シナリオ詳細
消えてしまう、その前に
オープニング
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夢を見たいと少女は思った。少女に定められた刻限は既に長くなく、か細い声はまさに風前の灯火と言って良いだろう。
永遠へ飛び立つ前の、最期の夢。どんなものが良いだろうと少女は考える。最後だからとびっきりの。最期だからとっておきの夢が良い。
物語の主人公らしく、格好良い見せ場で戦う夢だとか。
恋物語のヒロインのように、王子様と出会って恋をしてプロポーズされる夢だとか。
はたまた旅人のように、異世界へ召喚されてしまう夢だとか。
少女は数えるほどしか外へ出る機会を得られなかった。彼女の世界を広げるものは本ばかり、だから空想は出来てもそこに実感はない。質感も、温度も、紙の上の文字でしか存在しなかった。
細い、今にも止まってしまいそうな呼吸をひとつ。ゆっくりゆっくりと息を吸って吐いた少女は、疲れたように目を閉じた。
まだ大丈夫。その時ではない。枕元に死神は、まだ。
けれど来ない保証はない。気づけば、いつの間にか立っている。確信にも似た想像で、それが遠い日の事でないともわかっているのだ。
早く、早く動き出さなければ。
夢など望んで勝手に見られるものではない。なれば、夢を『見せてもらえば良い』のだ。
「……ゆめうり」
そう呼ばれる存在が混沌にいることを、少女は使用人たちの話で聞いていた。その人物が時折ローレット──世界の滅亡を防ぐため召喚されし特異運命座標たちの元を訪れるという事も。
震える手を伸ばし、枕元に置かれたベルを小さく鳴らす。小さい頃から優しくて心配性な使用人たちは、少女の微かな呼び鈴だって聞き逃さない。
「お嬢様、参りました」
必要なものは何かと使用人は問う。
薬か。水か。それとも綺麗な花か。珍しい本だって探してこよう。
少女からの言葉を待つ使用人は、彼女からの望みに力強く頷いた。
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「……というわけで、捕まったんだ」
「人聞きが悪くていらっしゃる。依頼に参ったのです」
ローレットに現れた夢売りは肩を竦める。その隣では礼儀正しく男が控えていた。
夢売りが人を連れているところなど珍しさしかないが、どうやら彼は夢売りの依頼人であるらしかった。
「時に君たち、一番最後に見たい夢はあるかな」
夢売りの言葉に目を瞬かせるイレギュラーズ。突拍子も無い質問だが、答えをすぐ思い浮かべられる者もそうでない者もいるだろう。
「その夢を買わせて欲しいんだ。今、僕が持っている『夢』でも数は十分だけれど……選ばれたヒトであるイレギュラーズ、君たちの夢も混ぜておきたい」
依頼主の主人は『最期に見る夢』をご所望なのだそうだ。それが真実危篤状態にあるが故の願望なのか、それとも娯楽的に見てみたいだけなのかイレギュラーズからは読めないが──こればかりは夢売りの依頼内容である。夢を見るだけのオーダーに秘匿情報たるその内容は不要だ。
そして彼にとって『夢』とは商品である。種類が豊富に越したことはない。さらにあのイレギュラーズが見た夢となれば、例え今回買われなくても需要があるのだろう。
「何でも構わない。君たちが最後の最後、どうしても見たいと思う夢を頼むよ」
- 消えてしまう、その前に完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2020年07月20日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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考えたことが無いのなら、今考えれば良い。『木漏れ日妖精』オデット・ソレーユ・クリスタリア(p3p000282)は最期の夢は未練や後悔を清算する夢をと望んで──。
──目を開けばそこはあまりにも懐かしい、故郷の森だった。
自らの翅で木漏れ日から木漏れ日へ。旅人を見つけたのなら、その頭上へそぅっと近づいて持っていた木の実をぽとんと落としたり。或いはずーっと先に落とし穴を作って姿を隠して。
「うおあっ!?」
哀れにも引っかかった人間を見てケラケラ笑ったり。嗚呼楽しい。人間って本当に馬鹿!
「……相変わらずだな?」
そんなオデットを見つけ出したのは見知った青年。飽きれた声音にオデットはくるりと振り返り、口を尖らせる。
「楽しいんだからいいでしょ」
そう告げれば、否定はしないけれどと彼が肩を竦める。そんな彼にオデットは密かな恋心を抱いていた。でも言ってしまったら、この関係が壊れてしまうかもしれないから。
「そうだわ。折角だから手伝って頂戴!」
代わりに飛び出るのは悪戯の誘い。2人は近くの村へ行くと光の魔法で村人を驚かせ、出来立てのおやつをこっそりくすねて分け合って食べる。
「コォラ!!!」
「あ、」
頭をカンカンにした村人に見つかれば、オデットと青年はしまったと顔を見合わせる。そこで仲良く叱られて──とはならずに。
「おい!」
叱られる青年の影に隠れ、そしてさっと飛び立ったオデット。村人と青年が気づくも、空までは追いかけられない。そして青年は村人へ真面目に弁明する他ないのである。
すっかり静かになった場所までオデットが逃げてくると、ややあって青年が追いついてきた。その表情はすっかり拗ねている。
「何で逃げるんだよ」
「あら、飛べない方が悪いのよ!」
笑って、彼の周りを飛び回って。そして懲りることなく悪戯して、遊び続けて。夕暮れになれば彼は家に帰る。
何でもない、大好きな彼との1日。オデットは未練を断ち切るべく青年へ声をかけた。振り返った青年は怪訝そうな表情をしていて、オデットはくすりと笑いながら彼へ告げる。
「──ずっと、好きだったのよ」
伝えられなかった想い。
返事を聞いたら新たな未練が、後悔が生まれてしまいそうだから──ここで、おしまい。
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目を瞑った『迷子の迷子の羊さん』黒霧 夢唯(p3p002947)はどんな夢が良いだろうと考える。
沢山の美味しいものを食べる夢。
可愛らしいものに囲まれる夢。
お金持ちになって贅沢する夢。
色々と考えては見るけれど、どれもしっくりこなくて。
(やっぱりめいが見たい夢は……)
夢唯の意識が落ちていく。夢へと引きずられていく。夢唯にとって混沌は素敵で楽しい場所だけれど、まだまだ両親が恋しい年齢で。
「夢唯ー」
ぱちりと目を開けると、あまりにも懐かしい天井があった。そして部屋の傍らにはなぜか混沌で出会った杖──冥が一緒に横になっている。
「おはよう、冥おにーさん」
おはようと返してくれる杖を手にリビングへ。用意されているホカホカの朝ご飯を食べ、ランドセルを背負って学校へ行く。いつだって冥は一緒だ。学校から帰ったら皆で夜ご飯を食べて、お風呂に入ったりして、冥と一緒に眠りにつく。
「おやすみなさい」
おはようからおやすみまで、召喚前の1日と同じ。ただひとつ違うのは、冥がこの世界にいる事だけ。
(依頼人さん? が見るには、つまらない夢かもしれないけれど……)
夢唯が最期に見るのなら、こんな願望を映した夢が良い。
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現実と夢は時間の流れが違う。
例え1日でも、夢では1年に。
例え1秒でも、夢では10年に。
(永遠に感じるような長い夢を見れば、永遠の命を得たのと同じことだわ)
『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)は長い時間の中で最強たる自分をみる。ただ長く生きるだけなら長い夢の意味がない。夢とは自分にとって都合よく、良いものであるべきなのだ。
何よりも──竜種より強い自分が良い。少なくとも絶望の青で君臨していた滅海竜リヴァイアサンを簡単に捻り殺せるくらいの力でなくては満足できない。更に冠位魔種が扱う権能の内、都合の良いものだけ手に入れる。そして全ての世界を自由に行き来する特異な能力を持つのだ。
全ての世界において最強になる。力を見せれば住民たちは易々と跪き、屈服するだろう。そうでない者など生きている価値などない。
何処へ行っても傅かれ、自分の思うようになる。そんな人生をメリーは夢の中で生きるのだ。
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いつだって眠れる『就寝中』ヴィクトール=エルステッド=アラステア(p3p007791)に催眠は必要ない。けれども彼は夢売りへ声をかけた。催眠をかけてほしい──ではなく、お願いをするために。
「『どんな夢』でも、許してくださいね」
売りたい、買いたいという思いも含めて風変わりな依頼だと思う。もちろん、夢を見ること自体に忌避感はないのだけれど──ヴィクトールが死の間際に見たいと願う夢は、見る者を選ぶだろう。
そこは幻想のようでありながら、鉄帝や深緑、天義などの町並みにも見えた。あるいは混沌ですらなかったのかもしれない。ヴィクトールは周囲を取り囲む不明瞭な輪郭たちに攻め立てられていた。その怪物たちは良く見えもしないのに、ヴィクトールを殺せという声は良く聞こえて。
──ボクはこうなるべきだったんだ!
ヴィクトール自身の内から、誰かの声がそう叫ぶ。だからだろうか、ヴィクトールは断頭台までの道を抵抗することもなくゆっくりと歩いた。
何を言ったか、何を言われたか。がこん、という音と共に気づけば首は離れている。死ん─でない。首を置いておいたら勝手に治った。また首を落とした。燃やされた。水に沈められた。
(どうして。そうじゃないん、そうじゃないんだ)
何度殺されても死なない。死ねない。そんな彼の前に『ボク』は現れた。殺してやろうと告げられて、ヴィクトールは驚くほどあっさりとその命を絶たれた。何がこれまでと違ったのかなんて分かるはずもないのだけれど。
(ああ、ようやく)
死神に連れて行かれるヴィクトールが感じたのは安堵。現実でも死の間際だろうに、夢の中でも死を望む。ヴィクトールは、きっちりと死にたかったのだ。
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(私が死ぬ前に見る夢ね)
『狐です』長月・イナリ(p3p008096)という人格はこの体とイコールではない。その主たる意識は稲荷神に回帰するもので、死というものは限りなく存在しないと言っても良いだろう。
故に、今から望む夢はイナリの望むものというより──自身が人格を作る前、この体自身の人格が見る夢となる。この体自身の記憶は既に無く、けれどもきっとこのような日常を過ごしていたのだろうと想像する事しかできないけれど。
『ほら、起きなさい!』
母の声。朝食の席に着けば目の前で父が茶をすすっている。早く食べなさいと急かされながら朝食を食べ、学び舎へと向かうのだ。一般市民ながらもそこそこ裕福な彼女は友人と楽しく語らい、恋をして、失恋もして。武器を握ることも大怪我をすることもなく、やがて結婚して子供に囲まれるのだ。
女の子だから、流行や美味しいものに敏感で。母になったら子供を叱りながらも家事をこなして。彼らが独り立ちをしたら伴侶と緩やかな時間を過ごし、最期は皆に見送られて逝くのだろう。
(私が上書きされずに、普通に生きていられたら……)
今ばかりは叶わない夢、叶わない願い。けれども、もし今後叶うのであれば。イナリという存在が消滅した後、この体自身の人格が戻ってこられますように。年月が過ぎて、自身も成長していて驚くかもしれないけれど、また落ち着いた日常を過ごせますように。
イナリはそう願いながら、まるで1本の映画を見るような心地で普通の日常風景を眺めていた。
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疑似睡眠へと落ちたグリーフ・ロス(p3p008615)は、自身でありながら自身ではない者の最期を見る。あの時の病室。けれどもそこに寝ているのはグリーフの記憶にある”私”ではなくグリーフ自身だった。視線を巡らせればベッドサイドにはドクターが寄り添っている。自身を生み出した人の表情は、なぜだか暗幕が降りたように見えなかった。
一体これはどういうことなのか、と視線を巡らせればそこもまた記憶と異なる。誰もいなかったはずのそこにはグリーフと同じ白髪と白皙の肌、そしてグリーフと異なる淡い青の瞳を持つ”私”がいる。
(夢とは、このようにありえない現象がおこるものなのですね)
そこにいるはずのない”私”。ここに寝ているはずのないワタシ。有り得ない事態でありながら、グリーフは都合が良いとも考えていた。だって記憶は問いかけに答えられないのだから。
「……ワタシは、望まれて生まれてきたのでしょうか」
傍らのドクターは何も言わない。どんな表情をしているのかもわからない。”私”はグリーフを静かに見下ろしていた。
ドクターはグリーフをどう思っていたのか。
ワタシは誰なのか。
この記憶は”私”のものなのか、それともワタシのものなのか。
夢の中の”私”は、やはり答えてくれなかった。この謎を抱えたままグリーフは最期を迎えなくてはならないのだ。
不完全燃焼な夢。こんな答えのない夢で、夢売りの依頼には役立てるのだろうか。
そんな疑問を抱きながら、グリーフは夢の中で2人との離別を果たした。
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大人数で寝るという事に落ち着かない仲間もいる中、『特異運命座標』アティ・ザン・フィニガン(p3p008703)はワクワクとしながら寝転がった。誰かと寝るなんていつ振りかも分からなかったから、気持ちが高揚してしまう。念のためにと催眠を頼んだアティは、間もなくして夢の中へ落ちていった。
主人たる人物の名前を呼ぶ。その寝起きは随分悪い。
「午前中から動かないと、良い草がなくなってしまいます」
そう告げれば渋々に起き上がってくる主人。その外見は曖昧で、名前も自らの口が呼んだはずなのに耳をすり抜けていく。
(ん、いけませんね)
長き眠りによる後遺症か。本当なら現実でもこうして過ごせれば思い出しやすいのだろうが、傍らに主人はいない。けれども、それならこの夢でだけでも。
朝食をすませた2人はそのまま薬草を採りに出かける。アティの手には昼食を入れたバスケットがあった。
「ピクニックなんて最高ですよ。ほら、良く晴れています」
のどかな天気は外で食べるのにうってつけで。薬草を必要なだけ集めたら、昼食で気分転換して帰るのだ。
家に帰れば主人は今しがた採ってきた薬草を使って薬を。アティはそれを横目に夕食の支度を。とりとめもない話をしながら夕食をとり、寝る支度をして並んだベッドへ潜り込む。
暗くなった部屋には月明かりが差し、ただ主人のすぅすぅと静かな寝息をアティの耳が捉えた。
(もしも、これが最後だったなら)
目を瞑ったアティは思う。何故自身は目覚めてしまったのかと。
ここで目を閉じて、眠って──2人とも目覚めなければ、どれだけよかっただろうか、と。
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「あの、催眠をお願いしてもいいですか」
『冥刻の翡翠』チェレンチィ(p3p008318)は夢売りへ視線を彷徨わせながら告げる。誰かと一緒に寝るなんてできない。落ち着かなくて仕方がない。
「もちろん。さあ、横になって」
夢売りに従い寝転がれば、顔の上に手をかざされる。するとどうしたことか、とろりと眠気がやってきてチェレンチィは抗うことなく右目を閉じた。
人生の終わり。最期に見たい夢。チェレンチィは『普通の日常』を願った。何が普通なのかなんて考えればキリがないだろうけれど、少なくともチェレンチィの過ごした人生は凡そ普通ではなかったから。
「おはよう。寝ぐせついてるわよ」
母に指摘され、頭に手をやれば確かにぴょんと跳ねた感触。あとで直さなきゃと思いながらチェレンチィは温かな朝ご飯を食べる。
両目は見えた。母が笑っていて、その傍らには父がいた。2人ともこんな顔だっけ? そこは覚えていないから想像で補った『こんな感じ』だけれども、この空間があるだけでチェレンチィは幸せだった。
朝食を済ませれば仕事へ行き、買い物をして、変えれば母と並んで家事を手伝う。父に声をかければテーブルの上を片付けてくれて。
(絶対に現実では得られない……ええ、それでいい)
皆でご飯を食べて、その日の出来事を思い返しながら眠りにつく。明日はどんなことがあるだろうかと、仄かな期待をしながら。
(殺しを仕事にしているボクが、得てはいけない)
現実のチェレンチィがそう戒める。こんな温かいものが与えられるなど、許されはしない。だから、どうか、この時だけ。夢ででも許されるのならば。
命が消えてしまう──その前に。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れさまでした、イレギュラーズ。
きっと、最期に良い夢を見られることでしょう。
またのご縁をお待ちしております。
GMコメント
●すること
最期に見たい夢を見る
●詳細
最期、死ぬ前に見たい夢を思い浮かべてください。そのまま眠れば夢売りがその夢まで誘ってくれるでしょう。
夢の中なので自由です。混沌の世界ではなくても構いません。ヘンテコな夢でも構いません。
プレイングではどのような夢を見るのか、自身はどのような言動をするのかなどを明記下さい。
●場所
ローレット近くの宿です。大部屋を借りたため、皆さんで同じ部屋にいます。寝具は準備されています。ここで皆で眠る予定です。
夢売りも同じ部屋におり、眠る皆さんを見たい夢へ向かわせる補助の役目をします。また眠れない人には催眠をかけて眠らせてくれます。
●夢売り
眠たげな目をした少年。夢売りとも夢買いとも呼ばれており、どちらでも良いようです。
夢を商売道具にしています。これまで見たことのある夢は全て覚えているらしいです。
●ご挨拶
愁と申します。
一番最期に見るならどのような夢が良いでしょうか。私は夢の中でもお布団に包まっていたいです。
それではご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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