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シナリオ詳細

お菓子の家のヘンゼルとマルガレーテ

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●And when she saw what she had done
「ねえ、愛しいハンスお兄様。ねえ、あなたは何処にいらっしゃるの?」
 グツグツと、煮立つ大釜で具材を茹でて少女が呟く。釜の周りにはべったりと赤い血。
「この人もお兄様じゃなかったわ」
 ぺちゃりと指先が新たな具材を掴み取る。そのまま見れば赤い塊。
 まるでそれは紅茶に入れるジャムのよう。
「ねえ、ハンスお兄様。あなたはお母様みたいに私の手を払いませんわよね?」
――Lizzie Borden took an axe
「お父様みたいに、私を捨てませんわよね?」
――And gave her mother forty whacks.
「でてきてくださいまし、ハンスお兄様」
 悲鳴が響く。真っ黒な釜の少女は振り向いた。
――And when she saw what she had done
「ああ、まだ魔女がいたのね。いとしいいとしいハンスお兄様。今助けますわ」
 She gave her father forty-one.
 少女は『魔女』を14時間釜で煮込んだ。
「ハンスお兄様! さあ! 一緒にお父様とお母様を殺しに参りましょう!」

●自分のしたことに気づいた彼女は
「またなのです……、キツい事件なのです……」
 そう言った『新米情報屋』ユリーカ・ユリカ(p3n000003)は、ローレットのテーブル席に突っ伏しながらも何とか集まったイレギュラーズに青白くなっているその顔を向けた。
「サーカスは派手だったのです」
 しかし。
 今、この幻想は軋み始めている。ゆっくりと、ゆっくりと、舞台上のからくりを動かす歯車に狂いが生じつつある。
 からくりが壊れてしまったならば、さぁ、どうなってしまうのか?
「でもやっぱり事件は起きるのです」
 最近どうにもこうにも、猟奇的な事件が多い。往来で起きる小さな因縁からの殺傷事件など幻想では日常茶飯事だ。とはいえ、現状のその数は異様ですらある。
「花の騎士様も来ていらっしゃるというのになのです。……したくないけど、お仕事のお話なのです」
 少女が兄を探している。
 それだけであれば、この新米はこんなお通夜な雰囲気を醸したりはしないだろう。
 グリモアの森。
 地域領主が管理する辺境の森である。その両端で、同時に『事件』は発覚した。
 ユリーカの担当は妹の『マルガレーテ』が起こした事件。
 森へと踏み込んだ近隣の村落の男性が行方不明になる事件が相次いでいる。
 犯人は犯人はグリム兄妹。ハンス・グリムとマルガレーテ・グリム。
 マルガレーテは行方不明になった兄を森の中の家で待ち続けている。
 そのマルガレーテが魔法によって男性を家に誘い、挙句に兄ではないと判断すると誘った男を魔女として惨殺し釜で煮込んでいるということだ。
 惨殺方法は風の魔法による斬撃。男を誘っているのはおそらく魅了の魔法と思われる。
 家の位置が変わることがあるのでこの家はゴーレムか、或いは家の形を模した魔物である可能性がある。
 つまりマルガレーテは、自分の使い魔である家の魔物に人を喰わせているのだ。
 明らかに常軌を逸した犯行。
 領主の兵に事態の収束を求めたが、未だ彼女は捕まらず、それどころか兵士の中にも行方不明者は続出している。
 森の中に入ればお菓子を思わせる甘い匂いがしてくるだろう。その匂いの先に、彼女が人を煮込む『家』が存在する。近隣の住人は、もう誰も近寄らないが。
 彼女に会話は通じない。
 言葉を交わすことはできても、マルガレーテは会話相手を見たりはしないし、話も聞かない。
 彼らの狙いは二人揃っての『両親』の虐殺。だから彼女と兄を会わせるわけにはいかないのだ。
 ですので、と、ユーリカは言葉を切って、
「終結させるためにあの人たちを止めてほしいのです。あの人たちは、越えてはいけない一線を越えてしまったのです」
 言ってから、ユーリカは水を一杯頼みなおした。


 さあさ、拍手をちょうだい。轟く万雷の喝采を。嵐のようなカーテンコール。
 サーカスは大成功。喝采を。喝采を。喝采を。
 小さな子供も、大きな大人も。感動を胸に。さあ、街に繰り出そう。

GMコメント

 はいどーもー、天道です。頑張っていきましょー。
 今回は鉄瓶ぬめぬめGMとの連動依頼でございます。こっちは妹ちゃん担当ですね。
 森の中に入れば甘い匂いはすぐしてくるので『家』の位置は分かります。
 リプレイは『家』に踏み込むところからとなります。
 戦場は夜の森の中となりますが、『家』から明かりが漏れているので光源は存在します。

●成功条件
・今晩のうちにマルガレーテと『家』を討伐すること。

●敵
・マルガレーテ
 かわいい魔法使いの女の子ですが瞳孔は常に開いてアルカイックスマイルです。
 対単体の風の魔法を操り、遠距離までに対応できる不可視の斬撃を生じさせます。
 また甘い甘いお菓子の匂いで範囲にいる全員に毒・麻痺・混乱・魅了の確率ランダム付与を行なってきます。
 常時恍惚状態なのでクリティカルはお友達です。
 反面、体力は少なめですが危険を感じたら『家』の中に逃げ込みます。

・『家』
 中に人を煮込む真っ黒い大釜がある怖い魔物です。
 地上からかすかに浮き上がって低速で移動することができる便利な拠点です。
 見た目は木のおうちですがやたら頑丈です。物理に対しても魔法に対しても尋常ではない防御能力を誇ります。
 反面、攻撃能力はほぼありません。
 マルガレーテが逃げ込んだ場合、異物となる他の人間を外部に吐き出します。
 中心にある人を煮込む大釜が急所であり、これを破壊すると動かなくなりますが大釜もか~なり頑丈です。
 また、マルガレーテが死ぬと同じく動きを止めます。

●注意点
 なお、この依頼は、鉄瓶ぬめぬめGMの『お菓子の家のハンスとグレーテル』と同時参加は出来ません。
 連携依頼ではありませんので、両陣営の参加者が連携することはできません。
 万が一同時参加が見受けられた場合、両方の依頼から除外される場合がありますので、くれぐれもご注意ください。

  • お菓子の家のヘンゼルとマルガレーテ完了
  • GM名天道(休止中)
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2018年04月19日 21時20分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

アクア・サンシャイン(p3p000041)
トキシック・スパイクス
チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者
アラン・アークライト(p3p000365)
太陽の勇者
鶫 四音(p3p000375)
カーマインの抱擁
ガレイン・レイゼンバーン(p3p002261)
特異運命座標
エルヴィール・ツィルニトラ(p3p002885)
銀翼は蒼天に舞う
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
大樹の精霊

リプレイ

●お菓子の家のマルガレーテ
「お兄様……、お兄様……」
 声が聞こえる。
 連なる木々の向こう。もはや意識を集中せずとも鼻を衝いてくる甘い甘い匂いの果てに。
「……ハハ、本当にお菓子の家だな。何だあレ、俺の世界のお伽噺通りじゃないカ」
 木々の隙間に垣間見えるその家に、『自称、あくまで本の虫』赤羽・大地(p3p004151)が乾いた笑いを漏らす。
 クッキーの壁、クリームで飾り付けられたドア、飴細工の窓にチョコレートのドア。
 この匂い以上に見た目からして胸焼けするほど甘々しい、お菓子の家だ。
「だが中にいるのはクソサイコ魔法使いだろ」
 『太陽の勇者様』アラン・アークライト(p3p000365)が苦い顔をする。
 それにしても匂いが甘ったるい。
 イレギュラーズ達は、各々匂いを防ぐためスカーフやハンカチで鼻と口を覆ったりしているが、まるでダメだ。
 甘さの方から体に侵入してくるような不快な感覚もあった。
「あの家にいる奴は、頭の方もこの匂いみたいにドロドロなんだろうな」
「そんな言い方をしないで」
 悪態をつくアランを、『ちょーハンパない』アクア・サンシャイン(p3p000041)がたしなめた。
「きっと、マルガレーテも被害者よ。元はそんなひどい人じゃなかったでしょうに」
 昨今起きている常軌を逸した数々の事件を思い、彼女はつぶやく。
 だが、『カーマインの抱擁』鶫 四音(p3p000375)がそこに一つ疑問を呈した。
「本当にそれだけで、こんな残酷な物語が紡げるのでしょうか?」
 アクアは咎めるような目で四音を見た。
 だが四音は何も答えず、ただ涼やかに笑うだけ。
「それにしても本当に甘い匂い。これで人を惑わすだなんて、本当に魔女みたいですね」
 年齢的には魔法少女と言うべきでしょうか、と四音は短く続けた。
 そう、ここはすでに凶行の現場。これまでに何人もの犠牲が出てしまっている。
「本当の元凶は別にいるかもだけど、この状況を放っておくわけにはいかないよね」
 再確認する『特異運命座標』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)に、アクアもアランもうなずいた。
「やることは決まっている。始末するのに余計な感情を抱く必要もない」
 一方で『特異運命座標』ガレイン・レイゼンバーン(p3p002261)のスタンスはドライだ。
 だがこれも間違いなく、事件に対する姿勢としては間違っていない。
 そしてイレギュラーズは動き出す。
 お菓子の家が見える距離で、ほぼ全員が散開して『銀翼は蒼天に舞う』エルヴィール・ツィルニトラ(p3p002885)が告げた。
「準備完了であります」
「分かった、じゃあ始めるから」
 応じたのは、玄関前に立つ『魔動機仕掛けの好奇心』チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)だった。
 深呼吸ののち、今も「お兄様……」という声が漏れ聞こえるドアを、彼は思い切りノックする。
「フフ、罠にかけようなんていけないことをしているみたいですね」
「余計なこと言わないで。……来たわ」
 甘い匂い漂う森の中、身をひそめる四音を制したアクアは、玄関が開くのを見た。
 現れたのは小柄な少女だ。
 明るい色合いのエプロンドレスとゆるくウェーブのかかった金髪が可愛らしい。
 だが離れていてもわかる、大きな瞳に宿る尋常ではないその光。
 彼女こそがマルガレーテ。窯で多数の人間を煮込んだ、狂える殺人鬼その人だ。
「あなたは、どなた?」
 小首をかしげるマルガレーテに、チャロロは言った。
「オイラ、君のお兄さんのこと知ってるよ」
「……お兄様?」
「ああ、だからついてきてよ」
 マルガレーテが反応を見せる前に、彼は背を向けて歩き出した。
 危険な行為だが、マルガレーテが事前に聞いていた通りの少女であれば、
「お兄様……? お兄様ががいらっしゃるの……?」
 やはりついてきた。
 チャロロの口車に乗せられて、少女は無防備に家から出る。そしてある程度離れたところでチャロロは勢いよく振り向いた。
「ハンスを誑かした魔女は私さ! ハンスのやつは閉じ込めてやったよ!」
 ザン。
 叫んだ直後に、チャロロの身は裂けていた。
「……あ?」
「お兄様。お兄様。魔女よ、魔女だわ。嗚呼、魔女がいるわ。殺す。殺すわ。魔女は殺して、窯で煮るのよ」
 ザン。
 ザン。
 ザン。
 ザン。
 ザン。
 ザン。
 ザン。
 薄い微笑みと共に少女は風を操り、魔女を名乗った少年を無数に切り付ける。
 不可視の刃に刻まれながら、チャロロは知った。自分が言ったのは、特上の禁句だったのだ。
「チャロ、ぉ……!?」
 隠れていた場所から飛び出そうとするイレギュラーズだったが、しかし大半が揺らぐ意識に膝をついた。
 これは――!?
 などと疑問を持つまでもない。場に漂う甘い匂いに、皆が完全に冒されている。
 この森はまさに、マルガレーテの巣。狩場。餌場。縄張りなのだ。
「殺す、殺すわ、殺すのよ。お兄様。愛しいハンスお兄様」
 虚ろに呟く少女の周りに、刃と化した風が唸る。

●甘く甘くとろける世界
 とてつもない酩酊感に、アクアは立つことさえできそうになかった。
 ――Lizzie Borden took an axe
「お兄様、お兄様、お父様とお母さまを一緒に殺しにまいりましょう」
 渦巻く風の中心、少女が陽気に歌っている。
「マルガレーテ、あなた……」
 狂ってさえいなければ、そう思ってここまで来た彼女だが、
「魔女よ、お兄様。魔女から助けてさしあげますわ」
 ザン。
 風の刃がすでに血まみれのチャロロの身をさらに打ち据える。
「あぐ、ぅぅ……!」
 肉が破れて血が噴いた。激痛にくぐもった悲鳴を漏らすが、チャロロはロクに避けることもままならない。
 匂いのせいだ。この甘い匂いが、彼女を、彼を、皆の意識を溶かしかけている。
「みんな、ここは嵐の船上だと思うであります! 揺れて当然だ、と!」
 膝に手をつき耐えながら、エルヴィールが大声で叫んだ。
 その言葉に、少しなりとも皆がこの場での立ち方を見出そうとする。
「魔女よ。肉を刻みましょう。魔女よ。骨を煮込みましょう。魔女よ。目玉をくりぬきましょう」
 だがその間も、マルガレーテは他の一切に目もくれずチャロロを風で切り裂き続けた。
 そうだ。周囲の一切に目を向けることなく。
 己の背後に迫る、ガレインの存在にも気づくことなく――、
「魔女とは貴様のことだろう」
「あら?」
 やっと声に気づいて振り向いたとき、少女を襲ったのは大振りの一太刀だった。
 甘い匂いの影響は、ガレインにだけは薄かった。ゆえの一撃。まともに決まって、彼の手に肉を裂く手ごたえが伝わる。
「あら、あら?」
 だがこの反応よ。振り下ろされた刃に身を断たれながらも、少女の笑みは崩れない。
 エプロンドレスが血に濡れて、その奥に鋭い傷を覗かせながらも、マルガレーテは優しくいびつに微笑んでいる。
「マルガレーテ、もうやめて!」
 たまらずアクアが叫ぶが、その声は微笑む少女には届かない。
 ――And gave her mother forty whacks.
「お兄様、ハンスお兄様、皆がおかしいわ。これも魔女のせいなのね。かわいそうな人たち。だから魔女を殺しましょう」
 そして風が、またもチャロロを狙って切り裂く。
「チャロロをもっと後退させろ! あの女、チャロロしか狙ってやがらねぇ!」
 悲鳴じみた声で叫び、アランがマルガレーテに炎の塊をぶつけた。
 髪が燃える。ドレスが燃える。だが少女は歌い、つぶやき、微笑んで、魔女を殺しに前へと進む。
「くっそ、このクソサイコ女が! チャロロから、離れろォォ!」
 アランはいきり立って少女向かって突撃し、己への反動も顧みず全力の一撃をお見舞いした。
「おい、アランさん! 何してるんだよ!」
 だが続けて攻撃しようとしたときに、いきなり後ろから大地が羽交い絞めにしてきた。
「大地、お前は何で――!」
「それはこっちのセリフですよ?」
 いつの間にか目の前に立っていた四音が手から光を生み出して、アランの意識を正した。
 そして彼は気づいてしまった。
「ぐ……、ァ……」
 己が全力の一撃を見舞った相手、それはマルガレーテではなくチャロロだった。
「そ、んな……、何でだよ……!?」
 アランは衝撃を受けた。甘い匂いに、認識までもが狂わされたのだ。
 ――And when she saw what she had done
「ウフフ、優しい人がいるわ。見て、お兄様。魔女退治を手伝ってくださる方がいらっしゃるのよ」
「お、俺は……」
 愕然として崩れ落ちそうになるアランだが、大地がその肩を強い力で掴んだ。
「そんなこト、言っている場合カ。あの女を止めるのが先決だロ」
 少女は笑う。少女は歩く。その瞳には、チャロロしか映っていない。だから風が舞い躍る。
 ザン。
 ザン。
 ザン。
「どうしてこんな事をするの! もうやめようよ!」
 アクアと同じように、エレクシアもまた叫ぶ。制止するために放たれた雷光が、マルガレーテを直撃した。
「ウフ、フフ、フフ、フフフ……、お兄様。嗚呼、ハンスお兄様」
 直撃した。はずだ。髪は焦げ、ドレスは焼けて、身からも黒い煙が上がっている。なのに、
「魔女よ、魔女なの、魔女よ。お兄様。ハンスお兄様、愛しいお兄様」
 風の唸りは止まらない。
 言葉は届かない。攻撃に反応しない。ダメージは溜まっているはずだが、まるで止まる気配がない。
 それがマルガレーテ・グリムという少女だった。
 She gave her father forty-one.
「魔女を殺すわ、殺すのよ」
 彼女の殺意はチャロロにのみ向けられた。風が少年を打ち、裂き、刻む。
 血があふれる。体は吹き飛び地面に転がって、だが、
「チャロロ……!」
 仲間の悲痛な叫びを受けながらも、しかしチャロロはその足でしっかり地面を踏みしめた。
「どうしたんだい、マルガレーテ……、魔女は、ここだよ……!」
 少年の瞳は、未だ尽きぬ光が宿っていた。

●お伽噺は血に染まり
 戦況だけを見るならば、イレギュラーズが圧倒的に有利だった。
 参加している八名のうち、七名までが無傷。それに対してマルガレーテは見た目から満身創痍だ。
 漂う匂いに感覚こそ狂わされやすいが、それを癒す手段も複数ある。
 何より、マルガレーテの動きが完全に定まっているのが大きい。
「魔女よ、魔女を殺すのよ。ハンスお兄様、何処、何処にいらっしゃるの。魔女を刻んで、窯で煮込むのよ」
「ぐ、う、ゥ、ゥ、オォ!」
 マルガレーテの操る風が、尽きずチャロロを攻め続けた。
 肌は破れ、肉は裂かれ、防御に使っている腕などは骨が見えているところもある。
 少女以上に満身創痍。しかし少年は立った。マルガレーテの真ッ正面に自分から立ち続けた。
「いい加減に、倒れるでありますよ!」
 手にした剣に威を込めて、エルヴィールが刃を横薙ぎに振りぬく。
 当たった。そして確かに身を斬った。マルガレーテのわき腹から、とめどなく血が零れた。だが止まらない。
「こんな匂いの中じゃ、戦ってもムカムカするだけだ!」
 辺りに満ちる死者の怨念を束ねて、大地がそれを少女に撃ち放った。
 呪の塊がマルガレーテを背面から襲い、彼女の骨が砕ける音が確かにした。だが止まらない。
「確かにダメージを負っているだロ、どうしてこっちに来なイ!」
 いら立った大地が言葉を荒げた。
 彼の背後にはお菓子の家があって、戸は開いたままだ。
 甘い匂いを溢れさせるそこに、しかしマルガレーテは全く戻ってこようとはしない。
「それだけ魔女が憎いの? ねぇ、マルガレーテ!」
 アレクシアの雷光がみたびマルガレーテの身を爆ぜさせた。
 攻撃は当たっている。少女は深いダメージを抱えているはずだ。だが倒れない彼女に、大地が唇を噛んだ。
 再び死者の怨念を束ねて、マルガレーテに狙いをつける。
「これで、倒して――」
 しかしふわりとした光が彼を包んだ。気が付けば、目の前にアレクシアがいた。
「落ち着いて、匂いに呑み込まれないで……!」
「……チッ、やりにくイ」
 危うく同士討ちをするところだった。大地は強く舌を打った。
「不味ィな、今はまだ深刻じゃないが、俺たち方で魔力が尽きたらどうしようもなくなるぞ」
 先刻の己を顧みて、アランは頬に汗を伝わせた。
 自分たちは優勢だ。その認識は持っている。しかし同時に、その認識を信じられずにいる自分もいた。
「確かなものは何一つとしてない、これは狂気の物語。なかなか出会えるものではありませんね」
 短い瞑想によって多少なりとも気力の減衰を減らして、四音が小さく言葉を紡ぐ。
「そうよ……、マルガレーテだって誰かにそうさせられているだけで……!」
「本当にそうなの? あの子は本当に、狂わされた被害者なのかな……」
 アクアに水を差したのはアレクシアだった。
 ただ狂わされたのならば、性根から歪んでいるのでなければ、もっと人間らしいところも残っているのではないか。
 そう感じずにはいられないのだ。
「……そんな」
 無意識的ながらも同じことを感じていたアクアも、改めて指摘されて瞳を揺らがせる。
「だがそれがどうした」
 しかし、その一声が彼女の動揺を突き刺した。
 言ったのは、ガレインだった。
「あの気狂いをこの場で始末する。求められているのはそれだけだ。……他に、何か必要かね」
 冷酷なまでの正論。
 しかし、自分の感覚をも疑わねばならぬこの森の中で、『確かである』ということがどれだけ心強いか。
「そうだぜ!」
 アランが強く、己の剣を握りしめた。
「チャロロがあんなボロボロになって耐えてんだぜ? だったら、何よりまずはあのクソ女を仕留めることだろうが!」
「ガレイン・レイゼンバーン、参る」
「アラン・アークライト、ブッた斬ってやるよ!」
 ガレインとアラン。二人の剣士がほぼ同時に踏み込んで、放たれた斬撃が左右からマルガレーテを斬絶する。
 少女の身体が圧力に耐えきれず吹き飛んで、またすぐ立ち上がろうとするが――
「お兄様……」
 ガクンと、立ちかけた膝がまた折れた。
 イレギュラーズ達は今こそそこに光明を見た。マルガレーテは決して不死身ではない。
「畳みかけるゼ」
「行くであります。これ以上は、チャロロ殿がもたないであります!」
 大地とエルヴィール。
 撃ち放たれた死霊の矢がマルガレーテを縫い留めて、動きが止まったところをエルヴィール渾身の一撃が襲い掛かった。
 切り裂き、撃って、さらに切り付け、少女の身体から血が散っていく。
 甘い匂いは留まらない。それは少女に関係なく、場にいる者を狂わせようとしていくが、
「今はクライマックスですよ? そんな匂いなんて、無粋です」
 四音の生み出す光が、生じる狂いを直ちに癒し正していく。
「止める。今はとにかくあなたを止めるわ、マルガレーテ!」
「そうよ! 私たちはそれをするために、この森まで来たんだから――!」
 アクアも生み出した炎に焼かれ、アレクシアの雷光に身を弾けさせて、マルガレーテは、
「お兄様、嗚呼、お兄様……、私は……、マルガレーテは……」
 風が止まる。
 それまで、焼かれても切られても撃たれても、留まることなく唸り続けていた彼女の風が、ついに止まる。
 どれだけの攻撃をその身で受け止めたのか。
 愛らしかったエプロンドレスはただのボロキレと化し、鮮やかな金髪は見るも無残に焼け焦げて、
「ハンスお兄様……、魔女がいじめるの。助けて、お兄様……、嗚呼、ハンスお兄様……」
 小柄な少女でしかないはずのマルガレーテは、その身の半ば以上を焼け爛れさせながらお菓子の家へと歩き始めた。
 イレギュラーズたちの動きが、そこで止まる。
 弱々しく歩くマルガレーテの背後へと、近づく者がいたのだ。
「…………大丈夫だよ」
 チャロロだった。
 これまで、マルガレーテの攻撃を全て受け止めた彼の身は、立っているだけでも奇跡に近い有様である。
 しかしそれでも足は力強く歩みを進め、剣を手にしたチャロロがマルガレーテの背に立った。
「嗚呼……、お兄様、魔女ですわ。魔女がマルガレーテをいじめるのです。お兄様、助けて、お兄――」
「大丈夫、魔女は今、いなくなるから」
 そう告げて、チャロロは少女の背に己の剣を突き立てた。
 のしかかる彼の体重も手伝って、切っ先はマルガレーテの身体を貫通した。確実に心臓を抉っている。
「嗚呼、ハンスお兄様……」
 グリモアの森に潜む戦慄の殺人鬼マルガレーテ・グリムの、それが最期の瞬間だった。
「お菓子の家が……!」
 近くにいた大地が気づく。お菓子の家が陽炎のように揺らいで消え、それを境に甘い匂いも感じなくなる。
 終わった。間違いなくマルガレーテは死んだ。
 グリム兄妹の事件が、ここにようやく終結を迎えたのだった。
「ハ、ハハ、どうしてこうなっちゃったんだろう……」
 半笑いのチャロロの瞳から涙がこぼれる。
 初めて人をあやめた彼は、そのまま限界を迎えて地面に倒れた。
「おい、チャロロがやべぇぞ! 早く村へ戻ろう!」
「大殊勲だな、チャロロ」
 アランが叫び、ガレインがうなずく。イレギュラーズは急ぎ、依頼人がいる村へと戻っていった。
 去り際、四音がお菓子の家があった場所を見て呟いた。
「不格好ではありますけど、この物語もめでたしめでたし、ですね」

成否

成功

MVP

チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)
炎の守護者

状態異常

チャロロ・コレシピ・アシタ(p3p000188)[重傷]
炎の守護者

あとがき

遅くなりまして申し訳ありません。マルガレーテ戦、決着!
えー、多少内実と明かしますと、プレイング内容はほぼ完璧でした。
でもマルガレーテさん最大級の地雷が見事に踏み抜かれました。
おめでとうございます!?

いやぁ、こういうことも発生するからPBWは面白いですね。
それではこの度はご参加いただきありがとうございました。
次回の冒険でお会いしましょう。

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