PandoraPartyProject

シナリオ詳細

落暉

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 ヴァレンティーノ・ヴィエリ男爵は慈善事業にも力を入れていると評判であった。
 幻想王国のスラムの在り方には度々疑問を投げかけ自身も貴族とは思えぬ庶民的な暮らしを好み、浮いた金を援助金に回している様子より住民達からの人気も高かった。
 日々、スラムの視察を行いパンや飲料水の配給を行うヴィエリ男爵がスラムを訪れれば天使様のように崇められる。
 それ故に、スラムに住まう少女ディアヌの言葉を信じる者は居なかった。泥塗れのワンピースを身に纏い素足の儘、ローレットにやってきた彼女は銅貨一枚を差し出して「仕事を受けてはくれませんか」と辿々しく言葉にしたのだった。

 ディアヌが云うには彼女の住まうスラムにて誘拐事件が発生したらしい。家を持たない子供達の誘拐は度々発生しており、その他子供達の大半が帰らぬ人になることは言葉にせずとも分かるだろう。
 しかし、ディアヌは諦めきれなかった。その誘拐犯が誰であるかをその二つの眼で見てしまったからだ。
 二羽のウサギが手を繋ぐ愛らしい紋章。それはディアヌにとっても善く善く見覚えのある男爵家の紋章だ。スラムにて慈善事業を手がけるヴァレンティーノ・ヴィエリ男爵。その人の紋章であることを彼女は知っていた。
「ジェレミーは……幼馴染みはヴィエリ男爵に誘拐されたの」
 震える声音でそう言った。だから、助けてくれませんかと。

 表向きには慈善事業に精を出し善良な貴族出有るというヴァレンティーノ・ヴィエリ。しかし、ローレットが調べれば調べるほどに『裏の顔』が見えてくるのも確かであった。
 質素な暮らしを好むが、その屋敷の地下には贅を尽くして作り上げられた部屋と地下牢が存在しているらしい。ヴィエリ男爵は黒魔術に傾倒し、スラムに住まう身寄りのない者を誘拐しては儀式の生け贄として殺害し、遺骸を地下牢で飼い慣らす魔獣の餌にしているそうだ。
 スラム街に自身で配給を行い視察へ向かうのは『ターゲット探し』でしか無かったのだろう。
 だが、彼はスラムの住民達に信頼された『善良な貴族』の皮を被っている。
 此れまでもあった誘拐事件が波立たなかったのはヴィエリ男爵に忠誠を誓い、黒魔術により洗脳された部下達が事実をもみ消してきたからであろう。
 ディアヌが「助けて」とローレットに声を掛けたから未だ良かった。もしもスラムで男爵が幼馴染みを誘拐したと風潮し続け、男爵を弾劾することがあったならば――次の『生け贄』は彼女出会った可能性は高い。


 夜半過ぎ。ディアヌの身柄はローレットでの保護を依頼した。質素と云えども流石に貴族の屋敷は大きく、傾いだ月も屋根に隠されている。
 その屋敷の傍で息を潜めたヴァイオレット・ホロウウォーカー (p3p007470)は「状況はとてもシンプルです」とその整った唇で音を奏でた。
 今宵、ヴィエリ男爵が地下で儀式を行う情報をキャッチした。ならば、邸内の見張りを全て倒した上で、地下に乗り込みヴィエリ男爵を暗殺してしまえば良い。
「表向きには『良き男』であろうとも――それでも、これは善行です。
 表の顔のみを見れば我々こそが悪事働く暗殺者。しかし、今宵は大罪人を罰する為の刃となりましょう」
 嫋やかな笑みを浮かべたヴァイオレットは魔獣の命も絶ち、全てを無に帰そうとそう告げた。
「……屹度、ディアヌの幼馴染みは最早獣の腹の中でしょう。これ以上の被害が出ないように」
 蝶が如く乙女は屋敷の前へと舞い降りた。往きましょう、と声を潜めて陽の如く幸福に濡れた振りをした男の光を沈めるために。

GMコメント

 リクエスト有難うございます。夏あかねです。

●成功条件
 ヴィエリ男爵及び協力者の暗殺

●ヴァレンティーノ・ヴィエリ男爵
 スラム街では非常に評判の良い慈善事業を行う男爵。それも全て『黒魔術の為』の仕込みです。基本的には黒魔術の成功のためならば人命など無関係。配給や視察などで得た情報で『獲物』を探しているようです。
 魔術師としての力を所有していますが、それ程強くはありません。

●ヴィエリの使用人*30
 屋敷の至る所にいる警備及び、ヴィエリ男爵と共に儀式を行う人々です。
 其れ其れの個々の力は強くありません。数が多いことだけがポイント。
 ヴィエリに心酔しており、正気に戻すことは出来ませんし生かしておけば何か『よからぬ事が起るかも知れません』

●ペットの魔獣*2
 黒魔術の一環で飼い慣らされた魔獣。白き虎を思わせる外見です。
 人肉を好み、ヴィエリ男爵の指示を確りと聞きます。
 男爵家からしてみればこの魔獣が最大戦力です。

●ヴィエリの屋敷
 それ程大きくありません。表向きは質素倹約な貴族だそうです。
 調度品などは存在して居らず、屋敷の何処かに地下に繋がる階段があります。
 使用人は一階にて見張りのように動き回っている者と地下で儀式に参加している者に分かれるようです。
 暗殺後の屋敷への対応はお任せします。屹度、傍からは人骨なども出てきますが一応は相手は貴族ですので、自身らが暗殺したとバレないように証拠は消しておきましょうね。

 それでは、どうぞ、宜しくお願い致します。

  • 落暉完了
  • GM名夏あかね
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年10月23日 22時20分
  • 参加人数10/10人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)
私のイノリ
武器商人(p3p001107)
闇之雲
九重 竜胆(p3p002735)
青花の寄辺
白薊 小夜(p3p006668)
永夜
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)
名無しの
鏡(p3p008705)

リプレイ


「善行ねぇ」
 そう、小さく呟いた『闇之雲』武器商人(p3p001107)は「ふむ」と小さく呟いた。ヴィエリ男爵が力のある慈善事業を行ってきたことは事実だった。それ故に、彼の悪行を罰し、死で報いるという判断を下せばスラムに住まう人々は今よりも苦しい生活となる。
「思惑はどうあれ少なからず救われていた人間のその後の責任も取らず、徐にヴィエリ男爵を惨たらしく殺すコレを善行と呼んでもよいのかどうか……ヒヒヒ……興味深いね」
 そうっ呟く言葉に、足下の石ころを蹴り飛ばしてから『博徒』ニコラス・コルゥ・ハイド(p3p007576)は溜息を吐いた。
「スラムのガキの扱いが軽いことなんざよく知ってるさ。汚くてみすぼらしくて。
 居なくなったって困る奴なんざいやしない。窃盗なんざ日常茶飯事。寧ろ――居なくなって生成するって奴等も居るだろうよ」
 まるで今、蹴り飛ばした石ころのように人間の命はいとも容易く淘汰される。それも『黒魔術』に有為に使って遣ったことを感謝しろとでも言うかのように。
「……反吐が出る」
「ええ。スラム街に取っては確かに善政の施政者だったのしょう。
 ですが、黒魔術とやらに傾倒し、己の欲の為に未来ある子供の命を犠牲にしておいて、それでいて善人面とは笑止千万」
 塵は掃除をしなくてはいけないと拳に力を込めた『狼拳連覇』日車・迅(p3p007500)は徹底的に片付け無くてはならないのだと貴族の屋敷を見上げた。
「自身の欲望の為に子供を……人の命を弄ぶ外道め……。滅ぼすことに、何の躊躇いがあろうか……!」
 唇を噛んだ『神鳴る鮮紅』マリア・レイシス(p3p006685)の周囲にぴりりと雷光が走った。酷く苛立つ彼女を宥めるようにそうと一歩歩み出た『女怪』白薊 小夜(p3p006668)は「黒魔術、ね」と首を傾ぐ。
「どうして生贄を攫って来て儀式をする程まで黒魔術に傾注してしまったのかしら?」
「人の心は弱いからね。……殺すだけで依頼達成とは簡単で助かるねえ。何が有ろうと、私は『処刑人』であるだけさ」
 求められたのが処罰であれば断罪の刃を振るうことに『宝飾眼の処刑人』シキ・ナイトアッシュ(p3p000229)は躊躇い無かった。くすくすと笑う武器商人の言葉を反芻しながら『表向きはよくやっていた』のだと『一刀繚乱』九重 竜胆(p3p002735)は呟いた。
「だからこそ一層性質が悪いわ。『助けて』――ね。
 ええ、確かにその声を聞き届けたわ。真実を知らない者にとっては私達の行いは悪。けれど、紛れもなくこれは『私にとっての正義』だわ。
 ……私は私の信じるモノの為に刃を振るう。ただそれだけなんだから」
 師の決意に頷いた『離れぬ意思』夢見 ルル家(p3p000016)は「やれやれ」と肩を竦めた。
「リズちゃんたちが居る手前、幻想も丸くなったと思ったんですが。
 流石は流石、幻想貴族! 近頃は落ち着いてきたとはいえ、腐っている輩はとことん……と言った所ですね!」
 慈悲をかける理由も無ければ、此度の仕事を『オーダー』してきた子供に対しては人助け。これは善政の貴族を殺すのではない。悪徳貴族への迷うこと無き断罪だ。
「暗殺で皆殺しです!」
「皆さんって黒魔術はお詳しいですか?」
 ヴィエリ男爵がそれ程までに心酔しているという黒魔術。興味がないと言えば嘘になる。鏡(p3p008705)はこてんと首を傾げて胸を高鳴らす。此度は沢山の人を斬れるのだと高揚を隠したまま、傍らへと視線を向け――
「私詳しくないんですけどぉ彼は黒魔術で何をしたかったんでしょうね、ちょっと気になりませんかぁ? 地位? 名誉? それとも世界平和? どう思いますホロウちゃん? ……ホロウちゃん?」
 ――返事がない。立ち竦むのは『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)。乾ききった口腔に無理矢理水分を巡らせる様に生唾をゴクリと飲んでから首を振った。
「……何でもありませんよ。ええ、悪には悪を以て因果応報を成すのがワタクシです。此度も、罪ありし者が堕ちる様を愉しむだけです……」
 菫の花がこびり付いては離れない。思考のフィルターにべたりと張り付いたままのソレに蓋をするようにヴァイオレットは何時もの『ヴァイオレット』の表情を浮かべて、言葉を飲み込んだ。

 ――所詮自分も、あの犯人たちと何も変わらない悪人なんだ。


 裏口よりするりと入り込んだルル家は早期に地下への道を見つけるべく、その感覚を活かして地下の道を探し続ける。扉へと無理矢理押し入れば侵入を気付かれる事を加味してドアの鍵は一つ一つ『解錠』する事とした。
「何事にも終わりってのはある。その中でも強欲と傲慢の果ての終わりは破滅だと相場が決まってる。テメェの所業も同様だ。さぁ終わりの雷鳴を響かせにきたぞ」
 静かに、ニコラスはそう言った。漆黒に染まる絶望の大剣を手に、ずんずんと歩み続ける。幼い子供達と、そして――地下から漂う血のにおいを探すように苛立ちを隠すニコラスの傍らでヴァイオレットは『無言』の儘、探索を行っていた。

 ――思惑はどうあれ彼に救われていた人達にとっては『今後』は暗いものになるだろうねェ。

 武器商人の言葉は幾人もの頭の中で巡っていた。意地の悪い言葉だ。武器商人は「ホロウウォーカーの方が可愛らしいから、つい」と何処か揶揄うようにそう言ったが。
(……確かに、黒魔術による『犠牲者』は減ったとしても、今後となれば難しい)
 幾つもの足音が聞こえ、ニコラスはゆっくりと顔を上げた――
 裏口の喧噪をカモフラージュするように、シキは玄関へと脚を進める。武器商人が前をするすると歩き進めばその背後から竜胆が無銘なる刀を握り、警備に当たる使用人達をその双眸へと映す。
「さァて、どうしようかね」
「まあ、相手も馬鹿じゃないでしょうし此方を見れば取るだろう行動は分かりきっているわ」
 静かな声音で竜胆はそう言った。大仰に開け放った玄関に「何事だ」と叫ぶ声が響く。竜胆の予想通り招かれざる客人へと『手厚いもてなし』をしてくれることだろう。
「どうやら、玄関側に使用人が集まっているようね?」
 音の反響を確認しながら小夜はそう静かに呟いた。何処かに地下に繋がっている階段がある――その場所も音の反響が違うだろうと予測する小夜の傍らでマリアは「行っておいで」とい小さな鳥を探索へと向かわせた。
「今日も儀式が行われているのなら、その『供物』が存在居ているはずよ」
「……助けよう」
 ばちり、と赤き稲妻が苛立ったようにマリアを包んだ。小さく頷く小夜の耳には玄関からの喧噪が伝わり続ける。
 正面玄関にて――迅は周囲の物品を壊さぬように保護結界を広げ、武器商人が『呼ぶ』声に反応して剣を構えた使用人達を相手取り続ける。
「成程、塵も積ればなんとやらですね。だが、こちらとて容赦はしない――! ご覚悟を!」
 その双拳密なるは雨の如く。迅速強猛。武術『八閃拳』を駆使しながら迅が使用人tの戦い続けるかで、鏡は楽しげにうっとりと笑みを浮かべた。
「『あっち』に居るのは獣なんですよねぇ? 私は地上の方が良いです。『こっちのほうが』好きですし。ねえ、誰が一番やれるか競争しましょうよ、競争」
 速力を武器に、苛烈にして可憐なる攻撃を繰り出す鏡は『忌鎌』と共に使用人達の的に鳴り続ける武器商人の傍で楽しげに微笑んだ。
「はい、一人ぃ――……二人ぃ――」
 どんどん切り続ける。小細工など必要なく、寧ろ『いつも通りに大暴れ』して裏口から潜入したメンバーへの意識を逸らし続けることが此度の重要なオーダーだ。
 その中でも『見回り』に訪れる者は居る。足音を響かせ剣を手にヴァイオレットの姿をそのそうお坊に映した男が叫ぶ。
「何者だ!」
「――……ああ」
 薄らと声が掠れた。
「屋敷内に展開している者は誰一人として生かして帰しはしません」と、その表情は堅く、笑みの気配を失せさせ、伸び上がる影が食らいつくように絡み合う。本来の自身は決して其れ等を逃さぬように蝕み、そして恐怖を与え続ける。
「ヴィオちゃん、少々気負いすぎですよ。落ち着いていきましょう」
 ルル家が振り向くが、返事はない。
「ヴィオちゃん?」
 問い掛けるルル家に「何か?」とヴァイオレットは返した。その笑みが、何処か冷たく――感情が失せたように見えたことにルル家は何も言わない儘。


「……ふふ。いい子だね、さあ、大人しく私に殺されておくれよ?」
 処刑剣を振り上げる。地を蹴って放つ乱撃が使用人達へと飛び込んでいく。破壊を求める熱き衝動を胸にしても処刑人は作業のように突き立て振るい続けるのみだ。ただ、粛々と。処刑という名前の儀式のように続けていく。
 指先をくべる。ゆっくりと手招く破滅への呼び声は武器商人の高潔なる心を汚すことはない。生存者たるその人は敵を逃すこと無く周囲を見回し、淡々と『集め続けるだけ』だった。
 その者に剣を振るえど、簡単に倒れることはない。痛みは感じる。しかし、その痛み以上に死と言う絶対的恐怖が隣り合わせで無いことを武器商人は知っていた。
 その前で、人を沢山斬る事が楽しいのだというように鏡は神速の暗殺抜刀術を駆使しながら敵を『切り刻んで』いた。まるで戯れるように。擦れ違い様に斬られたことさえ気付かぬ使用人達が一歩二歩と歩めども気にする素振りはない。
「助けてくれ」と叫ぶ声など、聞くことはない。未来在る子供のその先を潰えさせたのは紛れもなく彼等の主であり――そして、この場に居る彼等もその影響を受けて居るのだから。
 地下へと仲間達は進んだで有ろうか。鍛え抜かれた拳で使用人を打ち倒し迅は地を踏み締める。青き血の本能が掻立てた。進め、進めと掻立てる其の本能のままに触れるもの皆傷つける攻防一体の構えを崩さない。
「いきなりなんなんだ!」
「いきなり何だ、とは随分なご挨拶ですね」
 静かに迅は使用人を睨み付けた。その言葉に応えることは無く竜胆はひらりと踊るように剣を使用人の喉元に添える。
「幾人に恐怖を与えてきたのかしら」
 その声音は剣のように冷たい。竜胆の剣が使用人達を打ち倒し続ける。切っ先にこびり付いた血を厭う仕草を見せながら――ソレも仕事で、誰かを助けるためだと剣を振るうことを止めなかった。
 苛立つように迅は地を踏み締める。誰かを害する者を放置はしておけないのだと吼えるようにその拳を突き立てて。
「ふふ、いいねえ。殺すだけってのはシンプルで。淡々と武器を振るえば、私は処刑人としての仕事を果たせる」
「ええ、殺すのはとても楽しいですよ」
 鏡は享楽的に人を殺し、シキは事務的に処刑を行い続ける。両者の行動は似通っていて、全く違うのだろうか。ふと、シキは顔を上げた。
「……ああ。今日も雨音が煩いな」
 迅は雨など降っていただろうかと彼女の顔を見遣る。ざあざあ、と音を立てる事も無く晴れた空に月と星が並んでいる。

 ――本当は雨など降ってはいない。私にしか聞こえていない音。犯してきた罪を忘れるなと、私を縛る音だ――


 地下への入り口へとするりと滑り込んだニコラスは魔獣の姿をその眸に映し小さく囁く。
「――逃さねぇよ」
 その気迫は相手の意志を削り、その斬撃は魔力を喰らい糧にする。無数の斬撃は無限の奇跡を刻み、定まらぬ運命をその獣へと刻み込んでゆく。
 続き、ヴァイオレットは攻撃を重ね続けた。階段を降りる脚が、やや忙しない。ルル家は「ヴィオちゃん」と再度彼女の名を呼んだ。
「……何か? ワタクシは冷静ですよ、いつも通りでございます。
 悪人が自らの所業の果てに地獄に堕ちるのが、愉しくて仕方ありませんねえ」
 少しも愉しげではない作り笑いをしてヴァイオレットは前を向いた。菫の花が、どうしてもその頭から離れない。不安げな視線を送るルル家の傍で小夜は「行きましょう」と静かに声を掛ける。
 どくん、と心臓が跳ねた。ヴァイオレットにとっては『また』だった。

 ――あの時と同じ。欲望のままに楽しんで子供を殺す、あの『誘拐犯と同じ眸』がある。

 唇が震えた。足下から影が伸び上がる。ヴァイオレットの前へと踊りだした魔獣を受け止めたマリアは唇を吊り上げる。虎を思わせる魔獣だというならば自身が相手にならなくては嘘だろうと胸を張る。
「虎型の魔獣……! 私と君達、どちらが虎にふさわしいか思い知らせてあげよう!」
 逃げ場を塞ぐように。紅雷の領域放電を行うマリアの周囲には限界出力を超えて放電された蒼雷が軌跡を描き魔獣へと襲い行く。
 牙を剥きだし飛び込んでくる魔獣はよく躾けられている。イレギュラーズを敵と見なし直ぐに飛び込んできたのだろう。
「流石は虎っぽい魔獣だね! 中々やる!」
 愉しげに微笑むマリアの背後よりするりと飛び出したのは小夜。般若の面を被り、顔を見られぬようにと細工した彼女は視覚障害者用の白杖にしか見えなかった獲物をすらりと抜いた。
 人を効率よく、確実に殺す術理を駆使して、男爵の元へと忍び寄る。舞のように、縁の動きを中心とした剣技にぶつかったのは男爵の持っていた木の杖だ。
「な、なんだね!」
「……無粋な問いかけね」
 小夜の囁きに男爵は「見張りはどうなっている!」と叫ぶ。見張りと呼ばれた使用人達は別働隊がさっさと地に転がして居るであろう事を告げるニコラスに男爵は悔しげに歯噛みした。
「儀式はいかがかしら?」
 小夜が感じたのは怯え竦んだ二つの気配。子供が居る、と小さく告げれば頷いたのはマリアであった。
「獣共よ、『狂え』!」
 失った右目の奥の億、有り得ざる第三眼を駆使してルル家は蝕みの術を放った。魔獣の後ろで蹲り無く子供を救うべく、と小夜とマリアが協力して尽力する中で、ヴァイオレットは男爵だけを見ていた。
「――お前か」
 地を這うように低い声を発するヴァイオレットの眼は男爵だけを見ていた。儀式に参加していた使用人達が男爵を護るように飛び出してくる。ニコラスは「どいつもこいつもちょこまかと」と小さく呻き、マリアの雷撃が周囲へと広がっていく。
「さあ、容赦はしないよ!」
 マリアが地を蹴った.その背を追いかけるように剣を引き抜いた小夜は乙も無くその命を奪い続ける。その様子を眺めながらルル家はヴァイオレットを心配そうに見守っていた。
 今にも壊れそうな硝子の心。二律背反の影は善性に寄り添いながら不安げに声を上げている。その背中がまるで、憤っているようで、泣いているようで、笑っているようで、感情が混ざったソレをルル家は「ヴィオちゃん」と呼び掛けることしか出来なかった。
 淡々と、命が奪われる。『ヴァイオレットにとっての、あの日』をもう一度繰り返すように。
 人の命をまるで遊戯のように奪った男の命。
 ソレを奪ったとき、ヴァイオレットは確かに人を殺したのだと、そう感じた。


「――待たせたわね、こっちの仕事は全て終わったわ。
 貴方達も……いいえ、ヴァイオレット……貴女の好きになさいな。知り合いのフォロー位はさせてもらうわ」
 静かにそう告げる竜胆にヴァイオレットはゆっくりと歩み寄る。醜悪なる男の醜悪なる死に様を見て、心が沸き立つ喜びを感じたことがこうも不愉快か。
「……弔ってはやれないね」
 マリアの悔しげな言葉に小夜は「ええ」と頷いた。それでも、救えた命があった。儀式の前に速攻で滑り込めたことはそれだけで小さな命を救えたという事だ。そうと背中を撫でて、宥める小夜と竜胆の前でマリアは「ごめんね」と今までの犠牲者へと苦しげに告げた。
 焔を放つヴァイオレットの指先は冷たいままであった。屋敷に火が放たれる。今までのことをまるで無かったかのように、放火のように見せかけて素知らぬふりで去って行かねばならない。
『――気が晴れない?』
 鏡は静かにそう言った。自分の声だ、と振り向いた先で鏡は「あ、怒っちゃいましたぁ?」とからりと笑う。
「だって普段のホロウちゃんなら大好きな『因果応報』なのに。少し目が違うんですもん、なんか今日冷たいですしぃ」
 じい、と鏡はヴァイオレットの顔を見遣った。燃えさかる屋敷を遠く見守っていたヴァイオレットは「さあ……」と告げるがその笑顔はぎこちない。
「下手くそな笑い方だね」
 屋敷の崩れる音がする。それが、ヴァイオレットにとっての義憤か、いいや違う。後悔か、ソレも違う。これはきっと――『あの時』と同じ。
 助けられなかった子供達への悲しみと愉悦を抑えられない自分自身への怒りだ。
 拳を固め、唇を噛みしめる。シキにとって人の死とは身近なもので、何ら感情が動くことはない。だからこそ――怒りを知る彼女が少しだけ羨ましくて仕方が無い。
「ヴィオちゃん、なんだかすごく怖い顔をしていますよ?」
 ルル家はそっとヴァイオレットの傍に立った。赫々たる炎の向こう側に、彼女の心が置き去りになった気がして、そうと掌を包み込む。
 彼女は邪悪で、同時に優しい人だった。
 その優しさが、自身が邪悪であることを許せない。固めた拳の力を抜かせるようにルル家はそっと名を呼んだ。
「ねぇ、ヴィオちゃん……拙者には貴女のその表情が泣き顔に見えて仕方ありませんよ……」
「――」
 屋敷の崩れる音に、声はかき消される。目を伏せてから、ヴァイオレットは「燃えていますねぇ」と小さく呻いた。
 彼女の心が少しでも晴れたら良いけれど、ど迅は目を伏せる。何か思うところがあったようだが、それが少しでも軽くなれば良い――声を掛けることは無く、そうっと唇を噤んで。
「……罪には罰を、巡り巡った罪が貴方に帰る時が来た。それだけの話よ」
 そう呟く竜胆の声を聞きながら、ヴァイオレットは目を伏せた。
 此処で話を終わりにはしないさと武器商人はくすくすと笑う。何事も『ハッピーエンド』である方が救いがある。
「さて、貴族というのは大なり小なり慈善事業をしているというのは一種のステータスになる。
 自分の財力を見せつけ評判を上げるチャンスだから、裏を返すとそういう話には耳聡い……だから後日、別の貴族にスラムのことをプロデュースしにいこうか」
 このスラム街を支援することで『良き領主』となることも出来るだろうと、そして、この焼け『落ちた』男爵の次なる存在が来る事を願う。

成否

成功

MVP

白薊 小夜(p3p006668)
永夜

状態異常

なし

あとがき

 この度はリクエスト有難う御座いました。
 MVPは救える人が居るかも知れないと気を配っていた貴女へ。

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