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シナリオ詳細

君懸草の花嫁たち

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●ローブ・デ・ミュゲ
 純白のドレスに身を包んだ四人の娘が、木々の合間を歩いていく。弾む朗笑に合わせて揺れるのは、鈴蘭を模したドレスだ。壷を思わせる小花が咲えば咲う分だけ、彼女たちは同じ色が咲き誇る地へ近づいていく。森を抜け、緩い傾斜も楽しげに駆け上がれば、目の前に広がるのは見渡す限りの鈴蘭の野。
 そこでは咲き誇った白たちが、風音と共に歌い出す。娘たちを招き入れるさやさやとした歌声も香りも、彼女たちにとってどこか懐かしく、やさしい。
 鈴なりに並び、娘たちは身の来し方を顧みる。
 幼い頃は、この鈴蘭畑ですら広大に感じていた。当時は此処と村が少女たちにとっての「世界」だったが、今は違う──世界とはもっと広く、未知の体験が待っているものなのだと知っている。
「鈴蘭の君、鈴蘭の君」
 姿なき主を呼びながら、娘たちは白花の中へふわりと座り込む。
 折り畳んだ指先まで願いが募る。皆一様に俯き、瞼を落として。
「どうか私のために祈ってください」
「世の広さに恐るるなかれと」
「自分を見失うことなかれと」
 踏み出す姿を見届けてもらうため、懐かしい香を身に染み渡らせつつ彼女たちは祈りを捧げる。
 そのときだ。鈴蘭の野に潜む魔が、のそりと頭をもたげたのは。
 明らかな意思を持ってかれらは迫りくる。群生する鈴蘭と同じかたちだが、異常な巨大さと動きは、彼女たちを怯えさせるのに充分なもので。
 腰を抜かした少女がひとり、あっという間に花弁へと飲み込まれてしまう。
 咄嗟に彼女の足を掴んで助けようとした少女がひとり、別の鈴蘭の葉に纏わりつかれる。
 立ち上がったふたりの少女は、反射的に走り出す。けれど邪花から放たれた突風が、無情にも片割れの足元を掬う。転んだ友が逃げてと叫ぶ。行ってと訴える。まもなく悲鳴へと変わるその呼びかけを背に、最後の娘は全速力で村へと戻っていく。
 そこかしこでざわめく葉が、雨露を弾きだした。まるで花嫁たちを哀れむかのように。

●情報屋
「おしごと」
 地図を広げたイシコ=ロボウ(p3n000130)は、幻想のとある場所を指差した。
「この村の裏手、森を抜けた先に鈴蘭の群生地がある。そこにモンスターが出た」
 鈴蘭の姿にそっくりな魔物だが、決して可愛らしいものではない。
 背が丸まっているため分かりにくいものの、体長は優に二メートルを超える。茎は細身だが硬く、幅のある葉も、頭と思しき花も巨大だ。
「ひとりだけ、逃げ切ることのできた人がいる。その人の話を伝える」
 村では古くからの慣習となっている行事がある。旅立つ少年少女の無事を祈り、見送る儀式だ。
 女性を鈴蘭の花嫁に、男性を鈴蘭の花婿に見立てて、男女で時間をずらして執り行うものだが。
「モンスターが出現したのは、花嫁の儀式の最中。三人の女の子がまだそこにいる」
 取り残された三人の無事を確かめるすべは、今のところ存在しない。
 それが何を意味しているかは、イレギュラーズなら想像できるだろう。だが。
「急いで助けに向かってほしい」
 イシコの言葉に迷いはなかった。
 つまり今回の任務は、不可思議な魔物を撃破し、少女三名を救出すること。
 少女たちはそれぞれ、アンリ、エマ、ローズという名だ。
 巨大な花に丸呑みにされたのは、アンリという少女。濃い茶色の髪と瞳が特徴だ。
 そのアンリの足を咄嗟に掴み、助けようとした金髪の少女エマは、横から別の魔物に襲われていた。鈴蘭の葉に纏わりつかれ、身動きが侭ならなくなっていたようだ。
 そしてもうひとつ、邪花から放たれた突風は、逃げ出す赤髪のローズへ届いた。風で転倒したローズがどうなったのか、逃げ延びた少女にはわからない。わからないが、ローズの悲鳴だけは今も鮮明に覚えているそうだ。
 彼女たちを救出できたとしても憔悴しきっているか、錯乱状態に陥っている可能性もある。その辺りもフォローできれば、より良い。
 生き延びた少女によると、鈴蘭に似た姿のモンスターは五体いる。どのモンスターも、花の色や背丈に差はない。
「それと、辺りに咲く鈴蘭の花については気にしなくていいって。村の人たちが」
 鈴蘭の群生する草原で戦う以上、避けられないのが花を踏み、あるいは攻撃の余波で散らせてしまうことだ。
 しかし何よりも少女たちの救出を優先してほしいと、村人たちも願っている。
 ──とはいえ、古くから村人たちの精神に根付いてきた大切な花でもある。そうでなくても、自然に生えているだけの花が折れるのを心苦しく思う者もいるだろう。そういう場合は、状況に適した能力などに頼るのが良い。
 一通りの話をした後、イシコはイレギュラーズひとりひとりの顔を確かめていく。
「説明おわり。彼女たちのことも、魔物のことも、よろしく」
 花嫁たちに、そして村に平穏を取り戻せるのは、イレギュラーズしかいないのだ。

GMコメント

 お世話になります。棟方ろかです。

●目標
 魔物の殲滅と花嫁3人の生存

●情報精度
 このシナリオの情報精度はAです。想定外の事態は絶対に起こりません。

●ロケーション
 村の近くにある、鈴蘭の群生地が戦場。平原なので見晴らしは良いです。
 ここに群生する鈴蘭は、花茎の高さが30センチ程と大きく、花の香りも強いです。
 なお、鈴蘭自体の毒については、気にしなくて大丈夫です。

●敵
・鈴蘭の魔物×5体
 目が眩むほどに真っ白な花の魔物。攻撃手段は以下の3つ。
 ひとつは、近接単体を頭部(花)で丸呑みにするもの。対象の体力を徐々に吸収します。
 飲み込まれている間は、能動的な行動が取り難くなります。外から引っ張り出すのも可。
 ふたつめは、近接単体に葉で巻き付く攻撃。呪縛を付与します。
 それと、自身を起点とした広域への突風攻撃も得意。体勢を不利なものにさせてきます。

●NPC
 囚われの花嫁は、アンリ、エマ、ローズの3名。
 現場到着時点では、まだ意識があります。ただ、自力での歩行が困難なぐらいに衰弱しています。

 それでは、いってらっしゃいませ!

  • 君懸草の花嫁たち完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年06月20日 22時10分
  • 参加人数8/8人
  • 相談6日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)
白銀の戦乙女
メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)
メイドロボ騎士
マルク・シリング(p3p001309)
軍師
シラス(p3p004421)
超える者
ルカ・ガンビーノ(p3p007268)
運命砕き
アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)
Le Chasseur.
ルリ・メイフィールド(p3p007928)
特異運命座標
遊動 サキ(p3p008535)
導きの光

リプレイ

●花嫁たち
「綺麗な花には棘どころの話じゃないな」
 肩を竦めた『ラド・バウC級闘士』シラス(p3p004421)が前方を見据える。
「急ごう、三人が食われちまう前に」
 胸中に炎を滾らせて疾走する彼に、ああ、と肯った『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)も鈴なりの花が咲く草原を明視し得る。
 折角の門出だというのに、別の意味で旅立つ結末を迎えてしまったら。
 巡る思考が熱を呼び、剣を握る手にも駆ける足にも力が入った。
「……笑えもしねえ」
 苦みを噛んで、ルカも鈴蘭畑へ躍り込む。
 彼の残した言の欠片を拾い、アッシュ・ウィンター・チャイルド(p3p007834)も銀の一振りを構える。
「確かに楽観できる状況ではなさそう、です」
 一刻もはやく。焦りはせぬよう自らへ言い聞かせながら、開けた野をゆく。
 緑と白が普く世界に踏み込んだ『導きの光』遊動 サキ(p3p008535)は、仲間たちの後背を追いつつ、胸を打ち鳴らす音に呑まれていた。意気込んだものが、陽光を点し笑みを咲かす彼女を強張らせる。
(まだまだ未熟だし、とにかく迷惑をかけないように……)
 渇きにも似た感覚がサキの喉を抜けていく。
 小柄な精霊を包んだ緊張に気付いて、『朝を呼ぶ剱』シフォリィ・シリア・アルテロンド(p3p000174)と『特異運命座標』ルリ・メイフィールド(p3p007928)が、通り過ぎる際に彼女の肩をぽんと叩いていった。
 軽く叩くのみで黙したまま去った先人を目送し、サキは頬をぺちんと両手で挟む。
「頑張らないと!」
 意志を言葉に換え、彼女はひた走る。
 同じ頃、のびのびと育った草たちに足を撫でられて、シフォリィは美しい花畑に立った。
 四辺では、戦禍も知らぬ純白が出迎えている。膨らんだ巨大花を探しながらも、心は景勝に沿う。
「ここを惨劇の舞台になんてさせません」
 彼女の高潔さは見晴るかす鈴蘭の野においても、変わりない。
「私としても、これだけの花畑を荒すのはしのびない」
 続けたのは『メイドロボ騎士』メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)だ。
 救出優先とはいえ、散らさず済むならその方がいい。だから彼女は結界を展開する。
「花は守ろう」
 仲間たちへ、そう伝えながら。
 ルリは保護結界が野を包み込んだのを確認し、メートヒェンへ会釈する。
 助かる、と同時に礼を告げたシラスは、すぐさま食人花を捜索した。やや背の高い鈴蘭たちが咲き誇る草原は、姿を誤魔化すのにうってつけだろう。けれど、巨体を見逃すような失態を彼が──イレギュラーズがするはずも無く。
 痕跡をなぞったシラスの双眸が、どっしり膨れて項垂れた邪花を発見する。
「あそこだ!」
 シラスが食事中の鈴蘭を指し示すと、仲間たちが俄に動き出す。
(食後でなくて良かったぜ)
 安堵感を含んだ息を吐き、シラスも地を蹴った。
 彼の呼号を頼りに、仲間たちが邪花の元へ急ぐ。彼らが辿り着くより先に、マルク・シリング(p3p001309)が光を瞬かせた。彼の目的ははっきりしている──花嫁のアンリとエマを捕獲した花だ。真っ先に神聖な光が焼くのは、はじめに二人を襲った鈴蘭の白と緑。
(絶対に間に合う。間に合わせるんだ……)
 マルクが双眸を細めて敵の姿を捉えれば、閃光を浴びた花たちが悶える。
 怯んだ花の窄まった口が僅かに開閉を繰り返すのを、マルクは遠く目撃した。攻撃により、拘束を緩められるのかもしれない。そう考えている内に、逸早く魔物の動きを感知したシフォリィが口を開く。
「別の花が動きます!」
 新たな餌を求め、頭をもたげた白花たちの存在を報せる。
 やはり、救出作業を見過ごすなど有り得ないらしい。好き勝手に暴れられては危険だと考え、メートヒェンは敵を認める。間合いは充分だ。
「暫くは私が引き受けよう」
 皆へ一言断ると、彼女は神経を研ぎ澄ませて、メイドの必須技能である煽りを入れる。相手を見下す強烈な眼差しに、花はうろたえた。
「このまま終わりになんて、させないよ」
 守りを固めながらの宣言が草原を疾駆して、巨大な鈴蘭たちがざわつく。
 機を逸さずシラスが自らへ暗示をかける。余分が剥落し集中力と成り、時間の流れが穏やかに感じた。
 これなら葉の蠢きも、風を起こす挙動も知れる。だからシラスは足を止めない。アンリという名の娘を飲み込んでいる花めがけ、踊りかかる。
 直後、突風が吹きすさぶ。狂わんばかりの風で沸き立つ鈴蘭たちの上を進み、シフォリィが姿勢を正す。
 冷静さは損なわず、軽やかにシフォリィは葉を一閃。真っ直ぐな片刃剣で牽制してみると、気圧されたのか驚くほど感情豊かに葉が戦慄した。
 彼女がちらりと振り返った先では、アッシュが別の膨らみに挑んでいた。状況が不明だったローズを気にかけ、伸ばした腕。白皙の肌に葉が絡もうとも、アッシュは花弁を剥いでこじ開ける。
「養分になど、させません」
 ローズの手足を探る間も、アンリ救出は進む。
 マルクが再び神気を放出し、魔物を眩ませたその輝きからシフォリィが飛び出す。先に花唇を切り裂いていたシラスに続き、巨大な花を開かせていく。口が徐々に大きくなれば当然、中でぐったりしている少女が窺えた。
「なんとしてでも助けます! だから諦めないで!」
 花弁の奥へ迷わず片腕を突っ込み、シフォリィが訴える。まだ旅立つことすらできていない娘への声に、疲れきったアンリの指がひくつく。意識はある。だから呼びかけをやめない。
 白花を破く間も抵抗する鈴蘭へ、メートヒェンが挑発を繰り返す。おかげで暴れ狂う様子はないが、生物であるがゆえ、じっとしてもくれない。
 しかしシラスは諦めず、破り口を広げていく。そのときだ。
「おっと!」
 俯いた花の傷口から、アンリが転がり落ちる。少女を掴んでいたシフォリィが引っ張られてバランスを崩すも、怒りで我を失った鈴蘭は彼女に見向きもせずに。
 咄嗟にアンリを受け止めたシラスが、顔色を確認するより先に踵を返す。
「任せたぜ!」
 シフォリィへ向けて叫び、シラスは後退していった。
 その近く、ローズを引っ張り出すのに苦戦するアッシュに、マルクが加勢していて。
「せーのでいくよ、せーの!」
 マルクの柔和な掛け声に合わせて、アッシュと二人、赤髪の娘を地上へ戻す。
 すると突然、苦しげに震えた鈴蘭が狂ったように葉を振るう。獲物を奪われ、機嫌を損ねたのだろうか。すかさずアッシュがローズをマルクへ委ね、草原を転がる。葉の直撃を避けたアッシュは、息を荒げながら馳せたメートヒェンに後事を托す。
 彼女たちが敵の意識を惹いた、ほんの僅かな時間。マルクはローズを抱え起こして、助けに来たよ、と告げていた。花の粘液と土だらけの顔が、虚ろな眼がマルクを知って霞む。
「全員無事だ、安心して。必ず君を連れて帰る」
「ぶじ……かえる……」
 単語が滞る娘を支えて、マルクは後方へ歩を運ぶ。道中、運搬のため近づいてきたルリが彼からローズを受け継いだ。
「リア充は基本、度しがてーですが……」
 憔悴しきった様相を呈するローズを目の当たりにして、ルリの面差しが怪訝そうに少しばかり歪む。
「これは流石にゆるせねーですよ」
「……本当に、そうだね」
 ルリの本音を去り際に聞き、マルクも頷いた。
 アンリとローズ、二人の花嫁を戦の気が及ばぬところまで連れていく一方。
 葉にくるまれたエマと向き合っていたのは、ルカとアッシュだ。顔も腕も草の隙間から多少露出していたおかげで、エマの状態はわかる。だからルカはしっかり伝える。
「大丈夫かお嬢ちゃん。すぐ助けてやるから」
 力なくも、こくりと首肯したのを認め、ルカは引き続き葉を巻き取ろうとする。
 マルクがもたらした目映い神気に怯んだとはいえ、相手も魔物。そう容易く餌を譲りはせず、抵抗する花を押さえ付けるルカに、アッシュが合流してまだ間もない──間もないが、アッシュの技が織り成す炎は、確実に葉の根を断った。
 拘束が緩んだ瞬間、こっちのものとばかりにルカが頑丈な茎を蹴り、反動を活かしてエマを鈴蘭から引き剥がす。
「よく、がんばりましたね」
 アッシュがエマへそっと囁いた途端、青ざめていたエマの唇が状況を理解して震え出す。
 声も出ないらしく、はくはくと空気を食むばかりの娘に、アッシュは相槌を打つように首を何度か振って。そこへ、ルカが手招いていたサキが駆け寄る。
「きっちり助けて、ハッピーエンドと行こうや」
 ルカの一言をサキだけでなく、アッシュもエマも聞いた。
 だから皆一様に肯い、すぐにサキがエマを引きとる。
「さあエマさん、あっちでお話しよ!」
 治癒術を施しつつ、サキがにこっと笑いかけた。
 やはりエマはまともに応答できず、けれど差し伸べられた彼女の手を取る。握りしめるのもままならないエマを支えて、サキは安全圏へ向かう。軽やかなステップを踏みながら。
(痛い目にあうの、私だって怖いけど……)
 一瞥すると、まだ緊張を帯びたエマの顔がそこにある。
(怖がっているのを見せて心配させちゃ、だめだよね。こういうときは笑顔!)
 だからサキは明るく一笑し、彼女を連れていく。
 そして先に避難できていたアンリとローズに気付いた瞬間、エマはよろめきながらも二人に抱き着く。無事を分かち合う花嫁を眺めて、シラスは吐息で笑う。
「大丈夫。俺たちに知らせてくれた子も無事だ」
 必死で逃げ延びた少女についてシラスが伝えると、花嫁たちは顔を埋めて強く強く抱きしめあう。

 花は散らない。散らせなかった。

●花を手折る
 飛び交う仲間と蠢く邪花が、鈴蘭の野に喧騒を生む。
 喧騒の最中、清純なる花嫁を追走するべく、邪気の花が身を傾ける。しかしメートヒェンが即座に一蹴、かの生き物を門前払いした。
「人の恋路を邪魔する奴はなんとやら」
 短く溜息を零し、鈴蘭をねめつける。
「メイドに蹴られて死んでも、苦情は受け付けないよ。お引き取り願おうかな」
 言語を理解したのか否か、花の群れからの連撃は凄まじく、耐え続けたメートヒェンを崩す。
 そんな彼女をシフォリィが瞥見して。
(メートヒェンさんは強いです。ですが集中砲火は……)
 思考は決してシフォリィの足を止めない。彼女は忌まわしき花の眼前へ立ちはだかり、胸いっぱいに息を吸う。
「こちらは受け持ちます!」
 花へ一閃を贈りながら叫んだシフォリィに、立ち上がり態勢を整えたメートヒェンが頷く。
 尾を引く痛みを放置するのは禁物だと、ルリが細腕を掲げ術式を編む。
「幸せそーな花嫁を怖がらせるなんて、罰当たりにも程があるのです」
 ルリは巨大な鈴蘭を遠く望みつつ、癒しの力をメートヒェンへ注ぐ。
 治癒の魔術が戦場で煌めく頃、シラスの一撃が花をのけ反らせ、そのまま二つ折りにしていた。シラスが、尽きた落花を確かめた刹那──脇から飛びついた花弁がシラスめがけて開く。
 反射的にシラスが押し返すも、片腕が呑まれた。相手はただの花壺のようで、正真正銘の魔物。隙だらけに思えて力強く、すぐには解き放たれない。
「こ、の……ッ!」
 せめて丸呑みにされまいとシラスが抗っているところへ、アッシュの幻惑の焔が舞う。白が赤に染まって苦しめば、シラスの腕もあっという間に解放された。
「悪い、助かったぜ!」
 自由になった腕を上げて礼を告げる。そのときにはもう、目の前の白花も燃え尽きていた。
 焦げた花の残骸が朽ちるのを見届けず、そこでサキが挙手をする。
「はい! すぐに回復するから!」
 足元で咲う鈴蘭たちへ、ちょっと通るよ、と断ってからサキが招いたのは簡易な治癒の魔術。
「これでまだ頑張れる! はず!」
 断言するにはまだ自信が足りないらしく、サキがそう紡ぐものだからシラスは思わず小さく笑った。
 同じ頃、マルクが巨大花へ与えたのは神秘の力だ。
「花の門出を花に邪魔されるなんて、悲劇にしたって三流だ」
 呟きつつ起こした澄んだ気が漲り、花を何よりも濃く淀みない白で覆う。
 眩しげに揺れたかの花へ、可能性を纏ったシフォリィが跳躍する。軽く蹴った地で舞う鈴蘭たちに見送られ、彼女の誇りは白銀と化す。巡る血の温かさを力に換えて振りぬけば、儚き花の命を散らした。
「あなた達は、彼女達の伴侶になる存在ではありません!」
 たとえ我が身が傷つこうとも背筋を伸ばし、シフォリィは真実を言い渡す。
 凛々しく在る彼女にも回復を施すため、サキが慌ただしく近寄っていく。そこへ前兆もなく突風が吹いた。サキは微かな悲鳴をあげ、風から逃れるように隠れる。すると、風に紛れて、花と対峙していたルカの一声が戦場を泳ぐ。
「こっち回復頼むぜ!」
 漂ったルカの頼みに、真っ先に応じたのはルリだ。前衛の足へ熱を宿し──癒していく。
 一方、両足を奮い立たせたメートヒェンは、息を継ぐように披露した。流麗なるルージュ・エ・ノワールを。
 一撃の赤で白を焼き、二撃の黒で終焉に導く。
 そうして終わりが近づいた花へと、アッシュが一撃を連ねる。
「……貴方達も唯、己の営みを紡いでいただけなのでしょう」
 零した声音は、かき消えそうなほどあえかだ。
「ですが、其れは人とは相容れぬもの」
 言の葉を結うのは片手間。冬の娘が行使する本来の魔術は、花も葉も溶かし尽くす赤と闇。
「恨んでくださっても、良いです。其れが人の業、ですから」
 長い睫毛を震わせて、アッシュは花の最期を見届けた。
 そして残る一体と相対するのは、癒えたばかりのルカだ。花は、マルクの拡げた清純な光に惑わされ、すっかり意気消沈している。
「悪ぃが死んで貰うぜ」
 彼は揮う。黒顎魔王の大顎を。
 闇よりも深く、深淵よりも濃い魔性の力が築いた、黒き顎。
 対となる白をも飲み込み、自身の色へと染め上げた漆黒が、鈴蘭の化け物へかぶりつき──貪る。
「門出を祝うにゃ、お前さんらは不似合いだ」
 ルカが言い終える頃にはもう、邪花のか弱き命など魔王の胃に納まっていた。

●静寂
 咲き誇る鈴蘭が、嫋々とした風に促されて歌い出す。
 もう大丈夫、と娘たちへ声をかけるのはシフォリィだった。
 撫でるような優しい口調と声は、漸く現実へ帰ってきた花嫁たちから涙を引き出す。祝うべき日に降りかかった災難はあまりに痛ましく、だからこそシフォリィは何度でも「大丈夫」を繰り返していく。多くを語らず、わかりやすく安心させる彼女に、娘たちも泣きながら頷いて。
 よかった、と笑ったサキの日輪がぴかぴかと嬉しそうに輝く。
「痛いとこ、まだある? 私に任せて」
 身も心も弾みながらサキが手の平を寄せ、些細な傷も癒していく。
 その間、メートヒェンがドレスの破れた箇所の修復を始めると同時、ルカも慣れた様子で手ぬぐいを懐から取り出す。
 花の粘液や土にまみれたままでは、せっかくの姿も台なしだ。手ぬぐいが汚れるのも厭わず、エマとローズのドレスから順に拭いていく。
「自分が危ねぇ目にあってんのに、仲間を心配するなんてな」
 作業しながら口を開けば、少女たちが眸を瞠る。
「中々出来る事じゃねえ。よく頑張ったな」
 飾り気のない直向きな情熱を宿した眼差しは、ドレスだけでなく彼女たちの心根をも優しく撫でていった。嗚咽に沈む彼女たちへそれ以上は投げかけず、ルカは黙々と汚れを落としていく。
 そこへ、群生する鈴蘭の様子を確かめて回っていたマルクが戻ってきた。
「花、元気だよ。ほとんど僕たちが来たときのままだ」
 手折れず在り続けるのは、メートヒェンの結界が効いていただけでなく、花を気遣かった者が多かったのも理由だろう。
 報告を受け、サキがまた跳ねる。
「鈴蘭も守って万々歳だね!」
 お日様の笑顔を浮かべたサキの言々は、マルクに何かを思い出させた。
「鈴蘭の花言葉……『再び幸せが訪れる』だっけ」
 いつか知った響きを綴るマルクに、少女たちの視線が集う。
「生まれたときに受けた祝福が、もう一度咲く」
 赤子の泣き声は、喜びと希望溢れる未来を齎す福音だ。たとえ貧しい村であっても、尊ばれるものでなければならない。そして旅立つそのときもまた、幸福を願い見送る声で溢れなければと。
 何事か思い起こした景色が、マルクにはあった。けれど顔には出さず、今はただ娘たちへの想いを贈る。
「結婚、旅立ち。そんな日に相応しい花言葉だよね」
 風習に重きを成した彼の話は、彼女たちにとっては安らぎに似て温かかった。
 会話のタイミングを見計らい、完了、とルカが粘液の落ちたドレスを撫でる。
「完璧にとは言わねぇが、汚れもだいぶ取れたはずだ」
「歩けるかい?」
 徐に尋ねたのはシラスだ。運ぶのも吝かではなかったが、娘たちはかぶりを振るう。
 もう一人で歩けると、シラスの顔を真っ直ぐ見て明言した。
 はっきり見せてきた様子に、シラスは口角を上げる。
 自身を含め、仲間たちのフォローが効いていたのだろう。これなら言葉に違わないはずだと頷いて。
「世の中、悪いことばかりじゃないぜ」
 笑みと望みを手土産にした。
 話を聞いていたアッシュの頬が緩む。彼女の脳裏を過ぎっていたのは、後ろ向きな情景だ。だから立ち上がれた娘たちを目視できた途端、気の疲れがどっと溢れる。
「よかったです。……足元にお気を付けくださいね」
 アッシュの心配りに、娘たちが薄い笑顔を傾けた。
 花嫁の様子にルリも顎を引き、そして鈴蘭の野から村へ続く道を振り返る。
「ボク、村までの道を確かめてくるのです」
 娘たちが歩きやすいようにと、ルリは早速飛んでいく。
 報告を待つ間、花嫁たちへ話しかけたのはメートヒェンだ。
「本当は、新しいものを用意していいのか迷ったんだ」
 新品の綺麗なドレスを手渡す方が、ずっと早かった。けれどメートヒェンがそうしなかったのは。
「悩みながら選んだんだよね。そのドレス」
 心情を掬った彼女の一言は、大粒の雫を娘たちから溢れさせた。

成否

成功

MVP

メートヒェン・メヒャーニク(p3p000917)
メイドロボ騎士

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。ご参加いただき、誠にありがとうございました。
 またご縁が繋がるときがございましたら、そのときはよろしくお願いいたします。

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