シナリオ詳細
Equivalent exchange
オープニング
●
じゃらり、と言う音が響いた。
床に積まれたコインは山と及ぶ。痩せ細った手で最後の一枚をその頂点に乗せた男は、落ち窪んだ瞳を、相対する精悍な男性に対して向ける。
「――『使用権』を望む。これで、足りるか」
枯れて、削げた声だった。
声だけではない。襤褸を纏った程度の衣装、碌な食事も取らなかったであろう窶れ切った身体は、その男が真っ当な人間でないことを当然のごとく指し示している。
それを見る精悍な男性は、彼を――牢の内側で死刑を待つ、監獄島の囚人を見返して、きっぱりと首を振るう。それは一回の看守に過ぎない自身の裁量から逸脱していると。
……ただ。そう続けた看守は、改めて男に対して問いかける。
「用途は?」
「妻と、息子たちの幸福を。
可能なら財産、それか後添えを取って、再び幸福な家庭を築いてくれることを望んでいる」
「……承知した。『看守長』に掛け合おう」
看守が指した言葉が、実際にそれその人を示すのではなく、現状に於いて彼らが住まうこの監獄島を取り仕切る存在を表していることは、この場では周知の事実だろう。
積み上げられたコインを一枚残さず拾い上げては皮袋に詰め込み、看守はその場から去っていく。
それを見送る囚人は……静かに手を組んで、どうか、と口の中で言葉を囁いた。
――それが、一週間前の話。
「……此度の『お祈り』は、この方にも捧げれば良いのですか?」
「ああ」
彼の囚人と会話――否、商談らしき何かを行っていた看守は、その傍に幼い女性を連れていた。
服装は、看守が身にしているものと全く同じ。……であれば、彼女もまた、この監獄島にて囚人を管轄する立場に在るのだろうが、それにしてはその趣は大きく異なっている。
他よりも清潔な身なり、凶悪な囚人を取り仕切る立場の看守に似合わぬ、荒れたり、角ばった部分が無い柔らかな身体。
何よりも。
「……解りました。ローザミスティカ様と、何より死を迎えるそのお方のため。微力ではありますが、せめてもの幸福を祈らせていただきます」
痛ましげに表情を歪める、その心根の清らかさが。
手にするのは薔薇のコイン一枚。彼の囚人が支払った対価の一かけらに口づけをして、看守と、それに連れられる少女は、当の囚人が捕らわれている房に向けて歩を進める。
その表情に、決意の光を宿しながら。
●
「嘗ての幻想貴族、ローザミスティカが現在に於いて取り仕切っている『監獄島』では、彼女のお目こぼしを貰った人間が様々な便宜を取り図られている。これはお前たちも知っているよな?」
その日、何時もと同じように『ローレット』へ集まった特異運命座標達は、『黒猫の』ショウ(p3n000005)の言葉に対し、無論と頷いた。
『幻想』に於いて凶悪な犯罪を犯した者が集い、治外法権すらあてがわれたその場所――通称『監獄島』と呼ばれるその地に関する依頼を聞きつけた特異運命座標達に、ショウは笑いながら説明を続ける。
「その目こぼしの手伝い……が、今回お前たちに与えられた仕事なわけだが」
「具体的には?」
「集められた死刑囚たちに対して、一人の看守が行う『お祈り』の完遂」
――は? と言う声が、何処からか漏れた。
先にも言った通り、監獄島は凶悪な犯罪を侵した者たちが集う場所である。
仮に祈られたところで、神仏に対する祈りなど何をと笑うものが大半であろう。
中には独自の神を信仰する者や、独自の哲学に生きる者が居るであろうことは否定しないが……
「そういう奴らばかり、ってわけでは、無いんだよな?」
「当然。何より、これは囚人側からその看守に希った案件だぜ。
何故と言って――その看守の『お祈り』は、明確なご利益を呼び寄せるんだからな」
訝しげな表情を浮かべた特異運命座標達だったが、続く言葉には瞠目せざるを得なかった。
「『その子』は――彼女はな。
嘗て、とある魔種から寵愛を受けた、という話だ。祈りを捧げた対象に、確たる幸福を与える奇跡を」
「………………っ!!」
それは、つまり。
その力を否定することなく、今なお行使し続けている看守の女性は、言わば魔種の眷属と呼んでも良いのではないだろうか――
「言いたいことは分かるが、少なくとも今回、その看守に手を出すのはNGだ。
ローザミスティカは、彼女の能力を非常に恃みにしている。それをぶち壊すのは彼女との関係を、ひいては彼女と友誼を結ぼうとしている『黄金双竜』レイガルデとの関係破綻に繋がりかねない」
――『ローレット』に対し各国が取り決めたギルド条約は、大まかに言えば『神託の示した確定的破滅未来』を防ぐ、乃至回避するために便宜を図ろうという内容だ。
当然、滅びを助長する魔種に類する存在を、その力の行使を認めるわけにはいかないし、その為とあらば彼らは有力貴族にさえも強権を振るうことができる。
が、先の情報はあくまでショウが伝え聞いた噂の一つに過ぎないらしい。
明確な証明、或いは証拠を掴む前にローザミスティカが彼女の存在を隠し、その力を魔種によるものでないと一方的に突っぱねれば、彼らの捜査も其処で打ち切られてしまう。それだけは絶対に避けるべきだと、ショウも真剣な面持ちで念押しする。
忸怩たる表情を特異運命座標達も浮かべるが……少なくとも未だ関わりすら持てていない存在に、不用意に手出しをすることはできないと理解して、情報屋の言葉に首肯した。
「……依頼の説明に戻ろう。
さっきも言ったが、彼女の『お祈り』はそれを捧げた対象へ、その者の願いに沿った幸福を与えるらしいんだが――これには代償が伴う」
「代償?」
鸚鵡返しに問い返した特異運命座標に対して、ショウは然りと頷いて。
「……祈った対象の『罪』を反転した腐敗と、『罰』に応じた欲望の助長。
それによって変質した者の行動は様々だが、共通しているものが一つある。――『もっと祈りを』だ」
「………………」
特異運命座標達の首筋に、汗が浮かぶ。
ショウは言った「集められた死刑囚たちに対して、『お祈り』を」と。
そして、彼が提示した依頼の成功条件――『お祈り』の完遂とは、つまり。
「その日に死刑を迎える囚人の数は総計60人。
そいつらは一か所に集められて、彼女による『お祈り』を受ける。……そうして暴走した囚人たちにどのような『死刑』を執り行うのか、お前たちはもうわかっているだろう?」
「……しかもその看守を護りながら、か」
特異運命座標達が、乾いた声で言葉を返した。
囚人たちのスペックは、依頼人曰くその来歴が不詳である者が多く、特定することは不可能とのことだ(無論、彼のローザミスティカなら当然この程度は調べ上げていることであろうが)
唯一の共通項は、非装備であること。数や、ともすれば練度でも劣る可能性がある特異運命座標達にとって、これがどの程度のプラスに働くかは分からないが。
「……それでも、頼むぜ。イレギュラーズ」
苦々しげに言うショウの想いは、だからこそ、それが紛れもない本心だと伝わって。
「それが、例え救いの一種であってもだ。
俺たちは、其処に滅びの可能性がある限り――其れを認めるわけにはいかないんだ」
- Equivalent exchange完了
- GM名田辺正彦
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月24日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
日中、多少の雲を浮かべる青空は、それでも陽光を満遍なく下界に届けてくれている。
それは此度、特異運命座標達が居る場所――監獄島に於いても変わりは無く。廃墟に集った八名と一人は、其々が其々の行動を為すことに注力している。
「……願いを叶える、ねえ」
その廃墟を囲う森林内にて、簡素な罠を仕掛ける『never miss you』ゼファー(p3p007625)の言葉は、傍らで同様の作業をしている仲間たちに良く響いた。
彼女が言う行いは、此度の護衛対象、監獄島の看守であるバレッタが有する、「魔種に与えられたと思しき」特異なギフトを指している。
任意対象の願いを叶える反面、その対象の精神性に大きな歪みを発生させるそれに対し、語るゼファーは怪訝な表情だ。
「其の代償ってやつは本当に『此の程度』なのかしら?」
「彼女自身の精神性はともかく、能力は確かに脅威と呼ぶに相応しい」
言葉を返したのは『遺言代筆業』志屍 瑠璃(p3p000416)だった。
適当な媒体を探しては、自身の非戦スキルに使えるものかを判断している彼女は、その脳裏に護衛対象の姿を思い浮かべて。
――ええ。このような形ではありますが、それでもあの方々の本懐を遂げられることは善きことと信じております――
「人のために祈り、人の願いをかなえる。素敵なギフトですね」。廃墟へ向かう道中、話しかけた瑠璃に対して、バレッタの側は薄く笑んでそう答えた。
動じない表情。流石に言い方があからさまに過ぎたか、浮かべる笑顔は皮肉を受け流す人間のそれだった。
……それが、十と僅かの年齢の少女が出来る処世術かと、瑠璃自身気になりもしたが。
「魔種とは何度か関わったよ」
言葉は、万人に向けるようでいて誰に言うともなく。シラス(p3p004421)が訥と呟く。
「奴らには決まって通じるものがあるように思う。それは決して満たされないこと」
――そのような者たちの力を介して、願いを叶えるなどと。
貧者の取引などで得られる利益は常に見せかけだけだ。大抵、持たざる者は全てを奪われ、持てる者のみが何もかもを総取りしていく。
「そのような不倶戴天の敵の眷属をも利用しているという訳ですか。かの監獄島の女傑は」
くつくつと笑う『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)の言葉に、特異運命座標達は押し黙る。
利用しているのは彼女……バレッタのみならず。此度に於いては彼らも含まれる。それに従わざるを得ないという現実には忸怩たる思いを抱く者も少なくないだろう。
「更には死刑囚とはいえ、そんな彼女の手引で暴走した者達に手ずから刑を下す事になるとは……
ヒッヒッヒ、全く何が正義で何が悪か解らなくなりそうですね」
「……特に、『今回の』死刑囚に対しては、ね」
仲間たちが仕掛けた罠の配置を記録する『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)もまた、苦々しい感情を隠すことがどうにも難しい。
大半が貶められ、また陥れられた者たち。それに対して恨みを零すこともせず、ただ傍らの誰かに幸福になってほしいと願う彼らに対して、届けられるのが「離別」一つだけとは。
「……つくづくこの幻想は腐ってる」
バレッタがギフトを行使するまでの間、監獄島側から与えられた時間は多くなかった。
時間猶予を与えれば与えるほど、それは特異運命座標達にとって有利な状況に寄与するからであろう。結果として死刑囚たちの願望や来歴を聞き出すことから、その実力を計ろうとするレジーナの考えは奏功しなかった。
「他者の為に『お祈り』を、暴走すると知りながらも『お祈り』を。
ならそのいきすぎた祈りは果たして誰の為の祈りなんでごぜーましょうねえ?」
『Enigma』ウィートラント・エマ(p3p005065)が精霊を自在に動かす傍らで、笑いながらそう言った。
眇めた瞳の奥に浮かべた感情は計り知れない。それが嘲笑であろうが憐憫であろうが、或いは何れでも無かろうとも、彼女の行動は変わるまいが――それでも。
「……何れにしても。
『推定魔種』とやらは、真偽定かでない以上、今はなんとも、だ」
しゅるしゅると髪を渦巻かせて、『神話殺しの御伽噺』エクスマリア=カリブルヌス(p3p000787)がそう締めくくる。
ギフトを介した自身の髪の操作によって感情を表現する彼女が現在浮かべるそれは疑問。尤も、その感情は自身の言葉をそのまま指したものではなく。
(……事実であるのなら、それだけの力を与えられるほど近づいて尚、「呼び声」に惹かれていない、バレッタ自身にこそ、興味はある、が)
与えられながら、そしてその力を行使しながら、しかし近づいてはいない彼女。
その真意が如何なるものか、思うところはあるものの――
「……皆様。刻限が近づいてまいりました」
仲間たちの思考を、其処でグリーフ・ロス(p3p008615)が遮った。
監獄島側が設定した猶予時間が間もなく切れる。それを理解した彼らは、作業を切り上げて護衛対象が待機する廃墟に急ぎ集合する。
呼びかけたグリーフも同様に。その途中で振り返った彼女は、背後に並び、拘束された死刑囚たちに一瞬目を向ける。
「……これも看取りのひとつなのでしょうか」
瞼越しに、自身の瞳へ手を当てるグリーフ。
死刑囚たちを見やるその虹彩は、澄み切った青に染まっていた。
●
ぱさ、と言う音を立てて。
死刑囚たちの「願い事」について書かれた資料を読み終えたバレッタが、特異運命座標達に視線を向けて、一つ頷く。
「……『お祈り』を、始めます」
頷き返した彼らを前に、跪き、両手を組む少女。
祈りにかかる時間は短くはなかった。
ギフトには行使にかかる時間について明記されていなかった以上、それはバレッタ自身の拘りなのだろう。死刑囚六十名の名前を早口ながらも確実に唱えている間、冒険者たちも廃墟内部で出来る準備を可能な限り整えていく。
そして、数分の後に。
「……その想いに、せめて、愚者の祝福を」
呟いたのはそれだけだ。
派手なエフェクトも、特異な気配もない。だが、それこそが確かにギフトの行使だと理解できたのは。
「――――――ァ」
向かう者たちの視線が、変わる。
「ぁ、あああああああああ!!!」
死刑囚たちが一斉に暴れだしては、手足を縛る拘束具を破壊しようと一斉に動き始めた。
未だ正気のままの特異運命座標達からすれば、その感情の変移には恐怖すら感じる。それを押しのけて、彼らは予定していた作戦通りに行動を開始した。
「初撃は貰っていくわよ……!!」
突出したレジーナがそう呟けば、死刑囚たちの最中に飛び込んだ後、躊躇いなく至近距離の火線を敷いた。
それと同時、指笛。呼び出した騎獣に飛び乗る態勢を作った彼女を追うように、拘束を解いた死刑囚たちが一人、また一人とその足で追い縋る――否。
「看守を、看守を寄こせ!」
「未だ足りない、叶えたい願いは幾らでもある!」
「邪魔をするな、するならば……!!」
「………………っ」
吐き気を、伴う。
レジーナだけの話ではない。ただ粛々と死を待ち、佇んでいた彼らがここまで変えられてしまうギフトに、その行使を見過ごすことしかできない自分たちに、だ。
「正義も悪も人の定めた規範、ワタクシにとっては些末な問題です」
それを、からりと笑って無視できたのは、先ず彼女。
「何より、最早ワタクシたちがアナタ方に出来ることはないのですから。
精々、出来ること。仕事をこなすと致しましょう」
コンセントレーションからのロベリアの花。ヴァイオレットが有する『ホープダイヤモンドの短剣』を基点に舞った徒花はそれを霧散させ、近づく死刑囚たちの呼気を乱して挙動を崩す。
それでも、よろめきながら死刑囚たちは「廃墟の外に出たバレッタ」目掛けて駆ける。
一人目が彼女の服を掴んだ。二人目、三人目と幾人かがそれに続いて――ぱちんと、それが破裂する。
「!?」
「……祈りが欲しい、か」
それを、眼下に臨むエクスマリア。
レジーナのギフトによって作られたバレッタのヒトガタ。それ目掛けて集まった死刑囚たちに向けて、その指先から撃ち込む破式魔砲が大多数を薙いで行く。
「ならば、マリアが、祈ろう。せめて死後は安らかに、と」
ともあれ、これは一度限りのトリックだ。
そして、それを二度、三度と繰り返すことはできない。何故と言って、
「参りましたね。こうも罠にかからなければ……!」
焦燥を露わに、瑠璃が幻法愛式によって迫りくる死刑囚たちの多数を足止めするも、それとて減り切らない数を前にすれば一時しのぎにしかならないのは道理だ。
この辺りは、特異運命座標達の見落としと言えるだろう。
バレッタのギフトを受けた死刑囚たちは、確かに暴走した自我によって無作為な吶喊を行うものの、それは理性、知性を失うこととはイコールしない。
少なくとも「看守を捕らえる」という目的下に於いて、その行動を大きく妨げるものでない限り、彼らは些少なりとも効率化された――もっと直截的に言えば、頭を使った行動を取る。
他の者に先を越されることを懸念する死刑囚たちからすれば、遠回りを避けたい以上、自身の移動経路を妨害する罠の撤去などはその最たるものと言えるだろう。
「さてさて、強いられた意志とは言え、相当に固い決意のご様子」
特異運命座標らは侵攻ルートを絞らせるため、敢えて罠を隠すような工作をしていない。
襲い来る死刑囚たちの内、何名かが範囲術式を介して周辺の地面や木々を破壊した。
同時に宙を舞う罠の破片。事前にシラスとゼファーが仕込んだ幻影はその類には含まれず、それに引っかかった死刑囚たちが足踏み、或いは再び範囲攻撃を行いもしたが、それとて彼らが考えていた到達猶予時間からはかけ離れている。
「これを折るのは、些か骨が折れますかねえ……?」
ウィートラントが呟き、ロベリアの花を撃った後――二次行動、エクスプロードを使う。
至近対象に向けられるスキルの行使は即ち、死刑囚たちが廃墟にまで追い縋ったのと同義。
更に、その数は半数すら割っていない。舌打ちしたシラスがそれらの前に立っては、双手を構えて咆哮を上げた。
「ったく、脳筋共がゾロゾロと……!」
熱狂の毒。自身がそれに焼かれるのも構わず、襲い来る死刑囚たちの身を燃やし、爛れた皮膚から血を流させる彼に、一切の躊躇は無い。
「……ゼファー! 『抜けた奴』任せた!」
「はいはい。ちょっとは気が引けますけど」
打ち込んだシラスの毒に対して、怒り狂った死刑囚たちが殺到する。
その効果から脱した、或いは抵抗していた死刑囚たちに向けてゼファーもまた名乗り口上を上げてドローイングを担当する。
「ま、片っ端から叩きのめせって話ですからね。遠慮はしないわ」
そうして、ウィートラントに続く二次行動。
月弧が居並ぶ死刑囚たちを裂いた。Promise The Moon。古びた槍を介した月輪は、突き詰めた戦闘技術こそが到達しうる武芸の領域である。
だが――だが。
「……っ、損傷、残存リソースの20%を下回りました」
呟いたグリーフの傷は深い。パンドラを消費する一歩手前まで追い詰められている彼女の状態は即ち、特異運命座標たちに因る死刑囚の対処が上手くいっていないことを指す。
侵攻方向を定めて、其処に集中した敵に向かってエクスマリアの極大火力を打ち込むプランが崩れた以上、残った手段は足止めを兼ねた範囲攻撃を繰り返すことだけだ。
そして、それにも限界がある。もとより六十名ともなる大人数に対して遠距離攻撃班を除き、迎撃と言うスタンスを取るものが多かったことが、拘束具による「ボーナスタイム」を無為に帰していることも大きかった。
グリーフのマークを抜け、接敵する死刑囚。その手は彼女が守る看守の首元に伸ばされて。
「願いを、」
少女を引き寄せた死刑囚が、嗤った。
「寄こせ――!!」
●
その、瞬間。
瑠璃の練達上位式によって形どられたバレッタの虚像が、ぱきんと崩れ落ちる。
「――――――ま、た」
瞠目する死刑囚を前に、対する特異運命座標は表情を歪める。
『残機』を切られた。最早後は無い。
「馬車を!!」
告げたのは誰か。ふうと頷くヴァイオレットが廃墟の瓦礫に隠すようにしていた馬と簡素な荷台、そしてそれに乗せられているバレッタを連れて、戦場からの離脱準備を整える。
「グリーフ様、御者をお任せしますね?」
「承りました。ヴァイオレットさんも……」
御者台に乗り、言葉を返しかけたグリーフの心臓を、魔弾が撃ち抜いた。
咳き込む。燃焼したパンドラがあふれ出す血液を堰き止めて、今一度の賦活を与えてくれて。
引いた手綱に馬が応える。刹那、ヴァイオレットが馬車に飛び乗りざま撃ったダークムーンにより、発車を食い止めようとする死刑囚たちの身を大きく拉がせた。
既に、死刑囚たちはそのほぼ全員が廃墟内に位置している。
更に、その数は未だ二桁を残したままだ。馬車が動き、遠距離攻撃持ちすら居る死刑囚たちから距離を取るのは難しい。
「これが、一介のギフトでこなせる業ですか……!!」
心法・火界呪。直接のダメージではなく、複数の状態異常を介した負傷を与える術式を唱えた瑠璃が、忌々しげに言葉を吐いた。
一個の建物を中心に混戦状態となった戦場に於いて、後衛陣が削られるリソースは殊に大きい。防御技術に乏しいエクスマリアは勿論、瑠璃とウィートラントとてパンドラは疾うに消費し終えている。
「同意見。最早、ギフトなんて可愛いもんじゃないわね。
他人に此処まで影響を及ぼすなんて一寸尋常じゃないわよ」
辟易とした表情のゼファー。白魚の如き肌は数多の死刑囚たちに因って殴打痕と噛み傷に塗れている。
これほどの狂乱に在る死刑囚たちを見て、「馬車で距離を取ればもう護衛対象は安全」と言うのは大きく不安が残った。
消費の少ない範囲攻撃と言え、未だ残る数を思えば足りるか不安にすら思えてくる。尤も、それを表情に出すことは無いが。
「どうあれ、此処が胸突き八丁なのは変わりなく。
あの方々の自己満足の代償、わっちらが払いきれるか否か、いよいよ試されるようでごぜーますね?」
血花を身に咲かせるウィートラントから張り付いた笑顔は消えない。自らもまた呼び出した軍馬『エポナ』に乗り込み、馬車の護衛に回る準備をする彼女とて、その息は絶える寸前だ。
「幾らかはこっちで引き付ける、後頼んだ!」
残存する敵の数を大きく引き付けるシラスの存在は、この状況下で大きく輝いている。
無論、優れた回避と抵抗、防御技術を有する彼とて、個人では出来ることに限りがある以上、ダメージは確実に蓄積していた。
パンドラが消費される。地に伏す運命を変転させた彼が、それでも獰猛な笑みを止めることなく立ちはだかる様に、怒り狂う死刑囚たちも僅かに気おされ、
「――――――行け」
その隙を、エクスマリアは見逃さなかった。
当初の作戦に因る、限定させた侵攻ルート上を往く敵に高火力を叩きこむというプランこそ失敗したものの、さりとて彼女の術式は失われる気力に相応する威力を誇っている。
充填こそあれど、現時点で打てる最後の破式魔砲。吹き飛び、身体の多くを欠損してこと切れる死刑囚たちを尻目に、膝をついたエクスマリアが背後を振り返れば――そこには既に、動き出した馬車が。
「待……」
「生憎、定員オーバーよ!」
手を伸ばし、遠距離攻撃を取ろうとする死刑囚に対し、レジーナが『赤き血潮の書・写本』を手に言葉を紡ぐ。
発生する刃に幾重も切り裂かれる死刑囚。馬車の距離は遠ざかり、対する特異運命座標らはパンドラを消費こそしたものの、未だ倒れた者は居らず、故に死刑囚たちに対する障害として明確に機能し続けており――故に。
「……一応、確認ですが」
ミリアドハーモニクスで負傷の大きいシラスを癒す傍ら、瑠璃が小さく言葉を零す。
「あとは見逃してもらう。なんて話は、流石に都合がいいですかね?」
「それは、どっちがどっちをだ?」
肩を竦めるシラス。ぎらぎらと目を光らせている死刑囚たちは、両者の言葉を切っ掛けに更なる攻勢にかかる。
既に追いつきはしないと解っていても、「何時かは見つかるかもしれない」という微かな可能性に縋って。
その為の、障害を駆逐するために。
――結果として。
特異運命座標達は、本依頼中に於ける看守の護衛、そのものは成功した。
だが、依頼結果自体は成功とされながらも、追加報酬が与えられることは無かった。
本依頼後、「足止めに回った特異運命座標達を倒し」、その場を去った何名かは、監獄島内で生活するバレッタに対し、今後その生命を脅かす可能性がある、と言うのが依頼に対する大きな瑕疵であると判断されたためだ。
これが今後、彼女にどのような影響を与えるのか、そしてそれは特異運命座標達に関わる機会のあることなのかは――未だ、誰にも分からない。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・「ピースオブコールドハート」バレッタの生存(負傷の度合いによって下記報酬の減少有り)
●場所
『監獄島』内某所。小高い丘に遺された小さな廃墟、またその周辺に存在する森林です。時間帯は昼。
廃墟にはPCと下記『バレッタ』が。森林内では下記『死刑囚』が廃墟から離れた場所に固まって配置されています。
シナリオ開始時、PCの皆さんと『バレッタ』の距離は3m以内、『死刑囚』との距離は50mとなります。
●護衛対象
・『「ピースオブコールドハート」バレッタ』
年齢十代前半の少女です。人前に姿を見せる際は『監獄島』に於ける看守の服装をしておりますが、普段の彼女はローザミスティカの庇護のもと、島内の何処かに隠れ住んでおります。
性格はおとなしめ。他者には区別なく柔らかな物腰であたる反面、自分を強く戒める傾向にあります。
戦闘能力や非戦スキル等は一切なし。代わりに「推定魔種」によって変質させられたギフト、「ピースオブコールドハート」を所持しております。能力詳細についてはOP本文参照。
ギフトは一定範囲内に於ける任意対象に掛けられるという利点の反面、使用回数は一週間~一か月につき一回までという制限があります。
このため、これまでは大多数の希望者に対して数名を選出する形でギフトの仕様が執り行われてきました。
が、今回はテストケースとして「より多くの数の願いを叶え」「より多くを処分する」為に特異運命座標達が呼ばれました。
この為、本依頼の成功度如何によっては今後もこうした依頼が提出される可能性があります。
●敵
『死刑囚』
上記『バレッタ』による祈りを捧げて貰うべく集まった死刑囚です。数は60名。
その多くは貴族に貶められた商人や、元貴族など。自ら罪を犯した者よりも、陥れられた形で罪を擦り付けられた者が多数。
彼ら個人個人の戦闘能力は「不明」です。
「シナリオ開始時に於いて彼らに装備は無く」、簡易的な拘束具によって行動を制限された状態。
この状態の彼らが、『バレッタ』のギフトを受け、暴走することによって自由に行動するまでには、若干の猶予があります。
●報酬について
本依頼は秘匿性を伴う依頼のため、参加者には依頼の情報について『ローレット』外部の人間に対して箝口令が敷かれます。
これにより、事実上の口止め料として同難易度のものより多くの報酬が見込まれております。これは上記成功条件の達成度に応じて更に増加する可能性もあります。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
成功した場合、『幻想』における悪名が加算されます。
又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。
それでは、参加をお待ちしております。
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