シナリオ詳細
再現性東京2010:黒裂きジャック
オープニング
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「あ、理愛せんせーだー」
「理愛先生、次の授業の準備? 手伝う?」
フレンドリーに話しかけてくる学生へ九尾・理愛──リア・クォーツ(p3p004937)は小さく微笑むと首を横に振った。あくまでも教育実習生の身、生徒に手伝わせるわけにはいかない。
「その代わり、次の授業では寝ないこと」
「チェッ、バレてた」
きまり悪そうな男子学生は照れ隠しか舌をぺろりと出して駆けていく。廊下を走らない、というリアの言葉もどこまで聞こえているのやら。
ローレットに属する特異運命座標(イレギュラーズ)たちは希望ヶ浜に現れる非日常──悪性怪異:夜妖<ヨル>を討伐する為呼ばれている。異世界の『日本』『東京』を再現したここは多くのイレギュラーズにとって異質なものだったが、この街の住人にとってもそれは同じこと。外部からやってくる異質なものは怪異であるし、彼らはそれを許容しない。
異質となろう姿かたちは各自で何とかしてもらうとしても、イレギュラーズたちだけでは到底用意できないものもあった──身分である。これを用意したのがイレギュラーズたちを呼んだ希望ヶ浜学園校長だ。幼稚舎から大学までエスカレーター式に進学できるこの学園は近隣住民からの信頼も厚く、何よりヨルを知る者ばかり。イレギュラーズにうってつけの隠れ蓑だったのである。
かくしてリアはそれらしい名前と共に教育実習生として学園生活を謳歌していた。親し気に話しかけてくる学生とのやり取りも、慣れない学園での1日も過ごしてみればさほど悪くはない。──たまにいる悪ガキは修道院を思わせるけれど。
そんなある日、食堂で昼食をとっていたリアは複数人の男女学生に声をかけられた。
「お隣いーですかっ」
「一緒に食べようよ」
リアが勿論と頷くと学生たちはぱっと嬉しそうに笑い、隣や向かいの椅子に座る。授業の合間は準備や小テストの採点などで忙しいが、昼ばかりは憩いの時間だ。学生のどんなものが流行っているだとか、誰と誰がくっついただとか、そんな話を傍らで聞く。
が、本日は少しばかり趣向が違った。
「ねー理愛先生はホラーとか好き?」
「ホラー?」
聞き返すリアに男子生徒が頷く。空気も徐々に秋めいて、心霊スポットとかそういった時期でもなくなってきた気がするのだが。
「昔、外国で起こった事件と似たようなのがこの街で起こってるんだって」
その事件というのが未解決のまま今まで持ち越されているものだそうで、猟奇的な手口と捕まらない犯人がまるでホラー映画か何かのようなのだと。
「ねえ、それさあ……」
「あれじゃん、昨日も報道されてたやつ」
男子生徒の言葉に女子生徒が顔色を悪くする。成程、この分ならある程度の一般人にも広まっていそうだ。
曰く。近頃、黒髪の女性ばかりを狙った猟奇殺人が繰り返されている。その姿はようとして知れず、警察が追ってはいるそうだが──さてはて、どこまで追えるのやら。
「あれさあ、ヨルなんじゃないかって言われてるらしいよ」
ここまで姿が見えず、噂では怪物の幻覚を見たともいわれている。これもヨルの仕業と思えば辻褄が合う──というか、ヨルだと思えばなんだって当てはまるのだ。
路地裏から見つめる猫が本当に猫なのか。
SNSで繋がった相手が本当に人なのか。
商店街にあるゲームセンターは本当に『ただの』ゲームセンターのなのか。
日常の中に非日常は散りばめられている。そういう街なのだから。
(まあ、この街には黒髪の人も多いし)
リアは昼休みの終わりに学生から言われた言葉を思い返す。理愛先生も黒髪だから気をつけなよ、と。しかしこの街に黒髪は沢山いる。日本の東京なる場所──というかそこに住まう民族──は黒髪が多いらしい。リアや他のイレギュラーズはもう少し明るい色味のほうが見慣れているだろうが、ここではそちらの方が少数派かもしれない。
誰しもがそう思っているだろう。まさか自分が狙われるはずもない、と。
けれど、リアは不意に振り返った。時刻は夕方、会社員も学生も外へ出る頃合い。沢山の人が行きかう中で確かに『自身へ』の視線を感じたのだ。
いいや、まさか、そんなわけは。しかし嫌な視線の感覚と学生から聞いた話は恐ろしいほどに一致していて。
リアはカフェ・ローレットへ連絡を入れるべく、aPhoneを取り出したのだった。
- 再現性東京2010:黒裂きジャック完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年10月01日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
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再現性東京希望ヶ浜──カフェ・ローレット。そこには呼び出し人である『壊れる器』リア・クォーツ(p3p004937)を含む8人のイレギュラーズが集まっていた。一同はすでにリアから『黒裂きジャック』の話を聞いている。
「どこかで聞いたような話ですね。何かを持ち去る、というのも酷似しています」
「たしか、外国で起きた事件だったかな」
『血雨斬り』すずな(p3p005307)は『銀なる者』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)へ頷いてみせる。リウィルディアはaPhoneでその事件について検索した。事件というよりは面白おかしい怪談として扱われてもいるようだが、たしかに類似している。
「元居た世界でも、その手の事件はあったが……」
まさかな、と呟く『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。とうに解決した事件だ、その時の犯人が召喚されたなんてことはあるまい。きっと、おそらく。
その時の事件では1人の『人間』を完成させるために他者の部位を持ち去っていたが、今回はどのような目的なのか。いや、目的があるのかすらわからない。
「手掛かりは噂と……リアさんが感じたという視線か」
「犯行情報も不確定だしね」
『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)はリウィルディアの言葉に頷く。それでも、感じてしまったというのなら放ってはおけない。犯行情報が本当ならば、リアの感じた視線は間違いなくターゲットを見据えたそれだ。
とはいえ、あまりにも情報が少なすぎた。
「対策さえできれば、簡単に切り抜けられるんだろうけど」
『祖なる現身』八田 悠(p3p000687)の告げたその先は言葉にされなくとも察せられる。それができれば苦労はしない。それができないから、できない限り相手は無敵なのだ。
「慎重になりすぎるくらいが丁度いいんだろうね」
「そうだね。警戒は強めておくに越したことはなさそうだ」
意見を揃えた悠とリウィルディア。その傍らでウィズィはうーんと考え込んだ。
「出現条件は何なんでしょうね。おそらく1人になった時かと思いますが……」
あくまでそれはウィズィの想定でしかない。これまで軒並み被害に遭っているようだし、何か別の条件もあるのかも。
「ま、リアを狙うなんて随分と命知らず──」
「兄上殿?」
リアの圧に『家事の鬼』クロバ・フユツキ(p3p000145)は口をつぐむ。そんな彼にリアは小さく肩を竦め、集まってくれた仲間を見た。
彼女に動揺が全くないと言えば嘘になるだろう。どれだけ強がってみせたって彼女は1人の女の子なのだから。
それでも、やらねばならない時がある。脳裏に浮かぶのは学園ですれ違い、話をした学生や同僚たちだ。
「これ以上、犠牲者は出させない。この物騒な噂話もここで終焉よ」
言い切るリアを黒髪の少女──ちょっと厳しい生活指導担当に見つかって黒染めさせられたらしい──『首輪フェチ』首塚 あやめ(p3p009048)が見上げる。ああ、リアを狙うなんてなんて愚かな夜妖でしょう。そう思う反面、あやめは心の奥底で良いなあなんて思いを抱かずにいられない。
「私だって先生に首輪付けたいのに」
「え?」
「え、あ、いえいえ。ともあれ、先生を護る為に頑張りましょう!」
こぼれ落ちた失言を誤魔化して、あやめはクヒヒと笑ってみせた。
「お、丁度良いところに」
「冬月せんせーじゃん。サボり?」
んなわけあるか、とクロバは軽口を返す。相対するのはリア──理愛とよく話している男子だ。聞いた限り男女隔てなく仲良くなるムードメーカーらしい。
「九尾先生が講義準備で忙しいらしくてな。皆に暫くは見かけても声をかけないように言っておいてくれるか」
気の良い返事をした生徒は挨拶をして去っていく。おそらく彼が一定数へ広めてくれるだろうが、まだまだ周知させるには動く必要があるだろう。これでも教師として学園に所属する身だ、生徒もある程度は聞いてくれる。
(まあこれで完全に接触しないっていうのは難しいだろうし、聞かないヤツもいるだろうが)
そこばかりは割り切るしかない。標的が逸れてしまったなら臨機応変に対応するのみだ。
「さて、そろそろ戻るかね」
リアは他の皆と共にいるはずだ。彼女のことを思い出して──クロバは思わず眉を寄せた。
『ああ、兄上殿? 鬱陶しいから目の前でちょろちょろしないでくださいね』
ウィズィと手を繋ぐ云々という話をしている時にリアが告げた言葉だ。そう言われたしまっては周囲にべたべた張り付くわけにもいかず、さりとて心配は心配で。
──まあ、拗ねたくもなるだろう。
一方のリアは仲間と必ず共に行動しつつ、他の一般人へ標的が移ってしまわないよう希望ヶ浜で多くの時間を過ごしていた。その間にも度々、ちくりと視線が感じられてまだソレがリアを標的としているのがわかる。不意ににゃあと足元から声が聞こえ、リアは視線を下ろした。
「にぃ」
猫。ただの野良猫である。汰磨羈のファリミアーであると言う点では『ただの』と言えないかもしれないが。
その汰磨羈はaPhone最新機種を手に、周囲の地図を眺めている。希望ヶ浜しか見られないようだが、今はそれで十分だ。路地裏らしき道は認識できる。
「こうやって集まって、現れるなら安心……といえば安心なのですけれどね」
すずなはそっと呟く。生憎とまだ現れないが、時間の問題であれば良い。
「お、クロバが戻ったか」
視線をあげた汰磨羈は遠目にクロバを映す。彼はリアに言われたことを守るため、少し離れた場所から不審でない距離を保ってついてきているらしい。
「兄上殿なら、あのままでも勝手に守ってくれるでしょ」
うろちょろするなと言ったリアは一瞥して大した風もなく頷く。その手はウィズィの服の袖をちょんと摘んでいた。最初は手を握っていいかと問うたリアだったのだが、ウィズィの恋愛対象を考え──恋人の有無は抜きにして──本気にされるかも? と手を引っ込めた次第である。そんな彼女にウィズィは「なんだ、残念」と楽しげに笑ったのだった。
(クヒヒ! こんな美男美女集団と合法的に行動できるなんて……)
あやめは一同の中に交ざりながらこっそり笑う。オーダーはやらねばならないものだとしても、こうして目の保養が集まっていればテンションも上がる。しかし浮かれてリアを見失わないようにしなければ。
(不調とかは、特になさそうだね)
悠は皆の体調を分析する。こういったことは杞憂かつ徒労で終わることが多いのだが、やらずに後悔はしたくない。
リウィルディアもまたリアの周囲を浮遊する小さき精霊たちにそっと語りかけてみる。ほんの少し、おそらくは彼女のギフトゆえに負担があるようだが明らかな不調は感じ取っていないようだ。
心配される当のリアはといえば、クオリアのギフトにより多数の旋律を耳にしていた。生命が増えれば増えるほどに旋律は絡み合う。そこに少しばかり締め付けられるような心地がするのは、多くの旋律を同時に聞いているからか。
「それにしたって出てきませんね。作戦を変えてみましょうか」
ウィズィの言葉に女性陣は黒髪のカツラを取り出す。街中で堂々とかぶると流石に異質な集団なので、コソコソ人気のない道へ移動済だ。すずなはカツラを被り、耳を隠すため帽子をかぶって──目を瞬かせた。
「……リアさん?」
そばにいたはずの、皆がカツラをかぶることを待っていたはずのリアがふらふらとどこかへ行こうとしている。呼んでも振り向かない背中に一同へ緊張が走った。
「付いて行こう」
いつのまにやら追いついたクロバが告げる。幸いリアの動きは至って自然な早さで、その足元には汰磨羈のファミリアーもくっついている。見失うことはなさそうだ。
「リアの前方、突き当たりに細い道があるな」
行き止まりだ、と汰磨羈はaPhoneで素早く調べる。リアを止めるものは誰もいない。言い方は悪いが──誰かが『囮』にならなければ黒幕は出てこないだろう。
(ちゃんと守らないとね)
付かず離れず付いていくリウィルディアはつと目を細める。類似した過去の事件は、どうやら多数の人間が容疑者として上がっていたらしい。それだけ姿形が特定できなかったと言うことだが、一説では犯人が複数いたとも言われている。
(もしかしたら、この夜妖もまた……)
単独ではないのかもしれない。そんな想定をしながら、リウィルディアはリアに続いて路地裏へ入っていった。
決して暗い時間ではないと言うのに酷く暗い。どんどん奥へと進んでいくリアの前には何かがいた。何と形容することができない──近い言葉で言うならば『巨大な蛸』だろうか。けれど完全には見ることのできないシルエットは明らかに蛸ではなかった。
「リア!」
距離を保っていたリウィルディアが真っ先にその距離を詰める。絡みついた2頭はリウィルディアを蝕みながら、同時に夜妖へと伸びた。リアへ吸盤のついた足を伸ばしていた夜妖は、その前に飛び出してきたあやめを弾き飛ばす。勢いをいくらか殺しながらも壁へ叩きつけられたあやめだが、その表情が恍惚としている理由は──敢えて言うまい。
「さあ、Step on it!! 女子のみ狙うなど不届き千万!」
その注意をウィズィが掻っ攫う。同時にその声はリアの目を覚ましたらしい。
「あ、れ。ここ、」
「黒髪ならなんでもいい、という節操ない奴ではなかったようですよ」
風のように流れる連撃を仕掛けながらすずなが告げる。悠はリアのそばで立ち上がったあやめを治療しながら、彼女へと視線を向けた。
「意識は抵抗できるようで良かった。戦えそう?」
「勿論」
リアが弓となる長剣を抜けば、同時に魔法のバイオリンが現れる。英雄幻想が与える形は──蠢く足を撃ち抜く狩人。
「あたしに目を付けるとか、いい度胸ね。その足1本残らず穴あきにしてやるわ!」
好戦的なリアの発言に汰磨羈はニッと小さく笑いながら刋楼剣を放つ。この夜妖、今回ばかりは狙った相手が悪かったとしか言いようがないだろう。
「だが逃がしはせぬよ、絶対に」
リアがいて、イレギュラーズがいて、そして『この男』がいるのだから。
「うちの妹分に手を出そうだなんて本当に”命知らず”もいたもんだ。
改めて名乗ろう。”死神”──クロバ・フユツキ。いざ、参る」
黒き業火が斬撃と共に夜妖へぶつけられる。さしもの夜妖でも痛みを感じるのか、狭い路地でびたんびたんと足が叩きつけられた。躱しにくい地形、そして鋭利な刃物のように切り裂く夜妖の足先がイレギュラーズたちを傷つける。過保護にその傷をカバーしていく悠、そして慈愛のカルマートを奏でるリアによって戦線を支えなられながら一同は全力を叩き込んだ。蠢く足を1本ずつ打ち抜き、切り裂き、使い物にならなくしていく。
「因果応報だ。せめて、逝く前に斬り刻まれる苦しみを知るといい」
彼岸花のような斬撃霊障を放った汰磨羈は冷徹に告げる。畳み込むようなすずなの剣筋はいつ終わるとも知れぬほどに重なり、そこへウィズィは溜めた力を解放した。
「私の必殺技──喰らえッッ!」
今出せる最善の一刀。それは絆という名の灯火が示してくれる導き。それでも尚立ちはだからんとする夜妖へあやめが挑発を重ねる。
「クヒヒ! 来いよ! 黒裂きジャック! てめぇの首輪は何色だー!」
夜妖などと呼ばれてはいるが、結局のところはモンスターの一種であるはず。初めてでも物おじしない──それどころか悦んでいる──あやめはその体に傷を作りながらもしぶとく立ち続ける。
(これで複数いたらウィズィと2人態勢でも……ちょっと危なかったかな)
勿論勝ってみせるのだろうけれど。リウィルディアは夜妖が1体であったことにほっとしながらも敵を見据え、攻撃をしかける。相変わらず路地裏の影に半分隠れた夜妖は相変わらず全貌が見えないが、それでもかなりの疲弊は感じられた。
「攻めは任せたよ」
あと一押し。悠が仲間を鼓舞すると同時、リアとクロバが動く。リアの旋律に再び形をとった狩人が弓み矢をつがえた。
「あたしを狙った事、後悔する事ね!」
言い放つと同時に放たれる矢。胴体らしき場所を撃ち抜いた直後、殺人剣の極意を身に宿したクロバは大きく跳躍する。妹(リア)を守る役目はここにいる誰にだって譲れるものではない。故に。
「黒裂きの命、そしてその名は俺が頂戴させてもらう──!!」
●
ズズ、と崩れ落ちた夜妖はもはやぴくりとも動かない。あやめは倒したことを確信して──顔周りに見える慣れない黒を見るなり口をへの字にした。
「やっぱり白髪こそが至高! アルビノ万歳ですよ!」
リアやクロバの黒髪は綺麗だけれど。それでも白狼のブルーブラッドである自身に黒など似合うわけもないのだし、慣れた色合いが一番だ。ああ、なんとも落ち着かない。この社会に溶け込むため隠しているブルーブラッドの特徴もぴこぴこソワソワ動いてしまいそうである。
「しっかし、何がコイツを黒髪女性に駆り立てたんでしょうね」
ウィズィはヨルの遺骸を見上げる。大きなそれはどのようにしてこの社会に紛れ込んだかわからないが、異世界の事件になぞらえられるくらいだ。姿を隠すことなど簡単なことだったのだろう。今回とてリアが1人きりでフラフラ路地裏へ向かっていたらどうなっていたかもわからない。
「まあ確かに? リアさんは魅力的な女性ですものね?」
ね、のタイミングでぱちりとウィンクを飛ばすとリアが気恥ずかしそうにつんと顔をそらす。その頬がほんのり赤いことは──指摘したら拗ねてしまうだろうか?
「果てさて……コイツは何のために人のパーツを集めていたのやら」
呟いた汰磨羈の脳裏に浮かぶのは、いつぞやに自身の解決した事件。あの時は恋人を蘇生させるために部位を集めていたのだったか。
「今となってはわからないな」
汰磨羈の言葉に夜妖を見上げたクロバは肩を竦めた。意思の疎通もできないようだったし、たとえ今コイツが生きていたとしても話を書き出せるとは思えない。
一同の後方、悠はaPhoneを構えたままゆっくり下がる。倒れた夜妖の姿が画面いっぱいに入るようにと液晶を見つめていた悠は、気配なきモノにとん、と背中をぶつけた。
「やめておいた方が良いですよ」
その言葉に目を見張って振り返ると、そこには1人の──そう、掃除屋だ。掃除屋の視線は彼女のaPhoneへ向けられている。
ただ自己満足であればいくら撮ろうとも構わないだろう。けれどもどこか、この再現性東京という社会へデータを放流させるつもりならやめた方が良いと掃除屋は言った。
「貴女の姿も、あちらの方の姿も同じように。ソレもまた、人々には受け入れられないのです」
貴女、は悠を。あちらの方、はあやめを指している。嫌味ではなく事実として人間種と異なる部位を持つモノは受け入れられないのだ。それが無視か排除か、重く捉えられるか否かはその時によりけりだが、少なくともそのような可能性を潰しておくに越したことはないだろう。
悠としても『何かの役にくらいは立つかも』程度の気持ちだったため、このaPhoneからデータを出さなければ良いだろうと頷く。多少見られたとて、大体は心霊現象のように面白おかしく言われて終わると思われた。
「じゃあ後は、仲良し風景の記録かな」
悠が持つaPhoneのカメラは夜妖から仲間たちへ移る。路地裏を出ようとする彼らは夜妖を倒したこともあってかすっかり緊張の糸もほぐれたようで、軽い言い合いなどをしている。写真はその一瞬しか切り取れないが、雰囲気は十分残せているだろう。
「兄上殿、まだ着いてくるの?」
「あーはいはい、野郎はここで撤退していくさ。──あんまり帰り、遅くなるなよ」
はーいと返す彼女の声は気軽で、それを聞いた彼の視線は柔らかで。
そんな光景を眺めていた悠はカシャ、とシャッター音を立ててそれを撮り。背後からの視線に足を止めて掃除屋を振り返る。それは単純な興味の視線であるようだった。
「物騒な事件だったんだ、少しくらい楽しい思い出も残せた方がいいだろうさ」
悠は掃除屋へ軽くaPhoneを振って見せて──今度こそ、仲間たちの後に続いた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ!
これ以上この夜妖による被害は起こらないでしょう。
それでは、またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●成功条件
夜妖『黒裂きジャック』の討伐
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。不測の事態に気を付けてください。
●エネミー
夜妖:黒裂きジャック
その全容は明らかにされていません。分かっていることは以下の通りです。
・黒髪の女を襲う
・対象者は数日前から度々視線を感じる
・対象者はふとした瞬間に、無意識のまま路地裏へ向かう
・ナイフのような刃物を持っている
・対象者の遺体からはどこかの部位が持ち去られている
・希望ヶ浜住人には『猟奇殺人事件』として報道されている
・警察が黒髪のカツラで誘き寄せたところ、タコのような化け物をの幻覚を見た報告が相次いだ。怪しげな薬を使うと思われている
●フィールド
対象者が路地裏へ向かう事が半強制イベントであることから、戦闘の場はどこかの路地裏になると想定されます。
極力人がいない場所となりますが、必ずしも無人とは限りません。また、戦闘を行うにあたり広さは保証されません。
時間帯は不明です。
●ご挨拶
愁と申します。アフターアクションありがとうございます。
リアさんは一度目を付けられてしまっていますが、黒髪のカツラを誰かが被ればターゲットを移すこともできる──かもしれませんね。
ご縁がございましたら、どうぞよろしくお願い致します。
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