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シナリオ詳細

<禍ツ星>灼熱地獄、九尾の狐

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●魔種に風情はわかるまい
 無限に続くかと錯覚するほどの砂浜、雲一つ無い空に輝く明るい太陽、日光に照らされた砂浜が、海水の蒸発した熱い蒸気を噴き上げる。
 水着があれば泳ぎたい、そうでなくともこの時期の貴重な海や人だかりを楽しみたい。
 そんな時期なのに。
「せっかくの、お祭りなのに、ね……」
 そんな『いねむり星竜』カルア・キルシュテン(p3n000040)の苛立った声が周囲の悲鳴にかき消されていく。
 彼女を含む、海のバカンスを満喫しようとしていた9人のイレギュラーズ達を待っていたのは東洋の美しい海ではなく、刀と鎧に身を包んだ無数の骸骨であった。
 もちろんイレギュラーズ達はそれを一切予想していなかった訳ではない。歴戦の彼らはこの夏祭り中であっても決して浮かれる事は無く、常に集団で行動し、有事の際の装備の携帯を欠かさず行ってきていたのだ。
 豊穣と海洋の合同で開催されたこの夏祭りの準備と称して、豊穣の幹部たちが『妖避けの祭具』を豊穣の至る地域に撒いている事はわかっていた。
 この国の頂点には魔種――『巫女姫』がいる以上、夏祭りに奴らの介入が入るのは明白だ。
 恐らくは。この海岸の中央に設置されていた『宝刀』が、魔種の呪いを浴び、設置型の罠としてあやかし達を呼び寄せているのだろう。
「だからって、よりによってこんな夏祭りの真っ最中に発動させるなんて!」
「ホント、だよね」
 イレギュラーズの言葉にカルアは呆れた様に欠伸をしつつ槍を構える。
 この夏祭りはただの季節のお祭りではない。これは『海洋王国とカムイグラとの交流を祝う共同開催の夏祭り』なのである。
 そこにたどり着くまでに多大なる犠牲を払ったイレギュラーズ達にとっても、この二度はないであろう友好のきっかけを台無しにされるわけはいくまい。
 イレギュラーズはそれぞれの武装を身にまとうと、顕現が完了した鎧兵たちへ素早く先制攻撃を仕掛ける。
 早く夏祭りに来た皆を安心させよう。この程度のあやかしなど朝飯前、早く事を済ませて再び水着三昧と行こうではないか。

●『御狐様』
「……さて」
 それが終わるまで、1分もかからなかった。
 妖刀が呼び出したのはなんてことはない、ただの雑魚だった。多少の体力や気力の消費もあったが、駆け付けてくれた大勢の鬼人種たちの手厚い看護でその大半は補われたであろう。
 イレギュラーズ達は額についた汗を拭い、海岸の中央に祭られていた見事な真紅の妖刀を眺め後処理に頭を悩ませる。
 雑魚とはいえどあやかしはあやかし。祭りを続けるにあたってこのままこの呪いの物を放置しておくわけにはいくまい。
「へし折ってしまおうか」
「折ってもまだ作動するかも」
「では、今は誰か一人が封じ込めて、ローレットへと持ち帰って清めましょう」
「そうしようか」
 そんな意見交換と会話が交わされ、妖刀に手が延ばされる。あとは避難した鬼人種達へ安全を伝え、終わりにするとしよう――そのはずであった。
「あ、あれは……御天道様が!?」
 刀をイレギュラーズが掴もうとしたその時、事態は急変する。

 天より輝く灼熱が、太陽が二つに分けられ――その片割れがこちらへと急接近する、それは天を指さした鬼人種やその周囲にいた物に眩い何かを放つと、彼らを瞬く間に業炎に包み込む!
「ギィアアァァァ……」
 即座に癒しの力を持つ仲間が燃え盛る彼らを救おうと術式を練るが、炎の中から突き出た腕がそれを阻害する。
 炎の中から現れたそれは鬼人種でもその死骸でもなく、ぶよぶよに膨れ上がり、赤黒い肉の塊と化した成れの果て。
 動揺するイレギュラーズ達が思わず刀から手を離したその瞬間、業炎はイレギュラーズからそれを奪い取り、それは真紅の刀を咥えこんだ金色の九尾の狐の形を取る。
 業炎の躰、紅の瞳、紅の刀、そして背に付いた紅の深い刀傷。その姿に、カルアは見覚えがあった。
「まさか……『御狐様』……!」

 かつてイレギュラーズと交戦し逃げ出した狡猾な魔物は呪具を取り込み、再び力を得ようとでもいうのだろうか。
 イレギュラーズ達が再び戦闘態勢を取った時――九尾の狐はその尾を大きく広げ、立ちはだかる障壁を斬りつけんと飛び掛かって来た――!

GMコメント

 せっかく水着の季節が来たのに……魔種には本当に呆れさせられますね。
 以下依頼内容です。

●成功条件
 肉腫が奪った呪具『妖刀』を回収する。

●戦場
 カムイグラの海岸、晴天下。
 戦場として使えるのは100メートル四方と言ったところ、少なくとも直接戦闘に不自由な物は何一つ存在しない。
 またシナリオ開始時では10名ほどの非戦闘員が周囲で戸惑い、逃げ出そうとしている。

●『御狐様』
【純正】肉腫(オリジン)。精霊種がパンドラと絡まり発生するように魔種が蓄えた滅びのアークが自然現象と結びつき生まれた悪意の塊。
 周囲のあらゆる存在に因子を植え付ける事で【複製】肉腫(ベイン)を生み出し強化する能力を持つ。
 彼女が宿す属性は『業炎』。見た目は金色に輝く毛並みと紅の瞳を持つ美しい九尾の狐だが、その正体は理不尽なルールを敷き従わぬものに死を与え続ける傲慢の化身。
 判明している能力は以下の通り。
・『狐火』 業炎は自らの周囲の酸素を焼き尽くし、無法者を灰に変えます。
・『狐憑』 範囲内の精神をかき乱す攻撃。狐の悪戯にご用心。
・『妖刀』 咥えた妖刀の力を使用し、肉腫を強化します。(付与スキル)
・『激怒』 イレギュラーズに対する憎悪が肉腫を奮い立たせます。麻痺・精神系統効果減衰。HP、EXA増。
・EX『九尾』物特単【スプラッシュ9】【??】【??】【??】【??】【??】さようなら。

●【複製】肉腫
 逃げまどう鬼人種が『御狐様』に捕らえられ変異した肉の塊。物理的に殴りかかる、血のような酸を飛ばし攻撃するといった物理手段を所持する。
 シナリオ開始時の時点で確認できる数は4。
 彼らの生死は成功条件に含まれないが『現在HPの2倍以下、あるいは1000ダメージ以下の攻撃で撃破する』『不殺スキルで撃破する』のどちらかの手段で撃破すると救出(人へと戻す)する事が可能である。
 
 なお、イレギュラーズは滅びのアークと相殺するパンドラを所有するため肉腫と化す事はない。

●NPC
・カルア
 何もなければ描写外にて避難誘導を支援します。
 プレイングにて指定があれば防御技術と再生力を持つ盾役としても使用する事が出来ます。
(ステータス水準は仲間イレギュラーズの平均相応まで引き上げられます)

・関係者プレイングについて
 呼び出しは可能ですが、『御狐様に攻撃される可能性があります』。

●備考
 このシナリオはラリーシナリオ『悠久幻想オリエント』の続編にあたりますが、参加にあたって事前の把握の必要はありません。
 https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/3446

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。
 
●Danger!
 当シナリオにはパンドラ残量に拠らない死亡判定が有り得ます。
 予めご了承の上、参加するようにお願いいたします。

  • <禍ツ星>灼熱地獄、九尾の狐Lv:20以上完了
  • GM名塩魔法使い
  • 種別通常
  • 難易度HARD
  • 冒険終了日時2020年08月06日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)
奈落の虹
彼岸会 空観(p3p007169)
恋屍・愛無(p3p007296)
終焉の獣
桐神 きり(p3p007718)
笹木 花丸(p3p008689)
堅牢彩華

リプレイ

●太陽を蝕む物
 激しい火花、冷や汗すらも沸騰しかねない熱気。横薙ぎに振るわれた『御狐様』の妖刀と彼岸会 無量(p3p007169)の大太刀が激突し真空波が周囲の砂を吹き飛ばした。
 無量は九尾の一撃を跳ね返すと後方へと吹き飛ぶ己の体を食い止め、眩く輝く狐の紅の輝きをじっと見つめる。自身がその紅に輝く刀傷に敵を視たのと同じように、あの女狐もその太刀筋に仇敵を見たであろう。
 人を掟で縛り、もがき苦しむ様を眺める悪意の塊。その膨れ上がった傲慢という肉を断つべく無量は周囲の空気の流れに意識を集中させる。
「来ます……!」
 それが揺らいだ瞬間、狐の姿は蜃気楼か何かの様に揺らめき消え失せた。巨大な熱気が生み出す蜃気楼は敵を翻弄し、その輝きは位置を見定める事を拒絶する。
「疾い――ですが、なんと稚拙な策で御座いましょうか」
 夏の空に無数の青い蝶が舞い何も見えぬ空間を包み込む、捕らえられた黄金色の獣を前に、『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)が静かにステッキを振りかざす。眼前の悪意の塊を侮蔑するように見下ろしながら、幻はシルクハットを振り上げ、更に蝶の結界を強く固める。目の前の『御狐様』も問題だがそれ以上に厄介なのは奴を呼び寄せた妖刀だ。滅びの可能性によって禍々しく染まった、肉の妖刀――あの巫女姫と名乗る魔種は合同の祭事を大混乱させることで海洋と豊穣の友好を拒み、斬り裂こうとでもいうのか。つくづく、虫唾が走る。
「さあ、貴女と遊んでさしあげますよ。本気の奇術をご覧に入れましょう」

 火炎に包まれた赤黒い肉の塊が特異運命座標を取り囲む。腐るとも焦げるとも言えぬ不快な臭いを放つその異形に『不退転の敵に是非はなし』恋屍・愛無(p3p007296)は眉ひとつ動かさず見渡し眺め、息を吐く。文字通りの肉腫に変えるとは、あの臆病者の狐は相も変わらぬ性格の様だ。
「後がないか、勝てると踏んだか。何にせよ、被害を大きくするわけにはいくまい」
 愛無はその右腕を歪に、大きく膨れ上がらせる。その光る黒い粘膜で彼らの膨れ上がった肉の鎧を削ぎ落し、中でもがき苦しむ罪なき鬼達を救うために。
 黒の鋏が鈍く動く肉腫どもの肉を切り刻む、肉腫は怪しげな赤黒い液体を纏い逆に溶かし返さんと飛び掛かる。その肉の塊に、消化液をも吹き飛ばす重い拳が2発叩き込まれ、肉塊は叩き落とされた。
「飛び入りでエントリーたあ、やってくれたなあのファッキンフォックスめ」
 素早く撃ち込まれる3打目は肉腫の顔らしき部位を撃ち、その全身を地べたへと叩きつけさせる。ジャブと言えどその連打は決戦兵器級、ウォーミングアップは終わりとばかりに士気を高めた『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)は愛無に纏わりつく肉塊どもへ次々と文字通り殴り込んでいく。ほどなくして九尾が放った火球が彼の頬を霞めると、その厄介さに貴道は不敵な笑みを浮かべるのであった。
「盛り上げるじゃないか、エンタメの才能があるぜ?」
「どうだろうね、せっかくのお祭りを邪魔してくれた事は無粋と思うけど」
 貴道をすり抜けようとした炎をかき消しながら、肉腫達の位置を困ったように探る『魔風の主』ウィリアム・ハーヴェイ・ウォルターズ(p3p006562)のそんな言葉に貴道はごもっともだと大きく笑う。
「HAHAHA! まったくだな、屋台のイカ焼き食いそびれたじゃねえか、毛皮にするぞ?」
「うん、マフラーにしてやったら冬も暖かそうだね」

 九尾は声高く鳴き幻の拘束を焔で焼き切ると車輪を描く様に丸まり、一気にパンドラを持たぬ鬼達を狙い飛び掛かろうと試みる。だが覚悟を決めた『新たな可能性』笹木 花丸(p3p008689)の小さな手に遮られれば彼女はただ怒りに哭く事しかできない。
「絶対に、行かせない!」
 業炎を宿すその獣の体を直接押し返し、一歩たりとも下がる物かと花丸は食いしばる。たとえ花丸の手を包む手袋が焼けこげ肉が燃えようとも、肺の中の酸素が妬かれようとも守ると決めたからには貫き通す。それが彼女の信念であった。
 その最中でさえ、怒る九尾の放つ焔は予想のつかぬ放物線を描き特異運命座標達をすり抜けると鬼人種達を焦がし、その内側から弾性の強い肉を浮き上がらせる。精神を焼かれ、巨大な肉塊と化した心優しき協力者たちは桐神 きり(p3p007718)の腕を掴み、その避難誘導を阻害する。
「っ……人を苦しませてこんなモノに変えるなんて……!」
 悪霊を退治し海三昧と行こうとした矢先に、こんな最低な趣味の物を見せられるとは。嫌悪感で顔を歪めたきりを救うべく、『蒼海の語部』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)の刃が肉腫の腕へと食い込み、弾き飛ばした。
「あれが例の御狐様でござるか……罪無き者まで怪物に変えるとは酷い事を」
 静かに逃げ延び余生を過ごしていればいい物を、害を為し自分達に復讐を挑んでくるとは。咲耶は始末刀を静かに振りぬくと肉腫や九尾に注意を払いきり達を邪魔する魔物に牽制の一撃を放つ。

「みなさん、お願いします! 今は、走ってください! 彼らを助けた後、治療するには皆さんの協力が必要なんです!」
 きりは冷静に手に憑いた溶解液を振り払うと異形と化した仲間達におびえる鬼人種達へを勇気づけるように励まし、しんがりを務める形で誘導していく。その最中、きりは無事な獄人の数を数え――安堵する。
 無傷ではないが、上手く行った。幻や花丸が御狐様を素早く食い止め必死に持たせていなければ。きり自身がいくら協力者を奮い立たせようとも【複製】肉腫へと変異する一般人の数は遥かに多かったであろう。
 初動は完璧だ、後は彼らを安全な所へと引き渡し、仲間達の元へと戻るだけ――
 
●肉と尾蠢く地獄
「私は兵部省の古賀という者です! さぁさぁ、後は私や神使の方の誘導に従って逃げて下さいね!」
 もはや御狐様にはすぐに手が出ないほど遠くで、きりから仕事を受けづいた咲耶の友人(?)、朝霧が刀を旗代わりに鬼人たちを陸地へと誘導していく。後は安全を確保次第、彼女達が後始末をしてくれる事であろう。
 自分達はただ、なんとしてでもあの偽りの業炎たる不届き物を打ちのめし、その刀を拾い上げてやればいいのだ。

「さあ、小細工の時間はもう終わりだ」
 ウィリアムの言葉に九尾は唸り――その刃を天へと突きあげる。金色に燃え盛る刃は更に強く光り輝き、周囲は怪しい輝きに満たされる!
「ア、ウアアアアア……!」
 周囲の肉腫達の表面から噴き出す溶解液が沸騰し、幾多の黒い何かがその全身から突き出た瞬間、肉腫達の全身はまた近づくものを拒む金色の焔に包まれる。同時に九尾の紅の瞳が怒りで強く光り輝く。こっちこそ、本気はこれからだと言わんばかりに。
「その刀、置いて行ってもらうよ!」
 周囲に満ちる神秘的な魔力は彼の心を沸き立たせる。肉腫がウィリアムの姿を捕らえ焔を吐くも、素早く術式を練り上げたウィリアムの手により周囲の空気ごと捕らえられ、それは別の肉腫へ向けて放たれる。
 空気の爆弾は肉腫の体表ではじけ、即座に噴きあがる炎の風圧がその体表の焔を吹き飛ばす。そこに空かさず暴風を伴った貴道のパンチがのめり込み、その肉体を遥か彼方の岩壁へと弾き飛ばした!
「ぐ、え」
 壁にめり込んだ肉腫はぼてんと転がり、晴れ上がった皮膚が元の鬼の形へと戻っていく。やはりか――ほんの数秒で、人を人ならざる者へと変える力を奴は持っていない。
「死なぬ程度に死なせるならば、容易い話だ」
 愛無はその様子を眺め、自らの周囲に這い寄る燃え盛る肉腫どもを観察する。奴らは今もなお歪に膨らみ続ける自分の右腕を脅威とみなし、彼を狙って飛び掛かってくる。その犠牲となった鬼達の知能程度は知らぬが、どうにも奴らは賢くないらしい。
「燃え盛る肉体か、飛び散る火の粉は放置しては厄介だ――」
 愛無は御狐様から距離を置くように飛び退き肉腫を誘導する、その燃え盛る連中がこちらを向き牙とも角ともとれぬ黒い突起物を向けたその瞬間。愛無は肥大化した右腕を振り回し、その一部たる粘膜を突起物へと向け的確に射出。蒸気を噴き上げ消化する粘膜を肉腫達はもがきかき消そうとすれども無駄に等しく彼らの燃え上がった肉体の炎は消えていく――だが、奴らは人と戻ることは無く、むくりと起き上がると愛無を睨み飛び掛かる。
「そのしぶとさにも加護がかかるか、厄介な術だ」
 その拳を右腕で薙ぎ払い、愛無は腕に残る熱に不満を募らせる。御狐様も厄介だが、奴らのしぶとさと攻撃力も面倒だ。
「そうでござるな、元に戻る反応も徐々に鈍っているでござる」
 咲耶は迫る肉腫達の攻撃を宙がえりで躱し、愛無の仕留め損ねた敵の急所を外した一撃を重く叩きつけ転がせる。
「数を抑えられただけ良かったでござるが……!」
 咲耶が殺気を感じ、振り向くとそこには新手の肉腫。されどその頭には幻の奇術か蒼い薔薇の花弁が開き、咲耶に襲い掛かる直前、力を吸われたかのように静かに地面へと転がった。
「行きましょう、これ以上五流の奇術に付きあっている余裕は御座いません」


 御狐様が小刻みに跳ね尾を振り焔を呼び覚ます。地から立ち上る焔は彼女を護り、その焔の壁より蜃気楼の様な透明な影が現れ無量達へと襲い掛かる。燃え盛る紅蓮と、狂う五感が仲間の頭を歪ませていく。
「花丸さん、カルアさん、しっかりです!」
 合流したきりは護り刀を手に御狐様を挟み込む二人を癒す魔術の陣を必死に練り上げ援護を続けるが、何時まで持つかはわからない。治癒術により10秒、いや、20秒は更に持つであろうが――無量を護る花丸たちが、何より彼女を癒す自分や無量自身がどこまで持つかわからなかった。
 ここで一人でも欠ける事は奴を即逃がす事につながるだろう、だからこそ、ここで奴を逃すわけにはいかない。
 じりじりと肺を焼き焦がす焔が無量の壁となる花丸を焼き尽くす。ほんの数十秒であろうと彼女を立たせることを許さぬ無数の金色の炎は体力だけではなく、気力を、魂をも焼き尽くしていく。それでもなお花丸は今一度立ち上がり、無量を必死に庇い続ける。諦めない、諦めない、絶対に諦めない!
「あと少し、あと少しですから……!」
「ここまでの障壁があってなお、私に執着するとは――然し、一太刀浴びただけで逃げ帰る獣風情が刀を持った程度で何が出来るのでしょうね?」
 無量は大太刀を構え、御狐様の足を狙い無数の突きを叩き込む。傲慢な狐は雪辱を晴らさなければ決して撤退などしないであろう。ならば更に煽り、傷を開き、意識を肉腫や撤退から自身へと逸らしてみせるのだ。そしてこの身を焦がそうとも、奴の手の内を全て明かし、息の根を止めてやるのだと。
 しかし狐は動かない、延々と目をぎらつかせ、拘束を続ける無量たちへがむしゃらに攻撃を続ける。それが歪であった、それが不穏であった。
 よほど体力に自信があったのか、あるいは――もう、持たない――花丸が覚悟を決め、歯を食いしばったその時。御狐様の顔面に傷だらけの拳がめり込み、その身体を吹き飛ばした。そして幻の放った蝶が燃え盛る刀へと纏わりつき、御狐様の注意を完全に引き付けていく。

 このままの勢いで叩き落としてやろう。ウィリアムの抜かれた刃の無い魔剣は彼の魔力を帯び、鋭く、大きな刃を宿す。空間を捻じ曲げるその魔力の刃は一振りで九尾のありとあらゆる方角を閃光の様に駆け巡り、そして彼女の口元で炸裂する――!
「……やった!」
 御狐様が弱弱しく鳴き、噛み跡のついた紅蓮の柄が砂地に叩きつけられる。九尾は真紅の瞳でこちらを睨みつけると一歩下がり、警戒の態勢を取り身構える。
「そうだ、最初からそうしておけばよかったんだよ――そうじゃなきゃ、君の首を置いて行ってもらう所だった」
 ウィリアムは優しく御狐様に語る様に囁くが、その手に握りしめられた魔剣には未だ魔力の刃が宿りその目には警戒の意思が込められている。
「妙だ。まだ余力はあってもおかしくないのになぜ動かない?」
 おかしなことをすれば即座に食いちぎると鋏を向ける愛無。その横を花丸が飛び出し、転がった妖刀へと駆け手を伸ばす。
「罠かもしれないけど、今しかないんだ!」
 例え罠であろうと、敵が力の源である妖刀を手放した今ならばきっと何とかなる。そこには少々の打算もあった。九尾の壁になり立つのもやっとな今、自分にできる事はその身を犠牲にしてでも刀を掴み放り投げる事だけでもできれば。
 その祈りが届いたのか、敵が動くよりも先に花丸の伸ばした腕が妖刀へと届き、掴みとろうとしたその瞬間だった。
 九尾が顔を上げ、どこか待ちかねたように哭いたのは。
 
 御狐様の――その九つの尾が、眩いまでに光り輝いたのは。

●奴に相応しい終焉は
「花丸殿!!」
 咲耶の叫びが海岸の砂浜に吸い込まれる、だが、既に九尾のその尾は1つ1つがまるで十尺ほどに大きく広がったかのように燃え上がり、花丸を包み込もうと襲い掛かっていた。
「うそっ……!?」
 激しい爆風が砂浜を巻き上げイレギュラーズ達の視界を消し飛ばす。砂に埋もれた微かな視界の中に、九つの黒い炎が体表を走り倒れる花丸の姿がそこにあった。
「花丸! 大丈夫?!」
「このぐらい、へっちゃら……だから……!」
 ウィリアムに体を包む炎を払われ、花丸がゆっくりと起き上がる。もし胸元に傷を癒す霊薬を仕込んでいなければ、炎への備えが無ければ、その直感が少しでも遅れ、飛びのく判断が出来なければ――最悪の二文字が僅かに頭をよぎろうとも、花丸は立ち上がる。
「みんなに任せてっていったのは、私だから……この手が届く限り、負けるもんか……!」
 再び刀を咥え睨みつける九尾の眼光に負けじと花丸は睨み返し、拳を構える。奴は不意打ちを成功させた自分を嘲笑う事も焦る事もせず、じっとこちらを見つめている。奴も必死だ――だから、追い詰めるなら今しかない。
「みんな、あの尻尾に当たらないように、注意して――」
 その時であった、自らの視界の片隅に異物を見つけたのは。きりのギフトにより、まるでオンラインゲームのチャットの様に浮き上がったその文字列は、皆に静粛を求めるものであった。
『注意をする必要はありません、あいつはもうアレを使えませんから。使えるなら始めから使っていたことでしょう』
『んだぁ? ユーはなんでそれがわかるんだ?』
 デジタルな視界に若干の違和感を覚えながら貴道がきりの方へと顔を向けると、きりは若干困ったような表情でそれを説明する。
『刀を落として力を溜め、誰かが近づいた所を不意打ちする。そうして私達が警戒して距離を取ったところを、奴は上手く逃げるつもりなんです』
 花丸に反撃を仕掛けた表情でわかったときりは感謝の気持ちを込めると、静かに仲間へと指示を出した。
『恐れず近づいて攻撃してください。奴に、悟られないように』
『なるほど――』
「『線』が、視えました」
 刀に手をかけ、透き通るような微かな声を残し――無量の大太刀の一閃が九つの尾の一つを穿つ。奴の意識を削ぐ至高の一筋、気配が変わった事に焦りを覚えた御狐様に、無量は穏やかな声で囁いた。
「残すは狩るか狩られるかのみ」
 さあ、存分に楽しもうではないか、と。
 隙を伺おうとも距離を取れず、宙を逃げようとも無量の太刀筋はそれを逃さず。怒りと焦りが生み出す焔の渦をウィリアムの魔力の加護を手に愛無は突き抜け、更に大きく、自らの擬態と同等までに膨れ上がった黒の鋏を叩き込む。
「立ち去れば良いものを君は戦った、ただそれだけだ」
「その通り、今度こそ潔く逝くがよい!」
 咲耶の放つ鴉羽の嵐は九尾の焔の柱を吹き消しその炎の体を吹き飛ばす、鴉羽の内からまるで羽化するかの如く無数の蝶が飛び出し、その風圧で焔の体が吹き消されていく。
「宣言通り、田舎では拝めない本気の奇術で御座いますよ、お客様」
 尾を輝かせども誰も臆さず、幻覚に最早惑わされる者も無し――その小さな体が花丸に再び掴まれ、手の内が全て読みつくされたことを悟った時にはもう遅い。
「最後の一発、持っていけっ!」
 力任せに狐の体を吹き飛ばす花丸、恍惚とした御狐様の命の灯はほんの僅か。
「貴道さん! 思い切りやってください!」
 きりの言葉が、指示が貴道の意識を、気力を、血肉を沸き立たせる。鍛え抜かれた超人の肉体が九尾を恐れおののかせる。
 勝機、APはきっちり1回分、釣りは無し――御狐様が唸り霊力を振るいたたせたと同時に、貴道の集中力は絶頂へと達した。
「こいつは騙し打ちのお礼だ! もっていきな!」
 その言葉と共に貴道の体が揺らいだ瞬間、周囲の空間が歪み、彼の仲間達の動きが鈍っていく。御狐様は好機と目を見開くと反撃の構えを取ろうとする……が、体が動かない。
 違う、これは『彼の爆発的な殺気が自らの体感時間をも狂わせたのだ』――そう九尾が意識した刻には既に貴道の拳がその体を貫いていた。
 拳に圧縮された空気の爆弾が九尾の肉を内側から球状に炸裂させる。断末魔もなく、爆発の衝撃で御狐様が吹き飛ばした妖刀は太陽を斬るかの様に刃を振るい地に突き刺さる。
 目が焼き尽くされるかの様な閃光と熱気が豊穣の海岸中を吹き飛ばし、そして、奴の存在はどこにもいなくなった。
「終わったんだよ、ね?」
 花丸の言葉にさあなと貴道は首を振ると、殺気が消え失せたのを感じとりボクシングの構えを解く。
「ボディに一発決めてノックアウトしてやったのはたしかだがな」
 手ごたえはあるものの芯は感じない、本当に戦い辛い相手だった。貴道はそんな感想を漏らしながら苦笑する。もっとも、業炎であろうとも殴り飛ばして見せるのはまさに今彼が示してみせた所なのだが。
「なに、傲慢で膨れ上がった仮初の肉体に初めから芯などなかっただけの話だろう、最後まで愚かな臆病者だ」
 愛無は砂に突き刺さった妖刀を引き抜くと、じっとそれを眺める。最期まで嫌がらせをする気なのか。九尾を宿した黄金の焔は刃を包みいつまでも――恐らく永遠に――燃え続けていた。
「万が一顕現でもしたら厄介でござる、ローレットで丁寧に処理するべきでござるよ」
「ああ、その方がいいだろう。これは無量君にまかせても」
 咲耶の言葉に愛無は頷き、無量にゆっくりと手渡す。
「ええ、問題ありません」
 無量はそれに頷き、器用に鞘に炎刀を納めると二度と抜かれる事の無い様、硬く紐で縛り付けるのであった。

「因果応報。それが未来永劫、貴方を縛り付ける掟です」

成否

成功

MVP

桐神 きり(p3p007718)

状態異常

夜乃 幻(p3p000824)[重傷]
『幻狼』夢幻の奇術師
恋屍・愛無(p3p007296)[重傷]
終焉の獣
笹木 花丸(p3p008689)[重傷]
堅牢彩華

あとがき

 ありがとうございました。
 今回は幾つも罠を張り、成否を問わず抜けがあれば逃がすつもりでしたが……イレギュラーズ達の知恵と工夫の方がそれを遥かに上回ってくれました。お見事です。
 御狐様は妖刀に封じ込められる形で消滅し、ローレットで破壊や封印といった然るべき処置がなされるでしょう。

 MVPは後方支援役として立ち回った貴女に。ギフトが強い……!
 お疲れさまでした! またの機会をよろしくお願いします。

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