シナリオ詳細
正義執行。或いは、少女は空へ旗を掲げて…。
オープニング
●正義の旗
貧しい少女が旗を拾った。
貧民街の片隅、ガラクタの投棄場となったその場所に生ゴミに埋もれ落ちていた旗。
食えもせず、金にもならないその旗を、けれど少女は手に取った。
ただ、なんとなく。
強いて言うなら、薄汚れ、腐臭混じりの風に揺れるその朱の旗が、彼女の目にはきれいに見えた、ただそれだけ。
彼女はその旗を手に、歩き始める。
バタバタと、旗が風になびく音。耳朶を震わすその音が、ひどく彼女を高揚させた。
その音と、楽しげに歩く彼女に惹かれ、気づけば彼女の背後には人の列が出来ていた。
雄々しく声を上げ、拳を振り上げる貧民街の住人たち。
彼らは叫ぶ。自分たちの境遇を見て見ぬふりする貴族たちに鉄槌を。
御旗の元に集う彼らは、少女の制止も聞かず進軍を開始する。
道を塞ぐ騎士を打ちのめし、自分たちが傷つくことさえも恐れずに。
御旗の元に、御旗の元に、御旗の元に。
その声を聞くうちに、少女の意識は曖昧となり……。
気づけば彼女は、瓦礫と遺体の山の上に立っていた。
おそろしくなった少女は、旗を手放そうとした。
そのたびに彼女は意識を失った。
その旗は、ある種の“呪物”であった。
持ち主の意識を奪い、周囲の者を先導し、旗の……あるいは、旗に宿る何かの意志の考える「正義」を執行させる呪物だ。
そのことに気づいた少女は、嘆き、そして悲しんだ。
自分のせいで、多くの血が流れたことに。
自分が自分でなくなっていく恐怖に。
そして……。
「せめて、この旗が無くなれば……」
●渇いた風の吹く青空
「……コバルトブルー」
『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)は、空を見上げてそう呟いた。
ぽつり、と。
晴れた空から滴る雨粒。
まるで涙のようだわ、と。
濡れた頬をプルーは拭う。
「彼女の名はレアン。戦火に故郷を滅ぼされ、貧民街で暮らす少女よ」
少女は平和を愛し、そして求めていた。
それと同時に、争いを激しく憎んでいたという。
そんな少女の気質と、旗の相性は良かったのかもしれない。
「現在、彼女はとある貴族の屋敷を占拠し籠城中。反乱に参加した者の多くは怪我をして動けない状態だけれど、それでも25名が武器を手に屋敷の警備を行っているわ」
貴族の屋敷に収容されていたものか、騎士の剣や槍、中にはライフルを手にした者もいるらしい。
また、貧民たちは“旗”の影響で志気が高く、そして身体能力も幾らか向上しているという。
「まともに攻撃を受けると【出血】は免れないわ。それと、2人以上の貧民による連続攻撃には【崩れ】が付与されるみたいね」
彼らの真価は、個々ではなく群で発揮されるということだろう。
それらを先導している少女レアンと“旗”には、大した戦闘能力が備わっていないことが救いか。
「とはいえ“旗”も自衛手段を持ってないわけではないわ。先に述べた、配下の強化以外にも【混乱】の効果を持つ閃光壁を展開することが可能よ」
単なる旗持ちの少女が、怪我1つなく貴族の屋敷にまでたどり着いた要因の1つがそれだった。
プルーは長い髪をかき上げ「それから」と、寂しそうに空を見上げて言葉を紡ぐ。
「この作戦の依頼主は、少女レアンよ。彼女は旗と、そして自分を殺して欲しいと……」
そして貧民たちを、これ以上死なせないでほしい、と。
涙をこぼし、そう告げたのだ。
「レアンが生きている限り、貧民たちは彼女を担ぎいずれまた反乱を起こすでしょうね」
また、旗の持つ能力を考えれば、行く行くは貧民だけでなく一般の民衆や貴族も反乱軍に組みすることになるだろう。
旗を手にレアンが活動し、その姿や名が知れ渡るにつれ執行される「正義」の規模は拡大するのだ。
いずれ、誰の手にも止められなくなるまでに……。
「どうにか、救ってあげられれば良いのにね」
ブルーな気分、と。
伏せた瞳で、プルーは告げた。
- 正義執行。或いは、少女は空へ旗を掲げて…。完了
- GM名病み月
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年08月03日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●正義衝突
槍を手に立つ灰髪の青年が1人。
乾いた風に灰の外套が揺れている。
「呪具により暴走した正義……これ以上の犠牲の無い終息を見届けることが、私の正義となりましょう」
そう言っては『往く末を辿る者』グニオグ・フーオルフト・スセンクラド(p3p008807)は屋敷の門に手を触れ、強度を確認する。
古く、質実剛健な印象の屋敷だ。
とある貴族の住居だったのだが、現在は反乱軍に占拠されている。
「それじゃ、門を壊して突入だな。門を壊すのに任せるぜ」
黒い髪の少年シラス(p3p004421)は、そういって背後へ視線を向ける。シラスの視線を受け『Enigma』ウィートラント・エマ(p3p005065)は薄っすらとした笑みを浮かべたまま、鷹揚に頷いて見せた。
「貧民は殺さずに、ということなので気をつけてくださいよ? 門の先に2人、見張りが立ってこちらを警戒しているようでごぜーます」
ウィートラントは透視と精霊使役と併用し、周囲の様子を観察していた。
塀の上の見張り台にいた反乱軍の数名は、警戒した視線をイレギュラーズたちへと注いでいた。
新たな同士か、それとも敵か……現段階では判断が付かないためだろう。
「正義の拠点の門を壊して正面突破か……まるで悪役の行動だが、俺は捻くれ者でね。あからさまに『正義』を振りかざされると、恭順する気も失せる」
拳を握りしめ『フォークロア』スカル=ガイスト(p3p008248)は腰を落とした。門の中央付近に狙いを定め、スカルは短く呼気を放つ。
ドン、と重たい衝突音が鳴り響く。門は揺れ、大きな罅が走った。
門の先から「敵襲だ!」と、反乱軍の怒鳴り声。
「さすがに硬いな」
舌打ちを一つ。スカルはさらにもう一度、鋭い拳打を叩き込む。
塀の上から放たれた、ライフルの弾はグニオグの盾が受け止めた。
砕けた扉が飛び散った。
怒号と共に、庭に溢れる貧民たちが武器を手に手に怒りを露わにしている。
「さあ、Step on it!! 偽りの正義はここで終わらせます!」
海賊の帽子の位置を整え『私の航海誌』ウィズィ ニャ ラァム(p3p007371)は武器を大きく振った。ナイフにも似たその刀身に、太陽の光が反射する。
門付近にいた反乱軍が武器を掲げた。
直後、その喉元へ『久遠の孤月』シュテム=ナイツ(p3p008343)の刀が突きつけられ、動きを牽制したからだ。
「悪いが捕縛させてもらうよ!」
真っ先に言葉を告げたウィズィと、武器を抜いたシュテムへと貧民たちの視線が集まる。
表情を消したシュテムは、誰の耳にも届かないよう囁いた。
「それにしても、争いを憎んだ者がその争いの種火になるか……なんというか、皮肉なものだね」
剣戟の音が鳴り響く中、『悪の秘密結社『XXX』総統』ダークネス クイーン(p3p002874)はゆっくりと庭の中央を歩む。
眉根に深い皺を刻んだダークネスは血が出るほどに強く唇を噛みしめた。
「あやつか……」
絞りだすようにそう呟いて、ダークネスは庭の先……屋敷の二階バルコニーへと視線を向けた。
そこに立つのは、朱の旗を手にした1人の少女。虚ろな表情で戦場を見下ろす彼女こそが反乱軍のリーダー、レアンであろう。
「レアン様には近寄らせんぞ!」
横合いから響く怒声。
迎撃のために手を翳したダークネスだが、それよりも早く『銀なる者』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)が前に出る。
「僕たちはレアンに用があるんだ。退いてもらおうか」
巻き起こる魔力に煽られて、灰の髪が激しく靡いた。
瞬間、リウィルディアを中心に展開される眩い閃光。一瞬、周囲を真白に染める。
閃光に焼かれた貧民は、胸を抑えてよろめいた。
●正義執行
虚ろな表情で、少女は旗を高く掲げた。
バサリ、と空を打つ音が鳴り響く。
旗が靡き、その度に反乱軍たちの戦意が目に見えて上昇。
剣を、槍を振りかざし、自身が傷つくことさえ恐れず戦いへ赴く。何度地面に転がされようと、腕や脚が折れようと、彼らはきっと命尽きるまで戦うことを止めないだろう。
シュテムの蹴りが、貧民の胸に叩き込まれた。
手放された剣が宙を舞い、深く地面に突き刺さる。当たり所が悪かったのか、その貧民は血を吐いた。
だが、痛みを堪えつつも彼はすぐに立ち上がり、よろよろとシュテムへ襲い掛かるのだ。
「周囲を扇動し反乱するよう仕向けるか。その旗とやらはとても危険な代物のようだ」
周囲には数名の反乱軍。
シュテムが素早く後方へと下がると、代わりにグニオグが前に出た。
グニオグが掲げた大盾に、連続で剣が叩きつけられる。
鳴り響く甲高い音。グニオグの手に伝わる衝撃もかなりのものだ。防御など捨てた全力攻撃。本来であればそのような戦法は到底褒められたものではない。
だが、彼らはそれを実行するのだ。
自身の掲げる正義のために。
旗を掲げたレアンを守り抜くために。
妄信に起因する自己犠牲の精神。血走った目で、目の前の敵を打ち倒さんと迫る様子に、グニオグは恐怖さえ感じた。
「なるべく痛手を最小限に抑えますが……さて、どこまでいけますかね」
折れた腕で、反乱軍は剣を振るった。
「この命尽きても、正義のために!」
血走った瞳からは狂気さえ感じられる。彼はここで、スカルと刺し違えてでも死ぬつもりなのだ。レアンさえ生きてさえいれば、自分たちの反乱は成ると信じているのだろう。
たとえその意志が、妄信が〝旗〟の影響を受けた結果のものであろうと。
そんな男の顔面に、スカルは拳を叩き込む。
「死は自らの罰として与えるものでは無い。良くも悪くも、死は生きようとする者にこそ贈られるものだ」
命までは奪わない。手加減した一撃だ。
もしもここで死んだとしても、彼はそれで満足なのだろう。レアンを守り抜くために命を賭したという満足感と共に死んでいけるのだ。後に残された仲間たちは、死した仲間の想いを胸にさらに奮闘するだろう。
ただ1人……レアンだけが、自身のために死んだ見知らぬ誰かを思い、人知れずに涙を流すのだ。
倒れて、立ち上がって、また倒れて。
繰り返される無益な突撃。妄信……狂信者のそれである。
「これは面白くない」
ウィートラントはチラと視線を屋敷へ向けた。
ウィートラントの位置からは聞こえないが、どうやらレアンは仲間たちに何事かを指示しているらしい。
「旗の力により己の意志に関係なく動かされているとは、くっふふ、さてさてどうしたものか……あぁ、ウィズィさん、背後からの狙撃に注意してくだせーよ」
ひらり、とウィートラントの耳元に1体の妖精が舞い降りる。妖精から得た情報を、素早く仲間へと伝えた。
「ウィズィ、殺すなよ!」
ウィートラントの警告に反応したのはシラスである。
ライフルで狙われているウィズィに【エンピリアルアーマー】を付与し、自身はウィズィが相手取っていた男の前へと跳び出した。
「あんたらは全員打ち倒すし、レアンも出来れば殺したくない……でも、退いてもらえはしないんだろうな」
突き出された槍を回避し、シラスは男の懐へと潜り込んだ。
力強く1歩を踏み込み、鋭い手刀をその喉へと向けて叩き込む。
戦闘相手をシラスとスイッチしたウィズィは、素早く背後を振り返る。
「Nobody yet!」
身体を反転させる勢いを乗せ、武器を一閃。
弾かれた弾丸が、ウィズィの頬を掠めて逸れた。滴る血を舌で舐めとり、ウィズィは地面を蹴り飛ばす。
まるで弾丸のような加速。振りかぶった武器の背を、ライフルを構えた反乱軍へと打ち付ける。
「ぐぅっ!? 手加減のつもりか、悪党め! 殺す気で来い!」
脇腹を抑え、反乱軍の女は呻く。
ウィズィは眉を吊り上げて、女の胸倉を掴み立ち上がらせた。
「Shut up! 貴方は死んで満足でしょうが、彼女はそれで苦しんでいるんです! 年端もいかない少女が疲れ果てるまで、責任ばかりを押し付けて、それの何が正義なの!」
歯を剥き、女の瞳を真正面から睨みつけ、ウィズィはそう吠えたてた。
その迫力に気圧されて、何も言えないでいる女をウィズィは荒く投げ捨てる。
「か、彼女とて……正義に殉じる覚悟は……」
「……レアンさんが死ぬ必要なんてないんですよ。彼女は何も悪くないんだから」
ウィズィは地面に武器を突き立て、唸るようにそう言った。
バサリ、と靡く朱旗を見据え彼女は奥歯を噛み締めた。
血を吐き、倒れていく反乱軍たち。
傷つき、けれど何度も立ち上がるその姿。
リウィルディアはその様を見て唇を噛んだ。
間違っていたんだろう、この国も、僕たちも……。
彼らは革命の狼煙をあげた。彼らの中には、貧民も町民も、元傭兵や兵士もいる。この地を治める貴族の治世に苦しめられ、命を捨ててでも抗うことを決めたのだ。
反乱軍たちだけではない。旗に操られていたとはいえ、レアン自身も戦争に強い恨みを抱いていたと聞く。
レアンが旗を手に入れたことは、単なるきっかけの一つに過ぎない。
彼女が旗を手に入れずとも、いつか反乱は起きていただろう。
その時、多くの命が失われていただろう。
ここに集う貧民たちもそうだ。
今でこそ、貴族の屋敷を占拠できているがいずれ奪い返される。いずれ反乱は鎮圧される。
そして誰も、生き残れない。
だから、レアンはこの反乱を止めようとしたのだ。自身が命を失うことになったとしても、これ以上無駄な戦いを続けさせないために。
レアンの周囲を囲む者たちが、リウィルディアにライフルの銃口を向ける。
迎撃のために手を掲げたダークネスを、リウィルディアは無言で制す。
瞬間、鳴り響く数発の銃声。
鉛玉がリウィルディアの身を撃ち抜いた。肩や脚から血を流しながら、リウィルディアは前へ出る。レアンが旗を振りかぶる。精神に不快感を与える魔力の波に、リウィルディアは歯を食いしばる。
「僕を殺したいかい? 君たちから目を逸らし虐げてきた貴族を……そのためなら、死んでもいいと思うのかい?」
その問いに、反乱軍たちは「構わない!」とそう返した。
レアンは、ピタリとその手を止める。
それを見て、リウィルディアは微笑んだ。
「あぁ、そうだ。君が死んで何になる!? 誰が喜ぶというんだ!? 君も彼らも、その旗に踊らされただけだ!高 潔さすら穢すような呪いに、ただ一刻眼を奪われていただけなんだ!」
次いで、銃声。
けれど、しかし……。
「はっ! まだ、抗えるではないか!」
リウィルディアを庇うように、ダークネスが駆け出した。その手に宿る魔力の波動を、バルコニーを支える柱へ叩き込む。
柱がへし折れ、バルコニーが傾いた。
バルコニーから滑り落ちる反乱軍たちには目もくれず、ダークネスはレアンへと視線を向けている。
「旗の意志に逆らえぬ? だから旗を破壊し自分も殺せだと? ふざけるな! であれば、この依頼は何だ! 貴様が真に操られているのであれば、貴様からこのような依頼等来るはずがなかろうが!」
発露される怒りの感情。
悪の結社の総統であるダークネスにとって、彼らの……レアンの、旗の、反乱軍たちの掲げる正義には思うところがあるのだろう。
●正義粉砕
「死を覚悟せよ! 正義を執行するために! 命を賭けて、革命を成せ!」
強い口調でレアンが告げた。
旗が振られ、不快な魔力がまき散らされる。
見開かられレアンの瞳から、一筋の涙が零れ落ちた。自身に治癒を施しながら、リウィルディアはたしかにそれを見た。
「死んでしまっては……また、怨嗟が捲き起こる。終わりなんて訪れないんだ」
そう呟いて……リウィルディアは、立ち上がる。
数名の男女による連続攻撃。それを盾で受け止めながらグニオグは呻き声を零した。
「押し返す! 仲間たちの邪魔はさせませんよ!」
盾だけでなく、自身の身体でも剣を受け止めグニオグはさらに1歩踏み出した。背後には崩れたバルコニー。
レアンを救いに向かう反乱軍たちを、グニオグはその場に押し留める。
額を流れる血もそのままに「頼みます!」と彼は叫んだ。
その声を受け、シュテムは跳んだ。反乱軍が剣を振ったその直後、がら空きになった側頭部に鋭い足刀を叩き込む。
一撃で意識を刈り取って、シュテムは縦横に戦場を駆けた。
反乱軍たちの注意を集めるために。
「レアンさんが生きてるとまた反乱が起きる……か」
そのためならば、命を捨てる覚悟を決めた反乱軍たちの様子を見て、あながち間違いでもないのだろう、と理解した。
だが、しかし……。
だからといって、レアンの命を奪うことだけはしたくなかった。
「スカル様、ウィズィ様、シラス様。あと一息でごぜーますよ? ここが踏ん張りところです」
血と硝煙の臭いが満ちる。
飛び回る妖精たちから入る情報を整理し、ウィートラントは仲間たちへと指示を出す。
索敵の手間を省くべく、手が空いた仲間へと敵の居場所を伝える役だ。彼女の透視を持ってすれば、物陰に隠れた敵の居場所も見極められる。
「あぁ、屋敷の方へは近寄らないでくださいよ」
と、そう言ってウィートラントは屋敷の入り口をチラと見た。
透視で覗いたその先には、無数の人が横たわる。反乱に参加した怪我人や死者だ。
「彼女の存在がなくとも、きっと反乱は起きたでごぜーますよ。戦争も反乱も世の中下火があるからこそ起こるもの。起こるべくして起こるもの……気にするなとは言えませんし、失われた命は戻りませんが、彼女はここで死ぬべきではない」
それでも死にたいのなら、と。
マスケット銃に手を添えて、ウィートラントはほんの一瞬、その顔から微笑みを消す。
どうしてもレアンが「死にたい」と願うのであれば、自分が引導を渡してやろうと決意した。
鋭い斬撃を回避しながら、シラスは視線をレアンへ向けた。
「アンタが死んでもこの騒動で起きた被害は取り戻せない。自分を責めるなら何年かけても生きて償って見せろよ」
彼の声は、レアンの耳に届かない。
けれど、叫ばずにはいられない。
鋭い手刀を反乱軍の胸に打ち込み、シラスは小さく舌打ちを零す。
埃に塗れ立ち上がったレアンの瞳に、感情の色は一片たりとも伺えなかったからだ。
「それにしても、手刀じゃ時間がかかりすぎる……」
素早く数歩後退し、2人の反乱軍を引き付ける。反乱軍の意識がシラスへ集中したその瞬間、スカルの拳が2人の胴に叩き込まれた。
白目を剥き、倒れた2人を一瞥しスカルは堂々と胸を張る。
「俺たちは、お前たちのリーダーを葬るぞ」
それが嫌なら止めてみろ、と。
スカルは敢えて反乱軍たちにとっての「悪」となることを選んだ。
実際には、レアンの死を偽装し彼女を遠くへと逃がすつもりなのだが……そんなことは、反乱軍たちには伝わらないのだ。
スカルへ向かう怒りの感情を、涼しい顔で受け止めながら、彼は拳をきつく握った。
手近にいた1人の頭部を掴み、死なない程度に地面へと叩きつける。
武器を掲げ、ウィズィは告げた。
「Nobody yet! そこを退け! 私は彼女を救うと決めたんだ!」
命さえ捨てる反乱軍の強い意志。
たった1つの命さえも取りこぼさないというウィズィの意志。
ぶつかり合う意志の力……勝利したのは「生きる」意志。ウィズィの声と視線に押され、反乱軍たちは後退した。
空いた道をウィズィは進む。
彼女を前へと進ませるのは、いつでも強い「想い」と「意志」だ。
展開された閃光が、反乱軍を押しのける。
リウィルディアの放った【神気閃光】では、対象の命は奪えない。
倒れた反乱軍の1人が、リウィルディアの脚を斬りつけた。倒れたままの姿勢で……立ち上がる力も残っていないのだ。
ならばもう、そちらを気にする必要はない。リウィルディアの瞳は、もはやレアンのみを捉えて離さない。
リウィルディアが開いた道を、堂々とした足取りでダークネスが歩んでいく。
レアンは退くこともせず、旗を掲げ……。
「貴様の怒りは、戦争への憎悪は、そんな旗一本に支配されてしまうような小さな物なのか!」
一喝。
響き渡る大音声。ダークネスの声に、レアンは一瞬、動きを止めた。
その手が僅かに震えている。
旗は振り抜かれる途中で止まっていた。
ダークネスは、旗の柄をその手で掴み力を込める。
「その旗のやっている事は、貴様が怒り憎む行為そのものではないか! そんな物に言い様にされるな! 貴様の怒りは、憎悪は、正しき怒り! 正しき憎悪だ! そんな旗一本に、負けるはずがない!!」
ミシ、と旗の柄が軋む。
「ぁ……ぅあ……」
レアンの瞳が見開かれ、その手は自身の首へと伸びた。
だが、しかし……。
「死に逃げる事等許さぬ! その旗を手にした責任は自らの生で以って注ぐのだ! 死ぬ為に生きるな! 生きる為に死ね!」
再び、レアンの動きが止まり。
「私……は、いつか……この世界から、戦争を、なくす!」
死ぬのならその後だ、と。
そう告げて。
「よく言った!」
ダークネスは旗をへし折った。
倒れたレアンをウィズィがそっと抱き上げた。
虚ろな瞳を覗き込み、リウィルディアは告げた。
「いつか好転の時が来る。革命の狼煙は必ず上がる。その時君に、真の旗を手にしてほしい」
なんて、言葉を受けてレアンは小さく頷いた。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
反乱は鎮圧され、レアンは保護されました。
いつか彼女が行動を起こすのか、それとも静かに生きるのか。
それは彼女次第……けれど、しかし皆さまの行動はレアンに生きる意味を与えたことでしょう。
依頼は成功となります。
この度はご参加ありがとうございました。
お楽しみいただけたなら幸いです。
またご縁があれば、別の依頼でお会いしましょう。
GMコメント
●ターゲット
・レアン(ノウブル)×1
17、8歳ほどの少女。
戦火に故郷を焼かれ孤児となったことから、争いごとを激しく憎んでいるようだ。
偶然に“旗”を手に入れたことで、半ば旗に意識を奪われ反乱軍のリーダーとして行動している。
旗はある種の呪物と化しており「正義」を執行するため、持ち主を奔走させる模様。
正義の旗:神中範の対象に【混乱】を付与する光の障壁
・貧民(ノウブル)×25
レアンに先導され、貴族の屋敷を落とした貧民たち。
多くは息絶えるか、怪我をして屋敷に収容されている。
残る25名は元々戦いを生業としていた者たちらしく、武器の扱いにも長ける。
また“旗”の能力で、身体能力が多少ではあるが上昇している模様。
執行、物近単に小ダメージ、出血
手にした武器による単体攻撃。
正義の名のもとに:物単至に中ダメージ、崩れ
2人以上による連携攻撃。
●場所
とある貴族の屋敷。
屋敷の周囲は高い塀に囲まれている。また、塀の上には物見台があり貧民たちが警戒に当たっている。
屋敷正面には鉄の門。現在は硬く閉ざされている。
門の向こうには、訓練場も兼ねた広い庭。その先に2階建ての屋敷がある。
塀の上、庭、屋敷の1階に貧民たちは散開している模様。
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