＜巫蠱の劫＞呪巣・裏

オープニング

●呪いは恨みを糧とする（裏）
　呪術の原動力は、恨みだ。
　だれかの命をも奪いたいと思うからこそ、人は他者を傷つけ、殺しうる呪いを軽々に行使してしまう。殺せるのだという確信の下、行使してしまう。
　恨みを持った人間が他者に危害を加える際、思いがけぬ力を発揮するように――強い恨みを持つ者が扱う呪いは、時に常軌を逸した能力を発揮するのである。
「憎らしや、神使！　憎らしや、人間！　ワシの遊興を、餌場を奪うなどとは傲慢の極み！　こうなれば奴らのみならず、人という人を食い散らさねば割に合わぬ！　そうでもせねば、彼奴等につけられた傷がうずいてならぬ！　如何様に人を殺してやろう、喰らってやろう……？」
　そして。
　恨みを糧に生き延びた妖というのは、得てして煮え滾る感情を糧に己の至らずを恥じ、対立した相手を恨み、邪念を満たす。
　兵部省で小さい部隊を預かる白鉄黒充（しろがね・くろみつ）は神使が土蜘蛛を思うさま痛めつけ、しかし取り逃したという情報にいたく興味を持った。危険性を考慮し討伐を、と上に掛け合い承認を得た。……まあ、その裏の理由も一部の者は感づいていたであろうが、承認されたのは僥倖であった。
「……我ら豊穣の民に弓引く蛮徒は捨て置けぬ。足を切れ」
　黒充は部隊員に短く命じると、木々の上から土蜘蛛目掛け大型の鎌――否、戦輪、異国の民が「チャクラム」と呼ぶものを投げつけさせた。
　正面から相対せば何も出来ぬまま殺されたかもしれぬが、不意打ち、そして肉体を奪うだけなら部下達の連携と素早さでどうにでもなる。
「貴様の恨みは頂いた。そのまま這いつくばって死を待つ貴様に語る義理も無いが、喜べ。お前の足は我が恨みの糧となる」
「あああああああ人間！　八百万か別の者かは知らぬがこの恨みを知りてなお殺さぬか、憎らしや人間――！！」
　ついで示威と保身のためにいくつかの足を切らせ、それらを持ち帰る彼等の背を呪詛に満ちた声が叩く。
　愉悦である――と。黒充は笑った。

●忌蜘蛛
「兵部省からの依頼と聞いてきたが、本当か？」
「間違いありません。今し方、貴方達とは別行動となる方々には依頼詳細をお伝えしたところです」
　ベネディクト＝レベンディス＝マナガルム(p3p008160)の問いに、『ナーバス・フィルムズ』日高 三弦(p3n000097)は小さく頷く。彼女の説明によると、兵部省の下働きの、部隊を預かる男が土蜘蛛を用いて呪詛を行った疑いがある……と。狙われた相手はほぼ確定しているので、その護衛と『忌』、つまり呪詛本体の撃破を要望する、というものだった。
「白鉄黒充という男は野心家で、かなりの上昇志向を持つようです。が、上の地位にいる者からそれを危険視され、低い扱いを受けている……と彼は思っています。統率力が多少優れただけの方なので、単に上に立たせるに値しないというだけなのでしょうけれど」
　意外と厳しいことを言う。思わず鼻白んだベネディクトらイレギュラーズに、三弦は続ける。
「この忌は本体ほどの能力を持ちませんが、実体を持たず物理的な攻撃が通じにくい傾向にあります。攻撃も神秘に偏ったものが揃っているようですね」
　それでも、イレギュラーズを一度退けた妖のコピーだ。決して甘く見て良い相手ではないだろう。
「それと……土蜘蛛の忌は鬼火のような忌を侍らせていると言います。土蜘蛛の忌の一部かと思いますが、努々油断なさらぬよう」

　このシナリオは『＜巫蠱の劫＞呪巣・表』との同時参加は不可となりますのでご注意ください。

参加者 : 8 人

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参加者一覧（8人）

リプレイ

●
「土蜘蛛からより強力な憎しみを生み出して現れた忌蜘蛛、か」
「やれやれ、これはまた随分厄介な『呪い』だネェ」
　『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト＝レベンディス＝マナガルム（p3p008160）は情報屋から聞き及んだ話を反芻し、瞑目する。『通りすがりの外法使い』ヨル・ラ・ハウゼン（p3p008642）は鬱陶しげに顔をゆがめた。刻限は夜、周囲は七扇に座す者達の邸宅が建ち並ぶとあって、その空気は静謐さを強く押し出している。言外に『慎みある生活をしろ』という重圧とも取れるが、この空気もまた鬱陶しい。
「人を呪えばなんとやら、呪いと言うモノはそう簡単に扱って良いモノで無いのだけどねー」
「恨みはとても強い感情……相手にするとなると厄介ですね」
「恨みなんて抱かないに越したことはないけどね。けれど……他者の感情を利用して己の欲望を満たそうとするのは赦せないわよね」
　ヨルの言葉に、『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン（p3p007926）と『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア（p3p006865）は苦い顔で応じた。呪いをかけるほどの恨みつらみ、その呪いに組み込まれた土蜘蛛の怨念たるや如何ばかりか。原始的な感情だからこそ、強いと言えようか。
「恨みで動いてしまう……それは、とてもとても悲しい事なのだわ」
　『嫉妬の後遺症』華蓮・ナーサリー・瑞稀（p3p004864）もまた、負の感情の恐ろしさを弁えている者だ。自身の胸に蟠る嫉妬の感情を思えばこそ、恨みからくる敵を退ける行為にも意味はある……のかも、知れない。
「なかなか厄介な相手だが、要はこの邸宅に入られないようにすればいいってことだな」
「蜘蛛を家に入れず倒さねばならんというのは少々手間じゃな……まぁよい、わしはわしの仕事をするだけよ」
　『特異運命座標』羽住・利一（p3p007934）と『幽世歩き』瑞鬼（p3p008720）は背後の邸宅の『立派さ』に嘆息しつつ、僅かに湿り気の増した空気を受け、迫る戦いの予感を理解する。
　イレギュラーズが立ち塞がる限りは問題にもなるまいが、万一『本体』同様に戦闘を回避する一手を打たれては目も当てられない。従えて現れる忌火共々、通すことは許されぬ戦いである。
「しかし、よくこんな卑劣な呪詛を思いついたものだ」
　『新たな可能性』久泉 清鷹（p3p008726）の心からの嫌悪は宜なるかな。剣士として、武家の者として生きてきた彼にとって誰かを妬み恨み、呪いにて想いを遂げるという思想はまるで理解の出来ない話だ。
　……嘆かわしいと思いこそすれ、それが取るに足らぬと切り捨てるほど彼は愚かではない。
「それだけ積もったものがあるんだろう。恨んで、憎んで当然とも言えるが……そうですかとは俺達は頷いてはやれない」
　清鷹の疑問に応じたベネディクトはリュティスに視線を向け、頷き合う。
　そのやりとりが合図になったわけでも無かろうが、陽炎のように夜闇が揺らめき、蜘蛛の影が垣間見える。
「今度は逃がさないようしっかりと討伐しようじゃないか」
　利一の言葉に刺激される何かがあったのだろう。忌蜘蛛は噴き上がる殺意を隠さず、イレギュラーズへと毒塊を連続して吐き出してくる。
　うち一つを中空で打ち落とし、そのまま忌蜘蛛を打ち据えたのは瑞鬼の放った呪歌。
　遅れて現れた忌火へと切り込んでいく者達の背後から、リュティスの神気閃光が飛ぶ。つづけて、華蓮の打ち出した緑の雷が神々しくも荒々しく舞い踊る。
　夜闇を劈く剣戟音は、彼等の意図をまるで無視して、とてもとても美しく――。

●
「まずは忌蜘蛛周りのお前達を叩かせて貰おうか！」
「火は早めに消しておくに限るね。時間をかけてはいられないんだ」
　清鷹の剣尖は徐々に速度を上げ、忌火の一つを鋭く切り裂く。動きは流麗、踏み込みは深く。大胆な一撃は、相手の動きから精細というものを奪い取る。続けざま、ヨルの放った怨霊が同じ個体に叩き付けられ、その姿はやや霞んだ。
「～～～～！！」
「すんなり通れると思うなよ！」
　同胞の忌火を責め立てられたことが我がことのように憎らしいのか、忌蜘蛛は牙を鳴らし威圧的に利一と向き合う。今にでもこの愚かな小娘を突破して怨みを為したい。だが、彼女の堅牢さと感情を撫でつけるような言葉の数々は許しておけぬ。振り下ろされた牙を皮一枚の間合いでかわし、彼女は更に忌蜘蛛へと踏み込んでいく。……正気の沙汰では無い。
「羽住、無理だけは決してするなよ！　一気に片付けるぞ、リュティス！」
「私の事は良い、そっちも後れをとるなよベネディクト！」
「このリュティス、ご主人様の手となり足となりて敵を撃ってみせましょう」
　ベネディクトの言葉を受け軽口を返す利一と、恭しく頭を下げるリュティス。打てば響く関係とは、斯様なものを言うのだろう。
　リュティスの放った光で一体目が消え去ったのに合わせ、ベネディクトはもう一体の忌火に魔性の一撃を叩き込む。その破壊力は数打ちの怨霊なら一手で消し飛ばしかけないそれだが、忌火はそれに耐えきった。――全く度しがたい。相応の傷を負っているだろうに。
「誰も落とさせやしないわ。私の役目だものね」
　ルチアは忌火と対峙する仲間達に地領を施し、一瞬たりとも不調を長引かせまいと全力を傾ける。速攻を期して攻め続けているとはいえ、数と散開する性質、忌蜘蛛のそれを引き写したかのような耐久性は厄介極まりない。
「下僕も生き汚ければ主も、と来た。まこと度し難い奴じゃな、貴様は」
　瑞鬼は忌蜘蛛に浄土落としを叩き込み、行動を縛ろうと試みる。が、すんでのところでそれを避けた相手は笑うように牙を鳴らし、相手を挑発するかのよう。……尤も、この戦闘で負った傷がすくなくないことくらい、誰が見ても明らかなのだが。
「あなた達は強いのだわ。でも、いついつまでも強がっていられる訳では無いでしょう？　呪ってしがみ付いて、嗚呼とっても――」
　醜いものだ。
　華蓮は目の前で呪いを撒き散らす忌火へと魔力を練り上げ、叩き込む。棘の形をとったそれは彼女自身の感情の顕れ。相手を醜いと思うことも、自身のあり方を投影して少なからず苦しみを覚える事も、決して間違ってなどいない。だからこそ彼女の一手はより鋭く正確に、忌火を打ち抜いて消し飛ばすのだ。……これで3体。
　利一はといえば、粘り強く忌蜘蛛の行く手を譲らず、自らへ引きつけようと繰り返し誘いかける。狙いを全て自分へと向けられる筈も無く、仲間へと矛先が向くことも当然のように起こりうる。だが、彼がそうしなかった時に比べれば格段に被害は減っていた。何しろ、彼女自身が堅牢なのだから始末に負えない。
「この程度の攻撃で私を止められると思った……か……！」
　とはいえ。ルチアと、折に触れ華蓮が治癒に回り、ベネディクトが控える状況下にあろうと利一とて万能無敵のそれでは無い。数限りなく襲いかかる致命の一打を避け、流し、時には正面から護りを固めて受けることは神経をすり減らし、万が一を生み出そうとする。嘯風弄月と確乎不抜、二重の守りが機能していなければ彼女はとうに倒れていた。
「！！！！」
　その、利一の不利を見て忌蜘蛛が歓喜を覚えぬ訳がない。一歩退いたその姿を捕らえる為、ソレは糸を吐き出そうとし。
「そろそろ交代だ、羽住……！　後は俺に任せてくれ」
　彼の後退に合わせて前進したベネディクトの二振りの槍に、その顎を貫かれた。

●
「ご主人様が下さった暇はこのリュティス、無駄には致しません。……決して」
　リュティスはベネディクトへと伸ばされた忌蜘蛛の前肢に黒死蝶を触れさせ、その運を奪いとらんと欲した。己の主人へ汚れたその身で触れるなどと。許される筈は無いとでも言いたげに。
　思わず前肢を引いたソレは、後退に合わせバランスを崩し、絶好ともいえる隙を晒してしまう。
「貴様には剣技の通りが悪いのだったな。だが、構うものか！　卑劣な呪術を用いた報いをここで付けさせる！」
　清鷹は全身を引絞り、緊張から解放への一瞬を以て忌蜘蛛へと神速の一刀を叩き込む。手に返ってくる感触は堅い。手が痺れ、刀を取り落としてしまいそうな程に。だが、彼の覚悟の前にそんな痺れは些事でしか無い。万力の如くに握り締めた刀が、たかが痺れで取り落されるものか。
　それどころか、彼の覚悟はそこから更に一手、加速した切り上げを放たせた。
　手応えは先よりより深い。彼の長くはない剣士の生で、幾度振るったかわからないほどの会心の一刀。感動に打ち震える事は許されない。反撃が来る前に動かねば、早く、早く――。
「お前、人を恨んでおるようじゃがそれは逆恨みぞ。足を斬られるほど弱かったお前が悪いし狙われる理由を作ったのも悪い」
　その時、飛んだのは誰あろう瑞鬼の言葉である。ぴたりと動きを止めた忌蜘蛛は、瑞鬼を一瞬だけ見遣り、すぐに顔を戻した。
「……かっかっか、つまりは雑魚なお前が悪いだけよのう」
　瑞鬼はなおも挑発を続けるが、明確に己を的にかける意図があったわけではあるまい。ただ、忌蜘蛛の『本体』の有様が哀れで哀れで、言っておかねばならぬと感じただけであろう――本体にいかほどに届くかは分からぬが。
「自らの怨みを火の玉に変えてまで寄り添っているのも、自分だけでは不安だから、なんて意図が感じられるのだわ。……そんなつもりが無いなら、やはりあなたは哀れなのだわ」
　華蓮は嫉妬を魔力に叩き付ける形で雷を放ち、忌蜘蛛の周囲の忌火を蹴散らす。自らが宿す嫉妬は醜いものだ。この忌蜘蛛も、怨みつらみから生まれた醜いものだ。
　だから、哀れだ。今まさに焼焦がされるような感情を相手に叩き付けねば、己の内側から焦がされるような感覚を覚える苦しさを、この忌の本体も味わっているのなら。
「あなたが強いのは分かったわ。だからって私の前で仲間を倒されるのは許せないのよ……私だってやられてばかりじゃいられないから、ね！」
　ルチアの魔力は見る間に減り続けている。周囲からかき集めた魔力を動員して治癒に回し、それでもギリギリ、このままでは足りない。長引けば待っているのは枯渇と破滅。
　さりとて、その場に居合わせたイレギュラーズを見よ。多少なり深手を負って運命に縋った者がいたやも知れぬが、倒れた者は一人としていない。
　簡単な事では無い。
「最悪の場合は余も治療に回るさ。奴に弱みを見せないようにしないと、だからねー」
「これ以上は……やらせんっ！」
　ヨルは仲間の不調が広がるのを防ぐべく立ち回り、ベネディクトは引き続き忌蜘蛛を抑え続ける。傷、毒液、糸。あらゆる攻撃を受けながら彼はなおそれらを受け流し、受け止め、耐え抜く。
　仲間達の連携は敵に隙を見せる事無く、畢竟、敵の僅かな隙を生み出す好機を掴み取る格好となった。
「そんなに狙い易いところに急所を晒すとはね。有り難いよ」
　そしてその隙を利一は見逃さなかった。指弾一発、貫いたのは忌蜘蛛の腹部。
　苦しげに泣き叫ぶそれの間合いに踏み込んだ清鷹は、渾身の力で横薙ぎを放つ。
「わしの術で、苦しんで死ね」
　そして瑞鬼は呪術により弱り始めた忌蜘蛛を蹂躙すべく間合いを詰める。
　ソレを守る忌火は最早無く。ソレが打ち出す怨みの攻撃はベネディクトの守りの前で上滑りするばかり。……戦いは、子の時点で決していたと言えるだろう。

「で、黒充の奴には一言くらい殴り込みに行くべきかの？　わし、言いたいことが積もり積もっておるのじゃが……」
「いえ、それは……問題ないかと存じます」
　瑞鬼は忌蜘蛛が姿を消したのを見て、首謀者である黒充を脅し混じりに問い詰めようと考えてすらいた。が、リュティスは問題ないと断言する。
「呪いがきえたのです。呪い返しに遭うだろう愚かな男の死骸が飛び散っているのを見に行くというなら止めはしませんが」
「ともあれ、依頼は達成だな。……体中が痛くてどうにも」
　リュティスの言葉に、利一は胸をなで下ろす。これから兵部省の下っ端とことを交えるなど考えたくも無い。
「だが、何れはその悪事も満天下に晒されるだろうな。本人の死で分かるとは、どうにも後味が悪いが」
　ベネディクトはこの先の展開ををみすえたように、退屈に鼻を鳴らした。誰だって分かる。呪いの行き交うこの巷で、呪った者が死ぬことだって当たり前のようにある。
　……だから。こんなものは何事においても序の口なのだ。
「……愚か者め」
　そう、愚かだ。清鷹の知るこの国は今、愚か者の魔窟と成り果てていた――。

成否

成功

ＭＶＰ

状態異常

なし

あとがき

　お疲れ様でした。
　あ、これ「忌」なんで挑発してもなんの旨味もありませんよ。仕方ないね。