瞬の交錯。
そのまま胸を打ち、背後から地面へと叩きつけた。
「――が、あっ」
血を吐き、仰向けに倒れるリーダー。
はくはくと何かを呟くように唇が動いたあと、彼の瞳から光が消えた。
「あ……」
怒りから解けた少女が、剣を取り落とす。
瞬間冷めた思考と、激しく燃え上がる感情がない交ぜになって彼女を殴りつけた。
目の当たりにした死が、思考を真っ赤に塗りつぶしていく。
しかし逡巡する間にも戦況は変わる。
仲間は次々に地面に倒れていく。幸いに、まだ命のあるものばかり。
戦況は劣勢だ。
「他の方々はどうかは知りいせんが、わっちは子供だからという理由で手を抜くほど甘くはない。
ただし撤退するというならそれでもかまいやしいせん、これ以上手を出すつもりもありいせんで。
さあ、如何なされるおつもりで?」
ウィートラントの問いには答えない。
返答代わりに素早く剣を拾い上げ、少年を見下ろすタツミへと一気に詰め寄り喉元へと突きつける。
飛び退るタツミを追うことなく、少女は落ちた旗を拾い上げた。
「――総員、撤退!」
その号令にすぐさま目を覚ます者もいれば、怒りに染まったまま剣を振り上げる者もあった。
混然とする戦場の中、我に返った者は敵に食らいつく者を支援するように守勢に入った。
辺りを飛び回っていた天使が子供達を守るようにイレギュラーズ達の間に入り始め、周囲に光線を降らせる。
「タツミくん、敵が来るわよぉ」
佇むタツミへと、アーリアが声をかける。
旗を手に握り締めた少女と一時目が合った。
しかし彼女は静かにタツミを見たあと、戦場を見渡して撤退の指揮を執る。
最後の一人が退くのを確認すると、踵を返して走り去った。
残った天使達は無表情のまま、イレギュラーズ達と対峙する。
「隠者のコの台詞が効いたか。ヒヒ……まあこれで心置きなく存分にやれるというものだ」
「そうですね」
武器商人の言葉に頷いたヴァイオレットは、苛烈な怒りと嫌悪を視線に込めて天使達を睨め付ける。
「……天使などと、笑わせる。聖なるもの、良きものを象り掲げておきながら、此処に感じるは悪意のみ。虫酸が走る事、この上ありません」
手加減など生ぬるいとばかりに、影が白い肌を覆い食らいつく。悲鳴代わりに石膏がひび割れる音を響かせながら、振り払うように乱暴に羽ばたいた。
「そんな所にいらっしゃらないで、こちらで踊りませんか?」
彼者誰が奈落から誘いかけ、翼を奪う。不意を突いた一撃は死神のように、気付かぬうちに天使を屠った。
「俺はやっぱり、アドラステイアのやり方も信仰も、認めない!」
リゲルが極小の次元震を発生させ、振り払う白銀の一閃が暴風域を生む。両断された顔は地面に転がると、砂のようにぼろぼろと崩れてしまった。
「ええ、そうねぇ……。でもこれが、あの子達には天使に見えているのね」
リゲルの言葉に、彼の傷を癒やしていたアーリアが頷いた。
誰も救わない、ましてや神の使いでもない。しかし、子供達は魔物を天使だと信じているのだ。
不意を打って翼が折れ耳障りな悲鳴を上げもんどり打つそれを、タツミの闘気が撃ち抜いた。
「自分はいかにも子供見守ってるみてぇな面してんじゃねえぜ、クソ天使!」
ソレは見守っているのではなかった。
子供達に付き添い、新しき神の暴威を示すように振る舞う――魔物だった。
立ち止まれば迷う。タツミの背に何かが追いついてくるその前に、前に進み続けるほかない。
「てめェらが! 魔物如きが! 天使を名乗ってんじゃねぇクソがァァァアア!!」
アランが吠え、月と太陽の聖剣を振るい十次に切り裂く。
悲鳴すらなく機能を停止した天使は、端から見れば撃ち砕かれた聖像の一部にも見えた。
それをブーツの踵で踏み潰して、アランは剣を鞘に収めた。
●
意識を失い倒れていた二人の子供達は、あらかた傷などを検分した後、アランがどこからともなく取り出したタオルを掛けてそっと安全な場所へと横たえさせた。
戦闘中の命を省みない言葉から、万が一自殺の可能性を考えて猿轡噛まし、体を拘束する。
この後は彼らの身はローレットへ保護を頼み、彼等の身の安全の確保と、洗脳からの解放を切に願うのみだ。
静かに眠る子供達の表情を見て、アランは彼らにとっての幸せとは何かを考えた。
今のアランにはわからない。
わからないが……今は。
「少し、休め」
眠り回復して、考える時間はたっぷりとあるだろう。可能性のある未来を信じて、願うしかない。
アーリアは白い残骸を見下ろして、ソレを畏敬の念を込めて『天使』と呼んでいた声を胸の裡で再生した。
「あの子達は……これを天使、って呼ぶのね。止めなきゃ、アドラステイアを」
タツミはリーダーであった少年の体を、自分の手でできるだけ汚れを拭い、そっと目を閉じさせた。
これが、アドラステイアとファルマコンが導いた彼の結末なのだろうか。
それとも、対峙したのがタツミであったが為に訪れた終末だったのか。
果たして、その先にあるものとは何だろう。
正しきものは、誰?
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
お疲れ様でした。
皆様と子供達、双方の信じる正義。
信じる、という強い念が交錯する、そんな戦場でした。
GMコメント
正しさとはなんぞや。小難しいことは抜きにして示すのも、また雄弁ですね。
武器を交えるのも、正義をぶつけ合うのも、それぞれが戦いであります。
今宵は魔女からの招待状ならぬ、依頼が舞い込みました。
●成功条件
敵全ての撃破、または撤退。
●ロケーション
街道沿いであれば見晴らしもよく、敵味方共に奇襲の心配はありません。
戦闘に関しても障害はありません。
森の中に入ると、ワルプルギスの居る魔女の家があります。
森の中では身を隠すなどが可能になりますが、後述の天使は木々の合間や頭上から襲い来るなどして地上から姿を確認しづらくなります。
●敵
リーダー1人、聖銃士『剣』8人、洗脳兵『杖』2人、天使4体です。
・リーダー
戦旗槍を持つ他の子ども達よりもやや年嵩の少年です。
近距離の敵を突き、払って攻撃します。傷は出血を伴います。
・聖銃士『剣』8人
『鎧』である剣を授かった聖銃士です。いずれもが神を狂信する子供達です。
剣で斬りかかり攻撃します。
・洗脳兵『杖』2人
杖を持った洗脳兵の子供達です。回復魔法で味方を支援します。
・天使4体
6歳ほどの子供の身長と同じくらいの大きさをした巨大な頭部に、二対四枚の翼を持つ異形の天使……の姿をした魔物です。
頭上の光輪から直線上、または中距離ほど離れた地点に雨のように光線を降らせて攻撃します。
子供達を見守るように低空を飛行していますが、森の中だと木々の上を飛び回ります。
●ワルプルギス
普段は深緑の奥深くに居を構える大魔女。
拠点から動かずして世界各地の動向・秘密を知る優秀な情報収集能力を持っています。
幼い見かけに反してハーモニアに劣らぬ長命らしく、遥か昔からの盟約によって旅人でありながら深緑へ拠点を置けている稀有な人物でもあります。
『夜(ナハト)』という魔女たちの集団の長であり、『魔女集会』に集まった他の魔女から自身が狙われていることを知りローレットに依頼を持ち掛けました。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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