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シナリオ詳細

<禍ツ星>白群のあわいに

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 さらさらと、浜辺の音色が移ろいゆく。
 神が通る道は白群の淡い波に彩られ、幾夜、散りばむ星屑を抱くのだろう。
 花咲く香り、梔子の白一つ取って掌に乗せれば、切なさに口が歪む。
 この花ならば、願いを運んでくれるだろうかと問うて。否と自嘲した。
 どれだけ手を伸ばそうとも、届かぬそれに。今更何を想う事があろうかと瞼を伏せる。
 ぽとりと落とした梔子の花を一瞥して少女は踵を返した。

 己の望みは。己が手で――

 誰かが運んでくれるなんて。夢物語。
 懐から鏡を取り出し、自分の姿を映した『花舞乙女』国府宮 篝は髪の乱れを指先で持ち上げた。
 手頃な岩に腰掛け帽子を取り外し、美しく見えるように整えていく。
 夜の祭りに向けて頬紅はほんのり赤く、口にも朱を足した。
 あまり濃くなってもいけない。けれど、薄ければ顔色も悪く見えるから。
 可愛らしく見える絶妙な加減で仕上げていくのだ。
「……ん。上出来ね」
 鏡の中を覗き込めば、世界で一番可愛い少女が見える。
 誰もが羨む愛らしい輪郭。アーモンド型の二重まぶた。長く揃った睫毛に光が反射する。
「はぁ……可愛い」
 元々男であった篝の理想の少女。魂のカタチが鏡の中にあった。
 己が望みは己の手で。その信条に揺るぎは無い。だからこそ、この姿を手に入れた。
 されど、もう一つ望むものがあった。
「待っててね。華鈴」
 自分と同じぐらい美しい少女。それを手に入れたい。
 この愛らしい指先で白い頬を撫で、紅い唇をそっと重ねたい。
 揺蕩う微睡みの中、薄衣の素肌に触れていたい。

 けれど、彼女は世界の救世主たる『神使(しんし)』様だ。
 迂闊に手を出せば、此方が捕えられて自由に行動出来なくなることは明白。
「でも、混乱の中、行方不明になれば話は違うでしょう?」
 篝は懐から取り出した勾玉を夕暮れ時の橙の光に晒した。
 美しい宇宙のような煌めきが勾玉の中で蠢いている。
「ふふ。これを使うとどうなるのかしらね?」
 かの天香・長胤が民草に与えた『妖避けの祭具』を転がしながら、篝はくすくすと嗤った。

 さあ、お祭りのはじまり、はじまり。
 黄昏の夕陽が水平線に沈んでいく――


 広がる青い海の先。
 ネオ・フロンティア海洋王国から豊穣郷カムイグラへ。
 先遣隊として来ていたアドラー・ディルク・アストラルノヴァとファルケ・ファラン・ポルードイを迎えた『琥珀薫風』天香・遮那は、無事に対談を終え一息吐いた。
 彼等は海の先にある、海洋王国から合同祭事の話を持ってきたのだ。
 その先には交易だとか、国交だとか。そういう難しい話があるのだろう。
 しかし、遮那には合同祭事の話を受ける事だけで精一杯だった。
 目眩がしそうな程の緊張感からようやく解放されて、自室の天井を仰ぎ見る。

「兄上ならもっと上手く話をできるだろうな」
 義兄の天香・長胤は頭脳明晰かつ、とても優秀な人だ。
 慧眼とも呼ばれる先見の才は、民を導くに相応しい。
 そんな義兄の役に立てるならばと会談の場に出てみたはいいものの。
「緊張感で潰れるかとおもったぁ」
 数刻の会談でこの様である。義兄の肩にのし掛かった重圧は今の遮那では計り知れないものがあった。
「やはり、兄上は凄いな。……私に何が出来るだろうか」
 ぽつりととぶやいた言葉は部屋の中に霧散する。

 ――――
 ――

 夜空は星屑を煌めかせ、祭り囃子の太鼓が耳を擽った。
 橙色の灯りは提灯から零れる優しい光。
 どこか懐かしい、故郷に似たにおい。
 一抹の寂しさにぶんぶんと首を振った炎堂 焔(p3p004727)は笑顔で振り返る。
 金魚掬いに、射撃、輪投げ、コマ。
 縁日の屋台に夢中になる焔の髪がゆるゆると燃えていた。
 解れた袴は元の世界で世話になった人達がくれた思い出の品。

「あら、お嬢ちゃん。大分ボロになってるじゃないか」
「……ボロ」
「よく使い込まれてるって意味さ。こっちにおいで」
 巫女服を着た女が焔を連れて歩いて行く。頭に角が生えているから鬼人種なのだろう。
 喧噪は遠ざかり神社の中へ誘われた。
 桐の箪笥から引っ張り出された着物の中から選ばれたのは。
 深緋に白と金の刺繍が施された華やかな柄の着物と、紫紺から藍色への移ろいが美しい袴の組み合わせ。
「わぁ! 綺麗!」
 色彩の調和に目を輝かせる焔に、女は目を細め微笑んだ。
「よく似合ってるよ」
「えへへ」

 沢山の着物。
 体格の小さな焔に合うそれは。女の物ではないのだろう。
 別の誰かの為に揃えた綺麗な着物。
 直ぐにでも着る事ができるように手入れがされた着物。
 普段であれば見知らぬ人から、こんなに高価なものを頂くのは気が引ける。
 けれど、焔は『識って』いた。この場所を知っていたのだ。
 この鬼人種の女が梅代という名前なのも。
 かつて子供が居たことも。
 それを病気で亡くしていることも。
 大迷宮ヘイムダリオンの光輝の中で垣間見た幻影を焔は覚えている。
 悲しげに子供の事を語る梅代に憐憫を覚えたのだ。

「ありがとう! 梅代さん!」
「気を付けて帰るんだよ。焔ちゃん」
 礼を言って走り去っていく焔の背を見守りながら女は何処か遠くを見ていた。


 海洋豊穣合同夏祭りは盛大に執り行われ、人々も大層賑わっていた。
 浮かれ、笑顔ではしゃぐ子供達。酔った顔の大人達。
 遮那とて例外ではない。
 かき氷を食べてはキーンと頭を痛め、イカ焼きを咥えて「美味!!」と目を輝かせている。
 表情は嬉しげに細められ、普通の子供のように楽しさが滲んでいた。

 されど。
 項に感じた悪しき気配に顔を上げる。
「……何だ?」
 周りの大人達は気付いていない。普段通り陽気に笑顔を向け合っていた。
 子供達は遮那の緊張感に驚き、或いは、邪悪な気配を感じ取って震えていた。
「――――」
 遠く小さく響いた悲鳴を、風が運んでくる。
 危険なモノが迫ってくる。
 駄目だ。駄目だ。だめ。

「逃げろぉおおおおお――――!!!!」

 遮那は叫んだ。同時に震える子供達の背を押し、走る様に促す。
 逆に少年は迫り来る危険に向かっていく。
 途中で見かけた神使、枢木 華鈴(p3p003336)に仲間を呼ぶよう伝え、敵の前に躍り出た。
 ぞろりと長い黒髪を携え、鬼の証たる角を生やした女。
 その腕からは大きな腕が生えて地面を引きずっている。
 巨腕の中には子供が一人、藻掻いていた。
 辛うじて生きてはいるが重傷を負っているのは遮那の目に見ても明らか。
 女が辿ってきた足下を見れば、転々と血だらけの子供が落ちていた。
 此処にたどり着くまで、何人の命が失われたのだろう。
 遮那は眉を寄せて腰の刀を引き抜く。

「我は、天香家に拘う者ぞ! 我が前に立ちはだかるは、即ち天香に楯突く事と同義! 引かれよ!」

 この豊穣郷において天香の名は絶対的高貴を表すものである。
 大抵の小賢しい連中は、その名の前にひれ伏し怖じ気づく。
 無用な争いをしない為の印籠なのだ。
「か、ははっ! 天香の坊ちゃんが! 何だって!?」
 しかし、女は引くどころか手に持った子供を、地面に叩きつけた。
「止めろ! 何をする!」
「煩い、うるさい! この子供はねえ、私の子供が死んでるのに。死んでないんだよ!
 のうのうと生きて笑って泣いて、皆殺し、ないと! 何で……なんで! 殺さないと! 死ね!」
 支離滅裂の狂気。怨霊の如く怨嗟の声。
 普通の人間であるのに、どう足掻いても存在自体が『悪』として感じる者。
 邪悪の気配に遮那は震える。
 天香の名を出しても引かぬ者。即ちそれは命を捨てても構わないということ。
 失う物が何も無いということ。そういった輩は執拗だ。
 ぎりりと遮那は歯を噛みしめる。
 彼の後ろには民草が居る。皆が逃げるまで時間稼ぎをしなければならない。
 或いはイレギュラーズが来てくれるまでだろうか。
 しかし、この様な『危ない者』が彷徨く国と分かってしまえば、海洋との国交も危うくなるのだろうか。
 遮那は窮地の中で懸命に考えていた。

「助太刀しましょうか」
 幼い少女の声が直ぐ傍から聞こえる。白い狩衣を来た可憐な少女。
 逃げ遅れたのだろう。遮那は少女を敵の視線に晒さぬよう、自身の後ろへ隠した。
「危ないから下がるのだ!」
「美形に守られる可憐な少女。悪くない……でも」
 くすくすと笑った少女――国府宮 篝は遮那の後ろから姿を現し呪符を構える。
「あの敵は貴方より強いんじゃないかしら?」
「何か知っているのか!?」
 遮那の問いに篝は頷いた。

 禍々しい穢れを取り込んだ鬼人族の女は、暴走状態にあるのだという。
 既に此処にたどり着くまで十人以上の子供が犠牲になっている。
 これを、肉腫(ガイアキャンサー)と呼ばれる存在なのだと篝は言った。
「がいあきゃんさー?」
 特異運命座標が集める可能性の集約機『空繰パンドラ』の対になる『滅びのアーク』というものがある。
 その滅びのアークが蓄積された事により発生したこの世で生まれたこの世の異物。
 それがガイアキャンサーだ。
 非常に凶悪で、滅びのアーク以外を破壊する。

「――其方の話は難しいぞ。もっと分かりやすく言ってくれ」

「カムイグラの感覚で言うと『妖怪が澱に飲まれ、邪悪と化し、穢れをまき散らしている』かしら」
 人間とは相容れぬ妖怪という存在は。イレギュラーズと魔種の関係によく似ていた。
 イレギュラーズは『空繰パンドラ』を集め、魔種は『滅びのアーク』を集める。
 故に、ガイアキャンサーが出てきたということは、魔種の行動が活発化しているという証左だった。
「穢れがまき散らされているのなら、危ないではないか。其方は大丈夫なのか?」
「私は大丈夫。神使(イレギュラーズ)だから。むしろ、貴方のほうが危ないわね」
 肉腫はパンドラを持たない存在に感染する。遮那はもちろん、動物や魔物、妖怪や炎や水といったものにも発生するらしい。
「あと、純正(オリジン)と複製(ベイン)があるらしいわ。あれは複製の方」
 鬼人種の女を指さして篝は頷く。
 しかし、話の難しさに遮那は首を傾げた。
 これを世界と断絶していたカムイグラの住民に理解しろというのは無理が過ぎるだろう。
 篝はそれを分かっている上で話を続ける。

「複製は体力を極限まで減らせば、肉腫の力も弱まり、元の鬼人に戻る可能性もある。分かるかしら?」
「それは、理解できる。できるのだが……」

 されど、それが果たして鬼人種の女の為になるのかと問われれば。
 遮那は答えを見いだせない。
 自分が無意識の内に人を殺してしまったならば、罪の意識に苛まれるだろう。
 それに。
 憎悪や怨嗟の中。悲しみと後悔が時折垣間見えるのだ。
 本当の彼女はこの状況を望んでいないのではないか。
 そう思わせる何かがある。

「ともあれ、二人では時間稼ぎが精一杯。神使様が来てくれるのを待つほかないでしょう」
「そうだな。今は耐えしのぐしかない」
 果敢に走り込んだ遮那の背を見ながら、篝は目を細める。
 遮那ならば、イレギュラーズがたどり着くまで死なない程度に立っていられるだろう。
 手を煩わせられなくて丁度良いのだ。
 ほうと篝は溜息を吐く。

 ――ああ、早く。
 早くおいで。愛しい少女。

GMコメント

 もみじです。後ろの正面だぁれ。
 OPの内容は複雑かもしれませんが、目的は簡単です。

●目的
 肉腫(ガイアキャンサー)の討伐。沈静化でも可。
 怨霊の討伐。

●ロケーション
 縁日の屋台が並んだ通りです。お祭りの最終日。夜も更けた頃。
 遮那と篝が敵と戦っている所へ到着します。
 灯り足場共に戦闘に支障はありません。

●肉腫について
 滅びのアークが蓄積された事により発生した『この世で生まれた、この世の異物(病気・魔物)』です。
 パンドラを持たないものに感染します。
 極めて凶悪で暴走状態にある個体が多いです。滅びのアーク以外を破壊します。
・純正(オリジン)は肉腫として誕生(発生)した個体です。複製を作る事(感染)が出来ます。
・複製(ベイン)はオリジンより『伝播(感染)』されるものをさします。
 複製は不殺攻撃で極限まで体力を減らすと元に戻ることがあります。

 今回の敵は複製(ベイン)となります。

●敵
○『懐腕』梅代(うめよ)
 かつて子供を病気で亡くした鬼人種の女。
 悲しみこそすれ、しっかりと地に足をつけて生きていました。
 しかし、何者かによって肉腫にされてしまったようです。
 今は暴走し、憎悪と共に十数人の子供を殺しています。

 狂気に染まっています。パワー系のステータスです。
・切り裂く(A):物近列、出血、流血、ダメージ大
・鉄槌(A):物至範、ブレイク、必殺、ダメージ大
・扇毒(A):神中扇、麻痺、致死毒、ダメージ中
・地母神(P):立ち続ける胆力。再生能力を有します。

○怨霊×15
 梅代の妖気に引き寄せられ集まってきました。そこそこの強さです。
 神秘攻撃を行ってきます。
 至近~遠距離までの攻撃を仕掛けてきます。
 全ての攻撃に呪いのBSが付与されます。

●味方
○『花舞乙女』国府宮 篝(こうのみや かがり)
 練達でアイドルかがりんとかやっていたあの人です。
 実は、カムイグラに飛ばされていたらしいです。
 己の目的の為に協力しているようです。
 呪符や狐火で戦います。それなりに強いです。
 枢木 華鈴(p3p003336)さんの関係者です。

○『琥珀薫風』天香・遮那(あまのか・しゃな)
 八百万の少年。天香家当主長胤の義弟。
 誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家。
 剣の腕と兵法は、荒削りながらも中々の腕前。
 軽々と空を舞い、刀で敵を斬ります。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はCです。
 情報精度は低めで、不測の事態が起きる可能性があります。

  • <禍ツ星>白群のあわいに完了
  • GM名もみじ
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年08月06日 22時40分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
枢木 華鈴(p3p003336)
ゆるっと狐姫
桜坂 結乃(p3p004256)
ふんわりラプンツェル
ハロルド(p3p004465)
ウィツィロの守護者
炎堂 焔(p3p004727)
炎の御子
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
タイム(p3p007854)
女の子は強いから
バルガル・ミフィスト(p3p007978)
シャドウウォーカー
星影 向日葵(p3p008750)
遠い約束

リプレイ


 夜は七色の星々を抱き広がっていた。
 海にほど近い祭りの場。空気は湿り気を帯びてぬるい風となり頬を滑る。
 されどその煩わしさが一寸の気にもならぬ程、目の前に立ち込める瘴気に息を飲んだ。
 琥珀の瞳を上げて『琥珀薫風』天香・遮那は眉を寄せる。
 既に満身創痍。チリチリと肺が焼けるような痛みに呼吸は乱れた。
「っ……はっ」
 なんという強さだろう。一人では到底勝つことなどできそうにない。
 これまでの妖怪共とはわけが違う。目の前の鬼人種の女――梅代は計り知れない強さだった。
 だが、それだけでは無い。
 梅代の瘴気に引き寄せられて怨霊までもが現れたのだ。
 纏わりつく呪いと攻撃に意識が散る。重ねられる梅代の鉄槌。遮那の視界が赤く染まった。
「其方は、逃げろ……」
 梅代を押し留めながら遮那は『花舞乙女』国府宮 篝へと言葉を投げる。
 この少女だけでも助けなければと朦朧とした意識の中で立ち上がった。
 振り上げられる敵の腕。
 攻撃の予感にギリリと奥歯を噛みしめる。

 同時に肉が打撃を受ける音が遮那の耳に届いた。
 閉じた目を開けば、其処には『胡散臭い密売商人』バルガル・ミフィスト(p3p007978)の姿。
 バルガルの腕が梅代の攻撃を受け止めていたのだ。
「はてさて」
 視線を流せば群の数も多数。目の前の個も中々に強敵。腕っぷしが鳴る。
 出来うる範囲で行動するのみだと。バルガルは軋む腕で遮那を庇っていた。
「――もう、大丈夫っす!」
 遮那が隣を見れば『ゲーミング』ジル・チタニイット(p3p000943)が回復の息吹を施してくれていた。
 同時に広がっていく暖かさ。傷が癒えていくのが分かる。
「お前たちは……!」
 来てくれた。神使(イレギュラーズ)が来てくれた。
「無茶だけは駄目っす!」
 間に合ったのだと遮那は安堵に涙を浮かべる。
 身なりや言葉遣いで成熟を勘違いするやもしれぬが、感情を冷静に保つ事が出来ない程、彼はまだ子供であった。
「大丈夫。こっちへ」
 涙を零す遮那を手招きするのは『揺蕩』タイム(p3p007854)だ。
「あいつは肉腫(ガイアキャンサー)だ。だから、皆を避難させないと……!」
 涙を拭いながら必死に訴えかける遮那へ安心させるようにタイムは頷く。
 急にこの様な惨事が起きたのだ。怖くないはずがない。
「肉腫? あれがそうなの?」
「そうだ……」
 穢れを撒き散らす邪悪なる者。破壊の衝動に駆られ暴れ狂っていること。
「でも、何処か。心の中でそれを嫌がっているように感じるのだ」
 難しい話は後で良い。
 怨霊も集まってきている中、このままでは犠牲になる人々が増える一方だとタイムは震える指を握る。
「そんなの絶対にだめなんだから」
「そうです。あれには近づきすぎず、僕達からも、離れないようにして欲しいっす!」
 タイムの決意にジルの声が重なった。

「肉腫(ガイアキャンサー)がカムイグラにも、ですか……」
 眼鏡の奥の瞳は戦場を見据える。『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)は靴裏に砂を感じながら視線を上げた。
 ガイアキャンサーは偶然に発生したものなのか。それとも、何者かが大陸から持ち込んだものだろうか。
 どちらの可能性も否めないだろう。寛治は興味深いと頷く。
 その隣で眉を寄せる『神威を超えし神使』隠岐奈 朝顔(p3p008750)は思考を巡らせていた。
 カムイグラで生まれ育った朝顔にとって未知なる肉腫は脅威の対象だった。
 純種が変化するのは魔種だけではないのかと息を吐く。
 それよりも気になるのは目の前で涙を浮かべる遮那の事。
 何故此処に高貴たる天香の君が居るのだろう。どうして安全な屋敷に引き篭もっていないのだろう。
 落ち着けと朝顔は自分に言い聞かせる。
 魔種であれ、肉腫であれ関係無いと。自分のやるべきことは変わらないのだと瞳を上げた。
 彼を別の何かにさせてたまるかと歯を食いしばる。
 ――されどそれは演技。表層の顔だ。
 二振りの刀を手に長身は飛躍する。
 それに続く様に戦場を駆け抜けるのは『聖断刃』ハロルド(p3p004465)の聖剣。
 地面に叩きつけられた子供が生きているのならば、なんとしてでも助けなければならない。
 朝顔の顔を見やれば真剣な表情で頷いた。
「まだ生きてる」
「そうか。なら……!」
 ハロルドの闘気が一瞬の内に瞬き、空に舞い上がる。
 透明な青い刃は戦場を駆け抜け梅代の胴に突き刺さった。
「な、んだ。お前たち、は!」
 この時初めてイレギュラーズの存在を認識した梅代は怒りを顕に。正しく鬼の形相を見せる。
 ハロルドに走り込む梅代。重い拳が彼の腕を軋ませた。
「こいつが肉腫」
 滅びのアークから生まれ落ちた異物。魔種に連なる存在。つまり無辜なる混沌、可能性のパンドラと相対するもの。世界の癌だ。
 魔種が関係するのならば、己の敵に違いはない。
 それは掃討するべき存在なのだとハロルドは強い思いを胸に抱く。
 しかし、今回の敵はおそらく善良なる民が感染したのだろう。
「おい、天香弟。アレはまだ間に合う可能性はあるんだろう?」
「ああ、極限まで体力を減らせば助かるはずなのだ!」
 ハロルドの言葉に遮那が応える。
 ならば、取る手段は一つ。
 聖剣の光が何処まで届くか分からないけれど、やれるだけの事は全力でやりきる。
 そのために梅代の意識をこちらに向けた。
 ハロルドは朝顔に目配せし敵と相対する。

「仲間を呼べと言われて戻ってみたら、これはどういうことなのじゃ?」
 血なまぐさい匂いに鼻を覆うは『ゆるっと狐姫』枢木 華鈴(p3p003336)と『ふんわりラプンツェル』桜坂 結乃(p3p004256)の二人。戦場を見渡せば遮那ともうひとり、篝の存在に気づいた華鈴。
「篝……」
 華鈴の小さな声に勢いよく振り向いた篝は、とびきりの笑顔で手を振った。
「わぁ! 華鈴~! こんな所で会うなんて運命感じるわぁ」
 練達での一件以来、音沙汰のなかった彼女が豊穣に飛ばされて居たとあれば合点が行く。
 されど、何故この戦場に篝が居るのだろうと華鈴は眉を寄せた。
 下手に逸れるよりは良いと結乃を連れて来たのは失敗だっただろうか。
 じわりと警戒の色が広がる。
「おねーちゃんが、気をつけなさいって言ってた人がいる……?」
 小声で華鈴に問う結乃。されど、一緒に戦ってくれている所を見ると仲間なのだろうか。
「どうして?」
 この場の一瞬の判断は難しい。戦力は多い方がいいからだ。
 分からないことばかりで結乃はたじろぐ。
「大丈夫。わらわに着いていればいいのじゃ」
 結乃にとって華鈴は拠り所とも言えるだろう。彼女の言葉一つで胸に勇気が湧いてくる。
「うん。わかったよ」
 小さく握りしめたお互いの指先が名残惜しげにゆるりと離れた。
 保護結界を張り巡らせた華鈴は物陰を注意深く見遣る。恐怖の感情はあちらこちらに散らばっていた。
「やはり……幾人か居るようじゃ」
「りょうかいっす!」
 華鈴の声にジルが応える。最初に向かうは一番危険な場所。梅代の直ぐ側に転がっている子供だ。
 されど、戦場を駆け抜けるジルの前に怨霊が立ちふさがる。
「そこをどくっす!」
 血を流し倒れている子供が目の前に居るというのに、届かないなんて。
 そんなのは嫌だとジルは憤る。
「っらあ! 横へ避けな!」
 突然背後から降り注いだ声に従えば、赤き炎が戦場を焼いた。
「エイヴァンさん! ありがとうっす!」
「おうよ!」
 巨大な戦斧を軽々と振り回す『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)がジルに取り付いていた怨霊を薙ぎ払う。
 エイヴァンは軽い身のこなしで怨霊へと向き直った。
 接敵した怨霊がエイヴァンの皮膚を割く。
「ああ? 何かしたかぁ?」
 されど、極限まで高められたエイヴァンの防御力は並大抵ではない。普通の人間ならば肉を割くような攻撃をかすり傷に変えてしまうのだ。
 この戦場は不確定要素が多いとエイヴァンは思案する。
 篝や遮那は勿論。肉腫についても。
 出来ることをやれば良いとは思う。されど、肉腫による汚染や感染を避けるためには遮那は前に出ない方がいいだろう。
「ボウズ、あんまり前に出すぎるなよ」
「何故だ。私も民を守るために一緒に戦うぞ」
 肉腫の脅威はまだ少年である遮那には体感出来ないものだ。
「力を振るうだけが守ることじゃない。華鈴がまだ避難してないヤツらの事を言っていただろう。そいつらを助け出すのも重要なんじゃねえのか?」
 エイヴァンの言葉にはっと顔を上げる遮那。確かに戦う事は大切だろう。されど、今まさに窮地に陥って震えている人を救えなくてどうするとエイヴァンは告げているのだ。
「そうだな。そちらを救う方が先だな!」
「ああ。そのために俺たちが戦うんだ。任せたぞ」
 梅代の近くに走り込んだジルとは違う方向へ走り出す遮那。
 その背を追いかける怨霊をエイヴァンは薙ぎ払う。
「おっと、お前らの相手はこの俺だ!」
 白熊の雄叫びが戦場に響き渡った。


 戦線は想定よりも苛烈だと寛治は視線を流す。
 ジルと遮那が人命救助に奔走し、それを補うように結乃とタイムが魔法を繰る。
 仲間の損害を鑑みるならば、敵の撃破に対して時間を取られる分効率が悪いと言えるだろう。
 されど、自分たちは世界の救世主たるイレギュラーズだ。
 容易く手折られる他人の命と、自分たちの傷など比べるべくもない。
 出来うる限りの。全ての手を尽くすのがこの場に集った自分達の矜持。
 エイヴァンと華鈴が惹きつけた敵に向かい、寛治は照準を合わせた。
 機を狙い。最高効率の鋼の驟雨を降らせるため呼吸さえ薄くなっていく。
 この一呼吸。一瞬の後。訪れるべくして訪れる暴風。鋼鉄の嵐。
 張り詰めた神経が解き放たれる。
 その瞬間、月光に鈍色の玉が煌めいた。
 降り注ぐ鋼の雨。穿たれる怨霊の瘴気が弾けては元に戻るを繰り返す。

 華鈴とエイヴァンがひきつけた敵より溢れた個体を的確に潰していくのはバルガルだ。
 隙きを突くような器用な身のこなしで敵の間に入り込み、暴風を撒き散らす。
 竜種に対抗するために作られた大業物を振り回し、戦場を駆け抜ける姿は執念の塊であるのだろう。
 僅かに顔を傾けながら怨霊を切り刻む様は、何処か狂気染みているのだ。
「敵も其れ相応に強い」
「ええ、そうですね。思ったよりも手強い相手のようです」
 バルガルの言葉に寛治が頷く。
「正しく修羅場。そうですよね。ここは戦場。危機だ」
 彼にとって危機的状況はスイッチである。一度入れてしまえばこの戦場が収束するまで止まらない。
「ああ、気力が湧いてきましたよ」
 脳内の興奮物質が過剰に分泌され、リミッターが外れる感覚がする。
 振るう刀が軽くなったような気がした。
「……さあ。次はどれを潰せば良いんですかね?」
 ギラギラとした不健康な目の輝きが浮かぶ。

「此処で会ったのも何かの縁、一緒に怨霊退治はどうじゃ?」
 華鈴はとびきりの笑顔で篝に提案する。
 その可愛い笑顔に胸をときめかせた篝はそんなに言うならと頷いた。
「あぁ、そうそう……此方では同じ神使同士、後ろから攻撃とか無しじゃぞ?」
「ふふ。分かっているわぁ。可愛い華鈴のお願いだもの。聞いてあげなくちゃね」
「お願いではない。あくまで提案じゃ」
「ツンツンしちゃって。可愛いなぁ」
 こんな些細なやり取りが心底楽しいのだと、篝は笑顔を見せる。
 されど、刹那の瞬間に篝から殺気を感じ取り眉を寄せた結乃。
 手の内に秘められた呪符に気づき、咄嗟に二人の間に割って入った。
「おねーちゃんに何するの!」
 篝の炎を纏った呪符は結乃の髪を掠め背後に迫った怨霊へと燃え広がる。
「大丈夫よ。結乃ちゃん、おねーちゃんにお願いされちゃったもの。一緒に怨霊退治どうですかってね。それってもう一緒に踊りませんかって言うのと同じじゃない?」
「ち、ちがうよ! おねーちゃんは一緒に踊りませんかなんて言ってないよ!」
 頬を染めた必死の反論に篝はくすくすと笑う。
 ああ、華鈴のお友達はなんて可愛いお人形なのだろう。この子も一緒に飾れば益々自分の可愛さが増すのではないかと篝は口の端を上げた。両の手に花を咲かせれば、其れだけで美しい。
「じゃあ、代わりにあなたが踊ってくれる?」
「えっ」
 不敵な笑みは一瞬にして消え去り。篝は怨霊の元へ走り込んでいく。不穏な言葉を残された結乃は不安げに眉を寄せた。

 ――――
 ――

『ふふ、焔ちゃんはとっても元気なんだねえ。良い子良い子』

 赤い瞳を上げた『炎の御子』炎堂 焔(p3p004727)は数刻前の梅代とのやりとりを脳裏に浮かべる。
 さっきまで普通だった。悪意も敵意も何も変わった所のない普通の人だった。
「梅代さん……!」
 それなのに目の前の『肉腫』はどう足掻いても『敵』だった。
 先程まで普通の大きさだった腕が何倍にも膨れ上がっている。
 おそらく此処が感染の影響が大きかった場所なのだろう。
「しっかりしてっ!」
 攻撃を受け流しながら炎の槍を梅代に叩き込む焔。
 彼女の傷は回復を繰り返しながら確実に増えていっているように見えた。
 死んでしまった子の着物をいつでも着られるようにしてるぐらい未練があって。
 それ以外にも抑え込んでいた憤りや不安、焦燥感があったのかもしれない。
「でも梅代さんは会ったばっかりのボクに優しくしてくれた!」
 頭を優しく撫でてくれたではないか。可愛いねと褒めてくれたではないか。
 誰かを傷つけるより、優しい気持ちを持っている。
 それを焔は信じているのだ。
「だから戻ってきて!」
 焔の声が戦場に響き渡る。僅かに、梅代の動きが鈍くなった。
 その隙きをハロルドは見逃さない。
 解けかけていた怒りを叩きつけるため、聖剣の柄を握りしめる。
 現状ではガイアキャンサーの詳しい出処も、これをばら撒いているであろう者の正体も不明だ。
 誰が何の目的で。なんて難しい事を此処で考える時間は無駄であろう。
 それよりも目の前で苦しんでいる者を助ける方が重要である。
「悪いが」
 ハロルドは剣を天高く振り上げ狙いを定めた。
 狙うは面倒な回復の途絶。弱点を見極め放つ赤き刃。
「俺の救助方法は荒々しいぞ! おら、歯ぁ食いしばれ!」
 ヴァーミリオンの闘志が剣に絡みつき、尾を引いて振り下ろされる。
「滅炎ッ!」
 聖剣から放たれる赤剣は梅代の身体に痛打を与えた。

 タイムは叫び声を上げる敵の声に口を引き結ぶ。
 子供を亡くした母親の悲しみはどれほどのものだろう。
 想像するよりもきっと身が引き裂かれる思いなのだろう。
 梅代の後ろに転がった子供の亡骸。それは彼女自身が望んだことではない。この場の全員が分かっていることだとタイムは胸に当てた手を握った。
「貴女のせいじゃない。それだけは本当」
 小さく呟いた言葉。届かないであろうことは分かっている。
 だって、梅代の心が和らぐような言葉も方法もタイムには思いつかなかったから。
 歯がゆさに涙が浮かぶ。
 逃げ遅れた人の保護に当たっていた遮那がタイムの隣に立った。
「ねえ、遮那さん。原因が他にあっても梅代さんは重い処罰を受けるんですか?」
「どれほど重いかは、私では分からぬ。でも殺人は罪深きことだ」
 苦虫を噛み潰したような表情でタイムに応える遮那。
「それは彼女が鬼人種だから……?」
「……彼女は人を殺している。それは事実だ」
 遮那がどれだけ良い人だからと訴えても、法が敷かれた社会で殺人が罪に問われる事は免れない。
 梅代に掛ける言葉など無いと朝顔は切り捨てる。
 大切な人を失い絶望する人が救えるなら、自分は演技などしなくても良かった。
 遮那の未来を憂うことなんてなかったのだ。
 自分は失いたくない。必死に藻掻いて、遮那に訪れるかもしれない運命を回避する。
 そのためなら、何だってするって決めたから。
「……さっさと倒れて貰う。私には傍に居て守りたい人がいるんだから!」
 突き立てられる朝顔の太刀。梅代の身体にまた一つ傷が増える。

 剣戟の中をすり抜け、ジルは走っていた。
 一歩一歩の足取りが酷く重たく感じられる。
 仲間が引きつけてくれている戦場を瀕死の子供目掛けて飛躍した。
「これも彼女のためになる筈っす!」
 攻撃を受ける寸前の所でぐるり回転しながら転がり込んだジルは、ぐったりと横たわる子供を抱え夜空に舞う。一先ず屋根の上に飛び上がったジルは子供を落とさぬように抱え、家屋の向こう側へと降り立った。
「大丈夫っすよ。しっかり。助かるっすよ!」
 子供の意識が落ちてしまわぬよう。声を掛けながら回復を施す。
 蒼白だった子供の顔が僅かに色を取り戻し呼吸が深くなった。
 ほっと安堵のため息をついたジル。
 この子を救えたのは仲間の協力があったからこそ。
「皆さん感謝っす! しばらくの間頼むっす!」
 ジルは子供を抱え安全な場所まで走り去る。
「分かったわ」
 彼女の声に応えるのはタイムだ。どうか無事でありますようにと願った奇跡。憂いは晴れた。
 ならば、この手は祈りではなく攻撃に転ずる。
 紫紺の空に雷鳴が轟けば、タイムの魔法陣が展開した。
 迸るは一閃。アザー・ブルーの雷は数体の怨霊を穿つ。


 戦況は均衡しながらもイレギュラーズの奮闘は続いていた。
 中にはパンドラを燃やし、傷を負いながら立ち上がる者も居る。
 熾烈なる戦いだったとバルガルは冷静に分析していた。
 結乃はジルの代わりに回復手を担っている。
 彼女の頑張りが無ければ戦線は瓦解したかもしれない。
「結乃大丈夫かえ?」
「うん! おねーちゃんや皆のために頑張る」
 健気に回復を施して行く結乃に華鈴は笑顔を見せた。

 ――ああ、なんて美しい姉妹愛。

 篝は二人の様子を眺めながらうっとりと微笑えむ。
 華鈴と結乃。どちらも可愛いではないか。
 この混乱に乗じて一人ぐらい攫ってもバレないのではないかとゆっくりと手をのばす。
 されど、篝の足元、数センチの場所に弾丸が飛んだ。
「今回は、動かないほうが得策だと思いますよ」
 振り向けば寛治が篝へとステッキを向けている。
「ふふ、残念」
 正確無比な寛治の弾丸を喰らえば篝とて只では済まないだろう。
 今日の所は大人しく、可愛い乙女達の戦いぶりを堪能するに止めようと篝は目を細めた。
 バルガルの攻撃は最後の怨霊を捉え粉砕する。ザラザラと崩れ落ちて霧散していく怨霊。
「残るは梅代だけですか……」
 バルガルの瞳が戦場の中心へと向けられた。

「うまく当たって……!」
 タイムの迅雷が空を震わせる。
 瞬く光の嵐が戦場を駆け抜け梅代に叩きつけられた。
 アイスブルーの瞳はエイヴァンに向けられる。
 まだ致命傷には遠い。不殺を持っていないエイヴァンはタイムの視線に頷いた。
「任せろ!」
 梅代へと叩き落される鉄槌。衝撃で地面が揺れる。
 ビリビリと響く家鳴りに凄まじい威力だということが分かった。
「続け!」
 エイヴァンは寛治へと攻撃を繋ぐ。
 彼の巨体の隙間を縫うように放たれた寛治の凶手。魔弾はインク・ブルーの空に軌跡を残した。
 急所を上手く外した場所に飛来する弾丸。
「オキナも!」
 大量の血を流しながらも立ち上がった朝顔は最後の力を振り絞り刀を振るう。
 斬撃が梅代に確実なダメージを重ねた。

 そして。
 二つの刃が戦場を駆けた。
 月光に光る切っ先。

 ハロルド剣と焔の槍が梅代を穿つ――

「あ、がぁ……!」
 立ち上がる力も無く、その場に蹲った梅代に焔は駆け寄った。
「梅代さん!」
 焔は必死に梅代の名を呼び続ける。
「今回梅代さんは悪いことをしちゃったかもしれない。死んじゃった子はもう戻ってこない。
 けど、だからこそ生きていかなきゃいけない!」
 悪いことをしたという気持ちがあるなら、これからの時間は誰かを助ける為に使ってほしい。
 これ以上、梅代の様な悲しい思いをする人を増やさぬ為に。
 焔は梅代を抱きしめながら叫ぶ。言葉と共に涙は頬を伝い溢れ出た。
「梅代さんの本当にしたい優しさで誰かを助けてあげて。
 もちろん言ってくれればボクもお手伝いするから、ね?」
 焔の言の葉は梅代の心に響いた。
 ゆっくりと持ち上がる手は焔の頭を撫でる。
「……焔ちゃんの、声。聞こえていたよ。他の皆の声も」
「梅代さん!」
 肥大化した懐腕も元の大きさに戻っている。そして、梅代の目からは涙がボロボロと溢れていた。
「ごめんなさい。私、取り返しの付かない事をしてしまった。たくさんの子の命を奪ってしまった」
 心の中で何度叫んでも、自分の身体は言うことを聞かなくて。
 暴れまわるだけの自分を閉じ込められたまま内側から見ていた。
 いくら無実を叫ぼうともこの身は罪人。
 裁かれるべき咎を成した。
 己の子の未来が無いのと同じように。彼らの未来を奪ってしまった事に梅代は酷く自責の念に駆られる。
 エイヴァンは懐からタバコを取り出し火をつけた。
「生きていく現実から逃げれば梅代は楽だろう」
 されど梅代に殺された子供たち家族の恨みはそれで晴れるわけではない。
「自分がどうやって贖うべきなのか。それは生きて、これから向き合っていくべきことだろう?」
 過去の自分と共にとエイヴァンは告げる。

 朝顔は遮那の元へ走った。
 梅代の感染源は不明な以上、この場所も危険だろう。
 篝も何か怪しげな雰囲気がある。
「この現状、彼女は死にたいと思うのかもしれない。けど人の気持ちを決めつけ殺すのは傲慢だよ」
「そう、だな」
「このままだと彼女は唯の人殺しとして処刑される。……遮那君もそれは違うと気づいてるはず」
 だからお願いだと朝顔は遮那に懇願する。
 梅代が生きる事ができるように協力してほしいと願うのだ。
「俺からも頼むぜ。天香弟」
 この国の鬼人種の扱いは酷いものなのだ。そこで殺人を犯した梅代の処遇など深く考えなくても良い方向にはならないだろう。
 ハロルドと朝顔の顔を交互に見ながら遮那は視線を落とす。
「進言することは出来る。だが、私の力ではおそらく及ばないだろう」
 天香に連なるものだとしても遮那はまだ子供である。
 咎人の罪を軽減するだけの権力はまだ保持していない。
「私は無力だ……」
 困っている人が居て、それが罪人ならば助けないという道理があるのだろうか。
 涙で視界が歪んだ。

「梅代さんに何か被せられるものはありますか」
 寛治の声にハロルドがコートを寄越す。
 これで警邏が来ても『討伐した』ことに出来るだろう。
「死亡した子や怪我をした子の見舞金です」
 バルガルはそう言って駆けつけた警邏に小切手を握らせた。
「複製肉腫は討伐され死にました」
 寛治は更に小切手を重ね微笑んだ。
 正攻法である遮那への言葉や、梅代の心のケアは他の仲間に任せ、二人は『汚い大人』の部分を演じる。

「ところで、篝は何処行ったんじゃ?」
「あれ? さっきまで此処に居たのに」
 華鈴の声に結乃が振り返れば、後ろに居たはずの篝が消えていた。
「篝は一体、何を考えておるんじゃろうか」
「うーん?」
 小首を傾げた結乃につられて華鈴も同じ方向に傾いていく。

 ――――
 ――

「ふふ」
 紫紺の空に少女の笑い声が流れた。
 何処か嬉しそうなそれは篝のもの。
「今日は色々と収穫があったわ」
 華鈴がこの前よりずっと可愛くなっていたこと。それとその隣に可愛いお人形がいたこと。
「結乃……だっけ? 可愛いなぁ」
 二人を両側並べれば秘密の花園が出来上がる。
 濃密な花の咲く愛しき日々。想像するだけで胸が熱くなりそうだ。
 ラピスラズリの空に流れ星。
 願い事は唯一つ。いや、二つ。
 華鈴と結乃を手に入れること。
「はぁ、これから益々楽しくなりそうね」
 可憐な少女の歌声は神威神楽の宵闇に消えていった。

成否

成功

MVP

桜坂 結乃(p3p004256)
ふんわりラプンツェル

状態異常

星影 向日葵(p3p008750)[重傷]
遠い約束

あとがき

 お疲れさまでした。如何だったでしょうか。
 MVPは健気に奮闘した方へ。
 またのご参加をお待ちしております。

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