PandoraPartyProject

シナリオ詳細

佳宵を飲み干して

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 それは煌々と輝く夜の月であった。棚引く雲の間より覗いた輝きは霞むことなく地へと落ちる。
「綺麗ね」と姫君は御簾越しに外で自身の護衛を務める男へと声を掛けた。このような時間に男女が共に在る事に関しては彼是と噂されることも絶えやしないが、年頃になっても姫君は彼を傍に置くことを頑なに選び続けた。幼少の頃より共に過ごし続けた二人にとって、言葉にせずとも意図を汲む事のできる空気は何とも心地よいものであった。
「ねえ、靖之。わたくし……そろそろ結婚が決まりそうなのです」
「――」
 男は、何も答えなかった。背後で月を眺める姫君のその言葉を只、飲むだけだ。
 背を向けた儘、日本刀を手に、黙する彼は姫の言葉の続きを待つ。
「幼い頃は貴方と結婚するのだと思っていましたわ。
 莫迦らしいかもしれませんけれど……本当に、そう思っておりましたの」
 姫は――そう笑い、翌月には嫁いだ。

 ――それから、幾年。姫の凶報を耳にしたのだ。
 妖刀を手にしたという彼女の旦那様が彼女を斬ったのだという。
 愛しい愛しい瑞姫を殺した男を許しては置けぬ。
 そうして、剣士は彼の貴族を切り伏せた。
 妖刀を持ち去り、二度と人の手には渡らぬ様にと黄泉津の山に逃げ果せたのだという。


「妖刀?」と『男子高校生』月原・亮(p3n000006)はそう問いかけた。それは或る八百万からの依頼である。
 曰くつきの剣が一本、その名を『佳宵』と言うらしい。妖刀と呼ばれるのは嘗ての時代に無辜の民を切り伏せた事に所以しているそうだ。つづりなどに言わせれば『けがれ』を纏っている――と言うのかもしれないが。
 その妖刀をある八百万が入手し、豹変したかのように侍従や妻を斬りつけたそうだ。妖刀を一刻も八百万の手より離さねばならないと混乱の最中、『妻の護衛』であったという男が乱入し、八百万を叩き伏せ妖刀を手にして逃げ果せたのだという。
 高天京より離れた山中の庵に籠った鬼人種の男には八百万の殺害の罪と被害者の所有物であった妖刀の窃盗の罪が課されている。
 至急、鬼人種の男を捕まえ、出頭させよと依頼人はお冠だ。しかし――少し事情は変わったという。
 切り伏せられた妻、瑞姫の父は姫の幼少の頃より護衛として共に過ごした鬼人種、靖之を不憫に思っているという。姫と靖之が幼き頃より戯れ事の婚姻の約束をし、共に過ごしてきた時間を政の為にその中を引き裂いた事は『良くある事』であるといえども姫と靖之にとってはどれ程までの心の傷になったであろうか。漸く昇華できた頃に姫が妖刀で亡くなったというその情報が靖之を凶行に走らせたと言うならば仕方があるまい。
 もしも、だ。もしも――「靖之が戦って死にたい」と言うならば、それを叶えてやって欲しいのだ、と。捕らえた所で待ち望むのは罪を処すだけの事だ。窃盗に貴族殺し、極刑となる可能性は十分に存在しているのだから。


 山中の庵の中に彼は居た。昏沈の肌に三眼を開いた靖之は妖刀を手に待って居たとイレギュラーズへと囁いた。
「俺ではこの妖刀を鎮めることは出来なかった。
 瑞を殺した男(あいつ)の様に、俺もこの妖気に呑まれ誰かを殺してしまうかもしれない」
 靖之は無愛想ではあったが心優しく、そして、何よりも一途な男であった。
 だからこそ、瑞姫が妖刀に切り伏せられたと聞いた時にその身に沸き立つ怒りの焔は霞む事はなかったのだろう。
 揺らぐ、妖気はいくつもの妖を作り出す。その躰は刀に操られるように動き出した。
「頼む――この刀ごと、俺を叩き斬ってくれ。瑞の許へと行きたいのだ。
 俺は、彼女を殺した男をこの手で殺した事を罪だとは認識できぬ愚か者だ。
 ……だが、俺は――お前たちによって捕まり極刑に課されるよりも戦いの中で死にたいのだ」
 彼は懇願する様にそう言った。しかし、その躰は動き出す。多くの血を吸いたいと――刀がそう囁くように。

GMコメント

夏あかねです。

●成功条件
 ・妖刀『佳宵』の奪取
 ・鬼人種『靖之』の捕縛or殺害

●山中の庵
 黄泉津、高天京より距離ある山中に存在する人気のない庵。周辺には人の気配はありません。
 夜です。視界は良好とは言い切れません。また、足元も山であるために少々不安を感じるかもしれません。

●妖刀『佳宵』
 美しい月を思わせる鈍色の刀。幾年眠ったかさえ分からない。
 何時かの日、無辜の民を切り伏せその血を吸い続けた妖付きの刀です。その力に魅せられ体を乗っ取られるものが居るとかねてより噂になって居ました。
 瑞姫の婚姻相手の貴族の持ち物でしたが、貴族は靖之によって殺害されています。今は、靖之の体を操っています。

●鬼人種『靖之』
 昏沈の肌に三眼を持つ男。無愛想で口下手ですが心根優しく、何よりも一途でした。
 幼き頃より八百万の姫であった瑞の護衛として育てられ、彼女を愛おしく思っていましたが家の決めた結婚には反対せず、見送りました。
 彼女の凶報を聞き、彼女を殺害した貴族を殺害し妖刀を奪い逃走、山の庵で一人刀と共に佇んでいます。自我は在りますが体は最早いう事を聞かないようです。
 鬼のバイタリティと妖刀の力が合わさり凶悪な破壊力を誇る攻撃を放ちます。
 彼は戦いの中での死を望んでいるようです。

●佳宵の怨念*5
 靖之の背後に浮かび上がる武者の怨念。無辜の民を切り伏せ、武者の血を啜ったそれは、実体を持つかのように動きます。
『殺す事』には余念なく、命を奪う為に戦い続けます。また、怨念は靖之を守るように立ち回ります。
(靖之が戦闘不能になる事で、佳宵の怨念は消え去ります。)

●同行NPC
 月原・亮がご一緒します。テンション上がると光の翼(意味はない)が生えるボーイ。
 前衛タイプ。日本刀で戦います。偶に支援なども。
 指示あれば従います。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

どうぞ、よろしくお願いいたします。

  • 佳宵を飲み干して完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月24日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

ヴェッラ・シルネスタ・ルネライト(p3p000171)
狐目のお姉さん
ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
祝呪反魂
シグ・ローデッド(p3p000483)
艦斬り
銀城 黒羽(p3p000505)
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
緋道 佐那(p3p005064)
緋道を歩む者
ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)
星飾り
陰陽 秘巫(p3p008761)
神使

サポートNPC一覧(1人)

月原・亮(p3n000006)
壱閃

リプレイ


 世界とは儘ならない。惚れた腫れたで巡ることのない人間関係に、打算に満ちた政。その生を受けた家がそうであったと言うだけで、決定付けられた運命を辿る事と相成った一人の姫君を襲った『不運』な凶行。
「世の中、なんで儘ならん事ばかりなンだろうなァ……」
 溜息を吐くように『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はその言葉を吐き捨てた。儘ならないと、その言葉に肯いた銀城 黒羽(p3p000505)は自身の曝け出す感情は『靖之』に――此度、姫君の命を奪った妖刀を持ち逃げした小野人種の青年に――必要は無いことだというように喉を奥へと送る。
「惚れた女を見送ったが殺されて、挙げ句にその旦那を自分の手で殺して、結果、妖刀に体を乗っ取られた、か」
 男の人生とは斯くも虚しい物であったか。『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)は云う――『誰かが誰かを想って居ただけ』と。「どうして」と言葉を尽くしても終着駅のない堂々巡り。それが、儘まらぬという事であるのかもしれない。
「……靖之さんには生き延びて欲しい……でも……死ぬことが望みなら、私は――」
 覚悟を、しなくてはならない。優しいもんで、とラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)は一度目を伏せた。月の色の瞳は眠たげに細められる。
「考えて、考えて、悩んで、その上で結論したんでしょうね。自分は相応しくないと、あってはならぬ事だと」
 ええ。その通りだと思いますよ――
 だから、靖之君の考えは尊重する。ラグラの言葉はそう言っているかのようでアレクシアはソレが彼の救いであるのだと『飲み干さねばならなかった』 
「自由が責任を負わなければならない様に。身分と引き換えに自由を手放さなければならない者もいる……まったく窮屈ね。そんな生き方は死んでも御免被りたいわ」
 それでも、瑞姫は『それを是とした』のだろう。『緋道を歩む者』緋道 佐那(p3p005064)は肺いっぱいの酸素を入れ替えるように息を吐き出した。海の底に繋がれ呼吸をも出来なくなるかのような窮屈さを生まれながらに持っていた瑞姫のその心境は分からない。だが、決定付けられた運命に恩を抱いた男が逆らうことが出来なかったことだって分かっている。
「殺す、と決めたんじゃろ」
『狐目のお姉さん』ヴェッラ・シルネスタ・ルネライト(p3p000171)は、そうやって問いかけた。佐那は「そうね」と淡々と答える。これは仕事だ。殺すか、捕らえるか――待ち受けるのが死だというならば、こうして『自身の心に寄り添う者の手で絶たれた方が幸福』だとでも云うのだろうか。
「はれまぁ――人の世ちゅうんは、ほとほと変わらんもんやねぇ。ほなまぁ、行きまひょか」
 緩やかに、『神使』陰陽 秘巫(p3p008761)は袖口を口元にそ、と当てて小さく笑った。その首はどこか楽しげにクスクスと微笑むのみだ。世の理を乱した鬼にとって『人の世』の息苦しさはよくよく分かるとでも言う様に、山中の庵へ――死を待つ男の元へと、向かった。


「妖刀か……まぁ私も似たような物、ではあるのだがな」
『Knowl-Edge』シグ・ローデッド(p3p000483)はそう笑った。自身は魔剣と呼ばれる存在だ。ローデッドと言う魔剣の契約者にして、ローデッドそのものとなった青年。靖之と『佳宵』の――使用者と刀の――役割に当てはめるならばシグの契約者は紛れもなく最愛の恋人、レイチェルだ。その視線の先、ゆっくりとレイチェルが見つめたのは刀を抱えた鬼人種の男であった。
 昏沈の肌、三眼を持つ男は特異運命座標の姿をしっかりと見据え「ああ」と唸る。
「迎えが来たか」
「迎え――になるかは分からぬがの。少なくともわらわ達は警邏に引き渡すために来たのではないぞ」
 ヴェッラは軽やかに言った。その淡々とした調子に面食らったように靖之は「な、」と呟く。
「俺の願いを――叶えてくれるというのか」
 靖之に黒羽は肯いた。黒羽自身、戦闘に赴くときは自身の感情を封印していた。殺したくはない、生きて欲しい、そんな彼に必要の無い感情を今は向けるべきではないと――一種の『割り切り』のように彼は真っ直ぐに靖之を見据える。
「……私は、本当はあなたに生きてて欲しいの。けど……」
 死んでしまえば瑞姫への想いは途絶える。彼女を弔うことも、意志を継ぐことも、想い出を語ることだって出来なくなってしまう。幼き頃より手を取り合った瑞との想い出が潰えてしまう、だから――生きて欲しい。アレクシアのその想いに靖之は首を振った。彼がそうする事を分かっていたとでも言う様にアレクシアは曖昧に笑う。
「うん、あなたは一途だから、きっと想いを曲げることはないだろうね」
「ええ。『儘ならない悲劇』に巻き込まれた貴方は。せめて望み通りにしてあげましょう。
 憐憫でなく、私の欲求のついでにね。……同情だなんて、貴方は求めていないのでしょうから」
 佐那の赤い瞳に戦意が灯る。妖刀使いとの仕合というのは初めてだから、と心が躍る。
「死ぬ事がお前の願いなら……叶えてやるよ。靖之。
 愛する人が居ない世界に意味は無いんだろ?
 生きて処罰を受けろとか。運命に抗えなんて酷な事、俺は言えねぇよ。既に生き地獄なんだから」
 レイチェルのその言葉に秘巫は人の世とは斯くも虚しい者であるかとせせら笑う。同じ鬼、それも――まだ生きている。嗚呼、その体に命、幽世と常世の区別さえ曖昧なる鬼にとっては何と羨む者であるか。
「生き地獄か。瑞を殺した男(あいつ)の様に、人を殺し……瑞の名誉に傷をつけたくはない。
 これ以上、瑞という女の美しさを穢したくはない愚かな俺を――殺しては呉れないか」
 靖之に、ラグラは頷き、手元に落ちていた石ころを拾い上げる。総て何れはなくなるもの。この石ころも、朽ちた木々も、彼の命だって。巡る宝石を拾い上げた星幽魔術士は「オーケー」と笑みを零した。
「そうか」
 佳宵を構えた靖之を前にして、シグはゆっくりと『言ノ葉』を紡いだ。
「――剣を執り給え、我が最愛の契約者よ」
「ああ、剣を執るに決まってるさ。──我が最愛の男にして、我が最高の刃。我が聲に応えよ!」
 掌に、男のその身が剣として飛び込んだ。その様子に反応を見せた佳宵が構えよと靖之の体を突き動かす。
「逃げ――」
「その必要は無い」と剣よりシグの声が響いた。鮮やかな憎悪を滾らせた美しい金と銀の瞳が靖之を真っ直ぐに捉えては放さない。
「来い、魔剣ローデッド! 俺がお前に望むのは……俺の願いを叶える為の勝利だ」
 靖之を解放するための、その力を。愛しい『瑞』の待つ幽世へとその魂を送るが為に。
「――お前さんがそう望むなら、私も――応えるとしよう」
 シグはそう答えた。二人で一つ、そう思わせるように、レイチェルは愛しい人を亡くした男と相対した。


 ぐん、と距離をつめるように靖之のその身体を『操る』妖刀は前線へと飛び込んだ。切っ先の描いた軌跡を辿るように怨霊がどろりと湧き出始める。
 一思いに全てを断ち切ることこそが靖之への救いになると他者を滅ぼすが為の概念(けん)を握ったヴェッラはその死角より回り込む。
 ころころと、鈴鳴るように笑み零し紅き旗をゆらりと揺らした秘巫は唇に『怨念』を乗せる。それは鬼の首が転がり落ちる音が如く、てんてんと鞠打つ如く――怨霊たちを惹きつける。情念に塗れた女のような顔をして、何も知らぬ男のような顔をして、秘巫は恐れなど知ることなく手招いた。
 それは隠世より姿を現した怨念を真っ直ぐに見据え黒羽もぎらりと闘気を輝かせた。その身体より溢れる闘気を手繰り怨念を鎖の如く絡め取る。獲物の動きを阻害するように、そして――怒りを増長させる様にその視線を奪う。
 秘巫と銀羽へと怨念たちの視線が集まっていく。ならば、と距離をつめた佐那の瞳は真っ直ぐに靖之を見つめていた。
「……妖刀使いとの死合いなんて初めてだもの、お付き合いくださいね?」
 気力を力に変えるが如く。残像のように影を展開しながら距離を詰めた。至近距離、靖之の『囚われた瞳』を見つめてぺろり、と舌を見せた。
「鬼人種の、そして妖刀の力の程。拝見させて頂くわ……!」
 佐那の背後、祈るようにクロランサスの花をその腕に揺らす。戦いを最適化した特殊支援、そして――黄色い花が靖之の許で花開く。フェニカラム・ヴァルガーレの鮮やかな色彩に狂気の色が混ざりこむ。
(殺さなきゃ――駄目なんだよね)
 ちりり、と焦げ付く様な思いが身を締める。その傍ら、対照的なほどに殺意を滾らせた乙女が立っていた。光を放ち尾を引いたジャスパー。光の下に在って黒を湛える碧の石はラグラにとっては近くて遠い宙向こう、『通信』のアチラ側。
「ぶっ殺してやるぜ!」
 言葉にすれば、それほど端的なものはなかった。ぶち抜いてやると踏み込みの瞬間を狙うように穿つ。地面を抉れ、転べとラグラが放つはちょっとした『嫌がらせ』。自身よりも攻撃が『得意そう』なレイチェルから気を逸らす事ができればと唇を吊り上げる。視界なんて――ほら、端で闘気を輝かせる黒羽が居るではないか。
 ぐら、と姿勢を崩そうとも、その足に力を込めて『佳宵』は一気に起き上がる。鬼の脚力という物かと『掌のうち』に存在しながらもシグは茫と考えた。
 鮮烈なる緋の色を鮮やかに揺らして、レイチェルは喰らい付く。小細工などなく、真正面から自身の持ちえる力を放つようにレイチェルは靖之の許へと飛び込んだ。
「――俺が不利になろうが関係無い。これが義だと思うンだ」
 彼女の言葉にシグは頷いた契約者(あるじ)が望むというならば、剣(おのれ)はその意志に従うのみだとでも言うように、ノーモーションで放たれた衝術が佳宵のその実を後方へと押し込んだ。
「レイチェル、お前さんは願うかね?――我らの……勝利を!」
 シグはそう、口にした。自身と、そして契約者の勝利を願う意志は巨大な光の刀身として成形された。レイチェルは勿論だというように淡々と頷く。
「この選択肢はお前さんの意志によって行われた物。故に私はそれに異論を挟むつもりは元より無し。ただ、敢えて、『感想』を述べさせてもらうとするのならば――」
 シグはしっかりと、『佳宵』――その向こうに存在する、靖之へと本件への感想(レポート)を述べるように口を開く。
「――真に守り切るつもりだったのならば。そも彼女が出る前に収集する『情報』も、検討する『選択肢』もまだあったはず。……それだけの話である」
 検討する事が出来たらば。そう、口にされた言葉を聴いてレイチェルは過去は変えられぬ物なのだと目を伏せた。
『ずぅっと起き上がるだけちゅうんも怠惰がすぎる』と秘巫はそう唇に乗せた。思えば『鬼の首』はその姿を変化させた。
「妾は防御もうまくできひんし、妾の首は何度でも落ちるやろうけんどな……それで死ねるよな妾やあらへんのよ」
 黄泉の道は閉ざされたとでも言うように秘巫はころりと笑う。怨霊を惹きつける首鬼はころりころりと笑いながらもその怒りを払うように攻撃重ね続ける。
「これ以上あなたに手を汚させはしないから!」
 アレクシアは叫んだ。これ以上、人を一人殺した過去は消えることはないけれど――彼はそれ以上を望んでいないとアレクシアは気づいていた。怨霊を相手取る秘巫を支えるように自身へとも声を放った彼女の傍で、黒羽は幾重もその怨霊を受け止め続ける。
 秘巫はころりころりと微笑んだ。嗚呼、首を落とされる事には慣れたけれど、のんびりと呆けるのも怠慢だ。ならば、と倒すべく怨霊を攻撃し続ける。秘巫に合わせ、攻撃重ねるアレクシアは声張り上げた。
「人の想いにつけ込む怨霊よ、消え去れ!」
 怨念よりも尚も黒き闇。それこそが佳宵であったか。まじまじと、死合いを楽しむが如く佐那は真正面から深く間合いに切り込んだ。
 剣での戦いにおいて、必要なのは相手の癖を読み解く事だと佐那はよく知っている。だからこそ、靖之の動きに、リーチに全てを真正面から受け止めて、踏み込んだ。よくよく見れば、靖之の身体はもうぼろぼろだ。そうだ、この戦いの中で、妖刀に無理くり動かされ続けた彼は、これ以上はないのだ。この儘悪鬼と成り果てる前に――討つだけだ。
 ラグラは小さく息をつく。何を罪と定義するかは勝手の事だ。
 佳宵が憑き妻を殺した男を罰するための刃。それを罪と認識できぬ自身を罰せというならば。
 それ以上に罪がひとつ、存在するではないか。
「――だって靖之君、貴方、姫を殺してしまったじゃないですか」
 その首筋に鋭利なナイフのような言葉が添えられた。冷ややかな気配を感じながらも――その身体に傷を負いながらも、衝動がその身体を突き動かすが如く――靖之は止まらない。
「な、に」
「簡単な話です。死なせたのではなく殺したんですよ、貴方は。
 さっき、シグさんも言ってたでしょ。好き合っていたのに。それでも手を取らず、身を裂かれる思いだったでしょうね靖之君」
 ラグラは淡々と吐き出した。そう、先ほどシグは――レイチェルの望みをかなえるための刃は言ったではないか。
 選択肢とは、無数に存在した。冷や汗を流した靖之は彼女の言っている事を分かっている。家など、知らぬと――『愛を取れば』姫は『佳宵』に出会う事などなかったのだから。
「……そしてなにより彼女が一番辛かった。彼女に死にも等しい思いをさせたのは誰?
 出来なかった、ではなく、しなかった。体を、心を。その妖刀で殺したのは他でもない貴方ですよ――『靖之』」
 隙が見えた。
 一寸。
 ラグラの言葉で見せられた隙はだらり、と佳宵を握る腕の力を緩めたかのように感じられる。
 佐那は今だというようにその隙間へと踏み込んだ。その隙など、最早、読みきったというように一刀両断、思いを断つが如く。
「……殺した事を罪と認識できない、と言ったわね。それを愚かだと。
 愚かなものですか。それで良いと、私は言うわ。それが貴方の心からの行動だったなら――来世は、貴方が自由で……幸せで在れると、良いわね」


「Le véritable amour――
 例えそんなものは無いとしても求めることは出来たはずですよ、臆病な靖之君。
 怖くて飲み込んでしまった言葉があるならば、向こうで伝えてください」
 地に伏せた、男の傍でしゃがみ込む。眠たげな瞳のラグラの言葉を引き継ぐように、アレクシアは頷いた。
「素敵な結末になれば……瑞姫と出会えると願っているから」
 黒羽は感情を覗かせた。ラグラが言った彼の罪の形。瑞のことを愛していたと彼女の手を握りしめるという決断と勇気。
 誰もが、そう――そう、気づいていた。恩と愛。形の違う二種類の、そのどちらの道を進んだのかで瑞姫の命の長さは変化したのだ。
「今回の件、原因はお前にある。あの日、家のことなんか考えずに彼女を繋ぎ止めてたなら彼女は死なず、お前もこんなことにはならなかったかもしれない……これは、あの日のお前への罰なんだ」
「罰、か――」
 掌から零れ落ちた『佳宵』など。彼には必要ないというようにアレクシアは、そっと刀を抱き上げた。忌々しい気配など、其処には存在していない。無骨な青年の掌は硬く、此れまでの苦労を感じさせた。
「それにしても、討ち取られるのが本望やなんて。
 嗚呼、勿体な、勿体な……妾(わたし)にくれればええのになぁ」
 ぽつり、と漏らした秘巫の言葉は空虚に闇へと溶けて行く。
「だから……よ…次は間違うなよ。向こうでは彼女の手を離すんじゃねぇぞ」
 アレクシアは黒羽の言葉に目を伏せる。彼は一途な人だから、きっと姫とであったならば今度は口にするだろうか。愛してますとは、いえないけれど、きっと――
「――こんな答えしか出せなくて。何とかしてやれなくて、すまねぇ」
 レイチェルのその言葉は、靖之に聞こえていたのかは分からない。ただ、その掌から転がり落ちた佳宵が帯びた呪いは失せるようにその力をなくした。

 黄泉平坂を転がり落ちる。そうした先で姫が笑って待っているとは分からなくとも。
 そうであればと願うようにヴェッラは来世を願う。瑞の墓へと供えるための花に、輪廻転生を願って目を伏せた。
 それは――互いに互いを殺した、救いようのない初夏の話だった。

成否

成功

MVP

ラグラ=V=ブルーデン(p3p008604)
星飾り

状態異常

なし

あとがき

 ご参加ありがとうございました!
 丁寧に弔っていただいた事で、きっと彼の心も救われるでしょう。

 MVP差し上げます。靖之にとって、きっと、その言葉が一番『死ぬ理由』になったでしょう。

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