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シナリオ詳細

<鎖海に刻むヒストリア>インフェリア・ブルー

完了

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

オープニング

●底の夢
 あの日見上げた空のように、海面は今日も美しく、悍ましい青色をしていた。
 お前は、生きているのですか。
 お前は、生きているのですね。
 この肌は腐食して、もう生きていない。肉も、内臓も、何もかも。海に還ればそれはそれで名誉なのかも知れない。
 だが送り出す仲間も、送り出される側も、皆等しく船ごと命運を共にした我々に一体何の意味があったのだろう。
 
 お前達は生きて宝を掴むのか。
 生きて、幸せを掴むというのか。
 ――ああ、憎い。羨ましい、妬ましい。
 犠牲の上に成り立つ夢に、礎として沈められた者たちの思いなど分かるものか。
 我々を絶望へ落とし、今なお命を青に喰わせる者どもの傲慢を見過ごすわけにはいかぬ。
 鋼鉄の意志で鎧うというのなら、海はそれすら腐敗させ絶望に震える柔肉を貪り啜ってやろう。
 夢という幻想を掲げ、我等を貶めた海洋を――絶望へと引きずり落とせ。
 
●青の行方
 ネオフロンティア海洋王国における『絶望の青』踏破の大号令は、佳境を迎えている。
 海洋王国・ローレット連合軍における『煉獄編第三冠嫉妬』アルバニアを追い詰める激しい追撃はとどまる事を知らなかった。
 死兆に侵された仲間達を救うためには、アルバニアを倒さなければならない。士気は自ずと高まるばかりだ。
 破竹の大躍進を続けるイレギュラーズを後押しするように、海洋では一つの動きがあった。
 海洋王国女王イザベラ・バニ・アイス、そして『貴族派筆頭』ソルベ・ジェラート・コンテュールがかつての敵国ゼシュテルより大援軍を引き出すというものだった。既に全ての準備を整えた海洋は、少数艦隊での安全確認、掃海を行う現在までの作戦を放棄。
 ゼシュテル鉄艦隊と合流を果たした海洋王国・ローレット連合軍は大艦隊を結成し、乾坤一擲の大勝負に出る。
 『砂礫の鴉』バシル・ハーフィズ(p3n000139)は厳しい面持ちで――もっとも、それは彼が常日頃から着用しているサングラスで覆い隠しているつもりだが――口を開いた。
「これは一度きりの大博打とも言える、もしここでしくじれば今までの成果は文字通り水泡を帰す。そんな作戦だ」
 それはこの一度で『絶望の青』を攻略する――アルバニアを引きずり出すという鋼の意志の発露に他ならない。
「だがアルバニア以外にも敵は多い。狂王種やドレイクに支配された幽霊船、もちろん魔種もうろついてやがる。これらを抑えつつアルバニアの首をとりにかからきゃならねえ。その分逆境であればある程やりがいがあるとは思わねえか?」
 バシルの硬い声音が一転、面白いと言わんばかりにくつくつと揺れる。
「だが面白いばかりじゃいられねえ。相手にして貰うのは『ファリアス』と呼ばれる狂王種だ。巨大なクジラ……のようなやつだが、背中にはびっしりと人の顔が張り付いている。やつは絶望の青で散っていった先駆者達の思いが固まって出来たような、そんな敵だ」
 ため息と共に一枚の羊皮紙を取り出したバシルは、それを広げて見せた。ファリアスに関する調査報告書には、こう記してある。
 いつしかファリアスは彼らの無念の思いを蓄積し、そして個体としての意識を放棄した。孤独に噎ぶ鳴き声は、更なる仲間を呼び寄せるだろう。
「この鳴き声に反応してタツノオトシゴに似た魔物が集まってくる。こちらは船上に上がってくるため甲板で応戦する事になるな」
 友軍である鉄帝・海洋の友軍二隻はそれぞれ15名の乗組員が居り、両側からバリスタでの射撃で援護を行う。彼らと事前に作戦について話し合えば、引き受けてくれる事だろう。
 最早後には引けぬ状態だ。後はこの状況を切り抜けるより他に打開の道は無い。
「此処が正念場になる。頼んだぞ」
 そうして、バシルはイレギュラーズを決戦の海へと送り出した。

GMコメント

●重要な備考
<鎖海に刻むヒストリア>ではイレギュラーズが『廃滅病』に罹患する場合があります。
『廃滅病』を発症した場合、キャラクターが『死兆』状態となる場合がありますのでご注意下さい。

●成功条件
『ファリアス』およびタツノオトシゴの撃破

●戦場
甲板での戦闘になります。
飛行しての接近も可能ですが、ファリアスの上に乗る場合は足場が不安定になり、潜水した場合海に投げ出されるためご注意下さい。

●敵
・『ファリアス』
巨大なクジラのような狂王種。小回りは利きませんが、そのぶん一撃は重く広範囲に及びます。
HP、攻撃力ともに高い個体です。
タツノオトシゴを呼びますが、攻撃行動が主体です。

ブリーチング:巨大な体を飛び上がらせ、波を起こして叩きつけます。物中範、【痺れ】
鯨波の声:潮を吹くと共に亡霊達の声を辺りに響かせます。神遠範、【窒息】
呼び声:タツノオトシゴを5体呼び寄せます。

・タツノオトシゴ×5体ずつ
『ファリアス』の呼び声に反応して集まってくる魔物です。
鉄砲水:細長い口から勢いよく水を噴射します。物中単
鋭いヒレ:背中にあるヒレで斬り付けます。物至単

●友軍
鉄帝・海洋それぞれ一隻ずつ、15名の乗組員が乗船しています。
彼らは『ファリアス』の両側に展開し、バリスタでの攻撃を行います。
彼らに指示があれば行動を合わせるなど簡単なもんであれば、可能なようです。
何かあればプレイングに記載して下さい。

●情報精度
 このシナリオの情報精度はBです。
 依頼人の言葉や情報に嘘はありませんが、不明点もあります。

  • <鎖海に刻むヒストリア>インフェリア・ブルー完了
  • GM名水平彼方
  • 種別通常
  • 難易度NORMAL
  • 冒険終了日時2020年05月23日 22時30分
  • 参加人数8/8人
  • 相談7日
  • 参加費100RC

参加者 : 8 人

冒険が終了しました! リプレイ結果をご覧ください。

参加者一覧 (8人)

レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)
蒼の楔
アリシス・シーアルジア(p3p000397)
黒のミスティリオン
アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)
舞蝶刃
カイト・C・ロストレイン(p3p007200)
天空の騎士
ウィリアム・ウォーラム(p3p007502)
軍医
アイゼルネ(p3p007580)
黒紫夢想
ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)
黒狼の勇者
リディア・T・レオンハート(p3p008325)
勇往邁進

リプレイ

●絶望の青へ
 洋々と広がる絶望の青を割り開き、果ての見えぬ航路を船は征く。
 甲板から身を乗り出すように海面を見つめる『勇往邁進』リディア・T・レオンハート(p3p008325)は、子どものように輝いて居た。
「クジラ……この世界にもいるんですね……」
 未知ばかりだと思っていた世界で見つけた、かつての世界の面影。
「っと、惚けて見ている場合じゃなかった! 初陣にしては大規模な戦ですが、私にできる事を精一杯やる! ええ、そうですとも!」
「緊張しているのかと思ったけど、いつも通りで良かった」
 ぱしんと頬を叩き気持ちを切り替えると『六枚羽の騎士』カイト・C・ロストレイン(p3p007200)が声をかけた。
「足を引っ張らないように頑張ります! 皆さん、よろしくお願いします!」
 通る声でリディアが頭を下げると、海洋の船員が頑張りなよ、と声をかけて持ち場へと戻っていった。
 彼らを笑顔で見送ったカイトは海へと視線を戻すと、自然と表情が険しいものへと変わる。
「見渡す限りは綺麗な海なのに、綺麗なものにはトゲでもあるのかな」
「この海で死んだ者達の無念が、取り込まれ堆積して結実した魔性……。
 海洋王国の絶望の青にかける情熱の歴史そのものであり、その陰といった風情ですが」
 ぽつりと零した言葉を拾い上げたのは『黒のミスティリオン』アリシス・シーアルジアの凜とした声だった。
「……とはいえ。『人の歴史』においては、彼らの積み重なった死であってもそう特別な事という訳でもない、というのは悲しい事ですね」
 誰もがこの青を超えられると信じて乗り出していった。なのに結果は赤く、暗く――絶望の色をしている。その時、沈んだ空気を切り裂くように船員の声が飛んだ。
「ファリアスだ!」
 にわかに騒然とし出した甲板の上で、『黒紫夢想』アイゼルネ(p3p007580)は水飛沫の大きさに目を瞬かせていた。
「また、こんな大きな生き物と戦うんだ……この国に来てから、驚くことばかり」
 すらりと抜いたナイフを手に握れば、早まる鼓動はたちまち平静を取り戻していく。
「でも、倒さないと進めないのなら、何とかしないと」
 焦りはない、ただいつもの仕事と同じようにこなすだけ。どうすれば良いのか、アイゼルネは既に分っている。
 海を見つめていたカイトは剣に手をかけると、ゆっくりと息を吐いた。
「どうかこの水平線が、血で染まらぬように。またひとつ、この剣を振るおう」
 それが今カイトに出来る事だ。

 同時刻。ゼシュテル鉄艦隊の上では『軍医』ウィリアム・ウォーラム(p3p007502)が複雑な面持ちで、乗組員の様子を窺っていた。
「まさか俺が鉄帝の奴らと共闘することになるとはな」
 過去に鉄蹄とは干戈を交えた身だ、呉越同舟とはまさにこの事か。
「……ま、一度引き受けちまった仕事だ。方針には従うさ。俺も金が欲しいからな」
 さて、と進行方向に視線を向けた途端、海上に大きな水飛沫が上がったのが見えた。
「敵影発見!」
 見張り兵が大声を上げて異常を知らせると、甲板の上はいよいよ慌ただしく緊張感に包まれた。悠々と空を飛んでいた海鳥の視点から覗き見た『蒼の楔』レイチェル=ヨハンナ=ベルンシュタイン(p3p000394)はくぐもった笑い声を上げた。
「これまた随分とデケェ鯨だ」
「……全く、これ程海の生物と何度も戦う経験は今後そうないだろうな」
 レイチェルは周囲とは裏腹に常と変わらぬ不敵な笑みで巨鯨を迎えると、『特異運命座標』ベネディクト=レベンディス=マナガルム(p3p008160)は存在を確かめるように短槍を握り締めた。
「そして、同時に負けてはならない戦いとしての経験でもある」
「違いねぇ」
 鼻で笑い飛ばすと、レイチェルは単レンズの向こう――金銀妖瞳を細める。
「バシルも言ってたがこの海洋の作戦はヘマが許されねぇ大博打。ま、逆境でありゃ燃えるのが俺の性だ。乗ってやろうじゃねぇか」
 戦意を燃やすレイチェルの言葉に『舞蝶刃』アンナ・シャルロット・ミルフィール(p3p001701)はこくりと頷いた。
「きっとあれは、一つ間違えれば私達もなりかねない成れの果て」
けれど私達はまだ生きている。仲間を死なせないためにも、死者の妄執にのまれるわけにはいかないわ」
 不安が無いと言えば嘘になる。だが仲間がいるならどんな絶望的な状況だってひっくり返せる、そんな自信もあった。
「勝たせて貰うぞ。我々が絶望の青を踏破する為に!」
 ベネディクトが声高らかに宣言すると、二隻の船は取り囲むように分かれて進む。
 間に挟まれるようにして顔を出した巨鯨『ファリアス』は、背負った亡霊達の顔を見せつけるようにして、いよいよ姿を現した。
 
●褪せた青
 怨嗟と悲哀、絶望を閉じ込めた体はいつしか膨れ上がり、巨躯の肌を押し上げ食い破った。
 望遠鏡を覗き込んでいた船員が息を呑む程に醜い姿。僅かな動揺とはいえ、彼の動揺はひりついた緊張感で固まった船員達の心に波風を立てた。
 勝てるのか。
「いいえ、勝つのです」
 凜とした声でアンナは断言した。
「勝って絶望の青を攻略するんだろ」
 ウィリアムは次弾を手渡して、むず痒いきまり悪さにうなじを掻く。
 ドレスの裾を捌き、アンナは空中へとふわりと舞い上がった。視線を逸らすことなくファリアスを見て、光を通さぬ黒を羽衣のように纏う。
「守備は私が受け持つ。バリスタでの攻撃、期待しているわね」
「ああ! 鉄蹄軍人の力を見せつけてやれ!」
 恐怖から解き放たれた彼らは本来の動きを取り戻すと、ファリアスの中心部に照準を合わせ号令と共に発射した。
「いい狙いだ、顔の一つが恨み言言いながら消えていったぜ」
 レイチェルは海鳥の目を通して警戒を続けながら、指先から滴る血で複雑な陣を描く。生命力を薪にして、血の油を注ぎ焔は煌々と燃えさかる。
 勢いは留まることを知らず、海水に濡れた肌を容易く焦がした。
 アイゼルネは懐から取り出したナイフを投擲すると、投擲したナイフが空を裂いて鋭く飛ぶ。
「上手くいってくれるかな……」
 刀身には独自に調合した劇薬を塗布してある。
「敵はこちらにもおりますよ」
 未来あるもののを恨み、妬み、悲鳴を上げるファリアスをアリシスは悪夢へと誘う。悶えるように身を捩り、声を上げるファリアスの声が海水を震わせ波紋となって広がった。
『■■■■――!!』
 重なりあい原型を失った怨嗟の声が、船上に響き渡る。
「来た! こちらに二体、向こうに三体だ。左舷から来る」
 カイトは増援の気配を察すると、声を張り上げて仲間へと知らせた。
「この声を聞いただけで気が滅入りそうだ」
 カイトは軌道の慣性を切れ味に変えて放つと、ちらりとリディアの方を見た。
「皆さんは私達が守ります! なのでバリスタでの攻撃に集中して下さい!」
 少しでも自分に出来る事をと、リディアは自身も戦いに備えながら船員の士気を保つべく、凜然とした態度で檄を飛ばした。
「準備が整い次第、すぐに攻撃を行って下さい! ――撃て!」
 杭のような矢が飛び、ファリアスの体に突き刺さる。一隻が撃てばもう一隻が、競い合うように撃ち合い始めた。
「鉄蹄に後れを取るな! こっちはずっと海の厳しさに鍛えられてきたんだ、その俺たちの力を見せつけてやるぞ!」
「応ッ!」
 キャプテンの喝が飛び、声高に答える船員達は士気高くすぐさまバリスタの矢を放った。
 ファリアスの体と比べれば、鉄の杭さえ針のような大きさに見える。それでも雨垂れ石を穿つように、一本一本が膨大な生命力を削り取っていく。
「来い、ファリアス!! そう簡単には沈んでやらないがな!!」
 カイトは全身の力を魔力へと変換すると、リディアの前に現われたタツノオトシゴを巻き込んでファリアスへと叩きつけた。
「やっぱり可愛い女の子には、出来るだけ傷ついてほしくないし、さ!」
「あわわ、カイトさん! とってもカッコイイですが、無茶はしないで下さいね!?」
 心配するリディアの声に、カイトは彼女の優しさに心が擽られるような暖かさが湧き上がってきた。
 大丈夫、皆がいる。そう言い聞かせてリディアは顔を上げ毅然と前を向く。その先に霞んで見えるのは、鉄蹄の船。
 甲板へと乗り上げたタツノオトシゴ達がぎいぎいと不快な鳴き声で目の前の敵を威嚇する。アンナは全盛を思わせる力を漲らせ、凜然とした声で名乗りを上げた。
「『舞蝶刃』アンナ・シャルロット・ミルフィール。亡者の手下共、かかってきなさい。あなた達の怨嗟程度で私達は止まらないわ」
 怒りに目を剥いたタツノオトシゴがアンナ目がけて鋭いヒレで斬りかかるも、アンナはひらりと空中へ舞い上がり鮮やかに躱して見せた。
 平常心のまま敵を見回していたのに気づいたウィリアムは、瓶を取り出すと辺り一面に散布する。
「どうだ? 戦場で練り上げた取っておきの薬物だ。せいぜい悪夢に苦しむといいさ」
 幻覚に囚われた彼らの、ウィリアムの見る目が変わったのを見てにやりと笑う。
 アンナがバリスタから離れるように着地すると、引き寄せられたタツノオトシゴが固まった瞬間を見定めたベネディクトは栄光の名を冠した魔槍と軽槍を操り前へ出る。研ぎ澄まされた鋭利さは、触れたものを容易く裂いてしまう。
「我々が共に立つ以上、必ずこの場を突破し、海洋が悲願を共に果たしてみせよう!」
 ベネディクトが鼓舞しながらもファリアスへの警戒を緩めずにいた、その時。
 巨大な影が体を撓らせて海面を飛ぶのが見えた。
「大波が来るぞ!」
 大きく揺れる船体にはじき出されないようにと、手近なものにしがみついて各々が耐える。
 ――憎い、生あるものが。
 ――腹立たしい、未来へと伸ばす手が。
 打ち上げられた海水が雨のように降り注ぐ中、ファリアスは大声を上げて鳴いていた。

●青ざめた絶望
 現われたタツノオトシゴたちを退け、その合間を縫うようにファリアスへと攻撃を仕掛ける。
 バリスタの矢雨は絶えず降り注ぎ、緩やかに、しかし確かに命を削り続けた。
 ファリアスの声も徐々に力強さを失いつつある。対する連合軍の消耗も色濃くなっていた。
「動きはこちらで合わせるわ! 思いっきりやって頂戴!」
 現われたタツノオトシゴを引き付けながら、アンナが空中を舞う。ベネディクトが息をあわせて両手の槍を振るえば、醜い悲鳴と共に血飛沫が飛んだ。
「患者はいるか、いま治療するから少し待ってくれ」
 ウィリアムは砕けた口調で声をかけながら、アンナと自身の傷を癒やしていく。
「ありがとう」
「なに、気にすることはないさ。これも仕事だ、船が沈んで帰れなくなっちまったら困るからな」
「もう帰りの船の心配とは、気が早いじゃねぇか」
 ウィリアムの軽口にレイチェルが喉を鳴らす。
「そんな事はないだろう、帰って美味い酒を飲むまでが仕事だからな」
「違いねぇ」
 血の色よりなお鮮やかに、赤く燃える焔で滑らかな肌を焼きながらレイチェルは楽しげに笑った。
 焼けただれた巨鯨の肌はそこかしこに出来た矢傷と火傷で、静かに沈黙する「顔」たちの数も増えてきた。
 友軍達がバリスタに新たな矢を番え、合図と共に弾ける弦の音と共にぐんぐんと飛んでいく。
「まだ倒れないのか」
 友軍の誰かが腹立たしげに呟いた言葉を聞いて、その焦りをアリシスは胸の裡でそっと吟味した。
 機会は一度きり、期限は差し迫っている。そして、長引けば長引く程疲労は色濃くなっていく。
「死せる者の遺せし無念は、この海に限らず大方は『そういうもの』です」
 それはきっと、この青に挑み沈んだ「彼ら」も同じ道を辿っていったのだ、と。
 希望はいつしか絶望へ、そして羨望へと転じ嫉妬へと色褪せていく。
 同じ青を望んだがゆえに、この感情は彼らにとって身近なもの。もしや未来の姿なのでは、という不安は拭いきれない。
「希望を以て歩んだ者であっても心の内、死の淵に抱いた無念は染みとなって世界に遺る。
 この海域では特に、魔種の領域に囚われて変質もしている事でしょう。
 ――故に。この怨念、穢された残滓を討ち滅ぼし、夢に向かって散った方々への供養と致しましょう」
 だが、アリシスが導くのは青の踏破と勝利のみ。
 仲間に癒やしを、阻むものには安らかな眠りを。
 祝福と共に傷を癒やしたアリシスに続いて、カイトが剣を高々と掲げる。
「例え、僕が天義の騎士であろうとも。今ここに立つ、その国が天義ではなく海洋であろうとも。正義のため、全てを守る気概に曇り無し。
 天にまします我らが神よ!!
 我が翼、我が剣、今ここに正義を示さん!!」
「皆さん、残弾全て撃ち尽くすまで攻撃の手を緩めないでください!」
 リディアは友軍へと声をかけ続けながら、先輩となる仲間の戦い方を注視していた。
 攻撃のタイミング、フォローの入り方。攻撃をいち早く察し的確に対処する判断力。学べるものは全て、ここで頭に入れてしまいたい。
 先を走る人々に、早く追いつきたい。
「その為にも、勝って帰ります」
「そうですね」
 突然の声に驚いたリディアが見たのは、タツノオトシゴの体が音もなく倒れ伏す瞬間だった。
 気配を断ち、死角から急所に短刀を突き立てたアイゼルネはそれ以上何も言わず、無言のまま頷いただけだった。
 社交的では無い彼女だが、先ほどの視線は雄弁で十分伝わった。
 波が来る、それを凌いでまた立ち向かう。
 戦意ある限り、希望の火が消えない限り、何度でも。
 その眩しさを厭うように、ファリアスは亡霊達の嘆きを響かせる。
 堕ちろ、沈めと誘う声は、喉を絞り上げるように切々としていた。
「あと少しだ、押し込め!」
 ウィリアムの声に反応した船員が舵を切る。
「碇を上げろ、全速前進!」
「私は先に行くわ」
「俺も行こう」
 アンナはタツノオトシゴが居ないことを確認すると、真っ直ぐに波の上を飛んでいく。ベネディクトも甲板から飛び降りると、海中を進む。
「必ず追いつきます」
 友軍の叫ぶ声を聞きながら、二人はファリアスへと差し迫る。
「バリスタ掃射を! 一気にけりを付けます!」
 仲間の進軍を確認したリディアは、そう叫ぶと迷うこと無く海へと飛び込んだ。
 同じくしてカイトも六枚羽を広げると、喪失と歪曲の魔剣を手に真っ直ぐに飛行する。
 「──此処からが、俺の本気だ」
 その道筋を指し示すように、レイチェルは右半身を覆う術式を縛る軛を解き放つ。
 海底を這うような低い声が厳かに宣う。
 輝く赤は光を増して、青を我が色に染めていく。
「復讐するは”我”にあり──」
 骨肉が、内臓が軋む。それらを押し留めて燃え上がらせた復讐と憤怒の焔が、先行く二人を追い越して嫉妬すら焼き焦がす。
「ここで、お終い」
 アイゼルネの短刀が鋭く突き刺さり、更にバリスタの矢が降り注ぐ。
「これだけの巨体だ、ならば狙いは定めず、只全力で──!」
「当たるはず!」
 空を征くアンナの軽やかな動きに合わせて裾が翻る。舞の所作すら力に変えて、水晶の剣が弧を描く。
 ベネディクト振るう憎悪の爪牙が、幾重にも傷をつけ蹂躙する。
「これが、今の私の全力――いっけぇぇぇぇぇっ!!」
 裂帛の気合共に、雷の一突きが貫き。そして。
「いい加減に――死ねェェエ!!!!」
 振り抜いた魔剣の剣閃が、ファリアスの体を切り裂いた。
 ああ、沈む。
 あの青く暗い海の底へ、また。
 去来する悲しさも、諦めも。それが誰の思いなのかも分らないまま。
 「誰か」が最期に仰ぎ見た空は、かつてと同じ曇天だった。

●最果てへ
 ファリアスの消えた海上では、ウィリアムが忙しなく走り回っていた。
「やれやれ、やっと倒したか」
 長い戦いだった。そしてその分怪我人も増えてしまい、医療技術のあるウィリアムは引っ張りだこになっていた。
 だが此処は絶望の青の直中だ、いつ怪物が来るかわからない。
「怪我人はそこに並んでくれ。重傷の奴から順にな」
「こっちです」
 被害状況を確認していたアイゼルネは、ウィリアムが治療を行っていると聞くと怪我人を連れてきたのだった。
「わたしに出来る事があれば手伝います」
「お、それならこっちに来て船室の片付けを手伝ってくれないか?」
 明るく声をかけた友軍の声に、こくりと頷いてアイゼルネは船室へと消えていく。
「これが、この世界で起きている戦い――」
 緊張の糸が切れたリディアの胸に、押し留めていた感情がどっと押し寄せてくる。無事に戦いを終えた安堵と、頼もしい先輩や友軍達の雄姿を噛み締めながら、生きて勝利を掴んだ実感が後れてやってきた。
 だが、これもまた戦場の一つに過ぎない。
「他の戦場の方々も、どうかご無事で……」
「……いきましょう。絶望の青で散る人達を少しでも減らすために」
 アンナの声に、
 アンナの声に束の間静かな海を眺めていたレイチェルは、かつて絶望の青へと乗りだし、そして散っていった先駆者へと思いを馳せていた。
 ファリアスは彼らの無念の塊だという。
 彼らの無念が少しでも晴れるようにと祈りを捧げて、拭いきれない違和感に表情を顰めた。
「俺の柄じゃないが、な」
 数多の想いを、無念を背負って前に進むだけ。
 特異運命座標たる彼らは変わらず、滅びの運命に抗うために、これからも。

成否

成功

MVP

なし

状態異常

なし

あとがき

冒険お疲れ様でした。
大きな運命の転換点、その一つが決着し幕を下ろしました。
まずはこの局面に恐れず立ち向かって下さった皆様に賛辞を、そして勝利を祝します。おめでとうございます。
この航路が良きものでありますよう。

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