シナリオ詳細
価値は有用か、想いは無用か
オープニング
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――貴族様への貢ぎ物に傷をつけただと!? 正気か!
血だまりの中、遠くで誰かの声がする。
視線の先には、私のお父さんと、私たちが住む村の村長さんが。
フキョウヲカウ、とか、セキニンノショザイ、とか、私には分からない言葉で話し合う二人は、怒ったり、困ったりした顔で、やがて私にも漸く理解できる言葉を零した。
――傷をつけたのはお前の家族の、誰だ。最早その者の命で償ってもらうほかあるまい。
――それは、私の子供の……
血だまりに映るセカイが変わる。
お父さんは泣きじゃくる私の妹を押しのけて、私の手を強引に引っ張っている。
――どうして! 悪いことをしたのは私なのに、どうして……!
――お前は奉公先にも覚えが良い。これからも村の為に貢献してくれる。だがこの子は……
言って、お父さんは私を見る。
瞳に怨みは無かった。失望も。ただ、私に対する憐れみだけが、そこには浮かんでいた。
何も、誰も悪くないのだと。
仮に挙げるのならば、それは運命が悪かったのだと、言外に告げていて。
――村の仕事の手伝いも覚束ない。ただ生きていくことすら、この子にとっては難しいだろう。
だから、だからこれで良いんだ。これが、お前たちのためなんだ……。
そうして、血だまりに映る記憶はぷつりと途切れた。
それと同時、ぐいと髪を引っ張られた私の視界には、首から下の私の体が。
……「野犬にでも喰わせておけ」という声が最後に聞こえて、私の意識も消えていく。
ねえ、お父さん、村長さん。
わるいひとは、本当に誰も居なかったのかな。
私がもう少しいい子だったら、こうはならなかったのかな。
あの子が……妹が今より駄目な子だったら、こうはならなかったのかな。
それとも。
……みんなで、みんなを守ろうと思ってくれたら、こうはならなかったのかな。
●
「……それが?」
ギルド、『ローレット』の一角。その中でも秘匿性を伴う以来の説明に使われる個室で、ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は対面の女性――『色彩の魔女』プルー・ビビットカラー(p3n000004)に話を促した。
浮かぶ表情は辟易としたそれ。幻想貴族の中に未だ残る腐敗した体制は元より、それを恐れると共に関わりない身内に罪を擦り付ける者達の在り様にも若干の吐き気を催した。
対し、プルーの方は――少なくとも、表面的には、だが――比較的穏やかな表情で説明を続ける。
「件の、処刑された女の子……姉妹のうち、罪を擦り付けられた姉が、その後一種のゴースト……霊体となって、村を襲うようになったらしいの」
頭を振るベネディクト。さもありなん、無実の罪によって生まれた怨嗟はそれほどのものを顕しめたのだと諦めるしかない。
……本来は、だが。
「それを、こうして説明されるということは」
「ええ。村長さんはこの件の解決を望んでいる。
具体的には、彼のゴーストの消滅、同時にその個体が二度と現れないように完全に葬り去ってほしいとのことよ」
また、この依頼に関して、先ほど説明したゴーストの発生原因については一切を伏して欲しいとのことだ。
忸怩たる表情を浮かべた彼は、その碧眼に苦い感情を残しつつ、プルーに問う。
「……依頼の人選は此方で行っても?」
「任せるわ。海洋の一件で私たちも依頼を紹介できる伝手が限られてるの。
あなたの方から人員を揃えてくれるならありがたい限りよ」
憂い気な情報屋は、それでも自らが送り出す特異運命座標に対して精一杯の微笑みを浮かべて、言う。
「ストロー、悲哀と歓喜、またその両方を指す色彩よ。
貴方が、貴方たちが目指す終わり方がそのどちらであっても……せめて、納得のいく終わり方であることを願うわ」
●
日ごとに悲鳴は増えていった。恐れも、それに対する怒りと慟哭もだ。
貴族に失礼を働き殺された娘が、呪いを我々に向けて襲ってくる。その『理由のない復讐』に、村人たちの恨みもまた募っていった。
彼らは何も悪くない。真に失礼を働いたのは誰か、その罪を押し付けたのは誰か、何も知らないのだから。
だから、もし償うとするのなら、それはきっと私たちの方なのだ。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん……!」
今宵も聞こえた悲鳴の方に走る。
人数の少ない村で、まばらに逃げていく村人たちとは逆方向に、呼吸を荒げながら。
「ごめんなさい、何もしなくて、何もできなくて……!」
貴族から向けられたであろう刑罰から、父と村長の有無を言わせぬ形相から、恐れて、すべて投げだしたのは私だ。
だから、その罰は私が負うべきだった。関わりない村の誰かではなく、ただ私一人に。
――×××はおりこうさんだね。手も器用で、私とはおおちがい。
――うらやましいのも、ちょっとあるけど。でも私は、×××のお姉ちゃんだって言えるのが、ずっとずっとうれしいかな。
読み書きも、繊細な作業もできない、要領の悪さに呆れられた姉。
それでも、私にとっては大切な人だった。人一倍にものができる私に重圧をかける皆とは違って、姉は私をたくさん褒めて、たくさん愛してくれたのだ。
だから。
『……久しぶりだね、×××』
たどり着いた先には、透けた身体で、虚ろな表情の首を両手に抱えた少女の姿。
手にする首は口を開かぬままに言葉を発して。その後に続いたのは、ぽつぽつと増えていく鬼火たち。
それが、如何なるものかを知りながらも、私は微笑んで言う。
「ごめんね。お姉ちゃん」
零れた涙を、隠すこともせず。
「一緒に行こう。もう、私は逃げないから」
- 価値は有用か、想いは無用か完了
- GM名田辺正彦
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年06月08日 22時10分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
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踏み出そうとした彼女の一歩は、柔らかな、しかし確固とした意志を持って止められる。
「うむ、間に合ったようじゃな……」
ほ、と一息を吐いたのは、少女の肩を掴んだ『放火犯』アカツキ・アマギ(p3p008034)。
突然の闖入者に目を見開いた少女。だが、現れたのはアカツキだけではない。
『……だれ』
「俺はベネディクト。お願いだ、話を聞いて欲しい」
「ルカだ。で、そう言うお嬢ちゃんの名前はなんつーんだ?」
次いで現れたのは『ドゥネーヴ領主代行』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)と『黒狼』ルカ・ガンビーノ(p3p007268)の二人。
村人でもない部外者が唐突に発した懇願、質問に対して、それでもゴーストの側は冷静そのものだ。
『それ、必要?』
困ったような声音で言うゴーストは、言うや否や自身の周囲に火の玉――鬼火を展開し始める。
「お姉ちゃん!」
「……お願いです。今は、待ってください」
叫ぶ村人の少女へと、『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)が必死に語り掛ける。
「貴方のお姉さんと言葉を交わす機会は必ず作ります。ですから、どうか」
「っ、何で……関わりないあなた達が、賢しらぶって!」
「うん。私たちは、きっとただの部外者」
否定も無く。『新たな道へ』スティア・エイル・ヴァークライト(p3p001034)は、その視線だけはゴーストに向けたまま、しかし少女へと言葉を続ける。
「部外者が、全部を終わらせることを頼まれた。きっと、それだけなんだと思う。
けれど、それをただ安直な方法で済ませたくはないの。あなた達と、この村のためにも」
「……村長……!!」
彼女らが何者か、何故ここにいるのか、その意味を察した少女は、憎しみ交じりに強く臍を噛む。
双方は共に一触即発。正しくそれを示す状況を前に、しかし。
「――周りに浮かんでいる灯火は、君の友達かい?」
いっそ暢気な声で言うのは、『金獅子』ベルフラウ・ヴァン・ローゼンイスタフ(p3p007867)。
「私はベルフラウと言う。初めまして、可愛いお嬢さんたち」
朗らかな表情と、言葉とは裏腹に、その背には冷や汗が伝っている。
戦闘に移った段階で凡そ今回の説得は破綻する。このファーストコンタクトは、彼らの今回の説得に於いて非常に大きなウェイトを占めていた、が。
『……あなたと、そこのお兄さん』
無表情なままの自身の首を抱えるゴーストは、微か、苛立ち紛れに声を発する。
『言葉を聞くと、ふわふわする。
私と、その子に何かをしているなら、今すぐやめて』
「………………」
視線を合わせたベルフラウとベネディクトは、それと同時に意図的なカリスマの行使を停止させる。
説得や交渉術と違い、人心掌握術から発展したカリスマは言わば『他者を自身の意見に追随させる』スキルだ。
一時の興味を引くためだけに使うには、相手と状況を見た上で判断が必要となる。それが碌な抵抗力やスキルの行使自体も知覚できない一般人ではなく、特異運命座標らと同等の能力を有する相手なら、尚の事。
懸念する冒険者たちを前に、スキルの停止を肌で感じたのであろうゴーストはあっさりと鬼火の顕現を停止した。
少なくとも、即時の戦闘は避けられた。その背景でスティアが発動していたギフトの存在は少なからずあったであろうが。
「……先にも彼女が言った通り、我々はお前たちの事情をある程度把握している。
だが、その根幹に根差す感情を、我々は知らない。先ずは、其処から教えてはもらえないだろうか」
一先ずの停滞を逃さじと、端を発したのは『知識の蒐集者』グレイシア=オルトバーン(p3p000111)。
些少の沈黙を前に、『砕月の傭兵』フローリカ(p3p007962)は、少女の背景にある非道に僅か、想いを馳せた。
価値の有無。それだけで生死を別けられる、『幻想』という名のセカイ。
それが、何者にとっても訪れるありふれた話であることを理解しつつ――それでも、悪感情をまるで抱かないということは、彼女にはない。
他の仲間たちにとっても、それは同様。なればこそ、最早取り返せない結末を、少しでも掬い上げようと。
「……お前は、村の者を傷つけたいのか?」
彼らは、声を上げるのだ。
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『そう、だねえ』
返される言葉は曖昧。肯定でも否定でもない。
はぐらかしているわけではない。直観的にそれを理解したグレイシアは、その質問をより深く掘り下げる。
「……お前は、誰かを恨んだりしているのだろうか」
『恨み? 別に』
予想だにしていなかったという声音で、ゴーストはまたも淡々と答えた。
だが、グレイシアにとってはそれが求めていた言葉。
「……っ」
アカツキが、リースリットが抑え、守る少女の体が、僅かに弛緩する。
「では、何かやりたいことがあるのか? たとえば、妹に言いたいことがあるとか」
『それも、別に』
探り探り質問を重ねるフローリカだが、ここで一旦意図が途切れた。
即座に問い返したいのは何れにとっても同じで、だからこそ混乱する気持ちが静まるのを待ってから、次いでベルフラウがゴーストに問うた。
「教えて欲しいんだが、えらいひとへのプレゼントに悪い事をしたのは妹ちゃん。それで合っているかい?」
びくりと、少女の体が震える。
「……うん」
蒼白の面立ち。綱渡りの質問であることはベルフラウも理解している。
無論ルカやアカツキは少女が死なないように説得中も警戒していたが、仮に舌を噛み切る程度の一動作をすら察知して止められるかは、歴戦の彼らをして疑問の余地が残る。
「――お前が罪の意識に苛まれているのはわかる」
無論、それを許さじと。
フローリカは、沈んだ少女の面持ちをそっと上げて、ゴーストの側に顔を向けさせた。
「だからこそ、ちゃんと聞いておくんだ。
本来、死んだやつと向き合えることなんてあり得ない。想いを受け継ぐには、今しかないんだ」
「そうとも。アンタの罪の意識が消えねえっつーんなら、姉ちゃんの望みが叶うよう努力すんのが贖罪になるんじゃねえか?」
「望み……?」
「はい、そうです」
ルカの言葉を聞き、昏く、閉ざされかけた瞳に、誰よりも早く視線を合わせたのはリースリットだ。
「お姉さんがどう思っているのか。何を望んでいるのか、本当は如何すれば姉の為になるのか。
……怖いでしょうけれど、貴方がお姉さんの為に償うというのなら聞いておくべきです。今なら、それが出来ます」
「そん、な」
返す言葉が、か細い両手が、震えている。
「たった一つの、取り返せない、命を、奪っておいて」
自身を抱きしめ、頽れる少女に、しかし。
「出来ない、よ。
お姉ちゃんが許しても、私は、私を、許せな――」
それを抱きしめた『騎士』が居た。
「わかってる。それが、どうしようもない苦痛なんだということは」
自身との符号そのままを為す彼女に、ベネディクトは、一筋の涙を流しながら言う。
「それでも、どうか生きてくれ。君の姉が確かに居たのだと証明して欲しい。
俺達は……君達を悲しいだけの物語で終わらせたくは無いんだ」
ふと、子供の頃、何度も読んだ本を思い出した。
どれだけ強い敵が現れても、何度倒れそうになっても、大切なものを守るためなら決して諦めない、勇敢で強い騎士のお話。
……今、こうして彼女らと言葉を交わす自分は、その理想に近づけているだろうか。
「妹さん、君はお姉さんに殺されようと思っておるようじゃが……その前にお互いをどう思っておるか話をしてみたらどうじゃ?」
アカツキの提案に対して逡巡する少女に、グレイシアは何も気にすることなく言葉をかぶせる。
「妹(わたし)の事は嫌いか。単純な問いだ。それと同時に、もっとも重要な質問でもある」
「お姉さんは君を殺そうとなんて思っておらんのではないかのう。何故村人達を襲うのか、一緒に理由を聞いてみぬか?」
悔恨は未だ癒えず、怯えも、拭いきれてはいないまま。
それでも、きっと、今ならばと。
「お姉、ちゃん……!」
堰を切った想いを前に、ゴーストは応えない。
それは、心に壁を隔てるのではなく、眼前の家族を慈しむような、柔らかな沈黙。
「どうして、村を襲ったの。
私は、お姉ちゃんに何をすればいいの。お願い、どうか、私に……」
『今の私にできるやり方で、私たちの村を守るためだよ』
おしえて、と。
そう言うよりも早く、ゴーストは静かに言葉を返した。
虚を突かれた少女に、またゴーストは、笑い声を交えながら。
『それに、ばっかだなあ。
わたしは、×××を恨んでないよ。今までも、きっと、これからも』
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セカイは静かだ。虫の音、獣の息吹、風の音すら、今この場所では止んでいる。
互いに伝えきった想いに、そうしてゴーストは暫し、何も答えぬまま佇んでいた。
それを、促すことも出来ず。特異運命座標達と、少女と、ゴーストの沈黙は永遠にすら感じられた――が、
『……お兄さんたちは、危なっかしいね』
「それは、一体どういう意味かね?」
意図しない言葉に、グレイシアが首をかしげる。
自らの首を抱えた少女は、その顔に何も映し出すことなく、しかしどこか楽しげに言葉を紡ぐ。
『私が誰かを恨んでたらどうしたの?
お父さんを、村長さんを――その子を、私が死んだ理由だって怒って、殺そうと考えていたら』
……それは、特異運命座標達にとって凡そ最悪のパターンだ。
彼らの説得における立案は、あくまで眼前のゴーストが顕現した理由が悪意によるものではないことを大前提として組まれている。
そこに怨みが籠っていたとしたら……それを叶えるわけにはいかない特異運命座標達はゴーストと対立するほかなく、
それを聞いた妹の側も、生涯にわたりその心に重篤な傷を負うこととなったであろうことは想像に難くない。
当人から聞かされた『最悪の可能性』を前に、しかし。
「……信じていましたから。貴女が、未来に救いを見出してくれるであろうことを」
リースリットは、その仲間たちは。
誰もが一様に、今初めて対面したゴーストに、確かな信頼を返して見せる。
……だが。
『そっか』
嘆息と共に、返された言葉は素気のないもの。
ゴーストが片手をあげれば、鬼火は一つ、また一つとその存在を虚空に散らしていく。
説得の成功――確信に近い予感を前に、しかしベルフラウは、フローリカは、微かな感情の機微をその内に感じ取った。
『好きにすればいいよ。私は、大人しく倒されるから』
「……自分の意志で成仏することは?」
言葉を探りつつ問うたアカツキに、ゴーストは答えることをせず。
『ちょっとだけ、信じてもいいかなって思ったんだ。ひょっとしたら、私のお願いを本当に叶えてくれるのかなって。
でも、やっぱりお兄さんたちと私は違うんだって、分かっちゃったから』
告げられた言葉に、誰もが一瞬、言葉を呑んだ。
その意味を、訪ねるよりも早く――ゴーストが抱えていた頭部が、初めて動き出す。
感情のない表情が口だけを動かして、呪詛の言葉を零すさまを、その瞬間、誰もが幻視した。
「……っ!!」
槍が、光刃が。拳が刻印が術式が魔道具が。
何れも違いなく半透明の亡霊を狙い、それを目にした村人の少女が叫び声をあげるよりも早く。
『私は、ね』
――貫かれた己が身を気にも留めず、唱えかけた呪詛を止めた首から先に、ゴーストは静かに消滅していって。
『貴方たちほど、優しくないし、優しさを信じることも、もう出来ないんだ』
「何を……だって、あなたは!」
言葉を返すスティアの表情は、悲痛に塗れたそれ。
村人が大切と言って、妹が大切と言って。
そのためにこの憎まれ役を演じたのかという問いにさえ、肯定の意を返したのに。
ゴーストは、それに何も応えぬまま、静かに消滅していく。
それを――せめてと、ベネディクトは声を張り上げた。
「俺達を、見ていて欲しい」
『……』
「君に誇れるような結果を残して見せる。君が、何を信じていなくても」
『………………』
消滅の間際、微かな笑い声が聞こえた気がした。
それが信頼か、或いは嘲弄が故かなどとは、誰にも分からなかったけれど。
●
全てが終わった後。
憔悴した妹を連れて、村に戻った彼らは村人たちを呼び寄せ、今回の騒動の発端と、ゴーストが遺した願いを彼らに全て余さず聞かせた。
それらを聞いた村人は、その何れもが非道を働いた村長と、ゴーストの父親に対する糾弾の意を示したが――それを聞いた村長もまた、深く感じ入った様子で涙ながらに頽れた。
「少なくとも、今回の依頼にあったゴーストは成仏した。同一個体が復活するという事は無いだろう」
「けどよ、似たような事がありゃまた別のゴーストが生まれるかも知れねえ。
だから村人の誰かを生贄にするぐれぇなら、その前にローレットに話を持ってきな。俺らは三大貴族にも顔が利く。悪いようにはしねえよ」
グレイシアの言葉を継いで、ルカは座り込んだ村長を助け起こしながら、今後の対策を教え込んでいく。
「承知しました。今後何かあればあなた様方を頼ります。
我々の弱さが故に、あの子のような犠牲を作り出してしまうことなど、決してあってはならないことなのですから……」
一段落か。少しだけ相好を崩したルカの肩を、その時ふと叩く者が居た。
ベルフラウである。彼女は指先を動かして「此方へ」と合図すると、ルカを、他の仲間たちと少女を連れて村人たちの輪から抜け出した。
「どうした?」
「……あの村長の言葉、あまり信じるな」
表情に疑問符を浮かべたルカへ、ベルフラウが言葉を続ける。
「あの子の……姉の最後の言葉が気になって、先刻まで村長の周囲で感情探知をかけていたんだ。
サーチした感情は悔恨に類する『悲しみ』。引っかかることは一度もなかったよ」
「っ!!」
瞠目を、特異運命座標達全員が見せた。
何故と言って、感情探知の有効範囲は半径100メートル。
その範囲内に一度も引っかからなかったということはつまり、あのゴーストが生まれた原因に対して、悲しみを覚えた者は一人も居なかったということ。村長の周囲にいる村人も含めて、だ。
「……なるほど。やはりあの少女は、勉学にこそ秀でずとも聡かったということか」
「或いは、私たちが鈍すぎたか、ですね」
咥えた葉巻に火をつけるグレイシアに、忸怩たる表情でリースリットが応える。
それは、最初の情報から理解できていたはずの事実だ。
――この地の村人たちは、強者におもねる。
自身に危害を与えうる存在に対しては表面上一も二も無く媚び諂い、その腹の内では自身に被害が及ばず、益を失することが無いようとだけ考え続けている。
その考えは、村人に危害を与えるゴーストを容易く討伐せしめた特異運命座標達に対しても向けられていたのだ。
恐らく今彼らが告げた警告や、ゴーストに対する各々の想いすら、村人らには明日にも忘れ去られる程度のものでしかないのだろう。
「……分かってました。お父さんも、そうだったから」
呟いたのは『無実の役立たずと引き換えに』遺された、『罪を犯しながらも能力のある』妹。
とどのつまり、特異運命座標達は、村人たちの善性を信じすぎていた。
対するゴーストの側は、それを信じていなかった。故にこそ自己の財産の保持に執着するという彼らの欲得を利用する形で、自身と言う脅威に村人たちが団結することを願い、村を脅かす敵を演じたのだ。
「……あの子の想いを」
アカツキが、訥とつぶやく。
「妾たちは、無駄にしてしまったのか?
妾たちが良かれと思って取った行動は、結局のところ、この村が生まれ変わる瞬間を奪うだけに過ぎなかったのじゃろうか?」
今なおぽろぽろと涙を零す村人の少女の頭に手を乗せながら、瞳を眇めたフローリカは、その言葉に対し確認するように言う。
「今それを結論付けて、最早この村に関わりはないと切り捨てるのは容易だ。だが、この場に居る者はそれを許容できるのか?
この村はこの先、ずっと弱者の住まう地であり続けると諦めてしまうことが、あのゴーストに対する餞なのだと」
「そんなことは、できません」
決然とした声で、スティアが拳を握り締めながら言った。
優しくなれないと、信じられないと言ったあのゴーストの言葉はきっと、本人にとっては真実で。
それでも――村の団結を願ったその行為にある想いは、スティアにとって確かな慈愛であり、優しさに見えたのだ。
「そんなことは、あってはいけないんです」
彼の幽霊と交わしたのは唯、言葉だけ。
誓いと呼ぶにはあまりに茫洋としすぎたそれを、しかし特異運命座標達は確かに胸に秘めていた。
「……村には、今後とも機を見て足を運ぼう。俺もまた、あの子に誓った身だ」
「私も、少しずつ、内側からこの村を変えます。
今は何の力もないけど……私が生きることを望んでくれた、お姉ちゃんの為に」
ベネディクトの言葉に追随して、ベルフラウが頷き、少女も確固たる意志を込めて言う。
――血と恐怖を振りまきながら、それでも訪れたはずの確かな変化は塵と消えた。
けれど代わりに生まれたのは、有り得るかも分からない遅々とした進歩の兆し。
夜が明ける。
特異運命座標達は、一人の少女は、決意を口にすると同時に覗いた陽光へ、確かな希望を見出した。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
ご参加、有難うございました。
GMコメント
GMの田辺です。
この度はリクエストをいただき、誠にありがとうございます。
以下、シナリオ詳細。
●成功条件
・『ゴースト』の消滅
●場所
幻想内某所に点在する村の外縁です。時間帯は夜。
周囲に民家は少なく、また障害物となるものも存在しない開けた場所です。月が出ているため、一般人ならともかく冒険者として活動に慣れているPCの皆様に光源の必要はないでしょう。
シナリオ開始時、下記『ゴースト』との距離は10m、下記『少女』とは至近距離の状態にあります。
●対象
『ゴースト』
半透明の身体を持ち、切断された首を両手に抱える少女の幽霊です。数は一体。
生前に自身の妹が犯した罪を擦り付けられ、貴族によって処刑されましたが、その後霊体となって村人を襲うように。
その行動原理は依頼主である村長曰く「恨み」とのことですが、情報屋はこの発生、行動理由に対して一切を語っておりません。
人間並みの理性と知性を持つため、会話は可能でしょう。ですがOP本文にある通り、あまり利発とは言えないため、説得等によって成仏を願う場合はある程度言葉を選ぶ必要が出てくるかもしれません。
攻撃方法は抱えた頭から呪詛を吐く遠距離範囲対象への状態異常攻撃と、仲間に対して眠り歌を歌うことで回復と睡眠(=「麻痺」相等)を与える遠距離範囲回復を持ちます。
『鬼火』
上記『ゴースト』が呼び出し、自在に操る配下です。シナリオ開始時には既に顕現済み。
数は8体。PCの皆さんが説得を放棄した時点で動き出します。逆を言えば、説得を行っている限りは行動をとりません。
攻撃方法は近接対象に「業炎」を伴う単体攻撃と、「自身の最大HP―現在HP」分のダメージを近接範囲対象に与えるとともに戦闘不能状態になる自爆攻撃の二種類です。
●その他
『少女』
上記『ゴースト』の発生元となった女性の妹。頭がよく、繊細な作業もできることから近隣の商家に奉公に出て職を得ていました。
良くも悪くも、人並みの良心を持っているがゆえに犯した罪に対する処断を恐れ、またその結果自らの姉が殺されたことに対する罪悪感も持ちました。
現在は自らの行いを悔い、『ゴースト』に殺されることで村人への被害を抑えてもらおうと考えているようです。その行動がどのような結果を生み出すかは未知数。
PCの皆さんが戦闘によって『ゴースト』を討伐しようとした場合、彼女はその妨害に回ります。
余談ですが、今回の依頼において成功条件を達成するにあたり、「発生しうる死者等の被害がどこまで許容されるか」については記されておりません。
これは推定するに依頼主である村長の記載忘れですが、これをどのように解釈するかは参加者の皆様の自由です。
それでは、どうぞよろしくお願いいたします。
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