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シナリオ詳細

<巫蠱の劫>呪い、嘆かぬように

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 しん、と静けさが辺りを支配する。
 昼間であればけたたましい音を掻き立てる蝉の音も、じっとりとした暑さも今は鳴りを潜めている。
 日が昇れば再びそれらも動き出そうが、今は未だその気配はない。
「何を為さるのですか、主よ!」
 そう言って悶えるのは一本の刀を手に握りしめる一人の女である。
 刀から漂う妖気は尋常なものではなく、それはまた、女を形作るモノであった。
 その両腕と足は縛り付けられ、胴部は金具によって床に押し付けられていた。
「すまぬな、これも我が家のため、我が一族のため、そのためにお主ならこれを受けてくれようぞ!」
 男の振り上げる白刃が蝋燭の火に揺れている。
「ま、まさか――主……正気でございますか! おやめください! 我が主!
 私は我が家に代々お仕えしてまいりました! 先祖代々の主様が嘆かれますぞ!」
「黙れッ!!!! 死んだ我が祖がお伊代を救えるか!!」
「伊代様もきっと主様の凶刃など喜ばれますまい!」
「貴様が――伊代を語るなぁぁぁあ!!!!」
 激昂――血走った眼で主と呼ばれた男が刃を振り下ろし、縛り付けられた女を切り裂いた。
 勢いに乗るままに刀は軌跡を、血を描き続ける。
「アァアアアァァァ!!!!」
 その声は嘆き――その声は絶望。
 その声は失意、あるいは悔恨。
「ぐぅぅぅあぁぁぁぁ…………――――」
 ぼんやりと、切り裂かれた女を象る半透明の何かが浮かび上がり、どこかへ消えていく。
 その直後、妖気が爆発するような圧を放って刀を持つ男を吹き飛ばす。
「がはっ……ぁ――――あぁぁ……私は、私は……なんということを……あぁ……」
 我に返ったように崩れ落ちた男の目から落ちた涙が、ぽとりと畳に小さなシミをつくる。
「……あ……るじ……どうか……悔やまれますな……ぐぅぅぅぅ……」
 女が苦しげにうめき声をあげる。
「どうか、どうか……まだ私の意識があるうちに……」
 ふるふると、迸る妖気をそのままに立ち上がった切り刻まれた女は、震える体を男から振り払うようにして、その場を立ち去った。


「さて、皆様……呪詛なるものが流行って……? いるのをごぞんじでしょうか」
 男を伴ったアナイス(p3n000154)が問いかける。
「夏祭り以降、どうにもこれが――それも急激に増えてきているようなのです。
 なんでもこの方がいうにはそれは『夜半に妖の体を切り刻み、その血肉を以て相手を呪う』というものらしく……」
 そう言って彼女は隣にいる男に視線を向ける。
「どうしたことか『何かに取り憑かれたように』自身の厭う相手を呪っているのだとか。
 こちらの方も、その呪詛にて妹君を娶り、病弱な彼女を医者に向かわせず見殺しにしたある貴族を呪ったのです。
 その呪詛は中途半端に終わり、代々受け継いできた妖刀『犬切』が付喪神となった妖は逃げ、出現した呪詛を食い止めている――らしいのです」
 そこまでいうと、男が君達の方へ膝を屈して平伏する。
「どうか、どうか、神使様方、お救いください!私はどうかしていた!
 我が家の家宝を……我が家を守ってくれた妖を殺め苦しめて……私は、私は……!
 私は呪詛返しで殺されても構いませぬ! ですが、ですが……私は、我が家の恩師を……どうか、彼女をお救いください」
「……お立ちください。ここからは私がお話いたしますので、依頼主様はあちらへ……」
 そのまま平伏する男にそうアナイスが声をかけ、近くにいた他のローレットの職員が彼を連れていく。
「…………」
 アナイスはその男性の姿をじっと見据えたまま、彼の姿が消えるまでその背を見ていた。
「どうしたんだ?」
 君達の問いに、アナイスは少しばかり目を伏せ、首を振って、君達の方へ向きなおす。
「さて、皆様。実はこの件について、もう一人、依頼を受け取っております。
 ――さる妖、獣に落ちかける健気な妖刀から」

 私を殺してくれ――どうか、我が主を後悔に沈めるその前に――と。

GMコメント

 さて、ちょっとだけ切ない呪詛との戦いをお送りします。
 こんばんは、春野紅葉です。

それでは早速詳細をば。

●オーダー
付喪神『犬切』及びその『忌』の討伐。

●戦場・状況
【戦場】
 高天京のとある路地。
 見通しは良いですが、横幅はあまりありません。
 敵の四方を完全に囲い込むような戦術は難しいでしょう。

【状況】
皆様の到着時、呪獣一歩手前の『犬切』と彼女の『忌』は戦いを繰り広げています。
しかし、傷を負った状態で自らを蝕む呪詛に抗いながら戦う犬切の方が遥かに不利です。
このままでは犬切は忌に討たれ、忌はさらに強力な状態となって呪うべき貴族の下へひた走ります。

●エネミーデータ
【付喪神『犬切』】
健気にも手負いの状態で自らから生まれた忌を食い止めるべく戦う刀の付喪神です。
自らの妖力を振り絞り呪詛に抗っていますが、皆様の介入後少しして呪獣化します。

呪獣化を食い止めることは不可能であり、呪獣化後は自我を無くなります。
殺す以外に救う手立てはありません。そして、殺されることを厭うこともないでしょう。
【不殺】以外で殺された場合でも呪詛の術者への呪詛返しは起こりません。

自らの妖力を刃に振るう手数押しの近~遠距離型のオールラウンダーです。
高命中、高物攻、高神攻、高EXAを有しますが
手負いという事もありそれ以外の能力値は平均から下です。
また、手負いのため、自らの力をコントロールできておらず、時折、妖力が暴発します。

<スキル>
・斬撃:物至単 威力中 【呪縛】【呪殺】【呪い】
・連撃:物中単 威力小 【体勢不利】【泥沼】【スプラッシュ3】
・斬光:神遠貫 威力中 【万能】【恍惚】
・囲斬:神自域 威力中 【氷結】【ショック】
・妖気暴発:神自範 威力無 【飛】【麻痺】【副】『発動ターン、自身に【恍惚】を付与し、主行動を放棄(デメリット)』

【忌】
犬切から生まれ落ちた呪詛です。
姿かたちは犬切そのものですが、半透明で実態がありません。
自分から生まれ落ちた物ゆえか、出現の場所を察することのできる犬切が食い止めています。
【不殺】以外の攻撃で殺した場合、その呪詛は翻って術者を呪い殺します。

呪いの対象を殺すことだけに特化した性能へと変質しています。
高命中、高物攻、高神攻には変わりませんが、EXAではなくCTが上昇しています。
それ以外は犬切から力を吸収しきれなかったためか平均から下です。

<スキル>
・呪撃:物至単 威力中 【呪縛】【呪殺】【呪い】
・呪連:物中単 威力小 【致命】【流血】【スプラッシュ3】
・呪光:神遠貫 威力中 【万能】【恍惚】
・囲呪:神自域 威力中 【業炎】【凶気】

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <巫蠱の劫>呪い、嘆かぬように完了
  • GM名春野紅葉
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月31日 22時00分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
錫蘭 ルフナ(p3p004350)
澱の森の仔
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
彼岸会 空観(p3p007169)
庚(p3p007370)
宙狐
モカ・ビアンキーニ(p3p007999)
Pantera Nera
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
シガー・アッシュグレイ(p3p008560)
紫煙揺らし

リプレイ


 白く輝く月の明かりが京を照らしていた。
 白壁で覆われた路地を駆け抜ける8つの影があった。
 剣撃の重なる音が響いている。
 その音を聞きつけて、速度を上げ駆け抜ける。
 時折、人の呻くような声が微かに空気に乗ってきた。
 『エージェント・バーテンダー』モカ・ビアンキーニ(p3p007999)は路地の中央付近に見えた二つの影へと跳びこんだ。
 残像を引く高速の蹴りが敵の身体を撃ち抜いた。その鋭き連撃は、まるで毒蜂の群による襲撃の如く傷を増やしていく。
 惜しくも、それらの攻撃は敵の敵によって躱されたが、敵に注意を引かせるには十分だった。
「――何者だ……」
 濃密な妖気を迸らせ、女が声を出した。
 警戒を怠らないその視線は常に半透明の犬切――忌を射抜いている。
「……依頼通り、アンタの介錯に来た。あとは俺たちに任せてくれ。
 アンタの想いは決して無駄にしない」
 刀の姿を取った聖剣リーゼロットを抜いた『病魔を通さぬ翼十字』ハロルド(p3p004465)は女――犬切に声をかけた。
「依頼……あぁ、ローレットか……」
「あぁ。──だが、それではそなたの主も深い悲しみに沈もう。
 せめて、言葉を残してやってくれ」
 犬切の言葉に頷き、ハロルドと変わるように犬切の前に出た『Black wolf = Acting Baron』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の言葉に、犬切が驚いたように目を開いた。
「……私は所詮は道具。気に病まれますな――と」
 彼女が身にまとう――或いは彼女を形作るような妖気は、不安定だった。
 突如として膨張しかけたかと思えば、しぼるように小さくなる。
「……分かった」
 マナガルムはその言葉を受け取ると、静かに魔槍へ魔力を込めていく。
 それはかつて果てしなき栄光に輝いた戦神の加護深き槍。
 それは、今や呪いに満ちた槍。
 マナガルムの魔力を吸い上げた魔槍は、その穂先に黒き狼を宿した。
 力で振り抜くような重い突きが忌の握る刀に弾かれ、黒狼の顎が食らいつく。
 半透明で血肉の感じ取れぬその肉体に、確かな傷が刻まれていた。
(大切な者の仇を討つ為にまた大切な者を失う。
 差乍ら終わりなき円環の如き業)
 空気を蹴り飛ばすようにして忌の前に立った『帰心人心』彼岸会 無量(p3p007169)は目を閉じて静かに思い、額の目で静かに忌を射抜きた。
「貴方も自ら望んで生まれた訳ではありますまい……」
 全てを見落とすが如きその視線に、怒り狂ったように忌が猛る。
 こちらを意識した忌を引っ張るように、錫杖を――朱呑童子切を抜刀した無量は走り抜けた。
 シャランと音が鳴る。その音色が忌の耳に届くよりも早く音速を以て放たれた三段突きが忌の正中線を撃ち抜いた。
 敵が動く。呪術的なオーラを纏った刃が月明かりに照らされ、無量へと放たれた。
 呪性を帯びた斬傷が無量の肉体を深くえぐる。
(『何かに取り憑かれたように』呪いを行ってしまった……ねぇ。
 裏で糸を引いてる奴が居るのは間違いないんだが、
 いつも後手に回ってて尻尾すら掴めないというのは悔しいもんだ)
 もう一人の依頼人、犬切の本来の持ち主だという男の言葉を思い返しながら、『スモーキングエルフ』シガー・アッシュグレイ(p3p008560)は精霊刀を構える。
 シガーは跳びこむと同時に斬り下ろす。
 砂漠の精霊と契約を交わしもたらされた日本刀のようなその刃は、流麗な円を描き、忌へと叩き込まれた。
「人を呪わば穴二つ、とは言うけれど」
 ぽつり、『猫派』錫蘭 ルフナ(p3p004350)が呟いた。
 その視線は忌と犬切の両方を静かに映している。
(主さんからの依頼は犬切さんを救うこと。
 犬切さんからの依頼は僕らの手で彼女を殺し、主さんを後悔に沈めないこと。
 ……詭弁かもしれないけど、死は救いなのだとしたら両方を満たすよね)
 それは、ここにいるイレギュラーズの多くが分かっていること。
 敢えて口にはすまい。
 もしかしたら、どうにかすれば、そんなことを考えていて、結果的にどちらも取りこぼすことこそ最悪なのだ。
(このまま犬切さんが苦しみながら堕ちることも、
 呪いが相手や主さんに向かうことも、良くないことだから。
 こうするしか、無いんだよね)
 胸の内に過る言葉を口に出すことなく、ルフナは深呼吸と共に魔力を解き放つ。
 魔方陣が広がり、やがてうっすらと広がるのは、この世界のどこかにある森の風景。
 変質を嫌う極度に排他的であるという、ルフナの故郷。
 森の霊力が大気に零れ落ち、近くにいる仲間達へと伝播していく。
(付喪神と言いますのは、同じグリムアザースであるはずの神威神楽の方々よりも
 よっぽどカノエたちに近う感じますね)
 切れ長の目をほんのりと細め、愛らしく微笑して『宙狐』庚(p3p007370)はそのままふるりと尾を揺らして光を散らす。
 まばゆく輝く光はやがて漂う死霊と入り混じり、忌めがけて突き進む。
「かわゆいカノエの頼もしい友人でございます。
 よしなにしてやってくださいまし」
 くすくすと笑いながら、けしかけられたその友人たちが忌を取り囲み、襲い掛かっていく。
「憐れなる呪詛。鎮める事が拙者に出来る唯一。此処にて霧散させましょうぞ!」
 言葉とほぼ同時、文字通り爆ぜるように突撃を仕掛けた『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)の手には複数の武器が握られている。
 爆発の衝撃を利用するように投擲された短刀が滑るように忌の振るう刃を切り抜け、その胴部辺りを切り裂いた。
 それに呻く敵の動きを読んでいたかのように放たれたライフルの弾丸が更に深く忌の肉体を切り刻んでいく。
「ここだと巻き込みあうことになる。少しだけ場所を変えるぞ」
 ハロルドは仲間たちが戦いを始めたことを確かめると、犬切に指示を出す。
 それに逆らうことなく後退した犬切を見ながら、静かに聖剣を構える。
「時間はまだある。アンタは呪詛への抵抗に専念しろ」
「ぁあ……そうしたいところだが、すまないな。
 何かを考えていたらどうにも呑み込まれそうだ……手合わせ願おう」
 犬切が妖刀を構える。
 ハロルドは迷いなく構えられた妖刀に応じるように聖剣に闘気を籠め振りぬいた。
 その瞬間、幾つもの透明な青い刃となった闘気が犬切を切り刻む。
 返すように一切の迷いのないまっすぐな振り下ろしがハロルドの身体に傷を刻む。
 強力な聖なる加護が籠められた呪術を弾き飛ばす。


 忌を相手に奮闘するイレギュラーズは、順調に削っていきつつあった。
 脅威的な敵の攻撃の過半数は無量への攻撃に集中させることで被害を抑えることができている。
 戦場そのものが狭いことで思ったように立ち位置を展開することが難しく、呪いを帯びた貫通攻撃に数人が巻き込まれざるを得ないときがあったが、それ以外は概ね作戦も成功している。
 モカとマナガルムの蹴りが忌の身体を打ち据える。
 しなやかに鞭のようにしなるモカの脚と、踏みつぶすような力強いマナガルムの蹴りは方向性こそ違うものの、殺さずに仕留めるためのもの。
 ルフナはたった今、戦場の狭さゆえに輝く呪いを帯びた閃光を浴びた無量の傷をいやすべく、故郷との繋がりを魔方陣を通して開いた。
 無量の足元に浮かび上がった魔方陣から出現した木々が燐光を伴いその身に帯びた傷を癒していく。
 無量はそれを受けるや、再び忌の方へと駆け抜けた。
 三度に渡って放たれる絶技が忌の身体をくり抜く。
 シガーも至近距離に移動すると蹴りを叩き込む。
 モカともマナガルムとも違う蹴りを受けた忌が膝を屈した。
 光が爆ぜる。
 庚の一部を形成する輝きが忌に浴びせかけられれば、苦しそうに忌がうめき声をあげる。
 聖なる光は庚自身でもある光を祝福するように輝かせる。
 聖光に輝くゆらゆらとした動きさえも愛らしい。
 ルル家は忌の方へと近づいていた。
「これで終わりといたしましょう!」
 服の裾野から放たれたのは黒い霧にも似た何か。
 まるで触腕のようにしなりながら戦場を走り、それが忌へと絡みついた。
 動きを抑え込むようなぎゅるぎゅるという音と共に、忌を蝕むソレは、その見た目に反して不殺を為す。

「ぐぅぅぅ――あぁぁあ!!!!」
 苦しむように叫び――犬切の身を構築する妖力が瞬間的に小さくなり――刹那。
 爆風にも似た圧と共に放たれた濃密な妖気に、ハロルドは思わず後ろへ跳ね飛ばされた。
「おぉぉぉぉおおお!! ぐっ……はぁ、あぁぁぁ」
 呻きながら地面に膝を屈した犬切の身体が、徐々にぶれるような感覚があった。
「――ハロルド殿といったか。すまぬな……あとは頼む」
 小鹿のような震える脚で再び立ち上がった犬切がそんな言葉を向けた。
 妖気が再び爆発する。
 コントロールを失ったソレが、暴風の如き妖気を伴い、ハロルドへと飛び掛かる。
 ハロルドは聖剣の加護に守られる己の身を晒すように、
「では――改めて名乗らせてもらうとするぜ! 聖都神殿騎士ハロルド!
 テメェを介錯しに来た男だ! さぁ、何も心配するな! 俺を殺すことだけを考えろ!」
 人語を介さなくなった獣へと、ハロルドは宣誓と共に聖剣を向けた。


 モカは一気に後ろへと跳躍、着地の勢いのまま、蹴りを放つ。
 慣性を得た風圧が刃となり、空へと猛る犬切だったモノに傷を与えていく。
 ルフナは傷ついた仲間の多くの耳に届くような位置に移動すると、魔方陣を展開する。
 顕現した故郷の森が、清涼なる空気を齎し、仲間の傷を優しく癒していく。
 ぽつぽつぽつと、空間に疑似生命が浮かび上がる。
 庚はその美しい風貌に微かな憐憫を乗せ、疑似生命を犬切へとけしかけた。
 犬切は周囲を揺蕩う疑似生命に動揺し、それを振り払おうと無茶苦茶に剣を振る。
「他者を呪うまでに主を追い詰めた黒幕は、きっと俺達が捕まえるからさ」
 シガーは精霊刀を構えて犬切にそう声をかけると、彼女の方へと走り抜ける。
 上段から一刀で斬り伏せる気概を持って放たれた一撃は、強かに犬切の本体へと振り下ろされた。
 微かに、ぴしりと音が鳴る。
「ご案じ召されるな。御身の主殿を斯様な凶行に走らせた下郎は、必ずや討ち果たします故」
 ルル家は暗器すべてを解き放つと、複数の重火器からの集中砲火を犬切目掛けて叩き込む。
 そのまま一気に至近距離まで詰めると、今度は白刃を閃かせていく。
 また、ぴっと、音が鳴る。
「長きに渡り主を守護したその忠義、穢す事なく彼岸へと送って差し上げます」
 犬切の纏う妖気が不安定に荒れ始める。無量はその時を待っていた。
 今にも暴発せんばかりの、台風のようなその圧力のただなかへ敢えて身を躍らせる。
 その先に見えるただの一刺し。
 錫部分が風圧にけたたましい音を立てる中、真っすぐに放った突きが犬切の腹部に突き立ち、荒れつつあった妖気が落ち込んでいく。
 犬切から何かが零れ落ちる。
 ――ぴしりと、音が立つ。
「何時から彼の家にその身を置いていたかは解らぬが──その献身、その忠義、大儀なり」
 正気を逸して雄叫びを上げる犬切を視界の中心にとらえ、マナガルムは槍を構えなおす。
 己の力の限りを籠めた槍は黒き狼を形成し、踏み込みと共に叩き込む。
 まっすぐに放たれた槍が犬切の身体に突き立ち、狼の顎が引き裂いた。
 ハロルドの身体からあふれ出した闘気が、空へと昇っていく。
 青い刃と化したそれは、文字通りの雨のように、美しき景色を描いて地上へと降り注ぐ。
 犬切の身体が、膝から落ちた――その直後、パキンとひときわ強い音がした。
 大地へと転がるは白刃。
 犬切――付喪神としてではなく、刀としての犬切が、半ばから折れていた。


「ごめんなさい!」
 ルフナは依頼人――犬切の主人へと頭を下げた。
「……どうかされたのですか?」
 男へルフナはそっとそれを差し出した。
 半ばから折れた一本の刀。犬切だった物を。
「僕たちは犬切さんからの依頼を優先して、貴方の望みはかなえられなかった」
「申し訳有りません。止めるのが精一杯でした……」
 ルル家も同じように頭を下げる。
 マナガルムはそんな二人から意識をそらさせる目的も兼ねて男へと犬切が伝えるように願った言葉を聞かせる。
「この呪詛の術式を作った者は……命を玩んでいる。何れ必ずや報いを受けさせましょう」
 無量が決意も込めて言い切る。
「俺達の事を恨んでくれても構わない。だが……彼女の言葉だけは忘れないでやってくれ・
 俺も置いて行かれた身だ、残される者の気持ちは……解らなくも無い」
 そう言って目を伏せる。かつての世界でのことにマナガルムは思いを馳せる。
「恨みは致しません。それがきっと仕方のない事です。
 それに、神使様方はこれを持ち帰ってくださった」
 マナガルムの言葉に首を振って、直ぐにその視線をルフナへと向けて、男が言う。
「この子は刀。折れたのなら打ち直すことも出来ます。
 打ち直したこの子が、必ずしもの彼女と同一ではないでしょうが……
 それでも、死ぬわけではないのです」
「何かあれば、この豊穣にある俺の領地を頼ってくれ」
 ハロルドが結ぶように言えば、男はこくりと頷いて見せる。
「天香や巫女姫……あるいはそれに連なる者から何らかの物品を下賜されませんでしたか?」
「祭りで下賜された勾玉がありますが……」
「それを頂戴しても構いませんか? もしかするとそれが原因やもしれません」
 ルル家の言葉に、主は少し驚いた様子を見せて頷いた。
 シガーは一連の様子を遠巻きに見ていた。
 火をつけた煙管から煙草を吸う気には、どうにもなれなかった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

彼岸会 空観(p3p007169)[重傷]

あとがき

お疲れさまでしたイレギュラーズ。
彼女と彼の願いは達されました。

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