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シナリオ詳細

<鎖海に刻むヒストリア>昏き青を聴け

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●情報屋
「おしごと」
 イシコ=ロボウ(p3n000130)はそう切り出した。
「次の作戦に移った。まず状況から手短に話す」
 アルバニアを追い詰めるべく、多くのイレギュラーズが大海へ漕ぎ出してから、そう長くは経っていない。にも関わらず本作戦への移行が叶ったのは、他でもないイレギュラーズの働きによるもの。皆が破竹の勢いで、己のため、誰かのため、誇りのため、ロマンのために戦い続けてきたからだ。
 待ち構えていた海の苛烈さは、進めば進むほど、航路を切り開いて間もない頃とは比較にならないものと化している。それでもがむしゃらに突き進むのは、死兆に侵された仲間たちを救いたいと想うからか。あるいは兆した死を自ら振り払おうと挑むからか。
 いずれにせよ士気は充分に高まっている。だからこそイレギュラーズの進撃を後押しするように、海洋王国女王イザベラとソルベは一計を案じたのだ。
 一計とは即ち、かつての敵国ゼシュテルより大援軍を引き出すという、巧みな計略。
 そうしてゼシュテルの鉄艦隊と合流を果たした『海洋王国・ローレット連合軍』は、大艦隊を結成。掃海を行う作戦も放棄し、本作戦に運命を賭す。つまり。
「後のことを考えない、言葉通り最後の作戦になる」
 今回の作戦で『絶望の青』を攻略し、アルバニアを引きずり出す。そんな鋼の意志が窺えるだろう。
「そのために、この先の海域でやってほしいことがある」
 まだまだ未知の広がる海図を指し示して、イシコは話を続けた。
「幽霊船がうろついている。おかげでこの一帯が真っ暗。だから倒す必要がある」
 倒す──つまり、相手はただただ彷徨う幽霊船ではなく立派な敵。
 当然、イレギュラーズを襲うだけでなく、明確な意志を持ってこちらの船を沈めようとしてくるだろう。幽霊船が生み出した闇の中、海へ落ちてしまえば無事では済まない。
「船にはたくさんの亡霊が乗ってる。船を沈めてしまえば、かれらも消える」
 亡霊たちの邪魔をどうにか凌いで、闇を生み出す幽霊船を沈めるのが目的だ。
「情報は多くない。わからない部分ばかり。それでも、お願い」
 威風堂々と海を征くことはできても、情報が少ない状況で挑む海はやはり恐ろしいだろう。それでも、イレギュラーズにしかできないことで。
「でも無理はだめ。ちゃんと帰ってくるのも大事」
 イシコはそう付け足し、そっとまぶたを伏せて話を終えた。

●昏き青の漂流者
 舳先で割いていく黒は、まるで世界の傷口のように底深い色を船上の人々へ知らしめる。
 今は夜ではない。夜ではないはずだが、深夜に似た色の濃くなった海では、晴れ渡る空もいつしか失われていた──船が、問題の海域へ到ったのだ。
 空の燈りを喪失した闇において、船の揺れと波音、そしてかかる飛沫だけが、海にいることをイレギュラーズに刻ませる。手持ちの燈りを点せば、ぼんやりとだが辺りも見回せた。やはり夜に航海をしていると錯覚しそうになるほど、周囲は暗い。幽霊船が存在するがゆえに、保たれている闇だ。
 そんな暗い海の奥から、無念の影が迫る。
 未来を喪失した者たちの嘆きが、イレギュラーズの耳にも届いた。
 寒いと震える声がする。もう少しだったのにと啜り泣く声が、せつなく響く。絶望の青を攻略したかったと、歎く声もする──それらはやがて明瞭に「妬ましい」と紡ぎ出した。
 手繰り寄せられるようにイレギュラーズの目に映ったのは、かの船だ。真闇かと思いきや、幽霊船の輪郭はしっかり浮かんで見える。
 恨みがましい汽笛を鳴らした船は、生に、そして己が果たせなかった夢を叶えようとする者たちへ執着する亡者たちが、こちらを死の底へ引きずり込む時を待っていた。

 さあ、連綿と続いてきた亡霊たちの航海に、幕を引くときだ。

GMコメント

 お世話になっております。棟方ろかです。

●目標
 幽霊船の撃破

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

●ロケーション
 夜ではないのですが、幽霊船の影響で、星明かりのない夜のような一帯です。
 主な戦場は、イレギュラーズの乗ってきた船舶と敵幽霊船。
 幽霊船は「敵」なので、攻撃しない限り、船の何処かが壊れることもありません。
 友軍として、海洋王国軍、鉄帝国軍の船が一隻ずついます。彼らに何らかの助力を求めるのも良いでしょう。(特に指示がなくても彼らなりに動きます。いずれにせよ、イレギュラーズほどの戦いはできません)
 また、イレギュラーズの乗ってきた船には船員たちもいます。操船を彼らに任せてもいいですし、自分たちで動かしても良いです。(戦力にはなりません)

●敵
・幽霊船×1体
 体当たりや超遠距離砲弾でこちらの船を沈めようとしてくる他、呪いの砲弾と汽笛で攻撃してきます。
 呪いの砲弾は、遠距離まで貫通する攻撃で、呪いを付与してきます。
 汽笛は、敵味方を問わず、船自身を起点とした広域内にいる人から体力を奪います。
 回避よりも防御技術に優れており、耐久力は高いです。攻撃力も油断できません。
 それと、砲撃ならびに舵取り(移動)は亡霊たちの行動とは関係なく、船が自らの意思で行います。

・亡霊×20体以上
 海賊、軍服らしき装い……様々な姿をした亡霊です。
 生への執着や、『絶望の青』攻略への気概をより強く見せた者を、優先して襲う傾向にあります。(必ず狙うわけではありません)
 武器はカットラス、ラッパ銃、弓矢。また、相手にまとわりついて、行動を阻害しようとしてきます。
 体力は低めですが、幽霊船にいる間は毎ターン徐々に体力が回復していきます。
 なお、幽霊船を撃破すれば、かれらも一緒に消えます。

●重要な備考
<鎖海に刻むヒストリア>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

 それでは、ご武運を!

  • <鎖海に刻むヒストリア>昏き青を聴け完了
  • GM名棟方ろか
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年05月23日 22時15分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧(8人)

エンヴィ=グレノール(p3p000051)
サメちゃんの好物
咲花・百合子(p3p001385)
白百合清楚殺戮拳
ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)
月夜の蒼
新田 寛治(p3p005073)
ファンドマネージャ
水瀬 冬佳(p3p006383)
水天の巫女
カイト(p3p007128)
雨夜の映し身
ハルア・フィーン(p3p007983)
おもひで
ミィ・アンミニィ(p3p008009)
祈捧の冒険者

リプレイ

●Phantom ship
 夜が更けるときの静寂に似て、海は穏やかだった。舳先で割いた黒が、海渡る船を飲み込もうとするまでは。
 イレギュラーズが迫る船を見つめる。難破船としか呼べない姿から放出される敵意が、ひりひりと肌を焼いた。
「接舷します」
 『ファンドマネージャ』新田 寛治(p3p005073)の声と同時、衝撃が船に走る。互いの船舶が激しく傾き、堪える乗り手たちの声が重なりだす。 けれど両者共に怯みはしない。
 海賊に軍服。海に生きた者の装いで死へ手招こうとする幽霊を捉え、真っ先に動いたのは船へ乗り込む面々だ。
「クハッ!」
 喉をさらけ出して笑った『白百合清楚殺戮拳』咲花・百合子(p3p001385)の眼差しが、軍勢を射抜く。腰から提げた南瓜型のランタンも、彼女同様に勇ましく揺れた。
「とうに終わった身でありながら、なんとも浅ましいことよな!」
 言うが早いか彼女は走り、続いた『屋台の軽業師』ハルア・フィーン(p3p007983)は霊の嘆きに眉根を寄せる。
 かれらの妬みも嘆きも、本当にものには違いない。だが。
(その魂の全てじゃない)
 だからこそ少女は俯かず、かれらの待つ船へ跳ぶ。
 暗夜に乗じた『祈捧の冒険者』ミィ・アンミニィ(p3p008009)もまた、漲る心を眸に宿す。
(決戦、なのですね)
 ならば命を賭して戦わねばと、敵陣を直視したミィに邪霊がどよめく。
 その後ろで、船員へ舵を頼むのは寛治だ。
「攻撃はこちらが引き受けますから、操船に専念してください」
 震えた声で応じる彼らを見届けて、寛治は小さく唸る──準備は充分に整った。
 狂気への好奇心と愉しみからくつくつと笑って、『月夜の蒼』ルーキス・グリムゲルデ(p3p002535)が声をあげる。
「やあやあどこもかしこも幽霊船だらけ。踏破されまいと必死だね?」
 もしやこの辺りが最後の砦なのだろうか。窺える必死さは、踏み越える楽しさをルーキスに与えるだけだ。
 味方の灯りが幽霊船へ移るのを確認して、『ふわふわな嫉妬心』エンヴィ=グレノール(p3p000051)は暗い空を仰ぎ見る。星なき夜でも、何故かはっきりと見て取れる幽霊船。
(雰囲気はさながらホラー作品ね)
 微かな恐れすら抱かず、胸中でのみ呟いた。
 軍勢を目の当たりにして『雨夜の惨劇』カイト(p3p007128)が顎を撫でる。
「しっかし、こいつらも過去の先達になるのかね」
 生者であれば僥倖の巡り会いと考え、話に興じるのも叶っただろう。
 しかしかれらは死した者。且つ『絶望の青』を超えようと挑む者へ、恨みを撒き散らす存在であるなら。
「ま、相応に面倒な仕事だな。死んでるやつを『殺し直す』のは」
 肉体なき獲物と、自分の立ち位置。そして戦場の広さ。カイトは適性な距離を計算する。
 位置を調整するのは『水天の巫女』水瀬 冬佳(p3p006383)も同じだった。敵艦へ乗り込んだ仲間の灯りを、輝きを頼りにじりじりと足を摺る。ふと幽霊船を望めば、昏い青に軋むかれらの嘆声が聴こえてきた。
 それは訪れた者を連れていこうとする、悲痛な死への誘いだ。

●Grudge grudge grudge
「生者の妄執のが恐ろしい事を、吾が直々に教えてくれよう!」
 滅多打ちの脅威を刻みつけるため、百合子が宣言しながら群れへ飛び込む。あの世への土産ぐらいにはなるだろうと口の端へ笑みを刷き、己が拳でハンターの乱撃を繰り出す。言葉通り打ちのめされた亡者たちが怯み、そして彼女を苦悶の色へ引きずり込もうと襲いかかる。
 そこを、勇気と元気を光に換えてハルアが駆け抜けた。柔らかな光を帯びた彼女に、怨霊たちのざわつきが増す。けれどかれらの手が掴むより早く、ハルアは跳ねた。
 敵を翻弄していく彼女を遠目に、冬佳は神経を集中させ、清冽な水を編む。穢れを洗うべく飛ばした浄めの刃が、鋭く死者を切り裂いた。
 耳朶をも震わす砲撃音が宙空を翔ける。幽霊船のものだった。
 それでも勢いの波を、ミィは絶やさない。闘志を炎に換え、赤く燃え上がる身で船上を照らす。
(……病に罹ってから、私の中で変わったことがあります)
 胸元へ寄せた手が熱い。知らずの熱が心の奥にあった。そこに気づけた瞬間から、ミィの戦う姿勢は強硬なものと化している。あの日、祈りを捧げた者として。限りある命を定められながら戦う者たちを、尊び信じた者として。そして今は──廃滅病に罹った同志として。
 気を集わせて守りに徹する彼女へ、数々の怨念が凶刃を向ける。矢継ぎ早に射られても、すかさずミィは不滅の志で自らを癒した。雲霞のごとく大群が迫ろうと、彼女は頽れない。
 こうして前線が熾烈を極める、その後ろ。
 闇に呑まれた一帯とはいえ、視界は確保し、射線も上々。だからカイトは一頻り唸ってから、呪われた舞台をのべつ幕なしに演出する。
 死出の門出を彩るのは──凍れる雨だ。沛然と降る雨と幽霊船を意識に収めると、酷薄さがカイトの内からじわりと滲み出ていく。
(ああ、そう。これだ。これならば)
 揃った役者に、カイトが薄らとほくそ笑んだ。
 怨念の熱を鎮めるほどの雨が降ったのを仰ぎ見て、ルーキスは船体を瞥見する。頭を抑えれば良いとはいえ、数は未だ多い。だが物怖じはせず肩を竦めた。
(なあに、対複数なら得意分野だとも)
 不敵に双眸を細めて、ルーキスも雨を呼ぶ。景色を覆う霧に乗せて注がせたのは、船舶も亡者も選ばず、あらゆる加護を押し流して溶かす魔術の雨だ。
「死者は死者らしく、元の場所に戻っておきなさい」
 迷いなき宣告が届くと同時、悲鳴か叫喚か、死霊の群れが奇妙な声を発する。
 ──確かに、これがホラーだったら。
 登場人物が生存する望みは薄いと思考を巡らせ、その果てでエンヴィはかぶりを振る。すぐさま霊めがけて、顕現した怨霊を嗾ける。執拗に狙い、滅ぼすだけの悪霊は、エンヴィへ披露するかのように獲物を討つ。その様相にエンヴィは眦を和らげた。
「この戦いを乗り越えましょう。誰一人欠けることなく、ね」
 これはホラー作品ではないのだからと、淡い微笑に現実を添えて。
 そこへ、海洋王国軍と鉄帝国軍の船から砲撃が放たれた。予め寛治が依頼していた通りに撃たれ、砲弾が幽霊船を揺らす。
 機を逸さず、寛治も射撃で人を模る霊を叩く。
「幽霊船一隻に、足を止める訳にはいきません」
 言葉を紡ぎながら寛治が見据えているのは、今は映らぬ先の景色。
「全員無事に此処を抜けて、絶望の青で決戦です」
 全員無事に。大事なのはそこだ。
 仲間たちが呼応すると、船に吊してあった灯りも左右に身を動かす。
 その頃、雨と霧により霞んだ敵意の群れへ、春一番が吹いていた。ハルアの纏った風だ。敵陣の直中で春の嵐をお披露目すると、縋るような亡者の手足が目に入る。
「あなた達もがんばったよ」
 だから彼女は口を開いた。
「できなかったかも知れないけど、がんばれたんだよ。ねえ……」
 あなた達自身を、許してあげて。
 話す間にかれらが纏わりついても、ハルアの意志は俯かない。立ち向かうと決めた少女の顔は、ただ前を向く。恨みに支配された者は、しかし聞く耳を持たない。中には困惑に近い挙動を示す霊もいたが、殆どが苦痛から逃れようと襲いくるばかりだ。
 だが、幽霊船から施される癒しをカイトとルーキスの雨によって流され、渇きを癒すことすらままならない者もいる。
「残念。あの雨は、よく降るものとは違うよ」
 ルーキスが嫣然と微笑んだ刹那、低い汽笛が殷々と轟いた。

●Dim voice
 新たな亡霊が出現しようとも、百合子は毅然と笑う。
「増えた分は任されよ」
 鮮血の代わりに怨嗟の念を噴き出させて、かれらの姿を掻き消していく。
(しかしこやつら、喋るのであろうか?)
 言い分があるならと考えたが、しかしかれらの漏らす言の葉はただただ生者を厭うもの。絶望の青を進める者たちを、妬むもの。
「喧しいぞ!」
 だから百合子は叫んだ。
「最先端を切り拓くは、常に今を生きる者! 死者は潔く道を開けよ!」
 仕返しとばかりに船が唸り、死者の一団が百合子を叩く。攻撃が連なるのを避けようとして、彼女は海へ呑まれた。だが。
 亡霊が射出した矢を軽やかに避けたエンヴィが、頻りに周囲を確め、駆けた。薄く床から足が浮かせていた彼女は、船の揺れに左右されず落ち着いて戦況を見渡せた。まもなく、澄んだ海の色がふわりとなびき、百合子を引き揚げるのも造作なく終える。
 その間、帆柱を蹴り、ボロボロの網の上も跳ねて敵陣を欺いていたハルアが、蠢く群れへ紛れ込むように着地する。
 そして春嵐を巻き起こし、淡く煌めく風で敵の命を浚った。そうして風を生んだ少女へ迫る腕が多数あろうとも、傍にいたミィが駆け寄り庇う。
 絶え間なき襲撃に一度は崩れかけたミィも、どきなさい、と亡者の群れへ圧を告げ、両足を奮い立たせる。
「今は、貴方達の怨嗟の声を聞くときでは無いのです!」
 ミィの言に反応したのか、迫撃を止めない亡霊たちが激しく呻く。
 辺りを見回した冬佳は、自身へ降りかかる火の粉がないのを確かめてから、ミィへ大いなる天使の祝福をもたらす。ちらりと見やった亡者の船では、湧いた死人の想いがふらふらと揺れている。
 漂う怨念を取り込み、やがて魔性と化したのだろうか。船の成り立ちに思いを馳せて、冬佳が目許へ物悲しさを刷く。
(或いは、怨念に憑かれ化生と化した船が、他を取り込み力をつけた、という所か)
 尋ねても返らぬと知っている。だからこそ冬佳は、小さくため息を零した。
(一体どれだけの怨念を内包しているのか……)
 多くの魂が、想いが海で散ってきた証でもあるのだろう。やり場のない心苦しさを、彼女はそっと秘めるのみで。
 そうしている間にルーキスが動いていた。
 容赦はしないと、蛇のようにくねる雷撃で怨霊を痺れさせる。
「残念でした、嫌がらせは得意なの」
 ふ、と吐息のみで笑い、ルーキスはのたうち消滅していく先駆者を見下ろした。
 そして、ひとつふたつと屠るべき役者を数えていたカイトが、亡念へ手向けたのは冷たき墓標だ。
「仕事しねぇことには、追加の墓も立ちそうだからな」
 けれど咲いた死の花を見届けることなく、カイトは淡々と次なる標的を見つめる。
 虚しい汽笛が鳴ったのは、そのときだ。届ける相手もなく響いた嘆きが、今を生きる者たちからも命を奪っていく。
(あきらめないよ!)
 廃滅病にみんなで勝つ──意志を滾らせて、ハルアは折りかけた膝へ力を込め、耐えた。
 そんな彼女を横目に、百合子が一度後退する。
「今この時こそ、貴殿の思念を見せつけるとき!」
 僅かに振り向き、船に残るエンヴィへ告げた。
 肯うエンヴィが、今なら、と起こしたのは不可視の渦だ。羨望、嫉妬、そうした思念で巻き上げた空間は、恨みがましい魂魄の残滓を砕破する。
 ぱらぱらと散る情念の欠片をよそに、寛治の双眸が捉えたのはマストだ。
(最後まで確実に行きましょうか)
 元より船そのものへ意識を傾けていた彼は、航行する上で重要となる機関の破壊を続ける。
 朽ちかけの帆柱を射抜いて折れば、明らかな動揺が亡霊船に走り、汽笛となって鳴いた。

●Last voyage
 短く息を吐いて百合子が片目を瞑る。ぱちん、と弾かせた美少女ウインクにより飛んだ毒の成分は、臓なき船の胸をも痛くさせて。
 そのとき、友軍の砲撃が幽魂で形作られた船を叩いた。発射音をチャンスとばかりに、ハルアが動く。着弾の振動を跳んで躱し、船体へ刻みつけるのは別れの文字。
 押し通せる。仲間たちの動きから一脈ひらけた未来を視て、冬佳も幽霊船に乗り移る。瞬時に展開した結界が冬佳の歩みに合わせて清冽なる氷刃を生み、不浄を祓い、切り刻む。
(妬みの雨が止まない。やはりこの海に囚われた亡霊……)
 呻くかれらの一声を聞き届けながら、彼女は凛として歩み続けた。
 同じ頃、ミィの巨躯に迸ったのは血意。生命力を犠牲に取り戻した力が、彼女を亡者の側から引き剥がす。
(危険は承知の上です)
 身命を捨ててこそ浮かぶ瀬もある。意を決して立つミィを砕くのは、容易いことではない。
 彼女たちの気概に恐れを為したのか、悪しき船がいずこからか軍服の男たちを呼びだそうとする。それを目にして、床を踏み締めたカイトが口角を上げる。
「冥府に返品交渉とでも洒落込みますか、ってかァ?」
 悪夢へ誘う魔弾で、失われたはずの船を狙撃する。するとかの者は苦鳴をあげるのもままならず、代わりとばかりに船体を軋ませた。着実に締め上げている。そうカイトは実感し、敵を凝視した。
 直後、まろい灯りの内に、羽毛で覆われたルーキスの左腕がすっと上がる。天へと差し伸べた手が招き入れたのは、悪霊の騎兵だ。羽ばたきで到来を報せ、かれらはルーキスの言に従い疾駆する。
「終わりを迎えるその時まで、手は抜かない、と」
 此処には無い月明かりを映したような髪をなびかせて、ルーキスは唇に言の葉を燈した。
 幾つか亡魂が増えたところで、方針に変わりはない。だからエンヴィは船へ銃口を向ける。
(敵とはいえ船だもの。判りやすい弱点になるのは……)
 見目こそ破船の様相を呈しているが、猛攻にも堪えうる敵だ。そんな敵で「脆い」と言える箇所は。そう考えたエンヴィが光弾を撃ち込んだ先は、カイトが刻んだばかりの真新しい傷。
「傷口は広げたわ」
 中折式の魔銃に軽々と片手で装填しながら、エンヴィが言う。
 彼女の宣言を耳にしてすぐ、顎を引いた寛治が床を蹴る。船縁まで快走した彼が狙うのは、喫水線の下──幽霊船の側面だ。宿怨という積み荷を満載しているがゆえに高いと思っていた喫水線が、思いのほか低い。
 そう軽い船荷でもないだろうにと目を細め、寛治は喫水線の下を撃ち抜く。途端に幽霊船が覚えたのは、海水による猛襲の気配だ。
 寛治が一瞥したのは、今し方自身であけた穴。弱ってきたからこそ破壊を、浸水を許したのだろうと判断し、彼は仲間へ伝える。
「こちら、浸水し始めました。後は畳みかけるのみです」
 寛治がそう告げる間にも、傷口からなだれ込んだ海水は船を傾かせ、内側から新しい傷に飛沫をかける。
 そしてじわりじわりと船体に浸みていくのは、百合子とカイトの与えた毒だ。それらは徐々に舵手なき船を水底へ導くもの。更に各人のもたらした力によって回復を抑制された亡霊たちが、昏き青に唸りをあげる。
 不吉の音が、幽霊船へ忍び寄っていた。
 威風堂々、百合子が解放したのは美少女の概念。逃げ切れまいとの誇負が拳に集い、硬く震える船へ志を叩きつける。
「言わずもがな、吾の美少女力の方が強い!!」
 彼女の握り拳が、古き概念の塊である船を打ち砕く。
 拳骨が硬いから船が砕けたのではない。美少女という概念が、かれらの怨みより強かっただけだ。
「これぞ、白百合清楚殺戮拳の真骨頂よ」
 言い終えた百合子の勇姿を遠目に、白皙の腕をゆらりと伸ばした冬佳が、瞼を落として披露するのは華水月。次に戦場を捉えた眸は、哀れな亡霊たちを映して。
「……海に彷徨う、還らざる魂よ」
 美しき月を描くよう放った水の刃は、冬佳の眼差しに沿ってさらさらと流れていく。
「その無念、我が神水を以て洗い浄め、祓い鎮めます」
 船に囚われているだけであれば、もう間もなく解き放たれる。そう信じて冬佳は、船の傷口を更に抉る。
「さあ、今の内に」
 冬佳の声が、構えていたミィに届く。こくんと頷いて身を捻ったミィは、旋回により小さな暴風を生じさせた。荒々しい風は船の破片をも巻き込み、傾く幽霊船へ重みを加える。
 ズシン、と衝撃が走ったのを合図に、風の如き一撃をハルアが贈る。淡紫の眼光が緩やかな線を引き、彼女の動きがいかに速いかを宙空へ刻んだ。つま先での着地と同時、ハルアが後方へ跳び退く──この一手が決定打となった。
 ボオォォ、と弱々しい汽笛が鳴るも、イレギュラーズを落とすものにはならない。
 沈むと察して、幽霊船にいたイレギュラーズが避難する。辺りが暁闇にくるまれたかと見紛った刹那、残夜の冷え込みにも似た寒々しい空気も、深い色も、すべて幽霊船が連れていってしまった。
 蘇った静寂は、瞬きほどの時間だった。
 自分たちの船や友軍から沸き起こった歓声が、幽霊船の生んだ夜を明かした海に勝利を報せる。
 それにしても、とカイトが船の浮かんでいた所を一瞥する。
「船員、どれだけ居たのやら」
 ぞろぞろと湧き出てきた亡霊たちを思い起こして、肩を竦める。
「まともに数えるだけ、益にもならなそーだが……」
 夥しい遺恨の重みでも沈まなかった船。下船は叶っただろうかと沈思し、カイトはバイザー越しに金色の陽を見やる。
 彼の近くでは、冬佳がそっと手を重ね合わせていた。
「……どうか、安らかに」
 寄せた祈りが、海の底まで届くようにと。
 それぞれが海に亡き霊に向き合う中、振り向くことなく百合子は舳先へ立つ。
 ──この海を踏破する事こそ、一番の餞である。吾はそう信じるぞ。
 やがて船が再び動き出す。青を航りきるために。昏き青で聴けた声も、無駄にしないために。
 こうして、平穏ではない彼らの航海がまたひとつ、歴史書の一頁に記されていった。

成否

成功

MVP

ハルア・フィーン(p3p007983)
おもひで

状態異常

なし

あとがき

 お疲れ様でした! 激戦を制し、見事に幽霊船を沈める結果となりました。
 ご参加いただき、誠にありがとうございました。
 またご縁が繋がりましたら、そのときはどうぞよろしくお願いいたします。

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