PandoraPartyProject

シナリオ詳細

ジャック・イン・ザ・ボックス

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●刺突のジャック
「愛してるわ、ジャック」
 真っ暗な路地裏を男女二人が歩いていた。若々しくも魅力に熟れた女性はフードを目深く被った妙な風体の男に対して、熱を浮かされたように求愛を繰り返していた。胡乱(うろん)だ目つきで頬を赤らめてもいる。男をえらく気に入った以上に、いくらか酒が入っているのだろうか。イヤに熱っぽい吐息からして酒場で何杯も入れてきたに違いない。
 面貌を隠すかのようにフードを被った男からは、その女をどう思っているかなど伺い知れようもない。それを不満に思ったのか、女は赤く染まったほっぺたをわざとらしく膨らませて男に抱きついた。
「ねぇ、さっきから何を考え込んでいるの? まさか、責任取りたくないーとかツマんないことで悩――」
 女はカマをかけるつもりでそんな事を男に言い寄ったのだが――それが男の気に障ったのか定かではないが――男は無言のまま、懐に偲ばせていたナイフをおもむろに取り出すと、女の胸目掛けて刺突する。
 女は何が起こったか分からない、といった表情で目を白黒させる。遅れて伝達された痛覚が脳髄に警鐘を鳴らすと、女は反射的にあらんかぎりの悲鳴を喉から絞り出した。男はそれでも構わず、胸は腹など臓器が詰まっている部分に対して何度も刺突を繰り返す。
 ナイフが女の身体を犯す度に、がふりごふりと生暖かい息が漏れた。男は熱を帯びて噴き出す吐息や血肉を浴びて、まるで男女の交わりが如く手つきで女の死に様を楽しんでいる。
 やがて女が息絶えて血液すら噴き出さなくなると、フードの男は女の身体に何か刻み入れたのち飽いた玩具のように無造作に放り捨てた。
「これで何人目だった? ……三人目。まだ少ねぇなぁ」
 男は血を滴らせてギラギラと煌めくナイフを紙切れで拭いながら、独り言を呟いていた。
「彼の海賊ドレイクや、アルバニア? だったか。ヤツらが色々と引きつけてくれたオカゲで陸じゃ俺様が好き勝手出来らぁ」
 ナイフを握る手がカタカタと震える。それが悦楽の余韻からか、凶行の後悔からかは傍目に分からない。
「へっ、居残ったイレギュラーズがなんぼのもんさ。何なら、俺様がヤツらの一人二人くらい犯してや――」
 そう口にしていると、悲鳴を聞いて駆けつけてくる人の気配を感じ取って男は素早くナイフを収め、その場から立ち去っていく。
「…………。何にしても、彼ら……イレギュラーズ達が『絶望の青』から帰還してくる前に終わらせなくては……」

●不十分な情報
「えーっと、今回の被害者はジェルシーさん二十八歳。ご職業はファッションモデル。さぞ、魅力的な方だとお聞きしています。良家のお人でもあるとか」
 事件の書類を片手にそう語る『若き情報屋』柳田 龍之介(p3n000020)。以前の犯行含めて被害者の傾向は『種族関係なく、女性として容姿や話術など魅力に富んだ人物』であると話すと、次の説明に移った。
「遺体には『ジャック』と刃物で刻まれていたとの事です。この気取った犯行声明が刻まれた被害者はこれで三人目。手口からみて、同一犯に違いありません」
 ジャック。この世界でも有り触れた名前でもあると共に、『名無しの権兵衛』的な意味合い含めた言葉。役人達は一応その名の人物達には聞き込みを行ってはいるが、傍からもこれが犯人の本名だとは到底思えない。本名だとしたら余程の間抜けか、相当に自信過剰の人物だ。
「件の『絶望の青』でイレギュラーズ、海洋の人員共に乏しい現状ですが、だからこそ放ってはおけません。私見ですが、イレギュラーズ様が大勢帰還なされた後は彼奴はナリを潜めるつもりでございましょう。そうして、虎視眈々と次の機会をうかがい続けるに違いません」
 多少演技ぶった口調で力強く述べたのち、小さく咳払いをして若干気まずそうに口を開いた。
「あー、あと。遺体を軽く調べた役人曰く、刃物で何度も胸部や腹部を刺突された模様。直前に何処かで飲んでいたものと思われます。これは重要だと思うから付け加えるのですけれどね。犯人はほぼ確実に男です。その痕跡あり、と」
 遺体の情報というのは繊細な部分もあり、言い方一つだ。死者に対する尊厳の問題でもある。だから龍之介はその伝達者として毅然とすべきなのだが、彼はそういった話題は慣れない口ぶりで慎重に言葉を選んでいた。
「……まずは犯人を特定する事からですが、海洋に人員は乏しい状態です。よって、イレギュラーズ様にも聞き込みを担当してもらいたいわけでございます。聞き込みの場所、方策についてはイレギュラーズ様に委任致します。その後は、いつも通りに」
 龍之介はそういって、イレギュラーズに対して深々と頭を下げた。そして頭を上げたのち、ふと思い出した様に付け加える。
「役人曰く、ご遺体のお調べはご家族の強い拒絶もあって不十分との事です。もしイレギュラーズ様が豊富な医学の知識がおありで、ご自身で検死をなされたいならばご家族のお手元にあるご遺体をお調べにならねばならないでしょう」
 彼は暗に「検死が十分になされていない遺体から何か分かる事があるかもしれない」という事と、彼女達の遺体を調べるのには相当の弁舌が必要な事を示した。

GMコメント

●成功条件
・フードの男『ジャック』の殺害、または捕縛。

●環境情報
 海洋の港町。規模は中規模で都会といっても良い。普段は船が行き交い、交易によって人の入り乱れが多く、見知らぬ顔でも多少の事なら怪しまれる場所ではない。
 深夜も治安は悪い方ではないが、時期的に割ける人員が少なく見回りが手薄。女性を狙った連続殺人が三件目という事もあり、一般人(特に女性)の警戒心は強く聞き込みは多少難航するだろう。
 龍之介曰く「男性陣は同性に聞き込みをするか、相当口上手く立ち回る必要はあるでしょう」との事。
 この事件についての街角での情報は玉石混交。聞き込みをする相手の方向性は各自定めた方が良い。

●被害者について
 役人から送られた書類の要約
『三人の被害者の共通点として容姿的な魅力に富んだ女性。年代は二十~三十代。種族や職業、身分に共通は無し。飲酒と生前情交の痕跡あり。
 殺害方法は全員刃物で幾度も刺突され、それが致命傷と思われる。
 人員不足や遺族の拒絶などが要因で三人とも詳細な検死が不十分。ただし、死亡要因は明確な為これ以上死体に刃物(メス)を入れる必要は無いと思われる。

 三人中、二人は埋葬済み。場所は○○―○○番地にある教会。霊魂と疎通が出来る魔術師がおられるなら参考にされたし。
 残り一人の遺族が遺体を引き受け済み。前述の通り詳しい検死は拒絶されている。住所は以下の通り。
 (第三被害者の住居が書かれている) p.s.良家ゆえ礼儀に重々気をつけられよ』

●エネミー
フードの男『ジャック』:
 犯人は一人、かつ異様に鋭利な刃物が武器だと思われる。【出血】系列のBSと大きなダメージに気をつけられたし。
 それ以外は不明瞭な点が多く、実力の程は分からない。少なくとも一般人の女一人ずつ殺せる実力はあるようだが……。

※もしもナイフによる近接戦以外で特殊な攻撃手段を持っていたら、情報収集の段階でその情報を察知する可能性があります。
 その場合は特殊な攻撃に対して、それを知っているキャラクターはその攻撃に回避や防御がしやすいなど優位な処理がされるかもしれません。

  • ジャック・イン・ザ・ボックス完了
  • GM名稗田 ケロ子
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年05月14日 22時05分
  • 参加人数8/8人
  • 相談5日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

杠・修也(p3p000378)
壁を超えよ
夜乃 幻(p3p000824)
『幻狼』夢幻の奇術師
寒櫻院・史之(p3p002233)
冬結
ロゼット=テイ(p3p004150)
砂漠に燈る智恵
恋屍・愛無(p3p007296)
愛を知らぬ者
夜剣 舞(p3p007316)
慈悲深き宵色
メリー・フローラ・アベル(p3p007440)
虚無堕ち魔法少女
チェレンチィ(p3p008318)
暗殺流儀

リプレイ


「初めまして。私はギルド・ローレットに所属する夜剣舞と申します。ジェルシー様のこと、お悔やみを申し上げますわ」
 第三被害者の邸宅、その応接間に通された『宵闇の魔女』夜剣 舞(p3p007316)は対面の父親の男性に対してそのように述べた。
 相手はというと、沈鬱な表情そのものだ。娘が何処の馬とも知れぬ男に切り殺されたのだから無理もない。相手は一分近く押し黙っていたが、相手を感情に任せて無言で追い返したとあっては礼儀に反すると思ったのだろう。重々しく口を開いた。
「役人から再検死の用事と伺っております。しかしお断りさせていただきたい」
 何故とは言い返せなかった。刃物で刺し殺された娘に、更にメスを入れようという話なのだ。今現在分かっている検死の情報だけでも、役人は四苦八苦したのだろう。だが、その情報も「――と思われる」といった推察が混じっていてどうにも信頼性に乏しかった。それに……
「犯人がこのまま野放しで被害者が増え続けたら、噂が広まって、お嬢さんに生前情交の形跡があったって事も大勢の人間に知られる事になるわね」
 同席していた『躾のなってないワガママ娘』メリー・フローラ・アベル(p3p007440)が、核心を突いた。地位のある者にとって体面というのは重要だ。
「あることないこと囁かれて、家の名前にも傷が付くんじゃない?」
 メリーが言いくるめ口調で言葉にすると、父親は顔を真っ赤にさせてわなわなと震えた。
「娘を侮辱する気か」
 男は対面の小娘に手元のグラスを投げつけたい衝動を抑えながら、喉が切れそうな声を絞り出す。家名よりも娘の尊厳を意識したその様子を見て、メリーは「この父親が殺人を手引きしたり、犯人だったりする線はないだろう」と信用した。
「わたしたちはそのつもりはないけど、他がそうとは言い切れないわ。そうならないように、わたしたちが一刻も早く犯人を見つけ出してこっそり始末するから、遺体をきちんと調べさせて」
 相手もメリーの思惑に気付いたのか矛を収める。ホっと胸をなで下ろした舞は、父親に対して捜査事情を包み隠さず打ち明けた。
「私達はこれ以上犠牲者を増やさない為に事件を終息させたいのです」
 父親はそれを受け止めた上で、舞に厳しく言い放つ。
「これ以上娘の体に傷を増やすというのですか」
 詳しい検死ともなると、それは致し方無い手順である。憎き犯人へ近づく為に必要な事だ。頭で理解出来ていても、感情はそれを許しがたい。舞はそれを承知の上で言葉を重ねた。
「このまま事件が迷宮入りしては、お嬢様も浮かばれませんわ。これはお嬢様の敵討ちにも繋がりましょう。お嬢様を殺害した犯人を捕らえて相応の裁きを与える為に、私にお嬢様のご遺体を再検死させて下さい」


 第三被害者の邸宅に向かったイレギュラーズとは別に、街へ情報収集に出向いた班もあった。その中で『大号令の体現者』秋宮・史之(p3p002233)は役所や、警邏が集う詰め所などを尋ね回っている。
「大号令の体現者、秋宮史之だよ。ローレットの依頼に協力してほしいな。捜査資料を見せてもらえるだろうか」
「お噂はかねがね、お会い出来て光栄です」
 挨拶も手短に、役人は求められた資料を探し始める。史之は海洋にてその名声を轟かせている事もあって、大義名分があるこの事件において役人達は協力的だった。そして手に入れられた資料や警邏の証言からいくつかの事柄が読み取れる。

・殺害された時間帯は三人とも大半の酒場が閉まる深夜以後から人が起き出す早朝前
・被害者達の足取りは遺族曰く、三件とも仕事や遊びなど外出中だったとの事。
・被害者は飲食店、特に酒場が多い地域から近い路地裏で殺害された。場所は以下の通り――。

 三つ目については特に役立つ情報だ。イレギュラーズは酒場が怪しいと睨んでいたが、その地域が大きく絞れたのは僥倖である。
「検死出来る人が居ないですって!?」
 役所から出て行こうとする史之の耳に届いたのは若い女の子の素っ頓狂な大声――メリーだ。その傍で舞も困っている様子。史之は力になれるかもしれないと思い、彼女達に声を掛ける事にした。

 メリー達は第三被害者の検死を「娘の体に無用な傷を増やさないで欲しい」という要望の元に許可を得ていた。
 しかし安心したのも束の間、検死が出来る環境を確保出来たのは良いが役人から「検死の技術を持った者が不在」と伝えられた。
 自分達に『医療技術』の準備はあれど、専門的な『手術』となると難しい。深くまで踏み入った検死が出来るか不安だった。
「…………」
 解剖室へ運び込まれた遺体を目の前にして、舞は心の臓がズキリと痛んだ。被害者は胸部と腹部がズタズタにされている。事件があって間もなく、エンバーミング(遺体の修復)もまだ施していないのだろう。前任者が行ったであろう最低限な検死の名残も残っている。
 傷口から臓器がはみ出していて、彼女の美しさは見る影もない。それでも、傷が無い部位からモデルに相応しい人だったのだろうとなんとなく感じ取れる。

 ――?

 ふと、舞は何か不自然に感じて被害者の手や腕をよくよく観察する。モデルらしいほっそりしたもので、傷一つ無い。
「抵抗痕が無い」
 立ち会っていた史之とメリーがそれを聞いて、舞に視線を向けた。
「不意打ちで即死、あるいは抵抗出来ない状態でなければ……咄嗟に腕で急所を庇ったり、相手を引っ掻いて爪が剥げたり。何処かに抵抗した痕が普通なら残るの。でも、それが無い」
 舞は遺体を表面上から慎重に調べ尽くしたが、とうとうそれらしい傷を見つける事はなかった。
 史之の集めた証言からして被害者は悲鳴をあげる余裕があったのだから、即死とは考え難い。となれば……。
「抵抗出来なくする薬か、魔術を使うってコトね」
 メリーは想像を交えながら、犯人がその手段を使う事を推察した。現時点で惜しむらくは、そこから先へ絞り込む事が出来なかった事であろうか。


 杠・修也(p3p000378)と『飢獣』恋屍・愛無(p3p007296)は史之らが集めた情報を参考にしつつ、宿屋などの施設を中心に聞き回っている。「良家の娘が屋外で情交を結ぶ」とは考え難かった。
「抵抗出来なくする手段か。他の情報を鑑みると、胸糞悪い事極まりない話だが……」
「何が胸糞悪いんだ?」
 修也の呟きにそう尋ねる愛無。分かっているのか分かってないのか。修也は話題を変えようと宿屋の若女将に声を掛けた。
「聞きたい事があるのだが」
 若女将は反射的に「ヒッ」と蛙みたいな声を出す。傍らにいた旦那が「客に失礼だろう」と叱りつつ、代わりに応対してくれた。
「いや、客じゃないんだ。驚かせてすまない」
 修也と愛無はイレギュラーズだと身分を明かして、事件について何か知っている事はないかとその場に居た客を交えて聞き込みを始めた。
「いいや、そういう輩は思い浮かばないね。それに、短い間に三人も若い女があんな殺され方をしたんだろ? こいつに限らず街の女はみーんな神経質だ。ナンパなんてできっこねぇ」
 あやふやながら、事件の概要は住民にも伝わっているようだ。ここに至るまで修也自身も女性らの警戒心が高まっている事はヒシヒシ感じられ、もれなく犯罪者を見るような目をされる。
「どうにか安心させてやりたいものだな……」
「ま、こんなご時世だ。女に話しかけてんの見かけたら、男同士でもソイツの顔覚えるってもんさ」
 それはそうだと修也は納得する。逆に言えば二人っきりの時間帯、あるいは施設で及んでいる可能性が高い。
 愛無は聞き込みを続けている内に、同僚だと名乗る女に接触してこの街の名士や三人目の被害者について色々尋ねた。
「オカルトにハマった名士? いや、聞いた事ないね。被害者の子も、あたいみたいな良家以外に別け隔てなしに付き合う良い子だったよ」
 裏を返せば、交友関係は広いわけか。調べ上げるのに難儀しそうだ。
「特に入れ込んだ相手とかは」
 それを聞くと女は困った顔をする。そして歯切れの悪い言葉で答えた。
「いないわ。……相手知らないのはホント」
 良家なりの事情というヤツだな。愛無は相手が言わんとする事を察し、深く追求しなかった。

「あぁ、アレ。ジャック。怖いわね」「いやぁアナタは範囲外でしょ」「ままー、とりさんねこさん!」
 修也が苦労しているその頃、女性陣のイレギュラーズ――『探究者』ロゼット=テイ(p3p004150)や『冥刻の翡翠』チェレンチィ(p3p008318)は耳が痛い思いをしていた。飲食店でご婦人がたの井戸端会議に巻き込まれて、愚痴の捌け口と化している。子供を肌身離さず連れ歩いている事もあってから、幼子からぬいぐるみ扱いされる負担は半端ではない。物理的に耳が痛い。羽も痛い。
 とはいえ、その点も含めて住民達の警戒は薄かった。女性同士あるいは幼年に見えるというのが一番の要因だろう。
「もーぐもぐ、しあわせ……そういえば」
 ご婦人の隙を見て、ロゼットは事件の噂を尋ねる事にした。
 発生時間や地域については史之が調べた事と相違無い。少なくとも役人が偽装をしている線は無いか。そこからその時間帯前後まで開いてるバーの絞り込みも行った。
「被害者の共通点? あぁ、そうそう」
 ご婦人が何か訳知り顔で、周囲をキョロキョロと見回した後に口を開く。
「全員意中のお相手が居たらしいわよ」
「……は?」
 それを横で聞いていたチェレンチィは思わず呆気に取られた。婚姻を誓った相手がありながら他の男に体を許した?
 しかし、舞達が推察した「抵抗出来なくする手段」とやらを思い出した。同意ありきとは限らないわけだ。胸の内にフツフツと嫌悪感が沸き立ち始める。妙齢のご婦人がたがアレコレ囃し立てているのも癪に障った。
「関係ないかもしれない奇妙な噂とかは知らない?」
 チェレンチィの感情を気にしてか無意識か。ロゼットは冷静に話を続ける。
「奇妙? そんなオカルトみたいな」
「まけん!!」
 話を聞いていた幼子が話に交ざりたがっていた。
「もう、この子ったら市場へ遊びに行ってからずっとこうなのよ」
 チェレンチィも幼子の相手を務めるが、ようやく言葉を話せるようになった子供の話は要領を得ない。
 ただ、この幼子――少女がまるで熱を浮かせた目をしているのがイヤに気になった。


 イレギュラーズが聞き込みを行っている内に時間は一刻一刻と過ぎていき、夜半になった。『『幻狼』夢幻の奇術師』夜乃 幻(p3p000824)は、仲間達が集めた情報も考慮に入れつつ、富裕層が好みそうなバーで男を誘う素振りを演じている。バーテンダーにわざわざ「最近男性に振られてしまったのです。いい男性を紹介して頂けないでしょうか。できれば羽振りのいい方を」と付け加えた。
 実際、その振る舞いは殿方の興味を誘った。幻の容姿をいえば一見顔立ちの整った青年かと思えば、体つきを見てみれば明らかに男装の麗人であるからだ。
 いかにも下劣な成金が生唾を飲んで幻に見とれて、一緒に入店した婦人にひっぱたかれていたのはお笑いだった。しかしその内笑えなくなってくる。好色そうな男でさえ、幻に声を掛けてくる気配がないからだ。
 三人も若い女性が殺害された事件があった直後に、初対面の女性へ下心で声をかけてはあらぬ疑いをかけられる。そういう意識が男性にも刷り込まれているのだろう。
 そうして最後の客が退店していった。幻はその背を見送る。バーテンダーの青年からは、本命の相手から待ち合わせをすっぽかされたと映ったのか。おそるおそる、口にした。
「私から一つ、奢りましょう」
 幻は相手の言葉に関心を持った振りをして、青年の容姿を観察した。身なりは良いが、生真面目で冴えない男。幻への態度からしても女遊びが手慣れているという雰囲気ではない。目星をつけた犯人像とはかけ離れていた。
 しかし酒に薬品を混ぜて、ジャックとグルという可能性もある。幻は証拠品に酒を頂くフリをしようと、その申し出を快諾した。青年は材料を取り出す。他の客に酒を出す姿はサマになっていたというのに、いざ女に奢るとなってぎこちなくて微笑ましい。
 彼が取り出したのはライムを一つ。グラスに添える為に、ナイフを取り出してカッティングを始めた。
 そのナイフ捌きに目を奪われながら、幻はそのカクテルがどんな名前であったか頭を巡らせる。
 他の材料はダークラム。リキュール。度数が強いに違いない。それらを混ぜ合わせたカクテルの名前は確か……『ジャック・ター』――。


「なぁ、そろそろ迎えに行ってもいいんじゃないか。最後の客も出て行ったぞ」
「だけれど、集めた情報からこの店舗で犯行が行われた可能性は高いんだ」
 イレギュラーズの男性陣が口々に相談し合っている。他のイレギュラーズも含め、全員そのバーの近隣に集まっていた。幻との相談の上で、彼女を囮として誘い出す手筈なのだ。
 愛無は自慢の耳をそばだてながら、イレギュラーズが集めた情報を頭の中で整理する。

 まず遺族が非協力的なのは、被害者をこれ以上傷つけたくなかったり周囲に不貞の疑惑を掛けられたくないという事で納得が行く。埋葬を早めたのもそのせいだろう。
 では被害者側はどうだ。一人目、二人目ならともかく。三人目のターゲットは男性への警戒心が高いはずだ。精神作用の薬品か魔術? しかし、良家の娘が夜半に出歩いて術中に嵌める機会があったのは引っかかる。
 だとすれば父親か? いや、メリーがその線は無いと言っていた。それなら警戒心を持たれず、術中に嵌める機会のある相手は限られる。たとえば、交際相手だとか

 そこまで考えついて、もう一つの犯人像が思い浮かんだ。急ぎ、メリーと舞に尋ねる。
「邸宅に尋ねた際、夫らしき人物は同席していたか?」
 舞とメリーは首を振る。そんな人物、話にも出てこなかった。
 愛無は弾け飛ぶように店の扉を蹴破った。他の者も後に続く。幻は――ちょうどその瞬間にバーテンダーから刃物で刺されたという状態であった。イレギュラーズは即座に戦闘態勢に入り、威嚇術や絞蛸鞭などの集中攻撃で青年に呻き声をあげさせる。
「大丈夫ですか夜乃さん!」
 舞がヒールオーダーを詠唱しながら、幻の具合を確かめる。刃物を腹部に一撃、致命傷ではないようだが、出血が酷い……同時進行で青年に詰め寄るメリー。チェレンチィ。ロゼットは聖躰降臨を使って相手の悪足掻きを警戒する。
「あなたがジャックね。質問に答えなければ拷問よ」
「そうですねぇ……足から心臓を目指して、ナイフで切り傷を横一筋ずつ付けていきましょうか」
 二人の本気の目を見て、青年は降参のジェスチャーを取りながら手元のナイフをつまみ上げた。
「そ、そうだけど違う。正直に全部話す。私はコイツに操られて……」
 操られた? そのナイフに自然とイレギュラーズの視線が注がれる。
 ――あらゆる特殊攻撃を避ける技術に長けていた史之とロゼット、そして幸運にも距離を取っていた舞は咄嗟にナイフを視界から外した。

『騙し討ちたァ、冴えネェお前にしちゃ上出来じゃねぇか!!!』

 幻が突如として仲間に対し魔術を撃ち放つ。それと同時に青年がそう叫ぶと、ナイフの刀身にギュルリと気味が悪い目玉が生えた。
 ――その目玉を見てはいけない!!
 そう叫んだのはイレギュラーズか、はたまた青年か。何にしても、全てが遅かった。イレギュラーズの大半がそのナイフの輝きに【魅了】され、精神を支配される。お互いに武器を向け合う最悪の構図となった。
「か、回復を!」
 作戦の瓦解を防ぐ為に、史之と舞が仲間を回復する魔術の準備を始める。
『チッ、なんたって大号令の時に名ァ挙げた奴が複数居ンだよ?! こんな大勢は予定にねぇぞ!!』
「だったら、その宿主みたいに大人しく降参してみたらどうだい」
 激情を瞳に宿しながら、投降を促すロゼット。ジャックの秘策は二度通用しない。史之と舞が立て直せば八人掛かりで討ち取れる。無論、降参してもイレギュラーズ全員がこの元凶を生かすつもりなどない。
『ンナの間抜けのやる事だ』
 この状況に対して、ジャックの取った行動は卑劣極まりなかった。イレギュラーズがお互いを斬り合う阿鼻叫喚の状況から立て直すほんの僅かな時間に、窓から飛び出した。
 ロゼットもその場は味方に任せて単身でジャックを追いかける。しかし逃げに徹する相手の早足に、とうとう追いつく事は出来なかった。

『なんであいつらに警告しようとした』
 イレギュラーズを振り切って街の外に逃げおおせると、ジャックは宿主を責め立てた。宿主は掻き消えそうな思考で死者への懺悔を繰り返している。
 お互いの名前も知らねぇウブなお嬢ちゃんより前に、関係無い二人に魅了の力を試した癖によ。
 ジャックは被害者ぶる宿主を心底から嫌悪した。ただ女の血を吸って、この青年から体の主導権を奪えれば何でも良かった。殺害に関して以外は青年自身の悪徳にほかならない。
 もっとも、この青年は「満足するまで血を吸わせれば解放してやる」なんて言葉を馬鹿正直に信じていたが。

 何にしても、滑稽だぜ。
「俺様なんかに頼らなくたって、ジェルシーはお前にゾッコンだったみたいだぜ。ホント冴えねぇヤツ」
 その言葉を口にした瞬間、宿主の懺悔はブツリと途切れた。 

成否

失敗

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

 

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