PandoraPartyProject

シナリオ詳細

正しさは罪の匂い。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 間もなく赤子が誕生する――この世の醜さを一心に浴びて、血を浴びて、絶望に咽びながら。


 裏切り、駆け引き、買収――そんな貴族世界の処世術に疲れ果てていたグランヴィルにとって、その日の事は、彼らしくない気まぐれであった。
 彼は厳重に警戒された屋敷をこっそりと抜け出し、昼とは別の賑わいを見せる街に躍り出た。
 市民たちは食べ、酒を飲み、踊り狂っている。
 今日一日の憤懣をすべて忘却するかのような儀式は、やがて貴族を謗る大合唱へと移り変わっていくのが恒例だった。
 ――暢気なものだ。この《社会制度》(システム)を維持するために、どれだけの無益な争いが行われているのかも、知らずに。
 グランヴィルはきつく唇を結びながら、広場を通り抜け、薄暗い路地へと踏み入れる。
 幾許か進めば、人気の無い宿が一つ。
 玄関にはランプの小さな灯りが一つ。得体のしれない罪悪感を抱きながらグランヴィルはその扉に手を掛けるが、彼の来訪を予期していたかのように、独りでに扉が開いた。
「いらっしゃいませ」
 不意を突かれたグランヴィルの視線の先には、相応の歳ながら整ったスタイル、背中に鉄板でも入れられているかのようにまっすぐ伸びた姿勢に、穏やかな視線の奥底に顰めた鋭さを伺わせる――通称マダム・フォクシーと呼ばれる女が立ち、彼を出迎えていた。
「……」
 事前に予約をした訳でもない。無言で注意深く周囲を見渡したグランヴィルに、マダム・フォクシーは続ける。
「ご安心くださいませ、今夜はグランヴィル様以外の客は取っておりません。
 ええ、私にとっても今夜は、大変光栄な夜なのです。
 何せ、時代を担う希代の跡取り――グランヴィルの伯爵を受け継ぎ、やがては《幻想》の重鎮になり得る器と謳われるお方を、この宿でお迎えできるのですから」
「……そんなに偉いものでもないですよ、私などはね。
 しかし、“マダム・フォクシーはすべてを見通す”と聞いていたが、どうやら噂は本当の様ですね」
 グランヴィルは自嘲気味に笑いながら言った。
 マダム・フォクシーはその言葉に顔色を変えず恭しくお辞儀をした。
「これは過分なお言葉でございます。それこそ私など、一介の女主人でしかありません。
 今も昔もこうして、宿でお客様をお待ちすることしかできない女でございます」
 恭しいマダム・フォクシーの言葉と態度に、グランヴィルは彼女の心底が見えぬことに気づいた。熾烈な貴族社交界を生き抜き、貴族重鎮に寵愛され、一介の貴族など闇の内に葬り去る事の出来る程の強力なコネクションを各界に有する女傑。マダム・フォクシーを評するそんな言葉が決して誇大ではないことを、グランヴィルは身を以て理解した。
「さて、私のような老いぼれと話をしていても愉しくないでしょう。
 すべてお任せくださいませ。お客様にお通しする娘は、私がすでに選んでございます。
 きっと、ご満足いただけますわ――」
 マダム・フォクシーに案内され、グランヴィルは店の奥へと進む。
 ――ふと、古めかしい受付の奥。その場所に、長く美しい絹の様な黒髪に、何処か泰然とした瞳の美しい少女が、真白いベビードールに身を包み座っているのが見えた。
 長く組まれた足は裾に隠れて見えない。彼女の品定めするかの様な視線と一瞬の邂逅をしながら、グランヴィルは、マダム・フォクシーの背を追った。


 ソーニャを一目見たグランヴィルは、其処に神を見た。
 無駄な贅肉は削ぎ落されているのに、女性らしい膨よかさは失われていない。バランスの良い長身、小さな顔、すらと伸びた長い脚。糸を思わせる滑らかな髪は黄金の様に金色に輝き、肩の下で美しく切り揃えられていた。
 ――そして何より。
「ようこそいらっしゃいました、お客様。わたくし、ソーニャと申します」
 心の奥底までをも見透かされてしまいそうな、深海の様に蒼い瞳――。
 彼女を構成する全てが、ソーニャを、完璧と称させるに足る魅力を醸し出していた。
 ……その姿に、グランヴィルは思わず言葉を失った。そして、猛然と襲い掛かる様々な感情が、彼の中を蠢いた。
「いかがされましたか?
 ……わたくしは、お気に召しませんでしたでしょうか」
 そんな様子のグランヴィルにソーニャが不安げに首を傾けると、グランヴィルは「ああ、いや」と焦ったように首を横に振った。
「そうではないけれど」
 そこで一拍を置いて、グランヴィルは相貌を歪めた。
「君は、僕を軽蔑するだろうね。
 ――いや。軽蔑を抱く対象ですらないか」
 グランヴィルから吐き出されたのは絶世の美女を前にした悦びではなく、自身への嘲弄だった。
 もしくはそれは、懺悔であったのかもしれない。
 グランヴィルは、ソーニャに神を見た。
 そして彼は、神を前にして懺悔した。
 自分は一体、何をしているのか。
 彼女のような一部の社会的弱者に負債を押し付ける、そんな《社会制度》を変えるために、貴族社会を変えようとしているのではなかったのか。
 そのために、――悪魔に魂を売ったのではなかったのか。
 深い後悔に耽るグランヴィルに、ソーニャは含羞の表情を見せ、口を開いた。
「なぜ、そのようなことを?」
「僕は、君を金で買おうとしている。卑しい行動だ」
「なぜ、わたくしを金で買おうと?」
「……なぜ?」
 グランヴィルはソーニャの問いに思わず口を噤んだ。
 ソーニャは、ただ穏やかにほほ笑み、黙っている。
「……強いて言えば、眠れなかったからかな」
「なぜ、眠れなかったのですか?」
「或いは……、この世界への、失望の所為かも」
「失望に苦しむことは、悪でしょうか?」
 ソーニャが穏やかにグランヴィルに問うた。
「……わからない」
 グランヴィルがゆっくりと首を横に振ると、ソーニャは彼の手を取った。
「わたくしは思います。ここにいらっしゃるお客様はみな、どのようなふるまいをしようと、訪れる理由はみな“苦しさ”であると。
 ですからわたくしは癒したい、と思うのです。その苦しみを――」
 その言葉に、グランヴィルは目を見開く。
 この女は。
 ……この女は、他人の苦しみだけを、ただ直視することができるのだ。
 眼前の人間の愚かさも、脆さも、弱さも全て受け入れ、その奥の苦しみだけを見ている。
 弱さに負けた人間を、叱咤するのではなく、ひたすらに憐れむ。
 ――果たして、人間に、そんなことが可能なのか?
 グランヴィルは、ソーニャを見詰める。

 ……ああ、やはり。
 やはり彼女は、神なのだ――。


「その女を、殺せ」
 冷徹な声が、書斎に重く響いた。
 声の主はグランヴィル伯爵家の現当主。即ち、グランヴィルの父親だった。
 グランヴィルは掌を握り絞めた。
 残念ながら、“こう”なることは、ほぼ自明の事であった。
 典型的な貴族主義の父には、娼婦にグランヴィル一族の血が流れることなど、到底容認できることではなかったのだ。
 それは潔癖症の故であり、そして、リスクヘッジ故であった。
 一つの“汚点”が、滔々と紡がれ築き上げてきた貴族の地位を容易に脅かし得ることを、伯爵は理解しているのだ。
「……私は、彼女を愛しております。美しく、人格者の女性です。
 確かに娼婦ではありましたが、それも酒狂いの父と、幼い兄弟たちを養っていくための手段でした。
 父上。父上の仰ることも理解できますが、どうか、どうか私に――彼女を身籠らせた責任を、取らせてください」
「――責任、か」
 伯爵は赫い葡萄酒の入ったグラスを揺らしながら、視線をグランヴィルへ移した。
「お前は何一つわかっていない。
 お前の感情が只の憐憫であることも。
 貴族の趨勢を堅持していくことの困難さも。
 何より、それらすべてを理解していないお前に対する、この私の怒りも」
 びくり、とグランヴィルの肩が震える。伯爵が瞳に宿す感情は、実の息子に捧げるにはあまりにも苛烈な憤怒であった。
「女を殺せ。
 それができなければ――」
 グランヴィルの蟀谷に、一筋の汗が流れる
「――お前を殺す」


「らしくないさね、私のことが信用できないのかい」
「お前を信用したことなど一度も無いぞ――ヴォルピア」
 ヴォルピアと呼ばれた女――マダム・フォクシーは、眼前のグランヴィル伯爵の、視線だけで人を殺しそうな鋭い眼光を前にして、しかし悠然と構えていた。
「お前が娼婦を片付けると言うから、私は待った。だが一向に話は進まぬ。
 これまでの話を総合すれば、間もなくその娼婦は臨月を迎える頃合いではないか。
 ――産まれてはならぬ子が産まれる。これ以上は待てぬぞ」
「娼婦の一人や二人、娶ったとて痛くも痒くも無いだろうに。何をそこまで恐れるんだい」
「グランヴィルの血に、不純は一滴たりとも許さぬ」
「そうかい。それは潔癖なこったね。
 ……ただ、知っての通り私も一度交わした約束は、何が在ろうと果たす主義でね。
 あんたがどう言おうと、娼婦はウチが始末するよ」
「好きにするがいい。だが、私ももう黙ってはおれぬ。我が手勢も今夜から、動いてもらう」
「――ふ。私とヤろうってことかい」
「《協定》(マダム・フォクシーに纏わる貴族不文律)があるからな。
 私とてお前自身には手を出さぬよ。だが、従業員はどうだろうな?」
 ヴォルピアとグランヴィル伯爵の視線が冷たく交錯する。
「“古くからの誼”だ。それ故に今日まで待った。だが、女は殺させてもらう」
 グランヴィル伯爵はそういう言うと立ち上がり、足早に娼館を出ると、馬車に乗り込む。
「……」
 その姿をただ沈黙で見守るヴォルピア。
 燻らす煙管から立ち上る紫煙を、彼女はぼうと眺めた。


 とある娼館のオーナー、ヴォルピア――通称マダム・フォクシーから、ギルド・ローレットの特異運命座標へと依頼が入った。
 嘗て雇っていた従業員の娼婦が、《幻想》のとある有力貴族の跡取り息子の子を孕み、二人が逃避行を繰り広げているのだという。
 その息子の父親、グランヴィル伯爵から娼婦の殺害を要請されていたヴォルピアは、己の有する手勢にその捜索をさせていたが、未だに成果は上げられておらず、遂にはグランヴィル伯爵自身が動き始めた。
 ヴォルピアからの依頼は一つ。
 グランヴィル伯爵の手勢よりも早く、娼婦ソーニャを殺すこと。
 そして――。
「この世界で生きていくためには、幾らでも汚いことをしてきたさ。
 人様に言えないことを、数え切れぬほどにね。
 けれど、一つだけ違えなかったことがある。それは、一度交わした約束は、決して破らないという事。
 一途だろう? けれど存外、これが重要なのさ。ここで生きていくにはね」
 ギルド・ローレットでカウンターに腰かけたヴォルピアが、口の端を歪めながら言った。
「ソーニャは極上の娼婦だったね。あれだけの娘は、しばらく見つけられないだろう。
 人の苦しみだけを見詰めることが出来る。そんな娘だったね。
 けれど、約束は約束さ。ソーニャには死んでもらわなければならない」
「……しかし、腹の中の子に罪は無いぞ」
 一人のイレギュラーズが静かに呟くと、ヴォルピアは煙管から吸った紫煙の煙をゆっくりと吐いた。
「私は“約束”は守る。そして、私がした約束は“ソーニャを始末すること”さ」
「……?」
「――上手くやっておくれよ。期待しているからね」
 一瞬鋭い視線を見せたヴォルピアは、すぐに元の表情に戻ると、席を立ちギルドから去っていった。


 息を切って走る二つの影。
 その影を追う、無数の影。

 針の様に薄い月が、彼らの姿を隠す――――。

GMコメント

この度は、シナリオをリクエストいただき、誠にありがとうございます。

■ 成功条件
・ 娼婦『ソーニャ』を殺害し、胎内の子を『ヴォルピア』に送り届けること。

■ 情報確度
・ B です。
・ OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、ここに記されていない追加情報もあるかもしれません。

■ 実質難易度
・ Normal程度 の難易度になります。

■ 現場状況
・ 《幻想》(レガド・イルシオン)にある、とある街の路地裏。時刻は深夜。月の光は極めて弱く、視界は不良です。
・ 娼婦『ソーニャ』と貴族『グランヴィル』が、『グランヴィル伯爵』の雇った手勢から逃げていますが、路地裏で追いつかれています。イレギュラーズがその現場に駆け付ける場面から、シナリオが開始することとします。事前自付与、他付与は不可とします。

■ 敵状況
● 『グランヴィル伯爵』の手勢×10名
【状態】
・ 『グランヴィル伯爵』に雇われた傭兵です。報酬目当ての一時的な雇用関係ですが、グランヴィル伯爵に睨まれることは《幻想》での仕事を失うことに等しいので、忠実に命令を守ろうとします。
・ 場合によっては、『グランヴィル』を殺害することを『グランヴィル伯爵』から許可されています。

【能力】
・ 戦闘に手慣れた者達であり、かなりの手練れの様です。物理攻撃と神秘攻撃のバランスがとれており、機動力が優れる特徴があります。
・ 短剣などの近距離系の武器、銃などの遠距離武器を用いて攻撃を行います。

● 『グランヴィル』
【状態】
・ 『グランヴィル伯爵』の息子。
・ 整った顔立ちの青年で、貴族でありながら腐敗した現在の貴族体制に疑問を抱いており、《幻想》の中では珍しい、善良な貴族です。
・ 娼婦『ソーニャ』に恋をし、妻としたいと考えていますが、父親である『グランヴィル伯爵』に反対され、身籠った『ソーニャ』と共に逃走中です。
・ 『ソーニャ』へ危害を加えようとする者に抵抗します。

【能力】
・ 幼少の頃より鍛えられ、武芸に優れており、会敵した場合は『グランヴィル伯爵』の手勢よりも強力な敵性ユニットになります。
・ 主に短剣を用いて攻撃しますが、麻痺系のBS(確率で能動行動を行えなくする)、出血系のBS(毎T、HP減少)付与を行う神秘攻撃も使用します。

● 『ソーニャ』
・ 嘗て『ヴォルピア』の営む娼館にて働いていた娼婦。
・ 人並外れた美貌と、ひたすらに相手の苦しみに沿う優しさを有する女性です。
・ 『グランヴィル』と恋に落ち、彼の子を身籠りましたが、『グランヴィル伯爵』に忌避されており、彼の放った手勢に命を狙われています。
・ 臨月を迎えており、胎内の子は数日の内に産まれそうな状況です
・ 戦闘能力はありません。

● 『グランヴィル伯爵』
・ 『ソーニャ』の殺害を目論む、《幻想》の有力貴族。
・ 多数の手勢を雇い、『ソーニャ』を殺害しようとしています。
・ 『ヴォルピア』とは古くから付き合いがあるようで、彼女の話はいくらか耳を傾ける様です。

■ 味方状況
● 『ヴォルピア』
・ 娼館を営む女。通称マダム・フォクシー。元高級娼婦。社交界の重鎮に寵愛された華々しい経歴を持ちます。
・ 時に生粋の貴族すらも圧倒する教養と鋭いセンスの持ち主で、現役時代は元をたどれば没落貴族ではないかと噂されていましたが、詳細は不明です。
・ 悪名こそ多いが、彼女を慕う者にとっては永遠に憧れの人だそうです。
・ 『マダム・フォクシーに纏わる貴族不文律』という協定が貴族の中で結ばれており、有力貴族たちでも無暗に手を出すことができません。

■ 備考
・ 『ヴォルピア』様は、沁入 礼拝 (p3p005251)様の関係者です。
・ この依頼は『悪属性依頼』です。成功した場合、『幻想』における名声がマイナスされます。又、失敗した場合の名声値の減少は0となります。


皆様のプレイング心よりお待ちしております。

  • 正しさは罪の匂い。完了
  • GM名いかるが
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年07月11日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談11日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧 (8人)

キドー(p3p000244)
ザ・ゴブリン
グドルフ・ボイデル(p3p000694)
山賊
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
伏見 行人(p3p000858)
精霊の旅人
シラス(p3p004421)
沁入 礼拝(p3p005251)
足女
霧裂 魁真(p3p008124)
影殺し
夜式・十七号(p3p008363)
ラド・バウC級闘士

リプレイ


(愛し合う二人を引き裂いた上、その二人の愛の結晶である子供だけ連れて帰れ。
 それが今回の依頼ですか……)
『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の相貌が、今宵行われる絶望的な仕儀に、思わず歪んだ。
(子供が生き残るだけマシなのかもしれませんが、母親は殺す、だなんて……そんな)
 幻にも愛すべき者が居る。愛の熱情と、それを引裂かれる痛み。元は一つの夢の形にしか過ぎなかったが幻にも、今ならその大きさが――理解できてしまった。
「中途半端な馬鹿ほど救いようがねえよな。突き抜けた馬鹿の失敗の方がまだかわいいぜ。
 人柄や境遇なんざ知ったこっちゃねえなァ」
「――違いねえ。遣ること為すことぜんぶ中途半端な奴らだぜ」
『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)が口元を歪めながら吐き棄てた言葉に、『山賊』グドルフ・ボイデル(p3p000694)が首肯する。だが、キドーのその瞳に映る感情は、ただの謗りだけでもなさそうだ。
(だってよ、どんなに善良なお貴族サマだろうが、どんなによくできた娘だろうが、こんなコトになっちまってりゃあ、なあ?)
 盗賊風情に何も言う権利など無い。彼はそう理解しながら、この世に生を受けるだろう一人の子に思いを馳せた。
(……愛、か)
『倶利伽羅剣』夜式・十七号(p3p008363)が闇を睨みながら、左腕の義手を鳴らした。
(幼い頃、父に愛されて育った覚えは間違いなくある。
 けれど、母は──歪んだ愛を持つ人だった。……歪んでしまったと言うべきか)
 それは幼い頃の記憶。
 この世では、愛の形は一定ではない。
(……まあ、どういった形にしろ、“私”でなかった頃の“わたし”は愛されていたことに違いは無い。
 今がどうであったとしても、な)
 今夜、イレギュラーズ達は、一人の女を殺し、一人の子を救う。
 命の価値が等価なのであれば、それは正しい取引の筈。
 ――今夜ばかりは、伏見 行人(p3p000858)も唯の旅人だ
(筋の通し方を知らないようだなあ。今回のお坊ちゃんは……。
 大体、伯爵は答えを示してくれていただろうに)
 行人の泰然とした顔が、細い月を見上げる。
 問うべきは手段ではなく、目的こそ全て。
 彼女という目的を貴族の伴侶にする、という手段を取ってしまったのは――喜劇的だ。
(くだらないな。どいつもこいつも反吐が出る)
『要塞殺し』霧裂 魁真(p3p008124)は内心で毒を吐いた。
(所詮は甘ったれた貴族の泣き言。
 そして血統の為なら他人の命なんか気にもしない奴。ああ……イライラする)
 どちらも等しく愚かしい。そんな魁真の内心に呼応するかのように、シラス(p3p004421)の相貌は険しかった。今回の構図に、シラスは思うところがあるようだ。

 ――可哀そうなソーニャ、私達のソーニャ。

『足女』沁入 礼拝(p3p005251)は嘗ての同僚の名を呼ぶ。
 心はいつか、名を思い出す。
 名は生の全てだ。
 ソーニャは今宵、名を全うする。
「私達の大切な方の願いにより――迎えに参りました」


 駆け付けたイレギュラーズ達の視界に、グランヴィルとソーニャ、そしてその二人に迫る伯爵の手勢達が確認できた。
「貴様ら――何者だ」
 追っての一人が敵意に満ちた声色で問いかける。グランヴィルもその視線に困惑の色を宿した。
「その刃ァ降ろせ。おれたちが来た理由はヴォルピア──そう言や理解できるか?
 あのババアに言われてな」
 グドルフがグランヴィルに視線を合わせて声を上げた。見知った者の名が挙げられたことにグランヴィルの表情が僅かに動くと、咄嗟に礼拝が駆け、グランヴィルとソーニャの間に割って入った。
「礼拝さん……」
「お久しぶりです、私達のソーニャ」
 ソーニャが少し驚いたように名を告げると、礼拝は微笑し応えた。そして、すぐに視線をグランヴィルへと移す。
「グランヴィル様。
 貴方様があの方の庭を自由に動けたのはそれなりの配慮あっての事でございます。
 セーフハウスにご案内いたします……腰を落ち着けられる場所が必要でございましょう」
「まさか――僕達を助けに?」
「……」
 グランヴィルの問いかけに、礼拝は微動だにせずただ無言で見つめ返すことで答えた。
 そしてソーニャは、同じく無言で礼拝の横顔を見詰めていた。
「此処は俺達が食い止める。先に行くがいいさ」
 行人の言葉にグランヴィルが頷くと、「俺が先導しよう」とシラスが前に出る。
「路地裏は俺の庭だ、任せろ」
「俺も帯同しよう。……俺、死にたくないからさ、さっさと終わらせちゃおうね」
「それでは、私達三名が護衛します。行きましょうか」
「――ええ」
 ソーニャが頷くと、グランヴィル、礼拝、シラス、そして魁真の五名は、礼拝の隠れ家へと向けて走り出した。
「女が逃げるぞ! 追え!」
「おっと、そうはさせねえぜ」
 追手がソーニャを追おうとするが、その前にキドーが立ちはだかる。
「貴様、我等の邪魔をするか!」
「あんたらには恨みも何もねえが、こっちも仕事なんでね。
 ……って、月並みな台詞だな!」
 ケラケラと嗤うキドーの横で、十七号は手甲を構える。
(この先彼女から産まれる子は──果たして愛される事があるのだろうか?
 ──今は考えても仕方がないか)
 依頼は依頼だ。十七号は、雑念を捨てる。
(切り替えろ。感情は出すな──“心は氷のように閉ざせ”)
 いくら手練れであろうと、弱点を突けば死ぬ。
(僕はこんな依頼があること自体が悲しい。
 せめて、この依頼を、この手で、この眼で、見届けたい)
 十七号の後ろで、幻もステッキを構える。
 ――こんな悲しい人生が一つの人生だということを心に刻むために。


「貴族ってのは義務と責任があるもんだ。そいつを丸っと投げ捨ててガキこさえて逃げちまうたあね。
 逃げりゃ全部解決すると思ったか。世の中、そう甘くは無えんだよ。
 ――ま、云っても仕方ねえか」
 グドルフは、走り行くグランヴィルの背を眺めながら言うと、視線を追手に向けた。
「さあ来いよ雑魚ども。思う存分暴れさせてやるぜ」
 追手の一人が剣を振り上げ、グドルフに駆け寄る。成程、動きは悪くない。
 そのまま振り下ろされた一撃は強烈にグドルフを目掛け、そして、グドルフはそれを山賊刀で軽々と受けた。追手の口角が上がる。
「ふ――どうやら少しはやるようだ……なっ……?」
 しかし、その語尾は、キドーから放たれた衝撃波により吹き飛ばされ、言い切る前に後方へよろけた。
「へっへ。王子サマお姫サマをエスコートしている間に野暮な方々にはご退場願おうか、なんつって」
「おい、キドー! 俺様の獲物だぞ、横取りしやがって」
「あん? 手助けしてやったんだろうが!」
「はいはい、仲間内で揉め事は止そう」
 グドルフとキドーを宥めるように行人が言うと、彼も刀を構える。
「傾き続ける天秤を平衡に戻すには――其れなりに代償が必要なもんでね」
 行人は呟くと疾る。
 その動きは、追手たちの眼にもとまらぬ。
 振るわれる剣戟。
 その軌跡は無数。
「――?」
 追手達の顔には動揺。
 ――のち。
「――かはっ……!」
 一拍遅れた、血線。
 軌跡になぞり浮かび上がる其れは、やがて、追手たちから噴き出す鮮血へと変わる。
 ――それは戦場に咲いた緋色の花の様。しかし、行人は一滴も血を浴びていない。
 その様子に、付近の追手達の顔色が変わる。
「こいつら……只者ではないぞ!」
「何者でもないさ」
 慄く追手の眼前に、十七号がそう言い放って立ちはだかる。
「ただ在る事――それだけで、存在は証明される」
「くっ……! 全員で突破しろ!」
 二名の追手を一人で抑え込んだ十七号に対し、追手達は散会して路地を抜けようと動く。
 脇を抜けていこうとする追手に対し十七号が魔弾を放つが、ぎりぎりで掠る。
「任せたぞ、幻」
「……?!」
 十七号の攻撃を避けた追手は、振り切った筈の幻が眼前に回り込んでいることに驚愕する。
「不肖ながら、足の速さだけは自慢でして――」
 幻のステッキ。
 その先端から現出する、無数の蒼い蝶。
 無限は一瞬。
 一瞬は無限。
 連なる刹那が、永久を産みだす――。
 蝶に覆われた追手は叫び声をあげると、後退する。
「おらぁ! 掛かって来いやあ雑魚がァ!」
 グドルフが気を吐き、追手たちの視線を自らへと集め、
「ヒッヒ、吹き飛べ、吹き飛べえ!」
 キドーが放つ衝術が、追手たちをサーニャたちの元へ行かせることは無かった――。


 追手の足止めが想定よりもうまく進んでいた。そのお陰で、シラスは勝手知ったるその道を駆け巡り、ほぼ最短の時間で礼拝への隠れ家へとグランヴィル、サーニャを“誘導”することに成功した。
 礼拝に促され隠れ家に入ると、シラスは徐に、グランヴィルとソーニャの間に立ち塞がった。
「……?」
「俺らの用事はまだ半分残ってるんでね、アンタはここまでだ」
 不思議そうに首を傾げたグランヴィルに、シラスがそう言った。冷たい声だった。
「それは、どういう……」
 言いかけたグランヴィルをそのままシラスが取り押さえる。
「何を……!」
 言いかけたグランヴィルの眼前に、魁真の蹴りが迫っていた。
「――っ!」
 シラスに取り押さえられながらも身動ぎ、その軌道を逸らしたグランヴィルは直撃を回避する。
「ああ、面倒くさい。貴族様の割には、ちょっとは戦えるみたいだ」
「何の心算だ?! お前たちも追手の一味だったのか!」
 グランヴィルの怒声が響く。「いいえ」と礼拝が呟いた。
「私達は、貴方様達を救いに来たのです」
「しかし、これは……」
「――少し、黙ってろ」
 礼拝に言いかけたグランヴィルを制し、シラスの声が割り込んだ。
 その気迫に、グランヴィルは続きの言葉が出なかった。
「全てはお前の、――お前“達”の無責任さの所為なんだぜ」
 その複数形に含まれているのは誰か。それはシラスしか知らない。
 シラスはそのままグランヴィルの睾丸を一切の力加減なく、蹴り上げた。
 グランヴィルは声にならない絶叫を上げ、床に倒れこむ。
 そこに振り下ろされる魁真の蹴りが、背中から体を刺す。
 グランヴィルの口腔から朱い血と吐瀉物の入り混じった排泄。
 気にも留めず、その脇腹をシラスが蹴り上げると、グランヴィルは吹き飛び、壁へと叩きつけられた。
「やめて!」
 突如始まった無尽蔵な暴力に、甲高く悲痛な叫び声が上がる。
 ソーニャのものだった。
 しかし、その声に、シラスも魁真も、礼拝さえも返事をしなかった。
 魁真は倒れこんだグランヴィルの顔を横から蹴り飛ばす。
 呻くグランヴィルの髪をシラスが掴み持ち上げると、その拳で鳩尾を何度も何度も何度も執拗に殴り続ける。その後グランヴィルを床に叩きつけると、礼拝が両足を魔弾で執拗に打ち抜き、大量の鮮血が溢れ出す。
 グランヴィルから吐き出される血と吐瀉物に塗れ、それを意にも介さぬように、シラスたちはグランヴィルを嬲り続けた。
 意識が消し飛ぶ程の痛みをグランヴィルが襲うが、其の度にシラスが彼の潰れた睾丸を蹴り上げ、グランヴィルは強制的に意識を覚醒させられた。
「この辺りでいいだろう。
 こいつには肉体的だけでなく、精神的に抹殺されて貰わなければいけないからね」
 魁真が言った。
 既に瀕死の暴行を受けたグランヴィル。ソーニャが眼を見開き、悲鳴の様な嗚咽だけがその姿を見守っていた。
「一体……何を……」
 喉が潰れてしゃがれた声を、グランヴィルが絞り出す。
 彼が言い終えたその瞬間、隠れ家の戸が開いた。


 其処には、追手の始末を終えたイレギュラーズ達が立っていた。
 礼拝は、彼らの姿を見渡して、口を開く。
「私達のソーニャ。私達のマダムがご決断されました」
 眼前で繰り広げられた暴力に泣き腫らしていたソーニャは、ぴくりと肩を震わせた。
 ソーニャが顔を上げる。
 礼拝と視線が交差した。
 その深海の様に蒼い瞳。
 その奥底で、ソーニャは礼拝の云わんとすることを、理解した。
「――グランヴィル様にご挨拶はよろしいですか?」
 ソーニャはグランヴィルを振り返る。
 襤褸のようなその姿を見て、ソーニャは――微笑んだ。
「……良かった。“彼は生かしてもらえる”のですね」
「はい。お腹の子も」
 ソーニャの瞳から、涙が零れる。
「グランヴィルさま。私のせいで、こんな結末になってしまいました」
「ソーニャ……」
「貴方に癒せぬ苦痛を与えてしまったことを、お許しください」
「ソーニャ……?」
「何時までも、愛しております」
 ソーニャは礼拝を見遣る。
 礼拝は頷いた。
「――一つだけ聞きたい」
 シラスがソーニャに言った。
 ソーニャは、自らの恋人を激しく暴行したシラスにすら、慈愛の視線を向けた。
「こんなクズのために――どうして笑って死ねる?」
 こんな奴が居るから。
 こんな“奴ら”が居るから、“俺達”みたいな人間は居なくならないのに。
「ひとは、みなが強いわけではないのです――」
 責めるようなシラスの問いに、ソーニャが穏やかに言った。
「どんなに愚かな人間にも、等しく苦しみがあるのです。
 しかし、ひとはそんな愚かさを許せないものです。
 でも、“正しさ”を求める強い精神は、誰にでもあるものではないのです」
「……正しさを求めることは、罪なのか」
「いえ。けれど、誰だって弱さを持っているのに……いつしか他人の弱さが許せなくなる。
 自分の強さが、嘗ては誰かに弱さを認めて貰ったことに根付くことを、忘れてしまうのです」
「……難しくて、わかんねぇな」
「結局、他人も自分も変わらない、ということ。
 その差はただの偶然に過ぎない、ということ。
 それがわかれば――すべてを許せます」
 魁真がソーニャの喉に刃を当てた。そろそろ時間切れだ。
 グランヴィルはその様子に、これから起きる惨劇を理解して、潰れた喉を震わせ立ち上がろうとするが、グドルフが制止する。
「僕は、どうなっても、いいから……ソーニャだけ、は、助けて、くれ……」
「これだけ嬲られても他人を気遣えるなんて、健気だね」
 魁真が嗤った。
「運が悪かったね。せめて痛くないようにしてあげる」
「……止めろ」
 グランヴィルが絶望的に呟く。
 幻はその様子に、思わず拳を握った。
 礼拝は優しくソーニャの手を握る。
 この運命に抗う術はもうない。
 ならば、せめて同胞として――最後くらいは。
「……暗がりの中にも情はあるものですよ。
 我々は夜ごとそれを夢見るのです。
 でなければ、きっと。――眠る事さえできませんから」
 魁真は手に力を籠める。

「――さよなら」

「止めろォォォォォォォォォォッ!!!」

 絶叫。
 直後。
 噴出する鮮血が、グランヴィルの視界を覆った。


 ぽたり、と礼拝の髪から、血が滴った。
 純白のドレスは、今では純赤に変色している。
 絶命したソーニャを横たわらせると、魁真はその大きく膨らんだ腹に刃を当てた。
 流れるようにその身を切り裂き、十七号と行人が産湯や布を以てそれをフォローする。
「……」
 その様子を見詰めるグランヴィルは尋常ならざる力で制止を振り切ろうとするが、グドルフとキドーにきつく締めあげられていた。
 その眼からは遂に血涙が流れる。
 既に挙げるべき声は失せ、彼の精神から何かが欠落した。
(どちらかにもう少し思慮があれば防げたことじゃあねえのか。
 ――それとも、コイツらにとってガキなんてのは。
『うっかり』『デキちまう』程度のモンだったのか?)
 キドーはグランヴィルの腕をつかみながら、その惨状を誰にも知られぬように嘆いた。
(せいぜい産まれてくるガキがマシな人生を歩める事を願ってやろうじゃあねえか。
 結局の所、幸せになれるかどうかは成長したこの子の考え次第だがよ――)
 幻は壊れてしまったグランヴィルを見遣る。
(これでも人は誇り高くあれるのか、運命に抗うために泥を啜る覚悟があるのか、それとも僕には思いもよらない人生を生きるのか……)
 ――見届けましょう。
 凄絶な惨状を、幻は直視する。
 究極の選択を迫られた人間の生き様というものを……。
 十七号の視線の先で、やがて子宮の解体が始まる。
(……子を愛することは、誰にでも出来るだろう)
 しかし、と。この子の行く末を、十七号は憂う。
(だが、愛されることは誰にでも出来るのだろうか――)
「――このガキは頂いていくぜ」
 もう間もなく、子が取り出される。
 そのタイミングで、グドルフは言った。
 声が出せぬグランヴィルは猛烈な力で反抗するが、瀕死の身体では悲しい程に非力。
「いいか? これはてめえの撒いた種だ。
 てめえが出来ねえから代わりにおれたちが刈ってやっただけの事。
 ――一生後悔しながら生き続けやがれ」

 グランヴィルの口が動く。

 行人は――その動きを読んで、彼の声ならぬ言葉を理解した。
「彼とは此処でさよならだ――残念だったね」
 そして行人は別離の言葉を紡ぐ。

 ”コロシテヤル”

 そう言った彼がどう、自分を納得させるのかが楽しみだ。
 けれど。
 それを見れないのは少し、残念だな――。
 卵膜が破れ、小さな体が出てくる。
 母と繋がった一本の管。
 もう二度と会えぬ母との――最後の絆。

 臍の緒が切り取られ、

 ――初めまして、私達のあなた。

 赤ん坊は空気を吸い、

 ――健やかに育ってくださいましね。

 泣き声が響き渡る。

 ――私達は貴方を歓迎いたします。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき


 ある屋敷から、一人の男が歩いてくる。
 その体は鮮血を浴びていた。
 彼は、実の父親を殺したばかりだった。
 あと、その取り巻き数十人程度を。
 《幻想》の中でも有力な貴族の一人が、今宵、惨殺された。
 男の腰にまで伸びた長髪が、腰のあたりで、無造作に紐で括られている。
 いつか、“彼女”が編んでくれた組紐だった。
 刀身にこびり付く汚らわしい血液を振り払い、鞘に戻す。
 彼の復讐の一つは、達成された。
 今ではそれが、壊れてしまった彼の、生きる動機だった。
 残る復讐はあと一つ。
 空を見上げる。
 あの日と同じ、針の様に細い月。
 漂い始める、罪の匂い。
 ……どうして。
 何も傷つけずに、人は幸せになれないのだろうか――。

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