PandoraPartyProject

シナリオ詳細

<巫蠱の劫>夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「呪詛、ねぇ」
「ふむ、なんとも」
 京で人気という甘味処で並び座った『Blue Rose』シャルル(p3n000032)と『焔の因子』フレイムタン(p3n000068)は団子をムシャムシャと食べながら呟く。こういった場所には若い女性客や恋人同士、近所に住まう中年の女性たちが多く、同時に情報が色々と飛び交っていた。
 その中でも2人が聞き耳を澄ませるのは夏祭り以降、カムイグラを騒がせている呪詛の話題。誰も彼もが呪詛を行い、あるいは行おうとしている──『流行り』になっているらしい。
「何度聞いても思うけど。……どうなんだ、流行りって」
「流行という言葉の意味であれば、あながち間違ってもいないだろう。流行るべきものではないが」
 団子はあっという間になくなり、緑茶という渋みのある茶を飲んでほぅとため息をつく2人。団子美味しかった、また来よう。
「ブラウの方はどうだ」
「多分……迷子なんじゃないかな」
 イレギュラーズではない故に渡航してきたひよこを思い出し、シャルルは遠い目になる。一応彼は世界からの贈り物により、最低限の幸運は持ち合わせている。どれだけ不幸で巻き込まれ体質だったとしても、流石に帰っては来られるだろう。……きっと。
 不意に気になる単語が耳に飛び込み、2人は目を瞬かせるとのんびりしている風を装って耳を傾ける。
「──それでねぇ、あそこの息子さん、仕事も行かずに閉じこもってるらしいのよ」
「え? 出かけてる姿を見たって聞くけど」
「なんだか怪しい人とあってるらしいよねぇ。呪詛の準備でもしてるんじゃないかって」
 やだぁ、と嫌がりながらも盛り上がる中年の女性たち。中々の声量をしているので、苦も無く聞くことができた。
「……フレイムタン」
「ああ」
 視線を合わせた2人は立ち上がる。今得た情報をもとに、情報屋のもとへとその足は向けられた。



 夏の暑さは変わらず、夜も人々を苛む。それは涼しくなることのないまま再び朝を迎えるだろう。例え雲がかかっていようとも、お天道様の光と熱は完全に遮られるものでもない。
 そんな寝苦しくも思える夜更け、1人の男が縁側から空を見上げていた。朝から続いていた曇り空は夜になっても変わることなく、重たく立ち込めている。
「雨でも、降るだろうか」
 独り言ちる男に応えはない。
「雨でも降れば、気が紛れるだろうか」
 自らそんなことはないと分かっていながら、呟かざるを得ないだけ。
「気が紛れたら、」
 言いかけた言葉を喉の奥にとどめた男は、それっきり黙ったまま視線を下げる。そこには捕らえられた妖が憤怒の表情で暴れていた。しかし力を封じられ、縛られたそれはただの小さな生き物に過ぎない。そう──男でも害せてしまうほどの力しか、持っていない。
 男は表情を無にして刃物を振り下ろした。1度、2度。そのたびに妖の悲鳴が響き、血が飛び跳ねて男の頬に跳ねる。
 ──気が紛れたら、なんてそんなことあるはずもない。自分とあの男はずっと昔から仲悪く、いがみ合って、足を引っ張り合っていたのだから。これはいつか訪れた結末で、そのタイミングが今だったと言うだけ。
 不意に制止の声が響いて男は顔を上げる。そこに居たのはこの家の者ではなく、武器を持ち明らかな敵意を抱いている。偶然この現場が見えてしまったか、それとも張っていたか。
「だが──もう遅い!」
 ニタァと不気味に笑う男。その傍らで妖から呪詛が生れ落ち、妖だったものはボコボコと変質して呪獣へと生まれ変わる。

 まだ、月は見えない。

GMコメント

●成功条件
 呪詛の阻止
 呪獣の討伐

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。不明点もあります。

●前提
 この依頼に参加したイレギュラーズはシャルル・フレイムタンの得た情報をもとに男の家を張っており、呪詛を止めるために乗り込んだものとします。

●エネミー
・呪詛『百鬼夜行』
 小さな鬼の群れ。百匹はいないでしょうが、非常に多数である事から上記のように呼称します。
 半透明ながらも物理攻撃で倒すことができます。不殺で倒さなかった場合は呪詛返しが起こり、術者たる男は死亡します。
 百鬼夜行は男が恨んだ相手の元へ行こうとしており、まずは立ちはだかるイレギュラーズを倒さんとしています。その性質上、非常にEXAとクリティカルに優れていますが、攻撃力は分散されています。

百鬼お通り:お通りです。退かないと潰されます。【移】【連】【足止】

・呪獣『三つ目』
 小さな鬼の妖怪でした。今は恨みと呪詛の侵食によって強大な力を得て、人の背を越すほどの巨体となっています。
 三つ目は非常に気が立っており、ひとまず視界に入ったイレギュラーズへ襲い掛かるでしょう。しかしイレギュラーズもやられてしまえば京へと飛び出し、無差別に人を襲いかねません。
 攻撃力に特化していますが、巨体に慣れず回避は不得手のようです。額にある3つめの瞳は何らかの作用があると見られます。通常攻撃が範囲攻撃となります。

地響き:地面を揺らします。【体勢不利】

●フィールド
 普通の家、の庭。家には呪詛を為した男1人のみ。家族は別の家に移り住んでいるようです。
 庭は広くなく、レンジ2が限界でしょう。また、非常に薄暗いため明かりが必要です。

●NPC
・男
 呪詛を為したOP上の男性です。イレギュラーズと呪詛たちの交戦をどこか不気味に笑いながら見ています。戦闘に巻き込まれる可能性がある他、呪詛の倒し方によって死亡します。
 特に逃げることはなさそうです。

●ご挨拶
 愁と申します。
 どちらも野放しにしてはならない敵です。きっちり倒しましょう。
 ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。

  • <巫蠱の劫>夏の夜は まだ宵ながら 明けぬるを完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年09月16日 21時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)
鏡花の矛
アルテミア・フィルティス(p3p001981)
銀青の戦乙女
すずな(p3p005307)
信ず刄
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
小金井・正純(p3p008000)
ただの女
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
篠崎 升麻(p3p008630)
童心万華
節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花

リプレイ


 月明かりの届かぬ夜はひどく薄暗く。キャラキャラと笑う鬼たちの声がひどく耳障りだ。
 しかしイレギュラーズたちは動揺しない。完全にとは言えないが、ある程度は『予期された事態だった』から。
「では、手筈の通りに」
 『曇銀月を継ぐ者』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)はそう告げるなり地を力強く蹴る。暗視のおかげで暗闇も全く見通せないというほどではない。術者たる男はと肉薄したベネディクトは鋭く蹴りを放った。
「ガッ」
 流石に無力ではなかろうが、それでもイレギュラーズの敵にはなり得ない。腕を交差させて受けた男は、しかし勢いを殺せずに後方へと叩きつけられ気を失った。自分たちをすり抜け、術者をのした彼へいくつもの視線が向けられる。

『コロセ』
『コロセ』
『アイツヲコロセ』

 小さな鬼の群れから飛び出したアイツとはベネディクトのことか、標的のことか──或いは、両方か。
「やれやれ、また呪詛絡みかぁ?」
 しかしいずれもさせるわけにはいかないと『特異運命座標』篠崎 升麻(p3p008630)は呪詛の楔を放つ。小さな鬼たちは互いに示し合わせたかのような動きを見せている。これが『複数の寄り集まり』ではなく『纏めてひとつ』なのならば。

『ギィ、アイツダ』
『サキニアイツダ』
『アイツヲコロセ!』

「そうだ、こっちだぜ」
 楔による侵食に小さき鬼たちが升麻へ視線を向けなおす。升麻は指をさして方向を示した。升麻を追いかける鬼たちは、まるで升麻を先頭とした百鬼夜行にも見える。そこは追いすがった『翼片の残滓』アルテミア・フィルティス(p3p001981)は武器へ青い炎を纏わせ一閃した。熱と炎が容赦なく小鬼たちを焼いていくが、その実殺傷能力はひどく抑えられている。ナイトゲイザーで視界をいくらか鮮明にしたアルテミアには、小鬼たちがころんころんと転がっていく様がよく見えた。そして、炎に動じず挑発を向けた升麻へ迫る小鬼たちの姿も、また。
「うわっ!?」
 その升麻の姿が唐突に消える。百鬼夜行は升麻を引きながら上でぴょんぴょこ跳ねてみせた。小さいからと侮ることなかれ、これらは紛れもなく呪詛である。その群れを再び斬撃で一閃し、アルテミアはすぐさま次の挙動へ移る。
「いくら仲が悪かったとは言っても、これだけの呪詛はやり過ぎねっ」
「ええ。しかし……完膚無きまでに滅ぼしてしまえば、術者もまた然り」
 ベネディクトが術者の元へ行ったことを確認した『ヘリオトロープ』小金井・正純(p3p008000)が神弓を構える。星も月も遠いが、故に身軽な彼女が放つのは星の如く眩い一矢。
「彼には聞かねばならないことがあります、殺すわけには参りません!」
 力強く放たれた矢は敵の視界を奪う。百鬼夜行たちが味方に引き付けられる様へ視線を向けたベネディクトは、気絶した男を担ぎ上げた。彼へ危害を加えようとした三つ目の大鬼は腹部に斬撃を受ける。
「大きくなったから強くなる──そんな理屈、通じませんよ」
 懐へ飛び込み抜刀した『血雨斬り』すずな(p3p005307)が低く呟く。この件において、誰1人として死なせるつもりは毛頭ない。
 もちろん術者の男とすずなに面識はない。男からしてみればすずなだけでなく、ここにいるイレギュラーズの誰しもが外野であろう。口を出すなと言があればご尤もだが、如何せん口出しせねばならないほどに闇が降り積もりすぎていた。
(あの男……逃げる素振りも無かったな)
 『命の守人』節樹 トウカ(p3p008730)はベネディクトに運ばれていく男へ意識を向ける。自暴自棄なのか、それともその程度では死なないとでも思っていたのか。その思いを聞かぬうちは彼自身にしかわからない。
 だがまずは生み出された呪獣と呪詛を何とかしなくてはならない。トウカは具現化された鬼紋の花びらに負の感情を込める。怒り、敵意──相手が触発されるようなモノを。
「知っているだろうか。紫の芍薬は、唯一贈呈に向かない色だ」
 吹き荒れる花弁が三つ目へと触れ、その肌を撫でていく。三つ目はその瞳に強い色を起こし、トウカを睨みつけた。その足元が不意に盛り上がり、拳の形になって三つ目へ降り注ぐ。
「──人間って馬鹿よね、恨みつらみばかり募らせて」
 やだやだ、なんて肩を竦める『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は蝶の羽を羽ばたかせる。周囲の精霊は呪詛の気配に怯えているのか見つからなかったが、光源を頼めぬのならば自身が光源になれば良いだけのこと。曇り空でも多少の日光は蓄えておけた。
 アースハンマーをかいくぐり『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は三つ目の顔面へ深き闇をもたらす。咄嗟に目を瞑っても口を閉ざしても守り切れるものではなく、三つ目の咆哮が響いた。音なく後退する鬼灯の体が薄らと風の気配を帯びる。
「鬼灯くん……」
 その腕の中で小さく彼の名を呼ぶ元お人形──章姫は苦しそうに三つ目を見つめる。あれは人の欲によって変異した妖のなれの果て。妖に罪はなく、人としても到底許されることのない行為だ。
「酷いのだわ……きっと、痛かったのだわ」
 震える愛しい声。泣くなと鬼灯は章姫の目尻を優しく拭う。1人の少女となれた彼女は涙を流すこともできるけれど、できることなら泣いている姿は見たくない。
(生きて償わせるためにも、必ずや成功させよう)
 鬼灯は憤慨しながらトウカの元へ向かう三つ目を睨み据えた。鬼自身に恨みはないが──被害を出せば、章姫がまた泣いてしまうだろうから。

「踏み込むなよ!」
 升麻の声が響き、次いで群青色の霊波動が放たれる。海のように強かに、海のように包み込んで。百鬼夜行はその色に深く沈められていくようだ。
 けれども彼らも『生まれた使命』がある。ここで力尽きてなるものかと反撃を行うそこへ、正純の陰りなき一つ星が放たれた。
「呪詛は祓わねばなりません、食らいなさい」
 逃げ惑う小鬼に、その行動範囲を狭めようと正純は矢をつがえては放つ。狙うその瞳はふと、ぐっと何かを呑み込むかのように金色を陰らせた。
(呪詛の為に妖を殺す。その呪詛をもって他者を害する……)
 良くない流れだ。巡り廻る命が次々と断たれていく。この流れを押しとどめなければ、この国は時を待たずして崩壊するだろう。
 ──それとも、こんなものが流行ってしまう程に人心が乱れているのか。
「まだ被害は出ていないわ。まだ、間に合うの」
 アルテミアはそう呟いて剣を向ける。殺さぬ一撃を意識するがゆえに殲滅速度の遅れは否めないが、誰もを生かす為だ。
「呪詛返しなんて起こさせないわよ!」
 その言葉を聞いて三つ目討伐へと加勢していたベネディクトは勿論だ、と呟く。反動を顧みず放った黒の大顎は三つ目の足へと食らいつく。
 呪詛を防止するという観点では間に合っていないが、このタイミングであればまだ誰1人として死なせずに済む。呪詛の元となった妖の犠牲を小さいなどとは言わないが、それでも多大な犠牲を防げることは確かだ。
(そういう点では流石シャルルとフレイムタン、と言った所か)
 情報収集を生業とする者たちではない。彼らが作り上げたチャンスをつかみ取るのだとベネディクトが再び剣を振るう瞬間、三つ目が飛び跳ねた。
「……ッ!」
 地響き。それは三つ目を中心に、引き付けていたトウカや近距離で戦っていたすずなや鬼灯をも巻き込む。
「鬼灯くん!」
「大丈夫だ……まだ、倒れる『運命』じゃない」
 地響きの届かぬ空へと跳躍して上から第3の目を狙う鬼灯。その瞬間、目が怪しく光を帯びた。束の間その光に見惚れた者は、再びの地響きに大きく体勢を崩す。トウカは踏ん張りながらも自らの血を蛇腹剣のようにうねらせた。
「お前の相手は俺だ!」
 可能な限り全てを自身へ。ヘイトをかき集めるトウカの後方でオデットは紋章による力の上昇を受ける。
「そろそろかしら? さあ、不毛なことは終わりよ」
 彼女からすれば人から人への恨みつらみは連鎖するものであり、一度始まれば抜け出すことは難しい不毛な負の輪廻だ。そうなってしまう前にさっさと倒すに限る。
 容赦のない土拳が三つ目を打つ。鬼灯もまた闇色一色で三つ目を蝕んだ。
「とっても痛かったわよね、怖かったわよね。もう大丈夫なのだわ」
 その姿を見ながら章姫が呟く。これで終わるから、と。
 よろけたそこへ、すずなは大きく跳躍した。その刀は高速かつ神速の連撃で三つ目の力を削ぎ落し──。
「――その眼、貰い受けましょう!」
 額で大きく見開かれた瞳を、貫いた。

 ──!!!!!

 三つ目の断末魔が轟く。その巨体を傾け、ついには倒れ伏すこととなったがそれよりもはやくイレギュラーズは踵を返した。まだ戦っている仲間がいる。まだ誰かの元へ向かおうとする呪詛がいる。なればこそ、最後まで気を抜くことはできないのだ。
 ひたすら気を引き続ける升麻はかなり消耗した様子だったが、それは百鬼夜行たちも同じことらしい。アルテミアと正純の攻撃へ援軍たるイレギュラーズたちが畳みかける。

『イタイ』
『イタイ』
『ヤクメガ』
『ヤクメヲハタス』

「そんなことはさせないわ。あなたたちは、ここで散るのよっ!」
 アルテミアの炎が軌跡を描く。殺さぬ意思は男を死なせないためのものであり、同時に生まれてしまった呪詛への謝罪。
「あの男には必ず生きて償わせる。本当にすまなかった、せめて闇に抱かれ安寧の中で眠ってくれ」
 だから、頼むから、行ってくれるな。そう言うように鬼灯の放った衝術が進もうとする小鬼たちを押し戻す。あと一押しを押すように、オデットの放った聖光が眩く辺りを満たした。



 小鬼たちは浄化され、呪詛返りすることもなく消えてしまったらしい。片言な声ももう聞こえてこなかった。
「少し散策してくるわ。先に行っていて」
 仲間へそう告げたオデットは、仲間へくるりと背を向けて歩を進める。少しばかりの気がかりがオデットの身を動かしていた。
(前にあった呪具……ここにもあるのかしら)
 ないとは言い切れない。夏祭りの際にはそれでおかしくなった者もいたのだから。男に色々と聞きたい気持ちはあるが、ある程度は仲間たちが対応してくれるだろう。
 ベネディクトは呪詛と戦った場所へと視線を戻す。そこにいた呪詛は搔き消え、鬼の死体が転がるのみだ。
「妖が呪詛の元、か」
 つと死体は向けられた目は、考え込むように細められる。
 今は人同士での争いが多く、それをいくらか防ぐのに精一杯の状態。けれどもその内に今度は人ではなく妖と敵対することにもなるかもしれない。妖からしたら、人が一方的に残虐的な殺し方をしていると見るだろう。
(或いは、既に遅すぎるやも知れん)
 目立った形ではないだけで、知らない場所で何か起こり始めている。すでに起こっている。そんな可能性が頭をよぎる。今のうちから彼らの動向にも気を配り、警戒する必要がありそうだ。
 意識を飛ばした男の元へイレギュラーズが向かうと、男はちょうど目を覚ました所のようだった。まだ夢と現のあわいにいるのか、ぼんやりとした表情を浮かべている。しかしその瞳はイレギュラーズを映したことで焦点を結んだ。
 自らが生きていること。彼らがここにいること。その佇まいから呪詛の失敗を悟ったらしい。諦めたような、乾いた笑みを男はこぼした。
「……貴殿が何を思うと自由だ。だが、このようなことをしでかした時点でもう地獄からは這い上がれぬだろうよ」
 鬼灯の言葉に男は彼へ視線を向け、その笑みを消す。唇からそうだろうな、と言葉が落ちて。
「京自体がすでに地獄だろ。今更さ」
 呪詛の蔓延る宮では、いつ誰が呪い殺されたとしてもおかしくない。そうなる前に思い当たる人物を──憎き敵を潰しておくのはもはや自衛手段だ。
「この呪詛の名は?」
「どうやって方法を知ったのかも教えてもらおうか」
 アルテミアとベネディクトが矢継ぎ早に問う。男は肩を竦めた。呪詛はある者に教わったものの、その名は知らないらしい。
「呪詛が流行ってるのはソイツのせいか? なぁ?」
「さてな。それは調べてくれ」
 とぼけても無駄だ、と軽く圧をかけてみても男は屈しない。というよりは本当に知らなさそうだ。
(一体誰がこの呪詛を広めたのでしょうか……?)
 考え込むすずなだが、その答えが出るはずもない。怪しい人物ということしかわからない上に、その人物でさえも黒幕であるかどうかは判断できない。
「妖はどのように?」
「簡易封印の札だ。このご時世だ、普通に売ってる」
 正純は返ってきた言葉になるほどと頷いた。呪詛に関わる全てでその札が使われてるとまでは思わないが、その使用用途は兎も角として誰もが入手できる状態なのだろう。
 それにしてもやけに正直な返答ばかり、と正純は首を傾げる。男もやや不思議そうに、憑き物が落ちたような気分なのだと答えた。
(やっぱり……この呪詛の騒動は"狂気の伝播"によるものみたい)
 これまで魔種の関わった事件とどこか似た雰囲気に、アルテミアはそう独りごちる。その脳裏に浮かぶのはこの国の政治頂点へ君臨する巫女姫だ。そこに不思議と重なるのは、行方の知れない双子の妹。そう感じるのは双子ゆえの勘か。
(ううん、まだ巫女姫が『あの子』と決まったわけではないわ……)
 余計なことを考えてはいけない、と蟠りを振り払うアルテミア。その眼前を不意にふわりと花弁が揺れた。
「花……?」
 視線を巡らせた先にいたのはトウカ。鬼紋を具現化させ、意思を届ける力は世界からの贈り物。
 ──桃の花びらへと思いを込めて。
 それに触れた男が軽く目を見開き、何とも言えない表情を浮かべる。
 トウカは彼のことをよく知らない。故に、恨みを晴らすなど言えるような立場にもない。辛うじて、少しばかり知っているのは彼の死を悲しむだろう人がいること。そして自身が彼の死を望んでいないこと。
「……君にとって、今感じた考えは勘違いかもしれない。だからどうしても恨みが無くならず、また呪詛をしたくなったのなら──ローレットに依頼してくれ」
 恨みを晴らす方法は何も呪詛だけではない。彼が依頼として出すのであれば、受けるイレギュラーズはトウカのみには止まらないだろう。

 呆然と見上げる男の頭上で、ぽっかりと雲が切れる。降り注ぐ明るい月明かりが一同を照らしていた。

成否

成功

MVP

節樹 トウカ(p3p008730)
散らぬ桃花

状態異常

節樹 トウカ(p3p008730)[重傷]
散らぬ桃花

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 無事に誰も死なせず依頼達成です。

 それでは、またのご縁をお待ちしております。

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