PandoraPartyProject

シナリオ詳細

クジラの海と空豆島

完了

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 まるでやる気の感じられない風鈴の音の下。縁側を乗り越えて吹き込んでくる夏風よりもさらに熱い声が、室内の空気をかき乱す。
「俺も海行きたいーー! 頭領たちと遊びたい!!」
 畳に寝転がり、じたばたと手足を動かしているのは、暦と呼ばれる忍集団の一人、文月である。
 その文月を、先刻から双子の兄である葉月が、冷やかな目で見降ろしていた。
「文月! 頭領も奥方もお忙しいんだから! 我慢しろ!」
「嫌だー! 海に行きたい、遊びたいー!」
 どう諭しても駄々をこね続ける弟に、さすがの葉月も堪忍袋の緒を切った。胡坐を解いて、すくっと立ち上がり――。
「よし、遊びに行くか」
 廊下の影から、愛らしい童人形を片腕に抱く黒装束の男がいずる。忍集団の頭、黒影 鬼灯(p3p007949)とその妻、章姫だった。
「頭領!」
「奥方様」
 頭領のお出ましに慌てふためいた双子は、身なりを整えると、膝行(しっこう)して御前にかしこまる。
 頭を垂れたまま、葉月がおずおずと口を開いた。
「あの、頭領。さっき……」
「『遊びに行くか』、と聞えたけど!」
 文月は黄金色の目をキラキラとさせて鬼灯を見上げた。
 こら、と葉月が怖い顔で文月の膝を叩く。
「確かに言った。この夏の思い出を作りに、みんなで海へ行こう。ちょうど、人づてに紹介された無人島がある。そこなら誰も遠慮せず、思いっきり騒げるぞ」
「やったぁ!!」
 文月も、そして葉月も、喜びを爆発させて跳びあがった。
 鬼灯ははしゃぐ双子に目を細める。
(「これで堂々と仕事をさぼれるぞ」)


 イルカやクジラが近くまでやってくる小島を、一日ただで丸ごと貸し切り。パラソルやビーチチェア、バーベキューセットに花火も無料貸し出し、しかも島への送り迎えつき。

 ――そんなおいしい話、そうそうあるわけがない。

「えー、食料は現地調達ぅ? 釣り竿は貸してくれる……って餌は? ない? 自分たちで調達しろって? そんなー!」
「うるさいぞ、文月。船頭さんが困っているじゃないか。釣り竿があれば十分だろ」
 鬼灯は、いまにもケンカを始めそうな双子の間に割って入った。
「潮干狩りもできるぞ。大粒のハマグリが取れるそうだ。ほら、熊手とバケツ」
 葉月は釣り竿を脇に挟むと、熊手とバケツのセットを一つずつ手にもって、桟橋を渡り始めた。
 浅い海と深い海をつなぐ長い長い桟橋は、最近作り直されたらしく、木目もまだ白い。
 文月も、沢山の荷物を抱えて兄の後を追う。
 空から零れ落ちた色を溜めたような、透き通った青が沖まで続く海に歓喜の声が弾けた。
「さあ、俺たちも行こう」
 鬼灯は、あとから船を降りてきた八人のイレギュラーズとともに、島へ向かった。ここちよい潮風に汗を拭かれながら、観光ガイドよろしく、島の説明をする。
「島は一時間もあれば一周できる。一昔前まで、島はイルカ漁の拠点だったそうだ。村は作られなかったが、イルカ漁の漁師が休憩に立ち寄っていた小屋や、小さな神社がまだ残っているらしいぞ」
 夜、花火も楽しいが、小屋や神社を回って肝試しをするのも面白いかもしれない。
 あれもできる、これもできる、と話をしていると、後ろでイレギュラーズの一人が声をあげた。
「あれ? いまの――」
 先に行った双子が戻って来て、鬼灯とともにイレギュラーズが指さす方向へ目を凝らした。
「あそこ!」
 今度は章姫が小さな人差し指で沖を指さす。
 海水が垂直に吹き上がったかと思うと、その先端が、パッと白く散った。うっすらと小さな虹がかかる。
 潮を吹きに、クジラが海面近くまであがってきたのだった。
 悠々と泳ぐクジラの傍で、数頭のイルカがジャンプした。
 わあ、とイレギュラーズたちが歓声をあげる。
「頭領、俺、イルカとあそんでいい?」、と文月。
「俺はもっと近くでクジラをみたいな」、と葉月。
「それは構わないが……沖まで泳いでいって、潮に流されるなよ。迎えの船は夜までこないからな」

GMコメント

リクエストありがとうございます。

●依頼条件
 夏の一日を島で楽しく過ごす。

●空豆島
 周囲をぐるりと囲む砂浜を1時間も歩けば1周する、小さな島です。
 上空から島全体を見下ろすとソラマメのような形をしていることから、空豆島と呼ばれています。
 島の中心が高くなっていますが、山と呼べるほどではありません。
 真水が湧き出す小さな泉が、神社の近くにあります。
 ほかに真水を手に入れる場所はありません。
 かつてイルカ漁がおこなわれていた頃、真水がとれるこの島はイルカ漁の拠点でした。
 そのため、島には無人神社と漁師が休憩するための小屋がいくつか残されています。
 海の透明度はむっちゃ高いです。
 砂浜にはゴミも尖った石もなく、安心して歩けます。
 海の中にクラゲなどの危険性物はいません。魚はたくさんいます。海亀も。
 島に熊や狼、野犬などの危険性物はいません。野ネズミはいるかも……。

●空豆島でできること
 ・バーベキュー(ただし、食料は現地調達。飲み物や野菜などの持ち込み可)
 ・海水浴
 ・海釣り(主にイサキ。船があれば沖でカツオも……釣果があるかは腕次第)
 ・潮干狩り(大きなハマグリがとれます)
 ・花火(打ち上げ花火もあります。ゴミは持ち帰りましょう)
 ※1ホエール&イルカウォッチング
 ※2肝試し

 そのほか、思いついたことがあればどうぞ。
 あれもこれもとやるよりは、行動を絞った方が描写は濃くなります。

 ※1)泳いでも近づけますが、小型船があった方がいでしょう。後述の「うわさ」に注意。
 ※2)当日は月夜ですが、あかりはあったほうがいいでしょう。後述の「うわさ」に注意。

●空豆島のうわさ
 ・島の沖でクジラやイルカの姿が多く見られるが、決して島の近くまで寄ってこない。
  廃棄され海に沈んだ漁船が妖になって、イルカ漁を続けているかららしい。
 ・誰もいないはずの神社に、夜になると蒼い火がともる。
  それを見た漁師は方向感覚が狂って、陸に帰れなくなくなるらしい。

 ※もしも、うわさが本当だったとしても……イレギュラーズならワンパンで倒せるでしょう。

  • クジラの海と空豆島完了
  • GM名そうすけ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年09月11日 22時10分
  • 参加人数9/9人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 9 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(9人)

夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
チック・シュテル(p3p000932)
赤翡翠
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
流星(p3p008041)
水無月の名代
逢華(p3p008367)
Felicia
アーマデル・アル・アマル(p3p008599)
灰想繰切
虚気 影踏(p3p008838)
逃げ出しチワワ

リプレイ


 『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は砂を手に取った。細かくくだけた貝殻が混じる真っ白な砂が、さらさらと指の間からこぼれ落ちる。
「鬼灯様、こんな素晴らしい体験をありがとうございます」
 『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)の腕に抱かれる章姫も、天国のような島に感動して上機嫌だ。
「ほんと、とっても綺麗な所ね! 鬼灯くん! 今日はめいいっぱい、みんなで楽しみましょうなのだわ」
「うん、俺も仕事をサボ……んん、息抜きに来れてよかったよ」
 『北辰の道標』伏見 行人(p3p000858)は暦の双子に声をかけた。
「初めまして……俺は伏見行人。今日は君等の頭領の誘われてね……その頭領含め色々、暦の皆の世話になっている。貸し借りの精算じゃあないが――何かあったら遠慮なく」
「葉月です。こちらこそよろしくお願いします」
 ぺこりと頭を下げた生真面目な兄に対し、弟は早くも態度が砕けていた。
「俺、文月。じゃあさ行人、美味しいお魚いっぱい獲ってきてよ」
 気分を害することもなく、行人は「いいとも」と爽やかに返した。
 『埋れ翼』チック・シュテル(p3p000932)は翼をのびのびと広げると、胸いっぱいに潮風を吸い込んだ。
 青い空は白い雲を浮かべてまぶしく輝き、透き通った青い海はおだやかな潮騒のつぶやきを繰り返している。
 浅瀬を泳ぐ色鮮やかな小魚がチック の脛をくすぐった。
(「此処、とっても良さそうな……場所。おれ、気に入った……かも」)
 いきなり顔の前で生ぬるい風が産まれ、髪を熱い指でとかす様に後へ流れた。ぞわりと腕が粟立つ。振り返ると、島の木々がざわざわと揺れていた。
 寄せる波を手ですくっては投げていた『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)は、隣のチックが急に固まってしまったので、なんだか気まずくなった。
「な、夏だからってはしゃぐとでも……そうだよ、はしゃいで悪いか! どうせなら場違いなほどめちゃくちゃはしゃぎ倒してやろうじゃん! いくよコマ、シェスカ。おいで!」
 鉢割れネコのコマと子ロリババアのシェスカともに、バシャバシャと音をたてて砂浜に上がっると、バケツと熊手を引っ掴み、島に持ち込んだぬいぐるみ型自動車に向かった。
 虚ろな目をして砂の上を行く『混沌社畜のパカ田倉くん』車を遠目に見ながら、『黒き断頭台』流星(p3p008041)は黒装束の前で腕を組み、独りごちる。
「空豆島とはまた可愛らしい名前だが……何やら不穏な噂があるようだ。さっきの生ぬるい風、もしかしたら噂と何か関係があるのかもな」
「何、噂とか辞めて! 生ぬるい風とか、怖いじゃん!」
 くるぶしまで海に漬かったまま、『逃げ出しチワワ』虚気 影踏(p3p008838)はカタカタと震え出した。
 双子に挨拶をして、戻ったところだった。
「海って言ったら、どちらかというと青春のあれそれとか恋愛的に素敵なイベントって記憶してんだけど、何故敢えて怖くするんだよ、死にたい」
 すかさず流星が、「じゃあ、来なきゃ良かったのに」と言い放つ。
 影踏は涙目で流星の袖をひいた。
「それはそれで寂しいじゃん!」
「知らん。離せ。護衛任務に差支える。……しかし、暑いな」
 水着を着てくればよかった。せめて女装のリュゼスタイルで。
 もっとも、黒装束を選んだのには訳がある。自分たちはバカンスに来たのではなく、あくまで頭領ご夫妻の護衛できているのだ。文月と葉月、それにあの子も……まあ、今日一日ぐらい楽しませてやろう。
 流星は鷹が一羽舞う空を見上げた。
「玄、何か不審なものがあれば知らせてくれ」
 大判のタオルを鬼灯の船へ運んでいた『Felicia』逢華(p3p008367)は、自分の名を耳にしたような気がした。
「何か言った、流星お姉ちゃん? あれ、影踏お兄ちゃん、どうして泣いてるの?」
「ああ、それはな。いま例の幽霊漁船の話を……」
「やめて、聞きたくない!」
 ぎゃーっと声をあげて、影踏は森へ駆け込んでいった。
「影踏お兄ちゃん!?」
 近くで潮干狩りに興じていた『新たな可能性』アーマデル・アル・アマル(p3p008599)は、熊手を持った腕をあげて、後を追いかける逢華を止めた。
「俺が追いかけるよ。いまから鬼灯たちとクジラを見に行くんだろ?」
「影踏お兄ちゃんもなんだけど」
 その時、鬼灯が船から逢華の名を呼んだ。海へ振り返ると、幻たちだけでなく流星も船に乗り込んでいた。
 船を見送る行人の言葉を潮風が運んでくる。
 ――鬼灯、気を抜くなよ? お前を信じていない訳じゃないが……イルカやクジラに近づきすぎて転覆、なんて話もあるからな?
 このままだと置いて行かれる……。
 逢華はあわててアーマデルに頭を下げた。
「お願いします!」
「うん。いってらっしゃい」


 アーマデルは笑顔で手を振った。
(「俺はもう少ししてから追いかけるか……」)
 すぐに腰をあげないのは、チックが森に入っていくのが見えたからだ。噂は気になるが、いまは昼だし、仮に蒼い火が肉腫であったとしても、噂を信じるなら二人いればなんとかなるだろう。
 濡れた砂に熊手を入れた。
 大物の手ごたえを感じたとたん、砂の中からいきなり噴きあがった水が目に入った。
「うわっ、なんだこれ」
 しかめ面で熊手を引く。
「往生際が悪いぞ……うわっ」
 砂に櫛先を取られたまま、持ち手がすっぽり抜けて、ひっくり返った。
「大丈夫か?」
 駆けつけた行人に抱き起こされ、二人掛かりでハマグリを掘りだした。
 でかい。丸みを帯びた三角形の貝殻は確かにハマグリなのだが、普通のハマグリの三倍はある。
 行人はしげしげと超巨大ハマグリを見つめた。
「イルカ漁が廃れて無人島になったというが……この島、それ以外にも何かあるのかもしれないぞ」
 とはいったものの、超巨大ハマグリからは特に何も感じない。身を細切れにして、魚の餌にしても問題はなさそうだ。
「何か……」
 不安に顔を曇らせたアーマデルが、森に入った二人を追うと言って、ハマグリの入ったバケツを置いて行った。
「俺は食料を確保するかな。ワッカ!」
 透き通った海水がすつと持ち上がると人の形をとった。胸のあたりで小魚が一匹、くるくると回遊している。白い泡の髪が波打ち、口のあたりが微笑みの形にさざめいた。
「ワッカ、頼んだ。俺を沖まで運んでくれ。夕食の時には酒を振る舞うからさ」
 水の精は足元から音もなく崩れると、波打ち際で四角く広がった。帆はないが、精霊の力で動く透明なボートだ。
 行人が乗り込むと、ボートは沖に向かって滑り出した。胡坐をかいて座り、超巨大ハマグリにナイフを入れてこじ開ける。
「沖に出たら、大物も少し狙いたいが……必要以上に魚を欲しがらないようにする、かな。食べ盛りが居るし、少しばかし多めに釣りたい所だけども……」
 青々とした空には白い入道雲が立ち上がっている。
 大漁の予感がした。
 そのころ――。
 ルフナとコマは『混沌社畜のパカ田倉くん』の背に揺られ、坂を上がっていた。シェスカは後をついてきている。
 ちょうど島を半周したところで、いまいるのは空豆島の背に当る場所だ。距離は短いが、背に当る部分が絶壁になっており、一時的に砂浜が途切れて坂道になっていた。
「下に洞窟があるのかな?」
 坂を上り始める少し前から、ごうごうと海水の轟く音がしていた。音が気になって『混沌社畜のパカ田倉くん』から身を乗り出し、崖の下を覗く。崖に押し寄せる波が白い牙をむいたような泡をたて、吐き出されてくるのが見えた。
 いきなりコマが急に背を弓なりにして、唸った。後ろでシェスカもしわがれ声を震わせる。
「コマ? シェスカ?」
 二匹が見上げる先へ、そろそろと顔を向ける。
 青々と茂る葉の間に赤い鳥居がちらりと見えた。
(「神社? こんな所に……。でもなんで、崖に鳥居が?」)
 コマの背を撫でているうちに峠を越えたらしく、気がつけば『混沌社畜のパカ田倉くん』の頭が下がっていた。眼下に広がる海は深く紺碧に澄んで、色とりどりの魚の泳ぐ姿がはっきり眺められた。
「あ、ウミガメ! よし、この先で泳ごう」
 坂を下りきったところに車を止め、ルフナは水着に着替えた。車から毬を取り出し、砂の上ではしゃぎ回るコマとシェスカを呼んで、お留守番を言い渡す。
「ふたりはここで蹴鞠して待っててね」
 不満そうな顔をする二匹に、慌てて言い訳をする。
「あげぽよでいとわろしだよ」
 きょとんとする二匹を残し、ルフナは真っ青な海にダイブした。


 南風が生み出す柔らかな雲が空に果てしなくたなびき、水平線上に陽の光があふれていた。白い雲と波、セルリアン・ブルーの海以外に何もない景観の中で、船はまるで動きを止めているかのようだ。舳先に立つ流星が目を凝らして探すが、いまのところ、クジラもイルカも姿を見つけられないでいる。
 すっかり退屈していた逢華が、突然、声をあげた。
「あ、そうだ。文月お兄ちゃん、葉月お兄ちゃん、それにみんな、金平糖食べない? 持ってきたんだよね」
「ほんと! 欲しい!」
「いただきます」
 幻は手のひらで金平糖を受け取った。
 海からすくいあげたような、青、紫、薄緑、白、美しい彩りの金平糖の中から、一粒、指でつまんで口に運ぶ。
「まさに食べる宝石――鬼灯様、章姫様。あれをご覧ください」
 幻が指さす先で、二頭のイルカが跳んだ。
 わっ、と歓声が上がる。
 文月と葉月が幻の座る側へ移った。逢華も遅れて移る。
 幻は泳ぐイルカの優雅さに感動し、宝石のような青い羽を震わせた。いまの気持ちを表す言葉が見つからず、もどかしくて涙が出そうだ。ああ、いまここに彼がいてくれたなら。
 この瞬間を夫と共有できないのは残念だ。
「かわいいな!」、と文月が感嘆する。
 あ、と葉月が声をあげた。
「逃げていく」
「鬼灯くん! 追いかけるのだわ」
 章姫に言われるまでもなく、鬼灯は船を繰ってイルカを追った。黒い金板を張った美しい船『水蜘蛛』は、観光船ではなく水上戦闘船だ。すぐに追いついた。
 並走しはじめて間もなく、風が凪いで波が消え、海面がまるで磨き上げた鏡のようになった。薄く空の雲を映した海面の下を、二匹のイルカが飛ぶように泳ぐ。
 船縁から身を乗り出すと、自分たちの姿も海に映り込んだ。
「まあ、まるで私たちもイルカと一緒に空を飛んでいるようでございますね」
 おとぎ話のようなシーンに誰もが感動し、胸をきゅんとときめかせた。
 奥方殿をもっと喜ばせたい一心で、流星はイルカとの会話を試みることにした。なんとか手の届く所まで呼べないだろうか、と舳先から身を乗り出す。
 海面を漂う白い靄に気づいた。
「――頭領! 囲まれます」
 流星の警告は、ほどなく現実となった。『水蜘蛛』の周りを、幽霊漁船が取り囲む。うち二艘が、慌てて逃げ出したイルカたちを追った。
「行きます!」
 パーカーをさっと脱ぎ捨てて、幻が海に飛び込む。中空にあがった水しぶきが光を乱反射し、眩しく輝いた。
 潜行してイルカたちの後を追う。頃合いを見て、海面に頭を出した。イルカたちを挟むようにして航行する一艘に狙いを定める。
「滅してなお追うのであれば……この奇術師めが、夢の海へ誘(いざな)ってさしあげましょう」
 蝶の羽ばたきによって起こった青い波が、幽霊漁船を飲みこみ、幽玄の狭間へ連れ去った。
 あと一艘、また潜って追いかける。
 その姿は海の中を飛ぶ蝶のごとく。海流を味方につけて、ぐんぐんとイルカたちに追いつくと、残る一艘を呼び寄せた青い蝶の群れに囲ませ、沈めた。
 どん、と左に衝撃を感じて、船が激しく揺れる。幽霊漁船が、どん、どん、と連続して舷側に船体を当ててきた。
 鬼灯は静かに怒った。
「俺の可愛い部下と章殿の楽しみを邪魔しないでもらいたい」
 章姫を片腕に抱いたまま、魔糸『暦』を繰って空に月型の影を広げる。『水蜘蛛』に船体をぶつけて来た三艘を、死の闇ですっぽりと包んだ。
 幽霊漁船は音もなく、闇とともに波に砕けて消えた。
 鮮やかな技に、章姫が小さな手を叩く。
「さすがだわ、鬼灯くん」
 愛しい嫁殿から手放しで褒められて、鬼灯のテンションはマックスまで跳ねあがった。
「文月、葉月、流星。お前達ならば『噂』くらい簡単に消せるだろう?」
 御意!
 暦の双子が次々とクナイを振るって幽霊漁船を切り裂く。
 流星は上空にいる弦の目を借りて、残る幽霊漁船の位置を確認した。すぐに舵をとる鬼灯に報告して、攻撃に適した位置へ船を走らせてもらう。
「奥方殿のクルージングを邪魔するものは早々に退いてもらおうか!」
 流星の怒気が波動を起こし、雷鳴のごとき一喝となった。一喝を浴びた二隻の幽霊漁船が真っ二つに割れて沈みだす。
 と、零体の銛が飛んできた。
「ぬるい!」
 左の手甲釣で、飛んできた銛を易々と切り落とした。
「頭領、今のが最後です」
「よし、幻を迎えに行こう」
 海底を覗き込んでいた逢華が、船を動かさないで、と言った。
「……下に、沈んだ船が……どうしてこんな沖に? 流されちゃったのかな」
 泳いで船まで戻ってきた幻が、「僕が見て来ましょう」といって、イルカたちとともに潜った。
「あ、ずるい!」
「こら文月……って、俺もイルカと泳ぎたい」
 双子が海に飛び込むと、「俺も行く」と流星が黒装束のまま飛び込んだ。
 逢華も急いでパーカーを脱ぐ。
「待って、僕も!」
 章姫を一人残してはいけないと、鬼灯は船に残った。
 穏やかに揺れる船の縁から海を覗き込む。
 海底へ潜るみんなの姿が、まるでスカイダイビングをしているかのようだ。
「鬼灯くん、すっごく行きたそうなのだわ」
 脇から覗き込む章姫の目に、鬼灯は胸を突かれた。
 行くなら章殿も一緒に。だが、それは難しい。水際で戯れる分にはいいが、海水にどっぷりつかると章姫の体にどんな不調が出るか……。
 ぷしゅう、と空気が吹き上がる音がして、顔をあげた。
「章殿、クジラだ!」
 クジラは六メートルはありそうだ。悠々と泳いで水面に現れたと思うと、巨大な尾びれを海面に叩きつけた。
 海に潜っていたみんなが海面に頭を出す。
 数秒遅れて、海面を打つ音が耳に届く。
 つぎの瞬間、波に持ち上げられた船から、クジラの大きな背を見下ろしていた。


 浜に波が静かに寄せている。
 幻は焼き網の魚をトングでひっくり返した。行人が釣って鱗を剥ぎ、はらわたを抜いた魚だ。魚の隣には大ぶりのハマグリと、チックたちが採ってきた山菜が焼かれている。
「――というわけで、クジラが沈んでいた船をまた島へ戻してくれました。おかけで、きちんと弔うことができそうです」
 行人がワッカに酒を注ぎながら相槌をうつ。
「ふうん。俺もあとで弔うとするか。おーい、魚が焼けたぞ。たくさん釣ってたからな、どんどん食べてくれ。あ、そうだ。ワッカ、あとでシャワーを……って、そっちは違う! 君の酒はこっちだ!」
 ワイワイやっていると、文月と葉月が紙皿を持ってやってきた。
 二枚は自分たちの、もう二枚は流木に腰かけて沈む夕日を眺める鬼灯と章姫の分。焼きたてを持っていき、一緒に食べるのだ。
 ルフナはハマグリ汁の鍋を掻きまわした。足元でにゃにゃー鳴いてねだるコマには貝から外した身をフーフー吹いてから食べさせ、シェスカにはハマグリ汁の汁だけを大きな椀に注いでやった。とたん、ブベェェ~と抗議の鳴き声が上がる。
「なんだよシェスカ、草食だろ? ダメ。貝とか魚とか食べたらお腹壊しちゃう」
 流星は鷹の兵を腕にとまらせ、火を通す前の生魚を与えた。
「うまいか、兵。……そういえば、影踏は? 森へ駆け込んだっきり、まだ戻ってきていないのか」
 逢華はかぶりついていた焼き魚から口を離した。
「え? さっきまで、行人さんに早く魚を焼いてってねだってたよ……」
 ああ、と行人が受ける。
「幻が舌を火傷するって止めても、焼けた端からものすごい勢いで食ってたな。チックとアーマデル、それに影踏の三人で。どこへ行ったんだ?」
 流星は辺りを見回した。いない。兵を空に飛ばしてみたが、浜にはいないようだった。
「このあと一緒に花火をしようって言ってたのに」、とルフナ。
「あ、山に明かりが見える!」
 逢華は急いで残りを食べた。
「あれ、影踏お兄ちゃんたちだよ、きっと。僕、呼んでくる!」


 チックは藍に沈む海を眺めた。視界の下隅、浜辺でオレンジ色の小さな光が三つ揺らいでいる。下からも自分たちが手に持つカンテラの灯りが見えているのだろうか。
「お腹はいっぱいになったけど……ゆっくり食べたかったな……」
 昼、チックは影踏を追いかけて森へ入った。この場所で追いつき、二人で鬼灯らを乗せた船が白波を引きながら遠ざかっていくのを見た。
「あ! ひどい、自分もクジラを見に行きたかった!」
 影踏が地団駄を踏む。 
 そこへ青い顔をしたアーマデルがやって来て、「やっぱりこの島は何かある。三人で調べよう」と言ったのだ。
 相談の結果、飲み水を汲むついでに神社を見ることにした。途中、野草や山菜も取った。一通り調べて、一旦、浜に戻ると、バーベキューの準備が始まっていた。
「昼のうちに壊しちゃったほうが、よ、よかったんじゃない?」
 影踏がガタガタと震えだす。
 それじゃあ駄目だ、とアーマデルは黒装束の背を押した。
「悪いモノかは実際に見てみないとわからない。もしも迷うものなら送ってやらないと」
 昼の探索では、神社でも漁師小屋でも蒼い火は見られなかった。だからこうして、日が暮れてから再訪しているのだ。
「でも、あの鏡。あからさまに怪しいよ」
「怪しい……けど、勝手に壊しちゃダメ……とおれは思う……」とチック。
 三人は昼間、小さな神社の拝殿で髑髏が回りを取り巻く銅鏡を見つけていた。
 鏡は、抜けた屋根の一部から差し込む日差しを反射して、何かが這いずったような染みがつく床を照らしていた。
 ちなみに漁師小屋では、魚や海亀の骨、貝殻が沢山見つかっている。
「ひっ! ヒトダマ」
 影踏が悲鳴をあげた。
 いつのまにか、蒼い火に回りを囲まれていた。
「神社はそこだ、急ごう!」
 チックとアーマデルは、頭を抱えてしゃがみむ影踏を両脇から持ち上げて、走った。蒼い火が攻撃しながら追いかけてくる。
 拝殿に駆け込むと、御神座の扉の前に置かれた銅鏡が怪しい光を発していた。
「……やっぱり」
「この鏡が死んだ漁師の魂を呼び寄せていたのか」
「だから、言ったのに……てよく見るとヒトダマに顔が! こっち睨んでる、ひぃぃ!」
 二人は影踏を床に落とすと反撃に出た。
 チックは『いにしえの子守唄』を口ずさんで蒼い火の動きを止めようとしたが、いかんせん数が多い。
 アーマデルが片っ端から霊を清めて祓うが、蒼い火は次から次へと拝殿に集まってくる。
「あの鏡さえ、割れば……」
 チックは影踏を見た。とたん、溜息がこぼれる。
 影踏は床に額をこすりつけるようにして、蒼い火に土下座していた。
「ひぃぃ、ごめんなさい! ごめんなさい!」
 このまままでは――と思ったその時、拝殿の扉が勢いよく開かれた。
「影踏お兄ちゃん! 助けに来たよ!」
 蒼い火が一斉に逢華へ向かう。
「いまだ!」
 チックは白い翼をはためかせた。
 風とともに放たれた虚無のオーラが銅鏡を包み込み、割った。


 線香花火が散らす小さな火が、寄せる波に色を落とす。
 幻は貝殻を拾った。貝の表は銀めいた薄墨色、中は鮮やかな瑠璃色だ。
 背後で文月と葉月が花火を取り合い、それを諫める鬼灯の声がして、みんなの笑い声が明るく弾けた。
 そっと貝を合わせて、ひと夏の思い出を封じ込めた。
 逢華は満天の星空を見上げた。
「楽しかったなぁ……あ、流れ星!」
 祈るように願う。
「こんな日々がずっとずっと、続きますように」

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

楽しく書かせていただきました。
よい夏の思い出になったでしょうか。

ご依頼、ありがとうございました。

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