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シナリオ詳細

忘れじの 行く末までは かたければ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「あのねぇ、ウチのおじじが片田舎の山に住んでいるの」
 イレギュラーズ──このカムイグラでは神使と呼ばれる──たちへ開口一番に次げたのは依頼人であるヤオヨロズだった。女性であるヤオヨロズは御簾越しにしかシルエットを現さないが、そもそも言葉を交わすこと自体不敬となっているのだろう。御簾の近くに控えた侍女の視線が痛い。
「……深山、来客へ睨まないで。人払いするわよ」
 一段低くなったヤオヨロズの声に、深山と呼ばれた侍女が途端慌てる。深窓の姫とどこの馬の骨とも知れない来訪者を放っておくなどできようはずもないのだ。そんな貴族の娘がどうして直接声をかけているかと言えば、それはイレギュラーズたちは誉れある仕事をした──からではなく、単純に娘が『人を介して話すことが面倒である』からで。
「おじじもそろそろ年だから、京の方に来て欲しいワケ。私から行こうってなると準備で一苦労だし」
 その言葉に深山が大きく頷いている。姫の外出ともなればそりゃあもう念入りに準備し、警備も整え、下手したら行列ができるのかもしれない。それは準備する方も大変だし、何よりこの娘がそんな準備に耐えられるとも思えない。言ったら侍女の視線が刺さりそうなので言わないが。
「だからね、説得してほしいのよ。これで私じゃなくて使いがやってきたともなれば、おじじだって私に会うためには自分が行かなくちゃってなるでしょう? そこを捕まえるのよ」
「……姫様、あの御仁はすぐ戻りますよ、きっと」
「やってみなくちゃ分からないでしょう!」
 深山の申し立てにもめげない娘。こうして侍女も振り回されているのかと思うと多少不憫である。
 イレギュラーズへのオーダーは『爺が京を訪れるよう説得する事』。その後帰ろうが帰らまいがそこは当人たちの勝手である。イレギュラーズはひとまず件の爺へ会いに行くため、京を発った。



「ほっほっほ、それでこんな辺鄙なところまで、まあ」
 ころころと笑う好々爺がイレギュラーズへ水を配り、座りなさいと示す。汗だくになっていたイレギュラーズたちはその好意に甘えて家へ上がらせてもらうこととなった。
 時間も場所も飛んで、数日後。イレギュラーズは炎天下を歩き続け、山を登り、その中腹に座す爺の家を訪れていた。到着する頃にはすっかり体力を使い果たしていたが。
 家の外はあんなにも暑かったというのに、中は驚くほどに涼しい。ちりんと鳴っている風鈴のせいだろうか。或いは、打ち水のされた庭から若干涼しい風が入り込むからか。
「儂が京へ、のぅ。言っても構わんが、」
 え、良いんですか? と言わんばかりにイレギュラーズの視線が勢いよく集まる。特に説得らしい説得もしていない今、ほぼ行って帰ってくるだけの最短パターンがイレギュラーズたちの脳裏に描かれる。それらしく言葉を連ねて京まで同行してもらうつもりだった者もいるだろうが、これであとは帰れば報酬ゲットか──。
 そんなイレギュラーズたちへ爺は苦笑いし、条件が1つと告げる。それさえ叶えば喜んで京を訪れようと。
 山を荒らす害獣退治か、それとも畑仕事の手伝いか──そうイレギュラーズたちが考える中、全く予想だにしない発言が爺の口から飛び出た。
「なぁに、簡単な事じゃよ。ここで1日過ごしてもらおうか」

GMコメント

●成功条件
 山で1日を過ごす

●詳細
 爺の条件はより噛み砕くと『自然の良さをたっぷり堪能してほしい』ということ。その日の昼から次の日の朝までがその時間に充てられます。

・川
 爺の家の近くには川が流れています。冷たくて気持ち良いです。遊んでも大丈夫です。
 もう少し上流に行けば釣りもできます。釣り具は爺に言えば貸してもらえますが、全員分はありません。エサは虫です。

・山
 怖いものは出て来ません。山道をのんびり歩いてみたり、自然に生きる動植物と触れ合ったりできます。
 正しい知識があればキノコなどを採ってくることもできるでしょう。分からなければ適当に摘んで爺に任せてください。いい感じに選別してくれます。

・爺の家
 1人で済むには大きな家ですが、良く掃除されています。
 縁側から腰かけ、大きめの桶に冷たい水を入れて足を冷やしたり。夕方に打ち水をすれば夜は涼しい風が吹くでしょう。風鈴が良い音を出しています。
 爺に言えば冷水で冷えた新鮮な野菜を出してくれます。キュウリとかトマト的なやつ。
 ご飯や寝床も提供してくれます。皆で協力して色々やっても良いかもしれません。
 爺は普通のお爺さんですが、山で暮らしているとあって体力や筋力はとてもあります。久々の来客がとても嬉しいようで、条件を守ってさえくれれば次の日にはイレギュラーズと共に京へ旅立ってくれます。

●ご挨拶
 愁です。
 夏の暑さはありますが、都会では楽しめないことを目いっぱい楽しみましょう!
 ご縁がございましたらよろしくお願い致します。

  • 忘れじの 行く末までは かたければ完了
  • GM名
  • 種別通常
  • 難易度EASY
  • 冒険終了日時2020年08月15日 22時25分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)
優穏の聲
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
キャロ・ル・ヴィリケンズ(p3p007903)
P Tuber『アリス』
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃
三日月 杏(p3p008721)
月の巫女
葛野 つる(p3p008837)
不枯葛の巫女

リプレイ


 イレギュラーズ一同はさんさんと降り注ぐ日差しの下、京から田舎へと下った。どこか懐かしい道のりに、『不枯葛の巫女』葛野 つる(p3p008837)は虫の垂れ衣越しに緑の増えてくる景色を眺める。広がる山川林野と田畑の間にぽつぽつ建つ民家。過ぎて行けばようやく目的の山へ入り、より自然に囲まれた清廉な空気が取り囲んだ。
「田舎の山……故郷を思い出しますね」
 『月の巫女』三日月 杏(p3p008721)はその空気を吸い込んで目を細める。暮らしていた山奥もこんな空気が満ちていた。突然空中神殿へと召喚されてしまったけれど、皆は元気にしているだろうか。木々が開けた空から覗く月は変わらず美しいだろうか。
 今は夏も真っ盛りと鮮やかな緑が視界を占めているが、きっと秋になればこれまた鮮やかに葉が色づき、冬には落ちて春はまた芽吹くのだろう。四季折々の姿を見せる自然の素晴らしさはとっくに知っているが、場所が異なれば故郷ともまた然り。小鳥の囀りを聞きながら杏は山の光景を楽しむようにゆっくり歩いていた。
 鳥の声に混じって蝉の声が主張する。この世界でも蝉の寿命が1週間であるのかは不明だが、恐らく何かの為に鳴いているのだろう。ふと視線を下げたつるは足に取りついた山蛭に目を留める。ああ、こんなことすらも懐かしい。
「まあ、見て!」
 声を上げたのは『章姫と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)──の腕に収まった章姫。自我を得て自立行動ができるようになった今も、やはりずっと収まっていた鬼灯の腕は居心地が良い。そんな彼女が指さした先には1軒の民家が建っていた。
 着いたか、いやいや外れかと半分安堵、半分疑惑を抱えたイレギュラーズたちは民家を訪ねる。幸いにして目的の人物が顔を出し、京から頼まれて来たことをかいつまんで説明すると爺はころころ笑った。
「まずは上がりなさい。ここは冷たい水が飲めるでな」
 汗だくになっていたイレギュラーズたちはその好意に甘え、そして爺から『1日ここで過ごして欲しい』という要望を聞くこととなったのである。
「京に戻って下さるという事ならば、喜んで」
 『Black wolf = Acting Baron』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は即頷いた。戦闘の起こる依頼も多い中だ、のんびり過ごすだけで良いのならいくらでもそうさせてもらおう。
「来た早々急いで帰る事もござらんな」
 休暇だと思えば良いと『蒼海の語部』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)も首肯する。いかにして爺を説得するかと道中に頭を悩ませていたが、それも杞憂だったらしい。けれどもここまで来たからこそ爺から都へ上ると告げたのだろうし、自分たちが足を運んだのも無駄ではないだろう。
「はいはい! お爺さん、この山で動画を撮影しても大丈夫にゃ?」
 ぱっと手を上げた『P Tuber『アリス』』キャロ・ル・ヴィリケンズ(p3p007903)の言葉に爺は目をぱちくり。カムイグラには動画という概念がないのである。どういったものであるのかをキャロが説明すると爺は興味津々で耳を寄せ、それは良いと頷いた。
「京の者にも伝えられるとは、凄い道具じゃのう」
「そうなのにゃ! この自然の良い所をいっぱい伝える動画にするのにゃ!」
 交渉成立。キャロは、自らの姿が入った広告ティッシュを爺へすすっと渡す。いつかカムイグラでも配信が見られるようになるかもしれない──そんな抜かりない商売魂であった。



(折角の機会だ、楽しませてもらおう)
 世界を渡る前も、渡った後も。『天穹を翔ける銀狼』ゲオルグ=レオンハート(p3p001983)に休む時はなかなか訪れない。イレギュラーズの活動もギルドを介して行われるため、こうした自然に身を置くというのはまたとない機会であった。
 というわけで用意したのは──桶。大きな桶である。屈強な肉体を持つ成人男性ならば容易に持ち上げられる大きさのそれを縁側へ置くと、近くを流れる川から冷たい水を汲んで桶へ移してくる。我先にと飛び込んだのはヤンチャなにゃんたまのトラである。ぱしゃんと小さく跳ねた飛沫をミケが受け、「あれ?」とタイミング1つ遅く飛んできた飛沫を見るように空を見上げる。ああ、何と可愛らしいのか!
 ゲオルグがそんな光景に癒されながら素足になり、足を桶の水に浸すとにゃんたまたちやジークが興味津々で周りに纏わりつき、1匹、2匹と桶の中へ飛び込んでいく。彼らにとっても気持ちが良いものであったようで、ぱしゃぱしゃと遊び始めた。
 まだ陽は高く、空気も世界を蒸らしたかのように暑い。けれどもそんな時間だからこそ、この過ごし方は贅沢に思えた。
 一方、『不退転の敵に是非はなし』恋屍・愛無(p3p007296)もまたこの家に残るつもりであった。山や川に出かける者もいるようだが、掃除を始めたつるや力仕事を手伝うベネディクトのように家事を手伝うつもりもなく。折角だから聞き慣れない『風鈴』の音を聞き、足水をして過ごしたいと思ったのだ。
「時に。野菜をいただいてもよろしいか? 僕は腹がすいたゆえ」
「もちろんじゃよ。どれ、共に行こうか」
 愛無の言葉に頷いた爺と共に、民家の脇にある畑へ出る。瑞々しい夏野菜は丹精込めて育てられたのだろう。
(依頼人の様子から考えると、この爺様も結構な貴人ではないかと思うが)
 通常、そういった位にいる者が畑仕事などしない。さらに言えば片田舎の山にも住まない。あの孫にしてこの爺あり、という気もしてくるが。一緒に食べないかと誘って嬉しそうな顔をするあたり、揃って変わり者ということだろう。
 冷たい水にさらし、そのまま齧りつく野菜は口の中を程よく冷やして旨味を広げていく。海洋の激戦がついこの間まで繰り広げられていたこともあって、このように緩やかな時は久しぶりだった。
「話、というのは依頼人の姫の事だ。一目で惚れた、嫁にくれ」
「ほう」
「──などという話ではないので安心してほしい」
 肩を竦める愛無。本心である。魅力的で愉快な姫ではあるが、恋愛対象にはならない。そう告げれば爺はちょっぴり残念そうな表情をしていた。彼なりに孫娘を気にしてはいるのだろう。
「心配していた。気丈なようだが、何だかんだで寂しいのではないだろうか」
 あの口ぶりだといつもの事なのだろう。京へ来ても、いつの間にかふらりと山に戻ってしまう。戻るのならばせめて挨拶のひとつもした方が良い。
「ほほ、成程。……説得などせずとも、京には参るのじゃが」
「……説得をしないのは不義理な気もするのだ」
 気まずくなったかのように野菜をぽりぽりと齧る。そう、ここに来るまでは説得をするのだと心積もりをしていたのだ。依頼人からもそう言われたのだから、必要なくとも『らしいこと』くらいはしておきたかった。

「はいこんにちは、皆のフリータイムのお供!
 アリスの配信『ワンダーランド』へようこそにゃ!」

 キャロ──Pan Tuberとしての名前は『アリス』。自撮りするようにビデオのカメラを自身へ向け、爺の民家も映し出した。外での手ブレはご愛敬である。
「今回お邪魔するのはこちら、とある自然豊かなお爺さんのお家!
 私アリスは、この自然の素晴らしさを知る為に依頼を受けたイレギュラーズとしてここに来ているのにゃ!」
 まずはその自然をたっぷりお届けするにゃ、とキャロは自然の中へ踏み込んでいく。キラキラとした木漏れ日と鳥の囀る声がキャロを包み込んだ。暫くすれば民家の近くを流れていた川の、ほんの少しばかり上流へ出るのだ。
(落ち着きますね……)
 川辺の大きな石に腰かけた杏は足先を川に浸し、ぼうっとしていた。耳に入ってくるのは小鳥の声、川のせせらぎ、木々のざわめき。そんな自然を全身で感じるようにする杏よりまた少し上流では咲耶が釣り糸を垂らしている。
(空気が旨いな)
 ゆっくり釣りができそうな雰囲気だ。竿を持つのは久しいが、これならいつまででも挑戦できそうである。魚との忍耐勝負、開始だ。
 釣り糸を垂らし、暫し。身を任せるものは大自然からいつのまにやら睡魔へと変わっており、咲耶が慌てて目を開ける。幸いにしてまだ魚はかかっていなかったらしい。
(夕餉のため、9人分は確保しなければ)
 気をとりなして座りなおす咲耶は、ビデオを構えたキャロが近づいてくるのを見て口元に人差し指を当てた。頷いたキャロが距離の空いた場所でぼそぼそと喋っているのは、近づく前にビデオ──配信を見る人々へ説明をしているのだろう。
 所離れて、鬼灯と章姫。山の開けた場所まで来ると、ずっとそわそわしていた章姫を腕から降ろす。勿論安全はしっかり確認した。章姫は切り株に座ると、まるで御伽噺の姫のように歌を口ずさみ始めた。愛しい人の姿に目を細めながら、鬼灯は歌で集まってくる動物たちに視線を巡らせた。危険動物はいない、ヨシ。
「まあ! 鹿さんに小鳥さんに栗鼠さんも! こちらへいらっしゃって?」
 嬉しそうな章姫は小さな手を懸命に伸ばし、歌いながら動物の頭を撫でる。その視線はまるで聖母のようであり、動物たちが章姫を見る目も穏やかだ。
「こっちの方から歌が聞こえたにゃ。誰かいるのかにゃー?」
「あ、アリスさん!」
 ビデオ片手に姿を現したキャロへ、章姫はちゃんとPan Tuberとしての名前で声をかける。てちてちと小さな足で向かってくる章姫に膝を折ったキャロへ鬼灯は釘を差すのを忘れなかった。
「アリス殿、是非章殿の可愛らしい姿を残してくれ」
「ふふふ、了解にゃ!」
「栗鼠さんがね、遊びに来てくれたのだわ! 小鳥さんも鹿さんも一緒なの! とても賑やかで楽しいわ、ね、鬼灯くん!」
 嬉しそうにビデオへ映る章姫に甘い視線を送る鬼灯。動物たちもビデオが気になるのか、ふんふんと鼻を近づけたりレンズへ顔を覗かせてみたり。これでもかと動物たちの顔がドアップである。
 一方、家の手伝いを終わらせたベネディクトは爺に聞いて散歩へと出ていた。
「良いか、皆には迷惑をかけない様に。俺から離れるんじゃないぞ、山の物を口にするのも無しだ」
 元気よく返事をしたポメ太郎と共に、少しばかり遠方へ。山の空気と景色を目に焼き付けながらの遠出だ。鍛えたベネディクトには問題のない行程であるが、ポメ太郎は少しばかり厳しかったか、その体は途中から彼へ抱えあげられた。

 日も陰って、空は藍の帳を下ろしていく。
 庭への打ち水を終えたゲオルグは夕食づくりをと中に入った。折角人手がいるのだから、常日頃動いてばかりであろう爺はお休みだ。
「釣り立ての川魚と言えば塩焼きでござるな」
 新鮮な魚を持って帰ってきた咲耶にゲオルグは頷く。魚なら刺身にするのもありだが、ここは塩焼きで頂こう。
「今日の食卓は豪華なものになりそうだな」
「早速おいしい匂いがしてるにゃ!」
 すんすんと鼻を利かせるキャロ。つるに促され一番風呂を頂いたばかりである。その鼻はしっかりと炊ける米の匂いを嗅ぎつけていた。その間にも咲耶は串に刺した魚を囲炉裏で焼く。つるは食器を揃えて運ぶと家をぐるりと見渡した。
 さして新しくもない民家だ。爺が元々所有していたのか、或いは誰かから譲り受けたのか。いずれにせよこの家には歴史を感じさせ、畑は実がなるまでの奮闘を感じさせた。開放的なカムイグラの民家では虫や動物がちょろちょろ入り込むのもまた普通のことである。
 たくさんの神が宿っていることを知らしめるような場所に、つるは目を細めた。形の在り無しは関係なく、生きて生かされている。現代社会では薄れてしまっているだろう感覚であった。

 囲炉裏を囲みながらの食事ではキャロがビデオを──まだ加工前のものであるが──鬼灯へ見せ、愛くるしい嫁の姿を映している。章姫も映った動物を見て嬉しそうだ。
「えへへ、お友達が沢山できたのだわ! 鬼灯くん!」
 そして一方ではベネディクトと咲耶が爺へ何故このような場所に住んでいるのか、何故京に戻らないのかと問うていた。深山と呼ばれた侍女が『すぐに帰る』と言っていたのだから、何かしらの理由があるのだろうと。余計なお世話ともとられるものであったが、爺はイレギュラーズたちの問いにふと目を細めて庭の方を見た。
「自然はどうじゃったかの?」
「うむ。お蔭様でゆっくり自然を堪能させて頂いた」
 そういうことじゃよ、と笑う爺。つまるところ──田舎の自然が気に入っている、ということなのだろう。
(仲は悪くなさそうだが)
 それでも離れてまでここにいるのは、更なる事情がありそうだとベネディクトは瞳を眇めたのだった。



 うだるような暑さの残滓が漂う夜を、風が涼しいソレへと変えていく。つるは縁側に腰かけて外を眺めていた。食事を済ませ体を清めれば、あとは就寝するのみである。既に数人かは床についているようだった。
「……わすれじの ゆくすゑまでは かたければ」
 とある世界のとある時代に歌われた詩だ。未来などわからないという詩。それは恋する女が男の心に問うたものであったが、ヒトの心でなくとも未来など知りようがない。つるが時代の移り変わりを目にしてきたように、こうして緑が溢れかえった場所も幾百年経てば変貌していくのかもしれない。高いビルや電柱が建ち、アスファルトの道が伸び、空は狭くなって。
「──隣、良いだろうか?」
 ふと背後から声がかかって振り返るとゲオルグ──と、混沌に住まう不思議ふわもこアニマルの群れがいた。つるが頷くとゲオルグは隣に座り。ふわもこアニマルを周りで遊ばせながら小さな羊のジークを召喚する。1匹のふわもこアニマルがつるへ興味を示したように近づき、ぴょこんと膝へ飛び乗った。
「クロ、おいで」
 ゲオルグが声をかければ、クロと呼ばれたふわもこはぴょんこぴょんこと戻っていく。その動きを視線で追ったつるは、ゲオルグと視線がかちあった。
「すまないね。ここなら蛍が見られるかと思ったんだが、この子たちを置いてくるのは不安で」
 彼の視線は苦笑の後に外へと向けられる。蛍は自然豊かな場所で短い生涯を過ごすのだとウォーカーから聞いたから、もしかしたら、と。刹那の儚い輝きは詩に詠まれるほどであるから、ゲオルグはひそかに楽しみとしていたのである。
 チリン。
 かけられた風鈴が風で揺れる。そよ風を感じながら静かに扇子で仰いでいれば、やがてふわりと小さな光が迷い込んできた。ふわもこアニマルたちにしぃ、と人差し指を立てたゲオルグとつるは黙ってそれを見上げ、つられたように周囲のアニマルたちも光を見上げていた。
 一方、杏は爺を誘って反対側の縁側に座っていた。そちら側からはぽっかりと浮かんだ月が良く見える。
「自然の恩恵を私たちが感じられるのは、太陽が巡り月が人々を照らすからなのです──」
 無表情ながらも月の神を信仰する一族の巫女である。杏の語気は興奮しているのだろうと思わせるに十分だ。そんなひたすらに続く月神の話を爺は月を見上げながら傾聴していた。
「──というわけで京から見える月も素晴らしいですよ。ここで自然を堪能した後、京で一緒に月を見上げませんか?
 ええ、見上げましょう。見上げないといけません!」
 そう言い切った杏はようやく我に返ったようだ。小さく咳ばらいをする少女を爺は目を細めて眺め、視線を月へと向ける。
「……そうじゃのう。京でも月を見上げてみるとしようか」
 月明りが静かに人々を照らすように──夜もまた、静かに更けていく。

「我らと共に京には戻らなくとも良いので?」
 ベネディクトの言葉に爺はほほ、と笑って頷いた。共に行くつもりではあったのだが、うっかり忘れていたことがあったらしい。それくらいならイレギュラーズとて待てるつもりだったが、約束の時間は朝までだと爺が譲らなかったのだ。この頑固さが何度京へ行っても戻ってきてしまう一員でもあるのかもしれない。
 聞けば、元より1人で行き来するのが常なのだと言う。確かに魔物など出もしない行程であることはイレギュラーズも往路で感じていた。けれども最近は物騒であるし、襲ってくるのが魔物だけとも限らない。復路を先に行くならば気を付けておこう、とベネディクトは胸に留める。
「しかし……爺殿もお年を召されている。京へ上るのならば、この際に一度理由を打ち明けてみては如何でござろう?」
 何も言わなければまた爺はここに戻ってきてしまうのだろう、と咲耶は口を開いた。イレギュラーズは京に戻ればオーダークリア、これ以上の介入はきっとできなくなるだろう。だから言うのならばここが最後のチャンスだ。
「理由も判らずというのは爺殿にも、姫様にも良くはない」
「そうじゃのう」
 咲耶の言葉に爺は目を細め、京の方角へ視線を向ける。孫娘の事を考えているのだろう。
(願わくば、2人が納得できる落とし所が見つかれば良いでござるが)
 こればかりはイレギュラーズにどうしようもない。あとは当人たちの問題だ。
「それでは、お世話になりました」
「ほほ。達者でな」
 爺の言葉に一同は頷き──炎天下の復路へと足を向けたのだった。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 お疲れさまでした、イレギュラーズ。
 魚が食べたくなりました。塩焼き美味しい。

 それでは、またのご縁がございましたらよろしくお願い致します。

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