PandoraPartyProject

シナリオ詳細

梔の香り

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 瑠璃を散りばめた宵闇。浮かぶ月の光が戸の隙間から女の頬を撫でた。
 浅い眠りから意識を浮上させた彼女の耳に、波の音が響く。
 いつも通りの日常。変わることの無い夜更け。
 けれど、遠くで刀が交わる音が聞こえてきた。

 ――あの人が居るかもしれない。

 女は飛び起き、寝間着のまま家の戸を開ける。
 開け放った戸に差し込む月明かりと潮の香り。岩場に打ち付ける波の音。
 草履が湿気を孕んだ地を蹴った。

 ねえ、あなた。
 何処に居るの。
 私を置いて。
 何処に行ってしまったの。

 私にはあなただけだったのに。
 あなたの他には何も要らなかったのに。
 お願い。帰って来て。

 ――――
 ――

 佐野助はしがない漁師だった。父親から継いだ家業で細々と生計を立て暮らしていた。
 其処へ嫁いできた女を、男は大層大切にした。
 仲睦まじく周りからも祝福される夫婦だったのだ。
 それを引き裂いたのは、小さな戦。
 都の見聞にも乗らないような、小規模の戦いがあったのだ。
 けれど、妬み嫉みから来る歪みは、勝敗が付いて尚相手の命を根こそぎ奪う泥沼の戦いとなる。

 全てが終わったあと、その戦場に立つ者無く。
 血と無念という名の呪いだけが渦巻く穢れた地と成り果てた。


「これは、奥さんのご両親からの依頼、です」
 訥々と端的な言葉で説明しながら『Vanity』ラビ(p3n000027)はイレギュラーズに頷く。
 戦で夫を喪った娘が塞ぎ込んでいるのを心配したのだろう。
 骨すら見つかっていない夫の死。それを実感出来ずに泣き続けているのだという。

「このままでは、娘が、千代が壊れてしまいます」
「優しい子なんです。婿が亡くなってからもずっと帰りを待ってるんです」
 元々細かった身体は痩せ細り、泣き腫らした目の下には隈が滲む姿を両親は不憫に思った。
 このままでは悲嘆し海へと身を投げるかも知れない。
 そう思った彼等は娘の為にと戦の跡へ行き、婿を探したのだという。

「でも、こっちに依頼が回ってきたってことは。怨霊が出たって事か」
「はい。お恥ずかしながら。私たちにはどうしようもなくて」
 イレギュラーズの言葉に娘の両親は頷いた。
 戦場に渦巻く怨念は呪いを帯びて、近づく者を殺そうとするらしい。
 運良く逃げ帰る事ができた彼等は、藁にも縋る思いでイレギュラーズを頼った。
 突然外から来た者達に戸惑いもあっただろう。
 しかし、そんな些末な事を考えている余裕は無い。
 大切な娘の命が掛かっているのだ。
「どうか、千代を助けて下さい!」
「お願いします!」
 頭を深く下げた彼等の肩に、イレギュラーズはそっと触れる。
 優しく安心させるように。大丈夫だというように。
「大丈夫。俺達に任せろ」
 絶望と呼ばれた青を越えてきたイレギュラーズにとっては何のことの無い依頼だろう。
 けれど、彼等にとっては死地になる。不安になるのも無理は無い。
 だからイレギュラーズは両親の手を握る。
「必ず怨霊を倒して佐野助を見つけ出す」
 遺品であれ。何で在れ。千代の元に送り届けよう。
 力強く頷いたイレギュラーズ。踵を返すその背に娘の両親は深々と頭を下げた。

 ――――
 ――

 傷つき疲弊し、それでも立ち上がる事が出来たのは。
 帰りたいという一心だけだった。
 早くこの戦いを終わらせて、愛おしい人の元へ。

 ああ、彼女の好きな梔の花が咲いている。
 仄かな香りを彼女は好んだ。
 戦いが終わったら一つ摘んで帰ろう。
 そうしたら、喜んでくれるだろうから――

GMコメント

 もみじです。仄かに香る梔いいですよね。

●目的
 怨霊を退治する

●ロケーション
 瑠璃を散りばめた夜空が美しい夜更け。少し前に戦があった場所。
 白骨化した遺体や刀が転がっています。
 月明かりがあるので戦闘には支障ありません。

●敵
○武者×5
 刀で斬り掛かってきたり、弓で矢を放ってきます。
 物理的な攻撃です。そこそこの強さです。

○怨霊×10
 呪いや呪殺攻撃をしかけてきます。
 神秘的な攻撃です。

○佐野助
 既に亡くなっています。
 梔の花を懐に潜ませているためすぐに分かります。
 最初はイレギュラーズを敵だと認識しています。
 意地で最後の方まで生き残ったため強いです。
 槍で向かって来ます。漁師だった時の得意技でした。
 的確に急所を狙ってきます。

●NPC
○千代
 戦場の近くに来ています。
 何もしなければ戦闘には巻き込まれません。

●ポイント
 心情寄りの依頼です。
 イレギュラーズの被害を少なくするには佐野助の説得が肝心です。
 普通に戦うだけでもクリアはできます。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。
 想定外の事態は絶対に起こりません。

  • 梔の香り完了
  • GM名もみじ
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年07月20日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クロバ・フユツキ(p3p000145)
深緑の守護者
楔 アカツキ(p3p001209)
踏み出す一歩
七鳥・天十里(p3p001668)
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊
彼岸会 空観(p3p007169)
ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)
咲き誇る菫、友に抱かれ
月羽 紡(p3p007862)
二天一流
スカル=ガイスト(p3p008248)
フォークロア

リプレイ


 瑠璃散る夜空の月は優しく降り注ぎ、頬を撫でる風は潮を孕んで過ぎ去っていく。
 宵闇のマントを纏い『影を歩くもの』ヴァイオレット・ホロウウォーカー(p3p007470)は戦場へと足を向ける千代の前に現れた。
「もし、そこなお方」
 透き通る様な声色。それはまるで妖艶な色香纏う妖魔の美しさで千代を見つめている。
「あなたは、だれ?」
 先ほどまでの失意の念は薄れ、千代の視線は目の前のヴァイオレットに釘付けになっていた。
 伺うような視線にヴァイオレットは優しく微笑み掛ける。
「ワタクシは旅の占い師、探し人が居るのではございませんか?」
 なるほど占い師とは、その容姿格好も頷けると千代は緊張を解いた。
 この先に赴くことはならないとヴァイオレットは告げる。
「此処より広がるは無情と無念と骸のみ。アナタ様の求めた幸福は、この先にはございません」
 吸い込まれそうなエンバーラストの瞳が千代を見つめていた。
 その瞳が写すは、躊躇い唇をを数度震わせる千代の姿。
 着物の襟をぎゅっと握りしめ、ヴァイオレットに視線を合わせる。
 其処に見えた決意に紫の君は目を細めた。

 会いたいと願うならば――

「……しかし。占いには続きがありまして」
 ゆるりヴァイオレットの指先が一枚のカードを引いていく。
 表されるは再会そして別れの言の葉が載せられた一枚。
 出会う事が出来れば言葉は紡がれ巡っていくだろう。
 されど出会わなければ昇華しきれぬ想いが澱み膨れ上がる。
 怨霊が一掃されたのならば、仲間がこの場に現れるだろう。
 時が来るまでこの場所で待たれよとヴァイオレットは千代へと告げた。

「最期の一度きりとなるでしょう。どうか、後悔のないように」

 全ての言葉を、想いを伝え魂が昇華されるように。
 無念を残さぬように。
 ヴァイオレットは千代に微笑み頷いた。

 ――――
 ――

 執念極まれり、か。
 薄く呟く『フォークロア』スカル=ガイスト(p3p008248)の言葉は、荒れた大地に霧散する。
 踏み荒らされた古戦場。転がる鎧の破片が幾つか見えるだけで、既に殆どが草木に飲まれていた。
 夏の太陽の光を浴びた木々の成長は早い。
 スカルは月夜に浮かぶ戦場を見渡し、眉を寄せた。
 生きる者の気配を感じてゆるりと紫色の亡霊が這い出してくる。
 目当ての佐野助にアプローチするにも、目の前の亡霊達を先に排除しなければならないだろう。
 スカルは腰を落として、戦場に駆け出した。
 その背を追いかけるように『ガンスリンガー』七鳥・天十里(p3p001668)が続く。
 戦の絡んだ不幸なぞよくある話である。されど、それに慣れる事もまた難しい。
 たとえ、佐野助が敵意を無くし元に戻ったとしても、絶対にハッピーエンドの大団円にはならない。
 何故なら彼はもう死んで居るからだ。
 けれど、残せるものが少しでもあるのならば。
「最後に一度だけでも合わせてあげたい」
 天十里はスカルが投げ飛ばした敵に向けてリボルバーを向ける。
 結果がどうであれ、このまま放置する訳にはいかないから。
 撃ち出された弾丸と銃声が戦場に響き渡った。
 赤いマフラーが風に靡き、穿たれた弾丸の鮮血に黒紅のガンブレードが走る。
 舞った血は『讐焔宿す死神』クロバ=ザ=ホロウメア(p3p000145)の頬に散り流落ちた。
 イレギュラーズの存在を敵だと認識した亡霊達が次々と躙り寄ってくる。
 剣に重なる刀の重み。クロバは迫り来る刃を腕で受けて躱し、剣を突き立てた。

 戦場には帰らぬ者、帰れぬ者が取り残される。
『踏み出す一歩』楔 アカツキ(p3p001209)は姿勢を低く保ち思考を研ぎ澄ませた。
 亡霊の剣先を手甲で弾き、突き入れる拳が敵の胴を破砕する。
 絶海の戦いでもそうだった。帰って来た者に出来る事は、その意志を少しでもくみ取る事。
 アカツキはちらりと視線を戦場に向ける。
 戦場の中程に居る鎧武者。あれが佐野助なのだろう。
 千代の元へ帰ろうと未練を残し、無念を残し。彷徨っている。
 不本意な死であったと。同情の念がアカツキの心に浮かぶ。
 されど、誰かが教えてやらねばならないのだ。
 己を見失う愚かさを。己を待つ者に伝うべき言葉があることを。
 その為にアカツキはこの戦場に立ち、拳を振るうのだ。

 戦場にて息絶え、怨霊と化す。
 それは戦う武士なればこそ生じる歪み。
 月夜に彼岸会 無量(p3p007169)の金眼が仄かに揺らめいた。
 生前の想いが強ければ強い程。汚れた血は濁り伝い、滴って澱む。
 清らかな願いは呪いと変じてその魂を蝕んでいくのだ。
 呪怨は連鎖し、雁字搦めの抜け出せぬ檻となる。
 願いは曇り月夜の灯りさえ届かぬ怨嗟となりて、大切な祈りも見失ってしまうのだ。
「此処で終わらせて差し上げましょう」
 沙羅と錫杖を鳴らし、無量は戦場を駆ける。
 その耳に届く『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)の声。
「……戦いによって引き裂かれた人は、この国にも大勢いるんだろうね」
 小さく微かなつぶやきに、無量は「そうですね」と頷いた。
 この国にもという言葉はそれ以外でも多くを見てきたという証左。
 自分よりも若く瑞々しい心の声。彼女の背には無量が慮れぬ苦悩があったのだろう。
「せめて、最期はちゃんと言葉を交わせるようにしてあげたいな」
 決意の中に僅かな悲しみを帯びたアレクシアの声に、無量は小さく肩を叩いた。
「ええ。遣り遂げましょう」
 アレクシアを勇気づけるように、無量の瞳が僅かに細められる。
 赤き花が戦場に咲き乱れる。
 アレクシアの魔法陣から穿たれた赤は、夜空に華々しく咲き誇った。

「さてさて、どうしたものでしょうね」
 アレクシアが咲かした花の中をじっと見つめる『二天一流』月羽 紡(p3p007862)は、その中に佐野助を見つけ眉を寄せる。
 佐野助の姿は鎧武者。既にこの世の者では無い事が明々白々。
「望みは無い、か」
 死んでしまった以上、彼は倒されるべき悪だ。
 どれだけ千代が帰りを望もうとも、決して戻ることの無い魂だ。
 鳶色の瞳を僅かに伏せて、紡は憂う。
 せめて叶うのならば。好いた者同士。最後の別れを。
 されど、佐野助は今、亡霊と化しているのだ。
「まず、この状況をなんとかしないといけませんね」
 アレクシアの赤き花から漏れた武者の前へ、紡は躍り出る。


 瑠璃が広がる夜の戦場に剣檄が響いていた。
 攻撃の矛先を一手に引き受けたアレクシアの傷が深くなっていく。
 その様子にスカルは眉を寄せた。
 早く雑魚共の数を減らさなければアレクシアが倒れてしまうだろう。
 迫り来る武者の腕を取り、遠心力で懐へと一気に入り込む。
 腰に乗せた相手の体重を返すように、スカルは地面へと叩きつけた。
 ガシャンと鎧が壊れる音。その隙間に彼の視線が走る。
 たとえ硬い装甲に覆われていたとしても、その隙間には必ず弱点があるのだ。
 重い鎧が体勢を立て直す前に、素早く手刀を叩き込む。
 吹き上がるどす黒い血は腐臭を漂わせていた。
 スカルは視線を上げる。
「戦場はもう無く、アンタはもう死んでいる」
 剣檄の中でも自ずと響くスカルの声。
「アンタはこの戦場に漂う呪いに操られているだけだ。やるべきことを思い出せ」
「やる、べき事」
 スカルの声に僅かではあるが佐野助の意志が動いた。
 続く言葉はアカツキのもの。一人の声だけでは完全に届かないであろうそれを。
 繋ぐことで佐野助を取り巻く怨嗟の檻を解き放つ事が出来ると、皆が確信していた。
「佐野助、何を呆けている。貴様には帰る所があるのだろう」
「帰る……」
「そうだ。帰る場所だ」
 海の傍にある家。父親から継いだ漁師の家。
 其処に嫁いできた千代を大切にしていただろうと。
 仲睦まじく歩んできたのだろうとアカツキは重ねる。
「その梔を枯れさせるまで、千代を放っておくつもりか」
 梔。千代。懐かしい名前に佐野助はぶるぶると震え出す。
 何か忘れているのでは無いか。大切な何かを。佐野助の心に、焦燥感が湧き上がる。
「佐野助、お前が誰か見失うな。誰を待たせているのか忘れるな。千代が待っているのだろう」
「まって、る……アァ……?」
 アカツキの声は自然と佐野助の耳に届いた。
 待って居る人が居た。大切な誰かが居た。
「何で、アァ……? くるし、い」
 焦燥感は佐野助の情緒を乱す、我武者羅に剣を振り回しアレクシアの身体に傷が刻まれる。
 されど、アレクシアは引かない。仲間もそれを覚悟の上で彼女に託したのだ。

「落ち着いて周りに目を向けたらどう?」
 天十里は冷静に佐野助の状況を見出す。
 後ろから戦場を見渡す天十里だから発する事の出来る言葉。
 艶やかな黒き瞳は戦場を移す鏡だ。
 的確に戦況を見極め、弾丸を撃ち込むが如く言葉を重ねる。
「そうじゃないと、その戦場に似合わない綺麗な花だって潰れちゃうよ」
「花……?」
 天十里の言葉に佐野助は視線を上げた。
 良い香りの花があった。それを持ち帰らなければいけない気がしていた。
 何故なのだろう。天十里の言葉は綺麗な花が潰れると聞こえる。
 何故潰れてはいけないだろう。
「持って帰るんでしょう?」
 何処に持って帰るというのだろう。分からない。
 でも。大切な事だった気がするのだ。
 佐野助の変化を天十里は逃さない。紡へと視線を向け頷く。
「このまま悪鬼として調伏される事を望みますか?」
「悪鬼……」
「そうです。今の貴方は悪鬼そのもの」
 紡の声にアレクシアへの攻撃を止め、己の手を開く佐野助。
 其処には人間の肌は無く、嗄れた茶色い皮があった。
「死は生あるものへいつかは色んな形で訪れるもの。君は、望む死とただの無意味な死、どちらを取りたいですか?」
「……」
 突然突きつけられた死の末路と選択。佐野助は混乱している。
「今なら、選ぶことができるのですよ?」
 重なる紡の声に佐野助は頭を抱えた。
 紡の言葉の意味をそのまま受け取るならば、己は死んでいて悪鬼と呼ばれるに相応しい姿なのだろう。
「どうして、だ」
 分からないと拒絶の意志を見せる佐野助。
 されど、この過程には意味がある。現状を把握するということは、今までの自分を否定する可能性があるということ。
 物事には波があるのだ。それを紡は理解した上で揺さぶった。
 よりよい道を選ぶために紡が突きつけた厳しい言葉だって必要なのだから。

 ――――
 ――

「他の方も佐野助さんと同じく無念に沈む者。彼岸へと正しく送って差し上げましょう」
 この戦場に巣くう者達は、例外なくこの世に未練を残して死んでいったものだ。
 一人一人が佐野助と千代のように引き裂かれてしまった者たちなのだ。
 沙羅と遊輪が鳴った。
 怨霊の魂へと無量が語りかける。
「貴方達の本当の望みは?」
 戦い続ける事なのか。縛られた魂の解放なのか。
 この古戦場に来る者は自分達を排斥しに来た。しかし目の前の無量は違う。
 声を聞き、自分達を個として受入れ言葉をかけてくれるのだ。
 人として扱ってくれるのだ。
 なれば、託したいものがある。家族に向けた感謝と愛を。
 深く絡め取られ怨霊となってしまった身は、それを伝える事ができなかった無念で作られていたから。
「ええ、其れを叶えましょう」
 戦場に突き立てられた錫杖が一際大きく鳴った時。
 集まっていた怨霊は蛍の光となって空へと舞い上がる。


「――――――――」
 戦場に佐野助の慟哭が木霊した。
 怨嗟の声と自身のやるべき事の間にもがき苦しんでいる。
 けれど、苦しんでいると言うことは、そこから脱したいという願いでもある。
「佐野助、思い出せ!、千代が待っている事を思い出せ!!」
 アカツキは佐野助の胸ぐらを掴んで揺さぶった。
 瞳を合わせ、想いよ伝われと願う。
「アアァアア!!!! 千代……?」
「左野助さん! しっかりして! 私たちの声が聞こえる?」
 アレクシアは暴れる佐野助の肩をぎゅっと掴んだ。
 戦いはもう終わっているのだ。戦う必要はないのだと傷ついた身体で叫ぶ。
 声を張り上げる度に、アレクシアの瞳に涙が滲んだ。
「だから帰ろうよ !大事な人の、千代さんのもとへ! 一緒に!」
 ぽたりと地面に落ちる雫に、佐野助の動きが止まる。
「泣いて、るのか……千代」
「ううん。私は千代さんじゃない」
 アレクシアは首を振った。無量はゆっくりと背後から近づき佐野助の懐に入った梔を一輪取り出す。
「貴方の目的は戦う事ではない筈。血の匂いを忘れなさい。目を啓きなさい」
「これ、は梔の花……千代が好きな梔の花だ」
 花の香りを知覚した事により、佐野助の意識は浮上する。
「梔の花に込められた言葉は『喜びを運ぶ』なの。今の貴方の姿は、千代さんに何かを運べるの?」
 今でも佐野助の帰りを信じて待っているのだとアレクシアは訴える。
 彼ならばと娘を任せた義両親の想い。無碍にするのかと無量は問う。
「貴方の帰りを待ち望む女を、泣かせ続けるのが海の男なのですか?
 死して口無し、されど伝えられる事はあるでしょう?」
 無量は畳みかける。今正気に戻らなければ、この時を逃せば。伝える言葉は無いのだと。

「応えてあげてよ! そして、少しでも『喜び』を、生きるための『幸せ』を運んであげてよ!
 ……貴方にとっても最期の『喜び』を失くさないでよ……!」

 アレクシアの叫びが戦場に木霊する。
 否、既に此処は戦いの場では無くなっていた。
「――ああ、そうだな。思い出したよ。ありがとう心優しい少女」
 思い出した。きちんと。この戦場で自分は死んでしまったこと。
 それでも、千代に伝えたい想いがあったこと。
 けれど、既に朽ち掛かった身体では、この古戦場の外に出て行くことすらままならない。
「伝えたかったなあ」
 夜空を見上げ佐野助は呟く。
「諦めるにはまだ早いですよ」
 ヴァイオレットは天十里に合図を送り頷いた。
「もう大丈夫。行こう」
 天十里は千代の手を掴んで、戦場に連れ出す。
 きっと今の佐野助なら千代を見てくれる。言葉だって交わせるはずだから。
 だって、そうでなければ悲しいままで終わってしまう。
 それは嫌だから。

「あなた……なの?」
「千代、か」

 姿形が変わっても、愛しい人の魂は分かるのだ。
 二人はひしと抱き合い、言葉を交す。
「忘れなくて良い。辛くなっても構わない。けれど、前を向いて歩いてほしい」
「ひどい人。そんな事言われたら絶対に死ねないじゃない」
「……さよなら、愛おしい人。いつまでも見守っているよ」
「ええ。有難うあなた。いってらっしゃい」
「いってきます」

 それは永遠の別れを告げる優しい言の葉。
 それは永遠の愛を告げる悲しい言の葉。

 魂の無くなった鎧はガランと地に転がった。
 最後は笑顔であれただろうか。最後に佐野助へ送れるのは笑顔だけだから。
「彼の死を悼んで泣いてあげなさい」
 紡がそっと千代の肩に触れて、涙がほろほろとこぼれ落ちた。
 前を向いて歩いて行けるように。心の整理をして、壊れてしまわぬように。
 紡は泣き濡れた千代にハンカチを差し出し、空を見上げる。
 帰る場所、それは何処であろうか小さく息を吐いた。

「これを」
 スカルが差し出したのは、佐野助が懐に忍ばせておいた梔の花。
 仄かな香り。優しさに包まれるようで。
 千代は一粒透明な涙を流したのだ――


成否

成功

MVP

彼岸会 空観(p3p007169)

状態異常

クロバ・フユツキ(p3p000145)[重傷]
深緑の守護者
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)[重傷]
大樹の精霊

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 皆さんのおかげで二人はきちんとお別れをすることができました。
 これで、前に歩いて行けるでしょう。
 MVPはこの戦場の全てを救った方へ。
 ご参加ありがとうございました。

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