PandoraPartyProject

シナリオ詳細

罪のアントニウムを何と云う。

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 この世のものとは思えない、耳を塞ぎたくなるような悲鳴が彼の耳を劈いた。
 視界には激しく燃え上がる炎。
 熱風は驚くほどに熱く、近寄ることも儘ならない。
 それでも誘われるかのようにその炎に吸い寄せられていく彼を、周囲の人々が必死に制止する。
「やめろ――!」
 彼は思わず耳を塞いだ。その悲鳴を聞かないで済むように。
 燃えているのは彼の家で。
 叫んでいるのは彼の父と母だった。
 地獄の業火に包まれて、やがてその断末魔の音色は霧散していった。
 しかし悪夢は終わらなかった。
 火を放った美しい騎士は、鋭い剣で人々を斬り裂き、有無を言わさず殺していく。
「やめてくれ――!」
 眼前で姉と弟の胸がその剣に貫かれた。痛みに咽ぶ叫換が鼓膜を殴り、その瞳は死にたくないと呟いて、そのまま力を失って地面に倒れこんだ。
「お願いします、なんでもするから、助けてください――」
 懇願する彼を嘲笑うかのように、美しい聖女が現れる。
 騎士と聖女は親子の様に似た相貌で。
 彼の願いを聞き入れるかのように、
「――神様、お願いします」
 そう呟いた、彼の妻と、子供を――。


 過日、『煉獄篇第五冠強欲』ベアトリーチェ・ラ・レーテによる《天義》(聖教国ネメシス)への侵攻を、イレギュラーズ達は阻止した。そして、その代償して天義国内は瓦礫に塗れ、弱体化し、強国であった頃の面影を薄めてしまった。
 天義を襲ったその災厄の裏に、名もなき犠牲者たちが無数にいる。
 司祭――エレミヤは、そんな犠牲者の一人であろう。
 ロストレイン家の不正義――ジルド・C・ロストレインとジャンヌ・C・ロストレインの凶行はイレギュラーズによって止められた。ジルドもジャンヌも、魔種へと反転するに足る凄絶な理由が在った。彼ら二人の命を以て得た安寧は、しかし奇蹟であったただろう。

 ――しかし、結局エレミヤが救われることはなかった。

 神に人生を捧げた彼の家族は全て殺された。その魔種達に。

 何もかも奪われた。

 何もかも失った。

 名を記されぬ犠牲者たちの上に、史実は成り立つ。
 誰が、加害者だ?
 誰が、被害者だ?
 増えていくのは犠牲者だけ。

 ――そしてエレミヤは狂った。信仰が彼を狂わせた。


「司教さま。私は思うのです。
 我々は神を信ずるが故、苦しみます。
 与えられる救済よりも、与えられぬ苦患の方が遥かに多い。
 ですから、今、我々の国もこのような惨状にありますのでしょう。
 神が居られるというのなら、何故、神は我々にこのような仕打ちをされるのでしょうか」
 一人の若い司祭が、少年の様な高い声で問うた。
「神は越えられぬ試練は与えません。これは、我々がさらなる発展を遂げるために、わざわざ与えてくださった苦難なのです。……だから」
 言いながら。
 初老の司教は、眼前の彼――エレミヤの尋常ならざる雰囲気に、一歩後ずさりした。
 直黒の聖衣に身を包んだエレミヤは、頬を返り血で汚した満面の笑みで、右手には銀鼠色の銃を握っていた。
「何を考えているかは知らないが、考えを改めなさい」
 司教は酷く悪い予感を幻視した。努めて穏やかな声で諫めるが、眼前の男の笑みは消えない。
「司教さま。私は、貴方の部下であり、私の同僚である聖職者たちを、ついさっき殺害してまいりました」
「――」
 その言葉に思わず司教は言葉を失った。
「司教さま。“この銃と貴方の御命”が、私を救ってくださります」
「……! まさか、お前は……儀式を……!
 やめ――」
 ――なさい、と続けようとして、司教は口を閉じた。眼前に銃口を突き付けられていたからだ。
「司教さま。私は、貴方の大事にされておられるご子女も殺めました。
 最後まで、この銃をお守りになった、気高いお方でした」
「……貴様!」
 一転、司教の貌に壮絶な怒気が躍る。彼は赤紫の聖衣の懐に収めていたナイフを取り出しエレミヤへと向けた。
「司教さま。此れも神が貴方にお与えになった試練ですか。貴方は何故、お怒りになるのですか」
 しかしエレミヤは司教からの返答を待たず、その自らの銃口を司教の口の中に捻じ込んだ。
 司教の声ならぬ声が罪を穿ち。戦慄した瞳が眼前の狂人を凝視する。
「司教さま。私がすべてを救ってさしあげます。ですから」
 トリガーに指が掛かる。あと二キログラムの重さが加われば、
「――“神殺し”の御許しを」

 誰も何も救えない神ならば、殺してしまえばいい。
 撃鉄の落ちる音に続いて司教の頭を銃弾が貫く鈍い音、思ったほど噴出はしない鮮血が床を彩るのを待って、エレミヤは、新たな神を視た。


 エレミヤの眼前には、血海の中に揺蕩う司教だったものと――、宙に浮かぶ“神の贋物”。
 彼が同僚たちの命を奪って手に入れた右手の銃は、曰く神殺兵装『第五聖典』。
 そしてその銃で以て司教の命を奪うその行為こそが、“神殺しの悪魔召喚”の儀式。

「貴様が罪深き我が主か」

 無機質な鎧に覆われた、純白の人型の天使。否。――悪魔。
 八翼の羽根が悪魔を空間に揺蕩わせて、悪魔はその歪な視線をエレミヤへと定めた。
「私は……」
 エレミヤは跪いた。
「全てを救います……」
「全て?」
「はい。“全ての汚れた存在”に――“魂の救済”を」
 聞いて、くつくつと悪魔は嗤った。詰まりそれは、全て殺すという事か。
「気に入った。それでは始めよう」
 ばさり、と教会に白き翼が舞った。

「――《救済》(虐殺)を」

GMコメント

シナリオのリクエストありがとうございます。

■ 成功条件
・ 悪魔『エレシュキガル』の撃破
・ 司祭『エレミヤ』の撃破又は無効化

■ 情報確度
・ B です。
・ OP、GMコメントに記載されている内容は全て事実でありますが、ここに記されていない追加情報もあるかもしれません。

■ 実質難易度
・ ややHardよりのNormal程度 の難易度になります。

■ 現場状況
・ ≪天義≫(聖教国ネメシス)内にある教会。時刻は夜ですが教会内は照明があり、視界が十分です。もしも照明を破壊する/されると、差し込む月明かりだけが頼りとなるでしょう。エレミヤは暗闇でデメリットを受けますが、エレシュキガルはデメリットを受けません。
・ 教会内は非常に高い天井と、深い奥行きのある長方形型の構造です。横幅は、十人掛けの椅子が左右に四つずつ、計八つが横に並ぶ程度の幅です。内装は紫色の美しいステンドグラスで一面を覆われています。
・ 教会内には敵性ユニットであるエレシュキガルとエレミヤが居ます。司祭は死亡しています。また後述の『第五聖典』を格納・守護するための地下道では、二十数名の聖職者達が死亡しています。
・ シナリオは教会突入後の会敵時からスタートすることとします。事前時付与・他付与は可能とします。

■ 敵状況
● 司祭『エレミヤ』
【状態】
・ 漆黒の聖衣に身を纏った司祭。
・ 天義で発生した一連の事件(冥刻のエクリプス)により家族全員を失ったことで狂人化しており、一見冷静な受け答えを行いますが、正常な思考は出来ていません。元々は非常に優しい性格の青年で、かつ敬虔な信仰者でした。
・ 教会内に格納されていた神殺兵装『第五聖典』という銃型の武器を用いて、神殺しの悪魔エレシュキガルを召喚し、人々の虐殺とそれに依る魂の救済を行おうとしています。

【能力】
・ 通常は戦闘能力を有さぬ一般市民ですが、第五聖典の加護を受けイレギュラーズと渡り合える戦闘能力を有します。
・ 第五聖典から放たれる通常射撃や、神秘系の顕現魔術による『不吉』『致命』等のBS付与の可能性があります。

● 悪魔『エレシュキガル』
【状態】
・ 無機質な鎧の様なものに全身を覆われた、純白の人型悪魔。八枚の翼により飛行可能です。手が四本あり、全てに全長二メートル程の深紅の剣を持っています。
・ 神殺兵装『第五聖典』による司教殺しと聖職者殺しにより顕現させられており、撃破することにより消滅します。召喚者であるエレミヤが一般市民であるため能力が一部抑制されています。
・ エレミヤを主と定め、彼の望むが侭、虐殺を行わんとその苛烈な戦闘能力を発揮します。したがって、イレギュラーズが彼を妥当しなければ、付近の市民に多大なる被害が発生するでしょう。

【能力】
・ 強力な敵性ユニットです。エレミヤと比較して格段の注意が必要です。
・ EXAが高く手数が多い事、機動力に富み、その身から放つ神秘魔術による『封印』『暗闇』等のBSや、物理剣戟による『出血』系のBS付与の可能性があります。

■ 味方状況
特になし。

■ 備考
・ ジルド・C・ロストレイン、ジャンヌ・C・ロストレインの引き起こした事件については<冥刻のエクリプス>Non ducor, duco.(夏あかねGM)等に記載がありますが、こちらを参照される必要はありません。
・ 本シナリオに登場する『悪魔』は便宜上設定された呼称です。『悪魔』は天義一部地域に伝わる伝統的な降霊術により顕現した召喚獣のようなものであり、『魔種』とは異なる存在です。また他シナリオに登場する『悪魔と呼称されるもの』とは異なる独自の概念であります。
・ 神殺兵装『第五聖典』は危険な武器であり、シナリオ成功した場合は別の聖堂にて厳重な保管を受けることになります。

皆様のご参加心よりお待ちしております。

  • 罪のアントニウムを何と云う。完了
  • GM名いかるが
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年06月14日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談9日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
罪のアントニウム
スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)
リインカーネーション
ロゼット=テイ(p3p004150)
月光
リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)
銀なる者
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
長谷部 朋子(p3p008321)
蛮族令嬢
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進
夜式・十七号(p3p008363)
倶利伽羅剣

リプレイ


 硝子が割れる音が断続的に続き、教会に灯されていた灯りが失われる。
 壁の上部に並ぶ窓から、蒼い月光が差し込んだ。
 今日は、満月だった。
「……なんだ?」
 エレミヤが呟き、戸惑ったように周囲を見渡すと、対照的に、その傍らに顕現した神を騙る悪魔――エレシュキガルは、白銀に美しく輝く鎧の様な体躯を無感情に宙に浮かせ、ある一点を凝視した。
「少しは知恵を持つ者が居る様だ。
 ……面白い。《救済》の邪魔立てをしようとでも云うのかね」
 エレシュキガルの天使の様に澄んだ神性の声が、イレギュラーズには聞こえた。そして、エレシュキガルはイレギュラーズが此処へ来た理由を理解していた。
 ――直後。
 教会に響いたのは、刃と刃が交わる、静謐で冷徹な剣戟の音。
 ――交錯したのは、『砂漠の冒険者』ロゼット=テイ(p3p004150)の金色の瞳と、エレシュキガルの瞳と呼べぬ瞳。
「デカくて顰めつらしい顔だね。
 こんな素敵な月の夜に――今晩は、“悪魔”さま」
 エレシュキガルが残り三本の剣の内一本をロゼットへ振り下ろすと、ロゼットが弾けそれを躱す。代わるようにして、
「全力で止めさせて貰うよ! エレシュキガル!」
 獰猛な獣を思わせる身のこなしで接敵し、石斧ネアンデルタールを振り上げた『蛮族令嬢』長谷部 朋子(p3p008321)が左手から、
「──さあ、神殺しの時間だ」
 鍛え上げられた独特の体術で接敵し、剣を下段に構えた『七十抜刀』夜式・十七号(p3p008363)が右手から、エレシュキガルを射程に収めた。
 振り下ろされる斧と、振り上げられる剣。
 凄絶な二撃が同時に注がれ――。
 激しい衝撃――しかし、エレシュキガルの二本の剣が朋子の斧を、もう二本の剣が十七号の剣を受けていた。
「……受け止めますか。悪逆なる冥神の名は、伊達ではありませんね」
 『祈る者』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)は平時は穏やかな声色を何処か無感情に呟くと、紫電の虹彩がエレシュキガルを見遣った。
 そして、
「うわぁっ……!」
「……っ!」
 受け止められていた朋子と十七号が弾かれた。そして間髪入れず振り下ろされる深紅の刀身――。
「――む」
「させないよ!」
 銀色の軌跡がその切っ先に飛び込み、『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)が展開する魔術障壁が、苛烈なるその一撃を受け止めていた。
「傲慢な顔つきだね、まったく」
 続けざま『絶望を穿つ』リウィルディア=エスカ=ノルン(p3p006761)のその言葉が言い終えられる前に、エレシュキガルは後方へと飛んだ。――直後、元居た場所を貫く魔弾。
 その出所であるリウィルディアを見遣ると、エレシュキガルはエレミヤへと視線を移した。
「中々の強敵であるぞ、我が主。どうする。――本気で殺るかね」
 無機質な、けれど何処か愉快そうなその問いに、エレミヤはぎこちない微笑みを浮かべた。
「……私の邪魔をしないでください。
 私は全ての人々を《救済》したいだけなのです」
「死もまた救い、とは言うけれど。他人に押し付けた死を救済と。
 そう騙るのは些か傲慢が過ぎるだろう? ――聖職者ともあればなおさらね」
 リウィルディアの言葉に、エレミヤが首を振る。
「しかし、死なねばこの不浄の世界から、抜けられません。
 そして、それこそが幸福の道でしょう」
「例え、救済という名を借りた粛清であろうが、“神の教え”ならば憂いてはならない。
 心から信仰に殉ずるなら抑々、苦慮などする筈がない――違いますか」
 クラリーチェの指摘に、エレミヤの顔が曇った。
「……私たちに安寧を与えぬ神など、神ではありません。
 そんな神など、私は要らない……!」
 ――『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は、刀を握る手に、力を籠める。
 エレミヤは嗤いながら人々を虐殺しようとしている。
 正気ではない。
 引き戻す余地は、既に失われているのかもしれない。
 待っているのは、結局は定められた結末なのかもしれない。
 ……けれど。
 リディアは切っ先を敵に向けた。煌めくその碧眼には、悪魔が映っている。
「《悪魔》(コイツ)は私達に任せて下さい!
 ――カイトさんは、そちらの司祭を!」
 ロゼット、スティア、朋子、十七号がエレシュキガルを囲む。リウィルディアとクラリーチェは其処から少し距離取って全員を射程に入れた。
「俺の名は――カイト・C・ロストレイン」
 淡い靴音が響き渡る。
「……エレミヤ」
 皮肉な程に白い翼が、心地良い音を奏でて聖堂に舞う。
「俺は、」
 《虹彩異色》(オッドアイ)の深紅眼は、狂える司祭を収めて、
「君から全てを奪った一族の者だ――」
 『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)のその言葉に。

 ――エレミヤの瞳が見開かれた。

 凍り付いていたエレミヤの心が、瞬間、沸騰した。
 その炉に火を焼べたのは、カイトの言葉。
 エレミヤは眼前にやってきたカイトを凝視する。
「……っ!」
 瞬間。
 ――全身に奔る、悪寒。
 あの顔。
 あの眼。
 覚えている。
 覚えているとも――忘れることなど、あの夜から一時も許されなかったのだから。
 《あの男》と。
 《あの女》の貌だ。
 ――“あの夜”が鮮明にフラッシュバックして、エレミヤは、
「――避けて!」
 クラリーチェの声が響くのと、憎悪に満ちた表情のエレミヤが第五聖典の銃口をカイトに向けたのは同時だった。

「エレシュキガル。
 この方たちには――最上級の救済を」
「――承知した、我が主!」

 一発の銃声と共に、エレシュキガルが四本の剣を鳴らした。
 そして、カイトの頭部は――鮮血を散らし、爆ぜた。


 リウィルディアの視線の先で、カイトの顔が九十度仰け反り、後、血液が噴出する様子が、コマ送りの様に映った。
「――痛いだろうな」
「カイトさん?!」
「ちょっと――嘘だよね?!」
 リディアが叫び、スティアが顔色を変えるとすぐさま療術詠唱の準備に入る。が、
「――大丈夫」
 カイトがゆらりと頭を上げ、スティアを制止する。リディアの視線の先で、カイトの美しく整った相貌は血塗れ、口元は微笑んでいた。――こんな痛みなど、大したことないとでも云うかのように。
 特異運命座標でなければ即死だった。そんな一撃を甘んじて受け入れたカイトの様子に、エレミヤは思わず一歩、後ずさった。
「……エレミヤ、俺は、これ以上君に罪を重ねて欲しくないんだ。
 頼むから、正気に戻ってくれ」
「――私から全てを奪った一族の者が、その言葉を吐くのか!」
 尋常ならざる様子のカイト。しかしその口から紡がれた言葉は、エレミヤを激高させた。
 尤もな意見だ、とカイトも思う。……けれど。
「……例え幾万の謝罪の言葉を並べても、悲哀と怨恨の連鎖は廻るだろう。
 どの口で言う、と笑われたっていい。
 それでもキミを、――救いたいんだ」
 だから。カイトはエレミヤの攻撃は甘んじて受ける。それが彼なりの……ケジメの付け方。
「――ふ、余所見をしている暇など無いぞ、人間!」
 愉快気なエレシュキガルの声が響く。次いで、エレシュキガルは一瞬でロゼットとの間を詰める。
 ――疾い。
 振り下ろされる深紅の刀身を、ロゼットの山刀が受けた。強烈な一振り。ロゼットは刀身を左手でも抑え、両手でエレシュキガルの攻撃を受ける。――がん、と衝撃。更にもう一本の真紅の剣が、ロゼットに降り掛かった。
(――世界に慈悲はないのか、正しいあり方に意味はあるのか。
 喪失に悲しみ、時に狂う事は、罪であるのか)
 エレミヤの在り方を、ロゼットは否定しなかった。その領域に足を踏み入れる権利を、彼女は有していない。木から落ちた果実が痛むのは、道理であって。
「――他人の痛みを我がことのようにわかれ、などと云うのは。
 今痛まぬ者の戯言でしかないのだからな」
「達観だな」
「君ほどではないさ」
 ぎん、と甲高く強い音。三本目の剣が、別方向からの攻撃を受けていた。
「この国も君たちのことも、あたしは知らない!
 だけど、仲間の……皆の顔を見てたら、あたしでもわかる!」
 ……エレミヤの悲しみや憎しみを、朋子は理解してやれない。
 山ではそんな感情は求められなかった。生きるか死ぬか。自然は厳しく、其れ故、人は畏敬を感じる。
 だから。自分に出来ることは……。
「……む」
 ロゼットと拮抗しつつ朋子の連撃を受けるエレシュキガルが小さく唸る。
 朋子から繰り返される斬撃は、舞踏の様に軽やかに。
「あんたは此処で倒す! それがあたしに出来ること!」
 ――けれど一撃に熱量を籠めて、苛烈に。
 ロゼットの押し返しと朋子の一撃に、エレシュキガルが弾かれた。
「人間如きが――!」
 反撃するかのようにエレシュキガルから繰り出される猛然とした突き。その切っ先は違うことなく朋子を狙い定める――が、
「させはしないぞ」
 十七号がその攻撃を正面から受け止める。
「私は其処の司祭の事情は知らない。もし聞いたところで、同情する気もない。
 私たちがどう抗おうと世界は残酷に廻るものだ。私たちの手は、無限に大きくないのだからな」
 十七号の言葉に、エレシュキガルが感心したように笑う。
「自分の器をよく理解したものだな、人間。
 そう。人の手で救えるものなどたかが知れている。なれば最初から存在せねば良い。
 全て無に還れば、不幸などこの世から消え失せる」
 エレシュキガルの苛烈な攻撃に、十七号の義手も悲鳴を上げる。が、彼女は顧みず、
「私はお前ほど雄弁ではない。お前が何を考えようとお前の勝手だ、エレシュキガル。
 私は、奴の“無明”を払えても、その先へは進ませることはできない。それだけのこと。
 ――だが」
 その義眼は、一切の濁りも見せず、エレシュキガルを鋭く見返した。
「倶利伽羅剣――貪瞋痴の三毒を破る智恵の利剣は、決して折れぬ」
 エレシュキガルの激しい剣戟が十七号の身を斬り裂こうとも、彼女は退かない。
 今宵、彼女は盾となる。全ての仲間の――そして祈りの為の。
「信仰の道とは即ち、それ以外を“切り捨てる”事」
 昏き教会内に、淡く、しかしやがて一際力強く、蒼い魔術回路が這っていく。
 クラリーチェが両手を胸の前で握り、目を瞑った。
 それは祈り。
 果てしない祈り。
 見返りなき祈り。
 ――救われない、祈り。
 その祈りが臨界に達し、吹きすさぶ蒼き歌声となって顕現し、仲間の傷を癒す。
 そしてクラリーチェは、エレミヤを見遣る。
「信仰の果てに狂いましたか……それも一つの道。
 同じく信仰の道を歩む者として、貴方を阻みましょう」
 その言葉に、何故だ――とエレミヤは絶望的に首を振る。
「神など居ない! 居るならば何故、悪を野放しにするのです……!」
「“それは私の知り及ぶところではありません”。
 信仰とは“自己を神という他者に委ねた、信徒という名の駒”に成り下がる事でしょう。
 そういった意味では、貴方は――私よりもずっと“人間らしい”」
「そんな――そんなことって」
「祈りに見返りを求めてしまうのは傲慢なだけ。
 私達は神の信徒として正しく生きなければならないの」
 スティアが続けて云う。
「だから、どんなに辛いことがあったとしても――、人を手にかける理由にしてはいけないんだ!」
 ――エレミヤは、そんなクラリーチェとスティアの言葉に思う。
 ならば、――ならば何故。
 貴方たちは、一体何のために祈るというのか――。


 ――強い。仲間と連携しながら剣を振るうリディアは、眼前の悪魔を冷静に評価する。
 ちらと視線を移せば――カイトは、エレミヤからの攻撃を唯々受け続け、その身は、目を憚るほどの傷を負っていた。見かねたリウィルディアがカイトの傷を癒す。
「リウィルディアくん、僕は――」
「止めろ、と云われてもやるよ。仲間が倒れる様を眺めている趣味は無いからね」
「……」
「だから――気の済むまでやればいい」
「――すまない」
 リウィルディアにそう返したカイトの表情に、リディアの胸が痛む。
 ……自分は、決して当事者ではない。
 彼らとは住んでいた世界すら違う、文字通りの余所者。
 彼の凶行に介入する資格も、彼を謗る資格も、無いのかもしれない。
 でも。……それでも。
 リディアが柄を強く握りなおす。
 宝石の様な瞳に、エレシュキガルが映った。
「――こんな哀しい事は、止めたいのです!
 そう、心が叫んでいるのです――だから……っ!」
 同時に、スティアが周囲に術式を展開し、瞬間で形成される聖印、朱き聖域。
 其処から放たれる破邪転成の魔力は、リディアへと注がれる。
 リディアの身体に溢れんばかりの気力が迸る。

 ――リディアの碧眼が、深紅の煌眼へとその色を変える。

(今ここにいるのはローレットの仕事であるからであり……そして、友人の試練であるからである。
 ……なら、やる事は決まっているだろう。正義の執行者ではなく――、支える者として)
 ロゼットが幾度目かも分からぬエレシュキガルの剣戟を受け、十七号もそれをフォローする。
「く……っ! この期に及んで、沈まぬか――人の子が!」
 ぎり、と拮抗する刃に、エレシュキガルが苛立ちを露わにした。
「――悪魔がなんだ。大人しく消え失せるといいよ」
「……っ!」
 そして、リウィルディアが二頭の悪性を放つと、それは純白の悪神へと喰らいつく。蛇の様に纏わりつくその魔術に、エレシュキガルの動きが……止まった。
「おっと、これはチャンスだね!
 シメるタイミングは見誤らない――おじーちゃんにそう教わった!
 いくよ! リディアちゃん!」
「はい!」
 ――暴虐なる風が、軌跡となって大気を揺らす。
 朋子の放つ傲慢なる左が、エレシュキガルの強固なる鎧を砕き、
(――だって、ズルいじゃないですか)
 リディアがエレシュキガルに肉薄すると、
(カイトさんは逃げずにこうして、必死に立ち続けているんだよ……?)
 その剣を最上段へと振り被り、
(救済ではなく、家族の贖罪の為に――!)

 戦乙女の加護を纏った精巧なる至極の一撃が、

「だから、貴方は此処で滅ぶ――!」
「ぐ……がぁ……っ!」

 ――エレシュキガルを一刀両断した。

 ……悪魔、エレキシュガル。
 或いは、奪われたものの救いよ。
 或いは……、戦場で敵国に振るわれる、復讐の牙として生まれたものよ。
「――今宵は眠り給え」
 ロゼットの詩を紡ぐような言葉の前に、エレシュキガルは断末魔を叫びながら消滅した。


「そん――な」
 その様子に、エレミヤが驚愕し、絶句した。そしてその隙を逃さず、
「っ……!」
 リウィルディアがエレミヤの手を狙い、第五聖典を弾くと、それを取り上げた。
「確かに、失われた命は多かっただろう。それも随分理不尽な形でだと聞く。
 だが、君のやり方……間違っているとしか思えないね」
「ああ。死が救済になるとは限らない。また新たな憎しみを生み出す場合さえある」
 続けて十七号が言う。エレミヤは力を無くし地面に崩れ落ちた。
「貴方の行動は、ただ貴方と同じ境遇の人を産み出しているだけに過ぎないよ……。
 本当に大切な人達のことを想うなら、その人達を裏切らない生き方をするのが大事なんじゃないのかな……」
 スティアの言葉に、エレミヤは項垂れるように放心していた。
 もう、彼には何も残されていない。……何も。
「――逃げるな!」
 突然、エレミヤの顔が不意に持ち上げられる。
 視線の先には、リディアの赫い瞳があった。
「目を逸らさず、思い出しなさい――貴方の目の前で命を落とした人は、その救済を本当に望んでいたのですか!?」
「――」
 エレミヤの身体が揺さぶられる。そして、彼の瞳から一筋の光が流れた。
「――でも」
「……俺と、お前で、終わらせないといけないんだ」
 エレミヤの首元を握るリディアの手を取り、カイトが言った。
 手も顔も、元の色が解らぬほど、鮮血で塗れている。
「俺は妹と父の罪を忘れない。この十字架を背負って、一生を過ごす。
 ――名も記されなかった犠牲者を、忘れてなんか、やらない」
「……」
「エレミヤ、お前に誓うよ。何より悲しみを知ってるお前に、誓うよ。
 お前が百人殺すなら、俺は万人を救ってやる。
 絶望になど負けない。
 それが、俺のロストレインの長としての――犠牲になった者達への贖罪だ……!」
 カイトはエレミヤを抱きしめた。
 エレミヤの頬が、カイトの血で汚れる。
 歳の頃で言えばほぼ同世代。
 違う出会い方であれば友人になれていたかもしれない。
 しかし現実は互いを傷つけあう事しかできなかった。
 それでも償えない罪は無い。
 二人の罪人はこれから昏き道を往くだろう。
 けれど。――ああ、けれど。
 エレミヤが恐る恐るカイトの背に手を伸ばす。
 一つの罪と一つの罪が邂逅する。
(待てばいいんだよ――その想いが憎しみだけじゃないって、互いに素直に思える日までね)
 ……らしくないな。朋子はがりがりと頭を掻いて、教会を後にした。


 クラリーチェが一人紡ぐ祈りの一節が教会に響く。
 敬虔な信徒である前に“ひと”あった、貴方。
「――数多の失われた命が迷わず天へ還れますように」
 そんな貴方が、少しだけ。
「――その魂が安らかでありますように」
 ……ほんの少しだけ、羨ましい。

「罪のアントウニウムは――“赦し”なのかもしれませんね」

成否

成功

MVP

リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進

状態異常

カイト・C・ロストレイン(p3p007200) [重傷]
天空の騎士

あとがき

当シナリオのリクエスト、誠にありがとうございました。

 OPを作成した段階では「思っていたより戦闘メインだな」と感じ、リプレイを執筆した段階では「思ったより心情メインだな」と感じ、色々と揺さぶられるリクエストシナリオでした。執筆した当人がそんなですから、参加いただいた皆様に楽しんでいただけるかどうか不安ではありますが、精一杯執筆いたしました。

 率直にいうと、OP段階では、エレミヤは死んでもらうつもりでした。しかし、生かされました。これはひとえに、皆様のプレイングの賜物であると思います。戦闘面では強敵であるエレシュキガルを、心情面では狂えるエレミヤを、素晴らしい手腕で対処していただいたと理解しています。
 
 特に優れたプレイング内容のおかたにMVPを差し上げます。
 一部名誉の負傷の方もおられます。傷を癒し、またどこかの依頼でお会いできますことを願っております。

ご参加いただいたイレギュラーズの皆様が楽しんで頂けること願っております。
『罪のアントニウムを何と云う。』へのご参加有難うございました。

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称号付与!
『罪のアントニウム』クラリーチェ・カヴァッツァ(p3p000236)
『罪の向こう側』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
『神屠の煌眼』リディア・T・レオンハート(p3p008325)
『倶利伽羅剣』夜式・十七号(p3p008363)

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