シナリオ詳細
<巫蠱の劫>滲む蘇芳
オープニング
●
どうして痛いことをするのですか。
どうしてそんな怖い顔をしているのですか。
私は何もしていないではないですか。
痛い。痛い。助けて。助けて。
褐返に染まる夜空の星。月明かりは優しく烏天狗の由羽(ゆう)を照らしていた。
その小さな身体には無数の刀傷が刻まれている。
由羽を押さえつける鬼人種の男達の身体にも血が滲んでいた。
「大人しくしろ!」
「痛……っ! どうしてこんな事をするんですか」
男が由羽を殴りつける。
痛みに涙を浮かべながら見上げると、男の手の中に握られた小刀が見えた。
それは僅かに躊躇うように震えたあと、振り下ろされ由羽の眼球をえぐり出す。
「うわぁああアアア!!!!」
意識のあるまま切り刻まれる痛みというのはどれ程のものだろうか。
神経が逆立ち危機感に身が竦む。
激痛の信号が脳の回路を焼き付くし、反射的に逃げようともがき苦しむのだ。
由羽の頭の上で男達の声がする。
「お前の目を持って行かなきゃ俺達が殺されちまう、すまねえ」
「勘弁な。村の皆が生き残るためには、お前の目が必要なんだ」
自分を正当化するための言い訳が由羽の頭上に降り注いだ。
右目から落ちる血で、じわりと蘇芳に染まる着物。
砂利の音に男達が去って行くのが分かる。されど、右目の激痛に意識が霞んでいく。
なぜ。
どうして。
そんな事ばかりが思考を支配する。
痛い。辛い。悲しい。
悲痛な思いはやがて恨みと成っていく。
心の中で渦巻く負の感情。
膨らみのたうち回り、どんどん増長していく――
●
「この間は世話になったな、お前達」
精一杯のキリリとした顔で微笑んだ『琥珀薫風』天香・遮那はイレギュラーズに向き直った。
海洋王国との合同祭事の裏で発生した『肉腫(ガイアキャンサー)』に纏わる事件。
共に戦ったイレギュラーズをの実力を遮那は認め、敬意を払い友好的に接してきているようだった。
元より彼等に興味津々だった遮那は、あの事件以降イレギュラーズを大層気に入ったらしい。
「これは、ほんのお礼だ。受け取ってくれ」
差し出したのは遮那のお気に入りの茶菓子店にある団子だ。
甘い蜜が掛かっていて美味しいのだと少年は力説する。
それを共に頬張りながら、遮那はイレギュラーズに視線を送った。
何か言いたげに地面とイレギュラーズの横顔を行ったり来たりする。
これは子供特有の顔色を伺う行為だ。とても分かりやすい。
「何だ? 何か困ったことでもあったのか?」
「え! なんで分かったんだ?」
心底吃驚したようにポカンと口を開ける遮那にイレギュラーズは噴き出す。
ぽんぽんと頭を撫でて、話の続きを促した。
「最近、この高天京で呪詛が頻発しているらしいのだ」
遮那自身それを目の当たりにした訳では無い。
されど、高天京の京内だけではなく、政治中枢である宮中内にまでその被害者が出たという。
宮中内の政には疎い遮那の耳にさえ届いてくるのだから流行しているのだろう。
皆、何かに取り付かれたように『禁忌』へと手を染める。
「何処で誰が自分を呪ってくるか分からないのだと、皆疑心暗鬼になっているのだ」
その不安から呪われる前に呪ってやると言い出す者まで出てきたらしい。
このままではカムイグラの政治に混乱が生じる。即ちそれは京の不穏を招く事になるのだ。
「きっと兄上も、さぞ心配されている事だろう。此処は私が兄上の代わりに問題を鎮めなければ成らぬ」
ぐっと前を向き決意を固める遮那。頬には団子の蜜が付いている。
イレギュラーズはハンカチで口元の蜜を拭き取ってやりながら、もう少し詳しい話を聞き出す。
呪詛は『夜半に妖の体を切り刻み、その血肉を以て相手を呪う』という手法であるらしい。
切り刻まれた妖の力を借りて、相手を襲い呪い殺す。
そして、同時に市井には呪詛に使われた『身体の一部分が切り取られた』妖が出没しだした。
「無関係な市民が虐殺されておる。私はそれを何とかして止めなくては成らない」
けれど、自分一人の力ではどうにも出来ない。
「だから、お前達の力を貸して欲しい。共に戦って欲しいのだ」
遮那の真摯なお願いにイレギュラーズは「任せろ」と頷き、少年の肩を優しく叩いた。
肩を叩くイレギュラーズの手が頼もしい。
彼等が居ればどんな敵だって倒せてしまうような、そんな気がしてくるのだ。
「では、さっそく準備だ!」
「おう!」
高天京に広がる青色に、遮那達の声が響いていた。
- <巫蠱の劫>滲む蘇芳完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月31日 22時00分
- 参加人数8/8人
- 相談5日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
夏空に白い雲が大きく育つ。陽光が燦々と輝き降り注ぐこの季節。
じっとりと湿気が纏わり付くのを、涼しい風が一陣吹いて。僅かに頬の汗を乾かしていった。
「天香さんお疲れ様っすよ」
『1680万色に輝く』ジル・チタニイット(p3p000943)が朗らかな笑顔で顔を覗かせる。
彼女に頷いた『琥珀薫風』天香・遮那は目を細めて笑みを見せた。
「ジルもご苦労だったな。今回もよろしく頼む」
「任せてくださいっす! これ以上呪いの連鎖が続かないように、精一杯お手伝いさせて貰うっすよ!」
拳をぐっと握り込んだジルは遮那の前に手を突き出す。
それに合わせるようにコツンと拳を鳴らす遮那。
遮那の隣には『一期一振』武者小路 近衛(p3p008741)の姿も見える。
カムイグラの名家出身として、京を守護する者として。天香家当主の義弟がこの場に居るのだ。
十全に熟さなければ武者小路(さむらいろーど)家の名折れだと近衛は覚悟を抱く。
「ご安心召されよ。怨霊も呪獣も全て切り払ってみせましょうぞ!」
「心強いな」
しかし、と近衛は遮那をまじまじと見つめた。
「年若いながらも兄君様のために奮闘されるご様子はなんともいじらしいで御座るな……」
その健気さが義弟の幼かった頃を彷彿とさせる。愛らしく何に対しても一生懸命だったあの頃。
鼻の奥がツンと痛くなる。
「……おっと鼻血が」
「大丈夫か!?」
口の端を上げながら近衛は近づいて来る遮那を右手で制した。
「憎悪を煽って呪詛による殺し合いの状況作りか」
険しい表情でマルク・シリング(p3p001309)が状況分析を行う。己の思考を整理すると共に仲間へと情報を共有する事も戦場において大切な事項であった。
「うーむ、よろしからぬ雰囲気ですね……」
マルクに応えるのは『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)の声。
エメラルドの左瞳はマルクへと注がれる。
ざりざりと土の道を歩いて行く二人。村の垣根が視界に入った。
「誰かが誰かを傷つけるという空気が醸造されると、事態は加速度的に悪くなっていきます」
「そうだね。呪詛のために人が妖を殺し、その報復に妖が人を殺す……」
正に負の連鎖だ。誰が何のために生み出しているのかとマルクは眉を寄せた。
この所そのような噂が京の街に蔓延している。
疑心暗鬼。誰かが自分を呪っているかも知れない。
ならば、呪われる前に呪ってしまえと考える者もいるのだろう。
「……聞けば今回も何やら裏で糸を引いていたものがいる様子」
「それを突き止めないとね」
「はい。その為にも……まずはここを収めます!」
村の入り口にある垣根へとイレギュラーズは踏み込んだ。
垣根を越えた先に広場が見える。
其処には大きな翼を広げた化け物が村人達と対峙していた。
その化け物――烏天狗の由羽の右目からは怒りと共に蘇芳の血がぽたりぽたりと落ちている。
『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は僅かに幻痛を感じる右目に渋い表情を浮かべた。
彼女の金の右目は元は綺麗な蒼だったのだ。それを潰された経験がある。
痛み疼き怒り。きっと心の中に渦巻く感情に押しつぶされそうになっているのだろう。
「目、痛いよな。……悪い事をしてねぇのに酷い仕打ちだ、全く」
「生きたまま眼を刳り抜かれるとはなぁ」
レイチェルの言葉に『スモーキングエルフ』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)も眉を寄せた。
村人も何者かに脅されて由羽の目を取ったのだろう。
されど、それでは余りにも烏天狗が不憫だとシガーは村の中に視線を向ける。
目に付く範囲は血の痕跡は小さいものばかり。おそらく由羽の右目から流れたのだろう。
「ルル家ちゃん、鼻が利くだろう? 烏天狗以外の血のにおいはするか?」
「いえ、分かる範囲では他の匂いは無いですね」
ルル家の応えにシガーは胸を撫で下ろした。
おそらくまだ誰も殺していないのだろう。一度落ち着かせて怪我の治療をしてやらねばとシガー達は戦場に走り込んだ。
村人達と由羽の間に割って入ったイレギュラーズ。
「ローレットのイレギュラーズ……神使だ。遮那君の依頼で、此方の妖の対処に来た」
肝が据わってるとはいえ、遮那とイレギュラーズの名を出せば多少安心はするだろうと考えたシガーは敢えて自分達の素性を明かした。彼の声に村人達は安堵に沸き立つ。
「おお、神使様と遮那様が来てくださった!」
「助かった……っ」
目に涙を浮かべながら縋るように歯を食いしばる村人達。
「遮那の頼みだからな、アンタらは助ける」
レイチェルは冷たい瞳で村人達を見据えた。理不尽に目を取られた由羽の事を思えばこの場で一発殴りつけたいぐらいだというのに。
「だが、罪悪感を少しでも感じたのなら……後で洗いざらい吐いて貰おうか。お前らを脅した奴の事を」
京に蔓延る呪詛騒ぎを止めない事には、由羽のような犠牲者が増える一方である。
不穏な空気は不安を煽る。世が乱れるのだとレイチェルは苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「遮那さんは村人の避難を」
少年の方を軽く叩いた『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は黄金の瞳で頷く。
「ああ、分かった」
無量の指示に遮那は任せろと笑みを零した。役目を与えられる事は役立たずでは無いと言ってくれているようで嬉しいのだ。
「すまんなァ、遮那。危なくなったら直ぐに助太刀に行くぜ」
「有り難い」
何かあったときの為にファミリアの蝙蝠を遮那に預けたレイチェル。
シガーが視線を上げれば村人達の顔には安堵の色と罪悪感が滲んでいた。
「なに、すぐに片付く……それまで、外には出ん事だ」
「へい」
聞きたいは山ほどあるのだとシガーは村人達の背を見つめる。
無量が戦場を駆ければ金輪の音が響いた。
ぬばたまの髪が尾を引いて黒い着物の裾が揺れる。
黄金の視線の先。呪われ小妖怪に有るまじき巨体となった烏天狗の姿。
「此度の依頼は呪われた獣の調伏……否、救済です」
どの世界においても、運命に抗えない不条理は那由他の数を超え存在するのだろう。
「……私もまた」
この場に至るまで多くの不条理を罪なき人々に押しつけてきた身。
其れに対して何の感情も無く、只目の前に立ちはだかる者を排斥してきた。
悪だった訳では無い。死という安寧を与えたかっただけのこと。
己の全てを掛けて生身でぶつかり合っただけのこと。
時に傷つく事さえあった。其処に怒りは無く、只相手の力が強かった。
されど、この無辜なる混沌に召喚され出会った深い海色の瞳に。無量の心が揺れた。
人の心が罪を突きつける。項の後ろから囁くのだ命の重さを。蘇芳の赤を。
ねっとりと絡みついて無量の頬を赤き血指で撫で上げていく。
「だからこそ、此れからは人々を救って行かねばならない」
約束の場に誇れる自分であるために。
大太刀が烏天狗の爪を受ける。その力に乗せるように流、し硬い皮膚へ刃を滑らせた。
「殺さず倒すというのは中々に面倒じゃな……」
肩を落とした『幽世歩き』瑞鬼(p3p008720)は由羽を見遣る。
殺すだけならば全力で叩きのめせば話は早いだろう。
八百万の一人や二人居なくなった所で世界は回るし陽も昇るのだ。
それに迫害され殺された同胞の方が多い。少しくらい消滅しても誰も文句など言いはしまい。
されど、目の前で奮闘する神使(なかま)の姿は好ましいと思うのだ。
執着など無い瑞鬼にとって、この心の変化は己の中で何かが蠢くようで面白いのだと目を細める。
放浪する根無し草が唯一『好き』だと思える者たち。
それが己の心の内側から生まれてきたものなのか、世界に授けられたものなのか定かでは無いけれど。
さりとて、瑞鬼はイレギュラーズの事を子供の様に慈しんでいた。
「ま、可愛い子供達が頑張っておるのじゃ」
今日は物語の特等席が用意されているようだ。
存分に楽しまなければと瑞鬼は口の端を上げた。
●
怨霊との戦いは熾烈な攻撃の嵐だった。
ルル家が放った弾丸の雨は怨霊を焼き払う。エメラルドの瞳は流れ、仲間の姿を捉えた。
レイチェルはルル家がダメージを重ねた怨霊に焔を叩き込む。
彼女の右半身の文様は赤く灯り魔力を集めていた。
「かっかっか、わしもお前たちと似たような技を使えるのじゃよ」
瑞鬼は怨霊が集まっている場所に飛び込み手を天に翳す。
その白い腕に彫られた茨の入れ墨は亡霊の慟哭を呼ぶ声に呼応して青く灯った。
神の光は白く怨霊を蒸発させる。
マルクの放った閃光は弱った敵を数体捕え、霧散させた。
シガーと近衛の刃に次々と斬られて行く怨霊。
されど、呪いを帯びた怨霊の声は近衛の脳髄に響き渡る。
一度二度と立て続けに浴びせられた怨嗟に歯を食いしばって耐える近衛。
金赤の鎧に口から吐き出した血が滴った。
「……っ!」
「ちょっと気張って下さいっすよ!」
近衛の傍に駆け寄ったジルは膝を折った彼女を支え起こす。
ジルが触れた場所から痛みが引いていくようで近衛は感謝の言葉を告げ立ち上がった。
「こんな所で負けてはならぬからな」
「はいっす! 僕も全力で回復するっす! だから、皆は攻撃に専念してくださいっす!」
剣を構えた近衛の背を励ます様に押すジル。
「もし、手が足りないなら僕も居るから安心してよ」
「そうっす! マルクさんも居るから大丈夫っす! 思う存分暴れるっす!」
「ああ! そうさせてもらう!」
二人の激励にもう一度怨霊の中へ飛び込んでいく近衛。
由羽の元と飛び上がった無量は額の瞳を相手へ向ける。
「痛かったでしょう、辛かったでしょう、悲しかったでしょう」
されど、その気持ちを無量は理解しえない。
「貴方の持つその悲しみも、怒りも、貴方だけの物。だから私には理解出来ない」
出来ないからこそ、発露する感情を受け止めることしか叶わないのだと剣を返す。
由羽が怒りや怨嗟に囚われる前に救いたかった。否、呪いにその身を穢された今でも救いたいと誓う気持ちは無量だけのもの。『人の心』を知った無量が願う想いだ。
だから。
「さあ、死合いましょう。己の想いを賭けて」
白刃は烏天狗の胴に赤を散らす。
――――
――
「お鎮まり下さい! 右目を失くす自体、心中察するにあまりありますが」
ルル家は手負いの獣に叫ぶ。由羽は被害者なのだ。
たとえ、我を失おうとも只の討伐される存在として扱って良いはずがない。
言の葉には想いが宿るのだから。
「目は拙者が取り返してみせます!」
右目を失う気持ちはこの身で理解しているとルル家は手を伸ばす。
シガーの精霊刀と近衛の焦燥破刃が由羽の間合いに入り込んだ。
一閃。二閃。
煌めきと青い空に散る蘇芳の赤。
ジルは宝石の瞳で烏天狗の出血量を伺う。きっとそろそろ体力が尽きてくる頃だろう。
「今なら由羽さんを助けられるっすよ!」
「そうじゃな。そろそろ頃合いじゃ。皆加減をせい」
敵の行動を観察していたのはジルだけではない。瑞鬼もまた注意深く機を計っていた。
「手荒になりますが……目を覚まして頂きます!」
殺す事のないよう。ルルイエの服の裾から霧状の触腕が伸びる。
ゆるゆると。決して命を奪う事の無い腕が由羽を包み込んだ。
「……恨むよな、そりゃ。恨みをぶつけて来るなら幾らでも受け止めよう」
レイチェルは不死の王を呼び覚ます。
罪無き者が人を殺めないように。その手を汚さぬように。
穢れぬように。
暗澹の闇が烏天狗の怨嗟を吸い取っていった――
●
鎮まった烏天狗に駆け寄るレイチェル。
彼女は元々医者なのだ。右目から滴る血を丁寧に拭き取った。
「辛かったっすね……。こうしないと呪いから解放が出来なかったっすから、ごめんなさいっす」
戦闘で傷だらけになった由羽の身体をジルが癒やしていく。
右目の痕が残らないように慎重に回復を当てていく二人。
「……これ位しかしてやれなくて、すまん」
ジルの膝の上に頭を乗せた由羽の手を握るレイチェル。
その手を弱々しく握り返した烏天狗は緑色の瞳で二人を交互に見たあと微笑んだ。
「いえ。ありがとうございます。痛くなくなったです」
「そうか。良かった」
ゆっくりと起き上がった由羽は居住まいを正しイレギュラーズに深々と頭を下げる。
「この度は助けて頂きありがとうございます。あのまま暴走していれば罪無き人間達の命を奪ってしまう所でした」
己の仕出かした事を深く受け止め、後悔と恐怖に震える身体。
こうして大勢の人間の前に出てくる事さえ、小さな妖怪にとっては切り立った崖の上に追い詰められるような恐怖があるのだ。
「大丈夫。そんなに怖がらなくて良い」
レイチェルは由羽の背中にそっと触れて頭を上げさせる。
「咎められるべきは村人さんを脅した『何ものか』であって、由羽さんではないっす!」
ジルは遮那に訴えかける。この事件の顛末を知らせるのは遮那の役目だからだ。
「そうだな。まずは村人から事情を聞いてみよう」
「はいっす!」
遮那の言葉にジルは胸を撫で下ろした。
「さて……」
村人三人の前に近衛は仁王立ちしている。
「殿を勤めた者達は烏天狗の目を抉った張本人で御座ったな?」
間違いないかと近衛が問えば、男達は申し訳なさそうに頷いた。
「へい。俺達で間違いありません」
「一切合切、語って貰わねばならぬで御座るな。覚悟、しませい」
刀を三人の前に振りかざした近衛は、この刃で何時でも切れるぞと口外に示す。
「まぁ、そう脅してやるでないよ」
ぽんぽんと子供をあやすように近衛の背中を軽く叩いた瑞鬼。
ゆっくりとした所作で男達と目線を合わせるように座り込み小首を傾げた。
「事情を話してくれるかえ?」
「……誰に脅されたんだ」
瑞鬼の言葉に重ねるのはシガーの声。
名前は分からぬとも、顔人相や体型、声や人数。脅しに屈してしまった理由が必ずあるはずだ。
「何かしら力を見せつけられなきゃ、眼を刳り抜くなんて事はできないだろう?」
「へい……」
村人は語る。『何者か』の正体を。
浅黒い肌を持ち、涅色の着物を着た鬼人種の男。
江戸鼠色の髪は逆立ち、額には黒曜石の角が一本生えている。
鋭い緋色の瞳は地獄の深淵を讃えるようだった。
鬼人種であればよくある特徴だろう。
由羽の瞳が既に鬼人種の男へと渡ってしまったのは残念だが、少なからず手がかりが掴めたのは行幸。
ルル家は由羽に近づいて匂いを掴む。何処か梔子に似た優しい香り。
「必ず取り返しますので、待っていてください!」
由羽の肩を掴んだルル家はどんどん潤んで行く瞳を見つめた。
「ありがとうございます」
にかりと笑ったルル家は由羽を撫でたあとくるりと踵を返し遮那の前に躍り出る。
家柄、性格、武術の腕……全てヨシ! 心意気も爽なりと見たり!
「遮那殿! 拙者と結婚してください!」
「な!? わ、私はまだそんな年齢では無いのだ。そういう事はまだ、その……結婚とかは」
顔を朱に染め首を横に振る遮那の前、ニコニコと引かないルル家の姿があった。
困惑した遮那に助け船を出すようにマルクは彼に問いかける。
「遮那さんは、『巫女姫様』を見たことは? 『巫女姫様』をどう思ってる?」
「あ、えっとそうだな。巫女姫様か見たことはあるぞ! 御簾越しだが美しい女性だということは分かる。兄上が大切になさっているのだ。きっと素晴らしいお方なのだろうな」
疑いの無い純粋な瞳をマルクは遮那に見た。
恐らく遮那には『魔種』が何なのかという事が理解出来ていない。
巫女姫と長胤が行う全てを、豊穣郷の繁栄に繋がる事だと信じている。
マルクは眉を下げファミリアとの五感の共有に意識を移した。
黒幕が口封じなどを考えているのならば、イレギュラーズが去るのを監視している可能性があるからだ。
不自然に此方を観察するような気配が無いか視界を巡らせる。
ふと、一羽の雀が屋根の上に居る事に気付いた。じっと仲間と村人達を見つめている。
マルクは不穏な空気を感じ、一直線にファミリアを飛ばし雀を捕えた。
「誰だ!」
それは見て居るであろう相手に放つ言葉。
一瞬動きを止めた雀は自我を取り戻したかのように暴れマルクのファミリアから逃げていく。
――――
――
「あぁ、感の鋭いのが居るな」
雀と繋げた視界が途絶したのに、狩衣姿の少女は口の端を上げた。
結い上げた黒髪を揺らし傍らの男に視線を向ける。
「流石は神使か……」
浅黒い肌の男は懐から液体に浸された緑柘榴の瞳を手の上に転がした。
小瓶に入れられたそれは烏天狗の右目。
巷を騒がしている肉腫とは又違う、呪詛の依代。
呪詛が何なのかを知るには実際に試してみるのが手っ取り早い。
「誰が広めたのか、調べねばならんな」
「その依代どうするのだ。我に試してみるか?」
少女の言葉に首を横に振る男。
「戯け。面倒な事になるのは目に見えている」
「かっかっ! その通りだな。では、我は若殿を迎えに行ってくる」
少女が陽光の中へ駆けて行くのを見送り、男は掌に視線を落とした。
呪詛の依代。小妖怪は恐らく自分を恨むのだろうと男は緑柘榴の瞳を見つめる。
されど、恨みを買ってなお、男には成さねばならぬものがあった。
全ては天香家のために――
夏の空色は何処までも続いて、緋色の瞳にさえ光を降り注いでいた。
成否
大成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
烏天狗の救済、何者かの情報を掴む。だけで無く周囲への警戒を怠らなかった為、情報を多く引き出す事が出来ました。おめでとうございます。
GMコメント
もみじです。禍ツ星事件のその後。
どうやら、今度は京で呪詛が流行しているようです。
オーソドックスな依頼です。サクッと行きましょう。
●目的
『呪獣』を調伏する。
怨霊を討伐する。
●ロケーション
高天京の郊外に春日村の広場。
日中なので明かりや足場に問題ありません。
殿を務めた男性が数人現場に居ます。
●敵
○『呪獣』烏天狗の由羽(ゆう)
右目を奪われ怒りと憎悪に囚われています。
巨躯の男性ほどに巨大化しています。
人間とみれば襲いかかってきます。
戦闘不能になれば元の小妖怪に戻るでしょう。
背中の翼があり、飛行能力に優れています。
オールレンジの風攻撃を仕掛けてきます。
○怨霊×15
由羽の妖気に引き寄せられ集まってきました。そこそこの強さです。
神秘攻撃を行ってきます。
至近~遠距離までの攻撃を仕掛けてきます。
全ての攻撃に呪いのBSが付与されます。
●NPC
○村の男達3人
由羽の目を奪った男達です。
殿を務める程には肝が据わっています。
『何者か』に由羽の目を持って来いと脅されていました。
持って来なかった場合は村人を皆殺しにすると言われていたようです。
○『琥珀薫風』天香・遮那(あまのか・しゃな)
八百万の少年。天香家当主長胤の義弟。
誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家。
剣の腕と兵法は、荒削りながらも中々の腕前。
軽々と空を舞い、刀で敵を斬ります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は絶対に起こりません。
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