シナリオ詳細
忘らるる 身をば思はず 誓ひてし
オープニング
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やさしくしてもらった。どろにまみれたわたしをきれいにしてくれた。
スズをくれた。これでどこにいてもわかるよ、と。
クミヒモをくれた。エンギのいいものなんだ、と。
ヒトでいう『コイ』をしていて。
かなわないものだとわかっていた。
だって、あのひとはヒトで。
わたしはアヤカシだったから。
『また会いに来るから、待っていて』
だから、わたしはイノチがきえてしまうまえに、そうねがって──あのひとはうなずいた、はずだった。
そのはずだった。
なのに。
──どうしてヤクソクをやぶったの?
──どうしてそのオンナと結ばれるの?
●
海洋大号令の先に見つかった新天地──豊穣郷カムイグラ。見慣れぬ装いはイレギュラーズから見る住人たちも、そして住人達から見るイレギュラーズもお互い様というやつだ。
(ものすっごい見られてる気がする)
気のせいじゃない、と『Blue Rose』シャルル(p3n000032)は敢えて視線を外しながら歩く。恐らく原因は彼女の装い。踊り子のような布面積の少ない──逆に言えば肌面積の非常に多い──衣装である。
これが幻想や海洋などであればなんてこともないのだが、こちらではちらほら「あんなに肌を見せて」「はしたない」などという言葉も聞こえてくる。まあ、住む世界が違うレベルで交流がなかったのだ、致し方が無かろう。
彼女が歩いているのはカムイグラの首都、高天京(あまたかのみやこ)。どこも首都は賑わっているのは全世界共通なのだろう。人通りも多く、物流もあるのだと感じさせる。自らへ向けられる視線に慣れてきたのを感じながら、シャルルはきょろりと辺りを見回した。
「ええと、フレイムタンみたいなのが沢山いるんだっけ……」
沢山だったか覚えはないが、このカムイグラでは精霊種──その名を変えてヤオヨロズ。使い込まれた物品から命を得る存在、神の使いである認識から地位の高いものが多い。もしかしたら焔の精霊種である彼も良い待遇を受けられるのかもしれない。
その一方で、虐げられる種がいることも耳にしていたシャルルは、丁度その現場を見て顔を顰めた。
「うわぁ」
何をしたのだろうか、いや何もしていないのかもしれない。事実がどうであろうともヤオヨロズでない角持ち──鬼人種(ゼノポルタ)は種族的に地位が低い。迫害されているという表現が正しいだろう。
襤褸切れのようになった鬼人種を忌々しいと言わんばかりにねめつけ、放り捨てるヤオヨロズ。どちらが悪であるかと言えば恐らく後者なのだろうが──流石に言えない。イレギュラーズとてまだ『まあ入れてやっても良い』程度なのである。ヤオヨロズに歯向かおうものなら、シャルルのみならず絶望の青を越えてきた者全員が出禁になるだろう。
なので、今できる事はと言えば。
「……大丈夫?」
ヤオヨロズがすっかり見えなくなった頃を見計らって鬼人種を助け起こすシャルル。水筒を差し出すと相手は変なものを見たかのような顔でシャルルを見て、それから水筒を受け取ると口を付けた。
「申し訳ない、手を煩わせてしまった」
「あー……いや。こっちも丁度探していたんだ」
そう告げるシャルルに鬼人種は目を丸くする。一瞬走った怯えの色に、シャルルは思わず首を振った。
「違う。多分違う。アンタが思ってるようなことじゃない」
頼みたいのは架け橋だ。イレギュラーズたちが実績を作るためのきっかけだ。
何でも良い──彼らが担っている仕事を手伝わなければ。
●
「グリムアザース……じゃなかった、ヤオヨロズも結婚ってするんだね」
感嘆したように呟くシャルルだが、その表情筋は相変わらず微妙である。いや、召喚当時よりは全然マシか。
彼女が手にしているのはワシ──植物の繊維を元に作られた紙である。羊皮紙とは匂いも異なり、さらに文字もペンとインクではなく筆と墨なるものらしい。あちらの大陸にもなくはないが、やはりよく使われるのは前者だ。おかげでシャルルはなんだか落ち着かない。
綴られているのは『直近に結婚を控えたヤオヨロズの憂いを払う』という仕事。本来ならば幸せであろうはずの2人であるが、男性のヤオヨロズが突然病に倒れてしまったのだと言う。
これがただの病であれば薬と治療で治っていただろう。しかし男性はなお床に伏したまま、眠りについている時はよく魘されているのだと言う。
「怨霊がね、呪っているらしいんだ。どこで恨みをもらったのか分からないけれど」
原因ばかりはどうしようもない、とシャルル。自分たちに出来るのはその怨霊を退治する事だけなのだから。
●
苦しい。くるしい。
どうして?
わたしは、幸せになるはずなのに。
悲しい。かなしい。
どうして?
だって、幸せなはずでしょう。
醜い。みにくい。
みにくいのは。醜い心を持っているのは、
──お前だよ。
ダァレ?
- 忘らるる 身をば思はず 誓ひてし完了
- GM名愁
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年07月10日 22時20分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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多くの魑魅魍魎が影は姿を潜める日中、イレギュラーズは手分けして調査へとあたっていた。
通行人を呼び止めた『百錬成鋼之華』雪村 沙月(p3p007273)は、その空き家について問うてみる。知るか否かはまちまちだが、概ね『何もない』が返答であった。
しかしとある若い男性に問うてみたところ、ポツリと漏らしたのだ。
「随分前に狐がいたなあ」
「狐、ですか」
礼を告げて別れた沙月は空き家を見る。狐はすっかり姿を見せなくなったとも聞いたが、ここに出る怨霊は化け狐だ。その狐が死に、化け狐となって悪さをしているということか。
(あとは何かの因縁が分かれば……)
未だ出てこない大事なひとかけら。恨み、呪う原因はそこにあるはずなのだが。
1人で考え込んでいては分からない、と沙月は頭を振る。そして視線を巡らせると件の空き家を観察する『慈愛の英雄』ユーリエ・シュトラール(p3p001160)へ目を留めた。
「どうですか?」
「うーん……特に何も。見ている限りはただの空き家です」
小さく眉根を寄せたユーリエ。空き家なんて真っ当な人間なら入らないだろうし、異変を感じることがなければ尚更だ。
女性への聞き込みに向かうと告げたユーリエに頷き、沙月は彼女と別れて再び通行人への聞き込みを始める。ユーリエはほど近い場所にあった女性の家で立ち止まった。
(もしかして……良いところのお嬢様?)
立派な門構えに若干緊張しながら、門番をしていた男へ取次を頼む。最初こそ『あの神使か』と何とも言えない表情だったが、門前払いということは流石になかった。待つように告げられ、男が中へ入っていく背中を見送ったユーリエは、ややあって中へと通される。
御簾越しに見える人影は随分と華奢で、女性のものだとすぐわかる。もう夏も近いから薄めの衣を纏い、着膨れしていないのだろう。
ユーリエが寝込んだ男性との付き合いについて問うと、女性は懐かしむような声で告げた。
「笛を吹いていたのよ」
とある晩のことだったと言う。就寝しようとしていた女性の耳に、塀のすぐ向こう側を行く笛の音が聞こえたのだと。しかし大層な──勿論ダメな方の意味である──音色だったそれに、彼女は思わず声をかけてしまったのだそうだ。
「聴かせたい人がいるのだと言ってたわ。練習中にわたしは声をかけてしまったみたい」
けれどねと続く女性の話はなかなか壮大なようで、終わりの兆しは見えない。ユーリエは途中から正座による痺れの痛みを堪えながら2人の恋物語を聞くこととなった。
さて、場所を離れて市場通り。『星に願いを』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)は辺りを見回し、井戸端会議をしている女性たちの元へ声をかける。
「すまない、訪ねたいことがあるんだが」
男性の特徴を伝え、どのような人となりなのかを問うと女性の声が一気に姦しくなる。人気があるようだ。
「もうすぐ結婚でしょう?」
「羨ましいわぁ」
「一途なところも素敵よね」
きゃあきゃあと盛り上がる女性たちの言葉からは、とてもではないが怨みを買いそうな人物とも思えない。温厚で優しく、相手の女性が定まってからは一途なところも良いのだと。
(まあ、そう疑ってる訳でもないし)
念のため、と言うやつだ。大した噂もないのなら気に留めることもないのだろう。
「あとは最近見慣れない、怪しいヤツを見かけてはいないか? あ、俺たち以外で」
次なる問いかけに女性は首を傾げ、互いに見合わせてはやはり首を傾げる。
「ごめんなさいねぇ、見てないわ」
「危ない話なんてよく聞くものね」
「怪しいヤツを見かけたら覚えておくわ」
ありがとう、と礼を告げて別れたウィリアムはそれからも幾人かへ声をかける。仲間との擦り合わせもするのならば、なるべく早く成果を出さなければ。
「我々は神使として彼を救いに来ました。どうかお見舞いさせて頂けませんか?」
カムイグラの特産品たる面をつけた『黄泉醜女』糸杉・秋葉(p3p008533)、ゼノポルタに近いツノを持ちながらもゼノポルタとは否なる肌色を持つ『玲瓏の壁』鬼桜 雪之丞(p3p002312)、そして薬師である『薬の魔女の後継者』ジル・チタニイット(p3p000943)。
3名は門を通され、寝込む男性の元へと案内される。褥に横たわった男性は時折魘されながらも眠り続けているようだった。
(此処での初仕事から不穏っすね……)
ジルは薬を煎じながら眉を寄せる。どうすれば眠りから解放されるのか不明だが、自らの知識を以って目覚めさせるたまに全力を尽くす。どんなことであれ、確実に人命を救うためならジルは手を抜かない。そして立ちはだかるものがあるならば、容赦もまた然り。
「最近……こうなる前に、何か変化とかはあったっすか? 些細なことでも良いっす」
ジルの問いかけに使用人は考え込むそぶりを見せ、やがて顔を上げる。
「……いえ。もうすぐご結婚でしたので、その準備でお忙しそうでした」
「そうっすか……」
結婚。幸せを目の前にしているはずなのに、どうして邪魔立てするものがあるのか。
(幸福を妬む怨霊、ということでしょうか)
よくある話だと思いながら雪之丞と秋葉は男の寝言に耳をすます。唸り声ばかりだが、何か情報はないものか。
「……唸ってばかりですね」
「はい。もう少し何かあると良いのですが」
こういうのは粘った者勝ちである。しばし耳をすませ続けた2人は、そろそろやめようかと5度ほど思ったあたりでようやく男性からの言葉を耳にした。
「……みつは……」
「……どなたのことでしょうか?」
雪之丞は首を傾げる。恐らくは人名だろうが、少なくとも結婚する相手のそれではない。むしろ相手に聞かれたら破局しそうである。
しかし。
(覚えておきましょう)
雪之丞はその名を脳裏に刻む。もしもの時に役に立つかもしれないから。
名は誰かと誰かの繋がりなのだから。
「あとはヤオヨロズの女性の方ですね」
秋葉は空き家の方を──ひいてはその間にある女性の家の方角を見る。今は男性に呪いが向いているようだが、その矛先が変わらないとは言い切れない。安否の確認も必要そうだった。
(この時間なら出て来るか)
『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は鮮やかな茜空を見上げながら歩を進める。夜の帳も落ちようという頃、人の往来は少ない。日中にイレギュラーズが集まった際は何も出てこなかったが、黄昏時──人と人ならざる者が混じりあう時間とあらば怨霊も出て来るだろう。
「コャー、他人事ではない気がするの。そして穏やかでない感じなのよ」
『ファイアフォックス』胡桃・ツァンフオ(p3p008299)はふわりと尻尾をなびかせ進む。件の空き家には狐がいたらしい。関係がある気がする、と何となく思いながらその足は空き家のある敷地へ踏み込んだ。
日中はただの空き家だったはずだが、黄昏時に見るそれはいかにもな雰囲気へと変貌していた。影は色濃く地面を染め、朽ちた屋根が暗鬱とした気分にさせる。
その中に──不思議なほど鮮やかに、1匹の狐が佇んでいた。
「あれっすね」
三又の尾を見てジルが呟く。明らかに普通ではないモノがここにいる理由など、1つしか思い浮かばない。あの化け狐こそがターゲットだ。
「呪いを解く気にはならないか」
そう問うたのはベネディクトだ。呪うには理由がある。殺したい理由がある。けれど同時に相手の事情もあるはずで、その訳すらも知ることなく凶行に手を染めるのかとベネディクトは問う。
帰ってきたのはおどろおどろしいほどの殺意。ベネディクトが咄嗟に槍を構えたと同時、とてつもない衝撃が槍を、手を、体を襲う。
「っく……聞く耳は持たないか」
歯を食いしばって凌いだベネディクト。すぐさまウィリアムが神聖なる光を放ち、なし崩しに戦いは始まった。
「早速いらしたようですね」
地を蹴った雪之丞は肉薄し、三尾と出現した鬼火の懐へ入る。漆黒の刀が風を纏い、その一瞬──さらにもう一瞬、と突いて沙月が三尾へと攻撃を仕掛けた。
「どうしてあの方を呪うのでしょうか? 理由があるのですか?」
三尾は答えない。いいや、答えられないのかもしれない。ならば代わりに様子で変化を感じ取ることはできないかと沙月は三尾の様子を見逃さんと凝視する。
(先にこちらか)
雪之丞の起こした風がやんだ直後、2振りの槍が力任せに薙ぎ払われる。翻弄された鬼火が1つ、2つと消えていった。ベネディクトはそれを視界の端へとどめ、しかしまだ鬼火が残っていることに眉根を寄せる。
秋葉は煉獄の業火を刀へ纏わせ、風を切って薙ぐ。その身に余るほどの力は三尾そのもの、生身へそのままの勢いと傷をもたらした。
「恨むのも恨まれるのも、決して幸せにはなれませんよ」
できるのならば両者の救われる結末に。ならぬのならば──秋葉はイレギュラーズだ。オーダーをクリアする他ない。
時間が経てば先ほどよりずっと多い鬼火が空き家に現れる。倒しても倒しても、大本が倒せなければどうしようもない。さりとて鬼火を残しておけば一網打尽であの世行きの片道切符を貰うかもしれない。
(物思う事がない訳じゃない。だが)
放置しておくにはあまりにも危ない。そのことをこの長くない戦闘ながらベネディクトは肌で感じていた。
「コイとかケッコンに関係あることなの? できれば、心穏やかにいてほしいのよ」
胡桃が行使するのは炎を纏う神秘。それは鬼火ごと三尾を巻き込み、優しくじわじわと燃やしていく。
彼女も、そして敵も狐。大本を辿れば近しい存在だったのかもしれないし、はたまた全く関係などなくて似ていただけかもしれない。それでも胡桃が三尾にどこか親近感のようなものを湧かせたのは確かで、だからこそ心穏やかにいて欲しい。
「気張ってくださいっす、僕もまだまだ気張るっすよ!」
ブレイクフィアーが味方の不調を癒し、大天使による祝福が味方の傷や痛みを癒す。薬師であり、幾度も過酷な戦場を抜けてきたジルの把握能力も判断能力も高い。
けれどいかんせん、鬼火の量が多かった。危険と判断した雪之丞がすぐさま霊気を込め、手を打ち鳴らす。
「恨み辛み。憎悪か憎しみか。おいでませ、おいでませ──」
硬質な音に引き付けられた鬼火がふわふわと雪之丞へ引き付けられ、その炎を最大限燃やして自爆する。空き家の一部が吹き飛び、煙がもうもうと上がる中で雪之丞はその瞳をつと細めた。
例え傷つけられるとしても、それらに向かえる場所がないのなら。
「──その怨み、拙が引き受けましょう」
すぐさまウィリアムのサンクチュアリが、追ってジルの治療により雪之丞の傷が癒されていく。ひと時とはいえ三尾だけとなったこのタイミングを逃すイレギュラーズではなかった。
「何か心当たりがあるのなら、伝えるべきですよ」
死んでしまってからでは手遅れなのだと沙月は三尾へ語り掛ける。殺人剣の極意を宿した攻撃に手心など加えようもないが、情に訴えて解決するのならばそれに越したことはない。
暗い室内で光るのは正義の光──ではなく、ベネディクトの溜めた雷撃。槍の一閃と共にそれは弧を描き、三尾の尾の1つを切り落とした。
──!!!!!
怨霊の叫び声が上がり、鬼火が出現する。そこへ動いたのは溜めに溜め、自らの力を最大限に引き出さんとしていたユーリエだ。彼女が放つは意志という名の光る矢。想いを強く心へ描き、弓へ矢をつがう。
(この怨霊を退治すれば呪いは晴れて、もしかしたら病だってなくなるかもしれない。円満に結婚式を挙げてもらうためには──呪いにだなんて負けていられない!)
彼女の心に弓矢が反応し、眩いほどの光を放つ。それはさながら炎神の弓『ガーンデーヴァ』のようだ。
真っすぐに飛んだそれは三尾を射抜き、傷口からどす黒い瘴気のようなものが流れ落ちる。明らかな致命傷を負った三尾は苦しみもがくように暴れ、何もかもを傷つけんとした。
「このままだと家がもたないっす!」
ミシミシと砂ぼこりが落ちてくる天井をジルが仰ぎ、慌てて仲間へと告げる。このままではイレギュラーズも家の下敷きにされかねない。
「あの人を呪っても貴女は幸せに何かなれないよ……その鈴のついた組紐は大事なものなのかい?」
秋葉の視線は三尾の首元へ。瘴気に埋もれてしまったそれは鳴らないようだが、今も身に着けているという事はきっとそういうことなのだろう。
「悲しみを忘れろとは申しませんが……ですが、怨んで呪い殺すのも虚しいとは思いますよ」
沙月の攻撃が流れるように2度、3度と叩き込まれる。攻撃こそ効いているようだが、その言葉はどれほど届いているのか。
雪之丞は刀を握りながらもふと思い出す。そう、男性が呟いていた名前を。その名は──。
「みつは」
呟けば明らかに三尾の動きが止まった。傷だらけであろう三尾は、それでもまだ怨霊としての姿で牙を剥いてくる。しかしそれは偽の姿であるはずだ。男性と会ったことのある『みつは』であるのなら、このようにおどろおどろしいモノではなかったはずだ。
怨霊へなるほどに、秘めた想いがあっただけ。
「あの方に、怨霊としての最期を見せるのですか?」
それでいいのか、と雪之丞の視線が問う。ぶるりと三尾の体が大きく震えて、その身に凝っていたのだろう悪しき炎が飛び散った。
──イヤダ。コンナ姿ハ、イヤダ!!!
その願いを、ウィリアムの放つネメシスの光が包む。眩いほどの光はやがて収束し、そこには目が痛くなるほどの静かな闇が横たわっていた。
●
呪いの焔を吐き出し切ったのか、ぽてりと地面に小狐が落ちる。そこに恐ろしい化け狐の影はない。その手足や尻尾──輪郭が砂のように崩れて消え落ちていくのを見て、ウィリアムは小さく唇を噛んだ。
(不殺で生きたまま戻れたら……なんて、そうそう上手くも行かないか)
わかっている。わかっているけれど、そう願わずにいられないだろう。その理由が理不尽だとしたら、こんな結末はあまりに惨すぎた。
「……なあ、教えてくれ。どうして呪ったんだ?」
失せていく狐に対して問いかける。そこに込められたのは1つの懸念。
──誰かに唆されたのだとしたら?
──原罪の呼び声があったのだとしたら?
カムイグラとて混沌の一部。魔種が居ないなどと誰が言えようか。
けれど狐は小さく薄目を開けて、ウィリアムを瞳に移すと力尽きたように目を閉じる。
『願ったの、それだけ』
『願った……?』
テレパスで届いたように脳へ響く女性の声。怪訝そうなウィリアムの言葉に狐は反応を見せない。秋葉はそんな狐の元に膝をついた。
「彼の者の魂が来世では幸福であります様に……我が冥神よ、畏み畏み申す」
白くなった髪を揺らし、秋葉が放つのは浄化の黒炎。輪廻の輪へ還るための道しるべだ。
炎に焼かれながら狐はただ小さく、一緒にいたかったと呟いて──全てを塵にした。
そこに在った想いは愛した人と共に在りたい、恋慕だった。
リン。
狐の首についていた組紐と、鈴が地面へ落ちる。拾ったのはベネディクトだ。
「埋葬するっす?」
「いや、先に依頼人へ尋ねよう」
ジルの問いかけに頭を振ったベネディクトは、それを壊さぬようにと布で包む。後ほど依頼人たちへ見せる際に何かあったら悲しい思いをするかもしれない。それを見ながらユーリエはそっと両手を組んだ。
(せめて……安らかに)
身勝手かもしれないけれど、あの男女が幸せになれるよう祈ってほしい。彼らが危ない目に遭わないように見守ってほしい。あなたの願いは1つしか聞くことができなかったけれど、そう願わずにいられない。
後日、目覚めた男性と女性へそれを持って行くと男性が酷く狼狽した。かつて愛した少女へ贈ったそれが、怨霊の遺品だということには複雑な想いを抱かずにはいられないだろう。
それでも、夫婦となった2人で前を向けるよう──イレギュラーズは心の中で祈った。
後日。胡桃はそっと女性の家へ自らの青い炎を放った。それは燃やすためのものではなく、みるみるうちに狐の形を取って屋敷の中へ入り込む。
それはあくまでその様子を見るためのものであったが、見える範囲に女性はいないようだった。
(もしかして、なんて思ったけれど)
深掘りして余計な悪名などは避けたいところ。真実がどこにあるにしたって引き際だ。
ふっと炎の狐が消える。共有する感覚を失った胡桃は、そっと夜闇に紛れ込んだのだった。
成否
成功
MVP
状態異常
あとがき
お疲れ様でした、イレギュラーズ。
2人はやがて幸せを目指すでしょう。1匹もまたどこかで幸せになることを祈りましょう。
またのご縁をお待ちしています。
GMコメント
●成功条件
怨霊を退治する事
●情報精度
このシナリオにおける情報精度はAです。不測の事態は起こりません。
●エネミー
・怨霊『三尾』
さんび。3つの尾を持つ化け狐です。人の背ほどもあります。
これが男性を呪っているようですが、その理由はわかりません。首元には他者によってつけられたのか、鈴のついた組紐が結ばれています。
反応と命中に長けており、防御技術はそこまででもありません。
狐火:鬼火(後述)×5(+ターン数)を召喚します。
呪い:神遠単:のろわれろのろわれろのろわれろ。【呪殺】
通力:神超貫:滅んでしまえ!【必殺】【万能】
・鬼火
怨霊によって召喚されるあやかしの火です。意思疎通はできませんが自立行動します。
ふよふよと浮遊する青い火は、暗い時間帯に見ればホラーです。
攻撃力と命中に長けており、HPは低めです。
火の粉:神近単:かなり熱いです。【出血】【業炎】
自爆:物特レ:すべての力を爆発に変えて!【至範自分以外】【スキル使用直後、使用者はEXF判定によらず戦闘不能となる】
●フィールド
ヤオヨロズの女性が住まう屋敷より少し離れた郊外の空き家。怨霊の活動する時間帯を狙うため、黄昏時から夜半の襲撃を狙います。
広い屋敷だが人が住まなくなって年数が経っており、かなり状態は悪くなっています。
怨霊は昼間、実体化せずこの屋敷で休んでいるようです。何かしにくればすぐ見つかる事でしょう。
人通りはありません。
●ご挨拶
和風ですね。愁です。
私の好きな読み物は平安ものだったりします。みやび。
ご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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