シナリオ詳細
『ラデリ』
オープニング
●ラデリ、愛しき息子
「あぁ、ラデリ、ラデリ……私の小さな光」
ヒツギ・マグノリアは、愛しき息子……ラデリ・マグノリア(p3p001706)のぬいぐるみを愛おしそうに撫でた。
息子の毛を少しずつ集めてつくったぬいぐるみ。
かすかに、息子の匂いがした。
ラデリ、ラデリはきっと、ずっと強くなったね。
父さんとはあまりおしゃべりはしてくれなくてさみしいよ。
ラデリの活躍に、父さんもとっても鼻が高い。
父さんも、できる限り情報を集めているんだ。
ラデリが、小さなコツコツとした努力を積み重ねて、頑張っているのを知っているよ。
目立ちたがり屋ではないし、口数も少ないから、誤解されることも多いのかもしれないね。
……いや、ラデリなら、上手くやっているのかな。
でも。
ヒツギの想像の中のラデリは……まだ幼くて。ふわふわとして、やわらかくて、体温が暖かい、かたまりで。
父さん、父さんと呼んでくれて……。
温かな思い出。
不意に浮かび上がる光景は、幸せな日々の終わりだった。
(父さん! どうして……)
「っ……あああ……」
ヒツギの額に、冷や汗がにじむ。
あの日の記憶。
燃え広がる炎。
炎を操っているのは……自分だった。
かつて、ヒツギは、”呼び声”によって正気を失ったことがある。息子と暮らしていた集落を、自らの手で焼き払った。
ラデリが、息子が。ヒツギ・マグノリアを見ている。
光を失ったヒツギが思い描くのは、小さなままのラデリ。
「ラデリ、ラデリが父さんを憎むのは、仕方のないことだね」
たとえラデリが、父さんを憎んでいるとしても。
「でも、ラデリ、父さんは、ラデリを愛しているよ。
ラデリ、愛しき息子」
妖精郷には行かせてあげられない。
(今のラデリが魔種に挑んだら、殺されるか魔種に変えられるだけ)
そうだろう?
なら、父さんが、”力になってあげないと”。
暗闇の世界。
ヒツギを引きずり込もうとささやいてくる声が、絶え間なく聞こえる。
ヒツギには分からない。
いま、自分が正気であるのか……。
息子のために何か遺したいと、そう願うのが父親というものだろう。
●呼び声(?????)
失ったものは、もう戻らないね。ラデリ。
『そうじゃないかい?』
どれほど悔やんでも、どうしようもなく取り返しのつかないことはある。
- 『ラデリ』Lv:10以上完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度HARD
- 冒険終了日時2020年08月19日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●すべてを焼き尽くすような炎
燃えさかる炎をかき消すように、『彼方の銀狼』天狼 カナタ(p3p007224)のシリウスの遠吠えが響き渡った。
周囲の小動物が一斉に逃げ出してゆく。
巻き込まないなら、その方が良い。
「どうやってここ迄、妖精郷は普通では来れない場所だぞ」
逆立った銀色の毛並みが、さざ波立つように揺れ、燃える炎を映し出して輝く。
「気に入ってもらえたら嬉しいよ。さあ、勝負といこうか」
立ちはだかるのは、火の精霊たち。
「あらあら、なんだか訳ありみたいね~」
のんびりと言う『魔法仕掛けの旅行者』レスト・リゾート(p3p003959)は、もちろん。引く気なんてものはさらさらなく。
散歩にでも行くかのように、ふわり、一歩を踏み出した。
「はっ!」
『筋肉最強説』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)の振るったH・ブランディッシュが、精霊一体の核をとらえた。
熱気がぶつかり、しゅうしゅうと音を立てる。
「おや、君は……」
覚えのある匂いだと、ヒツギは思う。
一度、会ったことがある。
「結局こうして刃を交えることになるとはな……どんな事情があるかはわからんが、今回は全力で戦わせてもらう」
「君は、そんな炎で戦うのだね」
「あいにく、炎だけじゃない」
きらめく。
ブレンダのウェントゥス・シニストラがまとう風が唸り、フランマの炎を吹きあがらせた。
「風までも味方、か。まったく、ラデリは厄介な友達を連れてきたものだね」
ヒツギの意図せぬ爆炎が上がった。
芒に月を帯びた『讐焔宿す死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)の一撃。
命を刈り取るような、鋭いアヴァランチ・ロンド。またたくまに精霊の一体を触媒の炭へ戻していた。
「ああ……本当に厄介だ!」
「今回ばかりは、本気のようだな。それもローレットを巻き込んで、か……」
「これが、最初で最後だよ、ラデリ」
『再び描き出す物語』ラデリ・マグノリア(p3p001706)はヒツギと相対する。
「館長代理、ノラはどうした……あんたを見張っていたはずだ。その答えによっては……俺は、あんたを……」
「ああ、ラデリ! 魔種の弁明を聞いてから処遇を決めるのかい? それでは遅すぎるんだよ、そんなことでは……手遅れになるよ」
四方八方から照射される炎が、背後で勢いよく爆ぜる。
「館長代理なら炎にくべたよ。よく燃えた! 燃えたとも!」
「……!」
あのノラが簡単にやられるとは思えない。だが、姿が見えないのは確か。
この目の前の男は、今、敵であると宣言している。
「チッ、あんたが焼いた集落の再現のつもりか。これ以上奪わせはしないぞ、魔種め……!」
ヒツギを鋭く睨むラデリ。
(心情は察するぜラデリさんよ)
『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)は、炎の精霊の攻撃を武器で受け止めた。
ヒツギはもう正気ではないのか、あるいは……なんにせよ、少なくともこの状況で確かなのは、今、戦うしかないということ。
「まぁ、任せろよ。やってやる。……さぁ、飛ばすぞ!」
道を拓くために、アランはギアを上げる。
●迷いと灰
「おっと、油断は禁物だ」
「……っ!」
こえ。
『闇之雲』武器商人(p3p001107)の”破滅の呼び声”は、ヒツギが聞き慣れたソレとは違うモノだった。
「一方通行の愛はさぞ気持ちよかろなァ。我 (アタシ)も根はそのタチだ、よぉくわかるとも。憎まれようが殺意を向けられようが、枯れぬ湯水の如き愛」
「なら、分かってくれるだろうか、私の愛を?」
「でもね」
武器商人のマギ・ペンタグラムが、爆炎の炎の勢いを殺した。境面で反射し、噴き上がる炎の合間を縫って、武器商人はゆらりと、そこに立っている。
「我のモノに似ているなら、その到達点は諦観の愛、相手を省みぬ愛だ。自己完結した愛は親子の情に挟むにはあまりにも無機質すぎやしないかぃ? ヒヒヒヒ!」
燐光が舞う。
灰の騎士は、燃えさかる炎を、ただ見つめていた。
全てが灰になるのを見届けるため、灰の騎士はここにいる。
「自分がなにであるかを自分でも解らないうちから、人に解ってもらおうなどと思うべきではない――あの父親は自分を理解しているのかしら?」
終末の気配を、仮面の下であざ笑う。
ヒツギによって示された道は、一直線の袋小路。
「親殺し子殺しはいつの世もあること。でもね――その前には膝突き合わせて、腹を割って話さない?」
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)の瞳が紅玉のように赤く輝いた。
カリブルヌス・改。複雑な魔術の膨大な代償(コスト)は、全身から溢れる魔力が代替する。
熱風が吹き、炎に飲まれるフィールドに、一瞬。
一直線の道ができる。
「炎で息子が見えないなら、そこまで連れて行ってあげる」
業火の中で、尚も、何かをつかもうと手を伸ばすイーリン。
流星のようなドレスがふわりと浮き上がる。
彼女は、希望をまだ信じている。
神がそれを望まれる、と。
火の精霊の群れに踏み込んだカナタは、狩人としてその爪を振るった。
(ラデリのこと、大事なんだな)
ヒツギからは、かすかにラデリの匂いがする。
愛しているのだろう。その形が、大きくゆがんでいるとしても。
精霊に、わずかなためらいを感じ、手を止めたレスト。
「戦いたくなかったら逃げても大丈夫よ。でも、向かってくるのなら……お仕置きしちゃうわよ~」
だが、精霊が止まったのはわずかな時間。
「そう、決めたのね~」
レストはフリルのついた日傘ステッキをくるりと回し、灼熱の攻撃を受け止める。どこからともなく花柄のリボンが降り注ぐ。
花束のようにしゅるしゅるとリボンが巻きつき、精霊を一束に彩った。
●煌々と明るい
「成る程……、だから、この場所というわけね」
イーリンに蓄積された知識は、あえてこの場所である意味を読み解いていた。
遺跡の構造は、ヒツギを中心に陣を成している。だからこそ、ヒツギはこれほどまでに力を振るい、何体もの精霊を操れるのだろう。
「中心から誘導して! そうすれば、魔力は弱くなる」
「おや、よく視ているね……だが、精霊たちをどうする?」
「悪いが俺たちも必死だ。ここで消えてもらう!」
アランの両手剣の輪郭が、おぼろげに影となる月輪を映し出す。右手には太陽を。左手には月を。対の聖剣の影が十字に交錯する。
混沌肯定、『レベル1』。世の理が許さない、聖剣の勇者の姿。かつての光景を軌跡が再現した。
「ああ。そうだ。申し訳ないが今回は押し通らせてもらう!」
炎が身を焦がすそのすれすれで、ブレンダは舞う。
戦乙女の輪舞曲。
守るための戦いを愛し、愛されて、自らの炎で輝き、咲き誇る華。
ヒツギがいつか見た戦火とは違う、まっすぐな火。
まぶしそうに目を細めるヒツギ。
「魔種、ねェ」
武器商人は、ラデリを振り返る。
「ラデリの旦那、どう思う? ヒツギの旦那は、魔種だろうか?」
「正直、分からない……」
「魔種なら必要だし殺し合うならそれでいい。けど、あの愛情に関しては本物だろう」
「……」
「知らないままに終わるってのは存外後味が悪い、だから」
話し声をかき消すような火のつぶてが降り注ぐ。
話し合おうにも、ヒツギはどうやら応じない。
(……息子に殺してほしい、か。どっかで聞いた事のある忌まわしい話だ)
クロバのアヴァランチ・ロンドが、炎の嵐を突っ切った。
(しかし、ヒツギに関しては自分が正気でいられるうちに殺してほしいような、そんな気配が見れる――)
もし、だとしたら。
ラデリはまだ、間に合うのではないかと。
愉しそうに、満足そうに、誇らしげに、どこか自嘲気味に、ヒツギは嗤っている。
ヒツギが正気と狂気の境目。どちらにいるのかは判然としない。
「よそ見している暇はないと思うけどねェ?」
武器商人の破滅の呼び声が響き渡る。
「やれやれ、考える隙もない」
受け止められることはなく、こぼれおちる、かけ流しの愛。
身勝手な炎。
ヒツギのもとへ追従しようとする精霊を、レストのリボンが引き留めた。
「親子のお話に水を差させないのよ~。あっ、今は火を差させない…かしら? ……ふぁっち!」
ラデリのアウェイニングが、炎を打ち消す。
●押しつける愛
炎が舞う。
精霊は、踊るようにくるくると熱気を増して。幾たびも崩れ落ちて、また起き上がる。
精霊の数は、あと、3体。
「大丈夫、炎は任せて」
「ああ……大丈夫だ」
ラデリとレストが、炎を打ち消した。
ヒツギが術を編もうとしたところで、イーリンのチェインライトニングが、まっすぐに精霊を打ち据える。
「それにしても、この短期間で陣を読み解くとはね……識っていたのかい?」
「そうね」
知識と知識のネットワーク。降り積もる知識が導く類似事例。絶え間なく繰り返される参照が、答えを導き出した、という意味であれば、そうと言える。
「ん~、お父様はラデリちゃんが心配でたまらない……のかも?」
「心配? 心配だと?」
仲間に背中を預けて。狼は吠える。ルーピホスティア。狼の一撃が、ヒツギの姿勢を崩す。
「おっと……」
「結局お前はラデリを信用してないんだな。人形は願望、小さくか弱いままでいて欲しい押し付けか? だとしたら……仲間として許さんぞ」
「君は……君たちは、優しすぎるんだ、ラデリ。それを証拠に、まだ、私を殺そうとしていない。これほどに身を危険にさらしてなお、狙うのが手足だというのだから。まだ、迷いがあるのかな? だとしたら、責任を感じるよ」
したたり落ちる血が蒸発する音。代わりに、ヒツギの魔力は鋭さを増す。だが、アランの行動は変わらない。
「悪いけど、ここでは誰も死なねぇ、死なせねぇ! 俺がそう決めた!」
「いくら陣の上だと言っても……魔力の量からいって、そう長くは保たないはず……」
ヒツギは、命を燃やしている。
「たのしいけれど、そろそろさようならか、ラデリ」
ヒツギが生み出した火球が、まがまがしい業火を帯びる。
「その程度の炎ならば我が剣で掻き消してくれる!!!」
ブレンダは叫ぶ。愛女神の交響曲により、放たれたその剣が、輝く。
「ええ、大丈夫よ~」
レストのクェーサーアナライズが、ふわりと仲間を包み込んだ。
仲間が居る。
(なら、あとはただひたすらに攻撃を続けるのみ!)
ブレンダは一心不乱に剣を振るう。それが自分の役割と信じて。
(ヒツギにはなにか企みがあるのかもしれない、ヒツギ殿に伝えたいことがあるのかもしれない。だが今はそんなことを考えている暇はない!)
息をつかせぬ連撃に連撃を重ね、押し込むことで。
「っ……」
耐えかねて、ヒツギは一度術を解かざるを得なかった。
「来い、月光よ。……ここで奴をぶっ飛ばすぞ」
アランの武器が、猛火に負けぬ炎を纏う。
「貴方、父親でしょう! 貴方の前に自分の意志で、向き合おうとしてくれている息子を見なさい!」
イーリンの、紫苑の魔眼がヒツギをとらえる。
「……無駄なことを」
灰の騎士が嘲る。
地獄への道は善意で舗装されている……と、誰が言っただろうか。
ヒツギによって、道は強固に敷かれている。
イーリンがかすかに知ることができる、ヒツギの心。
ヒツギは、なにかを恐れている。
失うことを?
「親が子を頼って何が悪いの。親なら、誇れる息子を信じてみたらどう!」
「信じている」
この炎を必ずや貫き、殺してくれるだろう。
その刹那、クロバは直感した。
「……甘ったれた事を抜かすな。遺す努力をするなど力の向けどころが違う事に気づけ、この大馬鹿野郎!」
よぎるのは、父親代わりの男の姿。あの男の姿だった。
もしも、望みがあるのなら。
もしも、この男がまだ魔種ではないというのなら。
間に合うのなら。
死神は。クロバ=ザ=ホロウメアは、軌道を変える。
無想刃・掠風花。”剣鬼”が編み出した無想刃。
魂を切り裂くように、一撃。
(家族として、まだ戻れるならば、掴み取れラデリ――)
憎しみによって復讐鬼とかしたこの身なれど、道を切り開く事くらいなら出来る筈だと。
昏い影が、一瞬。ヒツギから遠ざかるようにせめぎ。
「親は何があってもどんな時でも子に寄り添い、子を護るものだろう!!! 親が子に刃を向けるなァァァ!!!」
ブレンダの一撃で、炎が、その瞬間、ほんのわずかにかき消えて。
ラデリからヒツギへの、わずかな道を示した。
終幕。
限界を振り絞って、下りるはずの幕は降りない。
ここで終わるはずの、物語は途切れない。
レストのミリアドハーモニクスはどこまでも、どこまでも優しく響き、辺りをとめどなく癒やしていたから。
最中。
ラデリは感じ取っていた。声を。
深淵から響く声。
万が一、いや、未だ疑いは色濃く。
そのときは、と。そのときは。杖を痛いほど握りしめて。
『燃やせ』と。
ああ、これが呼び声か。
声がそうささやくのだと、理解する。
(この声、は……)
呼び声は、父親を呼ぶ声だった。
ラデリは理解する。今、父親は淵に居るのだと。
(ああ、ラデリ。もう”時間がない”。だからこれは、最後の贈り物になるね)
父親は、これから、幾たびも危険と相対するであろう息子に、ただ、生き残る強さをと願った。
それが、最後にできること。
魔種になる前に、その手で。
魔種を殺す強さを、息子に。
「さん……!」
声。
「父さん……!」
ラデリの声。
「ラデリ?」
ラデリはそこにいた。
立っていた。
運命の分岐点があったとするなら、間違いなくここというほかない。
(父さんを狂わせたその声を殺せるのなら……俺の可能性を賭けてやる)
どうなったって構うものかと、ラデリは心を決めた。
「俺の父親を返してもらうぞ、魔種め……!」
ラデリの声が、呼び声をかき消すようにヒツギに響く。
「もう、『あんた』が魔種を演じる必要だってないだろう。
そろそろ帰ってきてくれ、『父さん』。
俺だって、謝りたいことがたくさんあるんだ」
ヒツギは目を見開いた。
可能性。
覆しがたい運命を覆す、パンドラという可能性。
それはひどくか細いモノで。
理不尽なもので。
すがるには、あまりに。
一瞬の燐光を描いて、消える。
(ラデリ、ラデリ。ラデリが失われてしまえば!)
ヒツギは、焦る。
それが、自分にできる償いはそれしかないとまだ思っている。
混乱の最中。
うなるような炎が辺り一帯を焼き払おうとして……。
爆風が吹き荒れ。
そこにあったのは、アランの姿。
互いを超えて、崩れ落ちるヒツギとアラン。
「キミにとってはご愁傷様。太陽の勇者殿、間に合ったみたいだね?」
アランが割って入った事に加え、武器商人の術式が、二人を守ったようである。
「……っ」
ラデリの回復を制止して、アランは、アクアヴィタエを浴びた。
「はッ……親子水入らずのところで悪いけどな。そりゃ『庇うだろ』。流石に」
「まさか、このことを予期して……最初から?」
終わらない。
イーリンの物語は、続きを紡いで行く。
灰の騎士は、苛立ち紛れに精霊をなぎ払う。
結末を見れば、消えるのみ。
そう。
「神がそれを望まれる」と、言い残して。
残った1体の精霊はじっとその場を動かず。
恐ろしいほど、静かだった。
「あらあら、まだ動いちゃ駄目よ~」
あきれたことに、虫の息のヒツギはまだ交戦体制を解くことはない。
「トドメはささないのかい?」
「そうね。ラデリ、一発ぶん殴ってやりなさい!」
これ以上動いては傷口が広がるだろう。
なだめるために、と。
まばゆいばかりの神気閃光が辺りを包み込んだ。
「あんたの目じゃ見えないだろうが……これが、今の俺の灯火だ」
ラデリは、ずっと憎かった。
ヒツギが。
ヒツギを連れていこうとする、……その声が。
「はは……」
「俺は、あの時のあんたを一生許せないと思う」
ラデリのヒールが、ヒツギの傷を癒やしていく。
「……けど、許したいとは思ってる」
「……」
「……俺だって無知なままじゃないんだ。
どんな善人でも、あの声を聞いたら狂うことぐらい知ってる。
その呼び声に抗うことがどんなに苦しいか、想像だって出来やしないが……辛いんだろう」
「ラデリ……」
今は声は遠く、望んだものはこれほどまでに近い。
「お父様は、もう少しラデリちゃんを信じてあげるべきだわ」
レストは優しく言い聞かせるように言った。最後に残った精霊が、落としたぬいぐるみを持ってきた。リボンを添えて、そっと持たせる。
「ここに居るみんなもね、最初は右も左もわからなかったのよ
でもね、色んな子達とお仕事して、1人じゃないんだって実感して……やってみれば案外何とかなる、自信なんて後からついてくる、そういうものだわ。今のラデリちゃんは1人じゃないんだし、見守ってあげて欲しいなぁって」
ヒツギは、ぎこちなく、虚空に向かって手を伸ばす。
戦闘で気力を消耗しきったその手は、いつものように鋭敏に感覚を捉えることはできず。
「ラデ……? そこに……かい?」
ヒツギの目に、光はないが。少しだけラデリが身をかがめる。
その手が、触れた。
たぶん、少しだけ驚いたように、「おおきくなったんだね」と言って。
ヒツギが気を失う前に、耳の奥にこだましていたのは、胸がくすぐったくなるような「父さん」の響きだった。
●後日談
「ちょっと目を離した隙にです! 火災報知器が誤作動して、その隙に逃げられたんです! それでこんなことになって……館長代理として面目ないです!」
「まったく、人騒がせな……」
ぷんぷんと怒っているノラの姿。
ラデリは、病室に花を飾る。ヒツギは、暫くは絶対安静だそうだ。命に別状はないらしいが。
「ええと。どうしようか。まさかこんな結末があるとは思わなかったものだから……」
(そうだな……仲間には……感謝してもしきれない)
「逢える肉親がいるってのは少し羨ましいな」と、カナタは、ほんの少し、寂しそうにこぼしていたものだった。
寡黙な父子はいざとなれば、何を言えばいいのか言葉を失い。
「……そのぬいぐるみは気持ち悪いのでやめてほしい」
「そうだね、ラデリがまた会いに来てくれるならあげ」
「いらん」
当然の拒否である。
断られることは分かっていたようで、ちいさく笑って、ヒツギは代わりに、小さな小瓶をよこした。
瓶の中では、小さな灯火がまたたいていた。
「これは本当にね、口にするつもりはなかったのだけれど……ラデリ、生きて帰って欲しい。
願わくは、ラデリの行く道に、いつも、暖かい炎があるように」
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
因縁の対決、お疲れ様でした!
妖精郷の決戦の前、ねじ込むタイミングはここしかない……(気がする!)と、一連の関係者依頼の締めくくりを出させていただきました。
オープニングを書きながらこの結末がどう転ぶか、あれこれ考えていたのですけれど、考えられる限りいちばん良い結末をつかみ取れたのではないかと思っています。
MVPは、身を挺して、抜群のタイミングで親子げんかを止めた勇者様に!
ご縁がありましたら、また一緒に冒険いたしましょうね。
GMコメント
●Danger!
当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。
ご機嫌麗しく思います!
布川です。
本気のヒツギさんとの対決です。
●目標
魔種(?)ヒツギ・マグノリアの撃破
(!)
ヒツギ・マグノリアは魔種である疑いがあります。
この戦闘を仕掛けてくる意図は不明で、少なからぬ身の危険を感じます。
●場所
妖精郷、環状列石のある美しい遺跡。
それなりに遮蔽物のある場所で、延焼の心配などはないだろう。
●ヒツギ・マグノリア
「遺品博物館」の職員。
本気のヒツギは非常に手強い炎術師です。
「おや、ラデリ、お友達と一緒に来たんだね」
「はっはあ、そんな灯火のような魔術では父さんは殺せないぞ!」
「なあ、いつになったら私を殺してくれるんだ?」
【火炎】を伴う炎の範囲攻撃を基本として、さらに【炎獄】を伴う強烈な単体攻撃を行います。
単体攻撃は苛烈ですが、自身への反動ダメージを伴うものであるようです。
自身に回復魔法も使用しますが、頻度はそれほど多くありません。
火の精霊×8~それ以上
ヒツギは火の精霊を従えています。
ターンを消費して同種を呼び出すことも可能なようです。
炎の精霊は炎をまとって体当たりなどをしかけます。
火の精霊は、忠実ですが、どこか悲しそうです。詳しい事情までは知らないでしょうが。
ヒツギはいつになく真剣で、ただならぬ雰囲気を持ちます。
劣勢に追い込まれようとも、攻撃の手を緩めることはありません。
まるで、差し違える覚悟のようにも思えます。
言葉は通じるようで、戦闘中に会話は可能です。
何やらただならぬ『決意』をしており、ただでは説得に応じてくれそうにはありませんが……。
●呼び声
ヒツギ・マグノリアが魔種であるかどうかは現時点で未確定です。魔種である場合、『原罪の呼び声』が発生する場合があります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はDです。
多くの情報は断片的であるか、あてにならないものです。
様々な情報を疑い、不測の事態に備えて下さい。
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