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シナリオ詳細

再現性東京2010:もういいかい

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 夕暮れの廊下を歩む。
 校庭から聞こえる部活動の声も遠く、下校を告げるチャイムの音が響いた。
 見回りの教師の目から隠れるように、教室の隅で息を潜めて幾許か。
 ……どうやら、今日はアタリだ。生徒指導を行う教員なら教室の中のチェックも怠らない。
 息を吐いた。見回りが一度終われば暫くの間は自由だ。幸いにして、この教室は一階で、窓から出入りすれば帰りに困ることもない。裏門は遅くまで部活動で居残りをする生徒のために開けてあるからそこから帰れば良い。
 グラウンドから撤収していくサッカー部の声が遠くなる。吹奏楽の音色もぴたりと止んだ。
 残っているのは特別な居残り許可を取っている生徒だけだろう。

 ――――
 ―――
 ――
 ……静かだ。

 永谷・里沙は震える手で通学鞄の中に仕舞い込んでいた木箱を取りだした。
 シンプルな其れは百円均一で販売されていたものだ。震える手で静かに息を吸い、吐いた。
 木箱を開いて、中の真綿の上へ自身の髪を詰め込んだ。数本だけを入れてから唾液を垂らす。
 真綿に染み込む其れを見詰めながら不衛生なものだと感じたが、不浄の場所にこそオカルティックな存在は生まれるものだと聞いたことはある――此れはちょっとした『おまじない』の一つだ。

 放課後、誰も居ない場所で木箱に自身の髪と唾液、そして赤い糸を入れて、教卓の上へと置く。
 それから、おまじないの言葉を唱えるのだ。

 みなこさん、みなこさん。どうか願いを叶えて下さい。

 そう伝えてから、教卓の中に隠れれば良い。10数えてから「もういいよ」と伝えて……そして明朝まで其処で眠って入れたならばおまじないは成功だ。
 里沙は今日は友人の明里の家に泊まると両親には伝えてる。このおまじないで願ったのは小さな恋の話。女子中学生にはよくあるおまじないの一つだ。

 ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ、よっつ
 いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ――と―――「もういいかい?」

 どこからか、声が。
 声が――――


「こんにちは。今日も元気に『仕事』に行きましょう。おや? どうしてそんな詰まらなさそうな顔をしているんですか?
 ここで私が『どうも、音呂木神社の巫女、ひよのちゃんです』なんて巫女服で現れた方がテンションでも上がりましたか」
 淡々とそう告げた音呂木・ひよの。希望ヶ浜学園に所属する夜妖<ヨル>の専門家を自称する少女だ。ギルド・ローレット宛に練達より夜妖<ヨル>討伐の依頼が舞い込んだのは記憶に新しい。
 どうやら、彼女宛にカフェ・ローレット――ギルドローレットの支店という言い方が一番しっくりくる――より指令が降りたようだ。
「私が一人でこなすのも寂しいもので。夜というのは人恋しくはありませんか?
 まあ、兎も角、折角なので皆さんにお願いしたいのです。夜妖<ヨル>の名前は『放課後のみなこさん』」
 放課後のみなこさん。
 それは希望ヶ浜でも流行しているおまじないの一つだそうだ。
 木箱に髪の毛と唾液の染み込んだ真綿を詰め込む。其処に結んだ赤い糸を入れて放課後に誰も見つからぬ様にしながら教卓でおまじないをするのだそうだ。

「『みなこさん、みなこさん。どうか願いを叶えて下さい』」

 そう告げることが夜妖<ヨル>の召喚の合図。召喚者――おなじないの術者――は教卓の内側にしゃがみ込み10数えて「もういいよ」と告げれば良いと言うものだ。
 噂には尾ひれが付いて、みなこさんは眠っている間におまじないを叶えてくれるから教卓の中で一晩明かせ、だとか。みなこさんと合って握手をすればその儘、家に帰れ、だとか。……兎も角、噂ばなしとまじないが混ざり込んで夜妖<ヨル>が現れたと言う方が正しいのかも知れない。
「複数の犠牲者が出ていますね。まあ、皆さん人払いをしておまじないをするので発見が遅れるのです。行方不明になった少女は数知れず――まあ……『不明』で済んでるかと言われれば」
 ひよのは言葉を濁して微笑んだ。その笑顔の裏には『事件として処理されている』という暗黙の了解が滲んでいる。行方不明になった少女の死骸は別の事件の被害者として小出しにでもされてくるのだろう。この地区では怪異の存在など認められないのだから。
「『これ以上被害が増える』のも見過ごせないでしょう?
 ……と言うわけで、放課後の教室に残って『みなこさん』のおまじないを行おうとする少女を助けて欲しいのです」
 呼び出さなくては意味が無いから、とひよのは提案する。
 先ずは少女にはみなこさんを呼び出して貰う。10個数え教卓に隠れる少女のもとへと『現れるみなこさん』を相手取り戦闘、少女を救出するという事だ。
 それはひよのが一人でこなそうとしていた仕事の段取りのようだが……それに従うのも良いだろうし、もっと良い案があればそれも良いだろう。
「一先ず『人助け』ってのをしに行きましょうか。私も神社の娘なので善行は積んでおけって神様に言われているのです。まあ、嘘ですけど」

GMコメント

 夏あかねです。音呂木・ひよの饒舌。

●成功条件
 夜妖<ヨル>『放課後のみなこさん』の撃破

●夜妖<ヨル>『放課後のみなこさん』
 おまじないの夜妖<ヨル>。おまじないの方法はOP参照。
 おかっぱ頭の少女です。衣服はシンプルな子供服ですが、体の所々が噛み千切られ非常にグロテスクな外見をしています。
 何やら脳内に直接語りかけてきますが、意思疎通は出来ません。「もういいかい」「まぁだだよ」を何度も繰り返し、けらけらと笑います。
 主なステータスは以下
 ・通常攻撃に必殺所有
 ・気配遮断
 ・攻撃方法は近接物理中心。BS所有
 ・特殊行動『みぃつけた』
 その他、攻撃方法は有しますが代表的なのが上記です。

 また、『みなこさん』は危険が及ぶと逃走する可能性があります。
 逃走阻止も重要になるでしょう。

 特殊行動『みぃつけた』:
 人の命を奪うことで強制的に自身を転移させます。
 この能力により、みなこさんは自身のダメージが蓄積すれば、永谷・里沙を積極的に狙うほか、必殺を使用しての攻撃を中心に行うことが推察されます。

●おまじないを行う少女 永谷・里沙
 中学生。大好きな長谷川君との恋のためにおまじないを行っています。
 長谷川君が親友の明里が好きっていうから……。なんていう青春ジレンマでの行動です。
 深くは考えてないようですし、みなこさんのおまじないをしたんだよという話のタネ程度に考えています。また、彼女は幽霊や妖怪なんて存在していないと思っています(希望ヶ浜の人間は皆そうです)
 彼女についてはカフェ・ローレットで保護した後、『おまじないの途中で見つかったんだよ』と言い聞かせる形で返す事ができます。
 まあ、放置しているとみなこさんの犠牲になりますので命を救うためには保護を行わねばなりません。

●現場情報
 希望ヶ浜のとある学校。希望ヶ浜学園ではありません。
 1階の教室でおまじないを行っています。今回は『こうした仕事』の為に理由をつけて校内に潜入可です。ただし他の生徒に見つかる可能性もあるので衣服にはお気をつけて。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

 それでは。もういいかい?

  • 再現性東京2010:もういいかい完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月22日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

イルミナ・ガードルーン(p3p001475)
まずは、お話から。
仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
陰陽式
散々・未散(p3p008200)
魔女の騎士
一条 夢心地(p3p008344)
殿
鏡禍・A・水月(p3p008354)
鏡花の盾
ロト(p3p008480)
精霊教師
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)
海淵の祭司
砂蕨 茉莉(p3p008570)
新しい世界で

リプレイ


 下校時刻を知らせるチャイムの音がする。夕日差し込む廊下で息潜めるように『鏡面の妖怪』水月・鏡禍(p3p008354)は立っていた。冷たいコンクリートの壁にぺたりと手をついて、教室の中で『お呪い』を行おうとする女子生徒には決して気付かれぬようにと静寂に紛れる。
(僕も旅人でなければこう言う夜妖になったのでしょうか……
 同族を倒すみたいで良い気分はしませんが……これも仕事ですから、やるべきことをやるだけです)
 悪性怪異。夜妖<ヨル>。練達は再現性東京<アデプト・トーキョー>地域にてそう称される存在は人の心に巣喰う闇が如くのっぺりと日常に張り付き日々を脅かす。存在など知りもしないという顔をして、日々を謳歌する『一般人』を横目に『どこまでも』砂蕨 茉莉(p3p008570)は希望ヶ浜学園より『視察』の為に訪れた教師『特異運命座標』ロト(p3p008480)の付き添い人として凜と廊下を歩いていた。
「噂話とおまじないに混ざり込んだ怪異……興味深いね。少女はお呪いを好むとも言われているしね。
 この場合はおまじないが主体なのか、噂話が主体なのか。どちらにせよ、倒さないとならないけども……気になるなぁ」
「呪いと言うからには呪術の一種なのじゃろう」
 おまじないと可愛らしく書かれていれば少女の愛好する『気まぐれ』のようにも思えるが字を直せば呪いである。つんとした態度でそう言った『海淵の祭司』クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)は下校時刻であると急ぎ足で歩いて行く生徒がロトを見かけ「こんにちは」と明るく声かけるその言葉に堂々と「こんにちは」と返す。
「こんにちは、部活動の視察ですか?」
「ああ、そうだよ。ね?」
 ちら、とロトの視線が向けられればクレマァダは『僕』の顔をして「うん、そうだねえ」と穏やかに――そして、僅かぎこちなく――笑ってみせる。
(うんうん、よくできてる。僕に掛かれば怪しまれずに潜入なんて朝飯前だもん。
 とっても平和な光景だ。……ここに『僕』が居たら、どう思っただろうなあ……)
 その思考に答える言葉がないことをクレマァダは知っている。希望ヶ浜の制服に身を包み、漏れ聞いた希望ヶ浜の住民達の話し口調を『一番身近な存在の口調』を参考に言葉へと変えてゆく。
 おまじない、と。『機心模索』イルミナ・ガードルーン(p3p001475)は呟いた。影が伸びる。一人、息を潜めてその時を待っている恋する乙女の行動を思い、うん、と唇を尖らせた。
「正直なことを言えば、どうしてこんな行動を取るのかがイルミナにはわからないッス。
 おまじないなんて不確かな物より、直接お話すればいいのに……」
 神頼み、人頼み、そんなことより自分の足で歩き出して手を伸ばせば可能性だって広がるだろうに。そうは思えど、誰しもがそうは出来ないことを知っている。それが人間という物だと言うことも重々承知だ。
「ふふ、なんて。ヒトというのはそういう物ッスよね。不合理だからこそ愛おしい! さぁ、身体を張って守るッスよー!」

 仙狸の耳を揺らし、息を潜める。『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は自身のその姿を『隠す』事が出来ず要らぬ不安をもたらす可能性を考慮してこっそりと潜入を行っていた。aPhoneを慣れた仕草でいじりながら通話が繋がりっぱなしのロトやクレマァダ側の声を聴く。
「まじないは、そのまま『呪い』と書くからな。
 『まじない』が『のろい』に転じて災いを成す事は珍しい事でもない……にも関わらず、まじないを都合良く扱おうとする辺り。正に、あの時代そのものか」
 溜息一つ。先行する黒猫が尾をゆらりと揺らし、生徒達の気を引く内に校舎の中へと靱やかに忍び込む。
「お待ちしてました」と『L'Oiseau bleu』散々・未散(p3p008200)は微笑んだ。余り目立たぬように、そして、かといってこそこそしすぎては逆に怪しいと適度に潜入していた彼女は現在窓の外だ。
「おまじない、だなんて聞こえは良いですが呪術でございますから。
 そして、願いの大小は問わず、人から人へ伝播するから始末が悪いのです」
 恋が叶うおまじない。噂。ひとつ、ひとつ、重なり合えば其処に存在するのは――魔が巣喰う余地だ。


 時刻は少し遡る――放課後のチャイムが鳴る前に、一度潜入の手筈を整えるためにイレギュラーズは集まっていた。
 かくれ鬼という遊びがあることを『殿』一条 夢心地(p3p008344)は知っている。みなこさんと呼ばれる怪異の事を『殿』が敬称つけて呼ぶはずもない。
「みなこはかくれんぼの鬼か」と告げる彼に小さく未散は頷いた。扇で自身を煽り「ほほ」お笑った夢心地は「愉快じゃのう」と小さく笑う。
「戦国最強のかくれんぼお殿様の異名を持つ、この麿が相手とは些か不憫よの」
「戦国最強」
「うむ」
 イルミナの疑問に堂々と頷く夢心地。彼は類い希なる変装技術を用いて学校の用務員に扮していた。其の儘、下校時間を急ぐ生徒の波を抜けて、現場となる教室の窓の鍵を一つ開けておく。そこまでして彼が身を隠したの掃除用具入れの中だ。
(隠れる場所としては定番すぎて、よもやここに潜む者がおるとはお釈迦様でも気付くまいて)
 ――と言うわけで、現在、『現場』の教室に居るのはお呪いを行っている永谷・里沙と『みなこ待ち』の夢心地なのである。

 案外ばれない物なのだとクレマァダは感心したように夢心地を見守っている。そうしている内に里沙のおまじないも徐々に進んでいるのだろう。
「『みなこさん、みなこさん。どうか願いを叶えて下さい』」
 唇が、震えた音を奏でる。教卓の内側にしゃがみ込んだ少女は手順通りに数を数える。その様子を黒猫は見守っている。里沙が教卓へとしゃがみ込んだと言う情報にそろり、そろりと汰磨羈は内部の様子を覗き込んだ。

 ひとぉつ、ふたぁつ、みっつ、よっつ
 いつつ、むっつ、ななつ、やっつ、ここのつ――

 まるで幼い子供の遊びのように夢心地は感じていた。彼も、そして里沙でさえこのおまじないなど信じていない。只の遊び、親に秘密の肝試し――それから、叶わぬ恋への決別。
 声が、振る。「もういいかい?」と。聞こえるはずのない、その声が。
 里沙が顔を上げる。唇から叫び声が出るよりも早くその場に飛び込んだのは掃除用具入れの夢心地であった。あまりにもシュールな光景に廊下より飛び込む算段であったロトが思わず吹き出す。
「待たれぇい!」
 白塗りの殿としか呼べないような男が掃除用具入れの中から箒を片手に飛び出してきたのだ。
 当然のこと邪魔をされた形となる夜妖<ヨル>と『テレビでしか見ないような白塗りの殿と怪異の何方に驚くべきか分からない』里沙が夢心地を見遣る。
「行け! 愉快な仲間たち! 永谷えんの里沙ちゃ漬けを救うのじゃ!」
「それ、何処かで聴いたことあるっすね」
 イルミナはそう小さく笑った。『みなこさん』の横面向け真っ直ぐに飛び込んだ彼女が描く蒼い軌跡。エネルギーフィールドを纏った脚で蹴り飛ばすようにその身へと叩き付けるが、感覚は肉と言うよりもゴムだ。
「ひえ」と思わず唇から溢れたのは予想以上に『みなこさん』が人間らしからなかったからだろう。
「………」
 ぎょろり、とおかっぱの髪を揺らしてみなこさんが特異運命座標を睨め付ける。所々より肉の露出した場所は赤い血潮をぼとり、ぼとりと落とし続ける。
「お前が『まじない』の正体――『放課後のみなこさん』か。
 まじないというよりも呪いと呼ぶに相応しい外見だが……」
 厄狩闘流『破禳』――汰磨羈は己の身にマナを纏い『みなこさん』を巻き込むようにその身に痺れをじりりと感じさせる。あらゆる災厄の殲滅が為に、その身を夜妖の前へと投じた汰磨羈を見詰めるみなこさんの唇が小さく。
「里沙様ですね」
 囁く。未散は不滅なる指揮棒を手にし、仲間達を鼓舞しながらも救出すべき里沙のもとへと滑り込む。彼女の名を呼べば、不安げに、そして、何かを畏れるような眸でまじまじと未散を見上げる。
「……だ、だれ」
「ぼく達は演劇部なのです。少し、状況をお話したいので離れられますでしょうか?」
 そ、と背中に手を添えた未散に里沙は首を振った。みなこさんとの距離はそれ程離れて居らず、特異運命座標から見ても悍ましい存在である夜妖を至近距離で見ることになった少女は立つ事も儘ならない。
 真っ直ぐにみなこさんの前へと滑り込んだクレマァダが僅かにたじろいだ。ロトが「怖いかい?」と問いかけたその言葉に首を振る。その色素の薄い真白の肌に血も通わぬような顔をしている彼女は首をぐるりと振る。
「こ、怖くなどないぞ! ……実態のない想念というのは、苦手ではある。
 そういうものに人は己の想いを仮託してしまうからのう。そうとわかっておっても――」
 深淵に眠り待つ神に言祝ぎ、その拳を振り上げるようにクレマァダへ飛び付いたみなこさんは声もなく笑った。背筋が粟立った気がする――だが、構って等居られぬと真っ直ぐに、受け止めた。


 演劇部が突如としてゴーストバスターを演じるというのか。驚いたような里沙の首筋に『恐ろしく早い手刀』を落として意識を刈り取ったロトはしい、と指先を唇に一本。
「それじゃあ、散々さん。お願いしても?」
「はい。観客は舞台に上がるべからず――此度は演者だけで彼女のお相手を致しましょう」
 里沙を庇うようにその両手を開き、背を向けて淡々と告げた彼女にロトは頷いた。彼女に対しては『演劇部が暴れていた』程度の意識の混濁で済ませられるだろう、だが――問題はと言えば。
 ヒートアップするように攻撃を重ねる『みなこさん』だ。手始めにその意識を刈り取られた茉莉を庇うかのように前線で彼女を抑えるクレマァダの負担も大きい。
「頑張ってくれよ、クレマァダさん」
 静かに囁き、声かける。退路は転移か壁を壊す押し通るだけしかないみなこさんが危機に陥れば行う行動はただ一つだとロトは認識していた。それを行わせぬ為に未散が里沙を守っている。
「――まぁだだよ」
 囁くその言葉を耳にして鏡禍は小さく息を吐く。昏い水底を思わせる鏡面には銀色が施される。ちら、と僅かに視線を向けた。光反射する鏡に映らぬ自身と『みなこさん』
「先に僕が幽霊や怪異の類と勘違いされたら困りますからね。……人間に見せかけるって難しいですね」
 肩竦める。自身とて怪異と呼ばれる側の人間かと鏡禍は鏡面割れるまで倒れて為る物かと自身に防衛魔術を施して、真っ直ぐに暗き闇を放つ。無明に纏わり付かれ、地団駄踏んだみなこさんに冗談めかして数をひとつ、ふたつと遊ばせた。
「まぁだだよ。まぁだだよ……言ってもあなたには伝わらないんでしょうね」
 きっと、幼き少女は隠れ鬼の最中なのだ。自身と遊んでくれる者に対して罪の意識なく害を及ぼす。特異運命座標の包囲網の中、少女の怪異は只管に駄々捏ねるようにクレマァダを殴り続ける。
「聞いておればさっきからまぁだだよまぁだだよと鸚鵡のようにそれしか言えぬのか。
 そっちがまぁだだよなら、こっちはクレマァダだよ! クレがつくぶん、こちらの方が強いのじゃ。なーーっはっはっは!」
「……」
 クレマァダの眸が夢心地を見た。扇で口元隠しびしりと指さした彼は東村山を手に攻撃重ねる。迂闊に触れる勿れと言わんばかりに痛々しくも棘纏し夢心地が放ったは天下御免の一撃。
「強いのかの」
「強いのだろうか……」
 クレマァダが首傾げれば汰磨羈はふむ、と小さく呟いた。皆の動きに合わせ重ねるは霊気の瓣。睡蓮の花の影より飛び込む斬撃は黄泉の世界へ怪異を返すが為に只管に鋭く突き刺した。
「人を呪わば穴二つ。それは、貴様とて同じだ」
 その呪わしき言葉。おまじないで現れる怪異。条件が重なり合って生み出されたその存在。イルミナは走る。真っ直ぐに、クレマァダが一度後退したその隙間に飛び込むように鼓舞し固める。
「さぁ、怪異との殴り合いッス、科学ナメんなファンタジー! って奴ッスよ!」
 淡い光を体内に巡らせて、至近距離で取り付き貪るように『企業秘密』と力を奪う。『もしもの世界』に創造主より離れて新たな青春をその身で謳歌するイルミナは芽吹いた心を楽しむように平穏が為に攻撃を重ねる。
 非日常。有り得やしない世界の形。日常。平和。嘘で塗り固めた存在。そんな世界でも、愛おしいほどに自身はこの場を楽しんでいるのだから――イルミナが踏み出す一歩を支援するように夢心地が「そぉい!」と声荒げた。
「―――」
『みなこさん』の唇が何かを奏でる。「何て!?」と夢心地が問いかけたその言葉に返す言葉は無い。
「まぁだだよ? ――そうですね、里沙さんにとっては『まだ』です」
 鏡禍は只静かに囁いた。里沙を守るように皆立ち回り、怪異を逃がすまいと周りを固める。
 退路はない。必ず里沙を狙うだろうとロトは戦略眼を用いて動きを皆に指示した。里沙を庇うことに余念はない――彼女を救うことを最重視する。
(ああ、しまったな……倒しきるまでこうも傷だらけになるのか。
 まあ、オリエンテーションで生徒を守って死に続けた経験も有るし、うん、まあ、『いいか』)
 教師というのは生徒を守るために存在しているのだとロトは小さく笑う。彼の囁く指示に頷いて未散はそう、と手を開いた。
『みなこさん』が至近距離まで迫ってくる――
「此の街と夜妖の相性は『食らう側』に取っては心底良いのでしょうね。
 抑も信じないか、自分だけは大丈夫だと思っている。
 ぼく達に眼を付けられたのが運の尽き――あの世でも何処にでも、帰って精々呪うが宜しい」
 堂々たる青い鳥。幸運を告げるのはどちらの側か。
 美しく凜と立った乙女のその傍らでクレマァダは「不運か」と小さく笑った。
「――人の想念とは斯くも強く恐ろしきものよ。噂が真実となるなど、あってはならぬ。
 少々こそこそする余裕がなければ、人は生きて行かれぬ」
 コン=モスカの武僧として。自身が身につけた波濤魔術はその体に良く馴染む。『みなこさん』の体へと打ち込んだ衝撃が掌からびりりと伝わった。
「それにほら。乙女の秘密を暴こうとする者は、鯨の尾びれに蹴られてしまえと言うしの。……ん、言わんか?」
 鯨の尾鰭で一撃放つようにクレマァダの重ねたその攻撃に「馬も蹴りそうだ」とロトが茶化す。
「馬の蹴りはそれはそれは厳しいものぞ!」
 夢心地が愉快と言わんばかりにからりと笑い一太刀振り下ろせば、傍らで鏡が揺らぐ。『反射』するように、『みなこさん』のその体を押し返せば、待ち受けるは汰磨羈。
「もういいか―――い」
 隠れ鬼はまだ『始まっていない』。みぃつけたと指さす場所も与えぬように。
 汰磨羈は只、踏み込んだ。苛烈なる一撃が『怪異の少女』のその身を塵の如く消し去ってゆく。
「ああ、『もういいよ』。消えるがいい」
 黒き靄が霧散して――気付けば、静寂の教室のみがその場には存在した。


「ん――」
 ぱちり、と里沙が目を開く。気付けば生ぬるい夜風が頬を撫でる時間だ。慌てたように起き上がる。冷たい床ではない少し固いベッドマットに横たえられていることに気付く。ぎしり、音を鳴らしてベッドに手をついた里沙へと鏡禍は「大丈夫ですか」と声を掛けた。
「あ、あれ……私」
「部活動の合同練習で校舎を使用していたらおまじないをしてる貴女が教卓で頭を打ったのを見かけたんですよ」
 え、と唇を震わせる。鏡禍の言葉にロトは「流行っているよね、おまじない」と揶揄う声音でそう言った。他校の顧問だという顔をして――何も知らぬような顔をして――倒れていたから保健室を借りて寝かせたのだと彼は云う。
「大丈夫? おうちに連絡は?」
「あ……うん、大丈夫。有難う……」
『はんぶんこ』の口調を真似するようにクレマァダは首傾げて問いかけた。柔和な笑みを受け止めて里沙は汰磨羈とイルミナをちら、と見る。
「体調が心配だ。良ければ此方で送っていこうと思うが……」
「そうッスね。里沙さんが良ければ――あ、名前は生徒手帳から見ちゃったッス」
 日常のように、照れて笑ったイルミナに汰磨羈は緩やかに頷く。帰路を辿る彼女の背を見送って未散はと夢心地は夜の街を眺める。
 なだらかな坂を歩む少女の背中。此の街の平和の象徴。謳歌した日常の形。そんな歪な平穏に声かけることなく蓋をして。

成否

成功

MVP

ロト(p3p008480)
精霊教師

状態異常

散々・未散(p3p008200)[重傷]
魔女の騎士
クレマァダ=コン=モスカ(p3p008547)[重傷]
海淵の祭司
砂蕨 茉莉(p3p008570)[重傷]
新しい世界で

あとがき

 おまじないって、叶うのでしょうか?

 MVPはナイス手刀。
 ご参加有難うございました。それでは、また。

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