シナリオ詳細
死を待つ鎮魂歌
オープニング
●ウタ
幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』の長期公演。連日沢山の人々が集まっており、昼間だけでなく夕暮れも何だか人が多く感じる。
とはいえ、物騒な話も多いため早々に帰路へつく者が多いのだが。
他の者と同じように帰路へついていた男は、路地の方から聞こえてくる澄んだ歌声に足を止めた。
とても綺麗な声。家族の元へ帰ろうとしていた足は、ゆっくりと路地の方へ向かう。
(ああ、早く帰らなきゃ。でも……これは一体、誰が歌っているんだろう)
それは好奇心が勝ったというより引き寄せられたと言った方がいいだろう。けれど、男はそれに気づかない。
そうして着いた先は壊れ廃れた教会。門扉を押すと不気味な音が鳴る。
音と共に声が止み。
「……ああ、いらっしゃい」
そこにいたのは、金髪の麗しい少女。もしかしたらどこぞの貴族だろうか。
少女は男へ向かって微笑み、両手を伸ばす。恋をする乙女のような、潤んだ瞳に見つめられ、男は固まって動けなくなってしまった。
「ふふ、私ね。歌が大好きなの。その中でも鎮魂歌(レクイエム)が好き」
少女の言葉に男は気づく。もしや、先ほどまで歌っていたのは彼女が好む鎮魂歌ではないだろうか、と。
ここは教会だったようだから、死者を埋葬する墓もあるはずだ。
「私、いっぱい鎮魂歌を歌いたいわ。だから──貴方の鎮魂歌、歌わせて?」
「……え」
男はようやく『おかしい』と気付いた。けれど、既に時遅く。
「ぐっ」
胸に赤い花が咲く。肩越しに振り返ろうとした男は刺さっていた剣を引き抜かれ、地面に倒れ伏した。
痛い。熱い。寒い。
瞼を開ける事さえもままならない。
それでも必死で目を開けると、見えたのは月明りに照らされた少女と、男と、男の持つ血まみれの剣。
狭まる視界の中、家族の存在を思い出しながら男は目を瞑った。
●鎮魂歌を止めて
「ある貴族の方から依頼なのです」
『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)がバサバサと依頼書を持って現れる。
「イルラド伯爵という方なのですが、娘さん……お嬢さんを殺害してほしいということなのですよ」
父親が娘の殺害依頼を出したらしい。
なんでも男爵は大変弱気な性格らしく、娘を仮に連れ戻したとしても自らが殺されないか心配なのだそうだ。
まあ、それが真実かどうかはわからないが。
「お嬢さんは数日前に家出して、今はごろつきを雇って人を殺させているのだそうです」
「家出して、人を殺させる?」
ユリーカの言葉を聞いたイレギュラーズが思わずといった様子で聞き返す。
残虐な趣味に目覚めてしまったのだろうか。
「あ、違うのです。人を殺したいわけではないみたいなのです」
イレギュラーズ達の表情から察したのか、ぶんぶんと両手を振るユリーカ。
「歌を歌っているのです」
それを聞いた者は不思議と引き寄せられ、彼女の目の前でごろつきに殺されてしまうのだと。
「お嬢さんは歌手になりたくて、伯爵に相談しに行ったのです。けれど反対されて家出したのですよ」
なるほど、それで家出と歌。
けれどまだわからないことはある。
「どうして人を殺しているんだ?」
「彼女は鎮魂歌が特に好きらしいのです」
イレギュラーズの質問にユリーカが答える。
鎮魂歌を歌うのなら死者が必要だ。けれど──鎮魂歌を歌う為に死者を出すという行為は、常軌を逸している。
「伯爵は娘も、ごろつきも、引き寄せられてしまった人も全員を『被害者』にしたいとのことです」
それは、つまり。
「……殺して鎮魂歌を歌う、その当事者も目撃者も皆殺し……なのです」
ユリーカの重々しい言葉が零れ落ちる。
伯爵は家の名に傷がつくことを良しとしない。
「皆さんならやってくれると、信じているのですよ」
●欲望
ああ、ああ。なんて綺麗な調べなんでしょう。
「もっと、もっと歌いたいわ」
「ああ、俺ももっと殺したい」
「俺もだ」
「俺も」
少女と男達は微笑み合う。前者は優しい聖母のような笑みを。後者は下卑た笑みを。
彼らの利害は一致している。
「「「ああ、もっと」」」
複数の声が不協和音となって、教会の庭に響いた。
- 死を待つ鎮魂歌完了
- GM名愁
- 種別通常(悪)
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2018年04月22日 21時10分
- 参加人数8/8人
- 相談7日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●立ち入り禁止
歌はまだ遠く、しかし確かに耳へ届く。
「こんな感じでいいかしら」
『緋道を歩む者』緋道 佐那(p3p005064)はロープを軽く引っ張った。
しっかりと気に括りつけられたロープは簡単なことでは解けそうにない。
「ああ、いいんじゃねぇかい?」
『山賊教官』グドルフ・ボイデル(p3p000694)は引っ張られるロープを見て頷いた。そのロープに『立ち入り禁止』の看板をを立て掛けるのは『信風の』ラデリ・マグノリア(p3p001706)だ。
「時間を掛けた所で入りたがる鼠は居るものだ、ある程度形に成っていればいいだろう!」
『クマ怪人』ヒグマゴーグ(p3p001987)がそこらに倒れていたと思われる木を引きずってきながらそう告げる。
今も聞こえる歌には人間を引き寄せる力があるという。そういった人間まで止めることができるかはわからない。
「目の前で殺して歌うっていうのもヤベェけど、実は1番ヤベェのはイラルド伯爵ダヨナ」
『ゴロツキ』黒鉄 豪真(p3p004439)はバリケードとも言うべきそれを見ながら小さく肩を竦めた。
いくら小心者だといえ、全員皆殺しを依頼してしまうのは驚きだ。
けれど、嫌いじゃない。
(むしろ、そういうニンゲン大好きだゼ? そういう奴はきちんと応援してやらネェとな)
ニタリ、と笑う豪真。そこには殺しの罪悪感などひと欠片も見当たらない。
「味の悪いものになりそうね……どうにも」
佐那は視線をロープから道の先へ──教会の方へと移した。
彼女はこの依頼が初めて受けたものであった。それは人助けでもモンスターの退治でもなく、罪なき者まで皆殺しという内容。
(巻き込まれる方には申し訳ないけれど。思えば狂人達の相手は初めてですし、1つ経験とさせて頂こうかしら)
そう考える彼女は実際の齢よりも上に感じさせる。それは生来の性格か、それとも他の要因があるのか。
戦いの邪魔をされないために。殺さなければならない者を減らすために。『道を封鎖する』という行動に対する思惑は様々だろう。
なんにせよ、時間をかければかけるほど目撃者が増える可能性は高まる。
「準備は整ったな?」
ヒグマゴーグの言葉に一同は頷き、封鎖した道の向こう側──教会に続く道へ足を踏み出した。
●響く歌声
「ああ、死んでしまったわ。鎮魂歌を歌いましょう」
足元で動かなくなった男に、少女は微笑んで口を開く。
静かに紡がれる鎮魂歌は、不思議と遠くまで届く響きを持っていた。
そんな歌の響く教会に、『彼』は突然現れた。
「金髪碧眼美少女とはこれまた随分とテンプレな……そんな君に魅せてあげよう!」
『ジャミーズJr.』桜小路・公麿(p3p001365)の声に、鎮魂歌が止んだ。
「ハハハハハ!! 待たせたね諸君!」
カリスマがかったアイドル☆スマイルに、視線が向けられたことを感じる。
「そう! もっと注目してくれていいんだよ! 僕は本物のアイドルだからね!!」
福音歌を歌い始める公麿。振りまくキラキラとギフト《究極的薔薇幻想》(すごいばらいっぱいでる)によってここだけ違う世界に迷い込んでしまったようだ。月光もどことなく霞んで見えてしまいそうである。
けれど、福音歌を歌い終えた公麿に少女は口を尖らせた。
「素敵だけれど、やっぱり鎮魂歌が1番だわ! あと1フレーズで終わりだったのよ、待っていてくださる?」
足元の、つい先ほど事切れたと思われる男へ口を開く少女。
(……やはり、草がかなり伸びていますね)
少女が1つのフレーズを歌う間に 『刃に似た花』シキ(p3p001037)が素早く周りへ視線を走らせた。
どこが戦いにくいか。どこが戦いやすいか。もちろん戦闘中も逐一分析すべきだが、事前にやっておいて損はない。
歌い終えた少女に向けて1つの拍手が響いた。『瞑目する修道女』メリンダ・ビーチャム(p3p001496)は微笑みを浮かべて少女を見る。
「素敵だわ。私も鎮魂歌を歌うのは好きよ。……今夜みたいに、たくさんの命が散る夜には特にね」
閉じられていた両の瞼が見開かれた。
ギフト《兇相》。血のように赤く昏い、不気味な底無しの孔。
怪異を見慣れぬ者なら畏怖するであろうそれに、少女は目を丸くした。
「まあ、ちょっと怖いわ。でも鎮魂歌はどんな人の魂も慰めるの。ねえ、貴女にも鎮魂歌を歌わせて頂戴!」
少女の言葉にごろつき達が戦闘態勢に入る。
「お嬢さん、今夜は最高の鎮魂歌を奏でてくれるかな?そいつらとキサマ自身の為にな!」
少女の悪意は素晴らしく、始末するには惜しいものだ。しかしこれも任務。哀れな犠牲者となって頂こう。
ヒグマゴーグが手甲を構える。大柄な怪人に、少女はにっこりと笑った。
「ええ、勿論いつだって最高の鎮魂歌を歌うわ! 貴方達に歌わせて!!」
少女の声が辺りに響き始める。それは死を誘う歌。
そこにグドルフの笑い声が重なった。
「ゲハハッ、楽しい葬儀(ミサ)にしようやあッ!」
「僕もアイカツを始めるとしよう! 美の化身公麿、ここにアリ!!」
名乗り上げと共にビシッとポージング。背景に薔薇が咲き乱れる。
薔薇も相まって痛々しい言動であるが、その分とても目立つ。
「ああ、あいつを殺そう」
「そうだ、殺そう」
「コロシタイ」
「ころしたい」
「「殺したい!!!!」」
複数の声が重なり合う。少女とは異なる不協和音の合唱は、イレギュラーズの意図するままに公麿へ襲いかかった。
同時にイレギュラーズも、動く。
銃を向けられたシキは身を低くして弾を躱した。そして草の踏み倒された地を蹴り、桜の花弁を残す。
「ギャァァアア!!」
花弁の軌跡は下から上へ。そこに赤が混じり、切り飛ばされた腕が転がる。
そこへ素早く肉薄するメリンダ。血のような双眸が腕のない男を捉え、月光が戦鎚に一瞬遮られる。
ぐしゃ、と。
容赦のない力任せの打撃に、潰れる音が響いた。
事切れた男を見て、少女が嬉しそうに笑う。
「ああ、今夜は人が沢山! 沢山死んで、その分だけ歌えるのね! とっても素敵だわ!!」
うっとりと瞳を潤ませ、胸の前で両手を合わせる少女。すぅ、と息を吸い込んで少女は再び鎮魂歌を歌い始める。
ふと背後から外壁の崩れる音がして、少女は歌いながら振り向いた。
「公演は終わりだ。アンコールもない」
少女を魔力の塊が襲う。間一髪でそれを避けた少女はラデリに向かって微笑んだ。
「でも、私が歌いたいから歌うの。ねえ、ここへ来てくれたのなら聞いてくれるんでしょう? 私の歌を聞いて!」
息を吸い込む少女へ、ラデリの脇から影が飛び出る。
「はっ!」
短い気合と共に、少女の頭上から刀が振り下ろされる。浅くではあるが少女の腕に赤い筋が走った。
それを認めた佐那はその手が素早く懐から何か取り出したのを見て、すぐに反応できるよう警戒した。
した、はずだった。
「……っ!?」
土の盛り上がった部分に足を取られる。ぐら、とよろめくのと同時に銀の煌めきが横へと薙いで、佐那の腕にも赤い筋をつける。
「痛いわ。これでおあいこ。ううん、貴女の鎮魂歌も歌わせてくれなきゃ!」
剣士ともあろうものが、地形の把握もできないなんて。いいや、そんなわけはない。普段はこんなことで躓かない。
跳び退った佐那の耳にこびりつくのは先ほどの鎮魂歌だ。
(……死へ誘う、不吉な鎮魂歌ね)
まるで呪いのように耳から離れない。佐那は眉を寄せる。
連続した発砲音に少女の髪が舞う。はらりと落ちた金髪に、少女はそちらを振り返った。
入口の近く、2丁のリボルバーが少女へ向いている。遠くから狙いすました豪真はふと横を見て、向かってきた斧を跳んで回避した。
ゆっくりと立ち上がり少女と向かい合った佐那は、後方から放たれた魔力に目を見開く。
「っ……ラデリさん!」
横っ跳びに躱した佐那は、放った者の名を呼んだ。ラデリが目が覚めたかのように顔つきを変える。
「す、すまない。体が勝手に」
そう慌て気味に告げるラデリ。恐らく少女に魅了されてしまったのだろう。
「目を見ないで、身体の動きを見るといいわ」
「ああ、わかった」
「あら、もう忘れられないわ。だって耳に残るでしょう? ずっとずっと、聴いてもらいたいもの!」
頷くラデリ。少女が嬉しそうに告げる。
そんな中、ふらりと庭に立ち入る影があった。
それは覚束ない足取りで、けれど中へ踏み入れた瞬間の異常な光景に目を瞬かせる。
「……あ、れ? 俺は……これは、一体」
その言葉は最後まで紡がれることはない。軽業のような動きで男の懐に入り、銃でこめかみを殴られたからだ。
こめかみから血を流して倒れた男を、豪真は無情に見下ろした。
「世の中見ちゃいけねぇモンはあるんだぜ?」
声をかけられた男は、身じろぎ1つしなくなった。
「……運が悪かったわね。それとも良かったのかしら? 少なくとも貴方には鎮魂歌を歌ってくれる人がいるわ」
メリンダはそう呟くと、視線を少女へ向けた。
「まあ、死んでしまったの? 歌わなきゃ、鎮魂歌をウタワナキャ!!」
少女は満面の笑みを浮かべ、鎮魂歌を歌い始める。
ラデリの魔力が当たって腕に鮮血が滲んでも、それは止むことがない。
それは狂気に取り憑かれたと言うべきか、歌に魅入られたと言うべきか。
ヒグマゴーグは相手の槍を紙一重で避け、拳を突き出す。避けられ槍を避け、ヒグマゴーグは目をすがめた。
相手は槍、こちらは格闘武器。あちらが戦闘力に劣るとはいえ、リーチの差は馬鹿にできない。
「オウ、手こずってんな。手ェ貸すぜ?」
その言葉と共に、ごろつきへ振り下ろされたのは斧。それが槍の柄に阻まれた隙に、ヒグマゴーグは肉薄してごろつきの喉元を裂いた。
「まだ、死なないでくださいね。……斬り足りない」
不穏な言葉と共に、自らより大柄な男へ自らを振るう付喪神。その耳が仲間の声を拾う。
「公麿!」
ヒグマゴーグに呼ばれた公麿は膝をついたところだった。
傷はそう多くない。しかし1つ1つが深いように見えるのは気のせいではないだろう。ラデリが都度移動して回復を施していたが、間に合わなかったと言ったところか。
「はは、アイドルたる者、顔を見ないわけにはいかないのさ!」
つまり少女の瞳も見て、見惚れてしまったということだろう。
「まだ僕は戦えるよ! 傷ついた僕も美しいだろうけどね!!」
戦場に似つかわぬ爽やかな笑みを浮かべ、公麿は立ち上がった。ふわりと背景に薔薇が咲く。
「ちっ、こいつは使いたくなかったんだが……」
グドルフは小さく舌打ちし、祝詞を呟く。
ラデリに回復を頼むには距離が遠く、それまで公麿の体力が持つかどうか定かではない。
呟かれたそれが天義の一部で使われるものだと、一体何人が気づいただろうか。
回復を施された公麿はお礼の代わりにウィンクを1つ。そして防御の体制を取りつつもレイピアを突き出した。
「ころす殺すころすコロスゥ!!」
脇から迫ってきた声に、佐那は刀で剣を受け止め横へと流す。そうして背中を見せたごろつきへ、刀を振り下ろした。
ぴっ、と頬に返り血が付着する。それをさして気にした風もなく、同じ色の瞳を少女へ向けた。
「ああ、ああ。また1人、歌う相手ができたのね」
少女は今さっき死んだごろつきへ鎮魂歌を歌い始める。
しかし、それは銃声と共に止んだ。
少女が苦痛に顔を歪め、脇腹を押さえる。
「痛い、いたいわ、歌いたいのに、ウタ、うたい、うたわせて」
壊れたように『歌わせて』と言い始めるのは、これ以上後がないとわかっているからだろうか。
「うたわせてうたわせてウタわせて歌わなきゃウタイタイ歌いたいうたいたい!!!!!!!」
望みを叫ぶ少女。シキの刀が砂を巻き上げ、少女の目に入る。
「目が、アア、めが」
思わず目を覆う少女。その目の前へ、佐那が踏み込んだ。
「狂気に駆られたソレは、剥き出しの凶器にしか成らないでしょう? だから……ごめんなさいね」
刀が喉を薙ぐ。少女は喉を押さえると1歩、2歩とよろめいて崩れ落ちた。
鎮魂歌を、歌わなきゃ。
唇が震える。そう動く。けれど、声にはならずに。
「……じゃあ。最後は……どうぞ、キミ自身への鎮魂歌を」
少女の瞳に映ったのは月光をはじく刀。桜の花弁が風に舞う。
少女の耳に聞こえたのは福音歌。
けれど、少女の心に奏でられているのは、きっと。
「続きはあの世で好きなだけ歌うがいい……」
ヒグマゴーグの呟きが、瞳を閉じた少女へ零れ落ちた。
●鎮魂歌
「……すまない」
ラデリは目撃者の遺体に暫しの黙祷を捧げた。その心にあるのは罪なき人間を殺したという罪悪感。
すまない、と再び呟くとラデリは遺体の持ち物を見分し始めた。
(狂った理由が、どこかにあるはずなんだ)
理由があるから少女たちは狂ってしまった。
そう思わせる理由があれば、自らは狂っていないと思える安心材料にもなる。
(俺は狂ってない、はずだ。声など、聞こえないのだから)
目撃者の遺体を見分し、その次はごろつき達を。そして少女を。
少女のポケットで何かがカサリと鳴る。それを取り出したラデリはしわくちゃになったソレを伸ばした。
それは幻想楽団『シルク・ド・マントゥール』のチケットだ。ラデリはサーカスへの疑惑をより一層強める。
けれど。
(……見つけたのは1枚きりか)
持っていたのは少女のみ。偶々かもしれないが、これだけで狂った原因と断定するのは早計か。
チケットを手に黙考するラデリの傍らへ、真っすぐな黒髪を揺らす少女が立つ。
佐那が見下ろすのは、自らの最期まで歌い続けた少女。
「歌声、素敵だったわ」
死んだ少女には、もう届かないかもしれない。それでも告げておきたかったのだ。
生まれた環境が違えば、貴族の娘でなければ、彼女は歌手になれたかもしれない。気の向くままに生きる佐那とこの少女は対極の立場にあった。
「……然るべき場所で聴けたなら、良かったのだけどね」
佐那は少女の遺体に呟きを落とし、束の間目を伏せる。
やがて踵を返して場を離れる佐那とは対称に、メリンダは廃教会へ入っていった。
ギィ、と扉が軋んだ音を立てる。長く使われていなかったことを思わせる聖堂だ。
静かに響き始めたのは鎮魂歌。メリンダの故郷で歌われていたもの。
それは今宵の魂もなぐさめ、天へと運ぶのだろうか。
屍人の少女は厳かに紡ぐ。誰を誘うこともなく、真に魂を慰める歌を。
静まり返った教会を、崩れた外壁の影から見つめる男がいた。
「これ、は……」
見てしまったソレに、男はへなへなと座り込む。
途中まで、何かの声に釣られるように誘われていたのだ。本来なら正気に戻った時点で帰路につけばよかったのだが、あの声は何なのかという好奇心が男を突き動かした。
今では後悔しかないが。
「は、早く、逃げないと」
四つん這いでその場から逃げようとする男。しかし同時に聞こえた破裂音と共に、大腿部に激痛が走った。
「ぐあぁっ」
撃たれた箇所を押さえて蹲る。それを見下ろすのは巨躯の鬼。
「運が悪かったナ。テメェの好奇心に抱かれて死ねヤ!」
パン、という音と共に赤い花が咲く。
男の頭に銃弾を撃ち込んだ豪真は辺りを見回した。
辺りを見回ったが、他に目撃者らしき影や足跡は見られなかった。これで全部だろう。
(人生の袋小路ってやつだナ。運がねぇ奴も本当にいるモンダ)
戦闘中に訪れてしまった者も、今殺した者も。案外運の無い者は多いのかもしれない。
そう思いながら豪真はリボルバーをしまう。
「長居は無用だ、さっさと行こうぜ」
「ああ、これ以上誰かに見られる前に撤収するとしよう」
歌い終えたメリンダが教会から出てくるのを見てグドルフが仲間を敷地外へと促す。それに同意したのはヒグマゴーグだ。
先に出ていった者もいるが、このまま居続ければ見られる確率は高まるだろう。
が、全員が門から出た所でグドルフは足を止めた。シキが気づいて肩越しに振り返る。
「……また目撃者でしょうか。斬りますよ」
「いや、そうじゃない。ちょっと催しちまった。先に行っててくれや」
自らの半身に手をかけるシキを止め、グドルフが手を上げて門をくぐり直す。
仲間達が見えなくなるところまで進んだことを確認したグドルフは、今宵の遺体の前で立ち止まった。
「明日にはゴミクズのように捨てられちまうんだろ。可哀想にねえ」
グドルフの手にロザリオが握られる。ずっと捨てられない、恐らくこれからも捨てられない物だ。
「──じゃあな、嬢ちゃん。"次"は歌手になれるといいな」
そんなロザリオを片手に紡ぐ。
罪ある者に、罪なき者に。そして夢を追った少女に捧ぐ、静かなラクリモーサだった。
翌朝。町外れの廃教会に火の手が上がった。
消火活動が行われたが、発見が遅かった為か教会は全焼。逃げようとしたのだろう複数名の遺体が庭で発見された。
ほとんどが個人を特定できなかったが、1体の焼死体が身に着けていたアクセサリーから近頃捜索されていた伯爵令嬢と推定。
令嬢の遺体は伯爵家墓地に、その他の焼死体は身元の判別ができなかったことから集団墓地に埋葬されたという。
尚、放火の犯人を捕まえることは未だできていない。残念ながら目撃者がいない為、真実は迷宮入りとなるだろう。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
お疲れ様です。
狂気は楽しいですが書き方が難しいですね。それらしく伝わっていれば幸いです。
私の中ではあと1歩で大成功判定を出したいくらいに、皆様素晴らしいプレイングでした。いや、本当に。
それではご縁がございましたら、またよろしくお願い致します。
GMコメント
●成功目標
男爵の娘とごろつき、及び目撃者が(いれば)抹殺
●場所
廃教会の庭。大きい教会だったが今は無人、手入れする者もいない。
時間帯は夜だが、月明りが光源になるため明かりを持たずとも戦うことに支障はないだろう。
周辺は木々に囲まれており、教会までは1本道。周辺に2m程度の外壁があるが、部分によっては脆い。
●敵情報
○少女
15歳の女の子。金髪碧眼の美少女。
これまで貴族令嬢をしていたため、物理的戦闘力は皆無と言ってよい。何かナイフ等を仕込んでいる可能性あり。言葉での説得は難しいと考えられている。
魔法の適性があったようで、歌や外見を用いてBS付与をする。
・魅惑の瞳
目を見つめられるとドキマギします。ダメージ判定なし。BS恍惚付与。
・声
声自体に魔力は乗る。BSとは別に人を引き付ける力を持つ。ダメージ判定なし。BS魅了付与。
・鎮魂歌
死へ誘う歌。ダメージ判定なし。BS呪い&不吉付与。
○ごろつき×10人
いかつい感じの男達。少女に雇われている。言葉での説得は難しい。
全員が武装しており、荒事には手慣れている。少女の歌や外見によるBSを受けない。
構成としては剣5、斧1、槍2、銃2。盾装備あり。
・攻撃
得物で攻撃する。
・格闘
得物、或いは素手での格闘。
○目撃者
いるかどうか、また来るとしてもどのタイミングか不明。いてもただの人間、非武装と思われる。
●情報確度
B。
少女が鎮魂歌ばかり歌っているので、その他に何か歌えるのかどうか、それに伴う効果などが不明。
●注意事項
この依頼は『悪属性依頼』です。
幻想の名声値にマイナスが付きますのでご注意ください。
●ご挨拶
愁と申します。
4月になりましたし何かご挨拶を、と思いましたが『眠い』という一言に尽きますね。春眠暁を覚えず。
犯罪者以外も抹殺する可能性があることから、これは悪属性依頼となっております。参加の際はお気をつけください。
いいですか悪属性依頼ですからね! 大事なことなので。
朝になれば伯爵が手を回して死体処理をします。放置で良いです。一晩くらいなら腐ることもないでしょうしね。
ではご縁がございましたら、よろしくお願い致します。
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