シナリオ詳細
罪ありき
オープニング
●天義西方の街、サ・マンタにて
人には、罪源があるという。
欲、と。そう言い換えても良い。
それらは、人が生きるのに無くてはならない存在であるにも関わらず、いずれは身を滅ぼす原因となりかねない、強い危険性を孕んだものだ。
神より与えられし試練だと、彼は考えていた。
あらゆる誘惑は甘い。一度でも手を出せば虜になってしまうだろう。
それでも人は、そこから抜け出し、清廉潔白な魂を抱いて天寿を全うすることが出来る筈だ。
そう思っていたし、そう信じていた。
だから、その為の手助けをしようと始めた説教に賛同が集まった時は本当に嬉しかったのだ。
その通りだと声をあげる人々が集まって、特に女性に多かったその会は盛んになっていく。
三月に一度が月一になり、請われる形で半月に一度、いや週に一度と変わった辺りで、そのシステムは大きな変革を得ることになる。
「ああ、神よ、感謝致します」
そして、現在。
彼は、寝所で組み伏せた女に個人的な説教を済ませて、いつものように祈りを捧げる。
豪奢な造りの部屋だった。
広い部屋の真ん中にはキングサイズのベッドが鎮座していて、淡い光を撒く源は吊るされたシャンデリアからのものだ。
その一角に拵えられた奉りの祭壇には、彼の信奉する神像が飾られている。
「……」
重ね合わせた手を額に当て、目を閉じ、心よりの感謝を捧げる。
常に変わらない行いだった。
変わったのは、彼の言葉を求めた人々からのお布施が過剰に増えた事。
彼の等しき愛を求めた女性達が、自ら願う形で寄り添ってきた事。
それからもう一つ。
「失礼します」
控えめなノックを三回。静かな音で開かれた扉から現れた男に、彼は振り返って視線を向ける。
「司祭様、御勤めの後、御疲れの所申し訳ありません。御報告をさせていただいても?」
「……構わない」
「有難うございます。実は街で、司祭様の教えを理解しない女がおりまして」
「ならばいつも通りにせよ。私自ら、打ち克つ為の講義をする」
変わったのは、彼が自分の信じる教えに従わない存在を、手に入れた力で圧し潰すようになった事だ。
その結果、男ならば貴重な労働力となり金を、女ならば一時の悦楽を得られる存在となっていて。
「──ふっ」
強欲と、色欲と。
嘗て管理すべきであったその渦の中心にいることに気付かない彼は、これから起こるであろう行為を夢想して笑った。
●幻想国、ギルド・ローレット
机に、一枚の金貨が置いてある。
薄い土汚れが、刻まれた意匠の細かな部分に染み付いた硬貨だ。
それを置いた本人である『情報屋見習い』シズク(p3p000101)は、集めたイレギュラーズを机を挟んで見回して口を開く。
「依頼の内容を説明しよう」
それは、天義のある地方に存在する、宗教の街で起こった出来事だ。
元来の信仰深さに加えて、その地域ではある一人の司祭が強い発言力を有している。
天義という国に相応しい、清廉潔白で高潔な意志を持ち、過ぎた欲を持たず慎ましく生きなさいと教えを説く人物だ。
心酔する信者も多く、彼の回りは常に人に溢れている。
が。
「勿論、万人に受け入れられる教えなんて、この世に存在はしない。大元の方向性が神に逆らう様なものでなければ、天義という国はその辺り、寛容の筈だけど……彼は違う」
自身の教えに従わない者は軟禁に近い状態で説教を行い、反発するならば捕らえ、長い時間を掛けて思考を染め上げてしまう。
「これだけ聞けば処断されて然るべきなんだけど、生憎、教えそのものは素晴らしいものだと広まっているからね。その在り様に異議を唱える事は天義国民には出来ない」
だが、それでも、我慢のならないと心を圧し殺す人はいたのだ。
それが、シズクの置いた金貨の出所。
今回の依頼人が願った事は、その司祭に真っ向から反発する想いだった。
「依頼人は小さな男の子だ。ここに着いた時はボロボロで、浮浪者かと思ったけど……でも、そうじゃなかった」
その子は、シズクに金貨を渡してこう言ったそうだ。
──拐われた姉を、救いだして欲しい。
詳しく聞けば、どうやら少年の姉は司祭の教えに共感しなかったらしい。と、言うよりは、自身の持つ教えには沿わない、という感じか。
とにかく、彼女はそう考え、司祭の説教から逃れた所を、信者に連れていかれてしまった。
少年はそれを止めようとして痛め付けられ、同じ様に連行されるところを逃げ出してきたという訳だ。
「わかっていると思うけど、これは天義に泥を塗る依頼だ。なにせ、国に認められている司祭に不利益を与えようと言うのだからね」
だから受けるなら覚悟して欲しいと、そう言外に込めた想いをシズクは伝え、変わらない意志を見せるイレギュラーズにふっ、と微笑むと。
「いいかい?」
前置きをしたシズクは、一枚の紙を取り出した。
そこに描かれているのは、見取り図だ。
大きな屋敷。正面の両扉に置いた指がなぞるままに視線を動かせば、その先にはエントランスだ。
右には広い食堂と調理場。左には警備の詰め所と、詰め所から繋がった武具倉庫。
その左右の扉から少し離れて二階に上がる階段がそれぞれあり、そこを抜けていくとまた大きな扉がある。
「ここから先は聖堂に続く渡り廊下。聖堂は、信者を集めて祈りを捧げたり教えを説いたりする場所だね。ここは通常、昼夜変わりなく賑わっている」
一階部分はそれだけだ。
続く指は階段に沿って行き、別枠に描かれた二階部分に差し掛かる。
「二階は一階からの吹き抜けで、四辺の廊下が囲っているよ。階段を上った正面には二室、応接室と控え室がある。左には会議室のような縦長の広間で、右側、司祭の寝所があって」
寝所は、不自然な部分が空白になっていた。
「外観を見てきたけど、図面通りの二階建てにしては変な高さがあったから、もしかしたら屋根裏とかあるかもしれないし、地下室もあるかもしれない。ただ、お姉さんは間違いなく、その空白にいると思うんだ」
何故なら司祭は、女性に対してのみ、自室にて説教を行うという噂があったからだ。
そしてそれを、多くの人には知らせない。
信者の出入りが激しい一階は有り得ないし、聖堂なんてもっての他で、一番安全なのは信者が絶対に侵さないであろう彼のプライベートスペースだ。
「いいかい」
シズクは、八人のイレギュラーズを見る。
『ファンドマネージャー』新田寛治(p3p005073)
『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)
『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)
『雨宿りの』雨宮・利香(p3p001254)
『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)
『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)
『五行絶影』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)
『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)
随分と手練れが揃ったものだと苦笑する。
「屋敷の警備は厚い。それらは騎士団ではなく信者で構成されているんだけど、これが逆に厄介で……」
その面子はみんな揃って顔見知りだ。紛れ込むのはまず不可能とみていい。
加えて、中には元傭兵だとか、元騎士、元軍人なんかも混じっていて油断出来ない。
「だから、目的を達成する方法だけど──」
「考えがあります」
と、シズクの発言に、寛治の言葉が重なった。
集まる視線を浴びた彼は一つ頷き、仲間を見回して、それからシズクを見て。
「その為にはシズクさん、貴女の力もお借りしたい」
ビシッ、と。指を立てた彼は、その指で眼鏡の位置を直し。
「その司祭の前で、生ファンドを行い注意を逸らします。そして」
不敵な笑みを浮かべて、こう言った。
「お姉さんに加え、信者から集めた財産も奪い、少し頭を冷やしてもらおうじゃありませんか」
- 罪ありき完了
- GM名ユズキ
- 種別リクエスト
- 難易度-
- 冒険終了日時2020年05月25日 22時05分
- 参加人数8/8人
- 相談8日
- 参加費---RC
参加者 : 8 人
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参加者一覧(8人)
リプレイ
●
屋敷の前に着いた『ファンドマネージャー』新田 寛治(p3p005073)は、荘厳な佇まいの家を見上げる。
全体的な色味こそ落ち着いているが、飾りや装飾を目的とした彫りの意匠が目立つ造りは、神殿という印象だ。
確認して、彼は振り返る。
目を細めて、唇を舐める『永遠のキス』雨宮 利香(p3p001254)。
油断無く周囲を、それとない仕草で見渡す『終焉語り』リースリット・エウリア・ファーレル(p3p001984)。
白の双尾をくねらせている『絶剣・千法万狩雪宗』仙狸厄狩 汰磨羈(p3p002831)。
射す日の光に肌を艶めかす『海淵の呼び声』カタラァナ=コン=モスカ(p3p004390)。
ふんふんと鼻を鳴らす『戦神』茶屋ヶ坂 戦神 秋奈(p3p006862)。
ついでで連れて来た『情報屋見習い』シズク(p3n000101)。
それから大きい衣装ケースが二つ。
随分と怪しい集団では?
そう思ったりもするが、しかし、今回はちゃんとした理由のある人選だ。傍目に怪しくとも、ローレットからという名目だってある。
「あれ、あなた方は一体……?」
故に、断続的に訪れる信者達から向けられる奇異の視線は、全く問題ではない。
「こちらの信仰に興味があって」
等と言っておけば、心酔した彼らは納得して人当たりの良い笑みを浮かべ、口々にここは素晴らしいと絶賛して中へ消えていく。
「……人を惹き付ける才は本物、ですか」
屋敷に着くまで、様々な人種の往来を見た。
その誰も彼もが笑顔で、それが司祭の語る話のお陰だというのだから、リースリットの評価は正しく、イレギュラーズとして問題なく思ってしまっても変ではない。
「そうかしら」
だが、利香だけは違った感想を抱いた。
それは、敷地に踏み込んだ瞬間から、近付くにつれて強まる気配。彼女が読み取る人の欲──例えるなら、甘く粘りつくような匂いがあったからだ。
他者の欲望に自身の精神が左右される利香にしてみれば、そんな場所の主が高潔だ、なんて、有り得ない。
「あはっ。相当に強い欲望の渦ね、ここは」
「結局の所、欲で歪み、欲に溺れた愚者であるというのは、真実というわけだ」
汰磨羈が笑い、そして扉は開かれた。
膨らんだ欲が引き寄せた厄を招き入れ、遠くなく訪れる破滅の足音を響かせる。
「では、仕事を始めましょうか」
寛治を先頭にした彼らは、警備の人間に連れられて、欲望の胎へと踏み込む。
●
「ょっ、こいしょ」
どすっ、という音を立てながら、秋奈は持ってきた衣装ケースを絨毯に下ろした。
一息吐いた彼女の前では、寛治と司祭が机を挟んで会話をしている所だ。
「……?」
彼女には詳しい事は良くわからないが、そこは交渉の場になった。
「それで」
言葉を作るのは、司祭からだ。
「かの名高いローレットからご連絡を頂いた時は驚きましたが……どういったご用件でしょうか?」
その顔は、愛想の良い笑みだ。が、どちらかと言えば怪訝、若しくは怪しんでいる要素が強く見える。
「あれ、おはなしって、通してないの?」
とはカタラァナの小さな声。
会話を寛治に任せた面子は、揃って後方に待機している。事情を知っているのはアポを取り付けたシズクだけだ。
だから当然、その疑問は彼女に向けられた物。
頬を掻きつつ視線を明後日に向けるシズクは、左右から向けられる問い質しの気配に溜め息を一つ吐き出し、
「いや、だって、ファンドの説明なんてわからないし」
「というか、馬鹿正直に伝えたとして、侵入出来たかはわからないでしょうしね」
どちらにせよ、発起人からの説明次第ではあると、リースリットは思う。
「後はマネージャーの手腕、という事で」
「それでは」
返答の声を作りながら、寛治は司祭を観察した。
ソファーに浅く腰掛けた姿勢の相手は、間違いなく警戒心の現れだ。
直ぐ動ける様に、という事だろう。
客である自分達を部屋の奥へ座らせ、出入り口の側に位置取った事からも読み取れる。
加えて、部屋の直ぐ外では警備が控えているのも感じていた。
……まずは、少しずつ切り崩していきましょうか。
内心で考え、スーツの内ポケットから取り出したのは白封筒だ。
それは、とある天義の商人に頼んだ紹介状。この屋敷に、食材や家具を卸す顔馴染みの物。
「おや、貴方は彼と知り合いでしたか」
「ええ、世界は存外狭かった、ということでしょう。それからこちらも」
「……これはどういった意味で?」
続けて寛治が渡したのは白紙の紙。幻想国でも有数の金融業者である銀行に認められた小切手だ。
それを見た司祭の表情に強張りが表れたのを、後ろで見ていた汰磨羈が感じた。
「嫌悪がある、か……」
「え? お金もらって嫌がるの?」
呟きに秋奈とカタラァナは首を傾げる。
金は、生活に必要不可欠な、世界を回している存在だ。あって困るという事はまずない。
だが、だからこそ、金を求める感情というのは時に争いの火種になることもある。
「故に嫌う。司祭が広める教えは、欲望を善しとはしていません」
金の扱いは難しい。使い方を誤れば危険なのだということを、リースリットは学んでいる。
「どうかしらねぇ」
利香の目が細められる。
「実は自分が堕ちきっていると、自覚が無い彼は、本当にそれを嫌うのかしら?」
司祭の視線が鋭い。
寛治は眼鏡の位置を直し、しかし目線は揺らがずに思考を整える。
「意味合いとしては寄進ということになります」
まず大前提、これを賄賂だと思われてはいけない。
「司祭様の教えは、良く存じております。人の欲は恐ろしく、しかし制御の利く物だと、私もそう考えます」
いいでしょうか、と、文章に呼吸を作る。
司祭からの反感が来ないことを確認した寛治は続ける。
「聞けばこの屋敷は、出入りは多く、また、貧しい信者には食事も振る舞うとの事。大きな食堂があるというのも聞き及んでおりますが、そちらの運営にでもお役立てていただければと、そう思うのです」
つまり、渡すお金は信者の為に使ってほしい、という事だ。
実際に相手が何に使うのかではなく、こちらの思惑としてそういう意味だと。
「そういうことでしたか」
そうすれば、司祭として受け入れ易い口実になる。
人助けの為の金は、身を滅ぼす欲望ではないのだから。
「しかしまあ、今回の目的は寄進だけという訳でもありません。実は、私どもも、信仰とまでは行かない思想があります。それを、司祭様に見ていただければと」
「なるほど。いえ、構いません。この天義に生きる者として、神に背く行為でなければ多様な信仰を認めましょう」
司祭は、ソファーへと深く座り直した。
それは、ある程度の警戒が解けたということだ。
頷きを一つ入れた寛治はそう判断し、背後に控えた女性陣を指して言う。
「神に捧げるモノは様々かと思います。古来よりその橋渡しは巫女等の女性に多い。ならば、美しい女性に美しい服を着せるという行為もまた──信仰を深める奉仕の形ではないかと思うのです」
つまり。
「どうでしょう」
その形を実際に、見てみたくはないかと、そう聞いた。
●
死ぬかと思った。
控え室、イレギュラーズしかいない空間の中で、呻く様にそんな言葉が生まれた。
「ねえこの衣装ちょっと温かいんだけど」
「体温だから! それただ移っただけ、というか解って言ってるだろ……!」
それは、衣装ケースの中に押し込まれていた『盗賊ゴブリン』キドー(p3p000244)と『風の囁き』サンディ・カルタ(p3p000438)からの言葉だ。
からかうような利香の声に反論したサンディはキドーを見る。なぜ視線を逸らすのかこれがわからない。いやコイツもからかっているな、とにやけた表情で判断。
「とにかく、本番はこっからだな」
固まった体を解して、あちこちからバキボキ音を鳴らしたキドーが笑う。
「俺は財宝を漁る。臭いとしちゃあ地下だな、盗賊の勘がそう囁いてやがる」
「俺は拐われたお姉さんを回収だな。こっちは場所の見当もついてるし、見取り図から見ても近いから大丈夫のはず。だから」
全員の視線が寛治に向いた。
受け止めた彼はそれらを順番に見回して、肯定の言葉を作って一息。
「時間稼ぎは大丈夫でしょう。上手くやれるはずです」
「警備の詰所は式神を配しています。何か動きがあればこちらも騒ぎを起こせるでしょう」
「僕も中を探るね。異変があったら歌で知らせるから……ちゃんと聞いててね?」
「ふっ、まあ私はJKだからね! 可愛いから! おむねもある!」
「んー……私もちょーっと、頑張ってる子を労ってあげちゃおうかしら、ね? うふふ」
「惹き付け、魅了し、溺れさせる……仙狸元来の見せ所だ、まあ任せると良いぞ?」
そうして、司祭を騙し、奪い、救う戦いが始まる。
ただ一人、シズクだけが首を傾げていた。
「……私要らなくない?」
●
まず動いたのはカタラァナと利香だ。
二人の役割はこの後、部屋の外がメインになってくる。
残った四人と入れ替わる口実としても、分けた方が良いだろうという判断だ。
「上手く出来るかな……」
着替え、控え室から司祭が待つ部屋への扉前で、カタラァナが不安そうに言った。
「大丈夫、とっても綺麗よ?」
「ほんと? そっか、じゃ、うん……僕、がんばるよ」
利香のお墨付きを貰った。
すー、はー、とカタラァナは深呼吸をして、ゆっくり開けられた扉を、二人は揃って前へと進んだ。
司祭は、二人の女性を見た。
女性とは言うが、一人は海種の子供の様に見えるし、一人は。
「……これは」
黒ボンテージのお姉さんがそこにいた。体にぴったり張り付くその衣装は、下手をすれば容易くズレてしまいそうな危うさがある。にも関わらず、歩く動作にビクともしないのは、密着を維持しながらも動きを阻害しない伸縮性の強さを思わせる。
「ハロー? 愛の使徒が、あなたの欲望を叶えてあげる」
弾む様な足取りで弾む声音で弾む肉が弾んで寄ってくる。
思わずにやけそうになる口許を隠した司祭は、そうだ少女を見れば落ち着くだろうと視線をそちらへ。
「──?」
だが誤った。
少女の肢体は確かに幼い。
あどけない表情は愛らしさがあるし、全体的にお姉さんに比べて線も細い。だが、細ければ魅力が無いだ等と、そんな愚かな事はない。
蒼白い肌を隠すベビードールの衣装だと、司祭は観察する。
生地は薄い。部屋の照明を容易く貫通させ、隠した筈の部分をシルエットとして映し出している辺りに、とんでもない想像を掻き立てさせられる。
え、これ、神に捧げるものとして適切か?
そんな些細な疑問は、混乱と誘惑の前に吹き飛ばされてしまう。
「ねえおじさま、僕、外へでるの」
「はぇ?」
と、意識がトリップした瞬間、少女は外へ続く扉を押していた。
「海の底から出るよ、息が苦しくて辛いから、そこへいくの」
言っている意味がわからない。
「ああ失礼、彼女は少々……ああ……あれでして」
と、寛治の説明になってない説明に、司祭は疑問符を浮かべながらも頷く。まあその時には既に出ていった後なのだが。
「あら、私は全然見てくれないのね?」
と、目の前で肉の丸みが弾けていた。
「うぉう!?」
意識を戻すと、腰に手を当てたお姉さんが自分を見下ろしている。そして、無視したというか、視線を向けなかった事に拗ねた様にそっぽを向いて、少女の後に続いて出ていってしまった。
「まあ、彼女も、ええ。あれですので。ですがご心配なく、まだ四人居りますので……」
「まだ四人もいるのですか……!?」
●
二人の出番が終わった頃、キドーは一人、食堂へ到達していた。
「金の臭いがしやがるぜぇ……へっへっ、俺を呼んでやがる、待っててくれよお宝ちゃん!」
小声で言いながら、そっと食堂からエントランスを覗く。通ってきた道だが、誰もこちらへ来ていないのを確認するためだ。
信者の往来は頻繁にあるが、誰も彼もが玄関から聖堂へ一直線に向かう為、誰かが食堂に来るというのは確率的に無いだろうと思う。
「昼間でもなけりゃ晩飯には早ぇしな」
と、その時、歌が聞こえてくる。
大きく響き、しかし耳障りだと思わない不思議な歌だ。
「……なるほどなぁ」
歌詞に幾つかの符号がある。
スティック、器、武器、コインという、四つの単語だ。それはあらかじめ決めておいた方角を示す暗喩でもある。
「ここら辺には誰もいねぇか」
それが、キドーの周りに人は居ないという事を教えてくれる。だから彼は安心して辺りを見回して。
「……金を置くなら普通、厳重にするよな?」
少なくとも鍵位は掛けてある筈だ。逆に言えば、そこを重点的に探せばいいとも思っていた。
しかし、ここにはそれが無い。
「どういうこったぁ?」
配られた地図を見る。
人の途切れない聖堂は除外して、同じ理由から詰所も候補から消す。
「あ?」
と、違和感に気付いた。地図を見て、エントランスを覗き、それから交互に見て。
「あんな扉載ってねぇな……?」
警備詰所から聖堂側に、扉がある。位置的に武具倉庫の筈だが、そんな記載は無い。
「臭ぇな」
もう一度、詰所を見る。
丁度、ボンテージの利香が入っていく所で、こちらに気付いた彼女がウィンクを投げて寄越す。
「しっかし、いーい趣味してんなぁあの眼鏡!」
人通りの途絶えた瞬間を狙ったキドーは、瞬間、扉へと向かった。
サンディは、寝所の中にいる。
地図上では空白だったが、現物はかなりシンプルな部屋だ。
「誰も居ない……まあ当然か」
中央に寝具。その向こうには神を祀った小さな社があるだけだ。一見して何もない。異変も無ければ、拐われた人間がいるとすら思えない。
だが、居る。
サンディには、助けを求める声が微かに届いていた。
「どこだ」
目を閉じ、耳を澄ませ、居場所を探る。
「どこに隠された……?」
同時に、思考も巡らせる。怪盗を目指す者として、人が見られたくないものを隠すとき、思わず選んでしまう場所を考える。
そして。
「……神か!」
行き着いたのは、神の社だ。そこは司祭にとって神聖な物。だからこそ信者は間違っても近付かないし、近付いても触れるなんて絶対に無い場所だ。
だから、サンディはそこへ向かって歩き、徐に手を掛ける。
「……開いた」
そこから続く道の先に、質素な寝台に拘束された女性を見付けた。
檻は無く、見る限り罠も無い。
しかし慎重に道を進み、こちらに気付いた女性には指を手に当て騒がないようにジェスチャーで伝える。
コクコクと頷くのを認め、サンディは彼女を縛る器具を確かめた。
「……南京錠の鎖か」
仕掛けとしては弱い。ただ、一般人を捕らえておくだけならば十分だろうと思う。
近付き、鍵の破壊に取り掛かった。
「君の弟に頼まれたんだ。さあ、ここから出よう」
そして、衰弱した彼女を抱き上げ、サンディは急ぎ足でその場を立ち去った。
●
司祭は、自身の前で跪く少女を見た。
大人ではない、だが子供でもない。そう思わせる少女だ。
上目遣いに被さる金色の髪、身を守る様に体を抱く細腕、そして首に繋がった硬質の首輪。別に悪いことはしていないのにいたたまれない感情が胸に押し寄せてくるのを、彼は感じた。
そういう演技、そういう狙いだと解っていても、心はそう理性では抑えられないのだ。
「ちなみにこの首輪はレプリカですが──本物も、ご所望ならありますよ」
囁かれる言葉に首を振る。
「こういう趣向はお嫌いか……?」
と、別の声が耳朶を叩き、同時に重みを感じる。
それは、白い誘惑だ。青い瞳が、問い掛けてくるのだ。
思わずこれも視線をずらすと、その背中に目が行く。大きく開いた背部は、臀部と尾の間まで見えていて、少し動けば更に危うい。
「あ、ああ、いや、もう十分──」
「司祭様、司祭様!」
と、首をグルンと回した先、紐があった。
いや違う、紐ではないと、そう理解するのは瞬間も要らない。それは衣服の一つ、腰を持ち上げる様なポーズを取る女性の腰にあるもので、
「あ、紐は引っ張ったらダメですよ! ぱんつ取れちゃう!」
「引きませんが!?」
良く良く見ればそれも衣装の一つだ。聞いたことがある。上下一体型で、脚部にスリットを開けて稼働性も獲得するチャイナ服というのがあると。
しかし今見えるそれは、腰骨辺りまでの深いスリットが入った物だ。横から覗いたら服の意味がほぼ無い。いけませんよそんなの。
「も、もう十分で──」
と、司祭が音を上げた瞬間、階下からの叫びが聞こえてくる。
「ヒャッハーィここの金は全部俺んだ!」
「待ちなさい君──待てゴルァ!」
それは、地下に貯えていた財産を袋に詰め込んだキドーが、真正面から出ていく騒ぎの音だった。同時に、窓ガラスの割れる音も聞こえてくる。
「な、何が起きて……?」
潮時ですね。
目配せしたイレギュラーズ達は、窓を広げる。
「夢は終いだ、司祭殿。現実に還る時間であろう」
順々に外へ出ていく姿を見送り、汰磨羈の冷たい言葉を浴びた司祭はハッとして駆け出していく。
そうして、空白となった地下を見て、彼はへたりこんだ。
そうして、悪魔が近寄る。
●
ああ、可哀想、可哀想。
今、この瞬間から、貴方は全てを失った。
寂しい、冷たい、どん底の最下層。
だからすこしだけ、愛をあげる。
いひ、いひひ……。
成否
成功
MVP
なし
状態異常
なし
あとがき
というわけでリクエストありがとうございました。
天義の民主性的な部分は避けていた所なので勉強になりました、ありがとうございました。
所感としては……生ファンドって何、です。
またのご縁を祈っております。
GMコメント
あーでもないこーでもないと悩んでいたら、準備にはちゃめちゃ時間をいただいてしまいました。
こいついつも時間いただいてるな……? どうもユズキです。
この度はリクエストをいただきまして、まことにありがとうございます。
●情報精度
このシナリオの情報精度はBです。
主にイレギュラーズの行動によって、戦闘が起こったり起こらなかったりします。
●依頼達成条件
依頼人の姉の奪還。
司祭が信者から捧げられた財産を頂戴する。
●現場
司祭の屋敷。
内部はOPに記載された通り。
●出現敵
・司祭
元は純粋な祈りを持っていた聖職者。
現在は歪んだ欲望を見続けた為に、自身も知らず知らずの内に染まってしまっている。
穏やかな雰囲気だが余り人を信用せず、また無意識の女好き。
戦闘能力は皆無。
・信者(警備)
司祭に心酔し、家財に加えて自らの武力を差し出した者達。
多くは肉体や武具を使いこなすが、中には高い魔術の素養を持った者もいる。
屋敷内にはおよそ20名。10名が屋敷を決まったルートで巡回し、10名は詰め所で交代を待っている。
・信者(聖堂内)
司祭に心酔し、心と財産を捧げた者達。
基本的に聖堂で静かに祈りを捧げているが、騒ぎが起これば屋敷に溢れるだろう。
そしてもし、司祭に不利益をもたらすと判明した場合は、押し寄せる人並みが全てを埋めてしまうかもしれない。
総員およそ30名。
●作戦
・生ファンドを餌に侵入する。
新田 寛治が提案した方法。
アポイントメントはローレットとして取得してあり、屋敷内に入ったら応接室横の控え室に通されるだろう。
●NPC
シズクが同行します。
特に指示が無ければ動かず、基本的にイレギュラーズの影になっています。
必要な事があれば、適宜プレイングにてお願い致します。
以上、簡単にはなりますが補足として。
よろしくお願いいたします。
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