PandoraPartyProject

シナリオ詳細

藍微塵すら残らずに

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 乾いた風が吹いた。幼き頃に学び舎として使ったその場所は、今は砂の海の下に眠っているらしい。
 古き遺構を再利用した場所だと言っていた。生物学を専門としていると言ったあの人は、その場所をアカデミアと名付けて私達と共に過ごす事を一番の楽しみだと、そう、笑っていたのだ。
「ねえ、博士は何を作っているの?」
「いのちだよ」
「いのち?」
「そうさ、いのちだ。君も、手伝ってくれるかい?」
 けれど、楽しい時間は長くは続かなかった。
 彼は、殺されたのだ。『悪い事をしている』と言って。
 命尽きる前に、あの人はどこか悲し気に笑って言った。

 ジナイーダ。
 もしも、もしもだ。

 もしも、君が私の研究を継いでくれるならば――


 ラサへとその仕事が舞い込んだのは偶然だったのかもしれない。危険区域の救出活動を行うという傭兵を募集するその仕事を最初に見たのがラサの有力商人であるファレン・アル・パレストだったことも、また偶然だ。

 夢の都とまで称された砂漠のオアシス『ネフェルスト』。そこより幾分か進んだ砂漠の只中に、その学び舎はあった。
 砂の海に沈んだ『アカデミア』と呼ばれた遺構。短い階段と、石で作られた簡素な小部屋。そこで昔は人間が過ごしたであろう痕跡が至る所に残されていた。
 その場所に、彼女が居たのだと言う。
 鮮やかな茶色の髪に、利発そうな藍色の瞳。
 勿忘草のアクセサリーを付けた、ラサの『行方不明になった有力商人の娘』。
 行方不明になった彼女が見つかったと初めてその情報を聞いた時にファレンは自身の懇意にしている傭兵を派遣した。
 そして、「ジナイーダじゃなかった」という返答と共に傷だらけの傭兵が帰還したのだ。
 次に、ファレンは凶より傭兵を派遣してほしいとハウザーへと乞うた。彼はファレンの頼みならばと凶の傭兵を一人派遣したのだという。
 しかし、「ジナイーダじゃなかった」とまたも傭兵は首を振ったのだという。
 ジナイーダが居るという情報が紛い物ではないかと疑りたくなった頃、再度確認に赴いた凶の傭兵は言った。
「確かに、ジナイーダは居た。しかし、もう『誰もが知るジナイーダ』ではない」と。
 詳細なデータを見てから、ファレンは目を覆った。
 何が、『危険区域での救出活動』だ。何も救う相手はいないではないか。
 彼とて、ジナイーダとは幼い頃から良く知った仲だったからだ。
 勿忘草を飾った愛らしいジナイーダ。父の仕事をまねていた、幼い少女。
 それを思い返してからファレンは首を振った。
 そして、イレギュラーズ達に仕事を依頼しようと言った。

 ジナイーダは、そこに居るのだという。
 身を縮める様にして、ぼんやりと虚空を見つめている。
『アカデミア』に訪れる者をその遺構の中へと引きずり込んで貪り食う。
 茶色の髪をした、人と獣の混ざった奇妙な生き物。
「博士」と話し、「寂しいわ」とだけ泣いている。
「こわいわ」とだけ呟いて、「おかあさん」と泣いている。
 幼い子供と何も変わりない。
 彼女の名前はジナイーダ。
 ただの、怪物だった。

GMコメント

 夏あかねです。

●成功条件
 『ジナイーダ』の討伐

●『ジナイーダ』
 それがどうして、そうなったのかは分かりません。
 有力商人の娘であり、ファレン・アル・パレストとは旧知の仲でした。幼い頃に行方不明になり最近その存在が確認され救出してほしいという情報が入りました。しかし、彼女こそが危険の正体です。

 長い茶色の髪に勿忘草の髪飾りを飾ったキマイラのような存在。人を喰らい続けます。
 その体は獅子を思わせ、その瞳や口からは水分の代わりに勿忘草がぼとぼとと落ちます。
「博士」とだけ話し、「寂しいわ」と泣いています。普段はぼんやりと虚空を見つめて泣いているようですが、触腕に獲物が触れると覚醒し、捕食を求めるだけのけだものになり果てます。
 捕食状態のジナイーダは物理型、攻撃力が高く『食べることに熱心』です。
 触腕に何も触れずに、攻撃を受けた場合、触腕と共に臨戦態勢になりますが『幼いジナイーダ』であった片鱗と会話することが出来そうです。

●ジナイーダの触腕2本
 アカデミアの外へと通りかかった者を小部屋に引きずり込む触腕です。
 外に出ている為に、通りかかった時点でジナイーダは覚醒し、捕食の為にアカデミアにだれもを引きずり込むようです。
 また、戦闘時は触腕も別個体の様に動きます。
 ジナイーダとは別に触腕×2も攻撃を行うので注意してください。
 食事の為の毒の針(必殺・毒)と食事の為の招待(麻痺)を中心に使用するようです。

●『アカデミア』
 ラサの砂漠地帯に埋もれる様に存在している遺構です。地下に繋がっており、奥には小部屋が一つ存在します。
 その小部屋の中にジナイーダは存在しています。彼女は触腕に触れたものを喰らう事に一生懸命です。

●博士
 旅人であったというジナイーダのあこがれの人。今は故人だそうですが……。
 生物学を研究し、何者かと精通していたとも言われています。
 ファレン曰く、ラサのブラックマーケットにそうしたモンスターが鑑賞生物として売られていた事もあるだとか……。
 モンスターを作り出すその悪しき研究をジナイーダに手伝わせていたようです。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 藍微塵すら残らずに完了
  • GM名夏あかね
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年06月08日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)
波濤の盾
ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)
レジーナ・カームバンクル
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630)
蒼穹の魔女
如月=紅牙=咲耶(p3p006128)
夜砕き
アレクサンドラ・スターレット(p3p008233)
デザート・ワン・ステップ

リプレイ


 夢の都ネフェルストにて、イレギュラーズへと任務の依頼をしたファレン・アル・パレストに『戦気昂揚』エイヴァン=フルブス=グラキオール(p3p000072)が乞うたのは「ジナイーダの母親」についての情報であった。夫人についてをファレンは良く知っていた、何ならば本人を呼び出そうかとも提案を交えた。
 ジナイーダは有力商人の娘である。ファレンの様なラサの商会でも有力商人である彼がジナイーダの為だと願ったならば夫人らは喜んで手を貸すだろう。
「それで、夫人について知って、どうするつもり?」
「今、博士の以外に彼女に影響を与えられるのは母親ぐらいだろうしな。
 幻影を作り出し、ジナイーダの気を引いてみようと思っている。……うまくいくかは知れないが」
 エイヴァンの言葉にファレンは頷いてジナイーダの生家たる商家へと連絡を取った。

「ふむ、異端の研究とは何かと誤解を生むもの。何が真実なのか拙者には見当もつかぬでござるが……」
 不可解な要素が多いのだと『闇討人』如月=紅牙=咲耶(p3p006128)は唸る。砂の海のアカデミア、そこで行われていた異端の研究が何を生み出したかという事実でしかその実情を知ることは出来ない。
『希望の蒼穹』アレクシア・アトリー・アバークロンビー(p3p004630) はううんと首を捻った。嘗て、砂の都にて行方知らずとなっていた有力商人の娘ジナイーダが『怪物』となってアカデミアに住まうというのだ。
「魔種でもなく、人が怪物に……なぜ、だれが、どうやって、いえ、そもそも『最初の依頼は誰が出したのか?』」
 その問を口にしたとき、 アレクサンドラ・スターレット(p3p008233)は謎が謎を呼んでいる気がして気が遠くなった。共に有力な商家に生を受けた者同士、幼き頃より交友があったとすればラサの酒場にその張り紙が出されていた場合、ファレンはそれを無視することは出来ないだろう。
 だが――『ジナイーダが見つかった』と言うにしては彼の派遣した傭兵たちは『化け物がいた』と口々に言い、ジナイーダなどいなかったと言って居たのだ。最初にその化け物をジナイーダであるとしたのが誰であるのかからがアレクサンドラの疑問の始まりであった。
「嫌になるわ。何処の誰に聞いたって分からない、分からない。
 分からないという言葉で耳に胼胝が出来そうなんだもの。けれど、アカデミアの位置も、『博士』についても噂話は知れるでしょうね」
 僅か、肩を竦めた『レジーナ・カームバンクル』善と悪を敷く 天鍵の 女王(p3p000665)に『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジア(p3p000397)は「アレクサンドラさんの言う通り、実に不可解な疑問があからさまな餌のように置かれているのですね」と呟いた。
「移動する様子が無いのなら、恐らく彼女はそこで『そうなった』のでしょう。――複数の生物の特徴を備えるもの、キマイラ。『合成獣(それ)』の一つが素性のはっきりとした少女、ジナイーダであるのならば……即ち錬金術の類の産物でしょう」
 錬金術。アリシスに言わせれば『良くある研究』の一つである。だが、良くある研究という言葉で片付けられないのが『元になった少女』の噂を聞けば聞く程に道徳と言う高くも脆い壁を目の当たりにするからだ。『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)はぎり、と唇を噛んだ。その美しいかんばせは常の柔和な色ではない、感情が抜け落ちたように白く変化する。
「……貴方はとんでもないものを残していかれましたね」
 それは『博士』とジナイーダが慕っていたという旅人の話であった。ネフェルストで聞いた噂話ならば『合成獣』がブラックマーケットに彼の名で流通していたという。『もしも』アカデミアに留まる獣がジナイーダだというならば――
「……貴方を、只、無垢に慕う幼子に何をしたんですか。自分で責任の取れる範囲ならアカデミアであろうが、モンスターを作り販売しようが、何をしようが勝手かもしれません……!」
 幻は、ジナイーダと言う少女を知っているわけではない。だが、ファレンも、彼の妹たるフィオナも、そしてネフェルストの者達は皆、ジナイーダと言う少女は純真無垢に旅人の男を慕っていたというのだ。
「……ですが、貴方を慕う子供にモンスターを植え付けた上、死ぬなど許されることではありません!」
 向ける場所のない苛立ちを、吐き出してから幻は頭を振った。アカデミアに向かいましょう、と彼女は言う。
「ええ。さて、ジナイーダは居て、しかし、居なかった。
 実に不可解な依頼ですね。ただ討伐することも出来るのでしょうが――オーダーに従うならば事情に触れなくともこなせるのでせう――ですが、『何故』かは知っておきたいのですよ」
 静かに、状況を浚った『旅人自称者』ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)はアカデミアに向けて歩き出す。
 ジナイーダは居た。だが、居なかった。
 ジナイーダは居た。獣となって居たという。
 最初に、ジナイーダが居たと言ったのは……?
「……ただの偶然でしょうけれど、魔物を作る錬金術師……妖精郷といい、近い間によくよく聞くものです」
 アリシスの予感は、確かに首を擡げていた。僅か、その脳裏に過ったのは茨の絡んだ翼の少女と、彼女が『オッサン』と呼んだ錬金術師の男だけだった。


 アカデミアの地形を確認したうえで、その場所に辿り着いた時、咲耶は余りに脆く埋もれている建物だと感じた。このような場所であれば『合成獣』が触腕を伸ばしていても気づく者はいないだろう。
「こう近くでは気が抜けぬでござる。此奴に触れれば最後、か」
 そろそろと触腕に触れぬ様に進む。アカデミアは砂に埋もれている古代の遺跡を使用した場所だったこともあり、出入り口はジナイーダの触腕が伸びる一箇所のみであった。小部屋に続いている階段は暗がりが広がっている。
 アレクサンドラはジナイーダの触腕が『獲物』――それが動物だけではない、商人や旅人だって合成獣にとっては餌だ――を察知する際に感覚器官が何かが不明である事に強く警戒を抱いて居た。大回りでぐるりと周囲を確認していたアレクサンドラは潜入すべく進む咲耶の背を見送る。
「……それじゃあ、私は壁とかから確認してみるね」
 とん、と壁を叩けばその感覚はある程度分かる。流石は砂の中に存在していただけはあるのか分厚い感覚が伝わってくる。アレクシアは触腕を避け、『あからさまに伸びて見える触腕とは別のルート』の壁をすり抜けて見せた。
(アカデミアの中は遺構だけあっていろんな場所があるんだね……)
 触腕を眼窩に見下ろしてヘイゼルは簡易飛行でするするとアカデミア内部を進んで往く。触手から離れ探知されずらいようにと意図した潜入組の意思疎通はハンドサインのみだ。月の光を帯びて輝く冷水と薬草を合わせた目薬はヘイゼルの視界をより良好にして見せる。
(ふむ……壁などから移動しないのであれば一本道ですね。なら――)
 ヘイゼルは仲間たちの元へと戻るとサインを送る。そして、小石を触腕へ向けて投じた。

「……会話はいいです。情が移ると、その、辛いですから」
 アレクサンドラが抱いていたのは『少女』と言う在り来たりな存在が、何の因果か処罰しなくてはいけない存在になったという無力感だ。
 殺さなくてはいけない。彼女は少女であったという事を除けば旅人や動物たちを無惨にも食い殺すモンスターに他ならないのだから。只、それでもどうしようもない感情が胸の内を渦巻き続けた。
「そうですね。……ええ、そうでしょうとも。どれ程悼んだとしても、彼女が合成獣(けだもの)である事には変わり在りませんもの。
 死したという旅人に文句を言いたいことは山ほどありますが、ジナイーダ様の意識を取り戻し、出来得る限りの最大限の幸福な死を与えたいものです」
 幻は仲間たちの潜入を見送った。その傍らで、レジーナは目を伏せる。触腕は眠るジナイーダにはまだ『覚醒』の機会を与えてないのだろう。地で餌を待ち続けている。
「一体、何が彼女をこうさせたのでしょうね?」
「……ええ、博士の研究を助けたいという一心であったのかもしれませんが、これは余りにも惨い」
 アリシスは静かに、そう呟いた。傭兵たちから得た情報は触腕は『見える』という事、そして、降れさえしなければジナイーダには気づかれないという事だ。ならば、と潜入は容易だろうとアリシスは考えていた。
(壁から、そして、正面から――内情を確認してくれる仲間がいるのは頼もしいですが……最悪、この砂の海に住んでいる獣を餌にしてジナイーダの触腕を『覚醒』させればよいでしょうか)
 内部で小石をわざとジナイーダの触腕へとぶつけたヘイゼルは「何でも食べるお嬢様でせう」と触腕が小部屋に向けて戻っていく様子を差した。
「成程な。ジナイーダご本人に会いに行こうか」
 エイヴァンはその海洋王国の正装をマントの如く翻す。自身のその身の内に流れる獣の血が本能的に敵を察知せんと過敏に反応した。


 散り散りになった蒼の花。その花を藍微塵と呼ぶと言ったのは誰であっただろうか。触腕に得た小石をガリ、ガリと音を立てて齧り続ける長い茶毛の獅子――それこそが『ジナイーダ』。そう呼ばれた少女のかけらをその中に内包した合成獣と言うのか。
 エイヴァンはその姿を見て先ほど出会った『母』の面影すら感じられない事に目を覆う。アレクサンドラは唇を噤み、幻は頭を振った。
「貴女がジナイーダ?」
 そう、レジーナが静かに問いかける。一体何が彼女を乞うさせたか。小石をがりがりと齧っていたジナイーダはゆっくりと顔を上げで大仰な程に腹の虫を泣かせて見せる。
「……こんな所で何しているの?」
 ゆっくりと尻を上げたジナイーダは警戒したように『牙』を剥き出しにする。アレクシアはその牙がジナイーダが人ではないことを思い知らせるようで息を飲んだ。
「博士の事――聞かせて欲しいんだけど……君は――」
 直ぐ様に獲物へと飛び掛からんとしたジナイーダの前へと咲耶が刃を向ける。その身を闇より投じ砂埃の中で触腕を受け止めた。
「お主の命、紅牙斬九郎が貰い受ける」
 咲耶の眼と、ジナイーダの視線が克ち合った。その大きな瞳はけだものと同じ動向をぐるりと回し勿忘草をぼとりぼとりと落し往く。
(泣いている――)
 そう感じ取ったエイヴァンは直ぐ様にジナイーダの前へと滑り込んだ。その身は少女ではない、獣の重量がぶつかってくる。『アバターカレイドアクセラレーション』――有り得る筈だった力を振り絞る。
 海洋技術工房謹製の盾は海嘯すらも留めると言われている。それをぐん、と押し付けるようにジナイーダの体を後方へ。エイヴァンは直ぐ様に幻影を作り出す、動くことない『ジナイーダの母』。
 けだものの眼が僅かに其方に向けられて――『博士』『博士』『ハカ、セ――』
 言葉が漏れる。まるでそれだけをインプットされているかのような少女の言葉に小さな舌打ちを一つ。
「お前のいるべき場所はここではないだろう」
「ええ。貴女に聞きたいことがあるのですよ、ジナイーダ」
 ヘイゼルはエイヴァンへと自身の調和を賦活の力に変換し戦場に赴くための力を与え続ける。手にした魔力糸の結界術式の中、ヘイゼルは『ジナイーダ』は『ジナイーダ』の名に反応を返す事に気付く。
「成程、彼女は自身の名に反応をします。確かに、ジナイーダであると言い出す人があるのは頷けます。たとえ、獣であれど『昔居なくなった筈の少女の名を知っている』時点で不可解ですから」
 アリシスの淡々としたその言葉にヘイゼルは頷いた。告死の天使はジナイーダの触腕目掛け攻撃を重ね続ける。得たいと願う情報は『博士』とはという話だ。
「ファレンさんを憶えているでせうか?」
 ヘイゼルのその問いに、ジナイーダは返事を返すことはない。レジーナは使い魔を小さな言葉で呼び出した。
 姿が見る見るうちに博士へと変貌していく。それが、アカデミアの情報として彼女たちがラサで得ていた『キマイラをブラックマーケットに販売する旅人』の姿であった。
「ハカセ――」
「ええ、博士だわ。ジナイーダ。
 博士は亡くなっているはずでしょう。この姿になったのは博士という人物のせいなのかしら?」
 レジーナのその言葉にジナイーダはぼろぼろと勿忘草を零すだけ。返答はない。幻は唇を噛み締めて、触腕を切り伏せた。
 例えどれだけの悪人であろう共、彼女が慕った博士は彼女という純真で無垢な少女に夢と希望を与えるだけの存在だったのだろう。幼い少女は――この砂漠で生まれた彼女は、命が組み合わされていく神秘に、奇跡に、確かに感動を覚え、彼を慕ったのだとすれば――博士を大切だと、認識していた。
(嗚呼、貴女様が正気に戻りジナイーダとして逝ってくれたならば。
 せめて僕の攻撃で夢を見てください。幸福な夢の中に浸ってください)
 蝶々が躍るように愛しい人の姿が夢にうつつに現れる。あの人の香に、言葉に、唇に――そうして願い描いた奇術がジナイーダに見せたのは『博士』であったか。レジーナの使い魔に合わさった其れに対して「博士」とぼろぼろと勿忘草が落ちていく。
「博士が恋しいですか? 貴方の隣にいらっしゃるのが見えませんか?
 昔と同じように頭をなでてくださってますよ。さあ、夢幻の世界へ参りましょう」
 幻の言葉に、泣き声が響いた。オオン、オオンと獣の唸る様な低い声が。
 それを耳にしながらアレクサンドラは神鳴りの一つ気を放つ。救いたい。彼女が普通の存在だとしたならば――どれ程までに傲慢だと言われたって、彼女を人として救いたかった。
 耳が萎れるそれをちらと見てから咲耶は「ジナイーダ」と囁いた。
「寂しいのでござるか、ジナイーダ殿。何故泣かれる」
「博士」
 もう、居ない――彼女だってそれは分かっていた。
 問いに応えられるほどにジナイーダは言語を『伝わるように話す』ことは出来なかったが、言葉の意味は分かっているのだろう。
 只、落ちていく勿忘草の中、博士の『イメージ』と夢を見てジナイーダは泣いた。刹那げに、悲し気に、そしてエイヴァンの作った『母』を見てまた、泣いた。
 もう二度とは戻れぬ家(ばしょ)に思い焦がれながらその命は涯へと向かってゆく。
 レジーナは「救いがなさすぎる」と小さく呟いた。博士と呼ばれた者がいた、その研究がかの妖精郷で行われるものと似ているとすれば……アリシスは『タイミングからそう疑わずにはいられなかった』
「……各地にも、こうした合成獣(いきもの)が居るのでしょうか。
 少なくとも深緑――いえ、妖精郷には存在しているのでしょうけれど……」
 その言葉を聞きながらヘイゼルはそっとジナイーダの髪飾りを拾い上げた。
 黙した獣の茶色の髪に埋まるように咲いて居た勿忘草。
 その花は、ジナイーダの心を残すように咲いて居たのだろうか。
「……どうか、した?」
 アレクサンドラの問いかけに、合成獣が身に着けていた衣類に紛れていたメモを拾い上げて咲耶は首を振る。
 身を焼く様な痛みを感じながら、アレクシアは唇を噛んだ。

 ――博士。私が博士の研究を成功させてあげるね。
 ――嗚呼、有難う。ジナイーダ。けれどね、私の研究は人に言わせれば禁忌だ。

 少女と、青年が会話している。遺構の中、膝を抱えたジナイーダは目の前に座っている空色の髪の少女と、そして、もう一人、幼さを残した少年に耳打ちする。

 ――私達で成功すれば、博士喜んでくれるかな?
 ――さあ、どうだろね。ジナイーダが頑張ればいいじゃん、めんどくさい。
 ――んもう! ブルーベルは面倒くさがりなんだから。リュシアンは?

 そして、彼女は。
 其処までの幻影を読み取れたのはジナイーダがそうさせたかったからにすぎないのかもしれない。
 アレクシアは息を飲んでそして目を伏せった。

 ネフェルストに帰還して勿忘草を手渡したとき、ファレンは「有難う」と静かに言った。
「誰が、最初に依頼したんですか?」
 そう問いかけるアレクサンドラにファレンは分からないと首を振って。
「けれど、ジナイーダが『居た』のなら、それで良かった。彼女は、やっと帰ってこれたんだ」
 その言葉に、アレクサンドラは曖昧な笑みを浮かべた。

成否

成功

MVP

ヘイゼル・ゴルトブーツ(p3p000149)
旅人自称者

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でしたイレギュラーズ!

 藍微塵という呼び名があるそうで。とても儚い、花ですね。

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