シナリオ詳細
再現性東京2010:食らわれる積年の恨み
オープニング
●些細な事
「待てっ、話せば分かる!」
逃げ込んだ裏路地は袋小路。
退路を断たれた男は血の気の引いた顔で追っ手に命乞いをする。
追っ手は一人、しかも細身の女性なのだが、その手には包丁が握られていた。
「お前の手料理が不味いだなんて一言も言ってないだろう! 俺はただ、たまには味変でもしてみるかと思っただけなんだよ!」
「不味いから味変したかったんでしょう? 私は忘れられないの……あの晩、あなたが私の作ったオムライスにウスターソースをドバドバとかけた事を。それだけじゃないわ。あなたは私が焼いた干物に醤油をかけたり、私が出汁から作った味噌汁にタバスコを入れたり、下味から拘った唐揚げをケチャップにどっぷり浸けたり……」
「さ、些細な事じゃないか!! なぁ、冷静になれよ!」
確かに些細な事だった……男にとっては。
いや、女にとってもその瞬間は苛ついた事かもしれないが、一日経てばどうでもよく思えるような、そんな些細な事の筈だった。
しかし……。
「その『些細な事』がどれ程積もり積もったと思っているの……?」
淡々と言い返すと、女は口から人ならざる舌をでろんと垂らしながら男に包丁を振り下ろす。
「ぎゃあああっ!!」
袋小路に、男の悲鳴が反響した。
●負の感情を食らう夜妖
カフェ・ローレット。
「……という、まぁ何とも恨めしい事件が立て続けに起こっているわけだ。妻に包丁で襲われた夫は幸いにも一命は取り留めたがな」
練達に、再現性東京(アデプト・トーキョー)と呼ばれる地区がある。
主に地球、日本地域出身の旅人や、彼らに興味を抱く者たちが作り上げた、日本の都市『東京』を模した特殊地区である。
この「カフェ・ローレット」は、その特殊地区の中でも『希望ヶ浜』と呼ばれる地域に存在している。
希望ヶ浜は、東京西部の小さな都市を模した地域だ。
そして、希望ヶ浜には、国内を脅かすモンスター(悪性怪異)を討伐するための人材を育成する機関『希望ヶ浜学園』があり、ローレットのイレギュラーズたちは表向きは学園の生徒や職員という形で、しかしその実はモンスター退治の専門家として招かれていた。
学園の雇われ校長である無名偲・無意式はカフェに集ったイレギュラーズに事件の詳細を説明していた。
校長の話によると、ここ数日の間に街のあちこちで似たような事件が発生しているという。
「夫を刺し殺そうとした妻は、手料理に対する夫の行動が気に入らなかったらしい。これまでに起こったものも、動機は冷静に考えれば些細な事だ。ある時コンビニ店長を殴った男は、雨の日に傘を傘立てに入れて買い物をしている間に傘を盗まれた事がきっかけだった。店の防犯が甘かったとか何とか言ってな。またある時老婆の頭をバリカンで坊主刈りにした女は、白髪染めで染め残しがあった事を指摘された事がきっかけになったとか。まぁ、そこはさておき……」
いよいよ校長は本題に入った。
「被害者たちの証言に、興味深い共通点があるんだよ。犯行時、加害者の舌がおかしく見えたんだと。舌がまるで蛇か鰻のようになっていてな、だらりと口から出ていたらしいのさ。そして、犯行を終えると舌が『抜けて』、付近の道路の側溝に滑り落ちていったって言うんだよ。いずれの被害者も信じたくないばかりにすっかり幻覚だと思い込んでいるが、『夜妖』の仕業とみて間違いないだろうな」
「夜妖」とは、この希望ヶ浜における都市伝説やモンスターの総称だ。
「非日常」を許容せず科学文明の中に生きる再現性東京の住民たちにとっては、存在してはいけないファンタジー生物、関わりたくないものといったところだ。
「被害者たちの証言から、恐らく夜妖の『本体』は地下の水路に潜み、人間の『負の感情』を餌にして成長していると思われる。俺の推測が正しければ、近々地上に出てひと暴れするんじゃないかと……」
校長がそこまで言った時。
話を聞いていたイレギュラーズたちのaPhoneが鳴った。
タップすると、「夜妖出現」のタイトルと共にマップと現時点で判明している情報が画面に表示される。
場所は地域住民が利用する小体育館のようだ。
被害者か加害者か、判然としないもののどうやら両手の指では数え切れない数の人間が巻き込まれているようだ。
「言ってるそばからお出ましか。なるべく人間に危害が及ばないようにしてもらいたいが……まぁ、ひとつ頼むぞ」
校長はそう言いながらイレギュラーズたちをカフェから送り出した。
●この恨み、晴らさでおくべきか
希望ヶ浜のとある場所にある小さな体育館。
バレーボールコートがひとつ張れる程度の広さしかない体育館が、今まさに狂気の現場と化していた。
体育館の端に佇む巨大な黒い塊。
触手のようなものを無数に蠢かせ、数本が本体から離れるとその場にいる少女たちの口に滑り込んだ。
少女たちはバレーボールチームの一員だ。
触手を飲み込んだ少女たちは黒い塊を庇うように立ちはだかる。
彼女たちの視線の先では、先輩と思われる女子が数人青ざめた顔で震えていた。
ある少女は手にボール、別の少女は倉庫から持ち出した金属バット、またある少女はバドミントンラケット、極めつけはロイター板……と、手に手に「凶器」を抱えて先輩女子たちを睨む。
「何なの!? あたしたちはただ、最近あなたたちに遅刻が目立つから注意しただけじゃない!」
叫ぶ先輩に、少女のひとりは
「注意? 遅刻の罰に無限スクワットさせる事がですか?」
と言い返した。
すると、他の少女たちも次々と恨み言を口にする。
「私が練習試合でミスした時、先輩舌打ちしましたよね? わざとミスしたわけじゃないのに」
「こないだの大会で負けた時、陰で『あの子のせいで負けた』って私の事話してたの、知ってるんですよ」
「私の友達、先輩たちにシカト食らってから全然練習に来なくなっちゃったんですけど」
黒い塊を背にしてじりじりとにじり寄る少女たち。
体育館内を逃げ回る先輩たち。
ここが血塗れの地獄と化すか否かは、イレギュラーズたちに懸かっている――
![](https://img.rev1.reversion.jp/illust/scenario/scenario_icon/27114/8783118abe1d12ceacf48e74fe8f9550.png)
- 再現性東京2010:食らわれる積年の恨み完了
- GM名北織 翼
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月15日 22時25分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。
参加者一覧(8人)
リプレイ
●序
現場である小体育館内からは何人もの悲鳴が響いてきた。
急を要する事態と悟り、『祖なる現身』八田 悠(p3p000687)は仲間たちに術を掛ける。
己の生命力を犠牲に味方の能力を大きく高める術だ。
「手厚くいくよ、何せ正面きってのぶつかり合いは大変だからね」
アリーナにはバレーボールコートがひとつ、そしてコートの隅には黒い靄を発しながら佇む触手だらけの巨体。
「あれが今回の夜妖でございますか……僕の苦手な造形の部類で御座います……」
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が心底不快そうに眉間に皺を寄せる。
その横では、『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)が端正な面に縦線を走らせながら、
「わ、分かるわーあの奥さんの気持ち! 愛情込めて一生懸命作った料理だもの、ちゃ、ちゃんと味わって食べてほしいわよね! か、か隠し味とか、栄養バランスだって考えてるのに……えっ、そういう話じゃないって? うん、分かってるわよ。で、でも怖いんだもの!」
と誰にともなく素っ頓狂に口走った。
幻は内心ジルーシャに同情しつつ、
(しかして、あの夜妖ももう少し美しい外見にならないものでしょうか)
と夜妖から目を背ける。
そんな幻の眉間の皺を更に深くさせるのは異様な面の少女たちだ。
彼女らは口から黒っぽい物を垂らし、逃げ回る女子たちを「先輩」と呼びながら追い回している。
少女たちは恐らく被害者の後輩なのだろうが、手に手にバットやらボールやらを持ちひどく殺気立っていた。
「何と、悍しい……」
(まるでなめくじが口からはみ出ているようではないですか……)
幻の呟きにジルーシャも顔面蒼白で相槌を打った。
「そ、そうよね! しかもあれが伸びて抜け落ちて勝手に動いたんでしょ!? お、お化けとかじゃないわよね……?」
「お化けでは御座いません、全てはあの夜妖の仕業で間違いないでしょう」
幻はジルーシャにそう答える事で悍しさに思わず腰がひけそうになるのを堪える。
(じ、人命が懸かっているのですから……っ)
「成程……加害者たちの舌のようなものの正体は夜妖の触手ですかね」
『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)はそう言いながら少女たちを見つめた。
事前に校長から聞いた話と照らし合わせて考えると、夜妖はあの触手を相手の口にねじ込ませ、そこから負の感情を吸収しているのだろう。
●食い止めるは・前
イレギュラーズたちは視線を交わし、身振り手振りで意思疎通して方々に駆け出す。
直後、逃げ回る女子に向け『絶海武闘』ジョージ・キングマン(p3p007332)が声を張り上げた。
「お前たち、何をやっている! 話は後だ、ここは先生らに任せて一度出ていろ!」
学園の非常勤講師として潜入しているジョージからは、思わず従いたくなりそうな兄貴風がそこはかとなく吹いている。
強力なカリスマ性を感じさせる彼に、被害者である女子たちの視線が一気に向いた。
更に、ジョージは夜妖の靄に着目する。
(あれを「ガス」と称せば自然と口を塞ぐかもしれん)
己を防護する術を持たない先輩女子たちはいつ触手に取り憑かれ「加害者」に転じるか分からない。
しかし、忌むべきファンタジー的警告では余計な混乱を招くとジョージは考え、
「あれは何かのガスか? お前たち、口はしっかり閉じて避難するんだ!」
と叫んだ。
とはいえ、彼女たちは恐怖によって少々錯乱気味のようだ。
中にはごく少数だがジョージの指示が上手く耳に入っていない女子もいる。
そこで、『闇之雲』武器商人(p3p001107)は体育館受付に備え付けられている利用予約ノートを急ぎ拝借してくると、校長の話を思い出しながら素早く殴り書きした。
『守っている間に口を閉じて体育館から出て。静かになるまで水場に近寄らないように』
文面を開いて見せると、ジョージの指示を聞き飛ばしていた女子たちも必死で口を閉じる。
(あの子たち、いきなりの事であんなに怯えて混乱しているわ。アタシたちが来た事で少しでも安心させてあげなくちゃね)
冷静に避難出来るよう、ジルーシャは手製のラベンダー香水を振りまき、竪琴の音を響かせた。
そして、香りを風に乗せて広げるようルーシーという名の風精シルフに頼む。
(ひ、昼間だもの! お化けじゃないって分かれば怖くないわよ!)
と己に言い聞かせながら。
●食い止めるは・中
(これ以上危害を加えないように加害者の子たちを引き付けないとね)
『光鱗の姫』イリス・アトラクトス(p3p000883)は肺に息を大きく吸い込むと、
「先輩たちに文句が言いたいなら、まずは私を倒してからにしなさい!」
と盛大に名乗りを上げた。
「あんた誰よ!」
バドミントンラケットを持つ少女が怒鳴ると、イリスは彼女をビシッと指した。
「謎の助っ人兼道場破りとは私の事! 私が勝った暁には、道場の看板は頂いていきますよ!」
(……とは言ってみたけど、バレー部って看板あるのかしら? イマイチよく分からないけど、まぁいっか)
「邪魔しないで!」
ラケット少女はイリスに詰め寄る。
一方、避難する先輩たちにはロイター板が投げられたが、ジョージが身を挺して庇い、
「お前たち、乱暴はいけないと教わらなかったのか! 分からんなら俺が相手だ、来い!」
と声を張り上げた。
二人の加害少女が彼に向かっている隙に、幻は
(まずは被害者の方々を逃がす事に全力を傾けなくては……)
と、手の動きで被害者たちを出口に誘導する。
加害者たちは逃げる先輩を追うが、そのうちの一人の前に幻が割って入る。
バレーボールを手に激昂しつつ一歩下がる少女に、幻は
「お気持ち、分からないわけでは御座いません。僕も、折角贈ったものを受け取って頂けないと奇術師としてひどく悲しい気持ちになります」
と歩み寄りつつも、
「ですが、皆様方のこれは事情が違うというもので御座います」
と毅然と言い放った。
残りの加害少女たちの前にはヴァイオレットが立ちはだかる。
「はぁ……こんなもの、面白くもなんともございません」
彼女の一言に少女たちは怒りを露わにし金属バットと陸上用砲丸を構える。
「それはこっちの台詞よ! 毎日毎日先輩に小言言われて、こんなバレー面白くも何ともないわ!」
「ワタクシが言いたいのは……」
ヴァイオレットの双眸がすうっと細められた。
「……人が自らの意思で引き起こした不幸だからこそ愉しみを覚えるのであって、こんな、本人の意思に依らず引き起こす不幸などつまらないという事ですよ」
「何よ、偉そうに!」
飛ぶ砲丸を避ければその間にバット少女がヴァイオレットの肩口にフルスイング。
一撃食らったヴァイオレットに、今度は砲丸少女が砲丸を拾うついでに蹴りを入れる。
「……得てして加害者は事の程度を小さく見る傾向にあります。いわゆる人間的な防衛心理ですねえ」
そう言って肩をさすりつつ立ち上がるヴァイオレットに、少女たちは
「そうよ、どうせ先輩たちは大した事ないって思ってるのよ」
と恨み言を口にした。
「まあ、被害者側に立ってみなければ事の重大さなど分かる筈もありますまい……。此度の事変は積もり重なる鬱憤が肥大化した結果とも言えましょう。その応報もまた個人的には当然とは思います。しかし――」
ヴァイオレットは一旦言葉を句切り、砲丸少女の懐に入り込む。
「――必要以上の応報もまた罪、なのですよ」
短剣の柄で威嚇的に軽く一撃を入れると、少女は小さな呻き声と共にその場に倒れた。
それを見てバット少女は顔を真っ赤にしながらバットを振りかぶる。
迎え撃とうとするヴァイオレットだったが、彼女の眼前に突如触手が凄まじい速さで飛来した。
だが、精神を操らせないよう対策を講じているヴァイオレットの口には入れないらしく、触手は飛び回る蠅程度の邪魔をするのが精一杯のようだ。
ヴァイオレットは飛び交う触手を払いのけながらバット少女と相対した。
そして、何度か打撃を食らいつつもどうにか急所に短剣の柄を入れ制圧すると、倒れた少女たちの口から触手がするっと抜け落ち、夜妖本体に向かって這う。
「これは潰しておいた方が良さそうですね」
二本の触手はヴァイオレットの血に打ち裂かれて消え、彼女は体の痛みに耐えながら味方の援護に回った。
●食い止めるは・後
一方、先輩女子たちが口を閉じて出口に逃げるのを見届けた武器商人と『黒鴉の花姫』アイリス・アベリア・ソードゥサロモン(p3p006749)は夜妖に近付く。
アイリスは
(何か、今回の件に関係のありそうな警告は……)
と預言書を数ページ捲った。
(今回は、怒りや憎しみを殺して挑んだ方が良さそうです……)
そう悟ったアイリスは、己の感情を封じ貝のように口を閉じて夜妖を見つめる。
武器商人は破邪の結界を頼みに夜妖本体との距離を詰め、アイリスも武器商人を援護しようと動いた。
夜妖は二人を狙い瞬時に触手を飛ばすが、アイリスらの口には入らず脇をすり抜ける。
アイリス同様に武器商人もまた己の感情を封じていたのだ。
だが、取り憑けなかった触手が他の者の所に行っては面倒だ。
武器商人は夜妖に術を仕掛ける。
夜妖の中に響く、内なる声。
すると夜妖の触手が武器商人を狙い次々と飛んだ。
その間にアイリスは
「神よ罪深き彼女に贖罪の機会を与え給え」
と、人形を起動させる。
自律して戦闘を行う修道女人形をアイリスが夜妖本体に差し向けた一方で、武器商人は飛来する触手を床に叩き付けた。
しかし、その間にも夜妖は修道女人形の攻撃の合間に新たに触手を再生させて飛ばす。
武器商人は結界に加え魔力障壁も展開した上で夜妖本体に一撃を入れ、アイリスも修道女人形とは別に刹那の人形を創鍛し夜妖にけしかけるが、夜妖は攻撃を避けずに食らう割には消耗の気配をろくに見せない。
「相当タフな奴のようだね」
肩を上下させながら消耗戦を覚悟した武器商人だったが、
「大丈夫、支えきってみせるよ」
と悠がすかさず練達の治癒魔術を施す。
アイリスも己の体力の限界を自覚し始め、
(ここで、ゆっくりして……時々、力を貸して下さい)
と鳥籠を傍に置いた後、相手の生命力を我が物とする術を夜妖にぶつける事で当座を凌ぐ。
せめて被害者全員が無事に避難を終えるまではと、二人は入れ替わり立ち替わり夜妖を攻め立てた。
●断ち切るは
イレギュラーズたちが夜妖や加害少女たちを食い止めている間に被害者たちはどうにか避難を終えた。
(恨み骨髄っていうのは、確かにあるのかもねえ……)
加害少女たちの気持ちを慮り、悠は冷静に問い掛ける。
「ねえ、これはそもそも本当に望んだ形の仕返しなのかな? 何にだって程度ってものがあるだろうし、やり方もあると思うんだ。今やっている事全てが自分の意思って言い切れる?」
「私たちをこうさせたのは先輩たちよ。あなたも邪魔するなら叩きのめしてやるわ」
口ではそう言いながらも少女は悠の言葉で一瞬苦しげに顔を歪めた。
(心が苦しくて辛いんだろうねえ。早いところ止めてあげないと)
「そう、なら止めさせてもらうよ」
(じゃないと取り返しのつかない事になって後悔するだろうからね)
悠は消耗している仲間がいないかと周囲を確認する。
その時、目にも止まらぬ速さで触手が彼女の口目がけて飛んできた。
触手は二本飛んでおり、もう一本は幻に向かう。
武器商人に捕まらずに飛んできたもののようだが、イリスが即座に二人の盾となり触手を引き受け、それを掴んで握り潰した。
そこにラケット少女の手痛い一撃が入る。
「痛っ!」
小さな悲鳴を上げイリスは身構えたが、ジョージと共に他の少女たちを「寝かせて」きたヴァイオレットが加勢に入り、少女を組み伏せ短剣で締め落とした。
気絶した少女の口からはまたも触手が抜け、ヴァイオレットが己の血で叩き潰す。
イリスによって窮地を脱した幻は、バレーボールで豪速ショットを繰り返す少女に対処した。
「奇術師たるもの、『ジャグリング』に負けるのは癪で御座います」
幻は少女の出方を見て術を放つ。
少女に舞うは青い蝶と薔薇の花弁。
蝶の群れに魅せられ蒼い薔薇の花弁に酔えば、それらが消える頃少女の足はふらふらと床を巡る。
やがて意識を手放した少女の口から触手が抜け落ちると、幻はそれに容赦なく一撃くれた。
●あとはお前だ
加害者たちの口から出た触手を全て潰し、イレギュラーズたちは夜妖を睨む。
「負の感情を暴走させ食らう怪異……餌に釣られてか、のこのこと俺の前に現れたのが運の尽きだ。貴様は俺の嫌いな類、この場で確実に終わらせよう」
ジョージが問答無用に早速強烈な一撃を叩き込むと、今度は悠が
「復讐は正当な権利かもしれないけど、取り扱い注意の危険物なんだよね」
と言いつつ夜妖との距離を詰めた。
突如夜妖の触手の動きが僅かに鈍る。
接続される世界、取り込まれ変換されていく「それ」。
防衛機能が働く、働く――。
「煽ってアクセル全開は駄目だから、ブレーキ掛けて止めさせてもらうよ」
悠が「ブレーキ」を掛けると、ジルーシャは
(さあリドル、頼んだわよ!)
と影から召喚したリドルを夜妖にけしかける。
更にそこにヴァイオレットが影を伸ばした。
影に食い付かれた夜妖はあらゆる苦痛に苛まれ体をうねらせる。
底知れぬタフさを見せていた夜妖の動きから徐々に余裕が剥ぎ取られていくのは一目瞭然だった……が。
ここにきてヴァイオレットはがくりと膝を着く。
凶暴な少女たちを何人も相手にした彼女の体はいつの間にか満身創痍、その心身は夜妖に影を差し向けるのが精一杯のところまで追い込まれていた。
ジルーシャがヴァイオレットに治癒魔術を掛けつつ退却させると、代わって幻が奇術を魅せる。
「無限の如き刹那、お客様は如何な夢をご覧になるので御座いましょう?」
幻の奇術に呑まれたか、夜妖は的外れに触手を飛ばした。
それを利用してイリスが破壊力ある一撃を入れれば、夜妖は体を捩らせる。
「やっと効いてきた感じ!?」
イリスは喜びとも呆れともつかぬ一声を上げつつ、得意の防御攻勢で二度三度と夜妖を痛めつけた。
明らかに攻撃を嫌がり出した夜妖に、武器商人も畳み掛ける。
夜妖の運命を握るのは我とばかりに叩き付ける一撃一撃が、夜妖から力を奪っていった。
味方に加勢しようとアイリスも笑う膝を押さえながら術を仕掛ける。
疲労困憊のアイリスはこれでとうとう力尽きたが、ここまで彼女の術を避けずに何度も受けたそのツケは確実に夜妖に回り始めていた。
次第に弱る夜妖は、急にそわそわと体を蠢かせじりじりと水飲み場の方へ移動を始める。
「逃がさないよ」
武器商人が回り込んで足止めすると、夜妖は後退して今度はトイレの方向に動いた。
すると、
「どこにも行かせん」
とジョージが足止めし、渾身の力を込める。
「この身に宿る怒り、貴様如きが食らえるものではない! さぁ、終わらせようか!!」
目を眩ませ、耳を劈く雷撃の一閃。
逃げ場を失った夜妖は遂に溶けるようにして消え去った。
●これは、そう……悪い夢
静かになった体育館内には、再びラベンダーの心安らぐ香りが漂う。
ジルーシャのルーシーは大忙しだ。
アリーナに戻ってきた先輩女子たちに、ヴァイオレットは壁にもたれながら静かに告げた。
「此度の事件は後輩たちに『魔が差した』末のもの。しかし、そうではない応報が起きるかもしれぬという事を、努々忘れぬようにしなさい」
先輩たちは顔を見合わせる。
ヴァイオレットの言葉に思うところがあったのだろう、
「……お互い、言いたい事とかあるだろうし……ちょっと話さない?」
と声を上げ、気まずさを滲ませながらも動けるチームメイトをコートの真ん中に集めた。
(良かった、何とか話し合いの場を設けられて)
車座になる先輩と後輩を見て、悠は胸を撫で下ろす。
(結果はどうあれ、後輩の子たちにとってもこうして話し合える方がいいよね)
悠は静かに事の成り行きを見守った。
顔色が優れず話し合いに参加出来ない後輩にはジルーシャと武器商人が付いて介抱する。
「私、別にそこまで先輩の事嫌いじゃないし! 時々イラッとする事はあるけど、でも……」
ジルーシャの術で傷を癒した少女は、縋るような目をしてそう口走った。
すると、武器商人は少女に囁きかける。
「今日の事は悪い夢だったんだよ」
異常なまでのカリスマ性を漂わせながら、武器商人は
「いいんだよ、悪い夢で。大丈夫。だって、キミたちはそれをお望みなのだから」
と告げた。
「それでも、夢から覚めた後どうしても笑顔になれなかったら、こうすればいいのよ」
武器商人の言葉にジルーシャが笑顔で続ける。
「相手の目を見て、『ごめんなさい』って言うの。笑顔になれるおまじないよ。ふふっ、これでもう大丈夫♪」
後に開催された大会で、このバレーボールチームは破竹の勢いで予選を勝ち抜いていく。
その背後にイレギュラーズたちによる熱い指導があった事を知る者は当事者以外にいない。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
皆様、この度はシナリオ「再現性東京2010:食らわれる積年の恨み」にご参加下さり、ありがとうございました。
そして、大変お疲れ様でした。
このリプレイが少しでも皆様の冒険を彩り、思い出の一端を紡ぐ一助となれば幸いです。
なお、今回のシナリオでは、加害少女たちを多く引き受け満身創痍となったあなたをMVPに選ばせて頂きました。
そして、備えバッチリで長時間がっつり夜妖とファイトしたあなたに称号をプレゼントさせて頂きます。
シナリオを成功に導いて下さった皆様に、心より御礼申し上げます。
ご縁がございましたら、またのシナリオでお会い出来ます事を心よりお祈り申し上げます。
GMコメント
ご無沙汰しております、マスターの北織です。
この度はオープニングをご覧になって頂き、ありがとうございます。
以下、シナリオの補足情報ですので、プレイング作成の参考になさって下さい。
●成功条件
・夜妖の退治
・被害者・加害者双方の救助
※成功には両方が不可欠です。
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。
想定外の事態は起こりません。
●基本的な状況
〈夜妖〉※一部PL情報です。
・かなり大きく、大きさのイメージとしては、大人3~4人が寝泊まり出来るテント程度です。
・動きはひどく緩慢で、基本的に地上ではあまり動かないので何もなければ大抵の攻撃は当たりはします。
・しかし、表皮に弾力があり、更に常に黒い靄を発しており、これらが物理か否かを問わず高い防御力を有しています。
・靄に毒などはございませんが、非物理の攻撃威力を減衰させます。
・無数の触手を有しており、触手は本体から離れると人の口に瞬速で入り込んでしまいます。
・触手に取り憑かれると、負の感情が爆発的に高まると同時に本体の傀儡状態となります。
・触手は本体が生きている限り無限に出てきます。切っても切っても生えてきます。
・イレギュラーズであっても、触手に入り込まれる危険性がございますのでくれぐれもご注意下さい。
・知能は決して高くありません。当然ながらコミュニケーションは取れません。
・ただし、命の危機を感じる程度の知能はありますので、危なくなったらトイレや水飲み場などの水場を求めて逃げようとします。絶対に逃がさないで下さい。
・防御力は非常に高いですが、「攻撃が通用しない」わけでは決してありませんし、触手で人を操ろうとする以外の攻撃手段は持ち合わせておりません。
〈被害者〉
・地域のバレーボールクラブのメンバーで、中学2年程度です。現場には10名弱おります。
〈加害者〉※一部PL情報です。
・地域のバレーボールクラブのメンバーで、中学1年程度です。
・現場には6名おり、全員夜妖の傀儡状態です。意識はありますが、負の感情が爆発的に高まっているので説得の類は通用しません。
・触手に取り憑かれているため、通常の人間を超える俊敏さと怪力を有していますが、それでも「ちょっとすげー人間」程度ですので十分太刀打ち出来ます。
・全員何かしらの武装(体育館内で手に入りそうな物)をしています。屋内競技で使いそうな物、または体育倉庫内にありそうな物は何でも凶器になり得るとお考え下さい。
・気絶するか、本懐を遂げる(恨みの対象となっている先輩たちをボコボコにする)事で触手は抜け落ち本体に戻ろうとします。
・少女から抜けた触手が本体に戻ると本体が活性化してしまうので、抜け落ちた触手は始末して下さい。なお、抜け落ちた触手はさほど速くは動きません。せいぜい地を這う蛇程度です。
●その他参考情報
時間帯は昼間、現場はバレーボールコートが一つ設置された体育館内です。
一階建てで、上にギャラリーという立ち見スペースがありますが、人がすれ違うのがやっとの狭いものです。
他には男女トイレと更衣室、体育倉庫と水飲み場がありますが、いずれも狭いので戦闘場所は体育館のメインアリーナのみと考えて頂いて問題ございません。
室温は「高くも低くもない快適な温度」です。
それでは、皆様のご参加心よりお待ち申し上げております。
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