シナリオ詳細
不快指数と満足感
オープニング
●仮想現実は快晴。じめじめした暑さが続くでしょう
堪え切れずに吐き出された熱気が、研究室へ流れ込んだ。息の詰まる暑さは、高湿度と炎天下を連想させるに充分なもので、コンピュータと向かい合っていた青年の表情が歪む。
しかし彼が何かを言う前に、実験室からふらふらと出てきた人々が、呼吸を荒げて崩れ落ちていく。いずれも屈強な見目の戦士だが、今の状況は弱々しさそのものだ。そばで待機していた医師が、すぐさま戦士たちの治療に当たった。
青年がちらりとモニターを見やれば、人々のバイタルは異常な数値を叩き出している。数値化してみた不満値も高いままだ。
「ずっと不満なままだったし、やっぱり長くは持たないかあ」
難しげな顔つきで唸った青年は、今しがた人々が出てきた実験室を振り向く。
「すぐ音をあげるパターンは取れたから、あとは……でもやっぱり……」
継続の難しさに頭を悩ませ、青年の眉間のしわが深くなる。温度や状態などを設定できるよう、こつこつと築いたVR用の部屋だ。実用的なものにするためにも、まだまだデータが足りない。けれど実験に耐えうる存在も、彼には心当たりがなかった。
どうしたものかと暫し保っていた沈黙を破ったのは、他でもない彼自身で。
「……そうだ!」
妙案を思いついた様子の彼に、研究仲間たちが怪訝そうな顔をしたとかしていないとか。
●情報屋
「おしごと」
イシコ=ロボウ(p3n000130)は淡々と話し出す。
「練達の研究員が、データ収集に付き合ってほしいって」
不穏な一言に、もしかしたら踵を返そうとしたイレギュラーズもいるかもしれないが、まあ聞いてくれとばかりにイシコは話を続ける。
「きみたち、満足感……っていうの、最近どう? 感じた?」
胡乱な宗教か商法の誘い文句のようだが、イシコ本人は至って真面目だ。私にはよくわからなくて、と付け足した少女の声音がやや弱い。
「嫌な暑さの中で戦うときって、満足とか、できる?」
改めて質問するイシコに、なんとなく任務の全貌が見えたのか、ああとかなるほどと唸る者も出始めた。
つまり、そうした試験を行いたい研究員がいるのだ。
「満足感と、VR空間にいるときの温度感知や発汗とか、諸々のデータも取りたいって」
イシコは早速、研究の詳細について説明する。
研究員の名前は螺木・梯冬(ラギ・タイト)といい、夜色の髪と瞳、そして白く不健康そうな肌が特徴的な青年だ。彼自身、湿気も暑さも苦手なタイプであり、だからこそ興味を示した研究でもあるらしく。
「彼が今気になっているのは戦闘行為。検証のため、戦える人を欲しがっている」
人によっては満足と呼べなくても、戦うことにより得られる喜びや興奮がある。そのことを螺木研究員は知識としては持っている。自分の攻撃が当たる、動きを読んで避ける、敵の攻撃を防ぎきる、考えた作戦が功を奏すなど、様々な要素が『満足感』へ繋がっているだろうと。
それらが、不快な環境の中でも発揮されるものなのか。不快感によってどのぐらい損なわれるのか。そうしたものを得たいと考えていて。
ゆえにVR空間内は、燦々と降り注ぐ陽射しと濃密な湿気による灼熱地獄、それにより呼吸も姿勢も乱れながら戦う場として設定されている。
「敵として設定した人間も、不快感を覚えるようにくっついてくる。それが攻撃」
べたべたと纏わりついてくる行為が、攻撃方法だ。接触されるだけで体力を奪われていくのは、猛暑の中ではさぞ苦しいことだろう。気力や体力がなければ、長続きしない。あっても厳しい状況には違いない。
実際、螺木研究員も腕の立つ人物に依頼していたようだが、想像通りの結果になり、満足のいくデータは取れなかったそうだ。しかしそれはそれで立派な記録。よって今回、すぐに諦めたりへこたれたりしないイレギュラーズに矛先が向いたのだ。
ところで、とイレギュラーズのひとりが尋ねた。螺木・梯冬とは、いったい何の分野を研究している人物なのか。
するとイシコは、本人から聞いた言葉で答える。
恙なく暮らす方法について、と。
- 不快指数と満足感完了
- GM名棟方ろか
- 種別通常
- 難易度NORMAL
- 冒険終了日時2020年06月27日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談6日
- 参加費100RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●VR空間
灼熱の都──オフィス街。
肌を焼く太陽。照り返しが蒸し上げるのは、揺らめきばかり。
果たして誰が歩きたがるのかと、『砂漠の冒険者』ロゼット=テイ(p3p004150)はやっとの思いで息を吐いた。圧しかかる熱気に背を丸めても、満遍なく陽射しが射抜くものだから、ロゼットは目深に帽子を被った。
「あ゛っづいッ!」
ロゼットと同じ音を喉から溢れさせたのは『流麗花月』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)だ。
「この中で戦って、満足感に繋がるものを得よとは……!」
過酷な条件を苦々しく噛み締める汰磨羈の傍では、『こむ☆すめ』リアナル・マギサ・メーヴィン(p3p002906)がぐったりしていた。
陽をも透かす銀の狐耳がへなりと折れている。遺伝のためか夏は大の苦手だが、かといって冬が得意かと聞かれると頷けないメーヴィンにとって、極端な環境は辛い。
そして『勇者の使命』アラン・アークライト(p3p000365)も、眉間にしわを刻んでいた。
トレードマークの帽子を脱いだにも関わらず、覆いかぶさる酷暑に遠慮という文字はない。
「知ってたよ? 練達は『こういう依頼』があるっつーのは。でもよ」
コートも脱ぎ、シャツの胸元を急ぎ開放しつつ彼は叫ぶ。
「やっぱ異色すぎねぇか!? これ!」
彼の近くでは『当たり前の善意を』ローガン・ジョージ・アリス(p3p005181)が先ほどから悩んでいた。
(練達の研究者が不親切なの、今に始まったことじゃないであるけど!)
練達の人間ゆえか。あるいは不運にもたまたま偶然期せずして、そうした人物にローガンが当たっただけか。
(ぶっちゃけ慣れたである! 慣れないとしんどいである!)
胸の内で叫び、自身へ言い聞かせる。
一方、『夜明け前の風』黎明院・ゼフィラ(p3p002101)は、造られた世界を見渡す。
「相変わらず、練達のVRは大したものだね」
感心を先走らせるも、滲む汗から意識が逸らせない。
「っ……たしかにこの暑さは……キツイな」
全身から汗が噴き出す感覚は不快で、白銀の艶を燈した四肢にも熱が篭る。
むせ返る空気にくるまれたが最後、呼吸すら熱に侵され『聖少女』メルトリリス(p3p007295)の意識が眩む。そんな中でふと思い浮かんだのは、海洋での出来事だった。継いだ想いを胸に秘めた彼女を出迎えたのは、波瀾万丈な青の冒険。
しかし守れたものは彼女にとって大きく、守り通せるなら幾ら傷が増えても構わなかったけれど──同時にまだ足りないとも感じていた。だから彼女は、泣き出したまま立ち尽くす子どもみたいに足を止めて。
意を決して頬をぺちんと叩き、彼女は頭を下げた。
「本日は、宜しくお願いします!!」
張り上げた声がアスファルトを転がり、交差点中に響く。メルトリリスの律儀な姿に、熱気を纏う男女の群れから返ったのは拍手喝采。
「ブラボー!!」
「きゃー騎士様ぁ!」
届いた甲高い声の数々に、メルトリリスが頬を上気させる。
その頃にはもう、データ上の男と女たちは思い思いに動き出していた。
「あの……」
喉の奥から声を搾り出したのはアッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)だ。
彼女へ近づいたのは、踊り出しそうな足取りの女で。
「どうですガール! レッツテイクアピクチャー!」
「がーる……ぴくちゃ……」
きょとんとするアッシュをよそに、女は肩を抱こうとする。
「……そういうの、よくないと思います」
腕に捕まらないようそっと距離を取るも、女は首を傾げるばかりだ。
●酷熱の交差点
──不快だ。
メルトリリスの内で迸る情が、激しい渦を巻く。
ビルのガラスから反射した陽に貫かれ、ひくつく頬さえ痛む。なのに駆け寄ってきた男女は満面の笑みと汗を振り撒いていて。
「うおりゃぁあぁぁ!!」
だから喊声を挙げて攻撃に出る。突進したメルトリリスを押さえ込める者はなく、次々とハグを試みてくる熱い腕ごと剣で払いのけた。
振り回す刃へ目標を乗せて、彼女は駆ける。焦熱が昇る交差点を。基本に忠実な動きで。
しかし斬られても尚、男女はめげずに彼女を追う。
追いついては斬られ、また追って──繰り返される奇妙な光景を眼前に、ロゼットが踏み出す。
「ゲームをしよう」
ロゼットからのお誘いは、男女共に振り向かせた。
被っていた帽子を押し込みつつ、彼女は続ける。この帽子を取った人の勝ちだと。
「最終的に帽子を被ってた人の勝ち。シンプルだ」
流暢に説明したロゼットに、男女の輪から口笛と拍手が奏でられる。
「勝利者は敗者に一つだけ要求できる。暑苦しいことでも、何でも」
降り注ぐ歓声に、ロゼットは口角を吊り上げて。
「さあ、乗る奴はこっちにおいで」
言いながら歩を運ぶ彼女へと、情熱を体温に換えたかのような男女が数名続く。
祭りの行進を彷彿とさせる一団が動き出した、その後ろ。
「レディ良い表情してますね! 記念に収めとくべきデス!」
「もっとくっついて! 入らないわよ!」
記念撮影をしたがる長身の男女に挟まれた汰磨羈は、ぷるぷると小刻みに震えていて。
(暑い。熱い。固い。ベタベタぬるぬるするッ)
かれらの筋肉は剥き出しで、しかも艶めいている。ぎゅうぎゅう押し挟む両者へ冷徹な眼差しを向け、かれらがカメラを掲げた拍子に拘束から逃れる。そして。
「そぉぃッ!!」
片方へ仕掛けたのは掬い投げだ。相撲特有の素早さと力強さで、見事に男を鉄板のごとき道へ転がす。
華麗なる投げ技に男がひっくり返っている間、抱き着こうと飛んできた女を突き、衝突を防いだ。
「ふふん、参ったか!」
得意げに鼻を鳴らせば、込み上げてきたのは熱だけでなく、得も言われぬ充実感。
戦闘で得られる満足。その代表格といえば、言うまでもなく『勝利』そのものだ。汰磨羈の得た一本は、面差しへ誇らしさを重ねた。
一方メーヴィンは、へたれた耳を持ち上げないまま、能率を最適化していく。先ずは己を、そのあと仲間たちへ配ろうと意識を研ぎ澄ました。
しかし暑苦しい男女が、そんなメーヴィンを放っておくはずもなく。
「そんなとこ突っ立ってないで!」
「遊びましょ!」
砂煙の代わりに陽炎を背負う男女を目の当たりにし、メーヴィンの片頬が引き攣る。
後ずさる彼女は視界の片隅にアランを映して。
「よし頼んだ。こいつ頼んだ」
「あっ、おい!」
言うが早いか敵と距離をあけ始めたメーヴィンの背を見送り、托されたアランは暑苦しさの権化を前に口角を上げる。
「よし、俺とタイマンしたい奴ァ! 前に出な!」
声を張り上げただけでも、血肉に走る熱が増す。
使い慣れた大剣には観戦者になってもらい、アランはリミッターを外した。更なる高みへ臨むために。
「心血を注いで相手してやるぜ!」
駆け寄る男がいかに巨漢で汗水を垂れ流していようとも、遊びたがりであっても、アランならば掬い上げるのも容易く。
「甘いぜ、遊びたいなら本気で出直して来なッ!」
真っ逆さまに投げ落とせば、仮想現実ゆえ亀裂こそ入らないが、道路が砕けるときの凄まじい音が地を這った。
アランは流した汗を拭うとすぐさま、女とも相対する。
その間、テイクアピクチャーと連呼する女から逃げていたアッシュは。
(なんと密接な。なんと、フレンドリーな)
喉が渇いて声にならず、戸惑いの走る視線で標的を捉え、アッシュは式符を放つ。
舞い踊る毒蛇に女は一驚するも、やはり笑顔は絶やさずに。
「ファンタスティック!!」
「ふぁんたすてぃ……あの、こまります」
常に最悪の状況が頭を過ぎる少女にとって、めげない、懲りない、諦めない三拍子揃った相手は厄介だ。ただでさえ熱に苛まれた胸が、一層苦しい。
(屹度、あちらも善意なのです)
悪意の塊をよく知るアッシュにとって、気さくな姿からそれを感じないことは理解できる。
だから厳しい対応をするのも可哀想と、考えもしたのだが。
毒に悶え停まってくれれば良いのに、女は苦痛も厭わずアッシュへするりと腕を絡めた。
「何事も無理矢理は、よくありません」
少し強めに拒むも、ぎゅっと腕に絡み付くままで、続く炎暑もあって眼前が眩む。
止まない応酬の近く、ローガンは院長直伝の構えをとっていた。
(いい感じにデータを取ってやるのである……!)
孤児院の長に叩きこまれた格闘術は、たとえ激暑の真っ只中でもローガンを堂々と立たせる。
「再会のハグすっか!」
そんな彼へと、まるで旧友との再会を示すかのごとく迫る笑顔の男。
「吾輩の健康優良児っぷり。舐めていただいては困るのである」
一声かけつつローガンが仕掛けたのは、生き延びるための喧嘩殺法──腹を抉る渾身の蹴り。
ぎぇっ、と情けなさ満点に呻いて、熱い男はひっくり返った。しかし。
「酷いじゃないか……久し振りに会ったってのに……」
懲りもせず既知の素振りで脚に縋ってきた男へ、ローガンが躊躇わず蹴りを入れる。
しかし不快な相手が離れる気配は、無い。
「ぬ、おおおお! 気合で耐えるのである!!」
げしげしとローガンが男を踏んでいると、体力を絶賛消耗中の彼へゼフィラが癒しを施す。
そして一瞥した彼女の視界に、迫っていた別の男が映る。
「キミ、私が相手しよう」
穏やかに手招きし、距離を縮められるより早く後ろへ跳ぶ。
「いやしかし、あまり近づかないでほしいね」
「ええ!?」
明らかな失意が男から返った。遠くても熱気はむんと伝わり、ゼフィラの面差しも険しくなっていく。
●不快指数と満足感
ゲームの楽しいところは単純明快。馬鹿げた遊びでも、考えることが多ければ多いほど、ロゼットの好奇心を湧かせてくれる。ゆえに燦々と降る陽の下でも、敵の導線を追い、移動先を予測するのは──楽しかった。
ロゼットは男と女の間をくぐり抜け、かと思えば次の瞬間にはくるりとかれらの後背へ回る。
彼女の推測が、綺麗に行動へと繋がっていく。そこへ抜群の方向感覚と、立体的に物の位置を読める力が加われば、ロゼットは導き手になるのみだ。あとは暑苦しい男女で勝手にぶつかりあってくれる。
「影だって、簡単に掴ませてやるものか」
帽子を抑えながら柔く微笑み、ロゼットはかれらを翻弄し続けた。
ひらりひらりと彼女が舞う少し後ろ。汰磨羈は突撃してきた女へ自ら抱き着いていく。望んだ密着によって、顔から身体から熱に埋もれる。息苦しいはずだが当人は、天にも昇る心地へ浸っていた。
「んむ。楽園(パラダイス)はここにあった……」
「そう、心地好いまま眠りましょうね~」
女からの甘美な誘惑に、ぱちりと瞼を押し上げて汰磨羈は細腕を伸ばす。
瞬く間に張ったのは結界だ。秘術による力は、清々しさをも使い手へもたらして。
「この、もりっと減った体力が一気に回復する感覚よ!」
正しく戦闘中にしか味わえぬ代物──満足のかたちだった。
そんな仲間たちひとりひとりへと、メーヴィンが赤き彩りで鼓舞していて。
「ほーら赤の熱狂だぞー」
巧に言葉を飛ばしつつ、応援する仕種で加護を贈る。
直後、焼け付く大地を踏んだアランの足が、拳が、喉が唸りをあげた。
「隅々まで拳で語ってやらァ!」
しかし出すのは手ではない。得意の組技を仕掛けるべく、密着してきた敵を掴む。すかさず全力で敵を投げ、宣言に違わず確実に潰す。データで築かれただけの男は、場に残骸すら落とさず消滅していった。
そして機を逸さずローガンが狙い定めた先、間合いを縮めてくる女の姿があった。
気合いを欠片も損なわずにいるローガンに、恐れるものなどない。
「ファンブルしない限り風邪ひかないローガン君とは吾輩のこと!」
破壊力へと転換した意志で吹き飛ばせば、女の姿は忽然と戦場から消えていて。
(そう……気合と元気があれば大抵のことは乗り越えられる……)
これこそ、研究者殿が求めるデータだと彼は拳をぐっと握りしめた
その頃、一方では。
「僕と遊びませんかぁあぁ!?」
訴えながら縋ろうとする男を前に、ゼフィラは宙に跳んで大弓で牽制する。
「おっと、流石に張り付かれるのは御免こうむるよ」
派手に跳ね回る彼女を追う人影はあれど、運動の一種として矢を番え、放っては舞うゼフィラには届かない。
(暑いのは苦手だ……けれど)
身体が思いのままに動くから、今がこの上なく楽しいのだ。
同じ頃。
「ハイ笑って! ガール、スマイル!」
口の端をつつかれ、持ち上げられていたのはアッシュだ。歪な笑顔ができあがったのを見て、女が嬉しそうに笑う。
(さすがにきちんと伝えるべき、でしょうか)
ならばとアッシュは、つついてきた両手を掴み返す。
「……いい加減に、してください」
頭はのぼせているが、臆さず言い切ってアッシュは呼んだ──光蝕む深い闇を。
そしてうっかり手が滑る。うっかりと呼ぶにはあまりにも強い一撃で女を小突く。小突いてしまった。途端に女は倒れ、アッシュへサムズアップを掲げながら消滅していく。
女が消えて漸く、アッシュは我に返る。驚きも抱きつつ、いま彼女の身を巡るのは。
(そこはかとなく、胸がすく様な思いです……)
安堵のため息は、まだまだ熱い。
悩みながらの剣は鈍ってしまう。だからメルトリリスは自身の想いを激しく叩いた。
(──吹っ切れ!)
そして口走るのは雄叫びだ。怯まぬ男めがけて突き進み、やがて彼女は得物で風を斬る。
絶叫が戦場を震撼させた。交差点に描かれた印が、彼女を導き敵の在り処を示す。
「負けらんねえええ!!!」
誰に負けられないのか、言うまでもない。本当の敵は心の中に在る。
(弱い自分に今日でサヨナラすんのよ!!)
眼前で吹き飛ばした男の最期を見届けることなく、胸いっぱいに熱気を吸い込んだ。
「ありがとうございましたッ!」
メルトリリス渾身の挨拶が、ビルというビルの窓を揺らす。けれど頭のてっぺんまで昇った熱はなかなか鎮まらなかった。
そして満足へ至る過程を連ねてきた汰磨羈が、ラストを締め括るのに相応しいと考えたのは──水分補給だ。持参した皮水筒を掲げ、浴びるように水を飲む。
「くぅぅっ、堪らんッ!」
爽快感が弾ける歓呼の声は、実験終了の合図をも掻き消すぐらい朗々と響き渡った。
●所感
「シャワー! シャワー室はどこだッ!!」
冷気に浸るよりも、身体を先に洗い流したくて汰磨羈が超猛烈ダッシュで研究室から消えて行った。
瞬く間に消えた後ろ姿を見送って、アランが皆へ差し出したのはスポーツ飲料水と団扇だ。
「ほい。水分補給用」
こうして各々が一息ついたところで、実際に挑んでみてどうだったのかと梯冬が問う。
顔を付き合わせた輪の中、肩身が狭い思いをしたと零したのはアッシュだ。
「……ベースは、悪意のない人々のそれなのだろうと分かってはいたのです、が」
苦痛を覚える距離を思い出しかけて、言い難そうにアッシュが伝える。
「データを提供する、というのも頗る大変な作業であるな」
被験者の立場からローガンが呟き、手に挟んだカップを回していたロゼットもこくりと首肯した。
「蒸し器の中にいる間、故郷の風が恋しかったよ」
さらさら流れる砂と、広漠とした地に吹く強い風が頭で蘇り、ロゼットはまどろむように瞼を蕩かせる。
個人的には、と前置きをしてゼフィラが唇を揺らす。
「新しい刺激があれば、何事もそこそこ満足できると思っているのだけれどね」
機械の四肢に篭った熱を放出し、ゼフィラは口端で笑みを模る。
「身体を自由に動かせることそのものに、大きな満足感を得ているから」
以前と比べれば、今はすべてが快い環境だと話す。彼女の反応には、梯冬も神妙に顎を引いた。
「生きる上で大事な要素だね。心に留めておくよ」
既に次なる研究へ頭が飛んでいるらしき青年へ、疲れきった目つきでメーヴィンが抑揚なく連ねる。
「どうして練達の人間の思考回路はまともじゃないんですか?」
「? 僕はまともだよ」
「そっかー……」
平然と言ってのけるものだから、メーヴィンはぐったり肩を落とす。
すると、彼女の傍で黙していたゼフィラが話し始める。
「それで、参考になりそうなデータは提供できたかな?」
ゼフィラたちイレギュラーズにとって、目下のところ重要なのはそこだ。
「お蔭さまでね。様々な手法をとってくれたのもあって、おもしろいデータが採れた」
「おもしろいデータ?」
気になる単語にロゼットが呟くと、梯冬はウキウキした様相で。
「いやあ、あの暑さの中すごいな、あなたたちは」
感激したらしい物言いと緩みきった笑顔に、イレギュラーズたちは複雑そうに唇を引き結ぶ。
「戦闘データって、いただけたりしますか?」
メルトリリスからの突然の申出に、青年の目が丸まる。
しかし戦闘中の様子を客観的に見て研究したいと言い募れば、梯冬は迷わず肯った。
そのとき、飲み物を呷っていたアランが、ぷは、と満足げな息を吐いて口許を拭う。
「久しぶりに大人気なく暴れられて楽しかった」
余計な邪魔も入らず、しがらみもない戦いだった。
前向きな発言を彼がしたものだから、梯冬は嬉々として。
「なら次もお願いするよ。データ収集も検証も足りてなくて……」
「ぜっってぇやんねぇ!!」
終いには断固拒否するアランの不満足の音が、冷たい研究室に響き渡った。
成否
成功
MVP
状態異常
なし
あとがき
暑くて熱いなか、お疲れ様でした!
またご縁が繋がりましたら、よろしくお願いいたします。
GMコメント
お世話になります。棟方ろかです。
●目標
研究員の欲するデータを提供する
●情報精度
このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。
●ロケーション
戦場はVR空間。陽炎が嫌というほど見えるアスファルトと、ガラス窓が眩しいビル街。
風のない都市部を思わせる景色で、開けた交差点にて戦闘を行います。
じっとりした暑さで不快指数が異様に高く、毎ターン『乱れ』『窒息』『火炎』に陥ります。
なお、設定可能なエネミーが10体だけだったので、増援はありません。
記録可能な容量が限界の域に達したら、研究員から実験終了の合図が入ります。
●敵
・熱い男×5体
・熱い女×5体
練達の研究員が設定した敵のためか、現代っぽい服装です。
いずれも難易度相応に体力があり、汗ばんで火照った身で接触を試みてきます。
触れる、腕や肩を組む、ハグするといった接触行為そのものが攻撃手段で、ダメージを受けます。
明るく接してくる個体もいれば、ねっとり迫る個体もいます。一例としては、陽気に声をかけてきて「一緒に写真撮ろ!」とくっついてくるタイプから、「どうして無視するんですかぁぁ行かないでくださいぃ」と縋り付いてくるタイプなどなど。
なお、敵の撃破数は「研究員の欲するデータ」には入りません。
●NPC
螺木・梯冬(ラギ・タイト)という20代前半の男性研究員。
暑さが大の苦手な依頼人です。研究室の冷房で体調を崩しやすいのが、最近の悩み。
それでは、いってらっしゃいませ!
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