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シナリオ詳細

灰青の雫舞い落ちて

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング


 粉雪の舞う空はアッシュグレイの空模様を描いて広がる。
 しんしんと降り積もる雪に靴跡が伸びていた。

 雪の中歩いて行く儚い姿。
 アイス・ブルーの瞳を讃え。銀雪の如く美しい髪を風に揺らす。
 頬に睫毛の影が掛かっていた。

 少女は一人だった。
 否、一人になってしまった。

 ある朝のこと。
 陽光が少女の瞳に温かさを降り注ぐ。
 いつもは母親の声で目覚めるのに、今日に限って早く目を覚ましたらしい。
 隣で眠る彼女をゆする。
 けれど、何度肩を押しても母親は一向に起きる気配が無い。
「母さん?」
 不思議に思った少女は母親の頬に触れる。
 それは、およそ人間の体温とは思えない冷たさをしていた。
「え?」
 一気に汗が噴き出して、心臓が鷲づかみにされた様に脈打つ。
 不意に齎された悪夢に対して、人間は拒否する事を選ぶのだ。
「うそ……」
 少女の目の前で母親は事切れていた。
「ねえ、母さん。起きて……起きて」
 動かなくなった母親を少女はゆすり続ける。

 貧しい暮らし、食べ物も無い。
 親子の貧しさは少女の魔力を隠すため。
 感情が高ぶると魔力を暴走させる少女はどんなものでも凍らせてしまう雪に愛されし子供。
 しかし、迫害され住処を追われたどり着いたのがこの山なのだ。
 長い旅の末、母親は病に倒れ帰らぬ人となった。

「母さん、母さん」

 命の代わりは命しか無いのだと少女は思った。
 母親を氷のクリスタルに封印して。母親の命の代わりになる人間を連れて帰るため、少女は麓に降りる。
 麓の村の住人を一人。また一人とつれて行く。

「なんで。こんども違う。これじゃあ母さんは生き返らない」
 命のカタチが違うもの。決して合う事は無いそれを。
 少女は必死に探した。
 合わなかった人間は生きたまま氷のクリスタルの中に閉じ込めた。
 少女の魔力は膨大で。彼らの生命維持に支障は無い。
 けれど、その魔力の――引いては世界の何たるかを知らぬ少女は理解出来なかったのだ。
 死んだものは生き返らないという決定的な世界法則に。

 少女は慟哭する。
 自分の母親が死ぬはずが無い。
 死ぬなんて事があるはずが無いのだ。
 いつまでも自分の傍にいてくれると約束したのだから。

「ねえ、母さん。おきて。おきてよお」

 ボタボタと涙が零れる。
 少女の瞳から雫が流れる度に。麓の村は雪に覆われた。



「頭領、……雪女っているんですかね……」
 黒い頭巾を被った青年――『暦』師走が所在なさげに、己が主人である『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯 (p3p007949)の隣に佇んでいた。
「嫁殿。どう思う?」
『そうね、鬼灯くん。私はそういう者が居ても楽しいとは思うけれど』
 仲むつまじい二人のやり取りに師走は物憂げに、小さく溜息を吐く。
 この二人のように、自身にも大切な人が居たなら。薄氷の瞳で床の木材の形を視線で追った。

 師走の視線の中に小さな靴が入り込む。
「情報、持ってきた、です」
 こてりと小首を傾げピンクの垂れ耳を動かした『Vanity』ラビ(p3n000027)が、小さな手でテーブルの上に報告書を置いた。
「雪に閉ざされた村、ね」
 鈴の鳴るような可憐な美声がローレットの一室に響く。
 黒いレースの手袋で『宵闇の魔女』夜剣 舞(p3p007316)は報告書を広げた。
「えっと。場所は北の山脈か」
 首元に手を当て報告書を眺める『双色クリムゾン』赤羽・大地(p3p004151)は村の場所を思い浮かべる。
 本を多く読む大地の知識は、無辜なる混沌に来てからも健在で。各地の地理も大雑把に把握していた。
 ローレットから隣国鉄帝へ向かう街道を有する山脈の一つ。フィリケル山の麓の村。ルンドホルムからの要請が報告書には書かれていた。

「もう初夏の季節なのに雪に閉ざされたままなんて」
 寒そうな身震いで『バッドステータス坊ちゃま』リオーレ(p3p007577)が眉を寄せる。
 幻想国の王都では、そろそろ夏日が観測され始めたというのに。
「ヤバくね? ヤバババじゃね?」
 ドレッドヘアの男『Punch Rapper』伊達 千尋(p3p007569)が腕組みをしながら唸った。
 雪に覆われたままでは外出することも一苦労で、作物を育てることもままならない。
 そうなれば、村の住人は遠からず大変な事になってしまう。

「それに……村から行方不明者が続いてるんだよね?」
 報告書の文字を指さした『怠惰的慈愛少女』瑪瑙 葉月(p3p000995)は困ったように表情を曇らせた。
 雪に閉ざされるだけならば、多少はしのげるかもしれない。
 けれど、行方不明者が続出するのならば話はべつだ。
「そうですね。早く助けに行かなければ、残された村の人達の命に関わるかと思います」
 黒真珠の美しい瞳で『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は頷く。
 幻はあえて村の人達の命と言った。
 吹雪の中で生命が維持できるほど人間は強くない。
 連れ去られた人は、保護されていなければ死んでいてもおかしくない状況なのだ。
「大丈夫かな?」
 心配そうな声で『ざ・こ・ね』Meer=See=Februar(p3p007819)が報告書を覗き込む。
「現状では分かりません。しかし、何か策はあるでしょう。他に情報は御座いますか?」
 幻の声にラビは次の資料をテーブルに並べた。

 村からの情報によれば雪女と目される人物は母子のようだ。
 ルンドホルムではない場所から流れ着いた親子の仕業だと報告書には書かれていた。
 よそ者を不気味がってしまうのは、保守的な村社会の摂理なのかもしれない。
 不気味な母子は村にとって厄介者だったのだろう。
 雪に閉ざされているのも、村人が行方不明になるのも、全部その不気味な親子が原因なのだと。

 実際の所、事実だけ見るのならば。雪女の仕業だというのは『正解』なのだろう。
 ラビが情報網を駆使して手に入れた母子の遍歴によれば。
 子供が有する高い雪の魔力はギフトによるもの。
 しかし、彼女自身、膨大な魔力を制御できていないらしい。
 感情の振れ幅で魔力は暴走し、雪を降らせるのだという。

「親子に戦闘能力はない、か」
『何だか可哀想ね』
 鬼灯と嫁殿が物憂げに報告書に視線を落とした。
 この依頼に、誰も『悪い者』など居ないからだ。
 母子はただ生きているだけで、村人は単純に困っている。

「楽なのは殺害、です」

 ラビが無表情で言い放つ。
 集まったイレギュラーズに緊張が走った。
 存在するだけで他害となるならば、それは魔種や化け物と同じ。
 そういった者の討伐依頼はローレットには数多く持ち込まれる。
 母子もそういった類いのモノとして扱う事も出来るのだとラビは告げた。

「確かニ、それは選択肢ニ入るだろウ」
 赤羽が可能性の一つとして頷く。
 だが、それは可能性であって、実行するかと問われれば、話は別だ。
 原因も分からず殺す事なんて出来はしない。

『何か他に方法はないのかしら?』
「うーむ。説得をしてみるとかだろうか」
『説得って何を?』
 嫁殿の言葉に鬼灯は考えを巡らせる。
 雪を降らせている原因と村人が居なくなっている因果関係は自分達には分からない。
 けれど、それを知ることができれば、何かしら糸口が見つかるかもしれない。

『雪女って愛が重くても受け止めてくれますかね……』

 ローレットに来る前に師走が放った言葉を鬼灯は思い出していた。
 人間を突き動かすものは、いつだって愛なのだろう。
 その母子にとっての安住の地があれば或いは。
 鬼灯は腕に抱いた人形の青い瞳を愛おしそうに見つめていた。

GMコメント

 もみじです。雪女の涙をすくってあげてください。

●目的
 雪女を退治する
(※村からの依頼です。実際には無力化できれば成功です)

●ロケーション
 フィリケル山の麓の村ルンドホルムから、山側へ向かった所にある山小屋。
 山小屋の中にはクリスタルの中で眠る母親(マイヤ)とエイラがいます。
 クリスタルに閉じ込められた村の人は山小屋の裏に置かれています。
 戦闘が発生する場合は、山小屋の前で戦います。
 雪が吹雪いて足場も視界も悪いですが、フレーバーです。なんとかなります。

●敵
○『雪女』エイラ・パルヒアラ
 母親の死で悲しみと絶望を味わい、泣いています。
 戦闘能力はありません。
 感情の高ぶりにより、雪を降らせます。

○アイス・エレメント×10体
 エイラの感情が高まると引き寄せられて出現します。
 吹雪の攻撃を行います。
 エイラが無力化すれば自然と居なくなります。

●同行NPC
○『暦』師走
 身の丈程もある金属製の大盾を持った暦の一人。
 自己肯定感が低く、常に物憂げな顔をしている冬の様な忍。
 愛が重い。
 黒影 鬼灯(p3p007949)さんの関係者です。

●他
 説得や言葉掛けにより、戦闘を無くす或いは最小限に抑えることも出来るかと思います。
 ありったけの想いを少女に掛けてあげてください。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • 灰青の雫舞い落ちて完了
  • GM名もみじ
  • 種別リクエスト
  • 難易度-
  • 冒険終了日時2020年05月31日 22時35分
  • 参加人数8/8人
  • 相談8日
  • 参加費---RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
瑪瑙 葉月(p3p000995)
怠惰的慈愛少女
赤羽・大地(p3p004151)
彼岸と此岸の魔術師
夜剣 舞(p3p007316)
慈悲深き宵色
伊達 千尋(p3p007569)
Go To HeLL!
リオーレ(p3p007577)
小さな王子様
Meer=See=Februar(p3p007819)
おはようの祝福
黒影 鬼灯(p3p007949)
やさしき愛妻家

リプレイ


 吹雪くブルー・スノーの視界。
 頬を滑る冷たさが過酷さを物語る。

 幻想国北部の山岳地帯。フィリケル山の麓ルンドホルムからの救援依頼。
 村へと足を踏み入れた『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)の黒真珠の瞳が足下へ落ちた。
 深く雪の中へ入り込む靴。長く留まれば死を予感させる雪の嵐。
 死とは永遠の別れ。転じて、出会いの始まりでもあるのだと幻は思考を繰る。
 この雪を降らせている原因である雪女との出会い。
 悲劇と諦めるにはまだ早い。前に進むための道を拓くために。
 幻は村人に話を切り出す。

「幼子は母を求め、泣きすがるでしょう。その後は……」
 村の村長の家に通されたイレギュラーズ達は幻のよく透る美しい声に頷いた。
 例えばの話である。身寄りの無い『普通』の母娘のうち母が死ねばどうなるか。
 自然の摂理。頼るべき親が居なくなった幼子は間もなく地に帰る。
『雪女』と呼ばれる存在であってもそれは同じ。
「だが……」
「この豪雪はその子の悲しみなのです」
 村人が消えたのは事実である。それも雪女である少女の所業であると伝えた上で。
「しかし、悲しみを乗り越えれば、無害な存在であります」
「それは分かった。だが、安易に受入れる事は出来ない」
「至極最もで御座いますね」
 この様な極寒の地において用心深さとは生きる術である。
「……でしたら、僕達がそれを証明してみせましょう」
 力強い幻の言葉。
 これは、少女の命が掛かった『戦い』なのだから。

「ハァ~……泣けるぜこりゃあよ……」
 目頭を押さえて『Punch Rapper』伊達 千尋(p3p007569)は雪道を歩いていた。
 雪女と呼ばれる少女の顛末。一人ぼっちの末に犯した事件。
 知ってしまったならば、其処に助けを求める声があるならば。
「応えるしかねえよな」
 千尋はぶるぶると振るえながら隣の『バッドステータス坊ちゃま』リオーレ(p3p007577)へ顔を向けた。
「んーとね。ボクは、むずかしいことは分かんないけど……」
 クリスタルの中に閉じ込められた人がエイラの魔力で生きているのならば。
 彼女が魔力を使い果たしたとしたらその人達は死んでしまうのだろうか。
「どうだろうなあ。ま、何とかなるんじゃねーの? その辺は、ほら」
 リオーレの純粋な疑問に明確な答えは出なくとも、進むべくは前にあるだろうと信じて。

「誰も悪くないときたか」
 気怠げな視線を曇天の空へと向けた『お嫁殿と一緒』黒影 鬼灯(p3p007949)は小さく溜息を吐いた。
『やりづらい依頼ね。鬼灯くん』
「そうだね。嫁殿。でも……」
 エイラをあたたかく包み込み、凍てついた心を溶かしてやらねば。何れ少女の命は潰えてしまう。
 彼女だけではない。連れ去られた村人達の命も掛かっている。
「師走、前を頼むよ」
「はい。頭領」
 鬼灯の声に、大盾を持った『歴』師走が雪道へと繰り出した。

 ――――
 ――

 イレギュラーズは吹雪が荒れる雪山を進み山小屋の前へと到着する。
 クリソプレーズの瞳で『怠惰的慈愛少女』瑪瑙 葉月(p3p000995)は仲間に合図を送った。
 エイラには現状を理解してもらう必要がある。
 その上で説得を受入れて貰わねば、抜本的な解決にはならない。
「見たくない現実を見るのは辛いけど……」
「そうだな」
 葉月の声に『双色クリムゾン』赤羽・大地(p3p004151)は頷いた。
 唯一の家族を喪った悲しみ。推し量らずとも想像に難くない。
「一人で抱えてるだけでは、心が冷えていくだけだからな」
 説得であろうが、荒療治だろうが。
 雪山から引っ張り出さなければ、数日も経たずに命を落とす。
 死者は蘇らない。けれど、遺したかった言葉を伝える事が出来たなら。
 少しは温かくなるかもしれないと赤羽が口を開いた。

「本格的に被害者が出る前の今が最後のチャンスだよねっ」
 ぐっと拳を握りしめる『ざ・こ・ね』Meer=See=Februar(p3p007819)に『宵闇の魔女』夜剣 舞(p3p007316)の指先が乗る。
「ええ。罪人になる前に止めなければ」
 力持つ魔女。同胞として舞は庇護欲を心に抱いていた。

 葉月と大地、メーアと舞は静かに山小屋のドアをノックする。
 全員で押しかけるよりも、最初は少人数でアプローチを掛けた方が怯えさせずに済むだろうと、他のメンバーは敵が現れた時に備え茂みに待機していた。

 ノックの音に反応は無い。
 けれど、様子を伺う気配はあった。
「こんにちは」
 メーアの優しい声に反応して、中から物音がする。
「だれ?」
 小さく開いたドアから、泣き腫らした虚ろな瞳が四人を見上げていた。
「僕はメーア! 雪女さんとお友達になりに来たんだっ」
「ゆきおんな……じゃないもん」
 足下に落とされた視線。自分を雪女と呼ぶ人々は敵意があると少女の表情が硬くなる。

「ねぇねぇ、きみのお名前は?」

 雪女で無いなら、何と呼べば良いか。メーアは包み込むような笑顔で少女に笑いかけた。
 こんな笑顔何時ぶりに見ただろう。自分に言葉を投げる人は全員険しい顔だった。
「……エイラ」
「それがきみの名前? 素敵な響きだね」
「母さんと、にてる名前、だから……」
 もじもじと指先で遊びながら、エイラはメーアの顔色を伺っている。
「好きなんだ? 名前」
「……」
 他人の前で『好き』を出す事は自分のテリトリーに侵入を許すと同義である。
「大丈夫だよ。僕はきみを傷つけない」
 何も武器を持ってないと袖を揺らすメーア。
「名前、好き」
「そっか。良い名前だね」
 握手として差し出されたメーアの手をエイラは握った。


 山小屋の中に入った四人はクリスタルの中に封じ込められた女性を見つける。
「この方は?」
「私の、母さん。もうずっと眠ってて、起きないの」
 じわりと浮かぶ涙に葉月がハンカチを取り出してそっと拭いた。
「これが、あなたの困っていることなのね?」
 葉月の問いにこくりと少女は頷く。

「ねぇ私たちのお話を聞いてもらっていいかな?」
「ん」
 母親が死んだ事から目を背けないで欲しい。人の魂に一つとして同じものはない。と葉月は少女を諭す様に語りかける。
「もう、取り返しがつかないの」
「……ん」
 葉月の言葉に視線を落とすエイラ。
「どうやったら、元に戻る?」
「戻らないわ。死んでしまったから」
 ガタガタと窓が揺れて吹雪が強くなっているのが分かる。
 少女の心はまだ開ききって居ないのだろう。

「外の景色、失礼ながら見させてもらった」
 大地の声にビクリとエイラ肩が震える。怒られてしまうと頭を隠すように手を頭上で重ねた。
「……お前の真摯な気持ちはよく分かったし、それだけ本気なんだろう」
 けれど、何度やっても上手くいかず、氷柱は増えるばかり。
「何度それを繰り返しタ?」
「……」
 赤羽と大地の言葉はエイラの生ぬるいむき出しの心を抉る。
「本当はもウ、母の代わりなんて作れやしねェ、っテ、薄々分かってるんじゃねぇのカ?」
「うぅ……」
 突き刺さる言葉に少女は涙を流した。
 村人にも大切な親や家族が居る。エイラが母親を想うのと同じように。
「自分の寒さを埋めるために、誰かにとっての温もりを奪うつもりか?」
 己を虐げた村人に復讐を。自分が生きる為ならば他人がどうなろうと構わないと。
「お前の母ハ、そう言ったのカ?」
 そんな冷たい言葉を放つ人間だったのかと赤羽は問うた。
「違う……! 何で、なんでそんな事いうの!」
 泣きながら大地の服を引っ張るエイラ。
「もう、現実を見る時間だ」
 誰が好き好んで傷つけるものか。幼子に現実を突きつけた所で傷つくだけ。
 そんな事は分かっていると大地は胸を叩くエイラの拳を優しく握る。
「代わりはいないんだ」
 部屋の中に大地の声が苦さを孕みながら、冷たく響いた。

 ――――
 ――

 視界が雪に覆われていく。
「こりゃぁ……」
 眉間に皺を寄せた千尋は曇天の空からアイス・エレメントが周りながら落ちてくるのを見上げた。
 泣き声と共に、山小屋の扉が勢いよく開かれる。
 飛び出してきた少女の元へ走り込んだ千尋。エイラが逃げ出さないようその腕に強く抱きしめた。
 ここで少女を逃がせば如何したって後戻り出来なくなる。死か罪人か。何方にせよ碌な物では無い。
「師走さぁん! しっかり護ってくれよ! 寒いのダメなんだから俺!」
「任せてください!」
 出現したエレメントは薄氷の破片を千尋へと飛ばす。
 けれど、それは師走の大盾によりはじき返された。

 千尋は戦場の隅、山小屋のドアまで走ってエイラに向き直る。
 小さな身体と視線を合わせるように腰を落として、手は離さず。
「俺の声聞こえっか? エイラちゃんよ」
 誰かを代わりにする事は、他の誰かが同じような悲しみを背負うということ。
 それは嫌ではないのかと真剣な眼差しで千尋は問う。
「わ、かんない」
 それは村人が憎いからなのか。寂しさ故か。
「しゃあねえ、じゃあ俺が村の連中の代わりになってやるよ」
 氷漬けにしたいのならば、好きにするといい。千尋はそれを受入れると紡いだ。
「やだ……よお」
 ぽろぽろとエイラの眦から雫が落ちる。
 葉月の言葉、大地の声。千尋の覚悟が少女の心を揺さぶった。
 重なる思いに意味が無いなんて――有り得ない。

 感情の揺れはアイス・エレメントを更に呼び寄せた。
 けれど。
「これは乗り越えるべき試練で御座います」
 幻の青薔薇のステッキが白銀の雪に美しく舞う。
 母を愛するならば、光差す道は此処では無い。
「お母様は今の貴女を愛してくれるでしょうか」
 きっと叱られるのではないかと幻は歌うように言葉を揺らした。

「エイラさん……」
 舞は千尋の腕の中に居るエイラに語りかける。
 医者であり不老不死の魔女として舞が紡ぐ言葉。死と別れは誰しもが経験する理なのだと。
 過去、幾星霜もの時間を掛けて、何人もの人々が挑戦したもの。
「亡くなった命は生きている者の命では換えられず。旅立った魂に換えは効かない」
 故に、死から目を背けてはならない。
「だって、つらい」
「ええ、辛いでしょう。身を引き裂かれる思いでしょう」
 けれど、目を背けている内は亡者を悼めない。己の内にある悲しみも痛みも癒やせない。
「エイラさん、あなたは自分の為ではなく母親を悼んで泣いたかしら?」
 舞の指先がエイラの涙を掬う。

「――あなたの流した涙は誰の為?」

 雪よりも氷よりも冷たい刃物みたいな言葉がエイラの心を裂いた。
 ヒュッと喉が鳴り、呼吸がうまく出来ない。
 誰の為の涙か。
 母親の為ではない。自分の感情を表すだけの涙。
 突きつけられた現実に掻きむしられる程の衝動が少女を苛む。
 吹雪が強くなる。


「結構、厳しいですね」
 師走の声が鬼灯の耳に届いた。
「だろうね」
 この吹雪はエイラの心そのもの。覆い隠したい気持ち。誰にも触られたくない思い。
 自分達が投げかけた言葉で、更にそれが膨大な嵐となって吹きすさんでいる。

「でも、大切なことです」

 甘い言葉だけでは人は正しく在れない。
 間違った事をした時に『叱って』くれる存在は大切だ。
 そうでなければ、己のように後悔を背負う事になると師走は大盾を握りしめた。
 アイス・エレメントがエイラと鬼灯を狙う。
 少女の心を体現するかの様に荒れ狂い猛威を振るう吹雪。
 このままでは少女か主人何方かを失う事になってしまう。
 あの絶望をもう一度味わうのかと師走の心が慟哭する。
「そんな、のは」
 絶対に嫌だと。この命に代えても守ると誓った言葉を、嘘にはしない。
 盾になる物なら――もう一つある。
「まだっ……!」
 大盾をエイラの前に立て。

 師走は『己自身』を鬼灯の前に広げる――

 鬼灯は白銀の視界に従者の血飛沫が上がるのを見た。
 常に大盾の中に隠したその身体を、惜しげも無く敵の前に晒す気概。
「師走!」
「……っ、少しは、役に立てました、かねぇ」
 崩れ落ちる師走を支えながら鬼灯はリオーレに頷いた。
「だいじょうぶだよ、ボクが回ふくするね」
 即座に近づいてきたリオーレは横たわる師走の傍に膝をつく。
 雪が膝を冷やしても、仲間を癒やすのが自分の役目だからとリオーレは祈りの指を組んだ。
 垂れる頭に白銀の髪が流れる。
 リオーレの周りにふわりと浮かび上がる光輝。
「光は羽ばたく。調べの旋律。紡ぐ言の葉。癒やしの音色」
 美しい声は戦場に木霊し、溢れる光が師走の傷を癒やしていく。

「師走、此処で待機。嫁殿すまない。師走を任せたよ」
『鬼灯くん、いってらっしゃい』
 嫁殿を一撫でして、師走の傍に座らせる鬼灯。
 彼の手から離れれば只の人形だというのに。
 朦朧とした意識の中で小さな手が自分の頭を撫でた様な気がして。
 師走は彼女に母の様な温かさを感じた。

「――さあ、この悲劇を終わらせよう」

 吹雪の中に糸が繰る。
 気怠げな表情は其の儘なのに、鬼灯の糸は怒気を孕んだ。
 乱暴に残酷に。容赦の無い虚無の剣がエレメントを破砕する。
「見て居ただろうか、エイラ殿。俺の従者は瀕死の重傷だ。仲間が居なければこの場で死んで居ただろう」
 喪われた命は還らない。替えも代わりも効かない。
「母上は貴殿が自分を求め、多くの人間を傷つけている現状を、きっと悲しんでおられるよ」
 大切な人が傷つけられる痛みを知っているだろうと鬼灯はエイラに問う。
 エイラの視線が家の裏にあるクリスタルに向いた。
「彼等を大切な人の元へ返してやってくれないか、エイラ殿」

 鬼灯に重なる舞の言の葉。
「あなたの母親は村人を恨むように教える人だった?」
 許すことは出来なくとも、彼等を解放して欲しいと舞の指先はエイラの頭を擽る。
 彼等にも大切な人が居るのだと。だから。
「わかって?」
 舞の隣に立ったメーアがエイラを抱きしめた。
 形は変わっても大切な人はきっと傍にいてくれるから。
「おうちに帰してあげよう?」
 メーアは少女の頭を優しく包み込むように撫でた。

 葉月は過去の記憶に囚われる。何も言えずに親友を置いてきたこと。
 親友はエイラみたいな気持ちだっただろうか。
「ううん」
 だからこそ、届ける言葉がある。
「ねぇ! お母さんがいないこの世界で……」
 ほんの少しでも生きたいと思うならば。
 母(せかいのすべて)が消えてしまったこの世にまだ未練があるのならば。
「私たちと……ううん。私と一緒に生きてくれないかな!!」
 葉月の手がエイラへと向けられる。

「でもね、あのね――わるい人がいないなんて、ウソだよ」

 リオーレの優しくない言葉が戦場に響いた。
 仲間の誰もがドキリと心臓を戦かせる。
「お母さんは……」
 自分に何かあった時の為に、エイラの後見人を見つけておかなければならなかった。娘は母の命を蘇らせる為に、他人の命を犠牲にしようとした。村民は母娘を厄介者として迫害し山小屋に追いやった。
 悪い人が居ないなんて『した方』の都合。『された方』にとっては三者三様に悪になる。
「だからね、みんな、ごめんなさいしなきゃ……ホントは、ダメなんだよ」

 悪いことをしたならば。
 それを自覚するならば。
 先へと進みたいならば。

「ごめんなさいして、なかなおりしなきゃなの。……ね?」

 リオーレの言葉にエイラの瞳が見開かれ。
「うぅ……、ごめん、なさい」
 他人を苦しめたことを後悔した。
 此処に居る心優しい人達が止めてくれなければ、自分が泣いている理由と同じ事を他人にも押しつける所だった。
 その気づきは。同時に。
 母が居なくなった事を正しく理解したということなのだろう。

 イレギュラーズが積み重ねた言葉はどれ一つとして欠けてはならないものだった。
 全ての声がエイラの心を揺さぶり、幼い考えを壊し、己の力で立ち上がる勇気を与えた。
 母が居なくなったこの世界で生きていくための拠り所を。生きる術を八人の手でたぐり寄せたのだ。

 山小屋の裏にあったクリスタルが溶けていく。


 エイラは村人達に謝罪をして、彼等もそれを受入れた。
 けれど、このままルンドホルムへエイラを置いて行くのは双方にとって良くないのだろう。
 一度生まれた軋轢は、元には戻せない。

「どこか彼女を迎えてくれる場所がないか、ローレットに確認を取ろう」
 鬼灯の声に村長は安堵の表情を見せた。
 それを悟らせないように舞がさっと少女の視界をドレスの袖で覆う。
「ふふ、ようこそローレットへ。私も魔女だから貴女と同じよ」
「同じ……?」
「そう。これからは力のコントロールを覚えて行きましょう」
 舞の声にこくりと頷くエイラ。

「疲れたでしょう」
 自分よりも更に小柄な少女を葉月は抱きしめ子守歌を紡ぐ。
「おやすみなさい。起きたらきっと……」
 貴女の世界は変わってる。だから、今は安らぐ揺り籠に身を委ねて。

 ふっと意識を落としたエイラを師走が抱き上げた。
「愛……」
「師走、いくら振られるからといって、雪女(エイラ)はやめたほうがいい」
 年の差が有りすぎる上に、師走の重い愛を受け止める土壌が少女にはまだ無い。
 少女の健やかなる成長を願うならば、見守るだけの方が良いだろう。
「じゃあ、帰るかぁ」
 エイラの母親を封じたクリスタルを持ち上げた千尋に続いて、イレギュラーズは村長の家を出る。

 外は快晴。先ほどまでの曇天が嘘の様に清々しく晴れ渡る。
 広がるアジュール・ブルーの空に輝く太陽は、未来を照らす様に温かく降り注いでいた。

成否

成功

MVP

リオーレ(p3p007577)
小さな王子様

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした。如何だったでしょうか。
 雪の少女は母親と共にローレットへと迎えられました。
 皆さんが繋いだ命に感謝を。

 また、関係者の師走さんは重傷を負っています。名誉の勲章ですね。
 リクエストありがとうございました。

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