PandoraPartyProject

シナリオ詳細

帷子時の薄浅黄

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●しとしとと。

 帷子時の少し手前。
 しとしとしとと、空の涙が降り落ちる。
 
 青年は続く雨の中歩く。
 しとしとしと。
 しとしとしと。
 激しくはないその雨は静かな世界にしんみりと滲んでいく。
 灰色の空、灰色の世界。
 青年は愛する恋人を亡くしたばかり。恋人がいないこの世界には鈍色。
 しとしとしと。
 しとしとしと。
 空の涙と自らの涙は当の昔に混ざり合っている。どうせなら、そのまま自らもこの雨に溶けて消えてしまったらいいのにと思う。
 しと、しと、しと。
 そうすれば自分もまた、あの人のところにいける。
 ふと、灰色の視界の端に、浅葱色。
 香りのないその花はまるで匂い立つようにそこに「在った」。
 青年は導かれるようにその花に向かっていく。
『悲しい顔をしてるのね』
 その雨音のような声はその花から聞こえた。
 ぼんやりと、浅葱色が人の形に姿を変えていく。
 移り気に変わるその花の色のように。
『かわいそうに、失ってしまったのね』
「君は――君は――!」
 茫洋としたその姿はなくしたばかりの恋人に似ていて――。
「君は死んではいなかったんだ!」
 青年は人の形の花を抱きしめた。
 花に青年のその強い愛情が伝わっていく。
 ――ああ、ああ。
 花はやがて移り気に姿を変えていく。より、彼の恋人の姿に近く――。
「ハイドランジア、こんなところにいたんだね」
 感極まった青年は泣きながら強く、強く、強く花を抱きしめる。
「ええ、そうよ。そうなの」
 花は青年の言葉に――青年の愛を受け止めるように応えた。
「わたし、わたしよ、|味狭藍<<ハイドランジア>>よ」
 花――味狭藍の妖精はその男の愛が欲しくて、嘘をつく。
 
 ●
「みなさんに、折り入ってお願いがあります。その。教会に祈りを捧げに来てくれる方がいるんです」
 『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は憂鬱そうな顔で、雨が降る教会の窓の外を見つめきりだした。
「テオドラさんという方なのですが、最近恋人をなくされた方で――」
 クラリーチェの歯切れは悪い。
「葬儀もこの教会で行いました。ですがその、今は恋人と一緒に暮らしているそうです」
 その支離滅裂な話に集まった友人たちは疑問符を浮かべる。
「えっと、そのですね。普通なくなった方は生き返ることなんてできません。
 一緒に暮らしているお相手は紫陽花の妖精が姿を変えた者、のようです」
 青年、テオドラが笑顔でクラリーチェに恋人が帰ってきたと報告にきたのはつい数日前のことだ。そんなことはあるはずはない。
 彼の恋人は今は冷たい土の中だ。確認のために後で墓地にいったが真新しい墓標があるだけだった。掘り返されたような形跡もない。なんなら、以前供えた花すら残っていた。
 彼は、クラリーチェを恋人に会いに来てくれと誘った。いぶかしがりながらも迎えばそこには生前とかわらない彼の恋人の姿。
 彼女は体が本調子じゃないから、この森から出れないんだ。だから僕はここに家をたてたのだと彼は言った。
 しかしてクラリーチェの目にはその恋人が生前と違うことがわかる。背には浅黄色の羽。
 彼の恋人だった女にそのような羽などなかった。
 軽いお茶会のあとクラリーチェは片付けの手伝いをすると、女と二人きりになる。
 あなたはだれ? とクラリーチェは彼女に尋ねた。
 そうすれば、女は案外と簡単に出会いの真相と自分の正体をクラリーチェに明かした。
「わたしは……あのひとの愛にふれました。それが欲しかったのです。
 だから、騙しました。わたしと彼が結ばれることがないのはわかっています。それでもせめて、一緒にいたいのです」
「それで、いいのですか? あなたはあなたとして彼にみてもらっていないように思われます」
 クラリーチェの言葉はナイフのように、女の心を引き裂く。
「わたしを通して誰かの代わりに愛してくれるなら、それでもかまわないのです。
 相手の思いによって姿をかえていくわたしを、ひとは移り気と笑うのでしょう。
 それでも、代用品でも、この温かい想いは、きっと。わたしの中で生き続けるから」
 妖精とひと、寿命の違うふたりはまた近く生き別れることになるだろう。寿命が違うということは世界もまた違うということだ。
 クラリーチェは彼らに何もいえず家路につくことになる。
 嬉しそうに手をふったテオドラの顔色が悪いことに気づいていた。妖精が人の姿をとるために、彼の生気――愛を吸い取っているのだろう。このままではよくないことはわかっている。
 けれどふたりは幸せそうに笑う。
 それを無遠慮に壊すのはなにか違う気がする。
 クラリーチェは「あい」がどんな概念かはわかっている。けれど、それを実感は――しているのか、そうではないのか曖昧なままだ。
 だからどうすればいいのかわからない。
 故に友人たちにどうするべきかを問いかけたのだ。
「私は、彼のためにどうすべきでしょうか?」

GMコメント

 てつびんヌメってます。
 リクエストありがとうございました。心情もりもりでいきます。
 
 味狭藍――紫陽花の妖精の思いをどうすればいいか、クラリーチェさんに教えてあげてください。
 どのような結末を迎えても問題はありません。逃げられてしまったら失敗です。
 そのまま二人が暮せば一月もしないうちに青年は愛を吸い取られ死んでしまうでしょう。
 しかし彼らは幸せな一月をおくることになります。
 妖精の様子から、嘘をついていることには罪悪感がみえます。青年の命を吸い取っているのは無自覚です。
 元のすがたの自分として愛されたいという願いはあるのかもしれません。
 着地点だけは合わせていただくようお願いします。
 
 ■人物
 テオドラ:恋人をなくしたばかりの青年です。クラリーチェさんの教会によく祈りにくる敬虔で真面目な青年です。
 
 味狭藍:あじさい。紫陽花の妖精です。今はテオドラの思いに応え、彼の恋人であるハイドランジアとそっくりの姿になっています。
     背中には浅黄色の羽が生えていますが、テオドラは認識できていません。
     みなさんは羽もみえています。テオドラの恋人の姿になるための代償は彼の愛。生命力と置き換えてもかまいません。
     吸い上げていることは無自覚です。
     テオドラの誰かへの愛を受け、その愛が欲しくなりました。テオドラのことを愛しています。
     
     
     戦闘になった場合、テオドラは味狭藍を守ります。テオドラは普通の一般人ですので攻撃を受ければ死ぬこともあるでしょう。
     テオドラに味狭藍の正体を告げても信用はしません。味狭藍は彼が死ぬまで恋人のハイドランジアでいようとします。
     
     味狭藍は全体攻撃や、自己回復を行います。形態変化で回避力が高めです。体力はそれほどでもありません。
     基本的には連距離攻撃を使いますが、近接粋でも命中力がさがりません。
     戦闘になれば、あなた達を倒して彼と逃げようとします。といっても森からは出れませんが。
     彼女たちが逃げると彼女を守ろうと森の木々が邪魔をして追いかけることは困難です。
     彼が死ねば、怒りで火力や命中力がアップします。自分が死ぬまで戦います。
     
  ■ロケーション: 森の中の小さなコテージです。コテージの周りには紫陽花の花が咲き誇っています。
           天気は雨で少々滑りやすくなっています。
 
 以上よろしくおねがいします。

  • 帷子時の薄浅黄完了
  • GM名鉄瓶ぬめぬめ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年06月15日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エンヴィ=グレノール(p3p000051)
サメちゃんの好物
クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
安寧を願う者
伏見 行人(p3p000858)
北辰の道標
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
天義の聖女
ジルーシャ・グレイ(p3p002246)
ベルディグリの傍ら
十夜 蜻蛉(p3p002599)
暁月夜
アカツキ・アマギ(p3p008034)
焔雀護
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
戦輝刃

リプレイ



 コテージの紫陽花が綺麗と話したら見たいという方たちがいらっしゃって――。
  『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)がテオドラにそう願えば、彼は快く歓迎してくれた。
(嘘も方便です。――やっぱり本当に綺麗ですね)
 クラリーチェはほう、とため息をつく。クラリーチェ本人は正直この二人がそのままでもいいのだと思っていた。しかし仲間たちは同じく結論づけはしなかったのだ。だから見守ろうと思う。
 この幸せな嘘で飾られた恋の行く先を。
 願わくば幸せなままで――。
 
「はじめまして、、クラリーチェさんから話を聞いて伺ったのだけど……此処は、綺麗な紫陽花に囲まれてる場所なのね……妬ましいわ」
「えっと、妬ましい……はは。そんなに僕たちは仲むつましくみえますか? てれるなぁ」
「テオドラったら。――みなさん、こんにちはごゆっくりと、あのこたちをみてあげてください」
 『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)が多少不穏なピリオドで微笑めばテオドラが惚気ける。やはり顔色が悪い。無理をして笑っていることはこの場の皆が気づく。
 ハイドランジア――味狭藍も正体を明かした状況で彼らが来たという意味はわかっているのだろう。テオドラを諌めながらもどこか諦めたような微笑みを浮かべていた。
(傍からみれば愛し合っているようにみえる二人……流石に幸せとは言えなさそうね。二人が幸せなら口をだすつもりはないけれど――)
 テオドラから伺える死相は近い幸せの終焉を表している。エンヴィーは見える不幸を前に幸せと妬むことはできない。
「おっと、大丈夫かい?」
 不穏に咳き込むテオドラを支えようと『精霊の旅人』伏見 行人(p3p000858)が前に出る。
 行人もまたクラリーチェと同じく友人が恋をしているが本人自体はその恋愛の機微には疎い。けれど恋をしている友人たちは幸せそうだった。
 お互いが納得しているのなら口をはさむまでもないが、しかし――。彼らはきっと納得して愛し合っているのだろう。正体、という秘密がなければ、だが。
 行人は愛というものはわからない。けれどわかることはある。愛は渡す、受け取るのような取引ではなく、お互いに分かち合うものだということを。
(やっぱり――本当のハイドランジアさんの事をおもうと悲しくなってしまうかな)
  『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034) は今は亡き女を想う。もし自分が死に愛する人が自分にそっくりな誰かを自分として愛することはただただ悲しいことに思える。
  現実から目をそむけ、優しい嘘に溺れ、自分の死がなかったことにされるのは――いやだ。
  だから現実と向き合うことが必要だとスティアは考える。
「お粗末かもだけれども。普段森にいるとこういったものは口にすることはあまりないでしょう?」
  『月香るウィスタリア』ジルーシャ・グレイ(p3p002246)がバスケットにたっぷりのスコーンを見せて微笑む。
「気に入れば作り方だって後で教えるわよ」
 ジルージャはこの愛が間違っているとは思ってはいない。そも、愛なんて色も形も、ましてや香りすら存在しない曖昧なものだ。その曖昧さが愛おしいのだ。
 味狭藍の存在はテオドラの心を救った。それもまた真実だから。
「まあ、ありがとうございます。ではお茶を用意しないとですね」
 ハイドランジアが受け取り、準備のためにキッチンに向かう。
「ああ、うち手伝うよ」
  『月しずく』蜻蛉(p3p002599)が手伝いを申し出る。
(ほんまはできることなら一緒に居らせてあげたい)
 それは皆には言えない一つの本音。だけどこのまやかしの女は近い将来愛した人を自分が殺してしまう未来があることに気づいてはいない。きっと後悔するはずだ、と蜻蛉は思う。
 どういう結果を齎すとしてもそれだけは止めたいと思う。
 スティアと行人、エンヴィもまた、手伝いにいくことを立候補する。
「騒がしくして申し訳ないね、おっと、俺も手伝おう。といっても重いものを持つことしかできないが」
 にわかに騒がしくなったコテージで、 『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)が微笑む。
 愛し合った二人が死に別れるというのは珍しくもない話だ。だからといってそれは外野だからこその見解でしかない。当の本人にとっては身が引き裂かれるほどの苦痛を伴うのだから。それはベネディクト本人にもまた覚えのあることなのだ。
「いえ、寂しい場所です。ハイドランジアも喜びます」
 テオドラは嬉しそうに答えた。
「初めましてなのじゃ、ちょっとお話、いいかのう?」
 小柄な子供にみえる『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)はこうみえてもひゃくとせの齢を重ねた幻想種である。とは言え男女の機微が得意というわけでない。
 どんな結果でも選ぶのは当人同士、それでもいびつな嘘でごまかされた真実から目を背けたまま決めることは許されることではないのだと思う。
 だから最初にアカツキが切り出したのだ。
 

「ふふ、狭いところで恐縮ですが」
 手伝いを申し出てくれた5人――蜻蛉、スティア、行人、ベネディクト、エンヴィに指示をしながら、ハイドランジアは湯を沸かす。手狭なキッチンにぎゅうぎゅうにはなっているものの、たくさんの人間がうれしいのか味狭藍は微笑んでいる。
 味狭藍という妖精は本当に「ヒト」が好きなのだろうとベネディクトは思う。
「少しいいかな? 君は彼のことを愛しているんだね」
 ゆっくりとしたトーンで行人が切り出せば、味狭藍は観念したような顔になる。彼らが何をしにきたのかわからないくらい、味狭藍は鈍くはない。
「彼の顔色、悪かったね」
 スティアの言葉に味狭藍の指先が震える。
「なにか体調の変化とか気づいたことはあるかな?」  
 味狭藍は無言だ。しかしそれが答えだ。
「きづいていたんだ。それをもたらしているのは貴方だって気づいていた?」
 スティアたちはここにきたのは初めてで彼らを見るのもはじめてだ。しかし見た瞬間に気づいた。味狭藍が彼の生気を奪っていることに。気づいてないのは当人だけだ。
 スティアの厳しい言葉は味狭藍に突き刺さる。
「そんな……! わたしがテオドラを?」
「そっちは気づいてなかったんだね。なら貴方はどうする? もう気づいた以上そのままではいられない。
 テオドラさんを自分の手で殺したい? それとも彼の幸せを見守る?」
 矢継ぎ早のスティアの質問は彼女の中の憤りのままの言葉だ。それではダメだと思うスティアの純粋さそのものなのだ。味狭藍は答えない。
「あのね――」
 そんなスティアを抑え蜻蛉が口を開く。
「うちもね、こんな格好しとるけど、あなたと同じ。
 ひと、やないの。やから――気持ち、よおわかるつもり。痛いくらいに」
 キッチンに飾られた青紫の花の花弁を蜻蛉は優しくなでる。
「でもね。ほんまに偽りの姿でええの?」
 とってもきれいな紫陽花の花。蜻蛉も好きな花の一つだ。だからこの女の本当の姿だって美しいと思う。たとえそれがテオドラの恋人と似ても似つかない姿だったとしても。
「想像やけど。其の姿保つために。あのひとの記憶――言い換えたら根源とかそういうのを奪ってやっとその姿になってるんやとおもう」
「そうだな。軌跡は起こった、けれどそれには代償が必要だった。しかたないことさ」
 行人が蜻蛉の言葉を継ぐ。それはただのおせっかいだ。行人にはこの状態が悪いとは言い切れない。しかし良くないことも確かなのだ。きっとこの恋は愛に成長するその前に終わってしまう。
 きっと一ヶ月もつか持たないか。そんな悲しい愛におせっかいをしたくなったのだ。だから行人はクラリーチェの話を聞き、ここにきた。
「君が欲しかった愛は、本当に今与えられている愛と同じなのだろうか」
 テーブルにカップを並べながらぽつりとベネディクトがつぶやく。
「それは――」
 違う、と小さく味狭藍が初めて答えた。
「成り代わり、うけた愛はここちがいいものだろう。だが――僅かでも存在するしこりはゆっくりと大きくなっていくものだ」
 端的に伝えられた言葉は味狭藍の中の違和感を指摘する。
「それは受け取っている君が一番わかっているはずだ」
「もとより、ヒトと妖精の寿命はちがうわ。だからいつかは貴方はテオドラさんと別れることになるわ。それでもその期間が一月というのは短いでしょう?」
「テオドラはあとそれだけしか持たないのですか?」
 エンヴィの言葉に行人が頷く。味狭藍はくしゃりとなきそうな顔になる。
「ええ、今のままではテオドラさんはすぐに亡くなってしまう
 ただ、亡くなるだけじゃない
 愛する人が、自分のせいで亡くなってしまう
 ……テオドラさんを騙している事に罪悪感を感じるのであれば、テオドラさんを失った時の後悔は恐ろしい物になるのではないかしら
 ……味狭藍さん、貴女はそれで良いの……?」
「いや――です」
「じゃあ、本当の姿をみせてほしいな。きっと綺麗だとおもうよ」
 スティアが微笑んで促した。
「でも、それは――」
 嘘をついたことがバレるからと、しとしとと涙をこぼしながら味狭藍が首をふる。
 そんな味狭藍を蜻蛉がそっと抱きしめる。
「でもね、うちおもうんよ。誰かの代わりでええから傍に居て愛されたいと思ったきもち。違う世界(じゅみょう)の人を好いてしもうた気持ち。
それだけはあなただけのもので。嘘偽りなんてあらへんよ?」
「君の恋を君の愛を。上手く運ぶ方法があると思うんだ、味狭藍さん。其のためにに一緒に考えよう。そのために俺たちはここにきた」
 行人が真摯な瞳で君の愛を。味狭藍を見つめる。
「君はどうしたい?」
 その言葉にハイドランジアの姿だった女の輪郭がぼやけていく。
 

「へえ、いい恋人じゃない、きゅんきゅんするわ。逢引の話ももったいぶらないで教えて頂戴な」
 拙速に話をしようとするアカツキを押し留め、ジルーシャが思い出話をテオドラにさせる。
 出会ったときの話、数々のエピソード。そういったものを聞いていく。
 クラリーチェはテオドラのことはある程度は知ってはいたが、初耳のエピソードも多い。
 前半こそはハイドランジアの名前を言葉にしていた彼が、最近の話題になると「彼女」と呼ぶことにジルーシャは気づいた。それは偶然などではない。
「そうなの、ええ、ええ」
 ジルーシャは自分の予想が――そうであって欲しいという願望と言い換えてもいい、それが正しいものだと再確認する。
 恋人の死を追いかけようとするほどに恋人を想っている男だ。
 偽りの『恋人』の違和感に気づきはじめているのだろう。しかし――それを口にしないのは『恋人』の想いを無駄にはしたくないからなのだろう。
 それはもう一度愛を失うのが怖いという保身もあったのだろう。本当に――野暮な二人ね。
 ジルーシャはくすりと微笑む。不器用で愛おしいこの二人が可愛らしいとおもってしまったのだ。
「まどろっこしいのじゃ!
 テオドラ、お主はこのままじゃと一月もせぬ間に生気を失って死ぬ」
 のらりくらりと本題をそらすジルーシャの話にアカツキが本題を伝える。
「あらあら?」
 せっかちなアカツキの気持ちもまたジルーシャにもわかる。いつまでも微温湯の愛に揺蕩うことも悪くはないけれど、決着をつけるために来たのだ。だから結論からのそのアカツキをジルーシャは止めない。
「理由は、そこの彼女がハイドランジアの姿に変化する為の代償じゃ。お主の愛、つまり生気を代償としておる。これは誓って嘘ではない、妾達はただ主らに真実を伝えにきただけじゃ。害そうとも、騙そうとも考えてはおらぬ」
 だから、最後まで話をきけと一気にまくし立てて、頭を下げるアカツキの姿にテオドラは面食らうが、「違和感」の正体がわかったというような顔になり、アカツキに続きを促す。
 アカツキは彼が目をそむけていたそれを指摘する。
「お主の恋人が死んだ後、出会ったはずじゃ。花の妖精に、お主の隣におる死んだはずの恋人の姿を持つ者に」
 其のとおりだ。その記憶はきちんとテオドラの中にもある。
「教会裏にあるハイドランジアさんのお墓に祈りを捧げ、花を添えたこと。忘れてしまいましたか」
 静かな声でクラリーチェが問いかけた。
「忘れて、いない」
 声がかれるまで泣き叫んだあの心の痛みが失われることは、ない。
「ハイドランジアさんはきっと貴方の幸せを願っていますですが『自分と同じ見目形』の誰かを愛した貴方を、どう思っているのでしょう」
「……」

「いいかな?」
 ティーセットを持ったベネディクトが声をかけてリビングに入室する。
「ああ、すまないね。彼女は?」
 まあ、とジルーシャは感心する。テオドラが「ハイドランジア」ではなく「彼女」とよんだことに。この恋の行方は悪いものにはならない、とジルーシャは確信する。
「綺麗なんだからしんぱいしなくていいんだよ」
 スティアがリビングのドアの向こうの誰かに話しかける。
「驚かないでくれよ、テオドラ」
 行人が苦笑しながらフォローする。
 ややあって、蜻蛉につれられた、青紫の花の妖精――味狭藍が姿を表す。
「其の姿は久しぶりだね」
 テオドラが穏やかに味狭藍に話しかけたことに、蜻蛉が微笑んで、大丈夫みたいやねとつぶやいた。
 同席するみなが頷く。
「紫陽花。綺麗ですね」
 クラリーチェが女の真の姿をみて微笑む。
「テオドラさん、紫陽花は日毎に色を変える可憐な花です。ですが色は変われども、紫陽花であることには代わりはありません」
 クラリーチェの説法にテオドラも、味狭藍も耳をかたむける。
「テオドラさん。あなたの目の前の存在は姿こそハイドランジアさんに代わりました。
 ですが、その心は味狭藍さんのものなのですよ。彼女を彼女として、受け入れることは叶いませんか?」
 味狭藍がテオドラの生気(きおく)を吸い上げるためにハイドランジアの姿をとらなければ、命が失われることはない。失ったものを嘆く男を慰めるために自らの姿を失った女。そのふたつは不幸にもピースが噛み合ってしまった悲劇。
 それを正してしまえばズレは生じるだろう。
 しかし時間をかければそのズレは少しずつ無くなっていくはずだ。二人にはその時間ができたのだ。
「僕は、君の名前をしらないんだ。名前を教えて欲しい」
 テオドラは決断した。
 だから女もまた決断する。
「味狭藍」
「そうか、いい名前だね、味狭藍。すまなかった。僕はずっと君を傷つけてきた」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
 女の決断は愛されることがなくなっても、愛する男の命を繋げること。愛を失う勇気を彼らが与えてくれたのだ。
「謝るのはこっちだよ。その、君を愛しているとはまだ言えないかもしれないが、この生活を続けてほしい」
 男もまた過去を飲み込み、愛した女の死を認める勇気をもらった。
 ベネディクトはもしものとき用意していた言葉を使わずにいれたことに安堵する。
 行人は紅茶をみなに配っていく。ジルーシャは満足そうな顔で微笑む。自分の予想はやっぱりまちがっていなかったのだと。
 スティアもまた用意していたテオドラへの説得を紅茶とともに心に流し込む。目をそむけることなく未来が開かれるだろうことは明確だったからだ。だったら意地悪なことは言う必要はない。
(お兄さんは本当に愛されとった……あの子の想いを受け止めて、これからはしっかり生きて……そう、生きて)
 ぎこちない二人をみて蜻蛉はこころのなかで願う。それはテオドラを通して別の誰かにも思う願いでもあるのだろう。
(人と妖精は住む世界が違う、寿命も違う。確かにそうじゃろう。妾も幻想種なのでな、長命種としての自覚はある)
 味狭藍はもうすこし遠い未来、別離の悲しみを背負うことになる。しかしそれはアカツキにとって不幸ではない。死別の悲しみは残される側であるアカツキは今まで何度も乗り越えてきたそれだ。しかし、それ以上に出会えた幸せはある。
 だから、だからこそアカツキは人との関わりを否定はしない。
(妾は友を、良き隣人を、そして彼等との出会いを愛しておるからな)
 
 あい、というものは優しく変わっていくものなのだとクラリーチェは思う。
 完全にそれがわかったわけではない。でもこころにひとつ、温かいものが灯った。だからこの結果は好ましいものだとおもう。
 だからゆっくりでもいいから、育ちゆくふたりの愛の未来を祈りたい。
 
「ああ、それにしても」
 新しい幸せへの旅路につこうとしている二人を眺めながらエンヴィーが呟いた。
 
 ――妬ましいわ。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 素敵なプレイングをありがとうございました。
 二人はすぐには無理でもゆっくりと愛を紡いでいくことでしょう。

 リクエスト本当にありがとうございました。

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