シナリオ詳細
<夏の夢の終わりに>氷宮の雷落
オープニング
●怯えたアルベド
白い虎が尻尾を抱えてしゃがみ込んでいる。
震える肩は無力な少女のようで、手首から爪にかけての獰猛さがむしろ痛々しい。
邪な妖精が囁きあう。
主に命じられて白虎の護衛についたとはいえ、これほど無様な様を目にすると従う気もなくなる。
白虎よりも小柄なレッドキャップがにやつき、汚れた靴で蹴り上げた。
「ひゥっ」
アルベドは反撃を考えることも出来ない。
尻餅をついて、凍り付いた床を這うようにして逃げる。
オーガが大声で笑い乱杭歯を見せ、わざと大きな音を立てて近づいた。
「やめッ……やだヨぅ」
巨大な掌が白虎をはたく。
殺せば主に殺されるという意識はあるようで、殺さず傷つける程度に加減されている。
だが彼等は気付けない。
ローレットの精鋭をモデルに創られたこのアルベドが、モデルの性質と強化の方向性がぴったり噛み合い凄まじい強さを持つことに。
邪妖精に半ば本気で攻撃されているのに、骨どころか肌にも全く傷がついていないことにも気付かない。
「ァ」
どす、と小さく重い音が聞重なって聞こえた。
レッドキャップの頭部か左の背中に、直前までなかった矢が突き立っている。
オーガが狂乱する。
太い指で矢を抜こうとして、矢を揺らし矢尻で神経を切ってしまい白目を剥いた。
「白い虎さんっ」
「僕らのともだちを返してもらいに来たよっ」
胸を張る妖精達……は弓を持っていない。
気配を消したハーモニア達、深緑のつわものである迷宮森林警備隊が2の矢を番えていた。
「こーふくしろー」
「そーだそーだ、ライちゃんを返せー」
妖精達にはアルベドに対する敵意はない。
だが実際は死刑宣告だ。
アルベドは仮初の命であり、フェアリーシードがあって初めて命として成立する。
妖精達が取り戻そうとするライちゃんは現在フェアリーシードの形で存在する。
ライちゃんを取り戻すとは即ち、目の前のアルベドの死だ。
警備隊の1人が口を開きかけ、リーダーの視線に止められる。
被害者である妖精達に、どちらかしか選べないという現実を知らせたくはなかった。
「ヤだ」
稲妻が生じる。
「ヤだよゥ」
アルベドが泣いている。
両方の手で左胸を隠し、イレギュラーズとの激戦で浮き出てしまったフェアリーシードを必死で隠す。
妖精3人組が無意識にアルベドを慰めようとして、迷宮森林警備隊に庇われた。
「死にたクない!!」
「散開っ」
白が全てを漂白する。
ドラゴンブレスじみた雷がオーガの死体もレッドキャップの死体の山も消し飛ばし、止まらない。
「あわわっ」
「ライちゃんの気配が弱ってるよぅ」
必死に走り警備隊隊員の腕の中で、妖精達が混乱していた。
●出陣
「殴り込みなのです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は大真面目だ。
「妖精卿にいるアルベドを仕留めて欲しいのです」
一度イレギュラーズが撃退したアルベドだ。
前回は3人の妖精を救出するため攻撃に全力を出せなかったが、今回は打倒に専念可能だし迷宮森林警備隊からの増援もいる。
勝ち目は十分にある。
「迷宮森林警備隊と妖精さん達が場所の特定に成功したです」
宮殿の一角だ。
凍り付いた泉の周囲に多様な薔薇が咲き誇り、妖精サイズの瀟洒な東屋が建ち並んでいる。
頑丈な建物で囲まれているため、大規模破壊術を使っても周辺に被害は出ない、はずだ。
「カミナリをどかーんってぶっ放したり、中身ごと鎧を潰す爪を振り回すらしいです」
前回の戦いの報告と、今回の偵察結果を組み合わせると異様に強い存在が浮かび上がる。
「でも何故か護衛がいないです」
チャンスだ。
護衛部隊に守られて超威力長射程の雷を放ってくる敵は凄まじい脅威だが、護衛もいない単独ならやりようはある。
あくまで護衛部隊を伴う場合と比較すれば、だが。
「護衛や他のアルベドと合流されたら危険なのです。急いで現地に向かって倒して下さい」
ユーリカも恐れや懸念を感じている。
だがイレギュラーズに対する信頼は恐れと懸念を上回り、明るいとすらいえる表情になっていた。
●狂乱の雷虎
「みぎゃー!」
新たに派遣されてきたレッドキャップ部隊が雷に飲み込まれ、ついでに妖精達も飲み込んだ。
「遊んでないで立ち上がりなさいそこのコメディ担当っ」
金剛石の髪の妖精が吼える。
きらきらと光って非常に目立ち、雷だけでなく回廊からやって来た邪妖精の注意を引きつけている。
「醜いものを見ると心が冷えるわ」
邪妖精を見据えながら術を編む。
対物理結界が張り直され、重装甲誘蛾灯の役割を継続した。
「つきあいわるーい」
「ごめんなさい笑いとりたかったんです」
アフロな妖精2人が平然と立ち上がって謝り倒す。
連発される雷を増援の妖精と協力して防ぐことでアルベドを消耗させる。
次々に押し寄せる邪妖精は、矢を大量に持ち込んだ迷宮森林警備隊が迎撃する。
後は、アルベドが疲労したところでイレギュラーズが攻撃を仕掛ければ全てが丸く守る収まる。
フェアリーシードの真実を知らない妖精だけは、そう考えていた。
「ハーモニアさん」
金剛石妖精の態度は変わらない。
が、額に汗が滲んでいることに警備隊のリーダーが気付く。
「そろそろ破られそう」
アルベドの技術は急速に洗練され、雷の使い方が巧くなっている。
数は妖精・迷宮森林警備隊連合が圧倒的だが質は逆だ。
雷虎のアルベドは、策や術や技抜きの戦いでなら単身で連合を蹂躙可能だった。
「そうか。邪妖精も強力な個体が増えている」
強弓で連射してオーガの両目を破壊する。
少し前までは頭蓋を反対側まで射抜けていたのに、今では一度の攻撃で重傷が精一杯だ。
「ねえダイヤさん」
アフロ妖精が声をかける。
「あの子なんで泣いてるの?」
白い雷虎は怯え、恐怖故に威嚇し、泣きながら雷を発生させている。
「私には分からないわ」
眩しいほど純粋な目を直視することが出来ず、金剛石の彼女はアルベドの事情を教えない。
孤独な雷虎のすすり泣く声が、凍り付いた庭園に響いていた。
- <夏の夢の終わりに>氷宮の雷落完了
- GM名馬車猪
- 種別EX
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年08月30日 23時05分
- 参加人数10/10人
- 相談7日
- 参加費150RC
参加者 : 10 人
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参加者一覧(10人)
リプレイ
●氷の園
凍った薔薇が押し退けられ、無惨に砕けてゴミと化す。
遠くにいるのに大きく見えるオーガが、とても小さく見える赤帽子を掴んで投げた。
「嘘っ」
妖精が慌てて魔法障壁の向きを変える。
突撃の瞬間に肉と骨と命が砕ける音がしたが、ルーンシールドの術式は乱れれずダメージはない。
だが一瞬足を止める程度の効果はあり、この戦場では致命的な失策だった。
雷が、その規模を考えると至近距離とすらいえる距離から妖精達に襲いかかった。
術しか使えぬ妖精では躱すのは不可能。
己の術と障壁を信じて雷が消えるのを待ち、しかし雷が薄れる前にみしりと破滅的な音がした。
「っ」
金剛石の妖精を二度焼いてまだ余るエネルギーが魔法障壁を砕いて襲いかかる。
目を閉じることも出来なかった。
「大丈夫かい?」
柳の様にしなやかで、芯は雷でも台風でも折れぬほどの強靱な男が妖精を庇う。
「確かにこれは怖いね」
『調べ導く者』ロト(p3p008480)は自身の髪を無造作に掻く。
背中の妖精とは比べものにならぬほど体術と回避術に長け、ロトの障壁を砕こうとする雷を受け流せてはいる。
だが、敵の技術が後少し洗練されるとロトでみ危なそうだ。
目をハートマークにする妖精の後ろから、『饗宴の悪魔』マルベート・トゥールーズ(p3p000736)の声が響く。
「君の攻撃無効化スキルは心強いけど、雷虎相手に長くは持たないだろう。それならば此処は私達に任せて、その力を存分に発揮できるように邪妖精の対処に向かって貰えないだろうか?」
マルベートは立ち止まらない。
恐るべき雷が飛び交う戦場を勢いよく駆けながら、頼り甲斐のある背中を妖精達に見せる。
「大丈夫、全力で君の友達を救ってみせるからね」
「まだ友達じゃ、ないんだけど」
金剛石妖精が微かにうつむく。
慌てるアフロ妖精コンビに気付いて、『「Concordia」船長』ルチア・アフラニア(p3p006865)が目に眩しい妖精の背中を優しく撫でた。
「勇気のある妖精ね。あの子は私達に任せなさい」
ルチアの蒼い瞳に見つめられ、魔法使いでもある妖精が落ち着きを取り戻す。
「ええ、邪妖精の相手は」
任せてと言い切る前に敵の増援が到着した。
オーガの巨体は凍った薔薇庭園を砕くに足る威力を持ち、レッドキャップの速さと機敏さは妖精達では対応仕切れない。
「ダイヤさん足遅いから」
「ぼくらが責任をもってはこびますっ」
絶縁体妖精2人組が気軽な態度で受け取って、魔法使い妖精を2人がかりで運んでいった。
その先は地獄だった。
深緑森林警備隊から離れれば離れるほど射撃による支援が薄くなり、邪妖精の数と密度が凄まじい勢いで増えていく。
頑丈な2人と結界を張り直した妖精でも耐えられそうになかった。
「はいはい、ローレットから来たもんだよっと! これ予備の矢」
支援射撃が濃くなった。
背後から到着した『観光客』アト・サイン(p3p001394)が白兵戦への備えを引き受け、警備隊を射撃戦に専念させたのだ。
統率の仕方も指示の内容も適切で、警備隊の精鋭達が反抗することなく従っている。
アトはマントの下から拳銃を取り出す。
とある世界で実績のある品を、鍛冶と魔法に精通した旅人により模倣した逸品だ。
「邪妖精は浸透狙いか。させると思うかい?」
撃鉄が落ち凄まじいマナの火花が散る。
アトの肌が焼かれていくつもの焦げ痕がつくが、アトは気にもしていない。
放った銃弾は1発のみ。
しかし過充填された魔力は膨大で、数メートルの距離まで近づかれた小型邪精霊達が魔力による衝撃を受け、その上で体に傷をつけられる。
傷は深い。止血するなら足が止まり、攻め続けるなら長くは持たない。
警備隊に対する圧力が弱まって、態勢を整えた弓隊により次々討たれていった。
「アルベドを助けるために動く……ですか」
『黒狼の従者』リュティス・ベルンシュタイン(p3p007926)はアルベドに向かったイレギュラーズをちらを見て、納得したように頷いた。
人の想いの形はそれぞれにあるもの。
その選択を否定するつもりはない。
「私達がついています。だから諦めないで下さい。援護ならこのリュティスが致しましょう」
リュティスは危地にあっても冷静沈着だ。
氷と薔薇の欠片で良く見えない地面の違和感を見逃さず、だいたいこのあたりと目星をつけて魔力を叩き込む。
魔法が幅1メートル数十メートルの残骸を消し飛ばす。
後衛である森林警備隊に奇襲をしかけようとしてていた精鋭レッドキャップが、当然のように巻きこまれていた。
彼女の支援はまだ終わらない。
言霊を通り越して現実改変の域に踏み込みつつある力が警備隊全員を包み込み、総合すればリュティスが消費したエネルギーの数倍の力を回復させる。
「死力を尽くしましょう」
残念ながら時間制限がありますがと、内心残念そうにつぶやいていた。
●邪なる妖精
『光る砂に舞う』月錆 牧(p3p008765)は秒に満たない間だけ戸惑い、直後に決断した。
口の中に毒を貯め、自身に染みこむ前に肺活量を活かして前へ噴き出す。
扇状状の広がる毒霧は、本来なら敵集団を丸ごと包めるような攻撃手段ではない。
しかし最も狭隘な場所でロトが不動の障害物となっている今なら、みっしり詰まった邪妖精部隊の半ばを覆うのも簡単だった。
「参りましたね」
ルーンシールドは直接的な攻撃を無効化するが、毒や出血のような間接的な攻撃は素通しだ。
しかもアトからも似たことをされている。
リボルバーの形をした兵器が、衝撃を抑える魔法材質とアトの腕力があって始めて押さえ込める力を押さえ込んで広範囲に威力をばらまく。
毒に冒された大小の邪妖精に深く鋭い傷がつき、鮮血が邪妖精の体を伝って地面に染みこんだ。
「時間を稼げば勝てそうではあるのですが」
打撃と複数の状態異常で苦しむ邪妖精とは異なり、状態異常のみを耐えれば良いロトは健在だ。
ロトは逃げも攻めもせず、移動に使える時間を己の強化に使う。
並の兵士よりは優れていた態度の剣技がイレギュラーズ上位相当に変わり、前方と左右から押し寄せる邪妖精を躱す素早さと、優れた抵抗能力をも継続して手に入れる。
ロトは硝子と見まごう透明な刀身を横凪ぎに振るう。
精度は高くても威力は未強化で、極めて頑丈なオーガ達にとっては肌を撫でられたようなものだ。
だが神経を逆撫でするという意味では強烈だ。ロトの横を通過すれば広い戦場があるのに、狭い場所にいるロトを棍棒で狙い、ロトに触れる前に同属達を傷つけた。
牧はオーガ相手に激烈な白兵戦を行っている。
前列にロト、中列に金剛石妖精という形で敵を引きつけても全てを押し止めるのは不可能だ。
まだ矢の1本で倒せるレッドキャップは森林警備隊に任せ、牧達が我が身を危険に晒してオーガの首を狙う。
既に肩で息をしている妖精達とは違い、ロトは味方からの攻撃を許容することで敵への足止めと打撃を両立している。
「なんと見事な」
牧の口の端が釣り上がる。
半端な罠を引きちぎるに足る高速大威力の棍棒を使い込んだ刃の上で滑らして、角がぶつかる距離まで一気に近付く。
「甘い」
咄嗟に牧を掴もうとしたオーガの手首を両断する。
刃から業火の如き憎悪を感じ、大きな邪妖精が傷みを上回る恐怖に苛まれた。
「気に入らない。雷虎が怒り狂ってやって来るのも狙い通りか黒幕気取りめ」
『二人一役』Tricky・Stars(p3p004734)の天使の人格は秀麗な顔を嫌悪で歪め、しかし攻撃は一切しない。
素早いレッドキャップも、馬鹿馬鹿しいほど大きな棍棒を振るうオーガも、守りを重視し小刻みに移動を続けるStarsに攻撃を届かせられない。
『俺はソア君に無茶して欲しくないけど、止めてくれなんて言わなえないよ』
Starsの人の人格が雷に満ち満ちた一区画を一瞥して、邪妖精はここで仕留めると覚悟を決めた。
「アト君、今日はずいぶんと調子が良いね」
ロトは敵の位置を把握し、高速の思考で敵の次の行動を予測し、アトに呼吸を合わせて攻めることで自らの戦力を最大限に活かしている。
だが予想より傷が多い。
本来なら喜ばしいことなのだが、アトの攻撃が普段より冴えた分ロトへのダメージが予想より大きかった。
「お願い出来るかな?」
「もう済んでいる」
傲慢な態度以上に高みにある天使が、ロトが受けた細々した不調を一瞬で取り除いた上、傷まで全て回復させる。
肉弾戦でロトを仕留めようとしたオーガも、卑劣で効果的な罠に誘い込もうとしたレッドキャップも、これまでの行動が無意味にされる。
死や滅びを除く全てを回復させる大天使の祝福は、戦略レベルで大きな意味を持っていた。
「オーガは後回しでいい。そのまま撃ち続けろ」
アトは自身が攻撃するだけでなく、警備隊への指揮も行っている。
敵の至近からの情報は極めて有効で、着弾観測から援護まで多数の手段を以て弓隊の戦力を向上させる。
「だから気にするな」
リボルバーを片手で保持してもう1つの手で肩に刺さった矢を抜く。
敵味方が入り乱れる戦場では誤射が有り得る。
どんな勇者でも傷が増えれば死に追いつかれる。
だがアトは違うのだ。
熟練のハーモニアが動揺する。矢を引き抜き抉れたアトの傷口が、早送りというにも早すぎる速度で癒えたのに気づいたのだ。
「深緑は刺激が少ないのかもしれないな」
アトの経験の種類の膨大さと比べると、警備隊のハーモニアの経験は単調とすらいえた。
邪妖精の増援は途絶えるどころが増えるばかりで、ロトは無事でもその後ろにいる妖精達が限界を迎えた。
「うおー」
「まだだー」
異様にしぶといアフロがレッドキャップに突き飛ばされ、消耗し過ぎて顔が土気色の妖精から障壁が消える。
妖精達の瞳に、じわりと涙が浮かんだ。
「こんな所で諦めるのですか。欲するものが手の届く所にあるというのに」
声は厳しく、抱き上げる手は優しく。
限界近くまで加速した牧の着物が揺れて、妖精達の肌を優しく撫でた。
「おねえさんっ」
直撃は防いだが、棍棒の一撃が牧の背中に届いていた。
血が流れる表面より奥の被害が深刻で、一歩足を踏み出すだけで強烈な痛みが襲う。
「そこの小さいの3人! 何を遊んでいるっ」
Starsが叱咤する。
「邪妖精共を警戒しろ。雷も連中が引きつけているだけでいつ飛んでくるかも分からないのだぞ」
冷たい風が吹く。
風にはオゾンの匂いが混じっていて、直後に氷全てを白と黒に塗り分ける極太電撃が飛来した。
「ひぇっ……あれ羽が直った? 天使のひとありがとーっ」
「魔力が戻っ」
いそいそと詠唱する金剛石妖精の前面で障壁が展開される。
アフロ妖精が全力で羽をぱたぱたさせて髪が思い金剛石妖精を持ち上げて向きを変え、余波だけで妖精なら骨まで焼かれてしまう電撃を辛うじて……本当にぎりぎりで受け止め耐えた。
「流れ弾でこの威力ですか」
牧は移動は止めて力を溜めて、両手持ちの刀を小さく振る。
その動作に無理はなく、大きな力を斬るための力に変えて赤帽子を両断する。
「3人とも、ハーモニアの皆さんに合流してください」
危うく死ぬところだったことにようやく気付いた彼等は、無言で頭を上下させて後方へ下がっていった。
「敵も本気を出していますね」
アルベド以外の戦力が、予想以上に質と量が大きい。
牧が今ここを離れて対雷虎戦に参加すると、戦線が突破されてしまうかもしれなかった。
「アルベドはまだ倒れないか」
アトは、森林警備隊から口が見えない角度で小さくつぶやく。
「造られた怪物、埋め込まれた生命。その涙の出処はどこなのか。もしも生命がただ消え失せるのみなのだとすれば、疾く倒すべし、か」
殺さねば悲劇が際限なく広がるという状況は、残念なことに世にありふれている。
薔薇の園を死骸で覆い尽くしてもなお増援が現れる邪妖精部隊を見るだけで、雷虎が世界にとって危険であることが実感出来る。
「まだいけるな」
マントの下から透明な刀身が覗く。
常の呼吸のまま、新たな増援の先頭に立つオーガに向かい、全力で一閃を叩き込んだ。
たまに飛来する雷と比べれば数分の1の威力しかないのに、オーガの固く柔軟な皮と脂肪を軽々切り裂いて内臓まで届く。
ただ強いだけの雷では為せない、死を運ぶ一撃だ。
「おーい、こっちもおかわり沢山なんだ、早く倒しきってくれ!」
雷の集中する方向に呼びかけるアトの足下に、断末魔の叫びすら許されなかった巨体が倒れて凍り付いた地面にめり込むのだった。
「おっと」
ロトの足取りは軽いのに安定していて、邪妖精の死体を蹴りも蹴躓きもしない。
「そろそろかな。神秘には防御対応出来ないからねぇ……」
敵は邪妖精という単独の敵ではなく、膨大な数を拙い運用とはいえ部隊として扱える集団だ。
ロトの予想通りに、古びた杖を持ったレッドキャップ十数体と、その護衛のつもりらしいオーガが数体吹雪の向こうに薄ら見えていた。
焦りの表情を浮かべたロトに、残虐な笑みを浮かべた赤帽子が魔法の杖を向ける。
連携は警備隊と比べれば素人同然、個々の強さはロト達の足下にも及ばないが数は脅威だ。十分な知恵があるならばだが。
「良かった」
ロトの焦りは敵を引きつけるための演技だ。
北西で乱れ飛ぶ雷とは比較にならないほど小さな炎を、傷らしい傷も受けずに全て防ぐ。
一度に飛んでくる数が多すぎるため回避は難しいが、完璧な防御により被弾の被害はとても軽い。
効果時間は極めて短いものの、戦闘力を大きく引き上げるヴァルハラ・スタディオンの連続行使の成果だ。
「こっちはまだバレていないみたいだ」
術の効率を極限まで効率化出来るロトだから出来る芸当だ。
「後は……皆の力に期待かな」
北西をちらりと見てから、少しでも時間を稼ぐため対邪妖精戦闘に集中するのだった。
●泣き声
濃厚な死の気配が漂っている。
雷に打たれて死ぬ。
あるいは、力を使い果たして死ぬ。
敵も味方も死が至近にあった。
「アルベド。妖精を核とした、模倣生物、か。話には聞いていた、が」
『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)は大きな帽子の位置を修正し、自身の目をアルベドから隠す。
実物を目の当たりにすると、ただの幼子としか感じられない。
姿形は『雷虎』ソア(p3p007025)そのものでも、中身の成熟度が違い過ぎる。
「『だからどうした』、と済ませてしまっても、いいのだ、が」
効率を重視するなら問答無用で、または精神的に殺して能力を十分発揮させないまま物理的にも殺すべきだ。
ろくに狙いをつけず放たれる雷に触れるだけで、エクスマリアは死んでしまう。
しかし救いのない現実をこじ開けようとする者達がいる。
エクスマリアは、彼女達に力を貸すつもりだ。
「よりか細い可能性を手繰ることは、より多くの運命(パンドラ)を得ることにも繋がる、はず」
繰り返しになるが当たれば死ぬ。
エクスマリアは邪妖精部隊を食い止める仲間と妖精を信頼し、じっとそのときを待った。
「ソアとよく似た君が泣いている姿を見るのは悲しいものだね」
地面を蹴っても氷が割れないのは、マルベートが力の扱いに長けているからだ。
一歩後ろに下がるたびに地面に穴を開け、浅く乱れた呼吸と共に雷を放つたびに大量の薔薇と氷を砕くアルベドとは技術の次元が違う。
「せめて愛を込めて接してあげよう。今は傷つけ合う事しか出来ないとしても」
マルベートは徹底して堂々として、縮こまる雷虎のアルベドを見下ろし、接近戦を挑むと見せかけた。
「やァあっ」
戦場北西が白と黒で染め上げられる。
アルベドは後ろに転げるように下がりながら、限界を超えた速度と頻度で雷を展開する。
圧倒的な速度を持つマルベートでも躱しきれない。
掠めただけでも霊体ごと吹き飛ばされそうなエネルギーを、全身全霊で以てなんとか耐える。
(やはりね)
予想通りだった。
目の前の幼子は怯えている。
双方致命の一撃を繰り出せる距離でやり合えば高確率で勝てるのに、少しでも距離をとろうとして結果的にマルベート1人に対抗出来ない。
「獣同士の闘争とはかくあるべし。血沸き肉躍り死と肉薄する、実に愉しい刹那だ!」
狩るのはマルベート。
狩られるのはアルベドだ。
現在の優勢が長続きしないことを承知した上で、マルベートは勝利をたぐり寄せるためあらゆる手を打つ。
赤々と燃える悪魔の瞳がソアからコピーされた闘争心に火を付ける。
短い時間とはいえ生きて獲得した心が闘争心に炙られ、それでも前に進めず心が千々に乱れた。
「神よ、お許し下さい」
ルチアは無意識に祈りを捧げ、表面的には無傷でも実際は芯まで届く火傷を負ったマルベートを支援する。
悪魔とも魔人とも呼べる力を持っているマルベートでもこの有様だ。
他の面々では時間稼ぎにもならない。少なくとも、尋常の手段では。
「これは有り難い!」
黒い翼が癒え、宙をのたうつ白い雷の合間をすり抜ける。
もう、雷虎の目にはマルベートしか映っていない。
昏い金髪が揺れ、藍方石の如き瞳が強い光を放つ。
黄金の髪が真球に近い球体へ形作り、その内側では無数の髪がぱちぱちと電気を帯びぶつかりあう。
エクスマリアが使うのは生まれ持った性質だけではない。
持ち味を殺さず、性質を活かし、電気は弱めず多数の属性を付け加えた。
「発射」
音は無く、空間が揺れた。
エクスマリア自身も視認困難な速度で、当たり前のように音速を突破し白いアルベドに迫る。
「ひッ」
勘だけで躱す。
予備動作抜きで轟く迅雷を上回る速度で逃げる。
だが、既に下がれるだけ下がっていたのを忘れていた。
「あゥ」
柔らかさと強靱さを兼ね備えた体が分厚い壁にめり込んだ。
外側からの邪妖精の襲撃を防ぐほど頑丈な防壁は、白い雷虎がめり込んでも崩れはしない。
「やだッ」
嫌嫌と頭を振るだけで雷が飛び出る。
ただ速い強いだけだが速度と威力が尋常ではなく、あのマルベートが一時とはいえ防御に専念せざるをえないほどだ。
黄金色の髪型がしおれ、しかしすぐに級の形を取り戻す。
「巧くやってくれ」
エクスマリアは仲間を信じて攻撃に専念する。
意図せず死地に飛び込んだ幼い虎に対し、一欠片の容赦もなく洗練された雷と呪いを浴びせ続ける。
どれほど強かろうが、回避の出来ない状況でいつまでも耐えられる訳がない。
物理的な損傷としては腕の虎の毛が縮れた程度だが、30秒近くかけて神経の一部を電気に痺れさせ、さらに30秒以上かけて状態異常への抵抗力を半分近く剥ぎ取った。
「どうしたんだい雷虎ちゃん? 足が震えているよ」
マルベートが優しげに笑う。
黒いキューブを指先で弄び、キューブの中で蟲毒の如く蠢く呪いを準備する。
「さあ、こっちにおいで」
ここまで追い込んでもまだ戦力でアルベドに負けている。
白雷虎の瞳孔が開き、技も思いもない力だけの爪撃が黒い悪魔を襲った。
「っ」
わずかに呼吸と体勢は崩したが外見的にはそれだけだ。
前に出てしまったアルベドに、キューブの中の災いを全て注ぎ込む。
抵抗力が半減してもなお抵抗力は高水準で、しかしマルベートはキューブを連発して白い幼子を毒と呪いで包み込んだ。
ルチアは言いたいことの1割も口には出さず顔にも出さない。
おそらく出身世界は違うとはいえ、悪魔にしか見えない存在に癒やしの力を向けるのは精神的に辛い。
「だけど」
ロイほどの術式効率化は無理でも、ルチアには優れた回復能力がある。
常人なら短時間で枯れ果てる治癒術を使い、微かに余裕が出来たときには腹式呼吸で大声を出してマルベートの背中を押す。
「幼子に機会を与えるのは、絶対に正しい」
アルベド本人にも、後ろで戦っているハーモニア達にも否定などさせない。
「居場所は自ら掴み取りなさい」
ルチアの白い肌は生気に満ち、青い瞳は英知と覚悟で澄み渡る。
「んんっ、少し痛痒いね」
「我慢しなさい。痛みを消す余裕があるとでもっ……失礼」
ルチアは粗くなった口調を直して謝罪する。
信仰的には仕方がない面はあるが、彼女も悪魔も今はイレギュラーズで、今はイレギュラーズとしての仕事中だ。
物理的な傷を塞ぎ、霊的な損傷を補う。
アルベドの攻撃力が凄まじ過ぎて、完璧に近い防御に成功しているのに修復が追い付かない。
「戦闘継続を優先するわ。ローレットに戻ったら厳重な検査と治療を受けて頂戴」
本当にぎりぎりの状態で、戦闘が成り立っていた。
●言葉の戦い
「くれぐれも気を付けて」
『狐です』長月・イナリ(p3p008096)の体に聖なる力を降ろし、ルチアは最も危険な戦場へ向かった。
イナリが大きく息を吸って、吐く。
戦場の冷たい空気が肺から体を冷やし、けれどその程度では心身の熱は変わらない。
気合いの声と評するにはあまりにも弱々しい雷虎の泣き声が、森林警備隊のさらに後方にいるイナリまで届いた。
(アルベドさん、聞こえるかしら?)
イナリの言葉は空気を揺らさない。
巨大な雷が生み出す轟音に妨げられず、怯え暴れる白虎のアルベドまで届く。
(お久しぶりね)
愛らしく、それでいて不敵に微笑む。
アルベドがイナリに気付いて目を見開いて、咄嗟に雷を生み出すが遠すぎて届かない。
白い光が凍り付いた泉に届き、分厚い氷を溶かして冷たい水を爆発させる。
(早速だけど、貴方の中の妖精さんを助け出させてもらうわ)
アルベドの心臓がある位置をじっと見る。
ただでさえ怯えていた白虎はパニック状態に陥り、攻撃の威力と頻度は上がるが総合的な戦闘力は低下する。
イナリは味方がアルベドと拮抗しているのを見てほっとする。もちろん顔にもテレパシーにも出さない。
(その妖精さんは貴方の心臓、無くなれば貴方は死んでしまう。だけど、今のままじゃ貴方も妖精さんも一緒に死んじゃうのよ)
(いやッ。ぜったいにいやッ。これわたしのッ)
返って来た思考は攻撃に等しい。
霊的な聴覚が一瞬麻痺してイナリの狐耳が無意識に動いてしまった。
それでもイナリは平静を保つ。
表情を動かさないのは当然。
それ以上に気を配るのは思考であり、余裕を持った態度を決して崩さない。
説得は、ときに内容より態度が重要だからだ。
(貴方は貴方の命だけが欲しいのね)
今のイナリにはアルベドを傷つける手段がない。
しかし幼い虎はイナリを最大限に警戒する。
近くへの警戒が疎かになり、何度も被弾してもイナリばかりを警戒してしまう。
今のイナリは、今の彼女を創り上げた存在に近い気配を放っている。
(でも、私はとーても強欲なのよ、二兎追うなら二兎とも奪い取りたい、貴方も生きてて欲しいし、妖精さんにも生きてて欲しい)
狐尻尾が楽しげに揺れ、イナリの周囲を狐火を思わせる炎が舞う。
実際はテレパスを拒否する相手に無理矢理繋げたことによる副作用だけれども、アルベドにはそれに気づくための知識はない。
(難しいけど可能性は0じゃない、私は手元にある手札を全て使って、貴方達にこの先の未来を生きられる可能性を与えてあげたい)
イナリは肉眼ではない感覚でサイコロを幻視する。
100面どころではない面があり、当たりはそのうちの1つか2つ。
大きな大小を払ったとしてもその程度の可能性しかない。
(だから)
それでも手を伸ばす。
(可能性を信じて私達の声を聞いて、私達と一緒に運命のダイスを振って欲しいわ)
幼い虎は警戒を解かない。
だが、イナリに対する敵意は明らかに薄れていた。
●いのち
自分自身と同じ顔が涙を零す。
既に喉は枯れているようで、声はか細い音しか聞こえない。
ソアは奥歯を噛みしめる。
あんな風に泣く子をやっつけるのが正しいとは思えない。
(あれはこの体からはぐれてしまったボクの子供。誰が見放してもボクだけは決して諦めたらダメなの)
永き時を生きた精霊種ではなく、楽しく人間と交わるイレギュラーズでもなく、母としての顔で現実に牙を剥いた。
白い雷が空間を埋める。
防御に成功したマルベートが血を吐き後方へ押し戻される。
ソアは雷を己のうちに溜めて、壁から身を起こしたアルベドへ一気に近づいた。
魂から沸き上がるもの力に変える。
虎を思わせる大きな爪から光が薄れ、反比例して存在感と威圧感が高まる。
「来ルなッ」
反撃は腰が退けていた。
フェアリーシードから引き出しアルベドの体で増幅した雷はソアを上回っている。
しかし軌道と機が悲惨なほどに噛み合わず、ソアの左肩を焼いただけで終わる。
「泣くな。喚くなっ」
今度は爪が来る。
ソアより速く重く、そして勇気に欠けた一撃を巻きこむように弾いて直撃を避ける。
この至近距離なら分かる。
心臓にあたるシードも、ソアに似た気配のする体も、奇跡的かつ極まった悪意とした思えない効率でエネルギーに変換されている。
この子に会って自覚出来た。
今のソアを形作るのは膨大な気づきや学びの積み重ね。
それを得る時間と機会と引き替えに、この子の力が成り立っているのだ。
「ボクの命をっ」
もう時間がない。
白い雷虎が滅茶苦茶に振るった両腕を左右の爪で跳ね上げ、さらに自らの力を絞り出す。
強いのに儚い光がソアの胸から溢れ、同じ形をした胸から見えるシードが優しく照らす。
「全部もってけー!!」
「ぁ」
アルベドの表情が崩れた。
泣き笑いの顔で、うまれてはじめて信じたいという思いに基づき、手を伸ばそうとした。
作り物の虎の腕が脳に従わずに持ち上がる。
全てを晒したソアから全てを奪おうと、創造主の意図のみに従い爪を突き込んだ。
「そのまま続けて。全力で叶えてあげるのが友として、仲間として、そして悪魔としての私の生き方だ」
マルベートが自身の胸に埋まった爪の根元を切断する。
その時点で限界に達し、庇ったソアの足下へ崩れ落ちた。
「そンな、つもリじゃ」
アルベドが怯える。
爪を失った右手で左手を押さえようとして、暴れようとする左腕を押さえきれずに体勢を崩す。
そして、奇跡的なバランスが崩壊した。
外に向いていた破壊力が内側にも及び、白い肉が内側から焼け無惨な臭いが戦場に漂う。
「止まれ」
狐火が描いた式が白い体に打ち込まれる。
幼い虎のことを消耗品としてしか扱わない機構が動作を邪魔され、虎の命が減る速度が鈍る。
だがそれは一時的なものだ。技も心もないただのエネルギーが、イナリの施した術を消し飛ばすだけで止まらず、イナリ本人に到達する。
無数に枝分かれする雷の半ばを高度な障壁で無効化する。
残った半分はイナリの心身を焼き、しかしルチアの術で増幅させれた生命力がぎりぎりて耐え抜く。
「後は」
常人なら命を繋ぐに十分な力が封入された種を、幼虎の胸へ届け、倒れた。
ソアが虎の唸りをあげる。
魔種すら食い殺せそうな獰猛な表情で、幼い存在を使い潰そうとする悪意にのみ敵意を向ける。
「にゲて」
幼子はほっとした顔で泣く。
孤独ではなかったのだと、ただそれだけの救いを得て己の滅びを受け入れようとしている。
右腕が力を使い尽くす。
創造主の意に従う左腕が、全てを得ようと剥き出しのソアに手を伸ばした。
ずぐりと、柔らかなものが無惨に貫かれる音が響く。
幼子がこれまでとは別の意味で泣き叫ぶ。
「大丈夫」
自身を貫いた腕をソアが自分の体で押さえ込む。
命の維持は通常の手段では不可能で、己の可能性を揮発させて無理矢理繋いでいる状況だ。
「もう泣かなくていいよ、助けてあげる」
爪で悪意を押さえつけ、怒り狂う雷で以てその悪意を叩き、乱し、押し曲げる。
「受け取って」
命が流れていく。
傷だらけの幼い虎の傷口から入り、砕けかけたフェアリーシードを優しく包んで、さらに奥にあるアルベドの命と魂まで届いて、しかしすり抜ける。
使い捨てとして創られたアルベドは、既に限界を超えていた。
ソアが吼える。
我が子と思う存在を活かすため、命も魂も可能性も全てを手放し注ぎ続ける。
「おかァ……さン」
雷虎のアルベドは透き通るような笑みを浮かべて、フェアリーシードを自身の胸から引き剥がす。
受け皿を失ったソアの可能性が、ソアに逆流してソアの命を繋ぐ。
「あたたかい」
それが、末期の言葉だった。
●勝利
「アルベドを討ち取った」
マルベートが傲然と宣言する。
未だ戦力を保った邪妖精部隊の戦略的敗北を伝えるため、感情に蓋をし傲慢な悪魔として振る舞う。
「邪妖精共、我らを滅ぼせるつもりなら追いかけてくるがいい。魂と肉の一片まで料理して食らって……いや拙そうだ。雑に捨ててあげるよ」
一瞬でも気を抜けば気絶しそうだ。
だがまだ戦わざるを得ない。
東の出入り口にみっちりと詰まった邪妖精だけでなく、あの雷虎が開けた北の穴から邪妖精の集団が見えるのだ。
雷が地面で蠢いている。
白い肉を蒸発させても止まらず、この世にしがみつくかのように何度も瞬き、薄れていく。
最後の残滓は死の間際にあるソアの周囲に漂い、見えなくなった。
「動かさないでください。あなたもです」
今のルチアに悪魔に対する苦手意識はない。
ソアほどではないがイナリも体内まで焼かれて重傷。最もマシなマルベートも物理的に戦うなど論外だ。
救いの音色を凍った地表に導いて、いつ死んでもおかしくない体を3つ平行して修復する。
「アルベドの魂はどこに行くのでしょうか」
一瞬も気を抜けない治療を3つ同時に行っているルチアが、思考の一部を無意識に口にしてしまう。
「『レベル1』の影響を受けた後だ。そこの悪魔も分からないだろうよ」
Starsが白紙の魔導書の指を当てる。
ずるりという音がしそうな霊的な何かを引き抜いて、ソアの胸に開いた穴へ振りかけ精霊種としての崩壊を防ぐ。
マルベートは否定はせず、激甚な痛みに耐えている。
「後40秒……30秒で」
ルチアは患者以外を見る余裕がない。
北の穴が崩れて広がり、邪妖精が薔薇庭園に踏み込んでもだ。
飾り気のない刀が成人男性の全身ほどもある足を切り裂いた。
牧が刀を引き抜く動作で飛び退く。
防壁の裂け目から押し出されたオーガが雷で焼き尽くされた地面に俯せに倒れ、起き上がれないまま後続に踏み潰された。
穴から出て来た直後では陣形も隊列もない。
応急処置の時間を稼ぐため、牧は縦横に戦場を駆けて邪妖精の混乱を広げていく。
「別れを惜しむ時間も与えないか。……邪妖精め」
エクスマリアの瞳から邪妖精達が目を離せない。
藍方石を思わせる瞳に物理的にも霊的にも魅入られる。
互いの瞳を合わせ鏡として、エクスマリアが注いだ魔力と呪詛が膨れあがって臨界に達する。
エクスマリアは無事でも赤帽子やオーガ程度に耐えられる訳がなく、脳と霊に深手を負って複数の邪妖精が絶叫した。
「悔しい」
気絶から回復したイナリの第一声は、大地と魂魄に刻むが如き一言だった。
「動かないで。意識は保って下さい。今動くと再起不能もあり得ます」
イナリはぎゅっと唇を引き結び、幼子のいない世界を五感で認識している。
フェアリーシードが無事なのも慰めにはならない。
「次、ソアさんを」
ルチアがよろめく。
治療に使うエネルギーはまだあるが、冥府から魂を呼び戻すのにも似た治療の直後で精神力が磨り減っている。
『ここまでだ』
Starsの人側の人格である虚が、腹の底から絞り出すような声で言う。
ソアの傷だけでなく不調も回復させはしたが、無事に意識が戻るか五分五分という状況だった。
「私に任せてくれ。これ以上戦えそうにないしね?」
マルベートはソアを担ぎ上げる。
小柄でも気絶した体は運び難い。
立っているだけで限界に近いマルベートには拷問じみた苦行だ。
だがやるしかない。
北の壁が完全に崩れ、大勢の邪妖精が迫ってる。
「重傷者は下がって」
『お前の力を寄越せ邪妖精』
癒し手であるStarsが立ち塞がってエネルギーを奪う。
そのエネルギーを癒やしの力に変換して邪妖精からの被害を癒やすが、もともと最前列で殴り合うタイプではないので被害は深刻だ。
牧が敵部隊の真横から襲撃を仕掛ける。
エクスマリアがつけた傷は極めて深く、その影響が残る個体は防御らしい防御も出来ずに深手を負う。
しかし敵の数は多く、オーガは特に頑丈だ。
攻撃を重視した装備の牧は浅くない傷を負い、敵陣を蹂躙するための体力も不足するようになった。
「例え、終わりが見えない状況であったとしても敵の数は無限ではないのです」
森林警備隊と共にあるリュティスが、落ち着き払った態度で檄を飛ばす。
「ですので前を向いて、敵に立ち向かいましょう」
事実ではあるが危険な状態でもある。
リュティスから美しい蝶が舞い上がり、狭隘部まで飛ぶ。
イレギュラーを背後から狙おうとした邪妖精の動きを乱し、イレギュラーからの反撃や警備隊からの射撃で仕留められる状況を維持する。
「意見を聞かせて下さい」
リュティスは態度は変えずに小声で尋ねる。
経験豊かな大量は意図を読み違えず、リュティスにだけ聞こえる音量で報告を行った。
「あの個体……失礼、あの少女が邪妖精に協力する可能性が無くなったなら撤退して構わない。邪妖精の部隊のみなら我々だけで排除可能だ。イレギュラー抜きなら時間はかかるがね」
大言壮語ではない。
深緑森林警備隊はその程度には精鋭であるし、雷虎のアルベドはそれほどの脅威だった。
「はい」
リュティスは頷き前線に合図を送る。
ロトが攻撃を止め、アトと息を合わせてこちらに向かって駆け出した。
「これより撤退を開始します。妖精の皆さん、後少しです、頑張りましょう」
「はいっ」
「ライちゃんは……」
「生きて帰るのが優先。イレギュラーズさん達を信じましょう」
妖精3人が気合いを入れ直す。だがロトの後ろ、狭隘部から押し寄せる邪妖精の群を見て顔に怯えが浮かんだ。
「がっついていますね」
リュティスが邪妖精に冷めた目を向ける。
「タイミングを合わせてください」
負担が軽い黒死蝶を使い温存していた力を惜しみなく使う。
膨大な魔力がリュティスを中心に渦巻き、紅の瞳が美しくも禍々しい光を放つ。
「いきます」
魔力を束ねて前に飛ばす。
要約すればそれだけの術だが、巨大で洗練された魔力を使うと災厄そのものの破壊をもたらす。
素早いレッドキャップは気付いても避けきれず、体の一部に当たっただけで芯まで消し飛ばされて帽子だけが残る。
極めて頑丈なオーガも悲惨だ。
知覚する速度でも回避術でも劣る彼等は魔力による砲撃の直撃を受け、手足や胴の一部を吹き飛ばされて致命的な打撃を受ける。
無傷ならまだ戦えていたかもしれないが、剣や銃や矢で傷を負っていたいた個体は魔砲の被弾が致命傷になり地面に屍として転がった。
矢による狙撃が追撃する。
リュティスが食い残した邪妖精を的確な狙いで射殺して、白兵戦の距離から敵がいなくなった時点で新たな命令が下る。
「南西の防壁まで後退。その後、別働隊の撤退を支援する」
2隊に分かれて後退と支援を切り替えながら実行する。
個々ではイレギュラーズに劣るかもしれないが、部隊としては見事な動きだった。
「あの子、は」
ソアの口からか細い息が漏れる。
死は免れたが心身の状態は最悪に近く、戦場の音すら聞こえない
「っ」
それでも大事なひとが生きているかどうかは分かる。
体の痛みよりも強い痛みに、ソアの体が震えた。
「ソア達を狙うか。当然と言えば当然かもしれないがな」
エクスマリアの金の髪が業火の如く揺れる。
壮絶な戦いを経て体力も気力も底が見えている。
大きな術を1つ使っただけでも気絶しそうだが、この事態を引き起こした黒幕の邪魔をするならなんだってするつもりだ。それほど、怒っている。
一際大きなオーガの足が止まる。
エクスマリアはむしり取るように魔力を奪って呪いに変えて送り込む。
致命的な隙を見せた邪妖精に矢が突き立ち、脳と肺を穴だらけにされた。
「どいつもこいつも無理をして」
Starsは不機嫌だ。
呼吸が危険なほど乱れたエクスマリアに祝福を与えて現世に引き戻す。
敵の密度が低い。
増援の数と頻度が明らかに低下している。
牧が斬撃をフェイントに使い蹴りを赤帽子に叩き付ける。
形の良い足に刻まれた紋様を認識するより速く、レッドキャップの頭蓋が押し潰されて本体が地面に転がる。
「せめて、彼女が悲しまないように」
アルベドの最後の表情を牧も見た。
地の底にいるか天にいるかはそれとも案外近くにいるかは分からないが、ソアが死ねばきっと泣く。
だからここを守って邪妖精を食い止める。
矢が途絶えた。
警備隊のハーモニア達が弓と矢筒を捨て鉈を構える。
「足の速い邪妖精を狙ってください。ひと当てした後は合流予定地まで走ります」
リュティスは残ったリソースを効率良く使う。
体力も気力も消耗したハーモニア達に必要最小限のエネルギーを与え、実行可能な指示を与えることで戦死と置き去りの可能性を極限まで下げる。
蝶が飛ぶ。
軽装で追撃に向いたレッドキャップの足取りが乱れ、前進した警備隊に後続ごと斬り捨てられた。
「馬鹿者、動くな。お前もだ」
Starsは、かたかたと揺れるシードを優しく撫でまがら叱り飛ばし、ソア達にも強い視線を向ける。
本当に危ない状態なのだ。嫌われ役を演じても、危険から遠ざける必要が有った。
「残りはオーガが10と……20はいるか。お前達も油断をするな」
邪妖精から奪った力を癒やしの術として使いつつ、稔は命を守るために厳しい態度で振る舞っている。
エクスマリアの雷が遠くに向かう。
最後の増援を率いていたオーガの顔を焼く。
致命傷には遠い。
だが足下に多重に重なる死体に気付かせ、進撃する気力を奪うには十分な威力があった。
「担架を作れ。お前は運ばれる側だ」
「はいはい、分かったよ天使さん」
マルベートがソアを担架の上に下ろす。
警備隊が組み立てた次の担架に向かおうとして、視界が白黒になり傾いているのに気付く。
Starsの両人格が同時にため息をつき、患者に対する手つきでマルベートを担架に乗せて固定する。
「帰るぞ」
警備隊が担架を運び、イレギュラーズがその背後を固めて後退する。
残ったオーガは同属の死体の前で立ち尽くしている。
追いかける気力は、イレギュラーズによって完膚無きまで粉砕されていた。
オーガは撤退も出来ず、警備隊と妖精の増援により鏖殺された。
ライちゃんと呼ばれる妖精が目覚めたのは、それから5日後のことであった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
素晴らしいプレイングをありがとうございました。
GMコメント
雷虎のアルベドとの最終決戦です。
武運を祈りします。
●ロケーション
氷に覆われた薔薇庭園。
氷と薔薇がアルベドを囲む障害物となり、庭園を囲む建物が敵増援に対する防壁になっています。
アルベドは、庭園の隅に座り込んで、泣き叫ぶように雷を放っています。
●エネミー
『雷虎のアルベド』
力の扱いに慣れ、前回イレギュラーズと戦ったときより戦力が増しました。
防御技術は相変わらず得意ではありませんが、他の能力は凄まじいです。
しかしエネルギーの消費も激しくなり、元々短い寿命を急速に消費しています。
以下の攻撃が可能です。戦闘開始から一定時間が経過すると【ブレイク】が付け足されます。
・いかずち:【物超域】【麻痺】 氷も東屋も粉砕します。
・つめ :【物近範】【必殺】 最大の命中と威力を誇る技ですが、敵に近づくことを避けています。
『邪妖精部隊』
命中と回避が比較的高くHPが低い小柄レッドキャップと、物理攻撃とHPが高く命中と機動力が壊滅的な大柄オーガからなる部隊です。
レッドキャップは手斧、オーガは棍棒を使い、どちらも白兵戦をこの見ます。
1つの集団として動くのは苦手で、最初に10体、数ターン後に5体、という感じで次々に増援が到着します。
そろそろ、『迷宮森林警備隊』だけでは対抗出来なくなります。
●友軍
『迷宮森林警備隊』
迷宮森林警備隊から派遣された小部隊。全員ハーモニアで総勢6名。
弓が最も得意。ナイフまたは鉈も使えます。
妖精の安全を第一に行動しますが、イレギュラーズの要請にも可能な範囲で応えようとします。
イレギュラーズ到着時点で、APが最大値の半分以下です。
『金剛石妖精』
イレギュラーズの手でアルベドから助けられたことのある妖精です。イケメン大好き。
感謝を行動で示すために今回参戦しました。
【怒り】を敵に振りまき、【物無】や【神無】を自らに付与する魔法使いです。
なお、機動力と反応と回避と命中は目を覆いたくなるほど低く、最大APも低めです。
『アフロ妖精』
非常にタフな妖精です。2人組。EXFがとても高い。
『金剛石妖精』の護衛と、敵に対する挑発と、ボケとツッコミを担当します。
『ライちゃん』
『雷虎のアルベド』のフェアリーシードとして存在します。
手段に関係無く、『雷虎のアルベド』から抜き出されると妖精として復活します。
『雷虎のアルベド』に抑え込まれているため、戦闘開始時点では会話も思考も不可能です。
●地図
1文字縦横10メートル。戦闘開始時点の状況。東向きの微風。上が北。
abcdefgh
1■■■■■■■■
2■雷□□□□□■
3■□泉泉妖□□■
4■□泉泉□□□■
5■□□□□□□×
6■□□□□□□■
7■□□□□□□■
8■□□□□□森■
9■■○■■■■■
■=堅く、高い建物です。出入り口は○か×を経由して大回りしないとたどり着けません。
□=氷に覆われた薔薇の園。機動力にペナルティなし。泉と建物以外はこの地形です。
泉=分厚い氷が張った泉と岸辺です。岸辺には東屋がいくつかあります。
雷=『雷虎のアルベド』がいます。
妖=『金剛石妖精』と『金剛石妖精』が敵の攻撃を引きつけています。
森=『迷宮森林警備隊』が、×に対して射撃中。
×=『邪妖精部隊』の増援出現ポイント。どの個体も一度はこの場所で移動を終了します。
○=イレギュラーズ初期位置
●情報精度
このシナリオの情報精度はCです。
情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
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