シナリオ詳細
<巫蠱の劫>人を呪えば尾が二つ
オープニング
●
一つ目の尾は親の敵を呪い殺した。
二つ目の尾は美しさで妬まれた女を呪い殺した。
三つ目の尾は恋敵を呪い殺した。
四つ目の尾は行ったきり帰ってこない夫を呪い殺した。
五つ目の尾は庄屋を呪い殺した。
六つ目の尾はたまたま通りがかった男を呪い殺した。
七つ目の尾は……。
●
「全く、儲かって儲かってしかたがないわ」
血のにじむ油紙に包まれた、肉のひと包みと引き換えに、阿久戸屋(あくどや)が得るのは大金である。
夏祭りを終えた高天京では、『呪詛』という忌まわしき行為が横行していた。
夜半に妖の体を切り刻み、その血肉を以て相手を呪えば、忌が相手を喰い殺すというものである。
だからこそ、妖の一部というのはよく売れる。
刑部省の汚職役人と手を組み、やりたい放題というわけだ。
「いやあ、売る相手さえ選べば、こちらも大助かり。
復讐に駆られる皆様も、道具が手に入って嬉しい、我々も儲かって嬉しい。どうですか? これぞ自然の摂理。商売というもの!」
「苦労してあの化け狐めを捕らえた甲斐がありましたねぇ」
「これほど良い『お商売』もありませんな。もっともっと儲けさせてもらいますよ。最近は手に負えないほどになってきましたがね。何、暴れてもどうせ死ぬのは下働き数名。痛くもかゆくもありません」
「ほっほっほ。まあ、あまり睨まれないようにしてくださいね」
「わかっておるわかっておる。刑部省にはこれだろう」
差し出される『茶菓子』にはゴールドがみっちり。
響くのは二人分の笑い声。
「……」
その様子を、天井に潜んだくノ一は見ていた。
●
「娘を殺した人間を突き止めたんです」
神使たちの前に頭を下げているのは、疲れた様子の夫婦であった。
「こんなこと、おおっぴらには言えませんが……。うちの娘は呪詛を送り、失敗して、呪詛返しに遭って死にました。……それについては……やはり親として思うところがないわけではないですが、相応の報いが下りたと。人様をあやめる前に、やめられてよかったのだと、ようやく言い聞かせられるようになりました。
でも、このままじゃ腹が納まりません。娘はただの人、その辺を歩いている町娘です。手に入れられるはずがないんです。妖の一部なんて!」
興奮した様子で言ってから、それから我に返る。
「だから。娘に妖の一部を売りつけた人間を突き止めたということです。……なんとか必死に調査してたら、数度人の手を渡ってはいるものの、阿久戸屋(あくどや)がそれを売りつけたことがわかりました。
いえ、突き止めたというのは違います……。不思議なことに、うちに取引の書簡がおいてあったんです。
きっとお天道様が見ていてくださったんだと思いました。
もちろん、それをお役人様のところに持って行きました。
難しい顔で、”検討する”と。一言。
でも、裁かれた様子はありません。阿久戸屋は商売繁盛なんて掲げて、のうのうと店を出しています。どうか……報いを与えてくださらないでしょうか。
……分かっています。相手は大店です。もし、無理だというのなら、せめて、忍び込んで、妖の一部を持ってきてください」
「あんた!」
黙っていた妻が悲鳴をあげて制止する。
「いえ。それは……それはしてはいけないこととわかっています。あの、店の主人に、何か相応の報いを! それが私の願いです。……無理を言っているのは分かっています。よろしくお願いします」
- <巫蠱の劫>人を呪えば尾が二つ完了
- GM名布川
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年09月05日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●神使、参上
「想像はしておりましたが反省しておりませんね!」
「他人の怨みに付け込んでうまい汁を吸うとは奴等も上手くやったものでござる」
『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)と『暗鬼夜行』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)。
悪を前に、宇宙警察忍者と紅牙忍術継承者の道が交わった。
「しかし奴の悪事も今宵で終わり。人の世を乱す不届きものにはきつく灸を据えてやらねばなるまいて」
「ええ、これは折角のチャンス! 八兵衛殿とセツ子殿の為にもキッチリ叩き潰すと致しましょう!」
必要とあらば私情を殺し、冷酷に仕事をやってのける二人。しかし今このときは、日の当たらぬ正義のために。
「妖……ですか。呪詛により刻まれる妖がキサは哀れでなりませぬ」
『全霊之一刀』希紗良(p3p008628)はぎゅっと刀を握りしめる。いつもならピンと立つ耳もどこか悲しげだ。
「命を以て命を奪う商いを行う。業の深い事です」
『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は瞑目した。人とは、かくも欲深い。
「呪詛を売って利益を得ようとするなど人のやることではありませんね。その身に報いを受けて頂くとしましょう」
『月下美人』雪村 沙月(p3p007273)の瞳は、悪を見ようとも曇ることはなく。まっすぐに背筋を伸ばし、ただ、できることを、と。
「復讐にゃショージキ興味はねェが、貰えるもん貰えりゃ仕事はするぜ?」
『悪徳の魔女』極楽院 ことほぎ(p3p002087)は深く煙を吐いた。
ことほぎが考えるのはいつだって自分のこと。どちらの側にいることだってある。今日はたまたまこっち側。
「てーか、この手のハナシは海を渡っても変わらねェなァ」
「私は人を斬れればいいんですけど」
鏡(p3p008705)は頬を紅潮させ、うっとりと甘美な味を思い浮かべる。
肉を断ち斬る手応え。骨を断つ感触。
悪に染まるということは、より深い闇に喰われるということを意味する。
「ローレットとカムイグラの関係を悪化させたら怒られてしまうし表立ってヤる訳にはいきません。でも、戦場で不慮の事故、ありえない事ではありませんよねぇ」
「……さて、どういう風の吹き回しでしょうかね」
『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)はなんとなしに後ろを振り返った。
そこにはいつもの喧噪があり、ただ人が過ぎ去って行くのみだった。
●浄國一揆
この国の行く末を憂うものたち。
彼らは、自らを<浄國一揆>と称している。
「骨のありそうなやつもいるようだね」
一之瀬 薫はひとり屋根の上で盃をあおっていた。
遠くに仲間の姿が見えたので、ひょいと盃をあげてみせる。
「一之瀬は相変わらずか」
「よいよい」
浄國一揆の将である利根 八郎 高綱は、『角奪(かくだつ)法師』雅楽 公暁の横にどっかりと腰掛けた。
「和尚、どうかね。神使とやらの実力は。使い物になりそうかい?」
「和尚はよせ、拙などまだまだ小坊主よ。……平常であれば、到底無謀というのも宜なるかな」
腐っても大店。よそ者が1日やそこらでどうにかできるとは至難の業。
そう考えるのが順当か。
それでも神使というものはそれだけのことをやってのけるものだろうか。
「!」
公暁は無量に気付き、一瞬顔色を変えた。
「どうかしたか?」
「いや、なんでもない」
その表情はすぐにかき消えた。
これもなにかの巡り合わせだろうか。
●Day.1
「では拙者は間取りを聞いてきますよ!」
「あぁ? 表からかよ?」
「そりゃもう、堂々たるものですよ」
「金目のモンのありそうな場所でも聞いてきてくれ」
6人もたどれば世界中の人間と繋がるのだとは、誰の言だったか……。
ルル家はのコネクションは伊達ではない。知り合いの知り合いの、そのまた知り合いを辿れば、ビンゴ。首尾良く屋敷の奉公人を見つけるのだった。
茶屋で男の隣に腰掛け、同じ団子を頼みながら、すっと懐のものを差し出す。
「お気持ちばかりですが」
不思議と帳簿に載ってない金。
懐にねじ込めば、男の頬も緩むというもの。
男には忠誠心などない、いやむしろ、主人の横暴に嫌気がさしはじめたころの下っ端の下っ端であった。
「いけすかねえ連中だよな。しかしたいしたことはしらんぜ」
「お屋敷で奉公していたのでしょう? 間取りなんか知りません? いえね、まあ、捜査の一環ですかねえ」
「そりゃあいい。痛い目みればいいんだ。裏金のひとつくらい隠してるだろうし。……まあ、握りつぶされるのがオチだと思うがね」
「ご協力感謝いたします」
寛治は伝手をたどり、屋敷の軒先へやってきていた。
大きな店ということもあり、そういう手合いには慣れている使用人たちではあったが、きっちりとした異国のスーツを着こなし、堂々とする寛治らは「ただ者」にはまるで思えない。
「名は言えぬが、さる貴族が呪いの品を探している。金に糸目は付けぬ、最上級のものを」
白紙の小切手をちらつかせる。
「本物か?」
「はい?」
手を伸ばせば鏡が素早く刀を抜く。
「いえいえ、旦那! 疑っているわけでは!」
慌てておくから上の立場とおぼしき者がやってくる。
「躾がなっていなくて、大変失礼いたしました。手前どももすぐに通すわけにはいかなくて。後日、ということでいかがでしょう?」
「では、重要な取引になりますので、明日の夜、お屋敷に伺いたい」
……その横を通って、一匹のネズミが、そっと屋敷の軒先をくぐった。
希紗良のファミリアーだ。
上の道あれば下の道あり。
見張りの足下をかいくぐって屋敷を進んでいくのであった。
(ルル家殿の情報から、おおまかな居所は分かったであります。ならばキサは、その包囲をかいくぐって屋敷のありさまを調べてご覧に入れるであります)
物陰に身を隠しながら、人のいない屋根裏を通り、人のあとをつけて行く。
(ここは離れなのに、ずいぶんと人が多いでありますね)
かすかに、悲痛な小さな声が聞こえた気がした。
どっと下品な笑い声がかき消す。
●捨てる神拾う神
「もうあそことは関わりたくねぇ!」
無量の目の前で閉じられる戸。
脅すことも可能だったろう。袖の下などを渡すことだってできた。
しかし無量の目当ては、妖を助けたいと思う人間を探すことだった。
これでもう五度目になるだろうか。
新たな戸を叩く。
「……あんたか、あの屋敷のけが人を訪ねて回ってるってのは……」
「……はい」
頷く。
出てきた男は、無量を追い返さない。
静寂だけが流れ、観念したように「何の用だ」と絞り出すような男の声には、どこか悲しみがこもっていた。
「あの妖を助けたいのです」
「なんだって?」
「御礼などは特に出せません。ですが、罪のない者に対して憐れだと思われるお気持ちがあるのならばどうか。お願い致します」
ちいさく、「入れ」という声が聞こえた。
●作戦会議
「外観はこのように」
沙月が外からの概略図を墨で描いていた。
細く丸みを帯びて、美しい直線が走った。
「それで」
ルル家が頷き、筆を受け取って詳細を書き足していく。
「主人がこの辺ですかね。まあ不必要なほど巨大な書斎と寝室ですね」
「ほーう」
ことほぎが身を乗り出す。
「ってこたぁ、金目のモンもそこに……ふむふむ」
「で、目当てはここですねぇ、ああ、愉しみです」
鏡が、赤い丸を描いた。
「鍵はここの見張りがもっているでござるな」
咲耶が見張りを書き入れた。
「いざというときは壊すのも考えの一つかと」
「……おそらくこの範囲のどこかにお狐さんがいるであります」
希紗良が離れを囲んだ。
「こちらです」
無量が横から筆をとり、牢の位置を書き加えた。
「なーるほど、んで、これがこうなってこうなってっとぉ」
裏口からの順路を、ことほぎが愛嬌のある線でくるくると引いてみせた。
「お狐さんがいるのはおそらくこのあたりであります」
「上手くいけば万々歳ってとこかねぇ」
「順当に行けば客人が通されるのはこちらですね。もう少し上客と見られれば奥にも通れそうですが」
寛治を見る沙月。
「”可能です”。そう捉えていただいてよろしいかと」
「私ら、ちゃんとお仕事してましたからねぇ」
ビジネスマンとして水の一点も漏らさぬ佇まい。
用心棒を傍に置き、完璧な提案資料を手にした寛治は、涼しい顔で1億そこらの金は平気で動かしそうな最重要人物に見える。
実際そうであっても、驚きはないだろう。
●浄國一揆・弐
「それで露草、どうだ、彼らは」
彼らを見ていた露草は”頷いた”。
「ほう……」
高綱と公暁は僅かに驚いたような様子であった。
表からの効率的な探り入れ、また、裏からの悟られることのない忍び入り。自分と形は違えども相当である。
口が利けぬ故にそれを逐一説明することはないが、とにかく見所があると言っている。
「いいねぇ、どうなるか見せてもらおうじゃないか」
薫はぐいと盃をあおった。
●Day.2
かくして、寛治は堂々と阿久戸屋の門をくぐった。
「お待ちしておりました」
通された部屋は、予定通り中心部。
座り心地の良い座布団。それなりの重鎮とみられているようである。出された菓子は、どうやら最高級品である。
「毒はないようですよ」
「いえいえ、遠慮しておきますよぉ」
鏡はゆるゆると首を横に振る。
鏡が味わいに来たのは、そんなものではない。
「お待たせいたしました」
「それでは商談と参りましょうか」
相手が商品を小出しにしてくるのをあしらい、時が満ちるのを待つ。
咲耶は覆面で顔を隠し、屋敷の庭に降り立った。
見張りを責めるのは気の毒というものだろう。
隠形之印・常世隠。
壁をすり抜け、向こうを見通し、心臓の鼓動すら隠すような忍である。
仲間たちにこくりと頷く。
ひゅんと小石を投げ、気を引いたところで、無量が空を蹴った。
「新田殿は首尾良く入ったようでありますね」
「せめぇ」
床下を進む神使たち。
床板の隙間から見える。景気の良さそうな瀬戸物がちらりとことほぎの目に入る。ごくりと喉がなるが……。
(コトが終わってから火事場泥棒すりゃ良いんだから今は待てオレ……ッ!)
なんとか煩悩を振り切って進んで行く。
「では拙者はのちほど」
「ご武運をっ」
ルル家は一人、その場を離れた。
目指すは阿久戸屋の主人の部屋である。
五感を研ぎ澄ませ、床板を持ち上げて侵入する。
部屋の入り口は見ていようとも、中まではさすがに見るまい。
(この手の輩は狡猾ですから、告発されて自分だけ潰れる事のないよう、呪いを売った相手を共犯者として告発出来るような証拠を手元に置いてあるはずです)
ルル家の読みは当たった。
ずらりと並ぶ帳簿は山のようであるが。そこは巡査下忍。捜査はお手の物である。
(呪いを売った相手、汚職役人、今まで殺した鬼人種……この中にあるはずですね!)
●解放
檻の前。
あくびをする見張りに合わせて、沙月の一撃が音もなく警備をのした。
「なっ……!」
それは無拍子。まるで日常の挨拶をかわすがごとく動作であり、従ってもう一人の反応は遅れる。
咲耶の攻撃が暗闇を舞った。
倒れた見張りが、その正体をつかむことはない。
喉元を締め落とされたのだが、たとえ見切ったところで、意味はないだろう。
紅牙流暗殺術は、手段も殺法も全て使う者次第で変化していく変幻自在の無形の型である。
「御免」
絡繰手甲・妙法鴉羽『荒帝』は、気がつけば元の形へと戻っていた。
「これが……妖ですか」
「ウウ……」
二尾は檻の中でじりじりと後退し、歯を剥いた。
「……人に傷つけられたのに、人を信じろというのは虫が良すぎるでありますよね」
二人はうなずき合い、さがる。
無量の鬼渡ノ太刀が、鍵を断ち切った。
「!」
ガキン。
二尾の牙が、無量の鬼渡ノ太刀をとらえた。
「私と斬り合いたいのであれば其れも結構。然し、順番が違うのでは? それとも尾を奪われた事で貴方の魂も畜生へと墜ちましたか?」
「そなたに酷いことをした本人の所に、キサと一緒に参りませぬか?」
ぐるる、とうなり声を上げる狐は、するべきことを思い出したようだ。
飛び出さんばかりに体をたたきつけ、狐はなぎ倒すように進む。
ことほぎの金の目が合えば立ちすくみ、腰を抜かす戦闘員である。
「退け!!」
ひらりと手を振り、任せろという動き。
「やっちまえ! キツネ!」
ことほぎの片恋の病が、護衛を撃ち抜いた。
●出陣
(うまくやってるようですね!)
始まったようだとルル家と寛治にも分かるだろう。おかげで、ルル家はじっくりと資料をあさることができた上に、こちらの警備も手薄になった。
「おや、何やら騒がしいようですが?」
「お、お客人は少々おまちください」
「いえ、我々も同行します。気になりますから」
「自分の身くらいはぁ、守れますので」
「今の攻撃はどこから」
「術だ!」
否、それは寛治の魔弾であった。
忍ばせた拳銃は、この乱戦では見咎められることはない。
すべては”必然”。計算ずくだ。
「やってますねぇ」
うんうんと頷く鏡は刀を納めたまま、好機を待つ。良い動きだ。
兵は三人いた。まだくるだろう。
先行する沙月が護衛を、それも攻撃されるとは思っていなかった方をのした。
無量の第三眼は、すべて見透かすかのようである。
「ひいっ……お許し……」
刀を取り落とした兵。刀を蹴り飛ばし、戦意を失わぬもう一体を斬り上げる。
沙月と同時だ。
瞬天三段が空を舞う。
頭、喉、鳩尾。息を合わせて、人体の急所を流れるように突けば、男はひとたまりもなく崩れ落ちる。
「敵はあそこでござるな」
咲耶の豪鬼喝が、あたりをゆらした。
そこには腰巾着の男と、元凶の男がいた。
「ひいいっ、ひいいっ」
「付き合い、きれるかあ! こんなものぉ!」
「逃がしませんっ!」
飛び出してきたのは証拠品を抱えたルル家である。
ハニーコムガトリングが煙幕をあげる。
「悪事を隠そうと、お天道様の目は誤魔化せませんよ」
皆の注目は狐へと向いていた。
誰もが男を見ていない。
「……やっと──独りになってくれたぁ」
阿久戸屋と鏡が、一瞬、すれ違った。
ただ、それだけのこと。
「え?」
なぜか、足が進まないのだ。
「あれ?」
なぜか、手が滑るのだ。
二尾が怒り、前足を振り上げるよりも先に。
いや、端から見ればそうとしか見えなかっただろうが……。
主人はずるずるとその場に崩れ落ちた。
≪鼻唄三丁 矢筈斬り≫という。
「あ、妖があーーー!」
「ご主人様ぁ!」
現場は大混乱である。
「おのれ、おのれ! 出会えーーーー! 討ち取れーーーー!」
牙を鳴らす狐。暴れ足りないようである。
「個人的にゃあ殺しちまった方が後腐れなくって好みだねぇ。どうする?」
ことほぎが言った。
もっともだった。
(人に傷つけられた獣は怨み故に何れ人に害為す存在になると拙者は考える)
もしも完璧な忍であったのなら、一思いに始末斬九郎『封』を振るっただろう。
だから、その兆候が見えたならば咲耶は迷いなく斬った。
一瞬の判断が、生死を分ける。
(しかしそれでも襲わぬという一縷の望みがあるのならば、それに賭けても良いでござろうか)
けれど、まだ。
希紗良が、ぎゅうと狐の首筋に抱きついた。
「元は綺麗な九尾だったのでありましょう。キサが何を言っても詮無きことかもしれませぬが……本当に申し訳ない……で、あります」
振り回し叩きつけられても、その手は離さない。
狐がうなり声をあげ、希紗良に噛みついた。希紗良は痛みをこらえながら、見返す。
ぱたぱたと落ちるは、涙。
痛みによるものではない。
それは尾を失った妖への同情だった。
「祠に戻りませぬか? もっと自然豊かな場所でもいいでありますよ。落ち着いて過ごせる場所を一緒に探すでありますから……」
希紗良も痛いほど、わかっている。
そのときは、と。
この場で殺されて終わりだなんて悲しすぎる。
どうか、どうかと祈るように。
そのとき。
手のつけられないほど暴れていた、二尾の動きに変化があった。
怨敵の末路を見て、僅かに理性を取り戻したのかもしれない。鼻で遺体を嗅ぐと、暴れるように巨体を揺らし、狐は屋敷の外へと駆けて行く。
「は、悪運ってやつかねぇ? あとは逃げ切れるかどうかってところか」
「ふふ」
メインディッシュはすでに腹の内。
鏡は、帯から外した刀の柄で追手を殴打した。
「追え、追えーーーー!」
追手が迫る。
「わっ」
壁の一カ所が、崩れていた。
木漏れ日が、漏れている。
後ろからは護衛が追ってくる。
狐がくるりと後ろを見、うなり声をあげた。
ぶつかり合いか。
「どうか……!」
「……」
希紗良が懇願すると、狐は一鳴き。身を翻して、去って行くことを選んだようだ。
「きゃっ」
通行人は、飛んできた矢に思わず足を止めた。
その後を、びゅんと狐が去ってゆく。必死になだめる希紗良を乗せて、人のいる道を外れて森へと去ってゆく。
化かされたようにそれを見ていた。
「こんだけの騒ぎだ、すぐに役人も来ちまうだろうなァ。
……イヤ待てつまり金目のモノ漁ってる時間ねェってことじゃねーか!!」
撤退である。
「まったく、不幸な事故ですね」
しれっとその場に残るのであった。
●後
「ええ、大変な目に遭いました。商談をしていたのですが……」
阿久戸屋の死因は「暴れた妖との戦闘に巻き込まれた」ものと処理された。それに乗じた物盗りがあったようではあったが……。
少なくともこの一件は、不幸な事故として処理された。
「というわけでして」
「なるほどのう……そのようなことがあったのじゃな。うむ、その資料をどうやって入手したかは聞くまい。できる限りのことをしよう」
ルル家が頼ったのは、島 宗滴。
刑部省に勤める役人であり、知る限り公平な人物である。
「キリキリ歩け!」
護送される腰巾着の男。
罪人を運ぶ籠を止めるものがあった。覆面を被った者であったが、依頼人だろう。
「天下御免! あなたも同罪と心得よ。……お覚悟を!」
それを止めたのは、ルル家であった。
「いいえ。八百万でも悪事をすれば捕まる。殺害するより、その事実が広まる方がずっと価値があるとはお思いになりませぬか?」
「ワシが責任をもって裁きを見届ける」
「……う、うう……」
「一件落着か」
「彼はどうかね。お上には腐ったものも多いと聞くが」
「清廉なやつだよ。潔癖すぎるくらいかね? もっと自分のために生きりゃあいいのに。どいつもこいつも」
「荒れるぞ、この國は。まあ、そのために此処におるのだがな!」
宗滴は、大事であったわりに、仕事がやりやすい、と感じるだろう。
証拠があったからというのもある。寛治が刑部省への人脈を活用し、阿久戸屋の悪事や贈収賄の証拠を提供していたからである。
それなりに事が進み、失脚した腰巾着は、もはや表舞台に出てくることはあるまい。
●紅葉を辿る
「もう少しであります。もう少し」
京を離れ、山道を歩く狐と希紗良。
よろよろとしてはいるが、狐の目には光がともっていた。
倒れそうになると、不思議と、旅人がいた証があって。水が湧いている小道が見つかる。
誰かが導いてくれているのかもしれない。
(どうかお狐様をお守りください)
懐かしい山の景色が見えてきた。
狐は、不意に立ち上がる。
何かに招かれるように一声吠えて、空を駆けるように立ち上がる。
「あっ」
残ったのは葉っぱが一枚。
(たどり着けたのでありましょうか?)
……とあるちいさな祠には、狐が住み着いているという。
「おや?」
尻尾が二つに見えたが、ただの狐か。
たいそう気難しく人嫌いで、滅多に人前には出ないというが……。
「あんた、猫が好きだろ?」
「え? ああ、そういえば家で飼ってるよ」
なぜだか獣には心を許し、姿を見せることがあるという。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした!
二尾が仇を討つ前に仇が討たれたのと、その他を鑑みて、心持ち爽やかな方になりましたかね。討たれるルートでも、もちろんアリです。
悪依頼はいろんな行動が見れてとっても楽しいですね。
心なしかワイプ画面が賑やかでした。
MVPは、潜入の助けとなった十三代目様に贈ります!
GMコメント
お天道様は見ている!
布川です。
よろしくお願いします。
●目標
阿久戸屋(あくどや)の屋敷に妖が捕まっている。
妖を解き放ち、阿久戸屋の主人に相応の報いを与える。
「再起不能の大けが~不幸な事故死」くらいでしょうか。
●ターゲット
阿久戸屋の主人。
悪巧みをしているときは、なにかと刑部省の汚職役人と一緒に居る。
・とりあえず今のところの出荷の予定は一週間後(急ぎではない)。
・「出荷」を早める要因があればのうのうと出てくる。
・屋敷に異変があればわりと容易に誘い出せそうです。現場主義!
・出荷の時は必ずとらえた妖を見に行くが、そのときは妖を取り押さえるために警備が手厚くなる。
●阿久戸屋の屋敷
阿久戸屋は大きな平屋となっている。
急に尋ねていっても入れる場所ではないが、商売の話をすれば話だけ聞いてもらえることもある。
「秘密の取引」については丁重にもてなされる。
はじめ呪いの品として当たり障りのない藁人形などを出されて、「それでは気が済まない」というと「例の品(妖の一部)」を紹介することをほのめかされるが、値段はべらぼうに高い。
交渉したり、ゆすったり、それなりに上手くやれば内部でお茶菓子くらいは出してもらえるかもしれない。
警備のものが多く出入りしていて、妖のいる離れは特に手厚い。
ただし、中に向けての警戒が中心のようだ(暴れるため)。
屋根裏や床下に忍び込むこともできるだろう。
裏口の鍵はなぜか開いている。
ここ最近、大怪我をした使用人が多く居るようだ。金をもらって口止めされた彼らは重く口をつぐむ。
多くのものは妖を不気味だと思っているが、ごく少数、妖に同情的なものもいる。
●化け狐『二尾』
もとは、道祖神のほこらに住み着いて長生きしていた狐の妖。
九本あった尻尾のうちの七本は呪詛に使われ、失った。
阿久戸屋の座敷牢を改造した場所に鎖でつながれている。
警備のものから鍵をとりあげ、あるいは鍵を破壊して解き放つことができる。
尾を失ったことで非常に気が立っており、友好的な人間に対しても敵対的。
(解き放った場合)特にプレイングがなければ、二尾が暴れ、大勢の用心棒に取り押さえられて同士討ちの結末となるでしょう。
阿久戸屋の主人まで届きません。
●阿久戸屋
成り上がりの大店。
過去シナリオ、『とある商人の”ひとりごと”』に名前だけ出てきますが、すごく悪くてそこそこの権力のある奴だということです。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3583
(解き放った場合)特にプレイングがなければ、「何か騒動があった。噂では主人が妖にたたり殺されたとか。こわいこわい」くらいで、別の人間が後を継いで存続しそうです。
このへんは依頼達成条件に関係がないので、お好みで。
●刑部省の汚職役人
なにかと主人と一緒にいる腰ぎんちゃく。
賄賂をたっぷり受け取っており、こいつがいるせいで捜査の手が入らない。
幸いなことに一つ下の立場の精霊種は割とまともそうで、きちんと上にとりあってはくれていた(こっちが事件の担当者)。
担当者は、事の進展を聞かれるとお茶を濁す。
事件が発覚した場合は逮捕されて左遷程度でしょうか。証拠があればある程度相応の裁きを受けそうではあります。まあ不幸な事故が起こるかもしれませんけれどもね!
●お天道様こと「露草」
「……」
取引の書簡を盗み出し、密かに夫婦に渡した忍。
味方情報屋の位置づけです。
「悪依頼」である状況で神使たちがどう出るか出方をうかがっているようです。
(今回は直接関係ありませんが)八百万と彼らの支配体制を憎み、『浄國一揆』という組織に所属しています。
声を失っていて、しゃべることができません。
直接情報をくれるわけではありませんが、なぜか都合よく裏手の鍵が開いていたりするのはきっとこの忍のしわざなのでしょう。
プレイング次第でちょこちょこ手伝ってくれると思います。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『豊穣(国名)』における名声がマイナスされます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
誘い出されたり、状況によってはある程度ターゲットの動きが変わったりはしますが、伏兵もいませんし、深読みするべき背景などもありません。
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