シナリオ詳細
琥珀薫風
オープニング
●
紺碧の海に浮かぶ豊穣。
神威神楽と呼ばれた地の空は何処までも青く。
それでも、果て無く広がる色彩は変わらず其処に有った。
絶望の青は静寂に揺蕩い、特異運命座標を遊覧船の如く運ぶ。
降り立った新天地、草木は艶のある緑を携え、遠くの山脈は薄く掠れていた。
大地に視線を落とせば、湿りを帯びている。雨が多く降るのだろう。
イレギュラーズの前に現れた鬼人族(ゼノポルタ)の青年、建葉・晴明(たては・はるあき)が語った言葉を思い返す。
大陸の名は黄泉津(よもつ)と呼ばれ、この国は豊穣郷、神威神楽(カムイグラ)というらしい。
「――カムイグラ」
聞き慣れない言葉にイレギュラーズは口の中で反芻する。
龍神リヴァイアサンを倒した自分達の事を英雄だと呼ぶ晴明に連れられてやってきたのは、カムイグラの首都。高天京(たかあまのみやこ)だった。
都には晴明の様な鬼人族と、ヤオヨロズと呼ばれる精霊種(グリムアザース)が存在している。
「他の種族は居ないのか?」
イレギュラーズの問いに晴明は首を振った。
時折、此岸ノ辺(しがんのほとり)に遣わされる存在が居るというのだ。数は多くない。
「それって……」
リヴァイアサンとの戦いの前に起った『神隠し』事件を思い出す。
つまり神隠しにあった人々はこの黄泉津にある此岸ノ辺に呼び寄せられていたのだ。
煌びやかな屋敷の中、魔種天香・長胤が放った言葉。
偉大なる龍神にまやかしの術をかけた『外』の者に対する非難。
八百万(ヤオヨロズ)の獄人(ゴクト)に対する迫害も相まって天香からの扱いは厳しいものだった。
対等な立場で外交を望むのならば『巫女姫』が認める実力を示せというのだ。
黄泉津においてイレギュラーズの主な仕事は怨霊退治になるらしい。
――――
――
屋敷の中が俄に騒がしい。
小難しい写経から顔を上げた少年は、障子をほんの少しだけ開いて部屋の外を伺う。
遠目に見えるのは晴明。それと共に見慣れない服装の者達が屋敷から出て行く所だった。
どうやら義兄天香・長胤への来客だったらしい。
「何者だろうか」
指を顎に当て、考える仕草をする少年。
服装からして稀に現れる此岸ノ辺の者だろうか。それとも宴の仮装なのだろうか。
「あぁ……気になる」
しかし、机の上にある写経はまだ終わっていない。
これをやらねば尊敬する『兄上』に一向に近づける気がしない。
『むずかしい仕事』をしている『頭の良い』義兄のために精進しなければならないのに。
けれど――
琥珀色の瞳を煌めかせ拳を握り込む少年。
「やっぱり気になる! 写経は帰ってからにする!」
自分の才は武の方にある。小難しい勉強に時間を掛けるよりも剣の腕を磨き兵法を得る事の方が兄の役に立てるはずなのだ。そうに違いない。
勢いよく障子を開け放った少年――天香・遮那は嬉しげに、磨かれた廊下を走って行った。
●
青々と茂る木々の色。
爽やかな風は程よい湿気を含み、肺を新鮮な空気で満たす。
晴明と別れ、散策を開始した神使(イレギュラーズ)は高天京の近くに存在する雑木林へ足を踏み入れていた。怨霊の目撃情報を探って此処まで来たのだが。
それよりも、先ほどから痛いほどの視線を感じる。
少し離れた位置からこちらを伺うように注がれる好奇の瞳。
着物――狩衣を纏った少年がイレギュラーズの様子を伺っていた。
振り向くと、さっと隠れてしまうので話しかけようにも出来ずに時間だけが過ぎている。
「おい、少年」
痺れを切らしたイレギュラーズは何か用があるのかと言葉を投げた。
「わっ! な、何で分かったんだ?」
慌てた様に姿を見せた少年。
綺麗に整えられた黒い髪と琥珀の瞳。友好的な笑顔は純粋で。穢れを知らぬ子供そのもの。
「そりゃ、あれだけ見られてれば……」
「すごいな! お前達。私の気配を感じ取れるとは」
凡そ敵意や悪意といったものは無い。角が生えていないので獄人ではなく八百万なのだろう。
装いから平民では無い事が分かる。貴族の子息といった所だろう。
「私は天香・遮那。お前達は何者だ?」
あまのか・しゃなと名乗った少年に眉を寄せるイレギュラーズ。
名字と装いから先刻出会った魔種天香・長胤に連なる者なのだろう。
イレギュラーズにとって魔種は不倶戴天の敵だ。それに連なる者に容易にこちらの情報を渡していいものだろうか。
「ん? どうした?」
清らかな瞳は疑う事を知らぬ無垢を宿す。きっとこの少年は天香家で育てられただけ。
純粋な興味からイレギュラーズを見ていたのだろう。
ならば、少しぐらい話すのも悪くない。それに天香・長胤に関する情報を聞き出せるかもしれない。
「お前達、『外』から来たのか!? すごいな! もっと聞かせてくれ!」
此岸ノ辺に呼び寄せられたのではない、海を渡って来たのだというイレギュラーズに遮那は食い入るように身を乗り出す。
「分かった。その代わりこの国の事を聞かせてくれ」
イレギュラーズが『外』の話をする代わりに、この国の事や高天京を案内する。
子犬の様に目を輝かせた遮那は、嬉しげにこくこくと頷いた。
- 琥珀薫風完了
- GM名もみじ
- 種別通常
- 難易度EASY
- 冒険終了日時2020年07月05日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談4日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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竹林の青が風に靡けば、葉擦れの音が駆け抜ける。
空気は幾分湿気を含んで、幻想の空よりは薄いように感じた。
『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)は金銀妖瞳を僅かに伏せて、黒い彼岸花を思い浮かべた。以前、この地を先見した彼女は、初めて訪れる場所なのに既視感に包まれる。
ああ、けれど。その面影を追う前に耳の後ろに感じる視線にレイチェルは振り返った。
「おい、少年」
呼びかけに。驚きの瞳を向けた天香・遮那にレイチェルは僅かに口元を緩める。
「こういうの珍しいか?」
レイチェルは己の耳を指さし、首を傾げた。牙や洋風の格好も然り。
「う、うん!」
一見鋭そうなレイチェルの浮かべた微笑みに、遮那は安堵し近づいてきた。
屈託の無い笑顔。よく動く身体にこの少年が子供なのだと改めてレイチェルは実感する。
魔種天香・長胤に連なる者だとしても、気にしないと頭を撫でた。
例え大人の思惑が宮中に渦巻いているのだとしても、子供の笑顔は尊ぶべきものなのだろう。
「なあ、れいちぇうは獄人なのか? 牙があるだろう?」
ら行が言いにくいらしい。遮那の拙い呼び名にレイチェルは微笑みを浮かべた。
「いや俺は。ええと、こっちで言う所の神人だな」
頭に角は無いと遮那の手を持って、頭部を触らせるレイチェル。
レイチェルの右眼と同じ琥珀の瞳が好奇心という名の光を帯びて輝く。
彼女が語る言葉一つ一つに遮那は喜び、そして、悲しんだ。
特に鏡の魔種について話した時。彼は悲しみを帯びるレイチェルの声色を感じ取ったのだろう。
泣きそうな表情でレイチェルを見つめる遮那の手をぎゅっと握る。
「忘れられない、思い出だよ。大丈夫」
「大人は悲しい時も大丈夫って言うんだ」
全然大丈夫じゃないのに。小さく呟いた遮那は片方の手でレイチェルの頭を撫でた。
――――
――
「海の向こうから来ました。鹿ノ子といいますッス!」
元気な声で『黒犬短刃』鹿ノ子(p3p007279)は遮那に笑顔を向ける。
特異運命座標の仕組みを丁寧に解いていく少女。
神威神楽に存在する此岸ノ辺。其処に呼ばれる神人と同じように、海の向こうにもそういう場所がある。
それは遙か蒼穹の彼方にあって、其処で待っている神託の少女に出会うのだ。
「その少女が呼び寄せてるのか?」
「んー、僕は呼ばれただけなので詳しい仕組みはよく分かってないッス!」
誰に呼ばれたのか。何故呼ばれたのか。理由を聞いても答えられる者など居ないだろう。
一つだけ分かっているのは、この世界の滅びを防ぐ事。それが特異運命座標の目的。神託の少女の言葉。
「でも、呼ばれたからにはやらなきゃいけないことがあって……」
鹿ノ子は蜂蜜色の瞳で空を見上げる。
只の孤児だった自分が選ばれた理由は分からない。何の力も無い子供だったのに。
けれど、イレギュラーズだという事は。主を探す彼女にとって有意なことだった。
世界を駆けるローレットの情報網。対峙した時に蹂躙されないだけの力。
足取りは掴めても、『理由』は未だ遠く。
「逆に、遮那さんは神人というものをどんなものだと考えてるッスか?」
僅かに流れた哀愁を流すように遮那へ言葉を投げる鹿ノ子。
「そうだな。兄上や他の皆はあまりいい顔をしないな」
八百万の中には獄人と同じような扱いをする者も居るらしい。
「あ、あと此岸ノ辺に呼ばれた神人ってどこかに集められたりするッスか?」
もしかしたらこの大陸に居るのかも知れない。そんな願いを込めてここまでやってきた。
鹿ノ子の期待とは裏腹に遮那は首を振る。
「すまない。役に立てなくて。そういうのは私よりつづりの方が詳しいと思う」
神威神楽召喚の地。此岸ノ辺の巫女ならば何か知っているかもしれない。
期待に応えられなかったのが悲しかったのか、遮那は僅かに俯いた。
「大丈夫ッス! とりあえず。腹ごしらえでもしましょうッス!」
京の大門を指さして、鹿ノ子は少年と共に駆けていく。
●
「初めまして遮那。私はポテト、ポテト=アークライトだ」
元いた世界では彼女は精霊。遮那と同じ種族だった。
そう、視線を合わせて微笑んだ『優心の恩寵』ポテト=アークライト(p3p000294)に遮那は笑顔で握手をする。
「兄上はすごいんだ!」
意気揚々と語る遮那の言葉に耳を傾けるポテト。
「そうか、遮那は兄の役に立ちたくて勉強を頑張っているのか。偉いな」
撫でられ嬉しそうに頬を染める遮那を見て居ると、家で待つ娘の事を思い出す。
勉強をさぼった事は褒められたことではないけれど。遊びたい盛りの子供が難しい写経をしているのだから頑張っているのだろう。
「ポテトは褒めるのが上手いな?」
「ああ、私には同じ神使の夫と娘がいてな」
手はけん玉を繰りながら、ポテトは自分の事や家族の事を遮那に伝える。
特に娘とは仲良くなれるだろうという言葉に、遮那は大きく頷いた。
「あ、また失敗した。けん玉と言うのは難しいな……」
「くふふ。こうやるんだよ!」
リズミカルにコツコツと。玉が木を打つ音がする。
子供が真剣に遊んでいる姿は、なんと眩しい事だろう。
「今度はこっちのヤツをやってみねえか?」
レイチェルは独楽を取り出して遮那を誘う。
「それなら私も出来そうだな」
乗り出したポテトと三人。三つの独楽が板の上で回り出した。
僅かに当たり、弾けた独楽が板の外に転がっていく。
笑いながら追いかけ、時に悔しがって。楽しい声が響き渡った。
「そういえばそろそろお腹が空かないか?」
ポテトの声に遮那は頷く。ちょうどお腹の虫がなり始めた頃だ。
ぐうという音が少年のお腹から聞こえて、ポテトはくすくすと笑った。
「じゃあ、おすすめの場所を私が教えてあげるよ!」
京の大門から上り、半分ほど来た所にある小料理屋。昼食にはここが一番だろう。
それにしても、とポテトは出てきた料理を興味深そうに眺める。
自分が知っている『和食』に似ているのだ。
「そうだ、この国でよく食べる野菜の種や苗を売っている所に案内してくれないか?」
農業家のポテトにとって新天地の野菜は興味のある所。
「ああ、行ってみよう」
丁度、薩摩芋の苗の時期だろうか。豆なら黒大豆もこの時期だろう。
秋には身の詰まった甘い芋が取れるに違いない。
ポテト達は紺色の暖簾をくぐり、温かく注ぐ陽光の下に繰り出した。
――――
――
『兎身創痍』ブーケ ガルニ(p3p002361)は京の街行く人々を見遣り目を瞬かせる。
己が着ている地元の服装に何処か似ている着物。
自分達が知らなかっただけで冠位アルバニアが絶望の青を閉ざす前は、神威神楽の文化が流れ着く事があったのだろうか。それとも、遙か昔この地に呼び出された旅人が広げた異世界の理なのだろうか。
不思議だとブーケはふにゃりと微笑んだ。
「ま、せっかくなんやし。お上りさんしよか」
難しい事は歴史家に任せて。異文化交流と洒落込みませう。
「ブーケは神威神楽の住民なのか?」
少し変わってはいるけれど、上に着ているものは着物だろうと遮那は首を傾げた。
「そやねえ。俺の住んでたとこは此処と文化が似てて、着物もあるけど……」
上着としての色が強く、中は襦袢ではなく洋装。シャツやインナーを着る事も多い。
ゆっくりと語るブーケの袖をさらさらと触る遮那。素材は麻や絹ではないように思えた。
「要は、動き回ることを前提の下々の服装やさかい、そら殿上人の遮那くん達と比べたらアカンよねえ!」
「そんな事無いぞ? 私も神人から教わった洋装というものを着ている」
狩衣の中。絹で織られた黒い生地。襟の部分は確かに洋装のシャツを思わせた。
靴は下駄や草履ではなく金属の装飾が施されたブーツ。
「わぁ! 本当やわ。やったら、俺と同じやねぇ」
「そうだな。これは、動くときに重く無いからな!」
意外な共通点に二人は笑い合う。
それならば、甘味はどうだろうか。春は淡雪羹、夏は若鮎、秋は猪子餅で冬には酒饅頭。
「遮那くん、甘い物は大丈夫?」
「勿論、大好きだぞ!」
みたらし団子が美味しい茶屋がこの先にあるのだという。
抹茶もあまり苦くない。子供用に作り方を変えてくれるらしい。
冷やしあめも美味しいし、和菓子も取り揃えているから遮那はその店がお気に入りだった。
「ブーケはやく!」
「そんな早よ、走られへんよー。まってえな」
砂の地面を蹴りながら、少年はブーケの手を引いて駆け出す。
●
豊穣郷の景観を『希祈の星図』ウィリアム・M・アステリズム(p3p001243)の瞳が見つめていた。
異国の風情が香る街。異世界旅行の気分になれるなと口元を緩めるウィリアム。
水蒸気を多く孕む空は、幻想よりも幾分か白く見える。
程よい湿気は空気を洗うのだろうか。
ウィリアムの瞳が注意深く都の景色を観察していた。
文化の違い。未知の知識が目の前にあるのだ。魔術の探求者として知識は多い方が良い。
「郷に入っては郷に従え、なんて言葉があるらしい」
星空の浴衣を纏ったウィリアムは狐の面を頭に、街中を歩く。
「あら、お兄さん可愛いお面だねえ」
屋台の女主人が快活な笑顔でウィリアムに話しかけてきた。
「変か?」
付け方とか大丈夫だっただろうかとウィリアムが問えば、すっと手が伸びてくる。
「あんまり深く被るより、横に着けるぐらいが男前の顔が見えて良いねえ」
手渡されたトウモロコシ。大豆のソースが絡まって美味しそうだ。
次は甘塩っいタレを塗った団子にしようか。
「あれ、ウィリアムさん」
「ん、お前達も来てたのか」
遮那を連れた仲間達が次々と団子を頬張りながら顔を覗かせる。
「凄く此処を満喫してくれているのだな!」
嬉しそうな遮那の表情に、ウィリアムの頬が僅かに染まった。
「いや、真面目に情報収集してるんだぜ、これでも」
「そうなのか! えっと……」
「俺はウィリアム。魔術師だ」
此方では魔術師の事を何と言うのだろうか。呪師か占い師か。
言いづらいのかウィリアムの名前を口の中で反芻して、遮那は「うぃいあむ」と呼んだ。
その発音のしづらさも、しばらくすれば慣れるだろう。
「そう言えば勉強苦手なんだって?」
遮那の横に腰を下ろしたウィリアムはみたらし団子を頬張りながら少年の顔を覗き込む。
「そ、そんなこと無いぞ! ちょ、ちょっとは出来るぞ!」
「本当か? ある程度出来ないと、肝心の腕も発揮しきれなかったりするぞ」
文武両道であれば兄の役に立てる機会も増えるだろう。ウィリアムの教導に遮那はこくこくと頷いた。
――――
――
デルフィニウムの青は新天地にて空を仰ぐ。
『期待の新人』メリロート・フォックスクラブ(p3p008620)はゆったりとした足取りで京を散策していた。
薄い空、美しく飾られた景観。まるで箱庭の様な異国風情。
毒草も大陸とは違った育ち方をしている種があるかもしれない。
「この辺りで気を付けなければいけない草木はありますか?」
現地の人々が注意する草木ならば毒を孕んでいてもおかしくは無いだろう。
「そうだのう。蒲公英に似た花があってな。ちょっと小ぶりなんじゃが。それは食べてはいけないよ」
元日草とも呼ばれる毒性の強い花があるのだという。あとは葱や韮に似たものだろうか。
この辺りは大陸でも注意が必要なものだろう。
「ふむ」
メリロートは手帳に人々の声を書き取りながら京の街を行く。
「ところでこの饅頭? との中身のアンコ? は何で作られているのかな」
「これかい? これは小豆を煮るのさ。丁寧に煮詰めて、ざらめを入れる。んで、また煮て」
メリロートは饅頭を一口頬張る。口の中に広がる甘さは、蕩けて喉へと落ちていった。
豊かな土地なのだろう。
腹ごしらえを済ませたなら、今度は文章の集まる場所へ赴くのが良いだろう。
知識を得るには手っ取り早い。
「お菓子にお茶に……めんこも要るかなあ」
駄菓子屋で子供の好きそうな物を手に取った『希望の紡ぎ手』アリア・テリア(p3p007129)は小首を傾げながら悩んでいた。
「あ」
それとわすれてはならない。この国特有の楽器にも興味があったのだ。
楽器屋に来たアリアは木で出来た縦笛を手に取る。
尺八という笛らしいが、これがどうにも音の出し方が独特で。只吹いただけでは、音を鳴らすことさえ出来ないのだ。ひょろひょろと息が風穴を抜ける音が店内に響く。歌口と呼ばれる吹き口に息を送る量や角度が重要らしい。
「こうかなあ?」
「おお、お嬢ちゃん中々筋がいいね」
照れ笑いを浮かべアリアはこの国の事についてさりげなく訪ねる。
権力者天香家のこと。宮中の政治について。
「ん、まあ。難しい事はわからねえけど。遮那坊はよく京を遊び回ってるねえ」
名家の子供が市井の民と同じように遊んでいるのは、やはり珍しいことらしい。
それを許す程、遮那に対して甘いのか、それとも彼自身が特別な才能を持ち温情を受けているのか。或いはどうでもよい存在であるのか。
お菓子やお土産を抱えたアリアは遮那達と合流する。
「キミが遮那君? 私はアリア、よろしくね!」
少年の手の中にアリアはお土産を積んだ。
「わわ、アリアこんなに良いのか? ありがとな!」
「ううん。こういうの楽しいよね。お兄さんとも遊ぶの?」
けん玉を鳴らしながら遮那は首を振った。
「兄上はとても難しい仕事をされているからな、私と遊ぶよりやることがあるのだと思う」
僅かに寂しさを滲ませた声色にアリアは「そっかぁ」と頭を撫でる。
「兄上は頭が良いからな。私より遅くお休みになられるし、早く起床される。この京を良くしようとしていらっしゃるのだ。だから、私は兄上が遊ぶ姿は見たことが無い」
でも、と遮那は面を上げる。
「私が幼少の頃は武芸の腕を褒めてくれたし、弓の引き方も指導してくれたことがある」
丁度アリアが先ほどそうしたように頭を撫でてくれたのだと遮那は笑った。
「じゃあ、最後の質問。ずばり、お兄さんの秘密は? こっそり教えて?」
「秘密? そうだな。宮中の女官が噂していたが……」
如何にも重そうな表情でアリアの耳元寄る遮那。重大な秘密なのだろうと真剣な表情で次句を待つ。
「兄上は和歌を詠むのが上手い――とても素晴らしいのだ」
耳朶に届いた言葉は、特に重要そうでもなかった。
――――
――
「俺はベネディクトだ、宜しく。……君の事は遮那と呼んで良いのか?」
めんこと睨めっこしていた遮那は、『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)の声に顔を上げた。
「私は天香・遮那だ。もちろん遮那と呼んでいいぞ! べねでくと! それにしてもお前達の名前は言いにくいのが多いな?」
恐らく発音自体は出来るのだろう。名前の響きに耳が慣れていないのだ。
「君は天香と名乗っていたが──あの長胤様の弟なのかい?」
遮那は隠す様子も無くこくこくと頷く。
先刻出会った天香・長胤とは容姿が似ていない所を見ると、ベネディクトと同じ血の繋がりは無い兄弟なのだろうか。
「美味しいな、此処の料理も」
「そうだろう!」
串焼きを頬張りながら遮那はベネディクトに京の街を案内する。
始終笑顔の遮那の横顔に兄長胤のどんな所が好きなのかと青年は尋ねた。
「兄上のことか!? そうだなぁ!」
遮那は長胤の事を語るとき、自分が褒められている時以上に目を輝かせる。少年の目から見た長胤はどのようなものか知っておきたいという思いもあった。
彼が魔種という概念を理解しているかも定かでは無いのだ。
「とても優秀な方だ。京を良くしようと邁進されていらっしゃる。私はそんな兄上のお役に立ちたいと思っているのだ」
心から兄を尊敬し、誇らしく思っている顔。
「それならば、何時か機会があれば共に稽古をしても良いかも知れないな」
「稽古!? べねでくとは刀が扱えるのか!?」
食い気味で身を乗り出した遮那の目が輝いている。
「いや、俺は槍だ。遮那は刀なのだな。だが……」
得意な事ばかり伸ばしていても駄目だとベネディクトは首を振った。
家の名を背負うのならば。将来、人の上に立つのであらば、文武は納めねばならない。
ベネディクトがそうであるように。
「この京の為にも――兄上の為にもな」
「私が……」
青年の言葉に遮那は胸に手を当てる。その頭を軽く撫でるように叩いたベネディクトは目を細めた。
「そうだ、先程店先で買った物だが……」
神威神楽の土産にと色々買い込みすぎたベネディクト。
遮那の手の上に転がるは。小さな鈴。
「俺から友誼の贈り物だ、何時かまた機会があれば話そう」
ベネディクトの言葉にとびきりの笑顔ではしゃぐ遮那。
空には黄昏の橙が浮かび。黒い影が長くなっていく。
出会いと始まりの思い出を胸に刻み、皆が帰路についたのだ。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
遮那に正確な情報を与えた方にMVPをお送りします。
彼は皆さんから貰ったお話を元に行動していくことでしょう。
またのご参加をお待ちしております。
GMコメント
もみじです。『豊穣郷』神威神楽編始まります。
●目的
カムイグラの情報を得る。
難しくないです。お話したり、高天京観光したり。
NPCに構わず、自由に散策しても大丈夫です。
●ロケーション
高天京とその近辺。
和風の建物が並び、美しい様相です。
屋台や出店では饅頭、串焼き、みたらし団子など食べ物が並んでいます。
狐やひょっとこ等のお面、風車や竹とんぼなども売っているようです。
(和風テイストなものなら一通りあります)
●NPC
天香・遮那(あまのか・しゃな)
八百万の少年。天香家当主長胤の義弟。
誰にでも友好的で、天真爛漫な楽天家。
海の向こうの世界にも強い好奇心を抱いている。
義兄の長胤に対しては『むずかしい仕事』をしている『頭の良い』義兄であるとして、心から尊敬している。
そのため常々、武の才覚を磨き上げ、彼の役立てたいと考えている。
剣の腕と兵法は、荒削りながらも中々の腕前。
遮那は最近、面子や独楽に嵌まっており、街の子供達とよく遊んでいる。
けん玉や竹馬とかも得意。逆に勉強は苦手。
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