シナリオ詳細
<幻想蜂起>スタンピード・スタンピード!
オープニング
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「もう限界だ!」
声を荒げた男が、握り拳を机に叩き付ける。穏健派・ロザウッド領。その中にある小さな村の、小さな集会所。普段は村の寄り合いなどに使用され、和やかな空気に満ちたものだが、今は集まった者は皆、一様に怒気に顔を歪めていた。
「貴族たちが一体、俺達に何をしてくれたって言うんだ!」
「不作の時だって何もしなかった!」
「盗賊どもを討ったのだって、結局はローレットの連中だったじゃないか!」
誰かが一つ、発言をする度に、そうだ、と同意の声が続く。日々の暮しに募った胸中の小さな燻りは寄り集まって大きな火種となり、昨今の『幻想』のムードに煽られ、その火勢をいや増していく。正しく一触即発。武器を手に、最早打って出るしかない、と高らかに叫ぶ村人たち。爛々と輝く目からは徐々に正気の光が失われ、渦巻く狂気は、その精神を憤怒の色へと染め上げていく――
「ふむ。中々良い武器を揃えているね。これは何処から仕入れたいんだい?」
そこへ、声が落とされた。酷く場違いな、金属を打ち合わせるが如き冷たい声だ。泡を食った村人たちが声の主を見遣ると、如何にも冒険者然とした身形の男が居た。木箱から適当に掴んだ剣を矯す眇めつ検めるその顔は、目の周囲のみがシンプルなマスクで覆われ、判別出来ない。当然、村の人間では無い。俄かに色めき立つ村人を、男は掌を差し向けて制止した。
「気に障ったなら詫びよう。大方盗品だろうが、それを咎めるつもりも無い。君達が暴動を起こそうとしている事もね」
鞘に叩き込んだ剣を、無造作に傍にいた村人に放り投げ、男は言う。
「しかし君、このご時世、国家相手に打って出ようとは中々骨が有るじあゃないか。その心、その行動力に敬意を表したい。そこで提案なのだが、私にも力を貸させて貰えないだろうか。何、タダとは言わん。手土産が有る。そうだな、まずは領主の隠し倉庫の場所など――――」
●
「伝令! 群衆は村々を回り、戦力を拡充しているとの事!」
「御苦労。下がって良い。……リーヴェン、ヴィルフリート様を呼べ。対策を講じたい」
ロザウッド領、領主邸。貴族らしい豪奢なつくりの邸宅は、今や領内で発生した暴動の対策に追われていた。私設兵団長は傍に控えていた政務官に領主であるヴィルフリートを呼ぶよう指示するが、返ってきたのは「領主さまなら数日前から姿を見ませんな」との答えだった。この肝心な時に、と歯噛みする。決して無能な主では無いのだが、時折こうして姿を晦ます悪癖だけは受け入れ難い。緊急時の采配は役職毎の長に一任されており、仮に兵団長が兵を動かしたとて、その責を問われる事は無いのだが。
「……分かった、この件は私が預かろう。兵達に伝えろ。半刻後より我らは暴動の鎮圧に出立すると――」
「兵団長! た、大変です! 今、隊の者から聞いたのですが!」
兵団長の言葉は、扉の乱暴に開け放たれた音に遮られる。駆け込んできたのは顔面を蒼白とした偵察隊長だ。肩を大きく上下させて呼吸を整えるその姿に、兵団長は背筋に冷たい物が走る錯覚を覚える。腹をくくり、規則など今は後回しだ、と先を促す。
「はッ! 暴動の主導者らしき人物が判明しました! ただ、それが、その……」
「報告は明瞭に行え! 時間が惜しい!」
歯切れの悪い言葉に苛立ちを抑えきれず、思わず声を荒げてしまう。視線を泳がせていた偵察隊長が、兵団長の怒声に背筋を逸らした。報告と上げる声は最早悲鳴に近く、頬から滴り落ちる雫は涙か、それとも冷や汗か。私設とは言え訓練を受けた兵達の、一部隊の長がここまで取り乱すとは何事か。頭の隅でちらりと走らせた疑問は、その解答に真正面から殴られて砕け散る。
「暴徒の先頭に立ち、奴らを主導していたのは……ヴィルフリート様ですッ!!」
●
(……さて)
村々を巡り、民衆を扇動し、勢力を拡大した群衆。司令塔を得、最早単なる暴徒などとは呼べなくなった『軍団』の中心。主導者たる仮面の冒険者――否、ロザウッド領主、ヴィルフリート・ロザウッドは内心で独り言ちる。
(暴徒は統制された一個の軍団となった。与えた攻略目標も受け入れられ、これで分別無く被害が広まる事も有るまい。暴動への参加者の分別も済ませた。参加者の妻や子、若い女達には村で治療環境を整える様指示も出した。……出来る事と言えば、これだけか)
後は、振り上げた拳を振り下ろさせるまでである。しかし。
(懸念も有る。隠し倉庫の一つや二つで済めばいいが、彼らの本質は『幻想』そのものへの不満だ。彼らの手が領を出、首都へ……否、他領へさえ伸びてしまうのは宜しくない。
何とか水際で食い止められれば良いのだが)
嘆息と共に、密かに飛ばしたファミリアーへと意識を重ねる。眼下に流れるのは首都の光景。目指したのはギルド・ローレット。
(要項は二つ。ひとつ、群衆を死人無く解散させる事。ふたつ、落し所を探る事。確かに事を為したと言う達成感と、暮らしの助けになる幾許かの金銭を手に出来れば良い。皆の怒りは未だ冷め切らずあるが……何かきっかけさえ有れば、彼らの頭を冷やす事も難しくあるまい。私は主導者として此処を動けん。……頼んだぞ、ローレットの者達よ)
嘴が窓をつつき硬質な音を立てる。窓越しに見る情報屋の少女の顔が足に括られた紙筒に
向くのを確認し、ヴィルフリートは僅かに口元を緩めた。
(それにまあ、手練れの冒険者と打ち合える機会は逃したくないしなあ!)
●
「……えーっと、と言う訳で……? 貴族に不満を訴える暴動を主導する貴族の領主さまをなんとかして欲しいのです……?」
集まったイレギュラーズを前に、盛大に視線を泳がせつつユリーカが概略の説明を終える。明らかに何が起こっているのか良く分かっていない顔だが、それもむべなるかな。言わば自分で自分に弓を引くようなものである。事実、領主の隠し倉庫へ向けて進軍を開始しており、襲撃されれば資産の半分を失ってしまう、らしい。
「依頼人はそこの私設兵の団長さんと……もう一通……えっと、領主さまからも依頼の手紙……が……? 暴動の鎮圧をお願いしたい……と……?」
ぐるぐる。目と頭を回しながら説明を続けるユリーカ。宙を虚しく掻き混ぜる手は、何とか状況を整理しようとしている努力の表れだろうか。そうしたところで掴める物など何もないのだが。
「と、とにかく! 依頼内容は簡単! 人的被害を出さずに暴動を鎮圧する事! です!」
誰も殺さないでくれ、と言うのも領主さまからのオーダーなのですけどね! そうユリーカは悲鳴のように締めくくった。
- <幻想蜂起>スタンピード・スタンピード!完了
- GM名へびいちご(休止中)
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年05月09日 21時50分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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暴徒達の駐屯するキャンプ、と言えば。どのような物が想像出来るだろうか。
イレギュラーズが脳内に描いた光景はさて置くにしても、訪れた場所は至って普通の、それこそ兵隊の設えたキャンプのように整然としたものだった。
見張りの暴徒が、キャンプに近付くイレギュラーズに目を留める。槍を構え、何者だ、と問う声に答えたのは『絡繰人形』黒須 桜花(p3p000248)と『青き戦士』アルテミア・フィルティス(p3p001981)だった。
「ローレットの者だ。領主様直々の依頼で、アンタらと交渉しに来た」
「貴方達の主導者を出して貰えないかしら」
暴徒達にどよめきが広がる。言葉の通りに、イレギュラーズは武器こそ帯びて居るものの、構える気配は微塵も無い。戦意は無い、と判断しての事だろう。おい、との言葉で、一人がその場を後にした。
それを見て内心、『夢見る狐子』ヒィロ=エヒト(p3p002503)は頷いた。少なくとも、見張りの取り纏め役は彼らしい。
イレギュラーズを取り囲むように、テントから顔を出した暴徒達が集まってくる。警戒しての事だろう、皆が皆武器を持ち、緊張に顔を強張らせていた。
「今この場で襲い掛かられたら、我々も全力で抵抗するでごぜーますよ」
「ここで吾共が負傷すれば、領主殿も本腰を入れて貴殿らを殲滅せしめんとするだろう。吾共はあくまで交渉に来たのだ」
ここで戦力を減らすのは賢い選択とは言えない、と『マリンエクスプローラー』マリナ(p3p003552)暴徒に向けて語る。同意するように『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)が言葉を続けた。『儚き雫』ティミ・リリナール(p3p002042)も、「無駄な血が流れて悲しむ人が増えるのは嫌です」と零す。
「お前達が覚悟をして来ているのは理解する。が、このままではお前達のみには留まらん事態になる。落とし所は用意してある。悪いようにはせん……癪だろうが抑えてはくれんか」
『終焉の騎士』ウォリア(p3p001789)が言い含めるように告げると、ようやく暴徒達の表情から険しさが消えた。相手に理解を示し、その行動を是として尊重しながら、別の決着点を用意する。それは、この場においての正答だ。
「成程。ローレットも良い人材を寄越したものだ」
故、群衆を割って姿を現した仮面の男が、そう口元を緩めるのも無理からぬ話だった。アンタが、と誰何する桜花に、如何にも、と応じる。
「初めは気楽な用心棒のつもりだったのだがね。気が付けばあれよあれよと神輿の上だ」
嘘か真か、そう嘯く。伸びた背筋。獅子の如き威容。何処と無く気品さえ感じさせる様は、ロザウッド領主、ヴィルフリート・ロザウッドに違いない。確信を持って、『酔興』アーリア・スピリッツ(p3p004400)はハイ・テレパスで語り掛ける。
(こんにちは、依頼者は貴方でよろしいかしらぁ……ヴィルフリート様?)
(はて、依頼書には記載せんかった筈だが……ああ、リーヴェンか)
突然の念話に表情一つ変えず、また思考の乱れすらも無い。流石よねぇ、と小さく零し、アーリアは一先ず彼のみに要求を伝える。
(分かった)
返答は率直。場所をキャンプ端から中央へと移すよう、その場に居た全員に指示を出し。
(が、少々条件を足させてくれんか)
(条件?)
(簡単な事だ)
用意させた敷布の上に腰を下ろして、イレギュラーズにも同く座るよう促す。周囲には未だ暴徒達が、それでも初め程険しくはない表情で付き従っている。
「用件は理解しているとも。が、しかしはいそうですか、と解散させる訳にもいかん」
「承知の上である。故、」
言葉を次ごうとした百合子を、主導者は手で制した。
「ならば戦って雌雄を決する他有るまい? 全員とは言わん、そちらと同数の八人で良い。こちらから選出させて貰おう」
簡単な事だ、と。再度、アーリアはその思念を聞く。決闘の提案はそちらからではなく、こちらから出させて貰う、と。
(一から十までそちらの提案通り、となると納得せん者も出るだろう。故、こちらから出した条件をそちらに呑んで貰う、と言う形を取る。これで負けたとしても、文句も口にし辛くなるだろう)
(……お力添えに感謝するわぁ)
兎も角。交渉はその後も続けられるのであった。
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時は僅かばかり過ぎ、高々と登る陽が大地を照らす。準備を終え、キャンプの中央で退治するイレギュラーズと選出された暴徒達。戦闘に参加しない暴徒達が輪になって周囲を取り囲み、野次さえ飛ばすその様は、一種の観覧試合のようでさえあった。
対峙する相手は皆、屈強な男達だ。その中に、見張りの取り纏め役も居た。彼らを選出したのは主導者だが、しかしそれは同時にヒィロの選んだ人物達でもあった。
説得するのであれば、力持つ者を。どうやらその思考は、共通していたらしい。
高らかに勝負の開始が宣言され、即座にアルテミアが主導者相手に肉薄する。既に付与術式は起動している。瞳は淡く燐光を纏い、強化された神経は爆発的な瞬発力を生む。味方からの付与の力の借り、大地を砕き割る勢いで地を蹴った。
突風の如き攻撃は、しかし甲高い金属音に遮られた。打ち払われた勢いそのままに身を転がし、背面に回って相手を見据える。剣を抜いた主導者が、貴婦人の様な佇まいでゆるりと向き合う。
背を向けた隙を逃さず、アーリアがマギシュートを放った。光弾はその背に吸い込まれ、
「――なっ」
主導者がぐるりと身を回す。刃は光弾を斬り払い、そのまま攻撃に転じたアルテミアの剣を打ち払った。視線で捉えず、斬ったというのか。
「ふむ」
得心したように頷く主導者が、手にした剣をくるりと返した。ガントレットで刃を握り、柄頭を先へ逆しまに構える。背面から斬りかかるティミを鍔で打ち据え転がすと、至極楽しそうに笑う。
「手心加えろ、と言うのは理解出来る。しかしそれでは楽しむ事もままならん。故、本気は出さん」
上天より。
「全力だ」
打ち下ろしの一撃がアルテミアに迫る。カバーに、と割り込んだのは桜花だ。鉄の身体は生半可な刃を通さぬ頑健さを誇る。が、戦槌の如き柄撃ちは容易にその体に軋みをあげさせ、鋼の何割かを砕き割る。簡素な軽鎧など、物の役にも立ちはしない。
「がッ……!」
苦悶の声を上げ膝を突く桜花。背後よりの光弾と正面からの剣戟をいなし、主導者は嬉々として告げる。
「さあ、楽しませて貰おうか」
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開始の合図と共に、地を蹴ったのはヒィロも同じだった。向かう先は領主では無く、選出された暴徒の一人。筋肉の鎧に覆われた体は、彼女の何倍も逞しい。
けれど。
(……うん)
僅かに唇を湿らせ、
(行ける)
剣を振り上げる暴徒。剣の間合いの外で、ヒィロは踵を相手に向けるようにして大地を踏んだ。急制動に空を切る暴徒の刃。地を蹴り、体をしならせ、ヒィロは男の顔面へと向けて飛び後ろ回し蹴りを叩き込んだ。足裏に鼻の潰れる感触。武器を手放し、仰け反る暴徒に向けて足払いを仕掛け、転がした。
男達の体は、戦う物のそれではない。蓄えられた筋肉は、日々の暮らしの中で培われた物。であればいっそ、戦いの中では邪魔になる。単純な力比べで無ければ、利が有るのはこちらの方――事前に目を配って、気付けた事だ。
哮、と声が響き、ウォリアが暴徒の一人に蹴りをくれた。重ねた腕の上から骨を軋ませ、その体を吹き飛ばす。隣では百合子が襲い来る暴徒の攻撃を一つずついなし、拳を顔面に埋め込んでいた。こちらはそもそもの鍛え方が違う。戦闘の中で培われた体と心は、彼ら暴徒には得られない物だ。二人が自身に施した強化術式も、埋められない差となって表れていた。
「死にそうになる前に降参してくだせー」
いっそ気怠げとも取れる声色で、マリナが暴徒へと銃を向ける。放たれるのは殺傷能力の低い威嚇術だが、神秘に対する知識も抵抗力も無い暴徒にとっては、一発一発が致命傷に近い。顔面へまともに貰った暴徒の一人がぐらつき、ウォリアに横腹を蹴り倒されて地に転がる。
そのままぴくりとも動かない。が、死んではいない。殺すつもりはないからだ。全て加減した上、狙いは丁寧に急所を外している。
「くそッ!」
悪態と共に突き出された槍を立てた腕で外へ逸らし、百合子は姿勢低く踏み込んで肘を暴徒の腹に埋める。くの字に折れた体はそのまま脱力し、ずるずると百合子の体を伝い倒れていく。拾い上げた槍を折って放り捨てると、百合子は次の暴徒へと向き直る。
そちらではウォリアが振り下ろされた剣を握り、砕いている所だった。思わず後退る暴徒の腹に蹴りを入れ、下がった頭へ拳を落とす。ゴム鞠のように跳ねる頭を蹴り飛ばせば、体を奇妙に捻じれさせながら暴徒の体は飛んで行った。
「……手加減は?」
「している。不殺のオーダーは承った。一人の死人も出さん」
「ならば良し!」
近くでやりとりを聞くヒィロが、良いのかなー、と内心で独り言ちる。死なないだけで後遺症とか残ったりしないだろうか、と。
突き出される槍を左右へのステップで避け、穂先の戻りの遅れを逃さず、バク転がてら蹴り上げた。宙を舞う槍。それに注がれる暴徒の視線。やはり、素人だ。跳び上がり、首筋へ延髄斬りを叩き込む。倒れ伏し、動かなくなった暴徒の顔をそっと覗けば、泡を吹いて倒れているだけだった。少しだけ安心する。
「はーい、動かねーでくだせー」
言葉と共に、ばらばらと魔弾がばら撒けられる。散漫な弾幕は大地を穿ち、土煙を上げさせるだけだったが、威嚇にはなった。動きの止まったところへ銃弾を放ち、足を撃ち抜く。
足を穿たれた暴徒は武器を取り落とし、大地に転がって悶え苦しむ。それを百合子が優しく抱え上げ、そっと締め落とした。銃口を次の標的へ向ける。
「げっ」
銃口の向いた先に有るのは剣を持った暴徒と、ティミの姿。ティミは呻きながらも起き上がり、自身の体を癒していた。近付いた暴徒に気が付くと、頭を抱えて蹲った。小さく震える体。去来するのは、かつての記憶。一方的に打ち据えられていた、奴隷時代の。
やがて暴徒は剣を落とすと、
「えっ?」
ティミの体を抱え上げ、取り囲む観客の方へと放り投げた。宙に舞うティミが見たのは、苦笑を浮かべる男の顔。
「覚悟など、無いに決まっとる」
そう零したのは、ティミを柔らかく受け止めた年配の男だ。深い皴の刻まれた顔をくしゃりと歪め、ティミの頭を優しく撫でる。
「理由が有り、熱量が有り、気勢が有った。私達は所詮、それに乗っかったに過ぎん。屍を踏み越える覚悟など、此処の誰にも有りはせん」
しかし。
「事此処に至って踏み止まれる者は居らん。残る四十の視線の下、代表として選ばれた者に武器を捨て戦いを止めろなど。残酷な処刑に他ならんよ」
戦う者として選ばれたのであれば、戦い抜かねばならない。断じて、ティミの声が届かなかった訳では無いのだ。
「それを作ったのは、私達ですか」
「足を止めるきっかけと言うなら、是だとも」
武器を下ろせ、とティミは言った。しかし、武器なら既に下ろされていたのだ。彼らの心から、無軌道な暴力はとうに失せている。暴力の矛先を、イレギュラーズへと定める事で。
これは栄誉ある戦いだ、と。男が言う。戦いの栄誉を、君達が与えてくれたのだ、と。
言葉を交わす間に、暴徒達は全て打ち倒された。ティミを投げた男もだ。しかしその表情は何処か晴れやかであるような。そんな錯覚を、抱かずにはいられなかった。
「……行きます」
「そうかね」
気を付けて、と言う言葉を背に受けて。ティミはもう一度走り出した。
残るは主導者、ただ一人。
●
踏み込み、剣を振るい、飛び退る。舞うのは砂塵だけでなく、銀の髪と青いドレス。身を翻す度円弧を描いて踊る色。正しく踊るような剣戟は、しかし加速する律動に打ち払われる。
振るう刃はアルテミアの剣を払う度に勢いをいや増し、剣戟を打ち込んでいた筈のアルテミアは、気が付けば打ち込まれる側へと回っていた。
「全く。ワルツもまともに踊れないの?」
「生憎と情熱を踵に咲かせる方が好みでね!」
硬質な音を立て、柄撃ちをまともに受けた盾が砕け散る。大いによろめくアルテミア。しかし剣は彼女を打ち据えない。振るわれた剣はアーリアの魔弾を砕き、返す閃きで桜花の腕を砕いていた。
「くそッ、後ろに目でも有るってのか!」
「全くねぇ……」
軽い口調とは裏腹に、三人の額からは冷や汗が流れ落ちた。勝負開始から此処まで、一太刀たりとも届いていない。技量の程は伝え聞いていたが、奇矯な人柄が認識を大いに捻じ曲げていた。
剣を両手に構え直し、アルテミアが肉薄する。鋭い踏み込みは、しかし軽やかに躱された。振るう剣が、アーリアの魔弾を叩き落す。
(幾ら何でも、見え過ぎてる……ッ!)
切れた支援をかけ直す為、歌声を響かせる桜花が思考を巡らせる。今も完全に隙を見せたように見えていた。が、魔弾はあえなく打ち落とされた。桜花がカバーを行い、アーリアが隙を埋める事で何とか食い下がっているが、このままでは。
劫、と声が轟く。ウォリアだ。鎧の隙間から零れた炎が舐める様に宙を走り、振り被る斧槍へと絡み付く。
一閃、轟音。炎の斧槍が大地を砕く。焼けた土塊が噴石の様に飛ぶ中を、しかし翻る輝きがウォリアの頭部を打撃する。
「疾ッ!」
踏み込み鋭く、百合子が掌底を突き出した。届かない。僅かな体の傾き一つで躱された。素早く拳を戻し、同時に膝を繰り出した。横にいなされる。大地を踏む。裏拳。拳に返る感触は無い。足。空を切る。振り上げた足を踏み込みへと変えた。拳。柄頭に打ち落とされる――最早使い物になるまい。
「だが!」
そのまま柄頭をカチ上げ、胴を曝す。剣は背面へと回っている。またとない好機。しかし、主導者の口元には笑みが。
「えっ」
浮かべた疑問はすぐさま氷解した。背面に回った刃が、ヒィロの刃を受け止めていた。
(完全に――)
(見えて居なかった筈!)
疑問を振り払い、逆の腕で拳を繰り出す。舞った血飛沫は、半ばまで腕を断ち切られた百合子の物だ。背面、腰下に下がった柄を握り、逆手で構えて防御としたのだ。
「おっと、失敬。刃は使うつもりが無かったのだがね。いやはや、流石だ」
刃へと血振るいをくれ、元の構えへ戻る。
「――は」
笑みを漏らし、脳天へ一撃を貰った百合子が倒れ伏す。
「やってくれたでごぜーますね……!」
「合わせるわよぉ」
撃ち込まれた魔弾、二発。落としきれないと判断してか、大きく身を飛ばして回避した。追撃と、アルテミアが剣を振るう。
一閃。防がれ二合。払われ三合。捉えた。刃は僅かに腕を裂き、宙に微量の血液が舞う。反撃の横撃ちを剣で受け、
「!」
払いのけようとした主導者の剣の軌道が変化した。雄牛の如き勇壮な構え。踏み込みは鋭く、捻りを加えられた柄頭が胸を穿つ。胸骨の幾らかが圧し折られ、空いた穴からは夥しく血が流れる。
「まだ……ッ!」
剣を支えに、踏み止まる。まだ、まだ。闘志の炎は消えていない。
「そこですっ!」
声と共に、駆け寄るティミが地を蹴った。向けられるのは武器では無い。何かを掴む様に広げられた手だ。打ち払うのも酷だ、と思ったのか。半身をずらして回避した。手は主導者の首元を幽かに撫でるだけ。でも。
「捕まえた……ッ!」
捕まえていた。初めに斬りかかったあの時に見えていた物。愕然と、桜花が驚きの声を漏らす。
「――ファミリアーか!」
僕たる子鼠をその手に握りしめ、ティミは大地を転がった。じたばたと暴れる子鼠は、やがて観念したように動きを止めた。
種はこれだ。背後からの攻撃を尽く防いだ物。後ろに目が有るよう、では無く。実際に有ったのだ。適宜視界を共有する事で背後の様子を伺い、攻め気が有れば構えていた。
「やれやれ。迷わず打ち据えておけばよかったか」
呟いた主導者が、ゆっくりと構えを解いた。何を、と問う声に対し、彼は朗らかにこう告げた。
「“八人目”が倒れたのだ。勝負はこれで決したろう」
種が割れた手品程、面白くない物も無い。攻撃を躱す事無く身を曝し、主導者は大地に倒れてみせた。
イレギュラーズは、辛くも勝利を収める事が出来たのだ。
●
後日。改めて礼が言いたい、との招待を受け、イレギュラーズは領主邸を訪れていた。通された応接間に、誰有ろう暴動の主導者、ヴィルフリート・ロザウッドが待っていた。かけたまえ、との声に、めいめい椅子に座るイレギュラーズ達。
「此度の騒動、実に楽し……見事だった。今日はゆっくり楽しんで行ってくれたまえ」
言葉の後。卓上には質素な料理が並べられる。貴族らしからぬ食事に、浮かぶのは疑問だ。
「……これは?」
「いや何、結局私財の大半を暴徒へと明け渡してしまったのでな! しばらくは客人のもてなしも満足に行えんと言う事よ!」
ついでに言うと給金もな! と笑う。見れば給仕の顔も何処と無く沈んでいるように見えた。
「……本当、頭の痛い領主様よね……」
アルテミアが溜息交じりに呟く。既に食事へと手を付けていたヒィロが「食べないの?」と問うと、皆も苦笑交じりに手を付け始めた。
「いやあ、次はどのようにして諸君らと打ち合おうかなあ!」
堂々とそう言ってのける領主に対し、皆一様に顔を顰めるのであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
ご参加ありがとうございました。へびいちごです。
今回書いてて凄く楽しかったです。やっぱり強敵との殺陣は良いものですね。
人間同士の武のやり取りと言いますか、凌ぎ合い、競い合いは大好きなので、ついつい書きすぎてしまいました。削るのに苦労しましたが、濃い部分は残せたのではないかな、と。その分皆様にとってはやや悔いの残る結果に見えるようになったかもしれません。
でもあのまま決闘が続いてたとして、きちんと勝てていた事はここにご報告させて頂きます。おのれ文字数!
さて。今回は交渉の要点をきちんと押さえられていたと言う事で、MVPをお出しさせて頂きました。今回のケースにおいて、ああいった対応を行う事はとても重要です。国家同士のやりとりだとか、対等なネゴシエーションなら兎も角、相手が被害者である場合、真っ向から否定しない・上から押さえつけようとしない、と言うのはクリティカルな要因になり得るので、GMとしてもとても喜ばしい思いでプレイングを見ておりました。だからこそもっと書きたかったのですが……ダイエットは急務ですね。文章の。
さて。かなり書き過ぎてしまったのでこの辺りで筆を置かせて頂きます。
ご参加有難う御座いました。また機会が有りましたら、よろしくお願いします。
GMコメント
こんにちは。へびいちごです。初の全体依頼がこんなので良いのか。
内容としては他と変わらず、暴動の鎮圧が目的となります。
ただし、領主・ヴィルフリートの介入によって暴動は加速し、今や暴徒の群れは50人を数えるまでになりました。本人も中心でヒャッハーやって楽しそうにしております。
では、判明している情報を以下に列挙します。
・暴徒の人数は50人程度。全員働き盛りの男性で、身体能力はそこそこに有ります。
・盗品で武装しており、剣や斧、槍や弓など獲物は様々ですが、特に訓練を受けても居ない為、一人一人はそこまで脅威では有りません。
・ただ、人数が人数だけに正面からぶつかればまず物量で押し負けます。
・私設兵団の皆さんは領主邸で待機していますが、要請があれば力を貸してくれます。ただしその場合、暴徒の命の保障は出来ないとのこと。
・現在暴徒は平原にキャンプを作り、そこで待機しているとのこと。
・領主・ヴィルフリートは剣の達人らしく、私設兵団30人全員を相手に模擬訓練を行った際、一度も膝を突かなかったとのこと。またその日はけろりとした顔でいつもの3倍ご飯を食べたという逸話も残っています。
・幾らかの魔法の心得もあるらしく、補助魔法による身体強化も行えるとの事。
・間違いなく、現在のイレギュラーズよりは実力が数段上です。注意しましょう。
・尚領主であることは隠しており、指摘してもしらを切り続けます。
・鎮圧の方法は問わないとの事。主導者が主導者なので、交渉に応じてはくれるでしょう。
以上となります。では、皆様の創意工夫溢れるプレイングをお待ちしております。
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