PandoraPartyProject

シナリオ詳細

握り拳に矜持があるのなら

完了

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●義と、捨てられない誇り
「タケル! 何をしている!?」
 突如立ち止まり、敵の方へと振り返った仲間に向けて、男が悲鳴のような声を張り上げた。
 思わず自分の足も止まる。目的地まで後もう少しというところで、車両が破壊され、自力での移動を余儀なくされた。
 敵もすぐそこまで迫っている。護衛すべき対象を抱えている以上、逃げながら、あるいは目的地へと向かいながら戦うしか無い。だからこそ、今は走り続けるしかないというのに。
「殿が必要じゃないか。誰かがあいつを、ここで止めないと」
 タケルと呼ばれた大柄な青年が答えた。その瞳には決意がこもっており、ここで残ることが何を意味するのか、理解できている顔である。
「それなら俺が残る! アイツの相手なら俺が――!!」
「適材適所さ。僕は走り続けるなんて向いてないんだ。ほら、言わせてくれないか。僕に任せて、先に行ってくれよ」
 渋る男が後ろから肩を引かれた。振り向くとそこに、目付きの鋭い女が立っている。
「走れ。問答している時間はないだろう」
「だ、だけどよぉ……」
「……男の覚悟を、無下にするのか?」
「ぐっ……タケル、絶対に生き残れよ! 約束だかンな!!」
 目付きの鋭い女に諭され、苦い顔をしながらも再び走り始める男。後には、二人だけが残された。
「ありがとう、カサンドラ。ごめんね、嫌な役回りをさせちゃって」
「貴様ほどではない――――分かっているな? あまり女を待たせるものではないぞ」
「……滾るね、それ。意地でも、生き残りたくなる」
 女が去れば、残ったのはタケルだけ。しかしそれと同時に、茂みの奥からもうひとり、胸板の厚い、プロレスラーのようなマスクを被った男が現れる。いいや、ひとりではない。部下として控える者を複数名引き連れて、だ。
「悪いね。待っててくれたのかい?」
「オレはそういうのじゃねえよ。蝶々の野郎に会いたくなかっただけさ」
 マスクマンは笑い飛ばすが、部下を先に行かせるようなことはしない。ここでタケルと相対すると、決めているようだ。
「で、アンタ誰?」
「……いいね、それも言ってみたかったんだ」
 タケルは片足を高く上げ、地に思い切り叩きつける。相撲で言うところの、四股を踏む、という動きだ。
「知らざぁ言って聞かせよう。現世再誕のだいだらぼっち。角界筆頭の大々関。金剛尊とは、僕のことさ」
「ほぉん、それで?」
「君はここで、僕が止める」
 その言葉にマスクマンは笑うと、両腕を大きく拡げて構えをとった。
「それじゃあゴングだ」
「――――八卦良い」

●義と、あるいは幾ばくかの興味
 女の子の護衛をしながら、港町まで連れて行って欲しい。
 男の持ち込んだ依頼は、端的に言うとそういうものだった。
「彼女の名前はアレクセリア・キャテディアッソ。とある理由で悪漢に追われている。これを逃がす為、港町の船に乗せたい」
 しかし、その間にも敵の襲撃が予測される。これを、アレクシアの身を守りながら掻い潜るため、力を貸してほしいというのだ。
 だが、事情を話すことはできないという。
「すまない。ローレットのことを信用していないわけじゃねえんだ。だけど、どこに奴らの耳があるかわからない。今は話せねえ。すまねえが、飲み込んで欲しい」
 事情は不明。少女のことは名前しかわからない。正式な依頼では、あるのだろうが。
「口ではなんとでも言えると思われるかもしれねえ。だけどよ、女の子が悪党に狙われてる。それが見過ごせねえんだ。頼む、力を貸してくれ!!」
 その眼は実直さを宿し、嘘をついているようには見えなかった。
 それだけで十分だ。

●義と、奔放に振る舞うならば
「クソッ、ドラゴングレートはどうした!?」
 軍人然とした格好の男が、苛立ったような声を上げた。
 どうやら、共に行動していた仲間の行方が知れぬらしい。
「知らないネ。そもそも、あいつだってオレだって、アンタの下僕じゃないんダ、好きにするサ」
「だが奴に預けていた兵隊は私の部下だ!!」
 敵の匂いを嗅ぎつけたという仲間の発言を信じ、自分の部下を数名預けたのだが、そこから音沙汰がない。人手というのが、最も安くはないのだ。万が一にも信用ならない男に使い潰されたら、それで作戦が滞ったら、考えれば考えるほど、苛立ちが積もっていく。
「これだからレスラーは遊びがすぎるというのだ。貴様らには働いてもらうからな」
 そう言って、先程返事をした片言の男とは別の仲間――こちらの苛立ちにもそしらぬ顔で走る女を見る。
 無表情の女。何を考えているのかわからないが、実力だけは確かだ。こちらをちらりと見て、興味もなさげに視線を外された。それがまた癪に障る。
 敵の目的地まで近いというのに、言うことを聞かない仲間。頭を掻き毟りたい衝動に駆られたが、既のところで思いとどまった。その報告があったからだ。
「サー、奴らを発見しました!」
「よし、直ちに攻撃を開始する!! キャテディアッソ令嬢を確保せよ! 行け、行け、行け!!」

●義と、それを立てるには何が
「行け、行け、行け!!」
 その声を聞き、『人類最古の兵器』郷田 貴道 (p3p000401)は足を止めないまま首だけで後方を確認し、目を見開いた。
「シット、ロビンソン・ウーがいる! あいつら、やっぱり殺人拳か!」
 貴道には因縁のある相手だ。過去には殺し合ったこともある。
「ウーだけじゃない。向こうにあと三人。見えているだけでも二人は殺人拳の奴らがついているんだ!」
「今のミーじゃ、ウーだけでもキツイぜ。最低でも、二人か、三人か……それじゃあ、尊は!!」
 貴道が道中で別れた関取のことを案じると、それには隣を走る目つきの鋭い女が答えた。
「今は信じろ。覚悟を決めた男に、できるのはそれだけだ」
「ガッデム……皆、走れ走れ!!」

GMコメント

皆様如何お過ごしでしょう、yakigoteです。

刺客に狙われている少女を港町まで守りながら護送し、船に乗せてください。
刺客が受けている依頼は『少女が船に乗ってしまう前に(生死問わず)奪取すること』であり、船に乗せてしまえば刺客の依頼は失敗、連動して、当依頼は成功となります。

【エネミーデータ】
■【静謐の人壊者】グレゴリー・アントーノフ
・軍人然とした男。ウォーカー。多くの部下を引き連れている。元の世界では殺法こそ真理とする殺人拳に属し、活人拳の勢力とは対立している。
・反応とクリティカルに長けており、一部の攻撃で[致命]を付与する。

■【瞬刻拳】ロビンソン・ウー
・アジア系の格闘家。ウォーカー。元の世界では殺法こそ真理とする殺人拳に属し、活人拳の勢力とは対立している。
・EXA、攻撃力、命中が非常に高い。AP値が低く、ガス欠しやすい。

■【射殺す銀光】ブリギッド・オライアン
・欧州系の少女。ウォーカー。元の世界では殺法こそ真理とする殺人拳に属し、活人拳の勢力とは対立している。
・機動力、クリティカル、回避が高い。彼女はアレクセリアを奪取しようとはするが、積極的に殺そうとはしない。

■【悪食龍】雷神ドラゴングレート
・金剛尊との戦闘に突入。以後消息不明。元の世界では殺法こそ真理とする殺人拳に属し、活人拳の勢力とは対立している。
・オープニングにのみ登場し、シナリオで敵対することはありません。

■兵隊
・グレゴリー・アントーノフの部下。彼らはこの世界でグレゴリーの部下となったため、ウォーカーではありません。
・一人ひとりの強さはさほどでもありませんが、数え切れないほどいます。
・立ち止まって応戦しても、物量差でアレクセリアを守りきれません。

【人物データ】
■【地獄蝶】鬼塚 ミノル
・依頼人。シナリオに同行する。ウォーカー。元の世界では人を活かしてこそ価値あるものとする活人拳に属し、殺人拳の勢力とは対立している。
・HPと防御技術が高いが、回避は非常に低い。

■【ミス・オリンピア】カサンドラ・ガヴラス
・目つきの鋭い女性。シナリオに同行する。ウォーカー。元の世界では人を活かしてこそ価値あるものとする活人拳に属し、殺人拳の勢力とは対立している。
・物理攻撃力、命中が高い。

■【だいだらぼっち】金剛 尊
・殿として敵の一部を食い止めた青年。以後消息不明。元の世界では人を活かしてこそ価値あるものとする活人拳に属し、殺人拳の勢力とは対立している。
・オープニングにのみ登場し、シナリオで同行することはありません。

■アレクセリア・キャテディアッソ
・護衛対象。彼女を港町で予定している船に乗せることができれば依頼成功です。
・戦闘能力はありません。身体能力は一般的な十代前半の少女にやや劣ります。
・敵からは最優先で狙われます。

【シチュエーションデータ】
■生い茂った森の中
・見通しが良いとは言えない森の中。
・ミノルかカサンドラが同行する限り、目的地まで迷うことはありません。
・車両を破壊されており、その他移動手段として使用できるアイテムは本シナリオにおいて無効となります。
・オープニングの最後の節にあるように、殺人拳一派に発見され、走り逃げるところからシナリオはスタートします。
・昼間。
・森の入り組んだ状態もあり、それぞれの走る速度は機動力に依存せず大体一定であるものとします。戦闘時のこまやかな移動に対し機動力判定を適用します。
・空は厳しく監視されているため、陸路での移動に限定しましょう。

  • 握り拳に矜持があるのなら完了
  • GM名yakigote
  • 種別EX
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年06月29日 23時00分
  • 参加人数10/10人
  • 相談7日
  • 参加費150RC

参加者 : 10 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(10人)

ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)
Lumière Stellaire
郷田 貴道(p3p000401)
竜拳
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
ジル・チタニイット(p3p000943)
薬の魔女の後継者
ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)
願いの星
ゴリョウ・クートン(p3p002081)
黒豚系オーク
シラス(p3p004421)
超える者
日車・迅(p3p007500)
疾風迅狼
ゼファー(p3p007625)
祝福の風
鬼怒川・辰巳(p3p008308)
ギャンブル禁止!

リプレイ

●義と、或いは互いをそう呼ぶだけの
 武に出会ったきっかけなんてのは、確かに各々で違うんだろうさ。喧嘩に勝ちたい、誰かに憧れた、もしくは、単に稼げる技術が欲しかった、とかな。何だっていい。ルーツなんざ、武術家には大したことじゃない。問題は、どうして今も鍛え続けているのかってことだ。喧嘩には勝ったか? 憧れた誰かのようになれたか? 稼ぐスキルにはなったかよ? 良かったな。祝福するよ。なんでまだ強くなりたいんだ?

 舗装されていない道というのは、けして走りやすいものではない。
 如何に枝を払おうとも限度があり、如何に注意しようとも見えない石が靴を引っ掛ける。
 だが進みづらさに文句を言うものは居ない。表道を使えば、敵に見つかるのは必定で、それは命をも張ってくれた仲間の顔に泥を塗る事になる。
 今はただ、見つかるなと願いながら前に進むしかなかった。
「殺法家どもが、相手ぐらい選びやがれ」
『人類最古の兵器』郷田 貴道(p3p000401)は漏れ出たように小さく呟いた。
「戦えねぇガキを殺ろうなんざ、プライドが欠けてやがる」
 そういうところが気に食わない。手のひらに拳を打ち付けて、闘争の意志を示す。
 年端もいかない少女を殺人の対象とすることに躊躇しない。それは貴道にとって、人の道を外れた行いだ。
「俺は正義の味方じゃねえが、邪魔させてもらうぜ。強い者と渡り合うための『技』だろう、違うかい?」
 その姿を、『医術士』ココロ=Bliss=Solitude(p3p000323)は少し後ろから見ていた。彼の放った小さな呟きと、その仕草だけでも、心根の優しさが伝わってくる。
「わたしは、強くてたくましい、年上の男性に憧れます」
 それは果たして聞こえるようなものであったのか。
「あなたの大きな背中、頼りになります! 郷田さん、がんばって!」
 だがその激励に対し、貴道は背中を向けながら親指を立てて返してみせた。
「俺のやっとうは基本的には生きて逃げる為の物でね。腕の良し悪しは関係無いと思っているが―――」
『精霊の旅人』伏見 行人(p3p000858)は、懸命に走る少女の方を、視線だけで一瞥する。どう見ても、戦いに向いた容姿ではない。
 この世界、見た目で判断することは危ういが、彼女からは戦いの場に身を置くもの独特の匂いがまるで感じられない。
 それでも、弱音も吐かずについてくる。
「―――どれ、やってみようか」
「何が何でもアレクセリアさんを無事に逃がすっすよ」
『薬の魔女の後継者』ジル・チタニイット(p3p000943)は息を巻いている。
 相手は殺しを是とする殺法家集団であると聞いた。なんとも恐ろしい話だが、それらが寄ってたかって小さな女の子を手に掛けようというのだ。放っておけるほど、薄情にはなれなかった。
「僕だって一応多分それなりにだけど場数は踏んでるっすから、尻込みしないっす!」
 ぎゅっと、胸の前で拳を握りしめる。
「詳しい事情は分からないけれど手を貸しましょう」
 他の仲間も、『祈りの先』ヴァレーリヤ=ダニーロヴナ=マヤコフスカヤ(p3p001837)も、アレクセリアという少女が何者なのか、どうして追われるのかを聞いていない。
 依頼人は貴道と知己であるようだったが、この少女とはどうやら初見であるらしい。
 しかし、事情などどうでも良い。少なくとも、少女の目は澄んでいた。
「司祭ですもの、救いを求める方を見捨てたりは致しませんわ」
『黒豚系オーク』ゴリョウ・クートン(p3p002081)はほんの一瞬だけ、ちらりと後ろを振り返ったが、そのまままた視線を前に向けた。
 途中、殿を務めたあの大柄な男。名前をタケルと言ったか。彼の命の保証は、全く無い。戦場で敵部隊に囲まれるのだ。
 後援はなく、救助もない。しかしこうと男が覚悟を決めたのだ。尊重する以外の選択肢は存在しなかった。
「金剛の兄さんたぁじっくりちゃんこ鍋でもつつきながら話の一つもしたかったが、こういう状況じゃあ仕方ねぇな!」
「何も明かせないけれど守ってくれ、か。よくぞ馬鹿正直に言えたもんだぜ」
『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)の声音に、その行動を馬鹿にしたような色は含まれていない。だまくらかしたりはせず、誤魔化すようなこともせず、実直に助けを求めてきたのだから、それだけで話を聞くには八分。
「まあ、信じるさ。貴道が、仲間が信じるならな」
 それを加えて十全。ならば拳を握らぬ理由はもう、どこにもなかった。
「……世にはまだまだ素敵な猛者が沢山いらっしゃいますね。精進し甲斐があります!!」
『何事も一歩から』日車・迅(p3p007500)は強者の存在に感じ入っていた。
「しかし今はとにかく逃げの一手! か弱いアレクセリア嬢を彼らの手に掛けさせるわけにはいきません!」
 そう、これは守るための戦いであり、打ち勝つ必要はない。
「追いつかれれば未熟な牙ではありますが、精一杯食らいついて足を止めさせてみせましょう!!」
「ガタイは良くて人相の悪い野郎共が、こうも寄ってたかって一人の女の子を……ねえ? さぁて。どんな事情があるのやら」
 想像はいくらでもできる。親の遺産、その見た目に惹かれて、等、考えられる理由には暇がない。
 無論、手を貸した彼らが悪党という可能性も……ゼファー(p3p007625)は首を振り、その可能性を頭からかき消した。信用するということは、とっくに決めたことなのだから。
「屹度ロクでもないことなんでしょうけど!」
「うわ、強い奴いっぱい。いいじゃん、俺も混ぜろよ」
『ギャンブル禁止!』鬼怒川・辰巳(p3p008308)は牙を剥くかのように唇の片端を釣り上げた。
 追いかけてきているのは、どいつもこいつも殺人拳なんてものの使い手らしい。大層な名前だ。人をぶち殺すことを一党の名前にしているなど、好戦的にも程がある。
「いいぜ――やってみろよ」
 指先に力が入り、熱が通ったような気がした。
 顔近くにあった枝を払い、幹を避けるために脚を大きく上げる、その時だ。

●義と、振り下ろす場所を亡くしただけの
 次は誰を殴る。次は誰に勝つ。鍛えるってことは、そんなことの繰り返しだ。身体を強くしたいなら、武である必要はない。心を強くしたいなら、人を殴るのはお門違いだ。要するに、強くなりたいから強くなりたい。武に生涯を捧げるってのはそういうことなんだ。闘争を生業にすると決めるってのは、そういうことなんだ。

「行け、行け、行け!!」
 仲間の誰でもない声が聞こえた。
 振り返るまでもない。敵以外にあのような言葉を発するものか。
「少女を逃がすな! 他は捨て置いても良い!!」
 真っ先に目標の少女を狙う。こんな、幼い女の子をだ。
 他人の道をとやかく語るつもりはないが、それでも外道と感じずにはいられなかった。

●義と、迷い続けることを選んだだけの
 つまるところ、俺達は人を殴るのが上手くなりたいんだ。人を殴る。強く殴る。じゃあ死ぬ。そりゃ当然のことだ。暴力をふるわれたら、死ぬもんだ。生かすとか殺すとかじゃない。死ぬんだ。そりゃそうだろ。強いってことは、上手く殴れるってことで。上手く殴れるってことは、効率よく殺せるってことだ。強いってそうじゃねえのかよ。

「だー! なんでこんなにわらわらいるっすか!?」
 圧倒的な多勢に無勢。ジルとて、人数さを数えるのが馬鹿らしくなるほど次から次にあふれてくる敵、敵、敵。
 ひとりひとりはまるで大したことがない。治癒術式を得手とするジルであっても、個別に相対すれば問題なく圧倒できるだろう。ローレットの人員に、活人拳の達人まで含めれば、普段なら物の数ではない。
 しかしその『物の数』を補って余りあるだけの物量と、寄せ集めには不可能な統率性がジル達が足を止められぬ要因となっていた。
 本当に、多すぎるのだ。これではいくら両手を伸ばしても、この場に引き止めておけるのは全体の内の極わずか。今は敵の攻撃を防ぎながら、散らすように術式を放ちながら、目的地まで走り続けるしか無い。
 編み上げていた術式を解放する。薄暗い森の中を眩いほどの光が走り、敵集団の中に着弾する。
 狙いを付ける必要はない。これだけいるのだ。どこに撃ったってまず当たる。
 ジルの放った閃光により、何人かが倒れたのだろう。光が消え、土埃が晴れると、陣形に隙間が見えた。しかしその穴も、後続の兵隊が埋めてしまう。見た目だけは、すっかり元通り。
「あー、もう、再生怪人みたいっす! 多すぎるっすよー!!」
 追いつかれれば防ぎきれない。自分の命を守るだけならどうとでもなるが、一緒に走っている少女を、アレクセリアを守り切ることは不可能だ。
 次の術式を編む。今度は攻撃のためのものではなく、仲間の傷を癒やすためのものだ。大きすぎる物量差。真っ向から消耗し合えば、結果は見えているのだから。
 と。
 少しだけ、違和感。
 敵が少ない。明確に数えることなどできない為、雑感であるが、減っているように感じる。
 違う。減ったのは数ではない。数であればすぐに分かる。減ったのは威圧感。プレッシャーだ。戦いを潜り抜けてきたからこそわかる、兵隊の影から放たれてきた、強者独特の―――。
「いけない、回り込んでるっす!!!」

「……っと。厄介そうな女が来たわ」
 ジルの声が届いたのか、それとも気配を感じ取ったのか。(おそらくは両方だ。)ゼファーは視線を真後ろではなく、やや右斜め前方に向ける。
 そちらから、隠そうともしない殺気を受け取ったのだ。
 その刹那。
 薄暗い森の中で響く金属音。物陰から付きこまれた細剣を、槍の穂先で受け流したのだ。偶然である。そう自分で言いきれる。
 殺気の発出から攻撃への転換まで、舌を巻くほどスムーズだった。流した筈なのに、相手はフェンシングに使うような細剣だというのに、槍を持つ手が痺れているのを感じている。
 口の端が釣り上がるのを止められない。咄嗟に槍を出しそびれていたら、今の一刺しでアレクセリアの命は終わっていた。
 だがおかげで、このフェンシング女に一番近いのは自分ということになる。
「一寸行ってくるわねぇ」
 見え見えの、しかし懇親を込めた大上段からの一振りをぶちかます。
 避けられるのはわかっていたが、おかげで脚を止めてくれた。それだけでも大金星。
「鍛えた技を戦えもしない子を相手に振るうワケ? 中々のワルねえ。貴女」
 聞いていた通りなら、この女がブリギッドだろう。見た目も、技の特徴も一致する。
 ゼファーの言葉に、ブリギッドは不快げに片眉を釣り上げた。
「外道とひとくくりにしないで頂きたいものですわ。こちらにも、事情がありましてよ」
 内心でほくそ笑む。会話の押収に乗ってこい。手を止めてくれれば最上。気を紛れてくれれば上々だ。正面から殺し合うだけが護衛じゃない。
「ふぅん。貴女はあの子を殺したいってワケじゃなさそうね? それってお情け? それとも強者の余裕ってヤツかしら」
「―――どうとでも。敵と楽しくお喋りする趣味はありませんわ」
 目で追うのがやっとの一突き。しかし今度は流そうとはせず、大きく後方に飛んでまた間合いを拡げてみせた。
「……どういうおつもりですの?」
「あら、いいじゃない。折角の出会いですもの。仲良くやりましょ?」

 ぎぃん、と。
 その一打に割って入り、刀の腹で受け止めた行人は、その音と衝撃に目を剥いた。
「拳を受け止めた音じゃないな……」
 その目で見ていてさえ、鉄の塊を弾いたかと錯覚する。それほどの威力。それほどの練技。
 本当に素手かと疑いたくなる。しかし目前のこの男、ロビンソン・ウーならば、話に聞いていたとおりであるならば、やってのけるだろう。
「まともに受けていたら、こっちが砕けるな……なに、やりようはあるだろう」
 剣先を相手に向けるように頭の横に構える。所謂、上段霞の構えというやつだ。相手の攻撃ポイントを絞ることで、一手の読み合いを容易にする。
 それと。
「その練度、殺人拳に属する方と見受けるが、如何に」
 行人の口ぶりは、まるで果し合いに挑む剣術家のよう。その様子に、ロビンソンは不可解とばかりに表情を変えた。
「俺は伏見。旅人をしていてね。此度は縁によりこっちだ。一手馳走させて貰えないかな?」
「……なるほド。そういうことカ」
 こちらの意図は読まれている。自分に引きつけ、ここで足止めをしたいのだと。一度の打ち合いで理解できていた。この男は危険だ。目を離しては、ここを通してしまっては驚異にしかならない。
 膨れ上がる殺気。本能は逃げろと叫んでいる。五月蝿い。ここで切らずして、いつ見栄を切るというのだ。
 柄を握る手に力がこもる。木々の間からほんの僅かに漏れ出た光が、刀身に反射した。
「伏見行人。流派は強いて言うのならば、慧眼。巻藁よりは、やりがいがあるぜ?」
「カタナに名乗リ。サムライが好きそうなやり方ダ。だが生憎ト、俺の出身は海の向こうの新大陸。字を名乗り合うよリ、合理的なんダ」
 瞬間、ロビンソンの姿が掻き消える。咄嗟に片足を引いて、構えを反転、今一度、重い拳を受け止めることに成功する。
「どけヨ。命まで取っちまうゾ」
 巨大な虎に睨まれたような殺気。しかし行人は怯むことなく、正面から睨め返した。
「やってみろよ、劈いてやる」

 この森の一部では茂みがより一層深くなり、大人の頭あたりまで草が伸びている地帯がある。
 そこに差し掛かれば、視界は悪くなり、敵味方の判別も難しい。
 しかしシラスは、わざと足並みを遅らせると、草の流れに目をやる。風による動きと、人為的な揺れ。その間隙。一呼吸―――。
「ここだろ?」
 拳を突き出した。
「ぐおっ……何ィ!?」
 驚愕の声が上がる。拳の勢いを草が避け、その奥に隠れていた人物が顕になった。
 現代的な軍属風の男。殺人拳のひとり、グレゴリー・アントーノフである。
「そうくると思ったぜ」
 視界が悪くなるこの場所では、当然、背丈も伸び切っていないアレクセリアの姿も見失いやすい。一気に仕掛けて乱戦を望めば、その姿を見失うこともあるだろう。
 だから、ここで影に紛れてくる。
 そう読んだシラスの攻撃は、油断していたグレゴリーの脇腹に突き刺さったのだ。
「ふん、貴様ひと―――このっ」
「甘えよ」
 罠を破られてもなお、余裕を持って口舌垂れる。つまるところ、グレゴリーは潜伏を破った相手であるシラスを未だ、下に見ているのだろう。
 戦闘力において言えば、その判断は間違えていない。単独で退治して打倒しうる相手ではないと、シラス自身も理解している。
 だから、油断が生まれる。だから、つけ込む隙がある。裏の裏をかかれておいてなお、精神が敵対のそれに達していない。
 悠然と語り始めたグレゴリーに、シラスの放つ光弾が突き刺さる。組み立てに時間のかかる術式だが、敵はご丁寧にも殴られた後で待っていてくれたのだ。ぶち込んでやらない手はなかった。
 これで意識を自分に集中させる。怒って周りが見えなくなってくれるなら大歓迎だ。
 青筋を立てているグレゴリー。大きなダメージを与えた様子はない。わかっている。倒せるくらいに強くなるのは、今じゃなくていい。
「抜けるもんなら抜いてみな」
「き、き、貴様ひとり、私を止められるとでも―――」
 ほら、そんなこと言ってるから。
「ひとり? そんなわけねえだろ」

「オラ、避けてみろよ軍人マン!」
 草むらから飛び出した人影が、空中で縦に回転し、踵をグレゴリーの上段から浴びせようとする、が。
「馬鹿め、奇襲ならば声を抑えることを覚えるんだな!!」
 グレゴリーの反応は速い。強襲する踵蹴をいなすと、そのままその人影―――辰巳の顔に直拳を見舞っていた。
 辰巳の顔が、ほくそ笑んだいたのをに気づかぬまま。
「―――ばーか」
 殴られる勢い。頬骨の先が砕ける音を感じながらも、辰巳はその勢いに乗る様に体をひねる。踵蹴とは全く別方向の横回転。勢いを殺さぬまま放つ蹴撃は、グレゴリーの顔を今度こそ捕らえていた。
「ぐぉおっ……カウンター使いか!!」
 一撃で辰巳の頬骨を折り、飛び出してきたよりも後方に押し返すほどの拳打。だがそれ故に、その力を利用された大小も大きい。辰巳の攻撃は、グレゴリー自身の膂力によって生み出されたのだから。
 口の端を切ったのか、一筋の血を流すグレゴリー。苛立った様子も隠さず、ふぅふぅと荒い息を吐いている。
「だがこれで……ちぃっ」
 仕留めた。拳を放ったグレゴリーの感触としてはそうだったのだろう。しかし現実として、多少脚をふらつかせながらも、辰巳は立ち上がろうとしている。
「死にぞこないが―――がァッ!!?」
 辰巳に近寄り、今度こそ仕留めるべくと手刀を打ち下ろしたが、またグレゴリー自身の力を利用した辰巳のカウンターが決まる。
「二度と同じ手を受ける達人かよ。疲れてんじゃねえのォ?」
 それでも、受けているダメージは辰巳の方が大きい。それでも彼は立ち上がる。傷を負い、ダメージを受け、血を流しながら、それでも立ち上がってくる。
「ほら、殺ってみろよ『殺人拳』」
 グレゴリーは今度こそ激高する。それでも辰巳は立ち上がる。平素であれば、到底太刀打ちなどできまい。しかし作戦を崩され、その上で見舞われたカウンターが、グレゴリーの冷静さを完全に失わせていた。
「なあ、どうよ。俺達、勝っちまうんじゃねえの?」

 ヒリつくような緊張感が、ココロの肌をずっと逆撫でている。
 格上と戦うこと自体が珍しいわけではない。ローレットでの仕事において、個人で打倒し得る相手が目標であることはむしろ稀だと言える。そのために、チームを組んで行動するのだから。
 だが、敵が積極的に狙うのは自分たちではなく、特定個人であり、その個人の自衛手段が皆無に等しいというのは、ココロの中でも気の抜けない状況が続いていた。
 周囲への警戒を常に怠らない。こちらは少数である。個人の離脱が保有戦力への影響として、その割合が大きいのだ。可能な限り、全員が動ける状況を保持しなければならなかった。
 今も治癒術式を編み込みながら、誰の怪我が重く、どの状況が不利であり、次は何をすべきかを巡らせながら、周囲のへの警戒も怠っていない。この生い茂る森の中、草の揺れる音、枝の折れる音まで含めて足音を聞き分け、全員の所在を大まかに脳で処理し続けている。
 走り続けるという運動の連続性、極度の緊張感、多重処理・演算を行い続ける脳、緩急をつけることも許されず、それらの負担は疲労としてココロの存在に重くのしかかっていく。
 磨り減っていくのを感じている。それが体力なのか、精神なのか、はたまた別の、存在としての奥深くにある何かなのかはわからないが、確実に摩耗していっている。
 既に滴り落ちる汗すらもココロは感じていないが、それ程の疲労と集中のさなかにあるが、ため息ひとつ吐きはしない。
 治癒術者は倒れてはならない。ココロは歯を食いしばることもしない。その体力が無駄であるだけだ。誰ひとり見捨てず、倒れた仲間がいれば自分が背負いすらしよう。医者とはかくあるべきと、自分で決めたのだから。
 異質な足音、仲間ではない。音の粗雑さから敵兵隊と判断し、スウゥと息を吸い込んでいく。
「活人拳、覚悟!!」
 そう言って飛び出してきた相手に、ココロは蹴りを繰り出していた。
「回復役だから近づけば無力? 甘い! 喰らえ、活人拳奥義『斬海脚』!」
 まあ、技名は思いつきだが。

「ひとつ!」
 味方の壁も潜り抜け、アレクセリアに向けて駆けてきたブリギッド。その凶刃を恐れず、急所に向けて放った迅の攻撃はしかし空を切る。
「ふたつ!」
 ブリギッドは体勢を低くし、振り抜かれた腕の下を走り抜けようとするが、迅のそれはもとより連技、初段で仕留められぬことは想定の上である。
 地面に顔が触れるほど低くしたその姿勢。ならばこそ空いた頭頂に向け、倒れ込むように肘を振り下ろす。
 それも躱された。慣性を感じさせぬ突然の停止。極端な前傾姿勢であったのに、前へ進むベクトルなどなかったかのように、その場で上体を起こしていくブリギッド。
 下に向けた攻撃のため、倒れる動きをしていた迅の体勢は崩れている。既に直立まで身体を戻し、再び走り始めようとするブリギッドの身体能力に、迅は驚くと同時、歓喜すら湧き上がる内心を感じていた。
 ここまでスムーズに静動の切り替えが可能なのか。自分が磨くべき牙の極地はなんと遠く、先の長いことであるのか。
 それはまだまだ強くなれるという実感だ。個人として、今は及ばない。それで良い。しかし、ここを通してやる理由にも、このまま地に顔をつける道理にもなりはしない。
「最後!!」
 地面に両手をついて脚を振り上げる。自分の事を放り、アレクセリアにまた目標を定め直したブリギッドにとって、このもう一打は流石に意外だったのだろう。
 目を見開き、初めて視線が迅と合った気がした。
 人中を狙ったつま先。タイミングは完璧。意表もついた。それでもなお、上体を反らせたブリギッドの頬を掠めたに過ぎない。つま先に削られた白い肌から、一筋、赤いものが宙を舞う、だけ。
「良い拳士ですが、今一歩ですわね。それでは御機嫌よう―――」
「おまけェ!!」
 爪を立てるように地を握り、思い切り自分を回転させる。勢いのまま脚を大地に、加速を利用した踏み込み、それに合わせ、体勢を崩したブリギッドに両腕を揃えて突き出した。
 今度こそ、一撃が彼女に刺さる。
「追いかけっこは得意です。この先へ進みたければ、僕達を倒すしかありませんよ!」

「見ィえてきたぁッ!!」
 森を抜ければ、港町の姿はすぐそこだった。律儀に関門を抜けている暇はない。幸いと、街道を通らなかったために、こちらは壁側だ。
「こっちだ、急げ!」
 ミノルの指し示す方向へ、アレクセリアを背に抱えたゴリョウが走る。事前に街への抜け穴を見つけていたらしい。いいや、街とてそこまで無警戒ではないだろう。活人拳である彼ら、その協力者がこの街にもきっといるのだ。
「お嬢ちゃん、もうちょっと我慢してくれよ。鎧は固くて痛ぇだろうけどなァ!!」
 背後で感じる様子から、彼女が頷いたのだとわかる。身体は弱いが、心は強い娘だ。この道中、彼女が弱音を吐いたり、涙を浮かべているところ見たことがない。
 穴を潜って街の中へ。幸いと、街の警邏には見つからなかった。港に向けて走る走る。その間も、敵の攻撃が止むことはない。
「こいつら、街中でもお構いなしかよ!」
 だが、目的地も近づいて、彼らも焦っているのだろう。攻撃はゴリョウに集中する。正確にはその背中に居るアレクセリアにだ。
 背後からの蹴撃。ゴリョウは身体を反転させると自身の正面を持ってその攻撃を受け止めた。兵隊程度の攻撃で倒れはしない。数が多くて骨に響くが、苦悶のひとつも見せてはやらん。
「この豚から簡単に奪えるとでも思ったかい? そいつぁ考えが甘すぎるってもんだなぁッ!」
 追いついた数人を一蹴し、アレクセリアを降ろしてやる。
 その場にしゃがみ、彼女と目線を合わせた。
「豚さんは、ここでもうちょっとお仕事だ。あともうちょっとだぜ。走れるかい?」
 強く頷くアレクセリア。ミノルに手を引かれ、街の奥へと走っていく。
 ゴリョウは立ち上がると、後ろを向いて、駆けてくる敵共一望する。一望、だ。それくらい、数は多い。本当に、嫌になるほど。
 両手のひらを強く打ち合わせ、大きく左右に広げて構える。
「こんな感じか? あとなんだっけ、残った? まあ不作法は許してくれよ。それじゃあほら、ここォ抜けてみろよ!!」

「郷田ァ! そこをどけェ!!」
 他の兵士よりも、何よりも、貴道はロビンソンとの対峙を選択した。
 わかっているのだ。この男一人が、無数にも思える兵隊共よりも脅威であることが。この男一人を行かせることが、アレクセリアの生命をどれほど危険に追いやることになるのかが。
 構えは両腕を顔の前へ。ベタ足でステップは踏まず、しかしリズムだけは刻むように、ゆっくりと全身を縦に揺らしている。
「今度は消し飛ぶ依頼人も居ねえぞ、ウー!」
 この男とは、向こうの世界でも決着をつけず終いのままである。以前と違うのは、今ロビンソンのターゲットとなっているのは自分ではないということだ。
「今のオマエがオレに勝てるわけがナイ! 命まで取っちまうゾ!!」
 森を抜け、港町に入り、ロビンソンも焦っているのだろう。既に騒ぎは大きくなっており、このままでは警邏が仲間を連れてやってくるだろう。そうなれば、アレクセリアを殺害することも困難だ。
 向こうの世界での力の拮抗は、こちらでは適用されない。それは貴道も理解している。個人でロビンソンを打倒することなど不可能だ。だがこれは突破する戦いではない。守り抜く戦いだ。人を活かすためのならば、やりようも心得ていた。
「やってみろよウー。アンタはここでミーが……俺が止めてみせる」
「ああそうかヨ。じゃあここで死ネ」
 瞬間、貴道の目にはロビンソンの姿が消えたように見えた。
 狼狽えず、両腕を重ねて眼球、喉、心臓をガードする。腕に衝撃。肉が裂け、骨が軋むものの、人体急所へのダメージはない。戦闘は続行、そして次は貴道の手番だ。
 肩と腰、膝の回転。肘までを利用した捻り込むストレート。真っ直ぐに振り抜かれたその一撃は、拳の距離を超えてロビンソンに突き刺さる。
「クソ、あくまで足止めカ……!」
 その一撃を受け、全身の痺れを感じたのだろう。貴道の意図を理解したロビンソンはその場で舌を打つ。
「いつまでも保つと思ってんじゃねえゾ、郷田ァ!」
「いつまでだってやってやるさ。これが活人拳だ」

 ヴァレーリヤは転びかけたアレクセリアの手を取ると、立ち止まらぬようにその細い体を引き寄せた。
 支えながら走り、落ち着いてきたらまた、自分で走らせる。
 躓いたわけではない。舗装させれた一般道だ。足を取られるような石やゴミも見当たらなかった。
 単純に、疲労である。自分たちでさえ、極度の緊張感の中で心身双方の摩耗を感じているのだ。それを戦いに身を置かぬこの少女が共有している。意識を保っていることすら奇跡かもしれない。
 近づいてきた敵兵の顔にメイスを当て、そのまま振り抜いてやる。もう何度目だか、数えることはとっくにやめていた。
 ちらりと後方を見やる。数は、減っているのではなかろうか。嫌になるほど多い、というのは変わらないが、無数に思えるほど、ではない。
 しかしこのままでは追いつかれるだろう。自分で走ってもらうにせよ、その重量を抱えて走るにせよ、誰かひとりが―――思い立てば、足を止めようか。
「何してんだ!?」
「……ここは私に任せて頂戴。大丈夫、すぐに追いつきますわ!」
 大丈夫なはずがない。これだけの人数を相手にするのだ。だが叫んだミノルもわかっている。誰かがここで、犠牲にならなければ全てが終わるのだ。
「ぐっ……必ず来いよ!!」
 そう言って、ミノルはアレクセリアを抱えると走り去っていく。
 それで良い。さあ、大きな花火でもあげてやろうかと、得物を肩に担ぎ直したところで、ヴァレーリヤは横に立つ彼女に気がついた。
「……貴女も行っていいんですのよ?」
「なに、どうせなら、もうひとり居たほうが華々しいかと思ってな」
 カサンドラが首を鳴らす。ここが正念場だと、彼女も踏んだのだろう。事実、振り返ればミノルが走り行く向こうに船の姿が見え始めている。
 すぅ、と。大きく息を吸い込んだ。船が僅かに膨らみ、それを一気に吐き出してやる。大音声と共に。
「先に進みたければ私を踏み越えて行きなさい! まさか、私一人倒せない腰抜け揃いだなんて事はないでしょう?」

●義と、問には心が答えるだけの
 わかんねえな。お前らの言うことは、これっぽっちもわかんねえよ。

 ぼぉう、と。ほら貝でも吹いたような音がして、そっちを見れば、船が港から遠ざかっていくのが見えた。
 貴道はそこで、勝利を確信する。笛の音は合図だ。アレクセリアが無事、船に乗り込めたことを表している。
 だから、この戦いは勝利だ。彼らは幼い少女を悪漢から守りきり、その生命を救ったのだ。だから。
「ほ、ら……どうした? トドメでも、さすかい?」
 貴道は顔を腫らし、地面に倒れている。腕は膨れて紫に腫れ、指は何本かがおかしな方向へ折れ曲がっていた。
 もう抵抗する力は残っていない。だが貴道は満足げに、してやったりとばかりににやりと笑い、対照的に、ロビンソンは苛立ちに拳を震わせていた。
「が、ク……郷田ァ!!」
 自分の、自分たちの失敗を、ロビンソンは悟っていた。もう遅い。船が出てはもう遅い。その境界線を超えてしまったら、彼らの仕事は遂行できないのだから。
「ク、ソ……ガァッ!!」
 倒れた貴道を前に拳を振り上げたロビンソンであったが、その一撃は貴道にではなく、ロビンソン自身の顔にあてられた。
 がつんと鈍い音が響く。ツゥと鼻血が垂れる。その頃には、ロビンソンの顔には冷静さが取り戻されていた。
「……殺していかないのかい?」
「仕事じゃねえからナ。趣味で殺る程、イカレちゃいねえヨ」
 そうだった、と貴道は思い出す。あの時も、ターゲットでなくなった瞬間、ロビンソンは貴道を追うことをやめたのだ。
 舌打ちをひとつして、ロビンソンは踵を返す。走り去る前に、一言だけ漏らしていた。
「次合うマデ、死ぬなヨ。つまらないからナ」
 誰かが駆け寄ってくる音がする。それは仲間か、街の警邏によるものか。
 確かめようにも、意識を繋ぎ止めることすら果てていて、貴道はそのまま意識を失っていた。

 了。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

矜持は貫き通せたろうか。

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