シナリオ詳細
雷鳴が消える前に
オープニング
●決闘
冷たく乾いた空気を分厚い刃が切り裂いた。
「こんなものかいっ」
サンティール・リアン (p3p000050)は軽々と躱す。
霜が下りた地面を軽い足取りで駆け抜け、大剣を振り抜いても体勢の崩れぬハイエスタ戦士の背後に回り込む。
「僕の勝ちだ」
美しい剣を真っ直ぐに突き出す。
細い足からは想像も出来ないほど下半身は安定し速度も十分だ。
積極的に殺す意図こそないが甘さは皆無の、素晴らしい刺突であった。
「お前」
それまで静かな表情を浮かべていた戦士が怒りで顔を赤くする。
毛皮の下の筋肉が膨れあがり、リアンの切っ先を邪魔して骨まで届かせない。
「俺を侮るか」
怒りが腕力に変わり、リアンの体重より重い大剣が跳ね上がる。
「っ」
リアンが咄嗟に放った衝撃波がハイエスタ戦士の体から余分な熱を奪い、大剣の切っ先を鈍くする。
剣による防御が間に合い、大剣と剣の間で激しい火花が散る。
リアンのダメージは腕の痺れのみ。
戦士は背中に浅くない傷を負い、肉体的にはリアンが優勢だ。
「父祖に恥じぬ戦を誓っただろう。なんだその腑抜けた剣は」
「う、うるさいっ。きみの方がずっと下手な癖にっ」
直刀と大剣が何度も交差する。
リアンの剣に慣れたハイエスタ戦士が徐々に盛り返し、しかしリアンは強力な治癒術で筋肉や骨へのダメージを回復させる。
「魂の籠もっていない剣が効くものか」
戦士はハイエスタの伝統的剣技を使っている。
多種多様な敵を相手に磨かれたリアンの剣と比べると非実用的な面が多く、それなのにリアンに対抗出来ている。
「お前の父祖に恥ずかしいとは思わないのか」
侮辱ではない。
強敵の剣の軽さが心底悔しく、このまま勝っても負けても互いの汚点となると確信しての実質泣き言だ。
「きみに」
リアンが震える。
故郷から……故郷がある世界から切り離されて既に3年が経過した。
元いた世界の記憶は朧げになり始め、父の揶揄うような笑いも、兄のおおきな背中も、母のあたたかなかいなも、何もかもが遠くなってしまった。
「きみに何が分かるっ。僕は、もう僕自身しか、僕を証明するものがないのにっ」
一瞬だけ心身が噛み合う。
鋭い切っ先が戦士の知覚能力を上回り、回避の技も大剣による防御もすり抜け若若しい頬を抉る。
強烈な痛みで屈強な体が僅かに鈍る。
だが影響はそれだけだ。ハイエスタの若き戦士は父祖の名誉も背負っているという自覚を核に耐え、優勢なはずなのに心が乱れたリアンへ反撃の刃を繰り出すのだった。
●けっとう!
理を突き詰め、高威力と高頻度を兼ね添えた連撃に至った技は美しい。
それ以上に、繰り出される拳と腕と何より本人が美少女であった。
「ちょ、待っ」
ハイエスタの若手ウィッカは涙目だ。
嫌な予感がした瞬間に全力で障壁を張った直後にこの状況だ。
障壁が消えた瞬間負けが決まるどころか死ぬ。
咲花・百合子 (p3p001385)が手加減してもそうなりかねないほどの力の差があった。
「魔法を使うので防御してくださいね」
アイラ・ディアグレイス (p3p006523)が機嫌良く微笑みながら氷の刃を振り上げる。
物理的存在である以上に霊的存在であり、対物理の障壁では対抗不能だ。
アイラはそれを理解した上で、ウィッカの力を引き出すために行動を遅らせしかも助言まで与えている。
「もう無理ーっ、わかーっ!?」
対神秘の障壁が、アイラがかなり待ってくれた上でぎりぎり間に合った。
銀の軌跡が極寒の気配を伴っていて、それでいて殺意は皆無の不殺で勝つための術だ。
己の未熟を痛感したウィッカが、本格的に泣き出そうとしていた。
「馬鹿者っ、若の一騎打ちを邪魔するでないわ」
「ぬぅっ、面妖な」
業火に覆われた中年戦士達がアーマデル・アル・アマル (p3p008599)とやりあっている。
正面からの斬り合いが得意な戦士達に対し、アマルは猛毒や業火でひと当てした後距離をとって待つという戦術を使っている。
これを卑怯と呼ぶ者はいない。
この地では珍しい技術を見せて貴重な教訓と知識を与えるアマルに感謝する者達はいるが。
「参りましたな。お客人に手加減を強いてしまうとは」
初老の域にある戦士が、手を出さずに見守っている夜乃 幻 (p3p000824)に対して静かに頭を下げた。
幻が少しつつけば障壁など簡単に破れ、守りの要を失ったハイエスタ側の敗北が決まる。
百合子達が次期族長を狙っても同じことだ。
「僕達の我が儘に付き合わせていますので」
イレギュラーズなりの感謝の示し方だった。
「余所見していていいの?」
声が届いたときにはノースポール (p3p004381)は移動を終えている。
大剣のような大型武器では防御が間に合わない速度とタイミングで、老戦士が獲物を構えた手を狙う。
骨が浮き出た腕が迷いなく大剣を捨て、予備の短刀を引き抜きノースポール の切っ先を逸らした。
「おじさんやるね」
「じいちゃんと呼んでくれても構わんよっ」
歳に見合わぬ速度で襲い、それを上回る速度のノースポールに躱される。
「参りますな。血が滾る」
小さいとはいえ1つの部族の重鎮である戦士が、若い頃のような熱さを取り戻す。
熱くなりすぎて、半ば以上訓練のための戦いということを忘れかけていた。
●戦闘開始1時間前
「武者修行!!」
部族に大きな影響力を持つ吟遊詩人が盛り上がっている。
「幻想からはるばるここまで、なんというっ」
リアン達がただの旅行者なら護衛料を徴収して鉄帝の近くまで送り届けたかもしれない。
だが彼等は強豪だ。
しかも礼儀正しく挨拶して、村に押し入ろうともしなかった。
「どうでしょう族長。若にとっても良い経験になると思いますよというか是非やりましょう歌にしますよっ!」
非常にテンションが高い。
「う、む」
良くも悪くもハイエスタ戦士でしか無い族長は即断出来ない。
ただ、この機会を活かせないようなら族長でいる資格はない。
「ここは息子に任せよう。勝っても負けても遺恨のないようにな」
真剣を使った訓練が……限りなく決闘に近い戦いが行われることになった瞬間であった。
- 雷鳴が消える前に完了
- GM名馬車猪
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年10月06日 22時15分
- 参加人数6/6人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 6 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(6人)
リプレイ
●ハイエスタの戦士達
重厚な切っ先が『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)に迫る。
「退け小娘ェ!!」
凄まじい侮辱がされたにも関わらず、百合子はプリーツを乱さないまま拳を構えた。
「退かぬよ」
百合子からオーラが噴き上がる。
冷たく澄んだ秋の空気は爽やかな草原のそれに変わり、艶めく花々が百合子の背後に見えた。
「なッ」
熟練ハイエスタ戦士が気づいたときには既に遅い。
美しいが故に強い拳が、分厚い防具の上から強烈に戦士を打ち据える。
心身共に頑強な戦士の体は耐えはする。
しかし的確かつ容赦のない連撃により平衡感覚を狂わされ、とうとう足がもつれてしまう。
「俺はハイエスタ戦士。お主はッ!」
完全に追い込まれたことを理解したからこそ、彼は挑戦者としての真っ直ぐな視線を百合子へと向けた。
「咲花百合子。美少女であるッ!!」
長いまつげはきらきらとした光を伴い、澄んだ瞳は極上の宝石のよう。
美についての素養が全くない戦士には、美少女が何かを理解することは出来ない。
ただ、百合子即ち美少女というものが尊敬に値し討ち取る価値があることははっきりと理解した。
「よし! 前座は終わりぞ!」
美少女のウインク。
無骨な男でも胸を痛くさせてしまうのは、瞬きの際に射出される睫毛に含まれる神経毒が原因である、のかもしれない。
仲間と共に百合子を挟撃するはずだったもう1人のハイエスタ戦士が、回避を試みることも出来ずに打ち込まれた毒を感じて驚愕した。
「行け! アーマデル殿! そして戦士達よ、イレギュラーズの集団戦法、しかとその目に焼き付けるがよい!」
『蛇霊暴乱』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)の褐色の肌の下の筋肉は薄く、けれど密度は戦士達よりはるかに上だ。
その結果何が起こるかというと、優れた速度と高精度な動きの両立だ。
鮮やかに赤い毒を薄く塗られた蛇腹剣が、大剣による防御をすりぬけ鎧の関節部分へ斬りつける。
「毒ッ? 否ッこれはッ」
ウィンクで受けた致死毒に、毒と業炎と失血と呼吸の困難さが加わる。
恵まれた体格と分厚い筋肉は優れた耐久力となる。
金属鎧との組み合わせで恐るべき頑丈さに至ってはいるのだが、毒などの状態異常に対する防御にはならないのだ。
「筋肉が、腕力が、時に全てを制するのは……あながち間違いじゃない。もっとも、それだけで制するには、相当な力が必要ではあるが、な」
体力も知識も知覚力も全てが力だ。
総合すればこのハイエスタ戦士よりアーマデルが上。
もっとも、上下など周囲の状況次第でいくらでも変化する。
「ヲォッ!!」
「よいぞ! この楽しみを分かち合う時間が減るのは惜しい!」
狂戦士と化し力を強めた男とますます美少女な百合子が正面から激突する。
アーマデルに対する支援はこれでなくなった。
「改めてよろしく」
アーマデルが剣を背中にまわして刃を隠す。
ベテラン戦士は一呼吸毎に継戦能力が削られているのを理解した上で、大剣を肩に担いで摺り足で距離を調節する。
「……訓練以外でヒトと本格的にやったのは召喚されてからだ。あちらでは主に屍人とやり合っていた」
「私はずっと人と獣相手だ。才で負けようと」
ぬるりと前へ出た。
彼なりの最大効率の動きで、それまでより一段上の速度と精度でアーマデルへ迫る。
「気合いでは負けぬゥッ!!」
アーマデルは半歩前へ出る。
たったそれだけで大剣の進路へ密集した草が割り込みその速度を激減させる。
「評価、してくれているのだろうが」
腕に残る古傷を意識しながら、アーマデルは左の人差し指で自身の頬をかく。
「重ねた血により、この身はそういうものには向かないつくりをしている」
重厚な体が大剣を押して草むらを根から引きちぎる。
「重さで押されれば抗えないし。大柄になれない身体は容易に押し退けられる」
アーマデルが避けるのは当たれば負けるから。
無論そこには卑屈な思考など皆無で、彼自身の練磨と歴史の積み重ねで確立した合理がある。
熱狂的に舞い、躱すと同時に敵手の運命を操り、刃の形で干渉する。
「食いしばれ」
殺しあいではないので突き刺す前に声をかける。
そして、物理的な肉体と同時に魂も含む霊的な領域に死角から突き入れる。
「ぇあッ!?」
毒も呪いも全てが1つに結びつく。
衝撃に耐えきれずに戦士が白目を剥いて全身を震わせる。
アーマデルは、2撃目は物理的にはひっかく程度に抑えることで、相手を殺さず気絶する程度のダメージを与えるのだった。
「私はノースポール! 雪鳥の翼を持つ、ローレットの1人! 小さいからって油断していたら、私は倒せませんよ!」
『差し伸べる翼』ノースポール(p3p004381)が広げた雪鳥の尾羽は、飾りではなく第3第4の手足だ。
刃の狙いはより正確に、回避の予備動作は見えないほど小さくなり、しかも微かに飛ぶことで地表の障害物を無効化する。
「我等の祖に感謝をッ」
戦士の口元が釣り上がる。
ノースポールの強さに興奮し、全力で勝利することで敬意を示そうと嵐の如き突きを繰り出す。
1突きに見えて実際は2突きの、イレギュラーズの水準でも高度で強力な攻撃だ。
が、ノースポールの速度と判断はその上を行く。
楽々とではないが危なげなく回避して、短刃の上に虚無の剣を重ねて大剣を支える腕に斬りつける。
手甲もあるので傷は骨まで達することもないが、スタミナが削られ衝撃で筋肉にダメージが届いてハイエスタ戦士の余力を削る。
「これで終わりですか? 目を瞑っていても避けられますよ!」
「ククッ。長引けば私の負け、一度でも当たればお主の負けよ。皮膚を裂かれ肉まで斬られる恐怖にいつまで耐えられる?」
戦士はノースポールを対等かそれ以上の戦士と認めたからこそ言葉でも攻める。
「そうですね。きっと痛くて怖い」
ノースポールは目を逸らさずに同意する。
ハイエスタ戦士は体力と魔力を確実に削られながら、大剣の剣先を動揺させない。
「サティさんは『なんのために戦うのか』と仰ってました」
突きが一変して斬撃へと変わる。
白い翼が小柄な体を宙に舞い上がらせる。戦士を飛び越えることで回避する。
「この命を救われた時から決まっています。『弱きを助け強きを挫く』ために。そのために私は」
集中力が増す。
精神力で抑えても抑えきれない乱れをハイエスタ戦士の手足に発見する。
「もっと強くならなければいけない!」
大剣が加速する。
ノースポールの首筋を掠める。
骨と血管が断たれる様が脳裏に浮かび、その恐怖を勇気で以て乗り越える。
「絶対に、負けません!!」
中年戦士の手首を強く打ち、刃の厚い大剣を地面へ叩き落とした。
●ウィッカの苦難
怖い。
涙で目が見えない。
謎の美少女がおじさん達と戦い始めても、若いウィッカの足は竦んだままだ。
「ウィッカくん。手合わせをお願いできますか?」
『護るための刃』アイラ・ディアグレイス(p3p006523)が真正面から語りかける。
全く反応がないので障壁の表面をつつっと撫でると、アイラと同じくらいの歳のウィッカがびくりと体を震わせた。
「ボクの魔法を通さない為の技。精巧にできていますよね。魔術師としては、とても興味深く!」
アイラは自然体で、そして真剣だ。
「戦うことが怖くて。戦場に行く前は、泣いちゃって……そんなところも、多分屹度同じで。わかる、から」
最近は戦う機会も多くなり、戦うことを迷わず選ぶようになった。
戦闘経験を積んで力を得たがそれは副産物でしかない。
隣で戦ってくれる彼や仲間がいる。
後ろで応援してくれるひとがいる。
アイラより未来に生きるひとたちがいて、その背中が眩しく尊いから前に進める。
「だから、己の弱さと戦いましょう。手加減は無用です。ボクも手加減はしません。其の為の手合わせです」
「そこまで言われて、引き下がるわけにはいきませにょ……んよねっ」
緊張で舌がもつれたがウィッカの目に光が灯る。
空に近い魔力を絞り出すようにして、指先に触れたものを壊す力を宿らせる。
「――参りますッ!!!」
アイラの声が高らかに響く。
「来いやぁ、って、ひぇっ!?」
ウィッカの怯えが再発する。
アイラは少女らしい高く甘い声で底知れぬ闇を孕んだ曲を歌う。
障壁は広範囲に及ぶ破壊を防ぐ。しかし紺冥の蝶が舞う現実までは防げない。
「なんて術を使っ!?」
鱗粉が、否、鱗粉と視認していた呪いが障壁を通り過ぎてウィッカへ届く。
必死に奥歯を噛んで耐えようとしても、次々に変化していく多種多様な呪いには対抗しきれない。
「ボクの魔術がキミを倒すか」
アイラに追い付かないと攻撃出来ないので足が遅いウィッカでは無理だ。
「キミの障壁が砕けるか」
そろそろ消えそうだし障壁を張り直す力はない。
「キミがボクを倒すか。その三択です」
「ちくしょー、やってやるぁっ!!」
ウィッカ用の装束を投げ捨て四足歩行じみた動きでアイラを狙う。
氷のように光る爪が白い頬に触れる寸前、アイラが鮮やかに横へ跳んで着地した。
「ぁ」
ウィッカが方向転換しようとするが勢いを殺せない。
宙に残っていた銀剣が障壁を撫で、物理的な傷は与えられなくても出血を強いることに成功する。
「ボクはまだ、強くならなきゃいけないの――ッ!!」
蝶が飛ぶ。
相変わらず障壁は健在だが構わない。
この程度のハンデが必要な実力差がある。
「ボクの魔法よ、舞って!」
「みッ!?」
呪いが障壁を無視してウィッカを捉える。
結果としてはあっさりと、術合戦としては予想より高度なやり取りの末、ウィッカが顔から倒れることで決着がつくのだった。
●千日手
「一騎打ちを」
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が申し出ると、老戦士は実に爽やかに、歯を見せて笑った。
「重く大きなものを背負ったものに立ち塞がることになるとはなぁ」
強くはあっても戦場でも政治でも中心に立てなかった男が、獰猛に笑った。
「大きなのは友人です。大切な人が助かったのは只の皆の努力のおかげであって、僕の力では御座いません」
あの光景は幻の魂に刻み込まれている。
全力ではあった。
ただ、もっと力になりたかった。もっと強い信念をもって、もっと強い力で、ほんの少しでもいい。敵を倒す力の一助になりたかった。
だからこの時この場所で挑戦するのだ。
「俺を踏み台にするとはよく言った! してみせい!!」
目に見えるほど濃い殺意が幻を襲う。
もちろん幻の反応速度は次元が違う。
「老騎士様は技巧が一番上と聞いております。僕の目で見、耳で聞き、心で感じて、僕の糧にさせて頂きます」
奇術を経て奇跡に近い域に至った術が老戦士を襲う。
躱すも困難。
防いでも心を深く惑わせる一撃だ。
幻の行動はまだ終わらない。
草の下に隠れた地形を見抜き、直線距離では数十メートルに見えても徒歩では100メートル近い距離をとる。
速度の優位を最大限に活かした、一方的に討ち取るための行動だ。
「ここは俺の庭よ」
老戦士は足下を見もせずに把握し、地面に深く刺さった岩を足場に高く跳躍する。
宙でくるりと半回転して幻の術を回避。無理に追い縋ろうとはせずにしっかりした足場のみを選んで徐々に距離を詰める。
「読み合いに持ち込まれてしまいましたね」
「力なき者の足掻きよ。勝ちは頂くがな?」
両者油断はない。
高度過ぎる戦いは見守るハイエスタの民に理解されず、しかし2人とイレギュラーズ達だけは分かっている。
「真剣勝負なら僕の負けですね」
「真剣勝負ならここへの誘き寄せに失敗して負けておるわ」
2本の小さな刃だけを手に老戦士が駆ける。
地形を熟知している分回避能力も刃の狙いも向上はしているが刃自体は決して鋭くはない。
幻が地形を学習し、戦闘を継続することで魔力を磨り減らす。
老戦士は地形による有利を徐々に失い、体力の限界がゆっくりと近づいてくる。
高度ではあっても絵的には地味な戦いは、予想以上に長く続いた。
●決着
若きハイエスタ戦士は『雲雀』サンティール・リアン(p3p000050)が乗り越えるのを待っている。
手加減ではない・
彼もまた自身を成長させるため、殻を破ったサンティールとの戦いを望んでいる。
距離はあってもサンティールに向けた刃は揺れず、真っ直ぐな戦意が放たれていた。
「僕も、『ひとに刃を向ける』ことを、躊躇ったりしない」
もとの世界で受けた教えを思い出す。
混沌での戦いで錬磨される前の構えをとり、ゆっくりと、改めて心に刻みつけるように今のサンティールの構えへ戻していく。
仲間達の声が聞こえる。
幻の紡ぐ奇術。
百合子の純粋なちから。
アーマデルのような流麗さ。
アイラの魔法がもたらす奇跡。
ノースポールの軽やかな脚さばき。
どれも目を向ける必要もなく感じられ、サンティールは自身が持たない力へ昏い感情を向けてしまいそうになる。
「……でも!」
顔を上げる。
ハイエスタの戦士が、好敵手の名乗りを静かに待つ。
「僕はサンティール、異世界よりこの地に飛来せしもの! 『英雄譚』を語り継ぐもの!」
冷たい空気を感じる。
靴の下の草や地面が何故かはっきりと分かる。
「どうぞご覧あれ、――『語り部』の紡ぐ物語の一節を!!」
「ハイエスタの戦士として歓迎する。いざッ」
若き戦士が大剣を重さを感じさせない速度で駆ける。
暗黙の了解で急所は狙っていないが、受けるのに失敗すれば長期療養が必要な骨折になるかもしれない。
「守ることは、奪うことでもある」
高度な技術を持つ戦士達の基準では、サンティールの防御技術は高いとはいえない。
しかし今は、剣の鞘の先で以て大剣を抑え誘導して受け流し、その実質的攻撃力を激減させる。
ハイエスタ戦士は無理に逆らおうとはせず、受け流された勢いすら利用して第2の斬撃を放とうとした。
「これで」
予備動作のない衝撃波。
戦士は的確に防御して吹き飛ばされることは防いだが、体に痺れが残って次の防御が困難になる。
「決める!!」
大剣での防御は間に合わないと判断した戦士が腕の骨で防御する。
鋭い剣先が肉を抉って骨を折り、その感触がサンティールを恐れさせる。
(負けたくない、負けちゃだめだ。僕はだいすきなひとたちが生きるこのせかいを、守るってきめたんだから)
「――天雷よ、集いて奔れ」
青い光が戦士を打つ。
負傷しても顔色ひとつ変えなかった彼は、体を突き抜けた衝撃により体が一時とはいえ動かなくなったことに気付く。
「やぁっ!!」
全てを込めて、斬りつける。
ハイエスタの次期族長の胸にあった飾りが、澄んだ音を立てて砕け散った。
「おおぉっ!!」
熟練戦士が競り合いに負け地面に叩き付けられる。
すぐさま飛び起きようとして、喉を潰せる位置にある拳に気付いて敗北を認めた。
屈辱と納得。
だが今は、若き戦士達の決着が目に焼き付いている。
「戦うというのは酷く非効率であるな、いずれ死ぬものを殺すのであるから。だが」
百合子はかつて、戦いの中で奇跡を見た。
サンティールが自身の迷いを乗り越えたのも、奇跡とまでは行かないが尊い前進だ。
負けを認めた戦士にひとつ頷き、百合子はサンティールに歩み寄る。
彼女の顔を見て、自然に握手を求めていた。
「戦士になられたな」
「戦う前は、もう戦士のつもりだったんだけどね」
握手に応じ、片膝をついた戦士にも手を伸ばす。
「慣習が違うんだが……まあいいか」
戦士から闘志が消えて、鍛錬の跡が目立つ手で握手に応じた。
「大丈夫ですか? とってもいい経験になりました!」
「あたしこんな経験いやーッ!!」
しくしく泣くウィッカをノースポールとアイラが助け起こしている。
「僕の負けでしょう」
「自分に厳しすぎるのはどうかと思うのぅ。力の使い勝手が良すぎて戦略まで考える必要があるのかもしれぬが……」
老戦士は息も絶え絶えで、どっかりと座り込んで動けなくなる。
「今度は共闘したいですね」
丁寧に挨拶した幻がそう言うと、全敗したハイエスタの民達は少しの間沈黙して、しみじみと頷くのであった。
草原には、今日も鍛錬のかけ声が響いている。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
爽やかな戦いでした。
GMコメント
リクエストありがとうございます。
勝利すれば成功になる依頼ではありますが、勝利以外のものも獲得出来るかもしれません。
●ロケーション
丘陵地にある草原です。
徒歩数分の距離に、ハイランドの一部族の村があります。
●エネミー
『若』×1
部族の同世代では飛び抜けて強い存在ですが、戦闘技術は『中年戦士』より劣ります。
大剣とモンスターの毛皮を装備し、物理攻撃力と回避が高めです。
一騎打ちには必ず応じます。
『ウィッカ』×1
【物無】と【神無】の障壁をそれぞれ1つ張っています。
APは枯渇寸前で、新たに障壁は晴れません。
『中年戦士』×3
攻防どちらも優れた熟練ハイエスタ戦士達です。
大剣と分厚い鎧を装備し、豊富な体力で使いこなします。
ヴィーザル地方での戦闘経験しかないため、イレギュラーズの戦い方に対応出来るようなるまで時間がかかりそうです。
『老戦士』×1
重い鎧を常用するだけの体力はなく、防御技術とHPは低めです。
しかし命中と回避は高く指揮能力もあります。
それとなく指示を出して『若』が一騎打ち出来るようしようとします。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
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