PandoraPartyProject

シナリオ詳細

トラをハコに解き放つ。

完了

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


「お客様」
 先ほどまで接客してくれていたバーテンダーと同じ言葉を使っているのに、この男が言うとなんて下種に聞こえるんだろう。
「代金がお支払いいただけないとは困りましたね。うちは高級店なんですよ、ご存知でしょう?」
「い、以前来ていた時時は納得がいく高価さだったが、この値段はでたらめもいいところだろう!」
 そう。この店は素晴らしい店なのだ。取り揃えられた良質の酒肴。洗練された内装、サービス、雰囲気。全てにおいて素晴らしかった。久しぶりに音連れてみたら、どういうことだ。
「あ~。お客様。オーナーがね、変わったんです。経営母体がね」
 ご存じでいらっしゃらなかった。残念ですね。と笑う男。なんて下種な。この店の中で明らかにイレギュラーだ。
「お客様をみぐるみ剥いでも代金には足りませんで。僭越ながら、こちらで手段を提案させていただこうと。それにしても、お客様はとてもお美しい目をしていらっしゃる。いかがでしょう。片目と言わず両目をお売りになられては。お支払いには十分の上、お釣りが来ます。サービスとして上質な人工眼球をご用意、アフターサービスとして、治癒術式も十分にご用意させていただきます……」
 下種な男の流ちょうな説明。なんだ、目?
「やめてください。その方は! 以前からの大事なお客様で。どうか。この方は!」
 相手してくれていたバーテンダーが飛び込んできた。
「あなた。いけません。お客様を区別しては。新しいお客様も以前からのお客様も平等に――」
 下種な男は、慇懃に口をゆがめた。
「上司に楯突くのはいけませんね。あなたの負債にペナルティを上乗せしておきますね。がんばらないとあなたをそのきれいな手を売りに出すことになりますよ」
 バーテンダーは青ざめた。彼の手はとても美しい。
「その中には、きれいな身体パーツをこよなく愛する方がたくさんいるんですよ。需要があるなら供給しなくては。商売とはそういうものでしょう?」


「鉄帝にできたぼったくりバーぶっ潰してきてくれる? 迷惑だから」
 社会と依頼人に。
『そこにいる』アラギタ メクレオ(p3n000084)が、むぎゅむぎゅと白玉団子を食っている。
「そこさあ。お代が払えない客を人身売買組織に売りつけんのよ」
 割と良くある話。
「そういうとこって、額が中途半端だとちょいと抜いてちゃんと治してやって、また放流すんのね。そうすっと、また店に来るわけよ。『こないだ、あの程度ですんだし』って感じで。一回で使い切るより何度も使えて、新規客連れてこさせたりとかね」
 一回こっきだと、あれじゃん。店の評判おちるじゃん。あの店いったら帰ってこないになるじゃん。お店つぶれるでしょ。
「そういう、中途半端なモツ抜きが部隊や闘技場にいると質が落ちてよろしくない訳」
 ま、ここまではよくある話。
「そこも、その程度だったらまだ見逃してもらえたんだろうけどさ」
 雲行きが変わった。
「チョーっと珍しい身体パーツを集め出したんだよね。変わった色の目と化した人をこのバーに誘い込んで、多額の請求書を突き付け、パーツを同意のうえで打っていただこう。もち紋、万全のアフターケア付き。でさ、そういう特徴って貴族の子弟に出やすいんだよね。気が付いたら、自分の子供のパーツが足りないってあれじゃね? 名誉の戦傷でもない、借金の片ですってよ。それが、どこぞの誰かのコレクションに。それこそはらわた煮えくりかえるってね。往々にして、そういうの貴族の趣味だからね」
 だから、うちに依頼が来るのね。と、情報屋は笑った。世の中、道徳だけでは潤沢な予算が速やかに下りない。
「当然、そういうお店は武器の持ち込み禁止。クロークでお預かりしますって質に入れられたくなければそもそも持っていかないこと。つうか、あんたらが普段装備してるようなもの持ってくと、一個質入れですんじゃうから身につけていかないでね? 鎧もなしね? それ、質に入れれば大丈夫です。になるから」
 ハラワタ売ってもらおうか。になってもらえないと困るのだ。
「人身売買組織の方は別の連中が動くから、あんたらには供給元を完膚なきまで潰すことに専念してもらう。具体的方策としては、店の在庫空にして、従業員のシフト回らないようにして、念のため外装内装を完膚なきまでに使い物にならないようにする? 物理で。その過程である若干の障害は現場対応っていうことで」
 俺は未成年だからよくわからないけどさ。と、情報屋は言う。
「そういう場所って、色々壊れ物に満ち溢れてるらしいじゃないか。聞いてるよー。ローレットのトラ箱はいつだって満員御礼だって」
 今回の人員は、そこの利用者リストを参考にしたと、メクレオは言う。
「どういう人選だって? ン~。自分のここ一カ月の行動について10秒くらい考えてほしいかなって。あ、夢見さんはね、一人ぐらいガチの素面いないとどうにもなんねーし、そこの料理がぼったくりだって鑑定してもらいたいからなの。ごめんねー。面子濃いからさー、いろいろ鑑みてー? 来てもらったというかー。ほら、ねー。大体、わかるじゃない。酒飲ませたら、どうなるか。俺らは、でもさ、先方はわかんない訳よ。眼鏡のおにーさんがかわいこちゃん侍らせてきたとしか思えないでしょ。ネギ背負った鴨にしかみえませんがなにか? いやー、許されるなら俺も見物したいけど巻き込まれて怪我すんのやだからいかねーわー」
 メクレオが面子指定して依頼してくるということは、死に水取りは用意したから、パンツァーカイルで突っ込んでいけ。ということだ。
「人身売買組織のお迎えが来ちゃうくらいガバガバと湯水のごとく高い酒を飲んでもらおうか。あ、夢見さんは高級チョコレートとかフルーツ盛り合わせにしてね。水分は何を混入されるかわからないから飲まないでね。飲んべえ酔い潰して残った娘さんは泡の風呂に沈める悪い大人の巣窟だから。念のため、毒消し渡しておくね。おやばい薬は大体帳消しにできるから」
 未成年には保護が厚いぞ、この薬師。
「だめな大人は全力で虎になってきてもらう。体裁は『酔っぱらって散々店で暴れまわった客がいて、そいつらがやっちまったと「素直に申し出る」が、外交的理由で大事にはならない。お上が店に「親切に」保障するための過程で悪事がばれる藪蛇案件』だ」
 鉄帝とローレットによる茶番だ。面子が若干リアリティを添えている。
「鉄帝、優しーなー。先の件で世話になったからってローレット・イレギュラーズのご無体を不問にしてくれて、代わりにその店にはこっちで保障するからっていってくれてるんだぜー?」
 情報屋は笑った。
「突入前の消化器保護剤と二日酔いの煎じ薬は用意して上げよう。肝臓と食道の粘膜鍛えて頑張れ」
「普段通りに」酔っぱらってくれば十分さー。と、情報屋は笑った。

GMコメント

 田奈です。リクエストありがとうございます。
 全力で酒クズになって、お店一つ壊滅させてもらっちゃおうかな。経営的にも、物理的にも。
「覚悟完了」と書いていただければ、田奈が神妙な顔をして頷きます。その後の人生がねじ曲がっても一切関知いたしません。

 ぼったくりバー「かげろう」
 内装も上等、バーテンダーも上等。お酒も上等。ムーディーないい店です。が、お値段が納得できないほどお高い。度数高いカクテルを進めて、早々に酔っぱらわせるよう指導されています。
 カウンター席、ボックス席があります。スツールやソファー、ローテブルがあります。もちろん、灰皿は重たいカットグラスですし、雰囲気重視のマッチもついています。ボトルを入れれば素敵に重量のある角瓶が出てくるでしょう。カトラリーは磨かれ、フォークもピックもよく刺さります。そうそう、ロックを頼めば、アイスピックやトングを添えられた、氷みっちりのアイスペールが出てきます。
 すごくいい店を、悪い人たちが非合法な手段を駆使して巻き上げ、従業員はいわれのない借金を背負わされて労働させられています。潰した方が罪のない人たちはみんな幸せになります。
 悪い人たちも店奥に待機していますが、皆さんは「商品」ですので攻撃して吐きません。酔っぱらっているのを拘束しようとします。

*武器・防具・装備品。
 置いてきてください。悪い人は、預かりたがるくせにすぐ紛失して、それをお客様のせいにします。
 大丈夫です。みなさんの周りは危険物でいっぱいだし、そもそも酒飲んだ皆さんが危険物です。

<ポイント>
*店の在庫は空にする。手段を問わない。床に吸わせてもいいし、胃袋で消化してもいい。
*従業員には手を出さない。ただし、生命の危険を感じた場合はその限りではない。
*店舗内は営業できないよう、完膚なきまで叩き壊す。備品、什器も同様。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • トラをハコに解き放つ。完了
  • GM名田奈アガサ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年08月12日 22時05分
  • 参加人数7/7人
  • 相談6日
  • 参加費---RC

参加者 : 7 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(7人)

夢見 ルル家(p3p000016)
夢見大名
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
アーリア・スピリッツ(p3p004400)
キールで乾杯
アベリア・クォーツ・バルツァーレク(p3p004937)
願いの先
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
エッダ・フロールリジ(p3p006270)
フロイライン・ファウスト
マリア・レイシス(p3p006685)
雷光殲姫

リプレイ


「ひどい店だね……」
『雷光・紫電一閃』マリア・レイシス(p3p006685)、一肌脱ぎましょう。
「まぁヴァレーリヤ君がたくさん飲むついでに壊滅させてしまおう! 皆も付いてるし安心だ!」
 安心とは。
「自分、普通に酔うし吐きますよ」
『フロイライン・ファウスト』エッダ・フロールリジ(p3p006270)の申告。OKです。エチケット袋はお入り用か。
『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)、厳かに頷いたが別に面倒見るとは言ってない。
『入店拒否されると元も子もないので、グラス持つまでお口チャックで』と情報屋が言ってました。
 鉄帝にある、いい酒置いてるお店。『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)さんが足を踏み入れたことがないなんてある訳がない。
 その店の場所を聞いて無口になり、看板を見て蒼白になり、ドアマンの顔を見て目眩を起こす。
「きゃー」
 小声の悲鳴で全て読み取っていただきたい。
 ぱっと見、あんた、誰? ってほどにドレスアップいたこちらの女人、ヴァレーリヤさんである。
 じ~っと顔を見るドアマンの視線が痛い。絶対頭の中で検索カシャカシャ言っている。
(違いましてよ~。昔、酔って暴れて出禁になった赤毛ではございませんことよー。 おほほほ、な……何のことだか分かりませんわね!)
 唸れ、幻想最新モード、がっつり入れたローズカラーメッシュ、今期流行りの跳ね上げアイライン!
「ようこそ、お越しくださいました」
 勝った! 敷居を跨いだらこっちのものだ。
 にっこにこになったヴァレーリヤと相反してこの世の終わりのような顔をしているのは『不揃いな星辰』夢見 ルル家(p3p000016)だ。
(拙者は何故ここに……? お酒を飲める人達だけでいけば良いのでは……?)
 ルル家の脳裏に、素面という名の生贄になれ。と遠回しで言った情報屋の声がこだまする。未成年でないと酒クズどもは酒を酌むのをやめようとしない苦肉の策である。ごみーんね。
(そう、これはお仕事――)
『キールで乾杯』アーリア・スピリッツ(p3p004400)は、うっとりと笑みを浮かべる。主にカウンターの後ろに並べられている酒瓶のラインナップを見て。
(悪いぼったくりバーをこてんぱんに潰す為! 心は痛む……わけないじゃなぁい)
 右府。とつい笑いが漏れる。
(メクレオくんの薬も飲んだし! 飲んで暴れて日頃の鬱憤解消よぉー!)
 そして。
「酒場で暴れたなんて、伯爵の耳に入ったら大変」
 飲んだ後にテレが残る覚悟決まってないビギナーを煽ることも忘れない。
「お、おねーちゃん! は、伯爵の事は今は……!」
 煽られる人、『旋律を知る者』リア・クォーツ(p3p004937)、危険の意味をはらむクオリアが脳内で点滅する。
「で、でも……まぁ今回は練習も兼ねているから……」
「そうだけどぉ、今回は飲んで暴れる実績作るのが仕事だしぃ~」
 リアさんがギルオスさんを特別に思っているのはみんなが知ってることである。伯爵本人が分かってるかはまた別の話だが。
「ねー。目撃者が残ってたら、話が抜けちゃうわねぇ」
 人、それを誘導とする。じゃあ、目撃者はみんな潰しちゃえばいいんじゃないかナ? そしたら、詳細は伝わらないよね。ここ鉄帝だし!
「なんかこう、不安しかないんだけど……!」
 大丈夫。不安なんか飲めば忘れるって酒飲みの誰かが言ってた!
「綺麗どころを引き連れての酒は最高ですね! さあ皆さん、ジャンジャン飲みましょう!」
 新田、眼鏡を光らせた。いかん。暴走するぞ!
「ねえ、良いでしょう? 一番高いお酒、一度で良いから飲んでみたいんですの」
 ヴァレーリヤ、のの字、のの字。のの字なんか書いたことないのに、どこの世界でも女人はこういう時指の先でのの字を書く。
 瞳がうるんでいるのは、まだ味わっていないお酒さんへの愛である。神よ、あなたのお恵みに感謝します。
「バーテンダー。あの棚のボトル、端から端まで持ってきて」
 えー。どこの成金野郎ですかー。練達のとある区画でもそんなことするとひそひそパントリーで陰口叩かれちゃうんですよー。
「えへへ、やったー!良いお酒は、やっぱり最初に飲むべきですわよねー! どんどん持ってきて下さいまし!高いやつから順番に!」
 お値段、推定時価。大丈夫だ。財布はまわりまわって鉄帝が払う! いやあ、国家予算で飲む酒はうまいな!
「新田君! 今日は悪いね!」
 マリアが新田の背中をバシバシたたいた。
 きゃーっ! と、歓声を上げるお姉さん達。虚ろな瞳の金髪の娘っ子が「フルーツとチョコレート」と言い放つ。
 そう、その時は金にあかせて格好をつける練達辺りの商人だと思ったんです。と、後に従業員は語る。
 否。彼らは精鋭である。ほんとに精鋭なのが頭痛の種なのだが、それとは別方向にも精鋭なのである。
「マナーが」
 右のグラスにウィスキーをなみなみと入れる。ウィスキーは舐めるように飲むものです。
「人を」
 左のグラスにブランデーをなみなみと入れる。ブランデーも少しづつたしなむものです。
「作る」
 両手にグラスを持って、両方ともイッキ飲み。ふざけんな、バカヤロー。蒸留酒の神に謝れ。一気飲みして口中調味カクテルやるなら二コラシカにしろ。
「ふふー、なんだか良い感じに酔っ払って参りましたわー!」
 ヴァレーリアのそれは、咆哮にも等しい。理性がなくなるともいう。
「貴方も一緒に飲みましょう? 遠慮しなくていいから、ほら」
 目つきがよろしくない従業員の頭をヘッドロック。前のめりになって浮いた足から革靴を引っこ抜くように脱がして、タップタップと火酒の原液をいれ、その口元に突き付ける。この状況で口を開けるような奴はヒトの臓器をえぐったりしない。
「私 の お 酒 が 飲 め な い と で も?」
 ロックしていた顎から肘までグローブに包まれた親指が口の端にねじ込まれ、できた隙間に流し込まれる喉焼くスピリタス。消毒はされてるというのがせめてもの救い。床にこぼしたら自然発火する。喉が動いた。死にたくない。
「うんうん、分かれば良いんですのよ。分かれば。皆で楽しく飲むお酒こそ最高ですわよねー!」
 水お打ったように静かになる従業員側。
 酒を飲むだけなら誰でもできる。何なら、下戸を大量投入して店内に生っぽいお好み焼きを水玉模様的に作らせれば営業妨害にはなる。
 しかし、ここはあえてモンスターカスタマーしなくてはならないのだ。
 従業員がげっそりしてきた今こそ頃合い。エッダは、理不尽暴力装置として招聘された自らの安全装置を外した。
 いっつ、しょーう・たーいむ!
「ねえ寛治様~、自分高いお酒開けていいでありますかぁ?」
 語尾に凶悪なハートマークを付けつつすり寄っているが、真顔だ。
「どうぞ、どうぞ」
 すかさず、名のある酒がロックで出てくる。
 真顔で煽る口元喉元に視線が集中する。ぐびりとなったのは、エッダの喉か。かたずをのんだ従業員たちか。
「しかし残念ながら質は良くないでありますなあ」
 語尾が上がっている。ついでにビブラートもかかっている。修飾音符の多さは付けられる難癖の面倒さと比例する。
「良い瓶も置いてあると言うのに……腕の問題か、気持ちの問題か、ステアにもシェイクにも乱れがあるであります。レシピからかけ離れた、ひどい味。お酒が可愛そう」
 くすん。殊勝なムーブだが、顔は真顔である。
「こんなんもう瓶から直接飲んだ方が良いでありますな」
 ボトルネックをつかんだ。腰に手を当てがった。これは、風呂上りにコーヒー牛乳あおる作法である。引き続き真顔である。
「オラァ、どんどん持ってこいやぁ!」
 ひゃあっはあああああああああああ!
 飲酒は暴力。はっきりわかんだね。

 ルル家は、虚ろな瞳でチョコレートボンボンを口に入れていた。
 幸い、おやばい成分は感じられない。フルーツの風味づけに振られた洋酒もアルコール摂取に達しないごく常識的な量だ。
 実際、出されるものの質は非常に良い。ルル家だってこんないい素材使ってお店回したい。頭の中で、ここまで出てきた料理のお値段を算出する。おおう、普通に計算しても目眩がするレベル。高級店ですわー。
「あなた、ここに座ってください」
 べふべふ。これがもう、一度座ったら永久に立つことを拒否したくなるようなソファに無辜の店員を呼びつける。ルル家の制空権ならいける嵐から守ってあげられる。
「あの、お客様。当店はそういったサービスは――」
「「いいのですか?拙者、夢見ルル家はゼシュテル皇帝ことヴェルス殿に結婚の約束をした者ですよ?」
 一方的に。助詞が「と」じゃない「に」なところに注目していただきたい。崩れないバベルはそこんとこのニュアンスも漏らさず伝えてくれる。
「海洋遠征にいった兵士さんなら噂ぐらい聞いたことあるはずです! 多分!」
 海洋遠征に関わり、少なくとも電化とお目通りかなうくらいのよそ者。平たくやべーとしか言いようがない。
「という訳で、桃の皮むいてください。拙者に手を出すなら覚悟した上でお願いします。あ、むけました? あーん。もぐもぐ。ん~、まぁまぁですね」

「アーリア嬢、合体技に興味がおありで?」
 エッダが笑み崩れる。
「うふふふふぅ。そうだわぁ、一度やってみたかった合体技!」
 アーリアがリアの首根っこをつかんでロープ――はなかったので遠心力で吹っ飛ばす。
「あの鉄帝コンビにクロスボンバーよぉ!」
「クロスボンバーって知ってるかい。またの名をサンドイッチラリアット。一人の人物の首めがけて両サイドから一度に上腕叩き込む合体技だよ」
 いつの間にかカウンターに貼り込んでいた新田が片足振り上げながらの絶叫開設。
「喉と延髄同時にやっちゃうから首へのダメージが甚大の反則技だ。よい子も悪い子も絶対使っちゃいけないぞ!」
 と言いながらカウンター飛び越えついでに薙ぎ払ういけない。ラベル偽装の酒や水増し酒。
「あーっと手が滑って水割りが瓶割りになっちゃいましたね! ガハハ!」
「きゃー、新田、わるい! 成敗!」
 ラリアットの機動が急速変更。リアがペションとソファにダイブ。レフェリー――じゃなくて、解説の眼鏡を吹っ飛ばす。ああっ、本体が!
「引き続き、鉄帝のフルメタルウォリアーズが手本をですな」
 と、いまいち不発だったエッダがヴァレーリヤを引きずるように立ち上がった。様相がバトルロイヤル。本日のメインイベント。大丈夫。パイント公開しないから。
「プロレス? そんな生ぬるい対応ではなめられるだけでございますわ! さあ、私の酒瓶を喰らいなさい!!」
 舐められたら食らわす。それが鉄帝魂。あくまで個人の見解です。
「……凶器攻撃とはなかなかやるではありませんか」
「あはははははは!!」
 けたたましい笑い声が、闘争の空気をぶち壊す。ああ、これもまた破壊。
「ねぇ、ちょっとそこのちょっと下種っぽい店員さん!! ちょっとそこに這いつくばってみてくださいよ!!」
 ルル家調べ。それは無辜じゃない店員。OKである。止めない。というか、そもそもどうやったら止められるというんだ。ルル家は黙々と料理からぼったくり率を計算するだけの簡単なお仕事に従事しているのだ。
「このお酒、良いのなんでしょーーー? あたし、とっっっても今気分いいから貴方にも特別に飲ませてあげますよ!!」
 キャパ案と、口で封を切り、スクリューキャップをゴキキっと開ける。
「ほーら頭から飲んでごらん~~~美味しいでしょ~~~~~」
 軽快な音楽を口ずさみながら、琥珀色の螺旋を描きおちていく高級酒。
「……は? なにか文句があって? お金ならいくらでもあるんですよ? あそこの眼鏡が出してくれます。ならいいですよね?? あはは、ほーーーらドバドバーーーー! わーーーー、おさけくさーい! あっはははははははは!!!!!」
 神よ。これも仕事です。貴方の恵みを絨毯に吸わせつつ、社会のダニの自尊心を滅殺する罪深きしもべをお許しください。
「……ねぇ、下種っぽい貴方、臭いですよ? ちょっと不快なので、服脱いでくださいます? えぇ、今ここで」
 誰も幸せにならない。
「…………なにか文句が? さっさと脱いで、そこに這いつくばっていてくださいよ、不快なので」
 背後に割れた酒瓶持った女たちがにこにこしている状態でなぜ否と言えようか。理不尽な暴力しかない。
 エッダはリアを見て大きく頷いた。
「リア嬢、初めてでこれとは酒呑みの素質があるでありますな」


「……ねぇ、ほんとにだめ?」
「お色気作戦! 成程! アーリアみたいにすればいいのね」
「アーリアさんの太腿! ヴァレーリヤさんの胸元は――持ち帰って検討後、再プレゼンをお願いします」
「太ももの裏から角瓶の角!」
「新田がリアがじゃぶじゃぶにした店員を盾にした!」
「何ですのその「ふーん」みたいな冷たい反応! 確かにアーリアと比べれば、ほんの少しだけ色気に欠けるかもしれないけれど、別にいいではありませんの!! ギーーー、腹いせにとことん暴れて差し上げますわーー!!!」
「そうだね。ヴァレーリヤに色気がなくてもいいんだよ、暴れて差し上げるなんて最高だよ」
「ですわよねー!」
「何がモツがどうのよぉ! こちとらローレット健康診断でいつも肝臓数値が悪くてお呼び出しよぉ! ここの面子の大半そうよぉ!」
「肝臓悪いなら肝臓食うといいですよ」
「とにかく殴るわぁ!」
「あっははぁ! これでおっけー! さー、おねーちゃん、ヴァレーリヤ! どんどん飲みますよーーーーー!!!!!」
「一発芸! 一人アーベントロート・ドライバー!」
「新田がテーブルを割ったわ!」
「店中のテーブルを割らなきゃだめよ!」
「あなたたち、臭いんだからテーブル割ってくださいよ。そのくらいできるでしょう。できないんですか? 雑魚ですか? テーブルより弱いんですか?」
「え? ライター持たないとわからないんですか?」
「マリア、お酒に火が付くと綺麗ですわね!」
「ヴァレーリヤがほめてくれるなら、本当にそうなんだね」
「いっぱいつけるといいですわ!」
「本当にそうだね!」
「ハハハ。……ああいうニコニコしてるのが一番やべーのだったりするんだよなあ」


 提供できる酒も料理も割れるテーブルもグラスも瓶もなくなった。
「酒が無くなった? じゃあ二次会ですね! もう一軒行こう!」
 新田は軽やかに言った。
「勘定はアレだ、ツケといて!」
「ツケって――」
 男は内臓を全部売り、女どもは泡の風呂か変態金持ちに売り飛ばしてやる。と心に決めていた支配人が勢い込んで顔から突進して来る。
「――こちらに」
 新田が差し出した封筒には帝国院の封蝋が施されていた。
 店は爆弾が落ちたような惨状だった。
 カーペットからは雑草のように割れたグラスが刺さり、無事な食器はルル家が死守したフルーツが入ったガラス器と銀のフォークが一本。それ以外は剣山のようにソファーに刺さっているか、壁に刺さっている。
 壁にはふりまかれた銘酒各種がしみこみ、波打っている。
 怪我人が出ていないのが不思議だ。そう、怪我人は出ていない。調度品、内装、酒類、什器に甚大な被害が出ただけで、人的被害は一切ない。角瓶で殴った? 傷がないので幻です。治癒魔法。何言っているんだかわかりません。こんな酔っ払いがまともな魔法をかけられると? 何もなかったから傷がないのです。QEDです。――PTSDに関しては今後の調査が必要だ。
「こちらで支払いしてくれるから。何から何まで面倒見てくれるよ。すぐ人をよこすように言っておこう。いや、楽しく飲ませてもらってうれしいな。また寄せてもらおう」
 けらけら笑っている女たちは、手に手に割れた角瓶を握りしめている。なんでこの女たちは凶器を握りなれているんだ。それで自分を傷つけるかもしれないという恐れがない。
「それでは、ごきげんよう」
 何もかも破壊して、モンスターカスタマーという嵐は過ぎ去っていった。

 数日後。
 ローレットの鉄帝拠点の新田宛にボトルが数本届いた。地元のダチコーは大事にするものである。
「なんですか、それ」
 未だに体調が戻らないリアが顔をゆがませた。二次会は地獄だった。逃げようとしていたルル家の首根っこをつかんだエッダの顔が二日酔いの悪夢でフラッシュバックした。
「何がひどいってヴァレーリヤ殿の酷さが、拙者の家に泊まっている時と大差ない。店を崩壊させるレベルと遜色ない大暴れを……拙者の家で……いやあああああああっ!」
 虚ろなノンブレス話法からのルル家のシャウトもスーパーエンドレスリフレインリピートした。
 そして何よりやらかした自分の記憶が第三者視点でフラッシュバック。
 時々いるのだ、酔った時の記憶が飛ばずに鮮明に残る酔っ払い。全てが黒歴史になる。
 ようやくその記憶が薄らいでお天道様の下を歩けるようになったところで、エンカウント新田。
「ささやかですが、祝杯用のボトルキープです。あの店摘発されたら飲みましょう。そういう風に飲むための酒ですよ。本来はね」
 良き酒は人生に寄り添う。無残に散らされた酒への供養だ。生き残ったこの酒は大事に飲まれるだろう。多分。きっと。いや、少なくともおいしくは飲んでもらえる。信じている。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

お疲れさまでした。鉄帝には優良店がまた一つ増えることでしょう。ゆっくり休んで、肝臓も休めてくださいね。

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