シナリオ詳細
<月蝕アグノシア>待ち人来たりて、空に焦がるる
オープニング
●アルベドの核となったとあるはぐれ妖精
最初から羽がない妖精だったら、飛びたいとは思わなかったのかも?
どうなのかしら。
*りん*
今はアルベドの核となっていた妖精。
意識の底に沈んだ妖精の意識は、ごくまれに浮上し、世界をおぼろげに認識する。
夢を見ているかのようだ。
いま、空から地上を見下ろしているのね。
こんな高いところから、町を見下ろすのは初めてだった。手を振りたかったけれど、体は上手く動かない。
それに、仲間たちはどうも……逃げ惑っているようだ。
妖精は生まれつき、羽があるけれど、飛ぶのがあまり上手ではなかった。
みんなが遊んでいるのをいつも花びらの影に隠れて見ていた。
でも、仲良しのあの子が見つけてくれた。
一人お友達ができたら、後は簡単だったのよ。
あそこが思い出の場所だったの。
妖精の町、エウィン。
妖精のささやきを知ってか知らずか、六枚羽のアルベドは、じっと、小さな町を見下ろしていた。
アルベドに、妖精の声は聞こえない。
(――のために)
アルベドが、強い決意をしたのを感じる。
妖精が自我を取り戻したのは、アルベドが一瞬思考を緩めたわずかな時間のみ。
再び、妖精の意識は沈んでいく。
妖精の意識は目を閉じ、再び深い眠りにつく。
アルベドは、魔剣をぎゅっと握りしめる。
はるか天空から、妖精の町を見下ろしている六枚羽のアルベド。
『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)と姿はよく似ている。
だが、内面は異なる。
カイトの頭を占めるのは、
「すべては、魔種タータリクス様のために」
ということだ。
魔剣の切っ先を、町へと向ける。
エウィンの町の泉から浮かび上がった3体のケルピー……邪妖精(アンシーリーコート)が、妖精たちへと突進していく。
「い、いやああーーー!」
嫌がる妖精にかみつき、強引に背に乗せようとする。駆け去るケルピーは、その過程で逃げ惑う小さな妖精を弾き飛ばした。
……気にならない。
なるとしたら、それは「素材が不注意で壊れた」ことに対するわずらわしさ。
タータリクス様は自らの駒を増やすために、核の羽虫を欲している。
「すべては、我が主のために」
●遺品博物館にて
『遺品博物館職員』ヒツギ・マグノリアは、博物館に預けられたコンパスが音を立てて震えているのに気がついた。
『おとぎ話の門(アーカンシェル)』の話は、ヒツギもよく知っていた。愛おしい息子の活躍は、すべて目を通しているのだ。
少し前。
おとぎ話の門が開いたときとちょうど同じくして、博物館の収蔵品であるところの「引かれ会うコンパス」が反応した。
ノラからの依頼でイレギュラーズが調べたところ、コンパスの先には妖精がいた。魔物に襲われていた彼女は、片割れのコンパスを探していたという。
妖精は、なくし物のコンパスを受け取り、代わりに自分が持っていたコンパスを託して、元の世界へと帰って行ったという。
向こうで、何か、あったのだろう。
魔種ブルーベル。魔種タータリクス。彼らが、本格的に動き始めるときだ。
イレギュラーズたちは、『大迷宮ヘイムダリオン』を踏破し、正規のルートから至るのだという。
ああ、ラデリは行くだろうか。
行くだろう。
止めても行くだろう。
魔種のもとへ。
「その決意は固いのかい、ラデリ」
ふらりと立ち上がり、ラデリはコンパスを懐に入れた。
- <月蝕アグノシア>待ち人来たりて、空に焦がるる完了
- GM名布川
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月16日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●父と子
ラデリとよく似た赤毛。
『再び描き出す物語』ラデリ・マグノリア(p3p001706)にとっては皮肉なことに、親子である二人はよく似ている。
「あの時の妖精が気になって来てみれば。……なんであんたがここにいる?」
鋭くヒツギを見据えるラデリ。
知らず、杖を手に持った右手の親指に力がこもった。
一歩引いたところで、仲間たちが成り行きを見守っていた。
「さて、どう見る?」
『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)は『義に篤く』亘理 義弘(p3p000398)を見た。
「割って入る程野暮ではねえし、今戦うべき相手でもねえ」
邪魔すんなら押し通る、通してくれんならさっさと通るまで。
言外に言わんとすることを察して、汰磨羈は頷いた。
(いずれにせよ、ここで止まる選択肢はない)
『天才になれなかった女』イーリン・ジョーンズ(p3p000854)は観察に徹する。
血の絆。
拭えぬ過去。
ヒツギがくるりと杖を回し、ラデリが杖を構える。
一触即発。
「そうか、ヒツギさんも来てくれるんだな?」
『守護の獣』ウェール=ナイトボート(p3p000561)が、弾んだ声で言った。
ヒツギは僅かに目を見開く。
「やっぱり父としては一緒に戦いたくなるよな。俺も梨尾が戦場に出るなら絶対ついていくぞ!」
屈託のないウェールの言葉。
「ああ。そうだね。それができれば……それがいつもできればと思っているよ。いつも側にいれたら……」
本心だった。
常に近くで守れたら。
だが、それはかなわない。
息子は、自分を殺したいほど憎んでいる……。
魔種に及ばないのであれば、ここで止めるのが親心というもの。
戦場への道しるべなど、授けたくはない。
ラデリが睨み殺さんばかりの視線を向ける。
それすらも、愛おしいと感じる。
「通してくれ、今はあんたと殺り合う暇はない。……このコンパスは、妖精の片割れの……」
と、そこへ。
「こらーっ、ヒツギさーん!! コンパスを勝手に持ち出してはだめなのです!」
ノラがやってきた。
「……そういう事情なら仕方ないのです。妖精さんを助けて、コンパスをあるべき場所へ戻してください」
イレギュラーズたちが事情を話すと、ノラはヒゲをピンと伸ばして頷いた。
遺品博物館の館長代理、ノラ。
ヒツギは後ろ髪を引かれる思いでラデリを見るが、隙はなく。
これでもノラはかなりの手練れなのだ。
「ヒツギさんのことはノラが見張ってるのです、だからケンカはダメなのです」
「今回はそれで良しとしよう」
ヒツギはコンパスを緩く放り投げた。ラデリはそれを確かにキャッチする。
「……どういうつもりかは知りたくもないが、コンパスは借りていく。事が済んだら次はあんただ、首を洗って待っていろ」
「ああ、ラデリ、待っているよ」
嬉しそうなヒツギの声。
「…………はぁ。上手く見張っててくれ、館長代理」
「上手く話しがついたようでよかった。ヒツギさん、だっけ」
ウェールはすれ違いざま、ヒツギに話しかける。
「……本当に本気で死合うなら、意識が遠くなっていく中、聞こえる息子の涙声はつらいぞ。
最期に抱きしめたくても、涙を拭ってやりたくても、手は空を掻くだけで、届かないんだ……」
紡がれる後悔の言葉。
ヒツギは、戦禍の渦巻くであろう場所へと去ってゆく息子の背を見、何か言おうとしたが、かける言葉は続かない。
ラデリは振り返らないのだから。
代わりに、ウェールに、
「頼むよ」
と言った。
●アルベド
ここはエウィン。
妖精の町を示す看板は、無残にも真っ二つに折れていた。
「我々が皆自分の不幸を持ち寄って並べ、それを平等に分けようとしたら、ほとんどの人が今自分が受けている不幸の方がいいと言って立ち去るであろう――ここが燃えることを期待していたのだけれどね」
灰の騎士がいた。
火の粉のような燐光が舞う。
灰の騎士が指し示す場所は、常に、死の気配を伴っている。
さあ、今回はどうか?
どうぞ、試してごらんなさい、と言わんばかりのゆったりした所作で、灰の騎士はイーリンに道を空ける。
今はまだ、かろうじて焼け落ちてはいない。
(忠誠は、父親の愛情は何のために。暴く先があるならば、その命は救うだけ)
イーリンは魔書より、紅い依代の剣・果薙を取り出した。
流星の描く「ラ・ピュセル」。
瞬間、物語の観測者のために、喧噪が一瞬だけクリアに澄んだかに見え。
「始めましょう」
大きな声、というわけでもない。だが、その宣言は静かに響き渡る。
――神がそれを望まれる。
「そうか……キミが、僕の身体を象っているのか」
『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)は、空を見上げた。
自身の姿を写したアルベドが、空に浮かぶ。
邪悪なケルピーたちの指揮をとり、町を蹂躙しようとしている。
「カイトさんの偽者、ですって?」
『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は思わずカイトを見る。
姿形こそ似ているかもしれない。だが、魔種に与し、盲目的に付き従うアルベドの姿は、誇り高き仲間のそれとは異なる。
アルベドは、挑発するように手を招く。
地面を蹴るほんの刹那、町の妖精たちの悲鳴。
カイトは、わずかに後ろ髪を引かれる。
「弱きものを護るのが力ある者の役目。それで騎士の真似とは、片腹痛い!」
『筋肉最強説』ブレンダ・スカーレット・アレクサンデル(p3p008017)は、妖精を追いかけるケルピーの前へと立ちふさがった。ならば、と、もう一匹。進路を変えるケルピーの前には、リディアが。
「貴方の相手は、このリディアが引き受けます! 余所見は許しませんよ!」
「こちらは任せるがいい」
「ああ、私は私のすべきことをする!」
ブレンダが言う。
義弘が、敵に構えた。
大丈夫だ。地上には心強い仲間たちがいる。
だから飛べる。存分に。
飛び立つカイトに、迷いはない。
「……っ!」
一瞬の出来事だった。
カイトのSAGが、アルベドを撃ち抜く。
(間合いがっ……)
先ほど地上を飛び立ったかに思えるカイトが、すでにそこに迫っている。六枚羽を、エウィンの空に広げて。
アルベドは油断していた。
まさか、突撃してくるなど、思いもよらなかった。
口すら聞けぬほどの気迫。
風を斬る音は、すでに攻撃よりも遅い。
不意を突かれて、アルベドは体勢を崩す。
空は自分の舞台ではなかったか。
これは主から賜った特別な力ではなかったか。
だが、空は。風はカイトに味方している。
六枚羽を持て余し、アルベドは大きく高度を落とす。
空中で姿勢を支え、持ち直す。
激しい戦いが始まった。
●助けに来たぞ
ウェールが思い描くのは、息子の姿。
いつも。いつだって。銀色の懐中時計を握る。ほのかな温かさを感じる。父を呼ぶ声が聞こえた気がする。
優しく手のひらを乗せる。
「妖精さん達! ローレットが助けに来た! 怖いのは俺達がぶっ倒すし、捕まっても助けるから、落ち着いてこちらの誘導に従って避難してくれ!」
ウェールは、戦場に向かって吠えた。
煙の中でパニックになっていた妖精たちが、道しるべを得た。
ウェールは前線を突き抜け、ケルピーたちのもとへと駆けてゆく。傷つく身体もいとわず、ただ、前へ。前へ前へ前へ。
駆けていく。
ケルピーに乗せられ、遠ざかっていく妖精の姿。
助けたい。
牙を食いしばる。両腕に力を籠める。
ウェールは吠えた。自分自身への怒りを込めて。
憤怒伝染。
並みの自制心ではどうにもならない衝動が、ケルピーへと伝播する。
呼応し、怒り狂ったケルピーは、いななき、後ろ足で立ち上がる。
ケルピーの背で、振り落とされそうになる妖精。
「これ以上の狼藉はさせん! 私達ローレットが必ず守り通す!」
汰磨羈は素早かった。
なによりも、汰磨羈は流れるように動きを止めない。
たん、と地面を蹴れば、そこに睡蓮が咲く。汰磨羈は素早く妖精を受け止め、ひょいと抱え、くるりと安全な場所へ優しく投げる。
追いすがるケルピーは睡蓮にのまれた。
あっという間の出来事だった。
足取りは、軽やかで。
花劉圏・斬撃結界『無間睡蓮』。斬撃となって、雨あられと降り注ぐ。
あちらは生、こちらは死。
花が咲く。遠くでも、近くでも。あでやかに。
もう一輪。
ラデリのロベリアの花が、ケルピーの脚を打ち砕く。追い詰められたかに思われた妖精が、活路を見出し避難していく。
「はッ! 馬だか魚だかわからん奴らだが関係ない! どちらにせよ三枚に卸してやろう!」
戦場の嵐、その中心。
ブレンダは二刀を構え、高らかに宣言した。
「斬られたい奴からかかってこい!!!」
怒り狂ったケルピーが群がってゆく。
ブレンダは敵を引きつけ、戦い、傷ついた以上に相手に致命傷を与える。
●空中
飛翔し、滑空し、空を舞う。
空中で、カイトとアルベドが何度も交錯する。
音速を超えた速度の攻撃が矢のように飛びかう。
技を放ったのは、ほぼ同時。
アルベドは傷ついた羽を押さえる。深手だ。だが、急所ではない。
初めは自分の優勢かに思えたアルベドだった。
いや。
撃ち合ううちに、分かっていくだろう。
カイトはわざと急所を外している。
(核を破壊してアルベドを倒すなんて真似はできない。たった一人の少女さえ救えなくて何が誰かの為の騎士だ)
(誰かのために、だと?)
ならば、主を持つ自分が強いはずだったとアルベドは思う。
「俺には……魔種タータリクス様がいる……。すべては、タータリクス様のために!」
「魔種を主人としたか、もう一人の俺。それも良い、それが君の正義ならば。護るべきもののためにこの剣を取ったのなら」
カイトは揺らがない。
焦り、憔悴するアルベド。
カイトは澄んでいる。まっすぐに澄んでいる。
「譲れないし、譲らない。だから俺は全力でその子を助ける」
なぜだ、と、アルベドは思う。
なぜ、こんなにも焦るのか。
●地上での戦い
「貴方の相手は、このリディアが引き受けます! 余所見は許しませんよ!」
妖精に向かってゆくケルピーの前に、リディアが勇ましく立ち塞がる。
リディアに阻まれ、目当ての妖精を逃したケルピーが、歯を剥き、にらみ合っている。
いらだち紛れに、アルベドが刃を地上に向けた。
隙間を縫って、ケルピーが一体、妖精を背に乗せ……。
読んでいた。
イーリンのチェインライトニングが、辺りを照らし、焼き焦がす。
おそろしく澄み渡り、盤面を読んでいた一撃。
戦場の動きを読んだのか、計算か……あるいはそれは本能に近いのか。
(馬鹿な……)
ここは上空。
情報量と地の利はアルベドにあったはずだ。
(なぜ防がれた?)
考える隙すら与えずに、カイトの攻撃が迫る。
(くっ……!)
アルベドは、カイトに対応するのが精一杯だ。
再び、飛翔させられる。
動きを止めれば、待つのは敗北。
主人に加勢しようとしたケルピーが、横に大きく吹き飛ばされる。
相手の出方をうかがっていた義弘の一撃。
「よし、次!」
義弘が気にしていた妖精が、上手く戦場から逃れたようだ。
(ずいぶん、おあつらえ向きの戦場だな)
義弘は、ケルピーの脚をつかんだ。
そのままぐるりと持ち上げ、腕力に任せて振り回す。
戦鬼暴風陣が嵐を作り出し、敵一匹がそれに飲まれた。
竜巻の中から、ケルピー二匹が勢い飛び出し、壁に激突する。
渦中の人物は、なんのことなし、もうもうと立ち込める土煙の中から現れ、土埃を払った。
「来いよケルピー! アルベドの指示が分かるなら、主人の元へ逃げたいチキンホースでもこっちの言葉が分かるだろ!」
ウェールは吠える。つられて振り返るケルピー。
後ろを、まさに避難する妖精が通り過ぎようとしていた。
「はあっ!」
ブレンダは、群がるケルピーの攻撃を受け止める。フランマ・デクステラが燃え盛り、ブレンダの金の髪を明るく照らした。
斬るか、守るか。
一瞬の判断。
強く、踏み込む。
ケルピーは身をかばい、ブレンダは攻勢に出た。
愛女神の交響曲。
攻勢に出たのが、機運を呼んだ。腕を噛みそこなったケルピーの顎は、ブレンダの一撃で砕け散る。
ブレンダの動きは、まさに戦場の女神に愛されたもの。
「っ!」
現れるケルピーを、リディアの一撃が貫いた。
「加勢致します! 各個撃破しましょう!」
メテオライトソードを構え、群がるケルピーに審判を下すリディア。
ブレンダとリディアは、互いに背を預け、仲間の呼吸を感じた。
「心臓、か……」
ラデリは空を見上げる。
上空、大きくコンパスの針が振れる。
コアはそこにある。
●二つの影
落下する二つの影。
(妖精よ)
カイトは祈るように、魔剣を握り締める。
(頼む、こんな状況で目覚めて欲しいなんて痴がましい話だが)
アルベドは胸を押さえる。
呼応するように、小さな鈴の音が、聞こえた気がした。
アルベドは、かきむしりたくなる、この気持ちを知らない。
(どうか、この声が届くように願う あれから、寂しくなかったか?)
泥人形のアルベドが、こんな感情など抱くわけはない。
(君の親友でなくてすまないが、助けに来たんだ)
助ける?
(僕たちもう友達、でいいかな? 友達を助けるのは当たり前の話さ)
もちろんよ、と心は弾む。
違う。これは俺じゃない。
では誰の心か。
アルベドは目を見開き、滅多に攻撃を放った。
いくつかの家屋が倒壊しそうになる。
エウィンにて、ラデリの脳裏に浮かぶのは、燃え盛る生まれ故郷だった。
父はなぜ、ああ言ったのだろう。
(どれだけの事情を知っているかは分からないが……)
だからこそ、動けたのはラデリだった。
ラデリの魔力放出が壁をぶち抜き、最悪の事態を避ける。
「こっちだ」
頭で想像していたことと、同じことは起こらない。
妖精を後ろにかばい、後ずさる。
「この程度、どうという事は無い。私を信じろ!」
汰磨羈の動きは華麗なものだ。凜として、そして乱れはない。軽やかに流れにするりとのり、ごく当たり前のような動作で。
いち、にい、さんと。
「きれい……」
妖精が、まるで場違いな感想を呟いてしまうほどだった。
睡蓮の花が咲き、そして散る。
パッと散る。
ケルピーが一体、気がつくだろう。間合いに誘い込まれたのだと。
汰磨羈の太極律道・魂刳魄導剣。刃先より伸びる霊刃。切り裂き、満たす。
「ほら、なんともないなっ、と」
ぽん、と背中を押して、安全な場所へと。
ブレンダが戦線を押し込み、妖精をかばう。リディアが、ぎゅっと妖精を抱きしめる。
「大丈夫です、ここはもう大丈夫」
「ここは任せろ!」
「さあ、走って!」
死線。妖精たちがいる死線を、イレギュラーズたちは守り抜いていた。
這い寄るケルピーを、イーリンの紫苑の魔眼・泡沫がとらえる。
ケルピーはイーリンの眼を見てしまった。
浅い知能では意味が分からずとも、言葉は流れ込んでくる。
無理矢理に理解しようと何かがあがいたとき、すでに獣に、感情の決定権はなかった。
「ウォン」
振り上げる果薙に、吠えかかるケルピー。
灰色の騎士は、ただ見ているだけ。
その火の粉を流麗な魔力撃で払い、ただ、観測するだけ。
頭上にはカイトが。
カイトが空から剣を掲げ、下降する。
混乱しきったアルベドを、地にたたき落とす。
●一つの選択
落下する。
選択肢がある。
今なら、壊せる。
(もういいの、いいの、ありがとう)
今、さらけ出された核を壊せば、おそらくは、ここで。
(わたし、は、だいじょうぶ)
だが、カイトは微笑み、剣の代わりに手を伸ばす。
アルベドは。いや、妖精は……おそらく妖精は微笑んだようだった。
(――カイトには複雑な事情がある。こと、魔種に関しては敏感になるだろう)
汰磨羈は、成り行きを待つ。
(そんな中で、自分のコピーが「魔種タータリクス様のために」とか言っているのだ。……気が気ではないだろうさ)
仲間たちは、ただ見守っていた。
(どうなる?)
カイトなら、そうすると思っていた気がする。
アルベドはまだ生きている。苦し紛れの反撃が来る。
(そうか、わかった)
汰磨羈の睡蓮が舞う。アルベドの急所を避けて。妖精を避けて。
義弘の耳に、りんと、どこかで小さな妖精の声が聞こえた。
生きようとしている。
あがいている。
(ここは戦場、か)
戦鬼暴風陣が戦場を席巻する。陣を占領する。
最悪の場合を想定し、戦場に生きる者して、そのときはどう動くか考えながらも。
その音色を信じてみたいような気がした。
賭けだ。
乗る価値はあるような気がした。
「だな」
「はい!」
リディアとブレンダが頷いた。
そうするというのなら、そうしよう。
すべてを守り切ろう。
アルベドの中にいる妖精さえも。
「よしっ!」
ウェールから放たれた狼と虎が、水場に逃げようとしていたケルピーへと食らいついた。爆散するケルピーが、最期の抵抗として牙をむく。
(来い、その痛みが、妖精さんに向かわなければいい!)
「行きます!」
リディアは呼吸を合わせ、メテオライトソードを振り抜いた。可憐な一撃が、ケルピーにとどめを刺した。
「さあ、貴様などに妖精たちを連れていかせはしない!」
戦場を舞うブレンダ。呼吸と、鼓動は、戦場を捉える。相手の攻撃を受け止め、なお反撃し、勢いのままにぐるりと剣を。
交差する二刀。吹き荒れる風を、燃え盛る焔。
ラデリのハイ・ヒールが、仲間の傷を癒やす。背後には妖精たちがいる。生きている。
苦し紛れに、また、アルベドが手を伸ばそうとあがく。
「誰を見ているの、坊や?」
戦場に墜ちるアルベドが見たのは、赤い瞳。
灰色の騎士は見つめる。
戦場にて、艱難辛苦の炎に炙られるイーリン。
数多の業が後ろ髪を引き、重くのしかかる。
だが、イーリンは止まらない。
燃え尽きることはない。
止まることはない。
魔力塊は鋭く研ぎ澄まされる。――溢れる紫の燐光が戦場の火の粉に混じる。
一撃は、核を外していた。
だが、アルベドの配下は、もういない。
(なぜだ……なぜだ!)
アルベドは再び浮上する。破れかぶれに武器をとるが、決着は明らかだった。
●薄れ行く意識の中、鈴の音と、またね、と聞こえた気がした
「よーし、全員、いるかー?」
ウェールが叫んだ。
「見たところ、こちらの被害は?」
汰磨羈は油断なく妖精たちをかばう。
「ゼロだな」
ブレンダが笑う。
「……」
アルベドが立ち上がって、何か仕掛けるよりも先に。
ラデリの癒やしが、仲間の傷を塞いだ。
「ぐっ……」
「さぁ、貴方の配下は全て倒れましたよ! それで、まさか逃げたりはしないでしょうね?」
リディアがアルベドに剣を突きつける。
「正々堂々といくか?」
ブレンダもまた、油断なく刀を構える。
アルベドはぎりぎりとイレギュラーズを睨みつけるしかなかった。背を向けるしかなかった。
「"タータリクス様の為の"作戦を、"到着で諦めたり"しないでしょうね!?」
カイトと、俺で、何が違う。
アルベドの胸の奥で、何かが燃えている。
熱い何かが、頭を揺らす。
一瞬だけ、すべてを憎むように地上を睨み。
アルベドは、空へと去って行った。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
あとがき
任せる、任せる、それが素敵なプレイングでした。
見守り、信じて待ち、背中を預け合い、ひたすらに仲間と連携する、素敵なチームワークでした。
まさか、一騎打ちとなるとは……!
どうにか一匹くらい妖精さんをさらえないかともくろんでいたのですが、見事にケルピーをパーフェクト討伐されてしまいました。
機会がありましたら、また一緒に冒険しましょうね!
GMコメント
ごきげんよう、布川です!
エウィンの町での妖精の誘拐事件が起きようとしています。
●目標
・ケルピーの討伐&妖精の誘拐の阻止
・アルベドの撃退(討伐は可能ですが、難易度高め)
●登場
ケルピー×5
魚のような尾を持つ馬。妖精を手当たり次第に背に乗せ、タータリクスのもとへと走り去ろうとする。
到着時点では追い回している最中。
妖精を連れ去るのを最優先に行動するが、頭は良くない。カイトには従っている。妨害に対しては抵抗する。かみつく、突進するなど行動は直線的。妖精を巻き込むこともある。
空は飛べず、地面を駆ける。
カイト・C・ロストレイン(アルベド)
空からケルピーたちの指揮をとるアルベド。
魔種タータリクスにゆがんだ忠誠心を持ち、彼のすることを盲目的にすべて肯定している。
空中を得意とする騎士。
「すべては、魔種タータリクス様のために」
<中立>ヒツギ・マグノリア
幻想国某所に建つ「遺品博物館」の職員を勤める男。ラデリ・マグノリアの父親にして、腕の立つ炎術師。
かつて原罪の呼び声によって正気を失い、息子と暮らしていた集落を焼き払ってしまった過去を持つ。
魔種なのではないか、という疑いすらあり、そのため息子に憎まれているが、ヒツギはラデリを愛している。
息子のことを喋り出すと止まらない。
妖精郷の入り口でイレギュラーズたちを待ち構えている。
「やあ、ラデリ。
元気にしていたかい?
父さんはとても心配していたんだ。
この先に行くというなら……きっとあのときと同じ光景が待っているんだろう」
ラデリがいる場合、ヒツギ・マグノリアは一瞬だけ戦闘態勢を見せるが、イレギュラーズたちが「倒してでも行く」様子を見せると、臨戦態勢をとくだろう(ほぼフレーバー)。
また、話は通じるので説得もできる。
コンパスを差し出し、比較的あっさりと道を譲る。
本格的に敵に回ることはないようだ。少なくとも、今回はまだ。
※ヒツギはラデリが危険な目に遭うことを疎んでいますが、コンパスの一部始終、妖精が核となるというアルベドの情報から、今回の敵はアルベドであるのだろうと予測をつけており、今は若干物わかりが良いようです。
●状況
エウィンの町の一角。
●補足
『引かれ会うコンパス』
前回シナリオ:「妖精さんのあずかりものです」より。
https://rev1.reversion.jp/scenario/detail/2919
互いの包囲を指し示す二対のコンパス。
片割れはカイトのアルベドの核となった妖精のものであり、アルベドの位置を指し示している。
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